第25話「会食」
まるで、何かの戯曲のようだ。
或いは、質の悪い三文芝居か。
食堂とやらに運ばれたキドニーが見たものは、楕円形のテーブルに7席の椅子。
その内、6席は見知った顔で埋まっていた。
骨で出来た巨人に降ろされ、骸骨の給仕に空席に座るように促された。
死霊術師、あの蜥蜴の尻尾をはやした異様な術師は既に傍には居ない。
ここに居るのは、骨の集合体である巨人が一体と、骸骨の給仕が三体。
少し離れた場所に、正装した骸骨に楽団が古びた弦楽器を奏でている。
キドニーは死者の一員になったような気がして、微かに苦笑し、椅子に素直に座った。
事、ここに至っては足掻いても無駄であろう。
キドニーが椅子に座ると、その目の前に幾つかの料理が並んだ。
料理といっても、見た事のない鳥の蒸し焼きと同じく見たことのない果実、それにワインだ。
見れば、皆の前にも同じような料理が並び、そして誰一人として口をつけていない。
それは当然か。
骸骨の楽団が奏でる曲は、聞いた事もない曲だったが、不協和音と言うわけでもない。
聞いた事はないけれど、しっかりとした音楽であることはわかった。
それにしても、自分を殺しに来た者を持て成すような真似を行う標的の考えは、理解できないし、悪趣味に感じる。
暗殺者であるキドニーが言えた義理ではないが、そこはかとない不快感を感じずにはいられない。
「……無事で何より、で良いのか、これは?」
キドニーの言葉に皆はただ肩を竦めるのみだ。
だが、カルドだけが難しい顔で料理を見つめている。
このオークの暗殺者は、オークらしくない事で仲間内では有名だ。
学者肌で殺し方も洗練させているオークは、小さく呟きを漏らした。
「死霊術師ロズワグン=ナグの伝説は皆知っているな? その伝説の術師が標的の傍に居ることも。」
深く眉間に皺を寄せながら、壮年に手が届こうかというオークは語る。
一体何言いだすのか、キドニーは黙って聞いていた。
「その容貌を知っているか? 竜の血族であり人ならざる双眸と尻尾を持つ。」
カルドの言葉にはっとする。
その恐るべき死霊術師と同じような姿のメイドが居た、あれは何だ?
キドニーがカルドへと視線を向けると、オークは静かに頷いた。
「ナグ家は三姉妹だったと近年見つかった資料には記されていた。邪神官の統治時代にテルハ大陸に移り住んだ二人の姉妹がいる。もし、私の予想が正しければ……。」
標的の傍には恐るべき者が今一人、或いは二人居た事になる。
そして、その情報を漏洩者は語っていなかった。
標的の傍に侍るのは部隊員以外ではロズワグン=ナグただ一人だと告げていたと組織の資料にはあった。
「完全に踊らされた訳か、ジャマダハル、お前の懸念は正しかったな。」
今更だが、そうバヨネットが苦く笑い、ジャマダハルはそうだなと無表情に答えた。
結局情報を漏洩したものは誰一人いなかったのだ。
少数の部隊だからこそ可能な統制であるのは事実だ。
だが……。
「調子に乗った若者と言う振る舞いからして、既に罠か。」
スティレットは天を見上げて呟いた。
雨音は音楽がかき消しているが、外はいまだに雨が降っている様だ。
つまり、標的はあの城塞包囲戦の頃から組織と戦う覚悟を決めて、策を練って来て居たと言う事か。
これは、敵う筈がない。
少なくとも、ここに居る暗殺者が束になっても勝てる相手ではなかった。
現にこうして食堂で歓待を受けているではないか。
キドニーら暗殺者がそう考えるのも無理はなかった。
征四郎の参謀の一人であるラルスは、単に起きている事象から人選しただけだが、見事に罠にはまった方からすれば、全てが作為的であったと思うのも無理はない。
彼らは甘い見立ては決してしない暗殺者だ。
全てにおいて最悪を考えて行動する。
それがなければ今まで生き残れなかった、その程度の修羅場は潜ってきている。
だが、今回は其れが仇になる。
圧倒的に敵の方が上手であると見立てた彼らは、抵抗を諦めてしまった。
元より組織内では命を軽んじられる傾向が強い暗殺者、自身の命も軽んじる傾向がある。
ミセリコルデはワイングラスに手を伸ばして、ぐいっと一口飲んだ。
毒でもあれば、助からぬ飲み方だが老人は小さく美味いなと呟くのみだった。
毒など入れる必要もないと言う事かもしれないと、暗殺者達は感じてそっと息を吐き出した。
如何やら標的は自分達を歯牙にもかけていないらしい、と。
そして、キドニーらの運命を決する時が来た。
響き渡る靴音、開かれる扉のきしむ音、その音の方角を見れば執事然としたコボルトの老人を脇に従え、標的が食堂に足を踏み入れた所だった。
血と泥で汚れたその服装は、妖術師というよりは歴戦の戦士、兵士を思わせる。
或いは、妖術師とのみ判断してしまった迂闊さが、自分にはあったのかもしれないとキドニーはワインに手を伸ばしながら思う。
「ようこそ、と言うのも可笑しな話だな。招かれざる客である諸君に告げるには。」
標的は微かに唇を歪めて声を掛けてきた。
傍らのコボルトが一度離れて、椅子を持ってくるとそれに腰かけて、小さく息を吐き出す。
「未だに瀕死なのでね、失礼するよ。」
「瀕死であれば、ワインは止めておきますか、旦那様。」
「……病み上がりの間違いだ、ワインはくれ。」
執事に問われると少し憮然とした面持ちで標的は応じて、ワインを所望した。
今となっては驚くに値しないが、キドニーは標的の赤土色の瞳を見据えて問うた。
「やはり生きてたんだな。そして、これから如何するつもりだ?」
ワイングラスを受け取り、真っ赤なワインを口にしながら標的はキドニーを見やって。
それから、片手で料理を示した。
「アーケニアンと言う種族の者が来客を歓待するために作った料理だ。毒はない、食べたまえ。私も頂いたが見た目よりは美味い。小骨が多いのが難点だが。」
そして、再びワインを口に運ぶ。
如何やら食事をしなければ話は進まないらしい。
苛立ちを覚えながらもキドニーは渋々食事を始める。
味は、確かに美味い、そして小骨が多いのも事実だった。
ドワーフのゴロキは気にせず小骨ごと噛み砕いている様で、彼の方からぼりぼりと音がしている。
「……あんたは、何がしたいんだ? 力の誇示か?」
料理に少し手を付けてからジャマダハルが問いかける。
すると、標的は少し考えるような素振りを見せてから、口を開いた。
「人材が欲しい。お前達さえ良ければ、力を貸さないか? 組織の暗殺者として闇に生きるのではなく、日の光の下で大手を振って生きられるぞ?」
「あんたの下で、か?」
スティレットがナプキンで口を拭ってから、皮肉気に告げると標的は大きく首を振った。
「私の下では闇の更なる闇で生きることになるな。魔術、妖術が跋扈し、策略と死者が彩る。」
「異な事を言う。お前さんが人材を欲しているんじゃないのか?」
ミセリコルデが当惑したように告げると、標的は頷きを返した。
「そうだ、私は欲しているよ。とある城塞に住まう方を守る影を。まっとうな護衛は十分に居るが、影に属する護衛は少ないからな。彼の下に着けば、当然光の下で生きていける。自明の理だろう。」
そう笑う標的に、いささか取り乱したようにバヨネットが頭を振って。
「あんた、まさか……! アタシ等に勇者の護衛を? 正気か? アタシ等は日陰者所の話じゃないんだ!」
ここまで動揺を露わにするバヨネットは珍しい、と言うか記憶に残る限り見た事はない。
だが、それは誰もが同じ気持ちだった。
この男はいったい何を考えているんだ?
いや、組織と敵対することは勇者が決めた事なのか?
そんな中、冷静なジャマダハルの声が響いた。
「あんた、何故他者の力を増すような真似をする? 権力争いになれば、あんたの不利になる。或いはそれを見越して……。」
「そんな訳があるか、悪いが私はこれでも妖術師の端くれ、世俗の権力はさほど欲しくない。軍権は持って居たくはあるが、和平の邪魔になることもある。その場合はとっとと手放すさ。所詮、過去の縁で戦争をやっている身の上だ。」
「和平とは何処と?」
短くスティレットが問うと、少佐と呼ばれている男は口角を釣り上げて。
「テルハ大陸の諸国。」
と答えた。
その後、恙なく会食は終わりそれぞれ寝室に案内された。
外に出なければ自由に出歩いてよいと言われているし、好きに集まって相談でも何でもすれば良いとまで言われている。
徒党を組んでも、所詮は暗殺者である。
今、外を警備している少佐の部下たち(先程までは態々要塞の外の集落で待機していららしい)を出し抜ける可能性は低い。
それに、そんなリスクを負わなくとも逃げ出すだけならば簡単になっていた。
先程の話を飲むふりをして、山を越えるまで大人しくしていれば良いのだ。
だが、逃げた先でどうなるというのだとキドニーは思う。
組織が、無事に逃げ出してきたと信じるだろうか。
何か情報を漏らしたか、裏切ったと思われるのがオチだ。
そうなれば、ろくな死に方はしない。
粛清班のトカレフやマカロフ、それにマグナムによる凄惨な拷問による死が待っている。
だが、少佐と呼ばれる男を信用できるのか。
つい先ほどまで敵としていた男を。
キドニーが煩悶しながら寝室のベッドの横たわっていると、ドアがノックされた。
誰かと問えばカルドだと答えが返ってきた。
珍しいな、そう思いながらドアを開けるとキドニーは驚いた。
カルドの他にジャマダハルとスティレットが立っていた。
取り敢えず中に入れ、訝し気に彼らを見る。
視線に気づいたのか、ジャマダハルが僅かに苦笑を漏らす。
キドニーはそんな光景も見た事がなかった。
「単刀直入に言う、俺達は話を飲むことにした。結局それしか道がないからな。お前も気付いて居るんだろう?」
そう告げるジャマダハルにキドニーは頷きを返す。
結局、生きて行く為にはそれしか道はないのだ。
組織に対する忠誠などは元からない、生きて行く為に従っていたに過ぎない。
従う対象が変わるだけの事なのだ。
「何れ報いを受けるにせよ、少しの間は闇から抜け出していたい。」
スティレットの言葉にもキドニーは頷きを返した。
そう、暗殺者として生きてきて、そのまま生き残れるなんて実の所考えていた訳ではない。
それに生き残れたとしてもずっと闇の中で生きる事は苦痛だ。
それならば、報いを受けるその日まで少しでも闇から距離を置きたい、その気持ちは良く分かった。
「俺たちの考えは決まった。お前はどうする?」
その言葉に、キドニーは小さく息を吐き出して、自身の答えを口にした。
「俺も、この話を飲むよ。」
告げると、それまで黙っていたカルドが口を開く。
「情報は欲しないのか少佐に聞いてみたが、暗殺者ではろくに知らないだろうと一蹴されてな。事実そうだったんだが……一つ知りたいことがあると思い出したように言われた。盗賊ギルドの前のボス、レミヒオの家族を殺した奴に心当たりはないかと言うんだ。君は何か知らないか?」
「……ギルドマスター本人ならば、俺たちの出番だろうが……あ。」
キドニーはレミヒオのついてよく知らなかったが、カルドが覚えていた。
酷く老いたコボルトの老人、前の盗賊ギルドマスター。
家族と縁を切られ、その家族は革製品の職人だったと聞いてキドニーは不意に思い出した。
粛清班のトカレフ……イカれた中年のゴブリンが酒場で喚いていた言葉を。
「トカレフが前に言っていた、いつもの殺し自慢だったが……。革職人の革を剥いでやった、家族ともども、これでギルドマスターも俺たちの怖さを思い知る……。」
「馬鹿が! そんな事をすれば怒りに火が付き、不退転の敵を増やすだけだ。相手は一般人じゃないんだぞ……。」
カルドが思わず呻いたが、当然のことだ。
それを聞いた途端、酒が一層不味くなって店を出たキドニーには、少なくとも。
殺しに美学も何もないが、単なる革職人を、それも残酷に殺して盛り上がる連中とは同類で居たくない。
近年、粛清班の行動は目に余っていた。
だが、『ファーザー』も高位のブラザー、シスターも誰も止めようとしない。
その尻拭いは暗殺者達や工作班に回ってくるのだ。
そして、最終的には巨大な敵を作り上げてしまったと言う事か。
「『ファミリー』も終わりが近づいていた、そう言うことじゃて。」
不意にドアを開けてミセリコルデやバヨネット、それにゴロキが入ってくる。
彼らも意を決したのだろう。
所詮は暗殺者、騙されて死ぬなら仕方なしと彼らは腹をくくった。
そして、その夜の内に彼らは征四郎に己の決定を伝え、情報をもたらした。
組織の粛清班トカレフが求めている相手であろうと。




