第11話「転機」(改定)
バルアド大陸最南端に聳えるイルカシュ山。
標高は1800メートルと地理上で言えば然程高い山では無いが、実際に聳えるその姿を見れば、正に威容である。
南端とは言え、この時期ともなれば山頂付近は雪で化粧されている。
はっきりと言えば、この時期に探索隊を送るなど無謀の極みだ。
無事に探索できる保証が無いばかりか、全滅すらありえる。
それ程の難事だと言えば聞こえは良いが、実際にはただの愚かな試みと言わざる得ない。
征四郎がそれをはっきりと悟ったのは、イズンの街の猟師に連れられて山の様子を伺いにいったときだ。
道すがら猟師から冬山の危険性を説かれ、実際の山の様子を間近で見たことにより時間を惜しんでの無謀な探索は無意味と判断した。
探索隊は主に種族連合の兵士達が担うことになる。
此処で部外者である征四郎が、無理を言い、兵士達に被害が出てしまえば今後の関係が拗れるのは必至だ。
イズンの街の安全を構築するのは重要だが、その為に多くの力が無意味に殺がれるのでは、意味が無い。
征四郎は、街に戻れば代官や兵士達、それに街の住人の代表に素直に謝り、山へ探索隊を送るのは春を待つべきだと告げた。
今ならば準備も然程進んでいない、この時期に過ちを正さねば事が大きくなりすぎる。
突然の征四郎の心変わりに周囲は驚きはしたが、特別責める様な事も言わなかった。
準備らしい準備もまだ出来ていなかったし、冬山に探索隊を送ると言う行為は、確かに危険視されても居たからだ。
ドラゴンが仮に居たとして、遭遇する前に兵力を減らすのは愚かしい。
落ち着いて考えると確かにリスクの方が大きいと思える。
一種の熱狂状態が醒めてしまえば、燃え上がっていた世論は、思いっきり冷水をぶっ掛けられた様に消沈していく。
これは、征四郎にとってはマイナスかも知れない。
世論の奔流に乗りさえすれば、一気に種族連合内での地位を固められたかも知れないのだから。
ドラゴンを殺した事実に、更にドラゴン討伐の功績を重ねれば、この国では磐石の支持を得られる。
そうなれば金銭も軍事力もある程度扱えるようになっただろう。
だが、征四郎は結局その賭けには乗らなかった。
賭けとは、最後に行うべきものだ、と言う思いがあるからだ。
それに、勢い良く上昇すれば余計な敵を作る事になる。
軍の行動とは違い、この手の事は早いだけでは返って遠回りとなる。
それを冷静になり思い出したのだ。
勿論、イルカシュ山にドラゴンが居るのならばそして、そのドラゴンが街を襲う危険性が在るのならば殺さねばならない。
だが、それは今では無い。
少なくとも、こちらから出向いて殺すのは春を待たねばならない。
そう己に語りかけながら殺意を沈めることに征四郎は力を注いだ。
自身の殺意が、義憤から来る怒りなのか、別の何かなのか征四郎には分らない。
ただ、この殺意に引きずられないように自身の手綱を確り握る必要があった。
さて、春までこの街で過ごすとなれば、それまで如何にして過ごすか。
イズンの街は穀倉地帯であり、尚且つバルアド大陸の南端である。
冬を越すには比較的越しやすい地域だ。
それだけに精神的な修行を積むには不向きであり、此処での生活が今後に影響を及ぼす可能性もあった。
それでも征四郎は、この冬はこの街に滞在して、春になり山に登れる段になったら、直ぐにでもイルカシュ山を探索する事に決めた。
『ファミリー』についての調査も、シャーラン王国の現状も気掛かりではあるが、現状では動きようがないのは事実。
ならば、いっその事イズンの街に滞在して一冬を越すと言うのも選択肢としてはあるだろう。
この街で、各地の情報が集まるのを待つのも、荒地で待つのも差は無い。
それに、どんなデメリットがあろうとも、殺すべき相手が近くに居るのに離れるのは不愉快だ。
そうと決めれば、征四郎の行動は早い。
一冬、この街で過ごしたいのだと代官と街の代表に伝え、宜しく頼むと頭を下げた。
これに驚いたのは、代官ルキーノと街の代表であるドワーフのズビシェクである。
そして、征四郎が本気で……つまり、種族連合内での地位固めのためではなく、山を探索してドラゴンが居れば殺すつもりなのだと改めて感じた。
そうであれば、街の恩人の為である、家でも建てさせようと言う話が出て来た。
今度驚いたのは征四郎の方であった。
流石に厚遇が過ぎると、固辞したのだが代官も代表も此方の気がすまないと退かない。
これは困ったと一度天を仰ぎ、家族と相談すると告げて一旦保留として話し合いの場から、宿の一室に戻った。
その場にはゾスモは居らず、ナグ家の姉妹とバルトロメが居るばかり。
如何やら、ゾスモは元評議会議員と言う事もあり、イズンの街の視察に出かけているとの事。
一方でバルトロメは奥方二人の為にお茶の用意をしている所だった。
イズンの街の近辺は、良い茶葉も取れるのだそうだ。
その状況に肩の力を抜きながら、征四郎は厚遇が過ぎると愚痴を零すが、皆はきょとんとした顔をして首を傾いだ。
そして、くれると言うならばもらえば良いと一様に言うのである。
それがこの国の流儀であるならば受け入れるよりほかは無いだろうと。
郷に入っては郷に従えと言うらしい。
征四郎は流石に抵抗は遭ったが、彼等の面目を潰す訳にも行かないと諭されて、一つ頷きそうするかと呟いた。
そして、それを伝えるのは茶を飲んでからでも良かろうと、自身の妻二人の茶会に参加する事に決めた。
……そう、征四郎は結局正式にロズワグン=ナグとリマジルク=ナグを妻に迎えることを決めていた。
ロズについては言うに及ばずだが、リマにも大変世話になった。
それに、手厚い看病に絆されたと言うのもある。
だが、何時までもどっちつかずにする事は、征四郎の美意識からは外れて居るのだ。
ならば、双方を娶って確りと家庭を築く事が肝要では無いかと考えたのだ。
勿論、これがどちらか一方を選べない弱い己が編み出した欺瞞に過ぎないことも心得ていたが。
君達二人を妻に迎えたい、征四郎の言葉が告げられるとカップに注がれたお茶を飲んでいたロズは、一瞬動きを止めて、鋭く自身の姉妹を睨み付けながらも、口元はだらしなく緩んだ。
彼女からすれば、独り占めしていた物を後から姉妹と共有せねばならなくなった訳で、面白くはなかった。
だが、正式に征四郎の妻となるのは喜ばしい。
一方のリマは小首を傾いでロズを見やってから、ゆっくりとカップを傾け茶を飲む。
彼女からすれば、姉妹で共有するのは当然の事であったので、征四郎の言葉には満足していたし、姉妹に睨まれても困ると言うものだ。
独占したく無い訳でもないが、征四郎のこの決断は悪くない。
また、昔のように三人一緒になれるかも知れないと何処か懐かしさを覚えていた。
そして、傍で聞いているバルトロメにしてみれば、酷く今更な話題を話し合っていると肩を竦めるのだ。
神土 征四郎と言う男は、やはり何処かズレているのだとも再認識したが、そのズレこそが彼の魅力かも知れない。
この一件も彼なりに考えて、導き出した答えなのだろうことは容易に推察できる。
一般的には対等関係な一夫多妻など男の方に苦労ばかりで、メリットは薄い。
勿論、身分差のあるハーレムならば話しは別だ。
だが、征四郎とナグ家の姉妹では良くて対等、悪くすれば征四郎の方が立場が悪い。
それでも、彼は二人を娶ると言うのだから、強欲の代償は確り支払う心算に見えた。
やはり、主として仰ぐべき所はあると微笑しかけた所で、慌しく扉を叩く音が響く。
突然の来訪は基本的には良くない事が多い、バルトロメはそっと嘆息しながら何者かと誰何した。
途端に、ゾスモだと答えが返って来た。
普段であれば軽口の一つも叩いた所だが、その声に潜んでいる緊張に皆が居住まいを正す。
何事だと扉を開ければ、荒い息の老いたオークが外に出てみろと騒いだ。
その言葉には、やはり尋常では無い響きがあり、征四郎は立ち上がり、バルトロメとゾスモを伴ない外へと出た。
外に出れば、家屋の復興を行っていた者達が、悲鳴を上げて逃げ惑っていた。
視線は全て空へと向けられており、異様な羽ばたき音と共に不規則に突風が吹き荒れていた。
彼等の視線を追うまでも無く分っていたが……見上げた空には三匹のドラゴンが舞っていた。
その色は赤、青、そして黄金。
まるで大地を睥睨するかのように、空を舞うドラゴンを見やって、征四郎は微かに笑みを浮かべた。
「手間が省けた、と言うべきか。」
呟けば、三匹のドラゴンに向かって歩き始めた。
遅れて外に出たロズとリマのナグ家の姉妹は、上空のドラゴンを見やり双眸を細めた。
黄金のドラゴン、創造魔術で造られた戦闘兵器、魔法帝国の遺物が空を舞っているのだから。
「バルアド大陸に渡って来て良かった、面白いものが見れそうだ。」
リマジルクの言葉に内心は頷きながらもロズは肩を竦めて応じたのだった。




