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異世界における武力衝突  作者: キロール
第二章、竜殺しの妖術師
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第21話「奈落」

 バルアド大陸の最南端で戦いを繰り広げるのは、妖術師と死霊術師。

 その肩書きに似合わず、或いはこれこそが似合いなのか、戦いは肉弾戦へと移行していた。

 巨体に六本の腕と言う異形の姿は、死霊術の異端派……つまりは死体を合成し操る事に生涯を賭けて来た死霊術師ジュダン=ボウが、操るだけでは敗北は必至と合成死体と一体化した姿である。

 魔力を用いた操術では、目の前の敵には到底叶わない、直接自身で動かすより他は無いと踏んだための姿だ。

 そして、その判断の正しさを示すのが折れ曲がった二本の腕と捻り折られた右足首。

 死霊を用いた操術では、早々に最後の牙城も崩されていただろう。

 切り札と呼ぶには心許ないが、それでもこの死体を用いて戦う以外には無いのだ。

 ジュダン=ボウは残った四本の腕を尋常では無い膂力で振るい、それが捌かれようと一向に攻撃を止めずに殴り続ける。

 息継ぎを必要ともしない合成死体のまるで嵐のような攻撃を、鎧のような魔術兵装で身を固めた征四郎は格闘技術と兵装の防護力を用いて致命的な一撃を貰わぬようにと耐え凌ぎ、反撃の……それこそ一撃で全てを終わらせる為の機会を伺っていた。

 そして、遂にはその絶好のチャンスが訪れた。

 それは、ジュダン=ボウにとっても最後のチャンスであった。

 征四郎は折れたジュダン=ボウの腕から完全に意識を外してしまっていた。


 そして、運命が交差する。

 遂にジュダン=ボウの攻撃を弾き、よろめかせる事に成功した征四郎は、右腕でジュダン=ボウの腹を殴りに掛かった。

 正確には、右腕に装着されている金属の杭を打ち込もうとした。

 伸ばされた右拳がジュダン=ボウの腹へ触れるか否かのところで金属の杭を射出する装置が作動した。

 本来ならば勢い良くジュダン=ボウの腹を突き破り、魔力が充填された杭により最後には魔力的な爆発を起こして内部から対象を破壊する筈だった。

 だが、征四郎の右腕へ不可思議な光が一瞬当たったかと思えば、金属の杭は途端に速度を緩めて、ジュダン=ボウの腹に突き刺さるだけに留まった。

 光の元はジュダン=ボウの折れた二本の腕。

 複雑な印を描き、魔力を霧散させる術を行使していた。

 本来、これは儀式魔術や魔術兵装において、魔力が暴走を始めた際に緊急停止する為に編み出された魔術技官が主に用いていた魔術である。

 魔法帝国以降は用いるものは殆ど居ない失伝された魔術に等しいが、ジュダン=ボウは偶然知っていた。

 ろくに使った事のない魔術ではあったが、ここ一番で行使する事が出来た。

 一体化したとは言え痛みもろくに感じない合成死体である、腹に杭が刺さる程度ならば耐えられる。

 一方の征四郎は、驚きに目を瞠った。

 そして、右腕に装着されている武器ドラゴンバスターから魔力が霧散した事を悟れば、即座に距離を空けようとした。

 だが、杭は深くジュダン=ボウの腹に刺さり抜けず、その為に退避が遅れた。

 それは、致命的な隙を作ってしまった。

 まともに、ジュダン=ボウの一撃を貰った。

 それも、三本の腕から同時に。

 征四郎の体は、死霊術師の守護者と戦った時のように吹き飛んで、大地に落ちた。


 倒れた征四郎が起き上がるのでは無いかと、身構えたまま動かないジュダン=ボウ。

 日は既に沈み始め、暗闇が支配し始めていた。

 勝負に決着が付いたかと思えたが、誰も声を上げるものはなかった。

 未だにこの出来事が何であるのか理解が追いつかないハルピュイアやアーケニアン達と、指揮官が敗れたとは言え、未だに戦う術が残っているB・B(ブラック・ブラッド)部隊員達とでは沈黙の意味合いは違ったが。

 ジュダン=ボウは恐るべき強敵を打ち破ったという達成感を抱きながら、未だに残る精兵に向かって向き直った。


(さて、数名も殺せれば上出来か……。)


 己もまた敗北し滅ぶ運命は避けられないが、それでも強敵を打ち破れた事に彼は喜びに耽っていた。

 指揮官を失ったB・B(ブラック・ブラッド)部隊員達は、ゆっくりと武器を構え仇を討たんと双眸に力漲らせて指示を待った。

 いまやB・B(ブラック・ブラッド)部隊の指揮権は副官であったアルマに移行していた。

 そのアルマが片手を上げて命じた。


「総員……こ…っ!」


 攻撃を指示しようとした矢先に、信じられないものを見たと目を瞠って言葉を詰まらせるアルマ。

 指揮官が倒れ伏す姿を見ても沈黙を守っていた部隊員達の口から、ざわめきが生じた。

 彼等の視線の先を、ジュダン=ボウは見たくは無かった。

 だが、振り向かずには居られない。

 ジュダン=ボウの巨体が振り向き、ぎらつく双眸が捉えたのは最早意識を失った男が立ち上がっている姿であった。


「カテナ第二世代、銘プロフォンドゥム…再機動。装着者心配停止、モード『ソール・アートルム』発動。」


 鎧が無機質で人工的な女の声で喋り始め、残った魔力の残滓を一箇所に集中させた。

 それは、装着者の心臓。

 魔力的な衝撃で蘇生を試みるだけならば、この様な大層な名前をつけるはずが無い。

 ソール・アートルム、古い魔術の言葉で黒い太陽を示す不吉な名を。

 ドンッ! 激しく音をかき鳴らして立ち上がっていた男は胸部から跳ね上がるような異様な動きで地面に転がった。


「『ソール・アートルム』起動失敗、装着者の心臓は……状況の判断にはデータ不足。不明、不明、不明。」


 一体何が起こっているのか、誰にも分らない現象が延々と目の前で行われている。

 心配停止といった以上は死んでいるはずで、この鎧が無理やり装着者を動かしているはずだ。

 だが、装着者の心臓について判断できないと音声が流れている。

 この異様な状況は、不意に終わりを迎える。

 征四郎の身を包んでいた光沢のないくすんだ黒い鎧は突如として消え去った。


「装着者を取り込もうとはな、幾重にも制限が掛けられる訳だ。」


 血と泥に汚れた、この世界には存在したことのない国の軍服を纏う征四郎が口元から血を流しながらも不敵に笑みを浮かべ立っていた。


 この兵装の持ち主であったロズから聞いた話では、征四郎の纏うカテナは第二世代型なのだという。

 アーキタイプからの直系であり、古いタイプで数も少ないとか。

 聞いた当初は技術の移行期ですぐに第三世代が開発されたからだと征四郎は考えたのだが。

 それがこの手の危険性から生産が見送られただけだったのではと、今更ながら思うのだ。

 ともあれ、この恐るべき兵器に征四郎が取り込まれることなく蘇生できたのは、この地で最初に受けた荒療治のおかげである。

 征四郎の身体の一部は原初の存在と呼ばれるあの不浄な泥濘で出来ている。

 不浄と思うのは此方の勝手な考えかも知れないが、人の感覚をあまりに逸脱したあれを思い出すたびに、征四郎の心に影が差す。

 生きていられればそれで良いというのは確かに在るが、それでも全くの別の存在となってしまったという思いは拭い去れない。

 実の所、人間と呼ばれるのに少なからず抵抗まで覚え始めているのだから困ったものである。

 しかし、死より蘇った己を見れば、此処にいる者達は思い知った筈だ。

 神土 征四郎と言う名の妖術師は人間を逸脱した何かであるという事を。

 一抹の寂しさを覚えぬでもないが、その認識を持ってもらったほうが罪悪感は少ない。

 人間と謀って生きていく心算も特に無いのだから。

 最も、死を超越しかけているジュダン=ボウとは似たもの同士かもしれないが……。

 そう思えば幾分可笑しく、浮かべていた自嘲を微笑に変えていた。

 そう、征四郎は不敵に笑っていたわけではなく、死んだ筈なのに蘇った己の非人間性に自嘲していただけなのだ。


 しかし、周囲からはそうは受け取れない。

 何事かが起きて、死を乗り越えて妖術師が再び立ったのだ、その笑みは勝利を確信しているか、絶対の自信の現われに見えた。


「全体、休めっ!」


 征四郎が立ったという事は、自分たちの出番はまだだ、そうアルマは感じて攻撃を中止した。

 あの笑みを浮かべて立ち上がった指揮官の邪魔をしないほうが良いと感じたのだ。


(いやはや、上司にもスパルタなこった。)


 思わずそう胸中で呟く征四郎だが、自身でそう導き育て上げたのだと思えば中々に感慨深かった。

 そして、改めてジュダン=ボウを見やった。

 そこで視界が少し可笑しい事に気づく。

 ブラックドラゴンとの戦いで右目の視力を一時的に失ったが、同じように右目の視力が失われている事に気づいた。

 あの時は、一時的ではなく永久的に失ったかと思われたので、この状況になってもある種の懐かしさを覚えるばかりだ。

 

 プロフォンドゥム……古き魔術の言葉で奈落を意味するその言葉を冠する鎧を纏う妖術師は、黒い太陽を意味する言葉を冠した何かを受けて蘇った。

 その因果を受け入れて、征四郎はある種の天啓を得た。

 己が用いる魔術、妖術は全て師から伝授された物だ。

 この状況では、一人前の妖術師とは言えない。

 扱える妖術も師が概ね編みだした物だ。

 だから、自身が名告るときは妖術師の弟子と名告っていた。

 だが、師は既にこの世を去っている。

 今のままで良いはずが無い、己には師より託された思いまである。

 いつまでも、弟子等と名告り続ける訳にはいかない。

 眼前の敵は己を妖術師と……一人前の妖術師と考え、そう呼ぶ。

 それに応じる為にも、この天啓を物にせねばならない。

 この天啓、この閃きは何の知識による物かは分からない。

 夢から得た経験なのか、死者の訴えなのかも分からない。

 ただ分かるのは、それが恐るべき力を秘めた言葉だと言うことだ。


「来たれ! Apollyon!! 転化せしPhoebus Apollōよ!!」


 眼前の敵を見据えて叫ぶ。

 途端、右目に激痛が走り苦悶の表情を浮かべるが、それに耐えてジュダン=ボウを見据え続けた。

 

 ジュダン=ボウが見た物は現実の光景だったのか。

 征四郎の右目が底なしの奈落のような穴へと転じた。

 其処には赤土色の瞳など無く、何処までも続く深淵が覗いていた。

 そして、その深淵より迫り来るものがあった。

 それは、数多の蝗。

 無数の蝗が妖術師の右目から這い出てくる。

 それを幻視したジュダン=ボウは動けなくなった。

 遥か昔に存在したという聖なる書に、黙示を記した物があると言う。

 その一節を思い浮かべれば、まるで金縛りに在ったかのようにジュダン=ボウは動けない。


 傍から見ていた者には征四郎の右目から数多の光弾……黒く輝くそれがジュダン=ボウを貫いたように見えた。

 征四郎にはより具体的なイメージがあった。

 重機関銃である。

 己が内から湧き起こる無数の闇を感じて、彼は自身が知る最も多く人を殺す武器を思い描いた。

 そのイメージ通りに蝗は凄まじい速さで飛び、ジュダン=ボウの体を食い破った。

 征四郎は蝗の王の名を呼ばわったのだ。

 或いは奈落その物の名を。


 ジュダン=ボウはその巨体の半分を数多の蝗に瞬間的に食い破られて、崩れ落ちる。

 恐怖があらゆる神経を麻痺させているようだ。

 噂に聞く帝都を滅ぼしたルーベル・ドラコや、手紙をやり取りした廃都の主ジュアヌスに匹敵する術を持っているとまでは考えが及ばなかった。

 恐るべき敵、では尚評価が足らぬ相手であったかと漸く悟ったが、これで終いだ。

 今尚、右目が深淵と繋がっている恐るべき妖術師を見上げながら、ジュダン=ボウは不意に気づいたのだ。


「……考えていた事がある。何故お前が我がドラゴンを知り、我が名を知っていたのかを。それらを昔、人に教えた事が在る。若気の至りとは言え、恥を偲んでも知り得たい事が在った。端的に問う、お前はジュアヌスか?」


「私は異界の人間、神土 征四郎だ。ただ、昔から良く夢は見ていた。近年は見ていなかったのだがな。夢の中の私は廃都の主であった。」


「ははっ……。そうか、魂の連環は在り得るのか! 数多の世界在りと聞くが、そう言うことか……。この世界でのみ観測した所で起こり得る筈も無い……。」


 征四郎は、ジュダン=ボウが何について語り、何を知り得たのか分らない。

 それは傍から聞いている者達にも同様であったが、ジュダン=ボウただ一人が何かに得心していた。

 何の事か問おうとした矢先に、征四郎は再び激痛を感じて体を句の字に折り曲げて右目を抑える。

 一方でジュダン=ボウは最後の力を振り絞って、残された一本の腕で胸部にある己の骨と皮だけの顔を掴んだ。

 メキメキと音をたてて胸部から顔を引き剥がせば、激痛に耐えながら制止しようとする征四郎を尻目に、己の顔を投げ捨てた。


「弟よ! お前の肉体借り受けるぞっ!」


 叫ぶジュダン=ボウの顔は四肢が切断され、首も切り落とされたドラゴンの胴体へと飛び、迷い無く融合を果たした。


 四肢の無い肉体に宿った所で意味など無い筈。

 間近に居たアルデアは、そう考えながらも嫌な予感を感じて引き連れていた部隊員を退避させた。

 その判断は間違っては居なかった。

 肉の塊を異端派に与えれば、好き勝手に捏ね繰り回すのだ。

 そして、ドラゴンの筋繊維を持ちドラゴンの骨で作られた骨格と、外殻を兼ね備えた獣が生まれた。

 ジュダン=ボウの獣としか称されないそれは、敢えて言うならば大きな狼に似ていた。

 だが、ドラゴンの硬い骨で外殻を作り上げ、毛皮など一切纏わぬ狼等、狼とは呼べまい。

 ドラゴン自体が使えればそのまま用いただろうが、ジュダン=ボウは全てを込めて最後に己が磨いてきた技術の粋を集めて獣を作り出した。

 最早、理性すらあるかどうかも怪しい程に。


 ジュダン=ボウのそれを立派と称するのか、悪足掻きと称するかは人によるのだろう。

 では、もう一方の征四郎は如何なのだろうか。

 激痛にふら付きながら、彼は己の右目からせり上がってきた物を掴み取った。

 蝗の群れが這い上がってきた時と同じような闇を感じ、己の手で掴み取ったそれは毒針を模したような剣だった。

 黒く禍々し剣は、在ろう事か征四郎の右目の奥から生じたのだ。


「大概にしろ……。」


 先程の『ソール・アートルム』を受けてから自身の内部が一層おかしなことになっている。

 最早、母の胎から生まれた時のような真っ当な人間で無い事を、改めて突きつけられているようでうんざりする。

 そんな事は分かっているのだ。

 分っていると呟きながら、剣を携えてジュダン=ボウの元へと向かう。

 ふら付き、足を引きずり、肩で息をしながらも衰える事のない闘志。

 握り締めた毒針の如き剣を一度、天に掲げて……自身の妖術師としての直感に従い、己自身の心臓を貫いた。

 征四郎は知らないことだが、伝承通りの苦しみが全身を覆う。

 死を凌駕する苦痛を数ヶ月に渡ってもたらす毒、しかし、それは『ソール・アートルム』と化している……つまり黒い太陽の如き高魔力が渦巻いている心臓が焼き尽くし、剣をも飲み込んだ。

 あふれ出る痛みと力、大きく吼えながら征四郎もまた変化した。

 くすんだ黒い色の全身鎧を纏い、くすんだ黒い色のヘルムを身につけた漆黒の騎士に。

 首には黒煙にも似たくすんだ黒い色のマフラーが風に靡いていた。


「貴様の全力、私の全力でもって応えよう!」


 叫べば、征四郎は黒き風となってジュダン=ボウへと、最早獣に成り下がった死霊術師へと走る。

 互いに繰り出すのは一撃必殺。

 全筋力を用いた獣の突進を、研ぎ澄まされた拳の一撃で騎士が迎え撃った。

 獣と騎士が交差し、互いに数歩離れた距離で止まった。

 暫しの時間、一人と一匹の時間が止まったように動かず佇んでいたが。

 不意に騎士が揺らめき倒れ伏した。

 無理に無理が祟ったのだ。

 一方の獣は振り返ることも無く、前にも進めず、佇んだままで居たが、漸くその場に崩れ落ち血を全身から噴出した。

 部隊員達が駆け寄ると、征四郎を包んでいた鎧は霧散して消えて、瀕死の状態の征四郎だけが残った。


「少佐は生きている! そちらは?」


エルフのイゴーがそう声を掛ければ、ケンタウロスのカイサがジュダン=ボウの状態を確認し終え。


「死んでいる。死霊術師は死んだぞ!」


と、声を張り上げた。

ここに、イルカシュ山と4匹のドラゴンに守られていたジュダン=ボウの帝国は消えた。

地平に沈んでいくあの夕日のように。

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