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異世界における武力衝突  作者: キロール
第二章、竜殺しの妖術師
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第20話「帝国貴族の意地」

 日は既に翳り始めていた。

 先程までは春の穏やかさを現すかのように風も然程無く、晴れ渡った空の下行われ居た戦いは、風が吹き徐々に日が沈む不穏な空気の中最終決戦を迎えていた。

 春先の天候は変わりやすいと言うが、ジュダン=ボウの権勢も一日で大分変わったようだと、当の本人は二種族の様子から冷静に考えていた。

 しかし、そんな過去の事は如何でも良いと小さく苦笑を浮かべる。

 この目の前の敵、これを打ち倒さねば死んでも死に切れないというものだ。

 そして、そう考えるだけの価値がこの戦いには在った。


 魔術兵装のカテナが大地を滑るように動き出す。

 程なくして接敵すれば、それが最後の戦いとなるだろう。

 ぼやけ、ふら付く視界に、内心叱咤しながら征四郎は敵を見据えた。

 終わりは近い、ドラゴンバスターの起動を含めれば、二撃程の余力しかない。

 ドラゴンを二匹殺す所までは順調だったが、やはり長い時を生き続けた魔術師は脅威度が違う。

 そして、そのドラゴンも平地での戦いであったならば、まず勝てなかっただろう。

 山間部の空気抵抗の薄く、ドラゴンとこちらの距離が縮まったあの場所であったからこそ、矢がその威力を如何なく発揮したし、白兵戦にも移りやすかった。

 逃げ場のない戦場ではあったが、だからこそ勝利を得ることができた。

 一兵も損なわなかったのは出来過ぎだったが、その幸運のツケが己の血潮であるというのならば、それはそれで儲けものだ。

 己が死に難いことは、よく承知している。

 手塩にかけた部下を失うくらいならば、自分が血を流して大地をのたうつ方が気が楽というものだ。


 この死に難さも過信するわけにはいかないが、それでもそう思えてしまうのだ。


(軽いトラウマですか、少尉殿。)


 胸中に懐かしい声が響いた、それが誰の物かは確かめるまでもない事だ。

 今でもあの命令は蛮勇であったのか、的確な指示だったのか迷っている。


(反省し、次に活かしているだけだ。)


 そう心の中で反論を返せば、困った物だとでも言いたげな笑い声が響く。

 死霊術師ではない征四郎には、死者の声が聞けてもあまりメリットはない。

 ただ、自身を律するのには最適と言えた。

 

 稀に聞こえる死者の言葉、不思議なこと声を掛けてくる彼らに共通性はなかった。

 同期でいち早く戦死してしまった嘉山、分隊を率いていた時分に失った古強者の滝口、それにこの世界の見知らぬ死者まで語りかけてくる事がある。

 何故、その様な事が起きるのかは分らない、ただ、死人が時間と空間を超えて不意に語りかけてくるのである。

 自身の心が作り上げる妄想の類なのか、死霊術の一種かは分らないけれど。

 それが一体なんであるのか分からない以上は、今は考えている時ではない。

 意識を切り替えて、ジュダン=ボウとの最後の決戦に挑んだ。


 ハルピュイアにせよ、アーケニアンにせよ、何世代にも渡って、変わることなく支配者であり続けてきたジュダン=ボウは正に神にも等しい。

 太陽が昇るのと同じように自分たちを支配していた死霊術師と対等に戦える者が現れ、その支配にくびきを叩き込むなど予想だにしていなかった。

 そう、今行われている戦いこそが既に青天の霹靂。

 一部を除き殆どの者にとっては理解の範疇を超えていたのだ。

 イルカシュ山に陣取っていたブラックドラゴン、それにこの地の支配の象徴であった三匹のドラゴン。

 天然の要害を越えて、それらを破ってこの地を侵す者が現れるなどとは毛ほども考えて居なかった。

 戦いに借り出される少数の戦士階級の者のみが、ジュダン=ボウに頼り切った防衛体制に危惧を抱いていたが、その忠言に耳を貸す者はなかった。

 確かに、それらを突破してきた敵に対して、この二種族のみではどうしようもない事ではあったが、避難計画も立てていないのは支配階級の怠慢であると言えた。

 それが、奴隷頭の地位でしかなくとも。

 備えなく、行動のしようが無い彼等は、今はただ支配者と侵略者の戦いを見ているしかなかった。


 B・B(ブラック・ブラッド)部隊員達は、指揮官が敵の首魁と戦う最中、その様子を固唾を呑んで見守る者と、別の仕事をする者に分かれた。

 一度だけ、こちらに向かってくる征四郎がちらりと視線を向けた箇所に何が在るのか気付いたアルデアは、オークとドワーフを引き連れてその場を離れる。

 向かう先はゴールドドラゴンの死体が横たわる要塞外だ。

 敵が死霊術師であれば、その死体を如何使うかは見当が付く。

 指揮官がそれをさせる余裕を与えるとも思えないが、敵は長い時を生きている奸智に長けた魔術師。

 如何なる手に出るか分からない以上は、死体を破壊しておかねばならない。

 無論、全て焼却できれば言う事は無いが、この短時間では到底無理だろう。

 それよりも死体を部位ごとに切り裂き、一度の術の行使では操れぬように手を打たねばならない。

 ドラゴンゾンビと、ドラゴンの頭のゾンビでは脅威度が違うと言うものだ。


 要塞内部に侵入していた他の部隊員達も表に出てきて様子を伺っていた。

 要塞内部は既に殆どの異形のゾンビを打ち倒し、その活動を止めていた。

 残敵に不意を打たれない様、警戒しながら数が少なくなった異形ゾンビを掃討し漸く外に出てきたのだ。

 外の光景は驚くべき物であった。

 異形の巨体とそれに挑むべくふら付きながら疾駆する指揮官の鎧姿。

 黄金の竜の死体を破壊せんと同僚達が向かい、伝聞でしか知らない種族達と他の同僚達が遠巻きに異形の巨体と指揮官を見ている。

 どうやら、此処での戦いも終盤かとコボルトのキケが嘯けば、ダークエルフのイルメリがナイフの血油を拭いながら頷きを返した。


 征四郎がジュダン=ボウに接敵すると言う合間に行われた各員の一連の動きは、戦いが既に征四郎とジュダン=ボウのみに集約されている事を示していた。

 ジュダン=ボウ自身が先程告げたとおり、この戦いは既に勝敗は決している。

 例え征四郎がいなくとも、ジュダン=ボウにはB・B(ブラック・ブラッド)部隊全滅させるだけの力は無い。

 支配しているに種族の戦士階級をぶつけても、ドラゴンに勝った連中にいかほどのダメージを与えられるのか。

 ましてや、指揮官である征四郎を仕留め切れていない現状では、敗北は必至だ。

 

「……それが、何だというのだ。」


 ジュダン=ボウは低く呟く。

 敗北するからとおいそれと降伏等出来はしない。

 己の矜持がそれを許さない。


「妖術師よ、我が領土を何故侵したかは問うまい。だが、このジュダン=ボウ、リッチとなってもガヴ一族の輝ける帝国の貴族、生きるにも死ぬにも矜持があるわ! 掛かって参れ!」


 巨体の胸部に浮かぶ皮と骨ばかりの顔が吼える。

 その言葉を聞き、征四郎は微かに唇を歪めて。


「先に侵略したのは貴様だ、死霊術師。貴様の僕、ブラックドラゴンが私の目の前で幼子を殺した。滅ぶには十分であろう。矜持を語るなど片腹痛い!」


 その言葉に、今更ジュダン=ボウは驚きを示さなかった。

 ブラックドラゴンが制御が突如効かなくなったのは昨年の夏のある日の事だった。

 ……ジュダン=ボウは知らない、その日こそがシャーラン王国で女王とその軍師が変容した日の事である事を。

 野性に帰ったの如く山で獲物を食らうだけの存在に成り下がった黒竜を、こちらにはやってくる気配が無かったので捨て置いていた事が、巡り巡って彼の滅びを招くのは、因果応報と言えるだろうか。

 いや、ブラックドラゴンの死を利用して、外界にまで手を伸ばそうとした事こそが因果応報なのだろう。

 なまじ、ブラックドラゴンと視界をリンクして黒竜を殺した者も大怪我を負った事を知ってしまったのが運の尽き。

 怪我が癒える前に早めに制圧して、安心を欲した行動こそが破滅への第一歩だったとは。

 ジュダン=ボウは自嘲気味に口元を歪めて笑えば、返答の代わりに征四郎に拳を叩き込むべく四つの腕を動かす。

 その一方で、折られた二本の腕で何とか印を組もうと足掻いていた。

 死したドラゴンに敵兵が向かった事で、死霊術師はドラゴンの死体を使う事は諦めていた。

 ならば用いる術は一つだけだ。

 魔力の高まりを見せる妖術師の右腕に在る武器、それを無力化せねばならない。

 破壊は難しいが、高まりつつある魔力を霧散させる事は可能かも知れない。

 己の目的を悟らせないように、四臂の腕で交互に殴り続け、己の攻撃に意識が集中するように仕向けた。

 

 迫り来るジュダン=ボウの攻撃を、征四郎は丁寧に捌いていった。

 征四郎の体力も残り少ないのだ、そう何度も食らえば意識が飛び、地に伏す事になるだろう。

 敗北=死。

 それは避けねばならない、戦場で散るのは致し方ないが、詰めを誤って勝ちきれずに死ぬのは馬鹿馬鹿しい。

 迫る拳を腕で回し受けて裁き、さらに迫る拳を反対の腕で裁き、更に更に迫る拳をまた反対の手で受け流す。

 そうして、絶好のタイミングを計った。

 僅かな癖、隙を見出して、ドラゴンバスターを打ち込むか、別の攻撃を行うか。

 征四郎は逡巡することなくドラゴンバスターを用いる事に決めた。

 自身の持つ絶対的な破壊力で確実に屠る為に。

 そして、互いの選択、その結果である運命が交差する瞬間が間近に迫っていた。

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