第18話「同類」
爆発音が響けば、征四郎は部下が重要拠点の破壊に成功したことを確信していた。
ドラゴンが外で暴れだすと感じ取れた異様な魔力の流れから、ドラゴンを制御する何がしかであると判断し、その場所を破壊させるべく部下を向かわせていた。
そして、爆発音の後には異様な魔力の流れは途絶えているように感じる。
これで、外の方は如何にかなるだろう。
そんな算段をしていると、不意に壁に偽装されていた扉が開き、フードを目深に被った何者かが現れた。
双方共に驚きはしたが、互いに感情を素直に表すようなタイプではなかった。
冷静に相手の姿を観察し、征四郎は目の前の男……と思しき姿がジュダン=ボウであることを確信した。
思しきと表現せざる得ないのは、フードの奥に見える顔が骨と皮のみであるからだ。
ただ、眼窩は空洞ではなく意志の強そうなぎらつく瞳が存在している。
一方のジュダン=ボウは征四郎の姿に奇異さを覚えていた。
死者とも生者ともつかぬ気配を持ちながら、若い肉体を兼ね備えている。
纏う毛皮はまるで蛮族のようであるが、その内側から零れ出る死の気配は高度な死霊術師か、死の魔力を扱う魔術師のようだ。
赤土色の瞳、正道の魔術師ではなく妖術師のある一派を現すその瞳が恐れることなく己を見ている。
まるで、伝え聞く廃都の主であったあの大魔術師のようだ。
そして、なにより男にこびり付く死者の念だ。
己も大概に死を弄繰り回してきたが、目の前の男のようには振りまきはしなかった。
或いは、これから振りまくことも無かった。
征四郎が毛皮を手早く脱ぎ捨てると、彼の普段の軍装が現れる。
血と泥の後がうっすらと残る茶褐色の軍帽は無くとも、斑に血の痕がはっきりと残っている緑がかった茶褐色の軍服は彼が戦う上での正装だ。
そして……その血や泥の跡からジュダン=ボウを覗く無数の目。
瞬くもの、凝視するもの、細められるものと様々であり、その一つ一つにジュダン=ボウは記憶を刺激された。
「土着民の中に何と恐ろしき使い手が居た者よ。」
久方ぶりに戦慄を覚えたジュダン=ボウは手に持っていた杖を振るい、告げた。
この相手は、全力でぶつからねば勝てぬと早々に踏んだのだ。
対外戦闘など数百年振りではあったが、魔法帝国の貴族として戦争に参加していた頃の判断力は衰えてい、三つ子の魂なんとやらだ。
杖はジュダン=ボウの魔法武器、一度振るえば彼の守護者が現れる。
仄かに暗い紫色の光が一瞬明滅すれば、ジュダン=ボウの横に大きな甲冑が現れる。
虚飾の無い全身鎧は2メートルを超える高さで、方向性に難はあれど実利のみを追い求めた死霊術師の姿勢を現しているようだ。
一瞬、ジュダン=ボウがそれを纏うのかと征四郎は思ったが、勿論そうではなかった。
空洞の鎧の内部が青白く発光し、甲冑の隙間から激しく漏れ出た。
それと同時に吹き出るのは、戦ってきたドラゴンたちと引けを取らない威圧感。
古強者とでも呼ぶべき死霊の群れ。
これでは、問いただす暇も無さそうだと一つ息を吐き出すと征四郎はカテナを纏う。
流石のジュダン=ボウもそれが魔法帝国よりも尚古い旧文明の魔術兵装だとは一見しては分らなかった。
故に、己の守護者の邪魔にならぬように後ろへと下がる。
対峙する二つの鎧を纏ったモノ、方や死霊であり肉体は無く、方や最早人間と形容できるのか不明な妖術師だ。
だが、その二つの影の間にあるのは、確かに生きて戦うものが持つ緊張感。
下手を打てば己が死ぬというあの緊張感が漂っている。
この場合は消滅とでも形容すべきか。
どちらであるにせよ、人外であっても似たレベルであればそのような緊張感は持ちえるものだ。
鎧の兜の目明き穴から漏れ出す光が強くなったと思った瞬間に、距離が一気に詰められた。
武器を待たない死霊術師の守護者は、しかし恐るべき速度で拳を叩き込んで来る。
腹に二発、それに顎に一発と言う流れるようなコンビネーションに軽いフットワーク。
その拳を払い除け金属がぶつかり合う火花を散らし、顎への一撃は体を曲げて避けながらまるで拳闘家の様だと征四郎は思う。
が、そんな思考をする暇は与えないとばかりに、守護者の重い膝蹴りが体を曲げていた征四郎に向かって飛んで来た。
どうやら、これも連携技の内だったようだと、自身の判断ミスを悔やむより先に、重い衝撃音と共に征四郎の体は吹き飛ばされた。
優に10メートルは吹き飛ばされた征四郎は、そのまま廊下に落ちて転がった。
普通ならば、これで事が終わる。
だが、ジュダン=ボウに油断は無かった。
それは彼が信頼を置く守護者が一向に臨戦態勢を解かないからだ。
そして、やはりその判断が正しかった事が直ぐに証明される。
吹き飛んで廊下を転がった征四郎だが、直ぐに体勢を立て直した。
衝撃で視界が歪み回る中、無謀にも両手を廊下について、左足は膝を立て右足は後へと置いた。
所謂クラウチングスタートの体制をとれば、一気に走り出してリミットを解除した。
ブラックドラゴンを殺めた時のように音速を越える高機動戦用のモードにカテナを切り替えたのだ。
十数メートルの距離など無いに等しいこの加速を、守護者は在ろう事かカウンターで迎え撃った。
耳を劈く大爆音を響かせて、ぶつかり合う二つの鎧姿。
激しく吹き飛んだのは再び征四郎の方であった。
今度ばかりはその衝撃は凄まじく、廊下の端の方まで吹き飛び、全身に走りぬける痛みに悶えながら喀血するも、未だに生きてはいた。
一方の死霊術師の守護者の方もただではすまなかった。
胸甲の真ん中に大きく穴を開けてそこから漏れ出す光は、まるで血のように力なく流れ落ちて廊下に蟠る。
それでも、死霊術で造られた鎧を纏った死霊はまだ攻撃する余力があった。
ジュダン=ボウが自身の矜持を曲げてでも、死体ではなく死霊を最後の守護者としているだけの事はあった。
もし、今の一撃にドラゴンバスターを用いていれば結果は征四郎の勝利であっただろうが、生憎とまだ魔力は充填されていない。
仲間の援護が在って初めて必殺の武器として使えるのだ。
ゆっくりと迫り始めた守護者の奏でる金属の足音を耳にしながら、征四郎は懸命に気力を振り絞る。
それでも、体は言うことを聞かない。
戦いに身を置けば死ぬ事は致し方ないが、未だ事は始まったばかりここで死ぬのはあまりに情けない。
それでも、即死を避けた事は誇って良いのかもしれないと先程の交差を思い返す。
音速を超えた征四郎の一撃を避けるのではなく、カウンターで返してきた守護者。
狙いは当然のようにヘルムに覆われていない無防備な頭だ。
それを読んでいたので頭部を動かして最小限の動きでその一撃を避けたと思い、勝ちを確信した矢先に胸部に激しい一撃を貰った。
頭部を狙っていた拳の一撃はフェイクで、端から胸部を狙っていたのだろう。
誰でも狙う弱点であれば、当然対策を取られると考えたのか、本能的な感だったのか分らないが守護者の方が一枚上手だったという訳だ。
これほどの強者との戦いを、こんな様で終わらせる訳には行かない。
戦いこそが己の縁だとロズに偉そうに語ったのは、何処の誰だ? そう思えば微かに口元に自嘲が浮かんだ。
この死霊術師の守護者は、明確な強者だ。
術により縛られているが、その力は本物である。
ジュダン=ボウが真に頼りにしている切り札であり、実の所ドラゴン等よりも頼りにしているのだろう。
それを彼の矜持が認めるかは分らないが、ドラゴンを弄繰り回していたのもこの守護者を越える力を持たせたかったのかも知れない。
無論、ドラゴンの大きさはそれだけで脅威となるが……。
等と意識が空回りを始めだす。
それがほんの一時、数秒の時間でもなかったとしても大きな隙だ、その筈だった。
だが、間近に迫った守護者が止めをさそうと拳を振り上げて、途端に飛び退った。
無意識に征四郎が行うとした古流の技を恐れたのだ。
征四郎が用いる格闘の術は古流である三殿式と呼ばれる技。
これはやんごとなき血筋の方を守るために編み出された無手技であり、業だ。
立ち技、寝技は言うに及ばず、座った状態でも数種類の掴み技を持っていた。
そして、あらゆる手段をもってしても守らねばならない対象の護衛が編み出した技である為、死んだ振りからの攻撃、暗殺等と言う一般的に不名誉とされる攻撃法まで体系化されていたのだ。
最も、不名誉な部類は皆伝を得て初めて教えられる秘中の秘であるが、征四郎はその秘を身につけていた。
だが、この守護者はその秘中の秘を感じ取り、不用意な攻撃を避けたのだ。
征四郎が自身の無意識下の攻撃すら、どうやら見破られたらしいと気付けたのは、守護者が飛び退った為だ。
例え意識を失っても、体が動き相手を腕を極めていたという経験が征四郎にはあった。
鎧相手に効いたかは分らないが、腕一本でも破壊できれば流れは変わっていただろう。
だが、現実にはそれは夢想に過ぎなかったようだ。
さて、これではどう戦えば良いのか。
肉体が無いものだから可能な凄まじい反射速度と判断力。
鎧は頑強であり、カウンターを食らって威力は減っていたとは言え、征四郎の一撃を食らっても拳大の穴を開けるに留まっている。
此方にあって、向こうに無いものと言えば肉体ぐらいなものだが、今はそれが制約でしかないようだ。
こればかりは生きている以上はどうしようもない。
そう考えながらも、征四郎はゆるりと立ち上がった。
背には壁、右手は廊下が続くが逃げたところで意味は無い。
と、そこで不意に古い説話を思い出す。
三日の食料を残して、後は全て川に沈めて戦った猛将の話だ。
背水の陣、それが脳裏に過ぎって征四郎は自身の甘さを痛感し、カテナの武装を解除した。
一連の流れはジュダン=ボウには分らない。
征四郎が武装を解除し、あの血と泥に汚れた服装に戻った。
本来ならば、それは抵抗する意思をなくしたと考えるべきなのだが……。
とてもではないが、あの男はそんな発想を抱いているとは思えない。
守護者自体も、全く臨戦態勢を解かない事がそれを証明している。
これは、一体何だ? そう思うのも無理からぬことだ。
ジュダン=ボウは戦争には参加していたが、それは指揮する立場として、或いは魔術師としてだ。
前線に立つ兵士としてではないのだ。
個人で、背水の陣を敢行する者がいるとは到底思わない。
だが、鎧を脱いだのであれば此方も援護のしようは出てくる。
杖を征四郎に向けて、意識を集中した途端にそれは起きた。
征四郎と守護者が激しい速度で殴り合いを始めたのだ。
それは傍から見れば単なる殴り合いに見えていたが、実際には高度な技の応酬であった。
考えてみれば、一撃でも食らえば終わりと言わざる得ない征四郎が殴り合いに興じられる筈がないのだ。
その事実にジュダン=ボウが気付いたのは、遂には守護者が膝を屈したからである。
征四郎は、今漸く師でもあった祖父の言葉を実感していた。
後の先とは何か、心眼で見切るとは何か。
相手は鎧、肉体の無いそれであるが、それでも攻撃に僅かな癖、特有の予備動作がある。
それを見切る、次に何が来るのか予測する。
所詮は予測でしかないので、間違えるかも知れないし、敵がすぐさま修正してくるかも知れない。
それでも、自身の予測を信じて身を任せる事で意識を集中させる事が肝要なのだ。
拳の一撃を捌いて、漏れ出す光に向かって自身の魔力を乗せた拳を突き出しその力を、魔力を、そして死霊を僅かながらに散らす。
一撃は微々たる物でしかないが、攻撃を重ねれば重ねるほどに相手は徐々に速度を落として、此方はより強く魔力を送り込める。
蹴りを捌き、拳を捌く。
時折、読み間違えや守護者の攻撃が変化する事は在ったが、如何にか捌ききり最終的には膝を付かせたのだ。
恐ろしいまでの集中力を発揮出来たのは、身を守るものは何も無いと言う覚悟と執念が成した事だ。
「…さらばだ」
膝を屈するという大きな隙をも逃すはずも無く、征四郎は呟いて最後に自身の魔力を込めて兜目掛けて殴りつけた。
その間際、征四郎には全身鎧で覆われた守護者が微かに笑ったような気がした。
拳は兜を弾き飛ばして、残っていた死霊の残滓を吹き飛ばせば鎧は、兜共々塵となって消えた。
兜を殴りつけた拳からは血が流れ落ち、全身を襲う痛みを無視して征四郎はジュダン=ボウへと向かって歩き出す。
「……まさかな、だが、お前の死体で新たな守護者を作り出せば、ワシは安泰だ!」
恐るべき敵を倒した、だがまだ終わりでは無い。
目の前の死霊術師とて強敵には変わりがないのだ。
征四郎にすれば自身は傷を負いすぎたし、ジュダン=ボウにすれば瀕死の敵だ。
前者は苦しい戦いになると思っていたが、後者はそうは思っていなかった。
だが、その結果は、前者の考えが当たっていた。
征四郎も苦しかったが、ジュダン=ボウも同様に或いはそれ以上に苦しい戦いが始まったのだ。




