第26話「開戦へ」
クレヴィ・アロ。
ルーグ城塞の主と言えば聞こえは良いが、大陸中央部の非干渉地帯の管理者である事を余儀なくされている勇者。
それでも、大陸が平和であったならば彼はその立場に甘んじただろう。
妻と、100を超える自動人形と共に過ごす日々は、幽閉地であれども悪い物ではないからだ。
だが、300年の眠りから目覚めた彼が見たものは、邪神官が倒れ希望に燃えていた諸種族から想像ができないほどに、権力闘争と利権争いが跋扈する大陸の現状であった。
ここバルアド大陸は霧に閉ざされ、外に出ることが不可能になった。
その所為で、彼が眠りについてから生まれた三国は、自分達の領土を開発し終えるとその矛先を他国に向けるしかなくなったのである。
大陸の外に出られれば、無理に争う必要すらなかったがのだ。
バルアド大陸を霧に閉ざしたのはテルハ大陸の諸国。
クレヴィが勇者として数々の冒険を行い、結果として助けてきた者達にクレヴィは裏切られた形だ。
(それは良い……。過ぎた力に怯えるのは道理だ。)
自らの書斎で椅子に座り、書を前にしながらクレヴィは思い返す。
古い過去の事を、つい最近の過去の事を、そして未来の事を。
彼は自身の処遇について、またそれを先導したテルハ大陸の諸王に対して、然程怒りは覚えていない。
それよりも、バルアド大陸を閉ざしてしまったことが口惜しい。
解放されていれば、多くの軋轢はあれど、ここまで情勢は悪化していなかったのではないか?
テルハの強国に抗うために、自分たちで力を合わせることもあったのではないかと。
(今となっては、どれも詮無きことか。或いは、私が今少し強欲であれば、彼らは安心したのだろうか。)
クレヴィは思う。
嘗て何処かの国の王族に言われたことがある、何故そこまで献身的に働くのかと。
若かったクレヴィはその答えを口にする事が出来なかったが、今なら良く分かる。
「認められると言う事は、必要とされると言う事は、何物にも代えがたい、か。」
16でこの世界に召喚されたクレヴィは、それまでの生活を思い出しつぶやいた。
良くある話だが、母の連れ子であったクレヴィは新しい家庭に馴染めなかった。
新しい父と母に子供ができてからは、より一層そう感じていた。
それでも、祖母はクレヴィに愛情を注いでくれたし、一度ならず私が引き取ると母と会話していたのを思い出す。
結局、母は首を縦に振らなかったけれど。
それが、世間体を気にしてのものか、母なりの愛情だったのか、クレヴィは40を超えた今でも良く分からない。
正確には、300年の眠りの時間がプラスされるが。
そして、祖母が亡くなればクレヴィを、少なくとも彼が分かるように愛情を注いでくれた者はいなくなった。
認められず、必要ともされず、一日の食費が置かれたテーブルと一人孤独に食べるレトルト食品がクレヴィの全てになった。
クレヴィは放任され、学校にも行かず日がな一日家を離れてふら付くだけの日々だった。
家に戻れば部屋に閉じこもるだけ。
祖母との思い出がなければ、きっと罪を犯していただろう。
いや、正直ギリギリだった。
そんな時に、この世界に呼ばれたのだ。
そして、彼らは自分を必要としていたのだ。
若いクレヴィの喜びは如何程であったろうか、きっと誰にも分らない。
おとぎ話の主役のような、竜殺しの聖人のような、活躍が出来る事よりも、必要とされ、認められる事に対する喜びが如何程であったか。
「……それが間違いだったか。それだけでは、駄目だったのだ。」
呟やくと同時に、書斎の扉をノックする音が響いた。
来るべき時が来たと言うのがクレヴィの感想であった。
遂にシャーラン王国よりセルマの処遇を早急に取り決めろと催促が来た。
無論、もっと社交辞令が散りばめられた文言ではあったが。
とは言え、確かに10か月程もその処遇が決まらないのは、シャーラン王国でなくとも焦れる事だろう。
だが、今となっては下手に裁可を下せないのだ。
下せば、それを口実にフラムスティード家を取り潰しにかかるのは明白だからだ。
多くの血が今なおシャーラン王国では流れている。
もう、国民も貴族達も恐怖に打ち震えてばかりいては生き残れないと腹を括っているとも聞く。
現にシャーラン王国の貴族達から今年に入り既に数回、秘密裏に文書が届けられている。
大規模な内紛となれば、他国の介入を招きかねない。自分たちの国の事は自分たちで決着をつけたい、何とか他国の介入を阻止してもらえないか。
そんな文章が。
簡単に言ってくれるとクレヴィですら苦笑いをするしかない代物ではあったが、その気持ちは分からなくはない。
良い返事を送ってやりたいが、それを確約できる力はクレヴィにはないのだ。
この様に勇者クレヴィ・アロが悩み多い時を過ごしていると、来客の到来を告げる声が響いた。
やって来たのは、やはり10ヵ月ぶりの再会となる神土征四郎であった。
それを知れば、クレヴィはルーグ城塞の正面入り口まで出向いて迎え入れる。
そこに立っていたのは、10カ月前と変わらぬ男の姿だった。
変わったのは、連れ添いが増えた事ぐらいだろうか。
ロズワグン=ナグにその姉妹だというリマジルク=ナグ、老いたコボルトで執事として征四郎の傍にいるバルトロメと政治顧問として傍にいるオークのゾスモ。
賑やかな事だと声をかければ、彼は僅かにはにかんでいた。
この妖術師にして軍人である異世界の男は、あろう事か種族連合内で権力基盤を構築して、種族連合内部と非干渉地帯に限り自身の追放令を取り消させたのだ。
「お久しぶりです、アロ殿。」
「久しぶりだね、カンド君。」
そう互いに声をかけて、握手を交わす。
あの時は申し訳ない気持ちで一杯だったが、彼は自らの力で舞い戻ってきた。
自分の手助けなど必要としなかった彼が今のクレヴィには頼もしく見えた。
「以前、君の紹介で私の護衛として働くことになった彼らだが、当初は如何なる事かと思ったが、今はだいぶ周囲に打ち解けているよ。」
「それはアロ殿の人徳でしょう、或いはミールウス殿の指導の賜物か。」
1カ月ほど前に護衛として送り込まれてきた者達、奇妙にも武器の名前が自身の名前だと告げていた彼らは、征四郎の推挙で自動人形のミールウスの下に付く事になった。
彼らは元の仕事が裏方仕事であり、正規の護衛としてよりは影の護衛とすべきと。
この場合の裏方とは、汚れ仕事である。
そんな彼らを統括できるのはミールウスではないだろうかとも言伝された。
その人選に誤りがないことをクレヴィは知っている。
魔法帝国の自動人形には、様々な役割が与えられていた。
基本的には護衛や貴族の子弟の遊び相手だが、中には暗殺や謀略工作を主とした者もいる。
ミールウスもその汚れ仕事を請け負わされていた。
彼女が衛士長のドゥクス以上に場慣れしている理由がそれである。
クレヴィやその妻であるレーギーナは彼女自身からその話を聞かされていたので知っていたが、征四郎がそれを感じ取っているとは気づかなかった。
当の本人は、バレてましたかと肩を竦めたに留めたがクレヴィはそれが気になり問いかける。
答えは至極単純で、城砦に侵入者があった際の手際をラルスから聞いて、それなら御せると踏んだ為だと征四郎は笑って答える。
「全てを見通せるわけもないですしね、でも、まあ、見通せると思わせている方がいろいろと融通は効きますか。」
相変わらず、一筋縄ではいかない性格だ。
周囲を衛士に護衛されながら、二人は並んで客間に向かった。
途中、件のミールウスが通りかかったので、クレヴィが問いかけの答えを告げてみると、そっちかぁと天を仰いでいた。
それから、征四郎を見やって。
「しかし、良い人材をどうも、少佐。あ、いや、カンド様。」
「少佐で良い。連中は腕は悪くないし、性根も腐ってなかったからな。……妻達のお遊びに付き合わされていたのが聊か不憫だが。」
「聞いてますよ、割とトラウマらしいですね、鎖でふんじばって引きずり回すメイドは。」
一体何の話だろうかとクレヴィが首を傾げると、征四郎が嘆息交じりにナグ家の二人を指さしてお遊びが過ぎたんですと説明してくれた。
客間にて暫し雑談ののちに一旦彼らの傍より離れたクレヴィは、会食までの時間をどう過ごすか思案していた。
脳裏によぎるのは裁可を早く下せというシャーラン王国の催促だ。
裁可を下される立場のセルマは冬ではなくなったとは言え、地下牢に閉じ込めなおすのもおかしな話であり相変わらず衛士たちの居住区の一室に軟禁されている。
確かに、彼女の事を思えばいつまでもここに閉じ込めて置く訳にはいかない。
如何したものか、思案しながら城砦のテラスに赴いて外を眺める。
どの様に罪を償わせるのか、無罪放免にすることだけはできないが、確かに情状酌量の余地はある。
凡その話は彼女から聞いた、シャーラン王国の軍師と呼ばれる男、彼に唆されたのはまず間違いがない。
あの手のタイプは昔から好きにはなれない、男であれ女であれ。
騙される方が悪いのだと言うのだろうが、それに一理あったとしてもクレヴィはその様な事を言うタイプは好きではない。
「連中の期待とは反対の裁可を下してやりたくなるな。」
ぼそぼそと呟き、クレヴィは一度肩をすくめる。
流石に好き嫌いで裁可を下すわけにはいかないからだ。
取り潰しの口実にならない処遇を考えていると、衛士の一人であるロデリックが会食の時間だと呼びに来た。
このエルフの若者はルーグ城塞の襲撃事件からクレヴィらの衛士として仕えてくれている。
元はセルマと同じシャーラン王国の者である、ふとクレヴィはロデリックに問いかけた。
セルマの処遇を如何するか、意見はあるかと。
それに対してロデリックは困ったように一度頭を振って。
「答えられませんよ、クレヴィ様。如何しても御所望でしたら……いっその事少佐の部隊に入隊させて、甘い部分を叩き直して貰ってはいかがです?」
当人は何処まで本気だったのか。
しかし、それを聞いたクレヴィには閃く物があった。
征四郎の武名は今やクレヴィ自身に次ぐ。
それはそうだろう、一人でドラゴンを殺したのみならず、部隊を率いて3匹のドラゴンを殺しなおかつ魔法帝国の生き残りであったリッチまで倒しているのだから。
セルマをその征四郎に預ければどうなるか。
フラムスティード家は征四郎と繋がりを得たことになる。
流石にいきなり取り潰しにするには躊躇するはずだ。
「ありがとう、ロデリック。懸念が一つ消えたよ。」
クレヴィは心の底からエルフの衛士に礼を述べて、会食の場へと向かった。
ロデリックは、まずい事を言ってしまったかも知れないと一度天を仰いでからクレヴィの後を追った。
会食は和やかに行われた。
征四郎が結婚する事になった経緯や、如何に種族連合内で権力を得ていったかが話の主題であった。
「すると、その犯罪組織と取引のある評議会員は未だに在籍しているのですか?」
レーギーナは軽く頭を振りながら告げた。
それに対する征四郎の答えは単純明快だった。
「ええ、利用できるうちは。幾つか証拠は手に入れてますから、いつでも追い落とせます。」
「全体の割合でどれ程いるのかな?」
クレヴィの問いかけに征四郎は川魚のグリルをナイフで切り分けながら答える。
「4分の1程ですね、組織に関係がない悪事の証拠をつかんでいるのは3分の1程ですが。もし、彼らが評議会の席を追われるときは、ギルギ帝国と一戦を交わす時ですね。」
その時が犯罪組織を潰すチャンスでもあると征四郎は語った。
クレヴィは何やら考え込み、暫し経ってから征四郎に問いかける。
「その間にシャーランで内戦が起きた場合、両国は手を出すことはない?」
「物理的に無理でしょうな。……そんな動きがやはり出てきましたか。」
征四郎は一度瞑目してアレクサンドラとザカライアの顔を思い浮かべる。
彼らなら自身に降りかかる災禍を最小限に留めながら、目的遂行に邁進しているだろうか。
そうであるならば、シャーランで内戦が起きる前に今一度会っておかねばなるまい、それも決起直前に。
アレクサンドラとその部下数名が未だに呪いの渦中にあるのだから。
そう思案している征四郎にクレヴィは思い出したように告げた。
「そうそう、セルマ・フラムスティードを君の部隊で鍛えて欲しいのだが、如何だろうか?」
突然の問いかけに、征四郎は僅かに目を瞠ったがそれが裁可の結果なのだろうと察すれば、考え込んで。
「正規兵と言うよりは、部隊の記録係的立場でもよろしければ。無論、基礎訓練は受けてもらいますが。」
そう返答を返した。
こうして、クレヴィが抱えていた問題のいくつかは解決したのだった。




