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異世界における武力衝突  作者: キロール
第二章、竜殺しの妖術師
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第24話「闇中の徘徊」

 イルカシュ山を下り、遂には標的の居る半壊した要塞へと足を踏み入れる暗殺者達。

 彼等こそがギルギ帝国に本拠地を置くという謎めいた犯罪組織『ファミリー』の誇る高位の暗殺者達だ。

 とは言え、高位の暗殺者であろうとも、所詮は暗殺者でしかない彼等は、漏洩する情報も少なく、打ち倒された所で組織へのダメージは少ない。

 その事は当人達も自覚している。

 好んでこの汚れ仕事を行う者も居るが、中には他に道がなく生き残る為に暗殺者を行っている者も居る。

 例えば、キドニーも他に道がなく暗殺者になった口である。

 最も、彼の場合は暗殺と言う行為に対して、非常にストイックに取り組み、標的を必ず一撃で苦しまずに仕留めて来た。

 自身が生き残る上での義務を果たしながら、一撃で苦しまずに殺す事が彼にできるせめてもの慈悲であった。

 所詮は自己満足でしかないが、そこは頑なに守り通して居る彼に、組織はキドニー・ダガーより名前を与えたのだ。


 しかし、彼自身は良く知っている。

 迎え撃つ側にとっては、それすら如何でも良いことだと。

 暗殺者はどれも同類、そう考えているだろう事は想像するのは難しくない。

 そして、それこそが当然の反応なのだ。

 一撃で殺されようが、嬲られて殺されようが、標的にとっては同じことだ。

 死を与えられるのだから。

 だから、その前提が崩されるという事は、キドニー自身にとっても恐ろしいことだった。


 山を降り立ったのが、既に日が翳り始めた時刻であった。

 完全に日が沈み、闇が周囲を支配するまで物陰に身を潜めて、闇が支配領域を拡大してから漸く、暗殺者達が半壊した要塞に進入を開始する。

 先程まで、夕日が見えていた空は俄かに雲に覆われ、ぽつり、ぽつりと雨が降ってきた。

 そして、突然の雷光。

 嫌なタイミングで降り始め、稲光すら走らせる空をちらりと眺めてから、キドニーは要塞内部の影へと消えた。


 要塞内部の廊下には所々灯りが灯されているだけで、基本的には暗い。

 その廊下を巡回するように、剣に盾を携えたスケルトンが骨を鳴らしながら歩いている。

 標的の側には死霊術師が居ると言う、その術師の力であろう事は明白だった。

 そのスケルトンをやり過ごしてから、スティレットが口を開いた。


「ここで、別れましょう。」


 その言葉に各々が頷いて、標的の居場所を探る為にバラバラに行動を開始し始めた。

 暗殺者であるならば、単独行動は基本。

 纏まって行動してきた今までが異常なのだ。

 当然ながら纏まって移動すれば、発見のリスクが増えていく。

 そのリスクを背負ってでも一纏めに移動せざる得ないほどに、山越えを上層部が恐れたということだろう。

 単独では対処しきれない何かに遭遇しても、数が纏まっていれば対処は可能だ。

 最悪、他を囮として一人だけでも標的の根城に入り込めれば良い。

 その様に考えていたとしても、何らおかしくは無い。

 組織とはそう言う場所だ。

 だから、暗殺者達は知っている。

 今共に行動している者達は、古い共通語で兄弟姉妹を意味する言葉で互いを呼び合っていても仕事を共にする仲間ではなく、いざとなれば互いを捨て駒にするような連中の集まりであることを。

 だから、こうして、建物内に入り込んでしまえば、単独行動に戻るのが一番効率が良い。

 それに、彼等はそれぞれ考えている筈だ、他の連中が失敗しても自分は標的を殺せると。

 例え長期間、此処に潜伏する事になろうとも、と言う強い覚悟の元に。

 その覚悟、或いは暗殺者のセオリーは人間相手であれば有効であったのだろう。

 この場合の人間は、常識を知り、極力それに従おうと生きている者達全般である。

 だが、今回の標的は妖術師。

 彼等がその意味を悟るのにそれほど長い時間は必要としないだろう。


 その暗殺者たちがそれぞれ別個に動き出してから、どの程度時間が過ぎたのか。

 キドニーには大分時間が経過したように感じていたが、実の所、大して時間は過ぎていないのかも知れない。

 それほどまでに、要塞内部は重苦しい空気に包まれている。

 廊下の窓には戸板が嵌められ、外を窺うことはできないが、戸板や石壁に叩き付けられる雨粒が、一向に天候が回復していない事を如実に表していた。

 忍び足で歩きながら、時折現れる骨のみの衛兵の巡回をやり過ごし進むキドニーの耳に、不意に悲鳴が響いた。

 苦悶にのたうつような悲鳴は、老いたゴブリンの物だった。

 ミセリコルデの物だ。

 彼程の者が容易に見つけられて、返り討ちにあったのか?

 そして、あの老いた……それだけ年季が長い暗殺者が苦痛に悲鳴を上げる事が想像出来ず、キドニーは微かに顔を顰める。

 剣で斬られた、刺されたと言う話では無いだろう事が窺えるからだ。


 未だに闇の多い要塞内部を彷徨うキドニーは、前方に薄っすらと明るく浮かび上がる外へと続く扉が見えて、足を止めた。

 明け放たれて外の光が差し込んでいるわけでは無い事が直ぐにわかったからだ。

 何故なら、薄っすらとした明かりに浮かび上がるのは扉のみではなく、人影も垣間見えるからだ。

 あの姿は……メイドだろうか。

 丈の長いスカートに飾り気の無いエプロンドレス、頭にはホワイトプリムとでも言ったか、あの頭の飾りが乗っている。

 そのメイドの腰にはランタンが、そしてその背後には……ゆらゆらと揺れ動く尻尾が見えた。

 異形のメイドとでも言う存在は、チャラジャラ、ギギギと金属音を響かせながらゆったりと歩いてくる。


(まずい……)


 キドニーは得体の知れない恐怖を感じて、素早く周囲を見渡すと廊下の脇にある飾り柱に気付き、素早くそのもの陰に隠れた。

 そして、器用にも僅かな凹凸を指先で感じながら柱を登り、メイドが通り過ぎるのをじっと待ったのである。

 チャラ、ジャラと響く金属音が近づいて、丁度真下を通るという時に、一体何者なのかを確かめようと下を覗き見た。

 そして、絶句した。

 異形のメイドが鳴らす金属音は鎖であり、それに繋がれて死んでいるのか、意識が無いのかはわからないが、暗殺者のドワーフのゴロキとエルフのバヨネットが引き摺られていた。

 目は虚ろに見開かれて、口を半開きにし、恐怖の形相を浮かべて居る二人は、鎖を脇の下辺りに巻かれて引き摺られている。

 その様子に思わず呻きそうになり、キドニーは慌てて口を閉ざして息を止めた。

 途端、ゆったり歩いていたメイドはランタンの灯りで金色の髪を照らしながら、窺うようにキドニーのほうを見た。

 翡翠色の双眸は瞳孔は縦あり、人のそれとは大きく異なっていた。

 そのメイドは、暫しキドニーのほうを窺っていたが、キドニーの呼吸が限界を迎える前には前へと向き直り、ゆったりと歩いていく。

 チャラジャラ、ギギギ、チャラジャラ、ギギギ……音が徐々に小さくなって、聞こえなくなってから漸くキドニーは呼吸を再開した。

 安堵から力が抜けて、柱を滑る落ち掛けたが、何とか堪えて怪我は無く下りる事が出来た。

 この短時間に三人もの暗殺者が無力化されている。

 ……やはり、悪い予感は当たっていたかと息を吐き出すも、彼はまだ諦めては居なかった。


 それからのキドニーは、危なげなく進むことが出来た。

 だが、返ってそれが彼の心をざわめかせる。

 おかしい、絶対にこれはおかしい。

 標的の周りには、バルアド大陸に住む主だった種族からなる精鋭が居る筈なのだ。

 だが、この要塞に居るのは骸骨と異形のメイドのみだ。

 騙された。

 組織は騙されたのだとキドニーは感じていた。

 情報は敢えて流された偽物だったのだと。

 敵の方が一枚上手だったのだと。

 そうであるならば、自分たちの命は無いだろう。

 だが、組織は暗殺者を失うことになるが、損害はそれだけだ。

 次からはより慎重に行えば良いだけ。

 結局上層部は、キドニーらを捨石にして罠かどうかを確かめたに過ぎないのだ。

 暗澹たる気持ちを抱きながら、キドニーはそれでも標的を捜し求めた。

 このまま、死んでなるものかと。

 だが、彼のある種の決意をあざ笑うかのような状況が訪れた。

 微かに灯りが漏れる部屋を見つけて、その中を覗き見た彼は遂に見つけてしまったのだ。

 誰も居ないその部屋のベッドで昏々と眠り続ける男の、標的と思しき者が眠っているその部屋を。

 

 確かに彼は捜し求めていた、今回の標的を。

 顔や身体の特徴を事細かに伝える指示書には、似顔絵まで書いてあった。

 それと見比べるまでも無く、今この部屋で眠っている男は標的で間違いがない。

 捜し求めていたターゲットを見つけたというのに、キドニーは何処か信じられずに居た。

 先程までは、見つからずに自分自身が死ぬのだろうと感じていたし、見つけられたとしても、もっと多くの困難が待ち受けていると信じて疑わなかった。

 それが、不意に何の苦労も無く見つけられたのだ。

 故に思うのだ、これが罠であると言う可能性を。

 喜び勇んで標的にナイフを突き立てたら、何が起きるか分らない。

 真っ当な者が相手では無い、妖術師が相手なのだと今更ながらに思う。

 それでも、此処でこうしているわけにはいかない。

 キドニーは、じっとりと流れ出す汗が全身の毛を濡らす嫌悪感を覚えながら、毛で覆われたその手そっと伸ばして、少佐と呼ばれる男の呼吸の有無や脈拍を確かめた。

 そして、驚くべき事実を知ってしまった。

 規則正しい呼吸音、それに反比例して奇妙に脈動する脈拍。

 そっと包帯で覆われている胸板に手を置き、心臓の鼓動を確かめると…心臓は動いていなかった。


 キドニーは混乱した。

 標的は既に死んでいたのか、と。

 そうであれば、護衛が殆ど居ないのも説明がつくが……。

 いや、それにしては脈打っているし、呼吸だってしている。

 相手は妖術師、何が起きているのかは定かでは無いが死んだと考えるのは早計では無いか。

 纏まらない思考、しかし、早急に何かしらの決断をせねばきっと自分は死ぬ。

 懐からナイフを取り出してその柄を握りなおす。

 と、不意に廊下のほうから足音が響いてきた。

 窓の戸板を外して、下を窺うと何とか足を掛けられるでっぱりが見えた。

 彼は行き掛けの駄賃にと標的の胸にナイフを突き立てる様な真似はせずに、即座に窓から外へと出た。

 戸板がパタンと音を立てたが、足音の主には気付かれていない事を願うしかない。

 部屋を伺いに来た足音の主は、眠る男に声を掛けたのが聞こえる。

 風雨に晒され、外壁にしがみ付くのに精一杯だったが、その声は辛うじて聞こえた。

 女の声で、侵入者を六人捕まえ、食堂に案内したと。

 それが何の隠語かは分らないが、キドニー以外は既に捕まったことを示していた。

 それに対する応えが不意に返った。

 男の声で、微かに愉快そうに。


「窓の外に最後の一人が居るぞ?」


 あっと思う間もなく戸板が開かれて、あの異形のメイドが顔を覗かせた。

 そして、遂に翡翠色の蛇眼が己を捉えた。

 それと同時にキドニーは足を滑らせ、階下に落ちて行く。

 不意に数多の人骨で構成された巨人が現れて、キドニーをその硬い指先で捕らえ、落下を防いだ。

 一旦死は免れたが、それだけだ。

 より悲惨な運命が待っているかもしれないと、彼は覚悟を決めた。


「姉妹リマよ、最後の一人は余が送り届けるとしよう、食事の用意を! それと征四郎、貴公はホストだ。そろそろ着替えて持て成してやらねばならんよなぁ。」


 フードを目深に被ったローブ姿の術師が階上に声を掛ければ、了解と応えが返る。

 術師はその応えに満足したように頷き、そして骨で構成された巨人に命じてキドニーを運びだす。

 進む先、重々しい鉄の扉が軋みを上げて開くと、骨で出来た巨人が数体歩哨のように廊下に並んでいた。

 正面玄関から入るとこんなに馬鹿でかいのかと唖然とするキドニーだが、これは当然なのだ。

 ここはジュダン=ボウの要塞であり、ゴールドドラゴンの住処でもあった。

 ドラゴンが通れる程度の広さが無ければ、意味を成さないのだ。

 彼等は兄弟だったのだから。

 キドニーが驚愕に打ちひしがれている間に彼を運ぶ巨人が内部に入ってしまえば、鉄の扉は歩哨代わりの骨の巨人により閉じられていく。

 そして、彼等は外界から遮断された。

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