第22話「凱旋」
イルカシュ山の向こう、未開の土地の死霊術師を征四郎等が討伐した事は、すぐにイズンの街に伝えられた。
その一報を伝えたのは、倒れて動けぬ征四郎から言伝を受けた二人の部隊員であった。
一人はアゾン、種族連合内でもオークの重戦士団を任されるほどに成長した若者であり、今一人はゴブリンのマウロであった。
二人は、まず征四郎の妻たるロズワグン、リマジルクのナグ家の姉妹に私的な伝言を伝え、続いてゾスモやバルトロメに征四郎の言葉を伝えた。
ロズワグン=ナグもリマジルク=ナグも言伝を聞けば、イルカシュ山に登るための準備を始めた。
元より人外の娘達である、準備さえ済めばすぐにでも向かえるだろう。
一方のゾスモやバルトロメといった老人達には、メッセンジャーである二人と暫く打ち合わせが必要になった。
征四郎が種族連合内での相応の地位を求めたからである。
だが、これには問題が常に付き纏う。
征四郎の武名は、最早疑う余地も無く高まっているが、彼は追放された者だ。
その征四郎が種族連合内部で権力の地盤を固めるとなれば、評議会員からは反発が起きるだろう。
だが、実の所彼等は表立って反発する事はできない。
強きを尊ぶのが種族連合である。
其れを現す気風を端的にしたものが、勇者の仲間でありテルハ大陸において勝利と剣の女神に仕えていた神殿守護騎士のガラゴが告げたこの言葉だ。
「正しき強さには、正しき力が宿る。」
この言葉を拡大解釈して、権力者と成り上がってきた者達が評議会員なのだから、公然と拒める訳が無い。
このジレンマが付き纏うのは征四郎が種族連合内でドラゴンを殺した時から、ある意味定まっていた事だ。
一番良いのは、征四郎が敵との戦いで死んでくれる事であるが、勝利が確定した今それはただの夢想となった。
「そこで動かしてくると、少佐は読んだのか?」
「はい、床に伏して動けないとなれば、暗殺の好機と考えるのではと。そして足の付き難い『ファミリー』に依頼するはずと少佐は考えています。」
言葉のやり取りから分る通り、征四郎が地位を欲しているというのは方便に過ぎない。
既得権利者、言い換えれば権力者の利権を危うくする事で『ファミリー』を動かし、手掛かりを得ようというのだ。
一度手にした利権を手放す愚は誰も犯したがらない、手放すくらいならば人道を外れる事すら厭わない奴は必ずいる筈、と言うのが征四郎の考えである。
この作戦で動く者が居るのか、元評議会員であるゾスモに伺い、勝算ありと踏めば即行動に移せというのが征四郎の真の指示であった。
ゾスモの答えは、動くものは居ると言う力強い言葉であった。
「これだから権力の亡者は……。」
その力強さに呆れたようにバルトロメが肩を竦めた。
行動を起こすとなれば、如何に振舞うか。
凡その作戦は征四郎の参謀から二人の部隊員は授かっていた。
この場合は心理戦が得意なラルスの発案である。
アゾンとマウロが大々的に征四郎の戦果を伝え、その際に互いが極端な態度を取る。
アゾンは控えめに、マウロは調子に乗って振舞うようにと伝えられたのだと言う。
これは、二人の種族連合軍での行動や評価を加味した動きらしい。
アゾンは元の性格もあるが、控えめで口数も少なく、しかしやる時はやるというので評価が高く。
一方のマウロは、部隊解散後、新兵として軍に入隊したが、部隊訓練とは及びもつかない甘い新兵訓練を受け、其れを軽々とこなして調子に乗っていたのだ。
それを聞いたゾスモが咎めるような視線を送ると、マウロは恥ずかしそうに顔を伏せて。
「その辺は少佐にガツンと言われてるんで……。」
と、情け無さそうに眉根を寄せて告げた。
その様子に言葉を詰まらせたゾスモにバルトロメが、若い頃はお前も良く天狗になっていたと、伝えて笑う。
それが若さかと思い出せば、軽く笑ってゾスモはマウロに片手を向けて、謝った。
彼の上官でもないのに余計なことを言う所だったと嘯きながら。
そして、一方ではラルスの真意を汲み取り言葉にして見せた。
「つまり、調子に乗ったお若いの……マウロ君だったか、この彼に接触して情報を引き出そうとする評議会員が出てくると。そこで敢えて何か情報を流すのだな?」
「ダメ押しで『ファミリー』討伐を匂わせます。」
なるほどとゾスモは頷く。
単なる依頼では動かないかもしれないが、敵が強大な力を得る前に暗殺できるとなれば話はまた変わってくる。
其れも極力自然な形で情報が漏れ出た風を装うとなれば、此方は如何サポートしてその場を設けるか……。
暫し考えたゾスモは、ゆっくりと語りだす。
その案に全員が賛成すれば、早速それぞれが己に与えられた役割通りに動き出した。
ナグ家の姉妹が準備を終えて、イルカシュ山を登るころにはイズンの街はお祭り騒ぎとなっていた。
イルカシュ山の麓には彼女等の案内として、部隊員数名が待機していた。
ロズには馴染みが深くなりつつあったテクラとシーグリッド、それにクラーラである。
「貴公等は、まあ、分からぬも無いが。コウベクの娘まで一緒か?」
「感知能力に長けておりますので。」
「分っておる、些か心配性だな、征四郎は。」
ロズは微かに笑いながらいつものフード付きローブ姿ではなく、毛皮で覆われた姿で姉妹に語りかけると、同じ格好のリマは双眸を細めて。
「姉妹ロズ、我等の知らぬ所に恐るべき使い手が居たのだ。気を付けねば、足元を掬われるぞ。」
そう注意を促してから、口元に笑みを浮かべて。
「気に掛けられると言うのは悪い気はしないがな。」
そうやって笑い合う人外の姉妹を見ながら、テクラはその性格の差異を読み取ろうとその様子を注視していた。
少なくとも当分は彼女等とも付き合うことになるのだから、円滑な人間(?)関係は必要不可欠だ。
宮仕えの長かったテクラやシーグリッドには、それがある種の処世術である。
よほどの功績を立てねば主は選べない、ならばその性格を読み取り、難が降りかからぬように立ち回る必要があるのだ。
シーグリッドは外敵に注意を払い、テクラが二人の関係性やその性格を見抜く役割分担を自然と行っていた。
そのお陰もあり、またクラーラがリマに気に入られた事もあり、イルカシュ山の旅路は大して問題も無く、ナグ家姉妹の機嫌が損なわれる事無く終わりを迎える。
少なくとも、征四郎の伏した姿を見るまでは機嫌は悪くなかった。
征四郎がジュダン=ボウの要塞の一室で横たわり、ケンタウロスのルーヌに治療を受けている時に、ナグ家の姉妹が到着した。
アルマに案内されて、征四郎が寝る一室に赴いた彼女等が見た征四郎の姿は痛々しいものであった。
怪我はブラックドラゴンの時と然程変わりがないように見える。
要するに瀕死だ。
二人の使者が山を登って、イズンに辿りつくまでの5日間、ロズとリマが街を出て、山を越えるまでの10日間の計15日間が経過していたが、征四郎は未だに床に就いている。
額からは脂汗を流し、睡眠も殆ど取れていないようだった。
痛みに耐えかねるように荒い息に混じり、苦悶の声が零れながらも、ナグ家の姉妹が顔を見せると無理に笑みを浮かべて、労いの言葉を掛けた。
その在り様に二人の妻は怒ったのだ。
余人ならいざ知らず、我等に作った笑みを向けるなと。
そこに、征四郎を見ていたルーヌが割って入り、落ち着くように告げながら別室へと二人を案内するようにアルマに頼んだ。
状況を説明する為に。
あのような状態では、誰かに縋りたくなる気持ちは当然であり、故にナグ家の姉妹を呼んだ物と考えていたアルマにとっても驚くべき報告が、少し後に別室に現れたルーヌから告げられた。
征四郎は彼女等の存在をもって、アーケニアンを、その種族全体を取り込む為のだと告げているというのだ。
先程、無理に笑みを向けたことで怒りを露わにしたナグ家の姉妹が如何反応を返すのか、ルーヌもアルマも気が気でなくそっと様子を伺うと、彼女等は微かに笑っていた。
「体はガタが来ているが、目は死んでおらんからな、何かあると思ったが。」
「アーケニアン、太古竜の血筋ならば我等には逆らうまいな。よし、まずは姉妹ロズが連中と接触するが良い。その間、我は征四郎の病状を詳しく見てみよう。」
何処にも怒りの気配は感じられなかった。
先程のあれは何だったのだとルーヌはそっと息を吐き出したが、アルマが不意に問いかける。
ルーヌはこの副官は心臓に毛でも生えているのかと顔を引きつらせた。
「あのような状態です。少佐の側に居たいのではありませんか?」
「アルマよ、成すべき仕事を成さずに伴侶だとふんぞり返って居るような女に、あの男の妻が務まるか?」
「……お疲れ様です。」
「何、此方も好きでやるのだ。しかし、物怖じしない娘御よな。音に聞こえし勇者クレヴィ殿の衛士だっただけの事は在るか。」
リマの感嘆にアルマは気恥ずかしげに視線を彷徨わせた。
胆力がついたのは、征四郎に鍛えられて以降だからだ。
その様子にル一ヌは軽く嘆息してから、その場を離れた。
征四郎がイルカシュ山の向こうで策を弄し始めた頃、イズンの街でも動きが始まった。
華々しい凱旋式が執り行われたのだ。
ずっと頭を悩まされていた問題が解決した街の者達は、熱烈に征四郎とその部下達に感謝を示し、飲めや歌えの大騒ぎに興じていた。
その騒ぎの中、征四郎の名代として歓待を受けるアゾンとマウロの姿を注視する幾つもの影。
影達は様子を伺い、程なくしてどちらが籠絡しやすいのかを判断した。
次の日からだ、マウロの元に幾人かの評議会員から友誼を結びたいと使者が訪れたのは。
それこそラルスの、つまりは征四郎の狙い通りに事は動き出した。




