第10話「始まり」(改定)
ミールウスは、言葉通りに偽のガートルードを捕縛して、レーギーナの元へと連れて行った。
そこで、嫌疑が掛かっているので『嘘破り』の術を受けてもらうと声高に告げた。
偽ガートルードは酷く抵抗したらしいが、結局術は行使されて、偽者である事が判明した。
そこからは、あれよ、あれよと事は進んで国境近くで囚われているらしいガートルードを助け出す為の部隊が編成された。
その一連の動きに懐疑的な思いを抱くものが居た。
征四郎より参謀としての職責が期待されているアルデアである。
この少女型自動人形には、今回の入れ代わりがあまりに杜撰に思えたのだ。
ガートルードが囚われたことは由々しき問題だが、事はそれだけに収まらないのでは無いかと言う危惧抱いてもいた。
この一連の出来事に何の意味があるのかと考え込みながら、アルデアはアークル産のワインを片手に戸板が外された吹き抜け窓から外を眺めていた。
そこに同型でありながら、性別だけが違うラルスが歩み寄って来た。
「アルデア、何を悩んでるんだい?」
「偽物の事よ、何の意味があるのか、成功して誰に得があるのか、失敗して誰に得があるのか……。」
ラルスはその言葉に立ち止まり、アルデアの視線の先を窺うように吹き抜け窓から外を見やった。
外は冬景色が広がり、白い大地が陽光を浴びてきらきらと輝いていた。
少し視線をずらせば防寒具を着込んだ旅人達に、屋台でボーダ鳥の串焼きが人気を博しているのが見えた。
「外見は完璧にガートルードさんだったのに、中身はあからさまに別人だったからね。」
「杜撰すぎるわ。もし、私達が少佐に言われて要人の入れ替えを画策するならば、事前に下調べをして、送り込む者に徹底的に癖やそいつの近況を叩き込むでしょう? まるで見破ってくれって言ってるようなもので、それで何が変わるのか考えてたの。」
アルデアの言葉にラルスは軽く肩をすくめるのみだ。
少佐こと征四郎であれば徹底させるのは事実だが、今の三国に其処までの余力があるのかどうか。
諜報戦と言う観点から言えば、三国は征四郎に劣るのは明白だ。
とは言え、此処まであからさまな偽者を送りつけるのは、流石に可笑しいかと首を捻り。
確かに意味があるはずと、ラルスも考え始めた。
結局、その答えらしきものにたどり着いたのは、自動人形の指揮官とされるドゥクスが、他の19名を引き連れてガートルードを救うために出立する姿を見てのことだった。
「陽動?」
そう口二人同時に呟いていた。
ルーグ城砦の衛士たる自動人形の数を一時でも減らすには有用である。
現に20名の自動人形が人質解放に出向く所だ。
先の城砦襲撃事件で自動人形の数は130名にまで数を減らしている。
その内5名は四肢の何れかが欠損しており、戦力と呼ぶには怪しい。
今回の人質解放に現状戦力の6分の1の自動人形が城砦を離れた。
もし、城砦に攻め込むなりを考えているのならば、好機と言えなくは無い。
「攻め込むのはリスクが大きすぎる。だが、暗殺ならば……。まず、誰が狙われる?」
「クレヴィ様、レーギーナ様……そして、セルマ。」
ラルスの問い掛けに、アルデアは悩むことなく答える。
セルマは襲撃事件の首謀者からすれば余計な事を知っている可能性が高い、葬ってしまうのが得策だと考えないとは言えない。
そこで、ふと思い出したようにアルデアは付け足す。
「ジャスパーの死体って言って良いのかしら、アレも狙われそうね。」
「万が一意識を取り戻したら拙いって? 無い訳では無さそうだね、直ぐに警備を集中させるように進言しよう。最悪、アルデアが告げた標的を守りきれば良いんだ。」
ラルスのある種の酷薄な言葉に、アルデアは何ら臆する所も無く頷き行動すべく歩き出した。
アルデアの進言は受け入れられて、警備の強化が行われたが特に何事もなく時間ばかりがすぎた。
考えすぎだったのかと、アルデアが自省していた矢先、城砦内がにわかに慌ただしくなった。
偽のガートルードが逃げ出したらしい。
地下牢ではなく、客間の一室に拘束していたが、窓から逃亡したらしい。
昼の最中にである。
あまりに鮮やかな逃亡であるため、やはり入れ替わった際の杜撰さが目立つ。
一体、何を目的とした行いだったのか、アルデアには読めずにいた。
「面白くないわね……。」
呟いて、再び考え始める。
今はまだ分らずとも、思考し続けることに意味がある筈だと。
そうでなければ、戦力にもならない自分に意味があるのか、と……。
その余分な感情が今の彼女の枷であった。
表面上はいつもと変わらないルーグ城砦より離れていく影が三つ。
旅装姿で観光客か参拝者を思わせるが、その足取りは雪中だと言うのにかなり速い。
訓練を受けた者の動きとも言えなくは無い早さで彼等は進み続け。
人目につき難い街道の外れまで移動すれば、其処で待機していた馬車に乗り込んだ。
馬車に乗り込んでから三人組は漸く会話を交わした。
「見破られて以降の対応の速さを思うと、泳がされていただけか。」
「警備の体制も直ぐに変わった、やはり生半可に手を出すわけにはいかんな。」
「今回は素直に諦めよう。まだ、脅威となるか分からない相手を無理に攻撃する事もあるまい。」
僅かな遣り取りの後は、彼等は押し黙った。
馬車内部の沈黙など知らない御者台に座る男は、馬を操り街道を走り去っていく。
一連の出来事が何を意味していたのかは、ルーグ城砦側はつかめずに居た。
諜報能力など持たされていない政治的不干渉地帯の住人であるから、それも致し方ない。
保護されたガートルードは移動中に突如襲われたのだが、襲撃者の顔は勿論、何処に所属しているか等分る物は身に付けていなかったと言う。
彼女自身には、特に何かをされたような形跡もないため、やはり城砦で何かを行うための陽動だったと思われる。
釈然としないものを感じながらも、城砦の衛士達はより警備の強化に努める事を確認しあった。
この出来事の意味が判明するのは、再び征四郎と共に彼等が戦う時が来てからである。
ルーグ城砦でそんな騒ぎが起きている頃、バルアド大陸の南端に位置するイズンの街ではイルカシュ山の探索が計画されていた。
ブラックドラゴンが支配していたイルカシュ山には謎が多く、また、ブラックドラゴンが一匹だけしかないという確証も無い。
守ってばかりで居るよりは、いっその事攻入るべきではないか、そんな意見まで飛び交い始めていた。
そんな強気な発言まで飛び出したのには、訳が在る。
ブラックドラゴンを殺した征四郎が、番いなどが居れば真っ先に自分を狙ってくるかも知れない、その前に山の調査を行い、迎え撃ちたいという旨を発言した為だ。
長年、ブラックドラゴンに怯えて暮らして来たイズンの街の者達は、それに賛同したのである。
ドラゴン殺しである征四郎がそう言うのだから、種族連合軍部にも賛同者は多く、評議会では抑えが利かない所までに事は至っていた。
征四郎は簡易診療所を出て、今はイズンの街の被害が少ない地域の宿に泊まっている。
部屋は無料で何時までも使って良いと言われているが、それもそれで居心地が悪い。
ましてや、女を二人も連れてであれば、どちらかと言えば気恥ずかしさの方が強かった。
その日は、遅れて征四郎たちに合流したバルトロメやゾスモら老人達も征四郎の部屋に集まっていた。
征四郎は置かれた机の向こうに座り、その背後に侍るようにナグ家の姉妹が並んでいる。
老人達は長椅子に並んで腰掛けて、在る報告を待っていた。
イズンの街や軍部の声を評議会が反映さえるか否かの報告を。
バルトロメとゾスモは元から友人関係という事もあり、蟠りが消えてしまえば良いコンビと言えた。
双方共に老境でありながら高い戦闘能力を有しており、何よりその培ってきた経験は征四郎にも、部下達にも学ぶべき点は多い。
その経験が告げるのは、一連の流れの危うさだ。
それを感じつつも、ゾスモもバルトロメも大きな時流のうねりを聞いた気がしていた。
事が大きく動くときは、いつも予想を超える出来事が起きる事も彼等は知っていた。
それに『ファミリー』と戦うには力が要る。
個人の卓越した力だけでは無い、集団の力が。
種族連合軍部を巻き込めれば、その集団の力が手に入るのだ。
「評議会、特に『ファミリー』に繋がっている連中が動き出すな。最も、冬山でドラゴンと戦おうという無鉄砲を捨て置いて、遭難を願うかも知れんが。」
「旦那様は、お前と違って思慮深いからな、敵が動き出すなら絶好の好機と捉える。それに…賛同者こそ洗い出す必要があるかも知れん。」
そんな遣り取りをしている老人達の目の前では、ナグ家の姉妹が未だに色々な配分で揉めていた。
明日はどちらが食事を食わすだの、体を拭くのはどちらだ等と言い争い、睨み合い、時には互いに手が出ていた。
征四郎は既に咎める気力も無い様で、その様子を眺めるばかりであるが、流石に手が出た時は叱咤していた。
「あまり羨ましくは無いな。」
「それは否定しない。」
その様子を垣間見た老人達は小声でぼそぼそと言い合っていた。
ナグ家の姉妹は、言うなれば半人半神の魔女。
それにあそこまで魅入られるというのは気苦労の方が多そうだと、ゾスモが呟けばバルトロメも頷きを返した。
征四郎には、老人達の言葉も聞こえていたが、特に反論する気は無かった。
彼女等姉妹が特殊、と言うのもあるが、征四郎自身も倫理観が変容し始めている事を理解していたからだ。
最も、老人達はどちらかと言えば同情の方が強そうだったが。
そんな良く分らない混沌とした状況の征四郎の部屋に来訪者があった。
待ち人である伝令である、そしてその内容はイルカシュ山へ探索隊を送ることに正式に決まったという物だ。
再びドラゴンと戦うことになるかもしれないと思えば、征四郎は僅かに口元を歪めて立ち上がった。
部屋にいた者達もそれに追随して、征四郎の後を続いて表へと出て行く。
イルカシュ山を巡る戦いの、最初の一歩はこうして踏み出されたのだった。
筈だったのだが、征四郎は程なくして前言を翻した。
冬山は舐めてかかれない事を諭されたからだ。




