第31話「諸王連合」(改定)
バルアド大陸より遠く離れたテルハ大陸、バルアド大陸のほぼ三倍近い広さを持つ世界最大の大陸。
嘗ての大災害で海面が隆起し広がった大陸である。
他の大陸は逆に海に沈んだりして消えるか、その大きさを減じた。
今では世界の中心とも言えるテルハ大陸に存在する各国の上層部は、駆け巡るとある報に戦慄した。
勇者クレヴィの復活の一報は正に青天の霹靂だったのだ。
まるで先達の罪が自分たちに降りかかって来る様にも感じていた。
特に、勇者抹殺計画を実地していたラレンティアにとってはただ事ではなかった。
ラレンティアの王アドヴィスは諸国の王達に、すぐさま集まり協議するのが責務と騒ぎ立てた。
彼は先祖の非は勇者にあるとの言葉を端から信用していなかった。
駒として扱い、扱いきれずに捨てた者が長き眠りから醒めて復讐に来るのだと信じ込んだ。
それに賛同したのは、300年前に勇者を利用していた国々である。
ダーヌ王国、ピリホン王国、サイア連合等の古豪の国が、一人の男の目覚めに怯えたのだ。
一方で若い国々は然程動揺は無かった。
勇者に復讐される云われも無いし、よしんば勇者が復讐を掲げても彼等には正当性が無い八つ当たり的行為でしかない。
それを迎え撃つとなれば、国民は一致団結し早々敗れる事は無いと判断したのだ。
正しい者が常に勝つ訳では無いと言う歴史的教訓は、この際、目を瞑って。
それでも、大国ラレンティアに追随する国は現れるもので、勇者復活の報から3ヶ月もしない内に、テルハ大陸に存在する12の国のうち7つの国が対クレヴィの為の軍事同盟を締結した。
これを諸王連合と呼び、大罪人クレヴィの復活から大陸を守る正義の軍だと華々しく喧伝した。
が、国民からすれば胡散臭い事この上ない話であった。
国の上層部が騒げば騒ぐほどに、あの伝説は本当だったのかと静かに思い返すのだ。
時の権力者がクレヴィに対する恐れのみで、大恩ある勇者をバルアド大陸に追放し封じた、と言う昔からひっそりと語られている伝説についてを。
それは一部事実とは異なっているが、概ね真実を含んだ伝説である事までは思い至らないのだろうが。
諸国がラレンティアの呼びかけに応じて、同盟の詳細を協議するためにラレンティアの王都ラヌースに政務的な高官を送ると同時に、この呼びかけが軍事同盟の側面が強い為、若手の将校も送り込んでいた。
ある程度は互いに認識を持ち、軍同士の連携を高める目的なのは誰の目にも明らかだ。
だが、送られた人物は揃いも揃って癖の強い人物たちであった。
政務官たちが煌びやかな晩餐室で会食を行いながら協議を行っているのとは打って変わり、将校たちが集まっているのは無機質な会議室。
目の前のテーブルに並んでいるのは豪華な夕食、ではなくグラスに注がれた水のみ。
グラスワインすら無いと言う事は、素面でやれという事か。
その様に若手将校と呼ばれるうちの一人、ダーヌ王国の貴族にして軍師レオの副官を務めるリクハルドは内心肩をすくめた。
レオは老齢で長旅は少々厳しい為、その副官たる彼が派遣された事からもダーヌ王国は本気でクレヴィを恐れている事が諸国にも伝わるだろう。
それに今一人、切り札とも言うべき存在もリクハルドと共にラヌースに赴いていた。
「もう少し、和気藹々としていると紹介しやすいのですが。生憎と少々空気が硬い、苦労をかけますね。」
リクハルドは穏やかに傍らの女性に告げる。
リクハルドの金髪とは異なり、黒く艶やかな髪を後に流して項辺りで纏めている女は、小さくいいえと告げて微笑んだ。
その首には、ペンダントが下げられている。
遠くバルアド大陸にて、六郎が掛けているそれと同じ物が。
「空気も硬くなろうよ。少しばかりでもアルコールを出すもんだろ、こういう場では。」
小声では在ったが、リクハルドの言葉にそう軽口を叩いたのはサイア連合の恐るべき騎兵部隊を指揮するアウフスタイン。
がっしりした体躯で短く整えられた茶色の髪が精悍さを引き立てている。
そして、リクハルドの連れを見やって、双眸を細めて告げた。
「あんたは、ピリホンの小僧よりは弁えている様だな。あんたからも、あの小僧に言ってやってくれ。下手な動きをするなって。同じ勇者として。」
言葉は荒いが、アウフスタインの言葉にはある種の気遣いが感じられて、女はそうですねと頷きを返す。
ピリホン王国にも自分と同じ呼ばれた者が居るとは聞いていたが、如何やら自分よりは年が下らしいと推測していると、新たに声が掛けられる。
「正直対個人戦線と言う馬鹿げた話ではなく、そちらの勇者様から、異界の機工に付いてお伺いしたいですね。ああ、これは私の個人的見解で国及び王のそれとは異なりますわ。」
そう告げたのは小国テューグの姫、グンヒルド・テューグ。
美しいエルフの少女であり姫と呼ばれる立場でありながら、髪は短く切り旧文明の機械等の研究を日々行っている変り種。
魔術兵装カテナの量産機を発掘し、一部機能の起動に成功させたとの報は近年で一番テューグの株を上げた。
「俺としては、お姫様が以前口にしたと言うモニター艦構想とやらが聞きたいが。沿岸部における防衛を思いの他、安価に行えると聞くが。」
そう口にしたのは、海洋国家であるヨナルガにて数年後には八人居る提督に列せられると噂される俊英、カヌイである。
褐色の肌に銀色の髪と言う姿は、ラヌースの女官たちからはエキゾチックに映るらしい。
当人はそんな事はお構いなく、海での戦い方を常に模索する求道者めいた男である。
「残念ながら構想ですらありません。過去にその様な船が在ったらしいと言う情報を見つけたのは良いのですが……。推進は帆で風を受ける訳では無さそうでして、水平還動機関……? だか、タービンだかと言う推力装置が必要なのです。これが如何なる物か分らないのですよ。」
機械的なことに関してはグンヒルドは饒舌になる。
その様子をリクハルドもアウフスタインも少々引き気味に見ていたが、カヌイは眉根を寄せて考え込み。
「……ザオレア軍国のアリスタルフ技師の提唱する魔道推進機関は船舶の推進にも活用できる出力があるとか。」
「実物を見ていないので何とも、それにザオレアがそうそう軍事機密を輸出するかどうか。」
ドワーフのアリスタルフはテルハ大陸で最も名の馳せた技師である。
彼が提唱するのであれば、船舶運用も可能かも知れないが、ザオレアは今回の同盟には参加していない。
そも、4人の軍将が互いを牽制しあって統治する軍事国家だ。
おいそれと機密を売り渡したりはしないだろう。
何やら一部で盛り上がりを見せている会議室に、遅れて数名の者がやって来る。
ピリホン王国の騎士であるアンナリーザ、癖の強い赤毛の髪が目立つ鍛えられた体の女とこの場には似つかわしくないメイド姿の女、それに歳若い…十代後半と思しき黒髪の少年が会議室に現れた。
その姿を見て、グンヒルドとカヌイの遣り取りを微笑ましげに聞いていた女が目を丸くして驚きの声を上げた。
「え?え?……壬鏡君?!」
「あ、隣の部屋の……榊さん?」
二人の様子に一同が驚いたように顔を見合わせた。
彼等は奇しくも同じアパートの二階に住んでいたのである。
雷で火災が起きて2階の三部屋が燃えたあるアパートの。
結局、会議室での意見交換はアルコールの力が無くとも円滑に進みだした。
勇者と呼ぶにはまだ経験が足らない勇者候補と言うべき二人が顔見知りと言う事も在ったが、国内の政治的闘争に巻き込まれているよりは、異国の同僚と仕事について語り合っている方が建設的であると感じたからだ。
例え、同盟が解消されれば相争う立場になるとしても。
その意見交換も一旦落ち着き、各員がテーブルの上に置かれた水を飲んだり、考えを纏めている。
勇者候補の壬鏡にアウフスタインが小声で何か告げていた。
程ほどにしないと痛い目に会うとか、あまり王族に目を付けられるなと言った忠言は、年上の兄が弟を注意しているようにも感じられた。
それに対する壬鏡の返答は楽天的なものであったが。
さて、そんな状況の中に一人の男が遅れて現れたのだ。
今はここに居ないラレンティア軍の者でもないし、他国の将校でもない。
ダーヌ王国の諜報員であるスミスだ。
特徴の無い顔立ちで、年齢も今一つ掴みかねる男だが、優秀な諜報員が態々同盟中とは言え異国の将校の前に顔を見せるのは異例の事だ。
リクハルドは思わず驚き、目を見開いてスミスを見た。
「……私はスミス、ダーヌ王国の諜報員をしている。本来ならば、あなた方の前に姿を見せる事はなかったが、諜報長の許可を得てここに来た。」
名前は便宜上のものでしかないのは、諜報員と聞けば誰もが心得ていた。
スパイは顔も変えるし名前も変えるからだ。
だが、敢えて態々顔を見せる理由が将校達には分らなかった、まだ世情に疎い勇者候補ともなれば尚更に。
スミスは落ち着いた声で説明を始める。
バルアド大陸に300年前から送り込んでいたスパイ、その任務を代々引き継いで来た一族からの報告であると前置きして。
そして、語られた内容は、恐るべき物であった。
概ね伝聞ではあったが、それがほぼ実際にあったことなのだと彼等は報告して来たと言う。
個人でストーンゴーレムを破壊した勇者クレヴィの活躍を、新たに勇者として召喚されたらしい人物が居る事を、そして伝説的な死霊術師を伴ない戦場を闊歩した恐るべき異界の軍人にして妖術師である男が兵を指揮したことを。
更には、勇者クレヴィ復活の原因となった者が、嘗てクレヴィが斃した者達の名を騙った事まで、彼等は把握していた。
そして、《《テルハ大陸側が》》霧を晴らすのを待ち、晴らした所を迎え撃つ事にしたのだと。
これらを態々他国の者に伝えたのは、情報の開示なくして連携など取れないというダーヌ王国の諜報員を纏める長が考えた為だ。
情報の専門家が必要と言えば、国王も否とは言えなかったのだろう。
その行いが他の貴族の反感を買わねば良いがと、同国人のリクハルドは密かに心配した。
「……在るならば魔法帝国の首都に埋もれていると思っていたのですが……大地を疾走するという黒い鎧……まずカテナです。銘ありの特別仕様の可能性が高いですね、ヘルムが無いとは言え完全起動しているとは……。」
まず報告を聞いて声を上げたのは、グンヒルドだ。
機械的なことには直ぐに反応を返せるのは、彼女の強み、だろうか。
「どちらであるにせよ、ストーンゴーレムを一撃で行動不能に出来る能力を持った物が二人か。恐ろしい話だ。」
「私はその二人も恐ろしいですが、数十名でストーンゴーレムを破壊した者が居る方が驚きです。攻城兵器や魔術師を揃えずにその戦果……恐るべき敵と言うべきですね。」
「……誰だか知らないが余計な事を……眠った竜は眠らせておくべきだったのだ。
ましてや、竜の側には獅子以上の何かに率いられた獅子の群れが居る等と、笑えない。」
各々が感想を口にする中、勇者候補の二人、榊 都と壬鏡 宗太の二人は、新たに勇者として召喚されたらしい人物と言う言葉に胸騒ぎを覚えていた。
ストーンゴーレムがどの程度の存在か良く分らないというのも在るが、如何しても気になるのである。
まさかとは思うのだが、同じアパートの住人だったりしないだろうかと。
何故なら、あの日アパートに電気が灯っていた部屋は三つしかなかった。
榊の部屋とその隣の壬鏡の部屋、そしてその隣に位置する磯山と言う人の良さそうな若いサラリーマンの部屋だけだった。
まさか、磯山さんではなかろうか、そんな想いが二人の心に蟠っていた。
それらの報を元に意見交換は行われ、程なくして第一回目の会議は終わった。
互いが国内での政治闘争で蹴落とされずに再び会おうと冗句を誰かが口にしたが、それは半ば本音であった。
彼等は笑い合いながらも頷きを返して、それぞれの国に戻っていく。
時間はまだある、今は誰もがそう思った。
報告に何者かの一片の毒が盛られている事に気付かずに。
情報戦は既に始まっていた事にいずれ彼らも気づくが、今はまだその時ではなかった。
イライジャ・キングスレイは、王宮にて助言を行う立場を獲得していたが、既にラレンティアを出ていた。
彼の目的は5年前に達成されていたし、一応の支援も今まで行っていたのだから十分な筈だ。
ラレンティアの王アドヴィスが話が在ると騒いでいたが、最早彼には知った事ではなかった。
成功するかも不透明な作戦に喜び勇んで出資したのは、アドヴィスである。
確かにあの王には借りがあった。
生まれた時から埃のように降り積もる恐怖を打ち払おうと足掻いてくれたおかげで、首領を復活させる事が出来たのだから。
それに、そう、それに王族が慌てふためき、破滅に向かう様は心地が良い。
キングスレイ等と言うあからさまな姓を名乗る意味が、彼等には分らないのだろうか。
最も、計画は一応実行されたのだからそれ以上は与り知らないと言うのはそこまで非道でもない事だ、借りはこれで返したのだ。
勇者の生死は、実の所イライジャには興味は無かった。
弟子が死ぬかも知れぬと言う事には、思う所が無いでもないが。
それとて、環境に甘え堕落した生活を送った報いである。
元からその気質はあったが、エルフの女王と言う色と権力と言う蜜に溺れたのであれば、見捨てる以外には無いのである。
「確かに弟子の育成には失敗したか。」
一見すると好々爺の様な死霊術師は、禿げ上がった頭を一つ叩いて苦笑を浮かべた。
そして、首領ルーベル・ドラコの思惑が何処に在るのか正確に推し量ろうと頭を巡らせるのだった。




