第30話「そして、追放へ」(改定)
征四郎の処遇について、知れ渡ると城砦に残っていた者達からは不満が噴出した。
避難民達は既に各家に送り出され、治療を受けたりと療養しているからここには居ない。
だが、元からこの城砦を守っていた自動人形達や、勇者と自動人形達に恩義を感じて、この地で共に衛士となることを決意したロデリックのような若者は残っていた。
彼等にすれば、全く働かなかった連中が後からノコノコとやって来て、功労者を追放するようなものだ。
面白く感じるはずも無いが、だからと言って如何にか出来る政治力は彼等には無いのである。
六郎もまた面白くないと感じている一人である。
当初こそ、よく分からない存在であった征四郎であったが、今となっては命の恩人であり、興味深い人間である。
人間といえるのかは定かでは無いのだが、そんな事は如何でも良いと思えるくらいには、六郎もこの世界に慣れていた。
それに、ロズワグン=ナグ。
あの死霊術師は何だかヤンデレ臭がするので、心配は心配なのである。
いや、そもそも人じゃない者に人の感性を押し嵌めるのが間違いだとは思うのだが、それで征四郎がさっくりやられたのでは流石に居た堪れない。
これが杞憂であれば良いのだがと、後にやたらとその手の女性に好かれる様になる男は、今は人事ながらに心配していた。
当の征四郎は事前にアレクサンドラ、あの女王の軍師に仕えさせられている戦奴の長が伝えてくれていたので動揺も無かった。
そもそも、あの流れではそうなる事は目に見えていた。
自己弁護を諦めていた彼は、クレヴィが粘ってくれている間、三国の目ぼしい指揮官を見出しては、軽い交流を図ってその性を見定めていた。
当初は困惑気味であった三国の指揮官も兵士たちも、前線で戦う者の連帯感とでも言うべきか、その様なシンパシーでも感じたのか、次第に態度を軟化させていく。
その最中で征四郎の処遇が伝われば、上層部に対する失望や征四郎の際を惜しむ声がちらほらと聞かれた。
特に種族連合の軍においては特にその声が多かったのは、彼等が武を尊ぶ性質が強いからであろう。
彼等の様子を鑑みて、征四郎は部下の今後を考えていた。
オークのアゾン、コボルトのキケ、ドワーフのオーレク、そしてゴブリンのマウロ。
彼等は本国に戻っても、それほど悪い扱いは受けないだろう。
英雄として祭り上げられるかも知れないが、それも一時。
後は前線送りが妥当かと思案する。
それでも、大きな仕事を果たしたと在れば仲間の信望が集まるのは、種族連合の軍では当然であろうと思われた。
あまり時間を置きすぎるとアゾンの兄、アギムの部隊のように使い潰されかねないが当面は大丈夫だろう。
エルフのイゴーやケンタウロスのエスローとカイサ、それに志願こそしなかったが城砦で怪我人の手当てなど行っていたルーヌは如何か。
これは厳しいと言わざる得ない。
勇者に組したからと言うよりは、イゴーは脱走兵であり山賊でもあるし、ケンタウロス達はブラウニング軍の兵士であったのだ。
周囲の目は厳しくなるのも厳しい要素だが、あの陰険野郎が謀殺を図るかもしれない。
連中は荒地に連れて行き匿うかと思案を決めた。
問題はギルギ帝国だ。
多くの情報が不透明なこの帝国に部下が戻っても大丈夫なのだろうか。
ダークエルフのイルメリ、デモニアのヴァーツラフ、そして双方のハーフであるイェレ。
この三名には出来れば、帝国に戻ってもらいたい所だ。
来るべき時の為にも種は蒔いておきたいが、芽が出る前に潰される公算も高い。
それでは犬死だ。
今、彼等を戻すのは軍事的な賭けですらない愚かな行いに思える、何をするにしても情報を集めてからではないと危険すぎる。
とは言え、荒地に連れて行くのもこう多くては目立つ、ここは傭兵達と組ませ潜伏させるか。
そこまで部下達の処遇を考えて、征四郎は風を感じて不意に空を仰ぐ。
戦いが終わったその次の日の夜を思い出しながら。
戦いの終わりは常に開放感が伴なう。
重苦しい生死の遣り取りが終わったのだから、当然と言えば当然だ。
戦が終わり、城砦にすし詰め状態だった避難民たちも外へと出て野営を行う。
狭苦しい石壁に囲まれた城砦での日々を思えば、何と解放的なことか。
城壁の傍は危険なので立ち入り禁止とされているが、それ以外は概ね自由に行動可能になった。
日中は子供等のはしゃぐ声が久方ぶりに響き、平和の到来を告げていた。
日を跨げば城砦に近隣の村や町から救援物資が届いた。
そこには当然のようにワインやエールが詰まった樽も付いて回った。
城砦付近は、城壁が崩れる危険がある為、少し離れた丘陵地で城砦を眺めながら征四郎等混成軍は祝杯を挙げた。
全身傷だらけのアゾンは酒は飲めなかったが、彼以外は酒を飲み陽気にはしゃいだ。
無事に生き残れた事を互いに祝いながら。
その輪を征四郎は抜け出して、一人空を見上げた。
魔術兵装のカテナは既に外しており、軍服姿に片手にはワインの入った革袋を手にして。
この革袋は山羊が進化だか退化だかした草食動物であり、捩れた角を持っているシュゴ山羊の胃袋から作られているバルアド大陸では一般的な革袋だ。
シュゴ山羊は黒地に白の斑点を持ち、その毛は織物の原料になる。
食肉にも使われるが、乳は臭みが強く好き嫌いが分かれる代物だ。
家畜化に成功してり放牧されている物が殆どだが、時折野生の気性の荒いものがその角で事故を起こす。
征四郎が見上げる空は薄曇りの空、雲の向こうには月と呼ばれる衛星が微かに存在を主張している。
そこに風が吹く。
師の声を乗せた風が。
そこで征四郎は、師が既に意識のみの存在になったことを伝えられた。
大陸を覆う霧を打ち晴らす為には、今まで蓄えてきた魔力の全てを出し切る必要があったというのだ。
すべての魔力を行使した師の体は既に塵となり消えているのだと。
そして、3年後の夏至の日に霧を打ち晴らす大いなる風が吹くと告げられた。
それまでに、自身の動向を決めて置くようにと言い添えて風は吹き抜けていった。
3年、僅かに3年か。
それが征四郎が抱いた最初の感想だった。
3年で大軍を迎え撃てるようにせねばならない、それが己の使命だと征四郎は心に決めた。
師の願いがどの辺りにあるのかは察していたからだ。
時間がないというのならば状況が整うまで霧に包まれていれば良い、という意見もあろうが、主導を奪うには自らの行動が肝要なのだ。
師はそれを知っているから、霧を打ち晴らす事を決めたのだろう。
敵に主導を渡せば右往左往せざる得ないのは此方だ。
この場合、霧を晴らすのがテルハ大陸の何処かの国であったとする。
此方も時間を与えらているから準備は可能だが、それが何時、どのように行われるのかまではわからない。
1年先か、3年先か、10年先かも分らずに備えるのは大変危険だ。
短い時間であれば、準備不足が起こりえるし、長い時間であれば油断が生じている可能性が高いからだ。
ならば、時間を区切って此方が迎撃の準備を整えると同時に霧を晴らす方が、向こうに圧を与えられる。
慌てふためき外交を求めるか、急ぎ軍を送ってくるか、或いは…此方から攻めても良いはずだ。
最も、どのような選択肢であってもこの大陸の軍が一つにまとまっていなければ話にならないのだが。
そこまで考えれば酔いも醒めてくると言う物。
手にしていた皮袋に口を付けて、ワインを飲み直すも思考は衰える事はなかった。
この思考の時間は征四郎には楽しい物であるし、コヌ産の度数の強いワインは戦勝には格別の味わいだ。
機嫌良さそうに一人風に吹かれていた征四郎に、数名の影が近づいてきた。
やって来たのは、傭兵団『片目の狼』の頭目であるクラーラと実質的なリーダーのサンス。
そして、デーサイル王国の生き残り達のリーダーであるテクラとシーグリッドだ。
「少佐、少し良いか?」
サンスがそう声を掛けてきた。
その表情(コボルトの表情を読み取るのは、結構難しいが慣れれば可能である。)は何か、決意のような物が見て取れた。
それは、片目を包帯で覆っているクラーラにも見て取れた。
デーサイル王国の生き残りの方も、ある種の決断を下したと見えた。
「構わないが、如何したんだ?」
さて、重要な話しかと革袋に栓をして向き直る。
彼等の話は今後の事を含めて協議した結果、征四郎の指揮下に入りたいという物だった。
これには流石に驚きを禁じえず、征四郎は目を丸くして理由を問うた。
戦いは終わったのだ、少なくとも表層は。
まずはサンスが答える。
「俺たちはどちらかと言えば、種族連合に近しい傭兵団だった。主な依頼主がオークのゾスモだったからな。だが、その依頼主に不信を持ってしまった以上は別の仕事口を探すしかない。今回の戦で、団員も数が減っちまったし、今のままじゃ買い叩かれる。そこで、少佐、あんたに俺たちを鍛えて貰いたいのさ。」
「その事実を持って付加価値を高めたいと?」
「そうだ、あんたはこの戦で前線指揮官として名を挙げるのは明白だ。その声望を利用したい。」
そこまでサンスが告げれば、クラーラがその後を続ける。
「と言うのが建前。私たちも、あの人たちみたいに強くなりたいの。個人的な目的の為にね。傭兵団の者は大抵がそう。少佐は戦力を、私たちは強さを得たい、悪い話では無いでしょう?」
クラーラは飲んで騒いでいる志願兵達に隻眼を向けて静かに語った。
その申し出に征四郎は思案するように革袋を腰に下げて、軍帽に触れた。
悪くは無い、だが、何故戦力を欲しているのが分ったのか?
「私が戦力を欲して居ると何故分った?」
「三国の動向から。少佐、貴方ならそう考えるだろうってバルトロメも言っていたわ。」
その言葉に征四郎は肩をすくめた。
なるほど、見透かされている。
三国は結局動かなかった。
事が終われば、国民感情を考慮して勇者の元にやってくるだろうが、それだけだ。
益体も無いおべんちゃらでも告げるか、保身に走り難癖でもつけてくるか、或いは恐れて暴挙に出るか。
暴挙に出られた際に、勇者や自動人形達を無事に逃がす算段とて必要になってくる。
傭兵団の編入に対して答えは保留にしたまま、デーサイル組を見やる。
その視線を受けてエルフのテクラが言葉を紡ぎだす。
「此方は傭兵達よりはもっと簡単な理由だ。私たちはシャーラン王国には戻れんし、戦い以外を知らない。それに、少佐、貴殿には恩義がある。陰険野郎に疑われぬように、戦死を装う為に私達の呪を同日に解いてくれた。その恩には戦いをもって報いるしかないが、先の一度では到底返しきれて居ない。」
律儀な事だと、征四郎は微かに笑ったが、デーサイル組の申し出はそれだけに留まらなかった。
言葉を引き継ぐようにシーグリッドが口を開く。
「ここからは要望と言う事になるが……。出来れば、シャーラン王国に残っている他の仲間たちの解呪もお願いしたい。皆、あの男の……いや、あの国に強制的に仕えているのが屈辱なのだ。ただ、仲間の命を思えば自死も出来ずに鎖に繋がれた様な物。その鎖を引き千切る手伝いをして欲しい。」
「手伝いは構わないが、結局鎖を引き千切っても戦うことに変わりは無いのだぞ? ただで手伝うほどお人よしでは無いからな。」
「ならばこそ、己の信じるものの為に戦いたい。この場合は貴殿に対する恩義だ。仲間が如何判断を下すかは、接触してみないと分らないが、我等の長ならば必ず貴殿の力になる。」
征四郎には騎士道なる物が未だに存在しているとは思いも寄らなかった。
或いは、これは彼女等が気高い証なのかも知れないが。
軍帽を指先で回しながらも、ほぼ答えは決まっていた。
「分った、双方の意見、受け入れよう。私の訓練は甘くは無いからな。」
それだけ告げて、軍帽を被り直せばクラーラを見やって。
「しかし、君もかね? あまり戦い向きでは無い気もするが。」
クラーラは前線には立っていない、そんな彼女も征四郎の指揮下に入りたいと言う。
そも、バルトロメがそれを許すのか。
そんな言葉を投げかけるとクラーラは考える素振りを見せて。
「魔力を攻撃に向けるのは不向きね。でも、探知する事は得意よ。」
その言葉を聞いて、ああ、と征四郎も呟く。
ゴーレムの破壊の立役者と言う話だったなと。
そして、探知との言葉にふと思い出すのだ。
己が率いていた大隊に所属していた魔術観測分隊を。
偵察については、各員に叩き込めるが魔術的な観測、探知は専門的な人員が要るのでは無いか。
それに衛生兵の存在も必要になってくる。
話に聞く所、アゾンの怪我で志願兵達は動きを一時止めたという。
これは命取りになりかねない。
怪我人を託せる様な兵士が必要だ。
そこで思い出すのが、ケンタウロスのルーヌである。
彼は臆病な性質で、志願兵には成らなかったエスローやカイサの同僚である。
が、ただ臆病だった訳ではなく、人死にを嫌い怪我人の手当てなど率先して行っていたと聞く。
そもそも、ケンタウロスの中には医療の神も居たらしいでは無いか。
多少の酔いもある所為か、何だかやたらと思考が廻る。
結局、それらの考えに基づいてクラーラの参加も認め、話は纏まった。
皆の元に4名が帰って行くと征四郎も程なくして戻った。
そして、傭兵組やデーサイル組みの参加を正式に告げて、部隊名を決めたと厳かに言い放ったのだ。
特殊強襲部隊『ブラック・ブラッド』と。
「戦とは過酷な物だ、敵も味方も血を流し大地や、我等を染めるだろう。流れた血は、敵の血も仲間の血も混ざり合い、時間が経てば黒く色を変える。我等は戦場で長く戦う故に多くの血に塗れ、何れは黒く染まっていくだろう! だが、それこそが仲間の士気を上げて、敵に畏怖足らしめる戦士の姿である! 黒く染まった我等こそ、地獄の悪鬼も逃げ出す戦闘集団であると自覚せよ!」
と、大演説までぶちかまして。
次の日の朝になれば、それが少しやり過ぎだったかと気付くのだが、口にしてしまった以上はその名前でいくしかない。
僅かに後悔しながらも、征四郎は二日酔いで頭痛に耐える志願兵や傭兵らを叩き起こして、訓練を開始したのだった。
その点は後悔しようがするまいが、容赦など無いのである。
それからの日々は訓練に訓練を重ねる厳しい物だったが、不平を言う者とて無く彼等は従った。
特殊強襲部隊『ブラック・ブラッド』の証として配られた黒い布を皆、右の二の腕に巻きつけている様子から、ある種の誇らしさを感じて征四郎は小さく頷く。
この種の誇りこそが、過度な暴力と略奪を自制するのに役立つのだ。
理性が無ければ軍は軍とは呼べない。
それから三週間以上が過ぎて、今。
訓練を施して来た連中と一旦の別れが訪れる訳である。
今この場で三国の意向に逆らうのは得策では無い。
ならば、この状況を最大限生かすべく、しかし部下の身の安全を考えて行動する必要があるのだ。
さて、征四郎の追放はロズの追放でもあった。
忌むべき術を行使したとの理由で、良くこの伝説的な死霊術師に追放を命じられた物だと征四郎ですら思う。
その恐れ知らずで驕った様な行いに、城砦側から不満が吹き出るのは当然であった。
だが、当のロズは征四郎が向かう先に付いていく気だった訳で、その報告に大した感想を抱かなかったようである。
或いは二人きりの辺境暮らし、でも夢見たのかも知れないがそうは問屋がおろさない。
最も、彼女が大所帯で荒地に向かうことを知るのは、まだ少し先の話である。
今は、自動人形のアルマに征四郎との馴れ初めを聞かれ、得意げに話しているところである。
アルマは、訓練や実戦を経て確固たる自分を確立しては居たが、今はロズの話を少女のように瞳を輝かせて聞いていた。
その反応がロズには珍しく、愛いらしいのでついつい長く語ってしまうのだった。
そこにミールウスが尋ねて来た。
征四郎とロズが追放される前に、クレヴィとレーギーナが二人の労をねぎらうためにささやかながら晩餐会を希望しているのだという。
ロズは律儀な話だと笑い、了承する。
征四郎にも既に伝えてあるとの事で、今夜は晩餐会と言う名の会食の席が設けられた。
三国の首脳陣もこれには文句は言えなかったようである。
会食には六郎等も呼ばれており、他愛も無い会話と食事を楽しんだ。
三国の兵士が護衛と言う名の名目で引っ付いていたので、政治的な話は一切していない。
静かに会話を交わして、互いの人となりを確認しあった。
信頼に足る人物か否かは、征四郎には互いに満足の行く結果になったように思えた。
クレヴィが信頼に足る人物である、それがはっきりしただけでもこの会食には意味がある、と。
こうして、征四郎の心は一層硬く決められたのだ。
そして、次の日の日中には城砦から征四郎は追放された。
最早、指揮官では無いと言外に伝える為にローブ姿となった征四郎だが、この姿もある種の懐かしさを覚える。
去り行く征四郎等を、部下達は道すがら盛大に見送ってくれたが、これはある種のパフォーマンスだ。
今生の別れの演出と言っても良い。
すべては三国を油断させる為に必要な措置である。
程なくして、イゴーやケンタウロス達、それにデーサイルの生き残りは兵士達の一団から抜け出すだろう。
クレヴィの処遇も決まり、安心して三国で政治ゲームに現を抜かしている間に。
最早見送る者もいなくなった大地をロズと暫し進んでいくと、前方に一つの影が見えた。
少々小柄なコボルトの影が、バルトロメのものであると気付くのには今少し近づかねばならなかった。
何事かと眉根を寄せた征四郎に、バルトロメはにやりと笑って。
「お待ちしておりました、旦那様、奥方様。それでは、住居の方へ参りましょうか?」
と告げやって、征四郎を驚かせたのである。
それから、どうせ多くの者を匿わねばならんのだから、バルトロメが一人加わった所で然程違いは無いかとロズと笑いあい、バルトロメに頷きを返して征四郎は告げた。。
「では、行こうか。一旦、前線からはおさらばだ。」
季節はもう、夏。
バルアド大陸の夏は暑く、妖術師を頭とする戦闘集団も一時羽根を休めるようだ。
彼等が動き出すには、まだ数ヶ月の猶予があった。




