第19話「妖術師」
戦いは始まるが征四郎の傷は、一向に良くはならなかった。
恐るべき回復力を持つとは言え、それは瞬時に再生するという類のものでは無いのだから、これは当然の帰結だ。
それでも、ジュダン=ボウは押し切る事は出来なかった。
死霊術師であるジュダン=ボウが最終的に頼る者は、死者である。
人任せと表現するのかは不明だが、少なくとも自身の魔力を直接ぶつけるような攻性魔術の使い手と比べれば瞬間火力は落ちる。
周囲には媒介となる死体が転がっている訳でもないので、死霊の残滓を呼び出して攻撃や牽制を行いながら、場所を変えていく必要があった。
一方の征四郎は、手負いであり、尚且つカテナを再度纏える状態ではなかった。
死霊の残滓ならば魔力をこめた拳で払い除け、打ち砕く事はできるが動きは普段に比べれば鈍い。
他者から見れば非常に地味な戦いは、ゆっくりとその場所を移しながら続いた。
廊下、ジュダン=ボウの居室、そして地下の実験室へと進む合間にも征四郎は何度かジュダン=ボウの体に拳を叩き込む事が出来たが、決定打にはならず。
また、ジュダン=ボウは踏み込みの浅い一撃を何とか耐え切って、彼にとって有利なフィールドへと漸く辿り付いた。
数多の合成された死体が眠る、地下の実験室へと。
それでも、ジュダン=ボウは勝利を確信したりはせずに、征四郎の攻撃を見切ることのみに専念していた。
絶対的な有利な場所に逃げ込めはしたが、これが悪手なのでは無いかと言う懸念が拭い去れないからだ。
そして、傑作とは行かずともそこそこの出来の異形の死体数体に死霊を宿らせ、起動させる事に成功した。
一方、要塞外部は外部で大きな騒動が持ち上がっていた。
それは、黄金の竜が呼び出し、周囲を無造作に攻撃した影の乗り手が起因の騒動だ。
黄金の竜は大地に落ちて、朽ちた。
召喚主を失えば影の乗り手も現実より消え失せる。
後に残ったのは怪我をしたB・B部隊員達とハルピュイア、アーケニアンの戦士階級の者のみ。
黄金の竜が朽ちる様を間近で見た彼等は、危険が去った後でも部隊員達と即座に戦おうとはしなかった。
問題は、この騒動に慌ててやってきた支配階級の者達だ。
彼等は後から現れて、戦わずに休んでいた者達を見咎めて騒ぎ出したのだ。
特にハルピュイアの族長は高圧的に抗弁も許さぬという姿勢であり、今ならば手負いの侵略者を打ち倒せると煽り立てた。
その声に釣られたのか、戦士階級では無い者達が煽られるように集まりだして、口々に死を与えろと騒ぎ出したのである。
「現場の苦労なんて知ったこっちゃ無いか……」
彼等の怒りはB・B部隊員のみならず戦士階級にも向けられているのを聞けば、影の乗り手との戦いで胸部に傷を負ったエルドレッドが渋い顔で呟いた。
「威勢の良い事は言うけれど、手を出してこないな……。」
「一応は竜殺しだからな、俺達は。」
罵声や怒声など気にした風もなく、ぼそぼそとサンスとエルドレッドは言葉を交わして、その様子を呆れた様にハルピュイアのジャラジャシーは眺めていた。
不思議な物で、部隊員達が然程恐れも慌てもしない姿に、ハルピュイアやアーケニアンの戦士階級の者達も感化されてか、大して狼狽する者はなかった。
だが、それが後から来た者達には不敬と言うべきか、反省も無いように見えてヒートアップしかけたその時に、要塞の方でけたたましい爆音が響いた。
「派手だな、何度目だ……。」
ゴブリンのマウロが呆れたように口を開くと、同時に要塞の方より何か巨大な姿が迫って来るのが見えた。
さしもの部隊員達が身構えるのと然程変わらずに、その巨体は皆の前に姿を現す。
一面六臂と言えば、嘗ては信仰の対象たる存在を象った物が有名であったが、今此処に姿を現したそれは、到底神々しさとは無縁の異形の合成死体である。
一面六臂、つまり一つの顔に六本の腕と先程は見えたが正確には違う事が部隊員にも分かった。
巨体の胸部に骨と皮だけの人間の顔が張り付いていた。
ジュダン=ボウである。
六本の腕の内二本は関節からあらぬ方を向いておりねじ折られており、右の足首すら180度曲がっているのが見える。
つまりは、征四郎との戦いを経てこの巨体は此方にやってきたのだと気付けば、現在部隊員を統括している立場のアルマは、即座に臨戦態勢を取るように指示を飛ばす。
ジュダン=ボウの背後、要塞の方より風が吹き、周囲の草々を煽った。
指揮官の敗北を予見しながらも、動揺を押さえ込み指揮を取るアルマを見やり、ジュダン=ボウはぎらつく双眸を細めた。
「おお、偉大なる主よ……。」
平伏する二種族の支配者達には一瞥も与えずにジュダン=ボウは口を開く。
「流石に、奴ほどの者は居らん様だな……。だが、この数の精兵が相手では最早これまでか。ワシの支配、ワシの帝国は此処に潰える。だが、侵略者よ、ワシも魔法帝国の貴族ボウ家の一員、ただでは滅びぬ!」
支配者として惰眠を貪ってきた魔法帝国の貴族は、しかし最後にはその血筋を、その責務を眠りから覚ましたようだ。
堂々たるその言葉は、要塞より吹く風に重なり、その場に居る者達に一層恐ろしげに響いた。
だが、誰よりも背後を……要塞を気にしたのは発言をしたジュダン=ボウであった。
違和感を感じたかのように背後を振り返り、そして呟いたのだ。
「まさか……あれで死なぬと? いや、死ぬ筈もないか……。」
吹き抜ける風は、先程まで戦っていた赤土色の瞳の妖術師が用いた妖術を思わせる。
数百年ぶりの戦慄を本日何度目か味わいながら呟く様子は、ハルピュイアのジャラジャシーには既に絶対的な支配者には見えなかった。
が、一方でその姿に初めて尊敬めいたものを覚えた。
ジュダン=ボウは彼女が知る限り初めて真っ当な為政者として振舞っているのだから。
……魔術師と妖術師の違いを明確にするのは実は難しい。
原初では妖術が先にあり、それが体系化され洗練されるに従い、原始的な野蛮さ、言い換えれば破壊力を減じたのが魔術である。
妖術は原始的で個人的な力であり、魔術とは洗練され相応の力がある者達に広く伝わる文化的な力だ。
簡単に違いを言えば、妖術の方が威力は高いが非常に扱い、制御が難しい。
個人の趣向や方向性、性質が合わねば伝授はまず無理な代物である。
魔術は多少威力を減じても、一度覚えれば扱いや制御は容易く応用も利き易い。
そして、何より伝授も妖術に比べれば遥かに容易いのである。
威力を減じたと言えども、長い年月、幾代も掛けて研究、研鑽を積めば一人で限られた時間練り上げた妖術の上を行くのは必然だ。
その所為もあり、基本的に妖術師と呼ばれる者であろうとも魔術を学んで、普段はそちらを用いるのだ。
だから、傍から見れば妖術師も魔術師も一緒なのだ、精々が派閥の争いくらいにしか感じないだろう。
だが、実際には違う。
力が拮抗した魔術師と妖術師が争えば有利なのは妖術師である。
何故ならば、魔術師が知らない術を一つは練り上げているのだから。
それは、戦う上で絶対的では無いにせよ有利に働くのだ。
知らない術を初見で防ぐのは、かなりの達人でなければ厳しいだろう。
それは先程までの戦いでジュダン=ボウ自身存分に味わっていた事だ。
征四郎の戦闘スタイルは、魔力を身体に付与させて戦う肉体派の付与魔術師を思わせた。
それに、先程まで纏っていた魔術兵装、それらが在れば戦場で相応の功績をあげるであろう事はジュダン=ボウにも分かった。
それだけでも本来ならば十分脅威であるが、彼は戦闘に特化した魔術師では無い。
赤土色の瞳がそれを証明している。
地底に眠る神に選ばれた稀有な才能を持つ妖術師だ。
何か一手を講じている筈だ、あの体でそれが可能なのかは不明だが。
数多の異形のゾンビの連携攻撃を避けながら、的確に反撃を重ねる征四郎に恐怖と称賛を覚えながら、ジュダン=ボウは実験室の一角にたどり着く。
そこに保管されていた指輪を手にして、征四郎を伺った。
これを使う事にならなければ良いが、しかし、使わざる得ないだろう。
使えば、元の体に戻る事は無い。
実験や研究を続けていけないのも厳しいが、弟も逝った今、それに固執しても意味は無い。
それよりも、誇りを賭けて眼前の敵を打ち砕く事に命を燃やすことにしたのだ。
それは、バルアド大陸に赴いて以降味わった事のない高揚を思い出させた。
征四郎がオークの腕が三本生えたアーケニアンのゾンビを打ち倒した際に、強い魔力を感じ、ジュダン=ボウを見た。
そこに居たのは実験室の天井まで届きそうな巨体だ。
守護者程の威圧感は無いが、ゾンビどもよりは恐るべき敵が姿を現した。
征四郎は当初、死霊術師が新たなゾンビを召喚したかと考えていた。
その巨体が襲い掛かってきて、六本の腕で交互に攻撃してくるのを辛うじて避けながら隙を窺う。
そして、巡ってきた機を捉えて一本の腕の関節をへし折った際に、自身の考え違いに気付いた。
苦悶の声を上げながら、巨体はゾンビとは思えぬほどの……そして、先程までの攻撃速度から考えられない早さで、腕を折った瞬間の無防備な征四郎に攻撃を加えたのだ。
五本の腕がほぼ同時に征四郎の全身を撃ち貫く。
衝撃を殺せず、まともに食らった征四郎は実験室の中を吹き飛び、石畳にたたきつけられ大きくバウンドした。
これで確実に終わりにせねばとジュダン=ボウが間髪いれず迫ると、それが起きたのだ。
轟々とうなりを上げる風が仰向けに倒れ、虚ろな瞳を己に向ける征四郎の掌から生み出された。
その風は螺旋となり迫って居たジュダン=ボウの腕の一本と踏み出していた右足をねじ折った。
もし、風の音を感じて即座に引く判断をしなければ、半身はねじ切られていたかも知れない。
ジュダン=ボウはそれ以上の攻撃を加える事が出来ず、風の守りが消えるかを待つかと考えていた。
が、要塞の内外にまだ敵がいる事を思い出し、討ち果たせるかは分らないが戦いに赴いた。
この体では、最早それ以外は出来ないのだから。
そして、先に外の多く敵が居るであろう場所にやって来たと言う訳だ。
勝利や打算のではなく、誇りを賭けるには少数相手にするよりはそのほうが良いように思えたのだ。
だが、ジュダン=ボウはその戦うべきと決めた部隊員達や支配していた種族に背を向けた。
そして、身構えたのである。
「来るが良い、妖術師! ワシは此処だ!」
逃げた訳では無いぞと己の矜持を焚き付けて叫ぶと、その声に応えが在った。
「外の方が……戦い易いか? 死霊術師よ。」
風を生み出しながら、歩いて来る影が一つ。
最早ボロボロで、よろよろと危なげな足取り。
自身とゾンビの血に塗れながらも、その双眸は未だ衰えぬ光があった。
「我が師と私が共同で編み出した『螺旋風渦』、良くぞ被害を最小限にとどめたものだ。」
それが今の所、征四郎が扱える二つの妖術のうちの一つ。
征四郎の持つ関節技に興味を持ったラギュワン・ラギュが考案し、生み出した風の螺旋渦。
二つの異なる激しく渦巻く風の力で対象をねじ切るだけの術は、戦闘以外には役に立たない。
だが、こうして隠し玉として用いるには十分な威力だ。
そして、まるで己こそが此処の支配者だと言わんばかりの物言いで迫る瀕死者に、不意に訪れた変化。
知らぬ者は畏れ、ジュダン=ボウは覚悟を決め、部隊員は湧き立った。
征四郎が再び魔術兵装であるカテナを纏ったのである。
「カテナ第二世代、銘プロフォンドゥム…機動システム再起動完了、システムチェック……駆動部グリーン、胸部装甲レッド……」
不意に響く人工音声、その内容に部隊員達も悟った。
眼前の死霊術師との戦いはドラゴンとのそれよりも激しい物であった事。
彼等は征四郎がカテナを纏った際に流れるこの人工音声がシステムオールグリーン以外を言うのを聞いた事が無かったからだ。
そして、征四郎も一つの考えを……懸念を抱いていた。
歩いてくる最中、此処には死霊術師が用いる事のできる最大の力が転がっている事に気が付いたからだ。
すなわち、ゴールドドラゴンの死体がある事に。




