↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界における武力衝突  作者: キロール
第一章、ルーグ城砦の攻防
30/88

第28話「決着」(改定)

 クレヴィの出陣の後に門が閉まりきらぬ前に、ジャスパーに喜んで従っていた連中が雪崩れ込んできていた。

 レーギーナは数が減じたとは言え城壁へと叩き込まれる攻性魔術を防ぐのに苦心していたし、自動人形《オートマータ》や戦える者達は襲撃者に手一杯になっており、勇者を援護できる状況ではなくなっていた。

 そして、その状況は磯山 六郎(イソヤマ ロクロウ)にある選択を迫ろうとしていた。

 敵を殺せるのか否かの。

 覚悟を決めねばならないと、剣を握る指先に力をこめた。

 だが、それは思わぬ形で先送りされたのだ。

 石の巨人達の出現で。


 最後まで続いていた東方面からの攻性魔術も、今は途絶えたようでレーギーナがほっとした瞬間にそれは現れた。

 石の巨人、ストーンゴーレムの出現である。

 殆どの者が驚いていたが、その真の脅威を感じ取れたのは六郎位であろう。

 つまり、大地が揺れる地震と言う存在にある程度慣れ親しんでいる日本人であったからこそ、その脅威をはっきりと感じ取れたのだ。

 つい先程まで、城壁は攻撃に晒されていた。

 レーギーナの防護の術がなければ、既に崩れていただろう。

 東方面からの攻性魔術も途絶えたとは言え、城壁は無傷では無いのだ。

 そこに局地的にだが歩くたびに大地を揺らす石の巨人が出現すれば何が起こるのか。


「城壁から離れろっ!」


 六郎が声を張り上げた途端に、からりと石の欠片が降ってきた。

 それが崩落の予兆であると気付いた者は殆ど居ない。

 いや、小さな石が降ったことにも気付く者はほとんど居ない、争いの真っ只中である。

 だが、この二ヶ月間六郎は城砦で色々な者と対話してきた。

 特に、エルフのロデリックと自動人形《オートマータ》のスクートゥムは交友関係を結んでいた。

 だから、六郎の声に込められた感情、必死な思いや恐れを感じ取り、ただ事では無いと判断した。

 六郎の指示を彼等も声を張り上げ伝えれば、争いの最中とは言え皆に聞こえた。


 そして、誰にとっての不運か、東の方面から威力は減じていたが、攻性魔術が…衝撃波の塊が、微かに空気を歪ませて存在を主張しながら飛んできたのだ。

 その飛んで来た衝撃波は門が閉じきっていない城壁にぶち当たった。


 門付近で襲撃者を迎撃していた自動人形《オートマータ》や戦える者達は、六郎やスクートゥムなどの声に反応して下がっており、相手が下ったと感じた襲撃者側は勇んで前に出ていた。

 防衛側の劣勢かと思われた矢先、轟と音を立てて城壁が崩れだした。

 石壁の破片や倒れだした鉄門の下敷きとなり、襲撃者側は大部分が押し潰された。

 それは酷い有様だった。


「……助かった。」


 六郎の傍に来ていたロデリックがそう、気の抜けたような声で告げた。

 ああ、そう答えようとしたがその言葉がまだ早い事を六郎も、ロデリックも悟らされた。

 瓦礫と死体を踏み越えて、恐れがないかの如く襲撃者はまだ迫ってきたのだ。

 元々その意識は希薄だったにせよ、仲間の死を省みずに感情が無いかの如く攻め立ててくる。

 まるで何かに操られてでも居るかのように。


 結果として、城砦側の援護となった東からの攻性魔術は如何《いか》に飛んだのか。

 これはマウロのミスであった。

 南の陣と同じように襲撃を加えたが、彼が躊躇したために魔術師の一人が生き残ったのだ。

 その生き残りは、自身が死ぬと言うのにも構わずに、皆が練り上げていた魔力の残滓を操り、命中精度も気にせずに城砦へと放った。

 それと同時にオーレクの斧が生き残っていた魔術師の頭を叩き潰すが間に合わない。

 しまった! とその場に居た誰もがそう感じた瞬間に、その攻性魔術、衝撃波の塊に飛び込んだ影が一つ。

 志願兵の一人であるオークのアゾンである。

 その動きに気付いて、即座に自身の魔力でアゾンを守ろうとヴァーツラフが防護の術を行使するが、その僅かなタイムラグはアゾンの皮膚を焼き、引き裂くには十分であった。


「ぐぁああああああっ!!」


 痛みからではなく、気力を振り絞る為にアゾンは咆哮し、攻性魔術の威力を殺し、軌道を変えることに成功した。

 服はズタズタに引き裂かれ、至る所から真っ赤な血を流し倒れたアゾン。

 この行為がなければ、城砦側の攻防は大きく展開を異にしていただろう。


 倒れたアゾンの元に志願兵達が駆け寄る。

 種族は違えど、この二ヶ月苦楽を共にした仲間だ。


「アゾン、アゾン!」


 イルメリが声を掛け、倒れたアゾンの顔を覗き見る。

 まだ意識はあるようだが、その生命力は徐々に失われていくのが分り、一度目を瞑って、またその名を呼ばわる。

 イェレが無言のまま、自身の衣服を破り傷を覆う包帯代わりにしようとするが、傷は全身あった、とても足りない。

 オークの頑強な体でなければ、絶命を免れなかっただろうが、オークと言えどもほぼ致命傷であった。

 マウロは呆然とその光景を見詰めていたが、膝から力が抜けてへたり込んでしまう。


「……だから……言ったろうに。」


 ドワーフのオーレクは小さく呟くが、マウロを責める事はしなかった。

 志願兵達は気付いていた、自分たちの誰もがマウロのような失敗を起こしかねなかったと。

 ただ、アゾンだけが失敗に対して即座に次の行動を打てたのだと。


「お前は兄ちゃんと同じ、勇士だよ。」


 コボルトのキケがアゾンの傍により、嘗ては臆病で何事の判断が出来なかったオークにそう優しく語りかけた。

 カイサもまた、アゾンの傍に歩み寄れば、四本の足を折り曲げて、座り込む。

 気丈に振舞っているこのケンタウロスの女は、案外に情が深く目許に涙を浮かべていた。

 エスローは、一度天を仰ぎ見てから、アゾンに視線を戻してその姿を目に焼き付けようとじっと見詰めた。

 ヴァーツラフは、自身の術の発動が遅かった事を悔やみ、拳を握り締めて震えていた。

 イゴーは渋面を作りながらそんな仲間達を見ていた。

 一人として死者がでない、そんな甘い事態が在る筈は無いと分っていたが、それでもこれは早すぎる。

 そう思えてならなかった。


 その光景をデーサイル王国の生き残りも、傭兵達も複雑な心境で見詰めていた。

 何処に所属していようとも、仲間の死は悼むべき物だ。

 自分たちを上回る働きをして見せ、或いは自分たちの守りを突破した恐るべき新兵たちは、しかし、新兵らしい精神の脆さを露呈して仲間を失った。

 悲嘆にくれる姿を見れば、そっとしてやりたい所だが、状況はそれを許さない。

 城砦近くには、石の巨人が現れたのが見えている、戦いはまだ終わりでは無いのだ。


 デーサイル王国の生き残りであり、ヴァーツラフにより利き腕を折られたエルドレッドは、腕に包帯を巻きながらもこの戦いに参加していた。

 彼はその光景に言い知れぬ感情を抱いた。

 自分たちを超えた者達を、ここで立ち止まらせる訳には行かない。


「お前等、何時までそうしている心算だ! 城砦を見ろ! そのオークが守ろうとした、俺たちが守ろうとした城砦に危機が迫っているのを見ろ!」


 倒れるアゾンの方へと一歩踏み出し怒鳴ると、部下の様子にテクラやシーグリッドが些か驚いたように彼を見た。

 そこに浮かぶ表情が語っている、今の俺は憎まれ役を買って出るくらいしか役にはたたない、と。

 突如吹いた風に負けぬように声を張り上げてエルドレッドは告げるのだ。

 彼等には、自分たちを超えたあの新兵達には、まだ何かできる筈だと言う期待と焦燥が入り混じった声で。


「ア、アゾンは仲間だ! 置いてなど…」


「今のお前等にそれを言う権利があるのか! お前等のミスを、そのオークは肩代わりしたんだ! 仲間だと胸を張りたければ、戦って失敗を償え!」


 その言葉が各員にどのように響いたかは分らない。

 ただ、イゴーは一つ頷き、エスローも一つ息を吐けば自身の頬を叩く。

 やるべき事は確かに在るのだ。

 マウロは未だに呆然としていたが、石の巨人へと視線を投げかけて。

 そして、拳を握り締めた。

 死すら決意しかねない危険な状況、そこに全くの第三者の声が響く。


「ワシの見立てでは、そのまま死ぬと……お主、英雄に祭り上げられるぞ、オークの小僧っ子。」


 しわがれた声、気配も感じていなかった為、皆が驚き振り返る。

 倒れたアゾンだけが、それは嫌だなと言う風に微かに苦笑いを浮かべた。


 皆が視線を向ける方角に一人の男と思しき姿が佇んでいた。

 気配や袖からはみ出る枯れた指先から、老齢である事が伺える、その生気の無さが枯れ木を思わせる。

 男と思しき、その様に推定せざる得ないのは仮面を被っているからだ。

 視界を確保する為の覗き穴からは、赤土色の瞳がこちらを見ていた。


「もしや、ラギュワン・ラギュ様では……?」


 征四郎と同じ色の瞳、只者では無い気配とかなりの高齢であることからエスローが恐る恐ると問いかけた。


「然り、ワシは妖術師ラギュワン・ラギュ。オークの小僧の事は任せて仕事に掛かるが良い……。なぁに、征四郎は一層酷い怪我で倒れこんでおった、それに比べればまだ楽に命を助けれやれるだろう。」


 その言葉は正に渡りに船であった。

 だが、彼等は誰も知らないのだ。

 溢れ出る魔力で瞳の色すら窺えなかった妖術師が、今いかに衰弱しているのかを。

 ただ、伝説的な人物に仲間の命を保障され、彼等は安堵を覚え、それが油断になると改めて精神を引き締めて仕事へと向かった。

 後に残された妖術師とオークの二人は、程なくして一人だけになる。

 傷が塞ぎ、魔術師達の屍の中で生気を取り戻したアゾン。

 一方で先程まで確かに存在していた妖術師の体は、突如吹いた風と共に消えてしまった。

 夢や幻ではなかった証に、アゾンの体には医神イルルシールの名を冠する呪術的な包帯が巻かれていた。

 この製法を知るのは、この大陸に今はただ一人ラギュワン・ラギュのみである。

 老いた大妖術師は風と共に現れて、風と共に去った。



 ストーンゴーレムは、呼び出されてから暫しの間は動きを止めていた。

 ただ、その威容で佇むだけで周囲に圧を与える。

 その姿を垣間見たアルマは、ブラウニング軍の投降呼びかけをアルデアやラルスに任せ、城砦へと駆けた。

 近づけば、近づくほどのその巨大さに圧倒されそうだ。

 投降の意思表示をしている兵士達の間をすり抜けて、城砦に近づくにつれて見えてきたものが他にもある。

 勇者クレヴィとジャスパーが争っている姿だ。


 ジャスパーは左手で雷を放ち、老人とは思えぬ速度で右手の剣を振るう。

 クレヴィは雷すら切り払い、ジャスパーの剣を盾で受け止めれば、一気に押し返して、返す刃でジャスパーを貫こうと突きを放った。

 ジャスパーは如何にかそれを避けるも、肩を貫かれて血が迸った。

 そうだと言うのに、老人は笑っているのである。


「やはり、やはり、まともに戦うだけ無駄よな。」


 その光景を眺めながら、セルマは、この魔術師の少女は勝利を確信していた。

 勇者等と言われても、所詮は腕の良い剣士に過ぎない、伝説とは無意味に誇張されるものだと薄く笑いながら。

 一方、対峙しているジャスパーは、笑いながらも油断なく身構えていた。

 クレヴィがそろそろ本気を出す事が分かっていたからだ。


 まだ、歳若いクレヴィとの対峙の記憶しかない狂王ラスムファだったが、人形遣いホフアトやインフラマラエが告げていた事実と、クレヴィの戦い方に不穏な空気を察していた。

 ホフアトに至っては、己を殺した技である、警戒を崩すことはなかった。

 だが、ホフアトとてクレヴィと戦ったのは、彼が20代後半の頃。

 勇者はそれから優に十年以上戦っているのである。

 彼等は、勇者が勇者と呼ばれる所以をその目で見ることになる。


 呼ばれたストーンゴーレムが動き出して、一体は勇者に、残り二体は城砦へと歩き出す。

 大地を揺らす巨人の進軍は、城壁に僅かずつ被害をもたらしているが、城壁内部で戦っている者達はまだ気付いていない。

 クレヴィは早々にこの巨人を打ち倒し、安全を確保する必要があった。

 大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出せば思い出すのは師の言葉。

 

「大気を吸い、体内に充満させ循環させて、活力を与えて生命力とする。その連環こそが自然と自身の調和であり、その生命力こそが輝きとなり刃と化すのだ。」


 20歳を過ぎた頃、魔王ツェッテルベリと戦うために教えを請うた大導師ジャハヌ・ケラは、正しき道を示してくれたとクレヴィは今でも感謝している。

 そしてその教えの元に身につけたこの力こそが、クレヴィを勇者足らしめる力であると彼は信じている。


 脳内で行われた回想は、現実では1秒と言う時間すら掛かっていない。

 ただ呼吸を繰り返していたクレヴィは、手にしていた盾を投げ捨てた。

 ストーンゴーレムの一撃には意味のない代物だからと言うのもあるが、丹田に集め練り上げた気を剣に乗せるには両手持ちの方がより乗せやすいのである。

 そして、クレヴィが何度目かの息を吐き終えた瞬間にそれが起きた。

 クレヴィから眩い輝きが放たれた。

 先程、戦場を覆った魔術的な光よりは小さくとも、より純粋で白き輝きは命の輝き。


「行くぞっ!」


 輝きを纏い叫びと共にクレヴィは大地を蹴れば、躊躇無く迫るストーンゴーレムに向かって飛んだ。

 その巨体に似合わず俊敏な動きで、クレヴィを迎撃しようと大質量の腕を振るうゴーレムであったが、クレヴィと交差した瞬間に腕は切り離されて、宙を舞った。

 クレヴィは大地に着地すれば、振り向きゴーレムとジャスパーを視界に入れつつ、残心を示す。

 暫くしてから、ドンっと凄まじい音をたててゴーレムの腕が大地に落ちた。

 その断面は恐ろしく鋭利な刃物で切り取られたようである。

 その光景に、流石のジャスパーに巣食う死霊も驚きを禁じえない。


「馬鹿な……これほどとはっ! ……だが、我等が力! この程度では無いわ!」


 死霊すら気圧されかけた勇者の力。

 それでも、狂王も人形遣いも、戦う気力も術もなくした訳でもなかった。

 が、セルマは別である。

 勇者の存在はその伝説を凌駕していた。

 無言のまま戦慄き、その場にへたり込む彼女を今は誰も気に留める者は居ない。


 クレヴィの放った輝きは、一瞬ではあったが何人かの者達が見ていた。

 剣の道を行くエルフのロデリックや、如何にか仲間を助ける為に慣れない剣を振るう六郎なども見た。

 その光景の美しさに彼等は一瞬動きを止めてしまった。


「何やってるんだ、馬鹿!」


 その隙を見逃さずに切りかかってきたドワーフを、己の武器である盾で殴りつけて二人を叱咤したのはスクートゥム。

 慌てて礼を述べた二人だったが、その鮮烈な輝きは何時までも心に残っていた。


 そして、征四郎もその輝きを見た。

 見事な、見事な練気である。

 勇者が師の友人であり、それに値する高潔な人物なのだと初めて実感できた。

 大地を滑りながら、征四郎は思うのだ。

 斯様な人物を王として、その下で戦えるのならば軍人冥利に尽きるだろうなと。

 それほどまでに、クレヴィの示した光は眩く美しい。


(少尉殿、あのような人物に仕えたい者ですな。)


 心の奥底で、懐かしい声を聞いた気がした。

 これは征四郎が分隊を率いていた時の部下である滝口のものだ。

 征四郎の分隊が敵塹壕に設置されたトーチカを二つ破壊した際に、戦死した部下だ。


(ああ、そうだな。)


 自然とそう返事をしてから、不意に一連の奇妙さに気付いた。

 一体自分は何と会話しているのかと。

 心の奥底からは今は声は聞こえない、心の無意識な動きが滝口の声を借りて告げたのか。

 妙な話だと微かに苦笑染みた笑みを浮かべたが、征四郎は今はただ急ぐことのみを考えた。

 それが、征四郎自身の覚醒が近い事を知らしめているとは気付かずに。


 ジャスパーに巣食う死霊は戦い方を改めた。

 当初こそはゴーレム任せを考えていたが、今やゴーレムは足止めにもならない事が判明している。

 それでも、当たれば致命傷を与えられる火力をゴーレムは持っている、筈だ。

 己との戦いに牽制としては使えるし、クレヴィ以外には対処しようがなかろうと城壁に向かわせた二体はそのまま進ませた。

 ジャスパーの、すなわちラスムファの剣技とホフアトの魔術、それに隻腕のゴーレムの一撃がクレヴィを攻める。

 クレヴィは、致命傷こそ与えられないが、それでもホフアトの魔術を打ち払い、ラスムファの剣を打ち返し、ゴーレムの一撃を避けて、軽く剣を振るい僅かとは言え傷を与えていく。

 ゴーレムを斃す為に剣を振りぬけば、ラスムファかホフアトが己の命を奪いかねない攻撃を仕掛けてくると、読めたのだ。

 こう着状態が続く中、漸く征四郎が西の陣から城砦まで戻ってきた。


 黒い甲冑を纏った影が砂埃を巻き上げて、ゴーレムの一体に向かって突き進む。

 ホフアトはそれを気にせずに居たが、ラスムファは、戦に慣れた狂王の意識はそちらに如何しても引っ張られ始める。

 甲冑を纏う者から勇者の眩さとは別の、仄暗く、それで居て鮮烈な力のありようを見たのだ。

 戦を行っていると、時折その様な存在が現れる。

 彼等は戦場の優劣を、酷い時には勝敗を覆すのだ。

 そして、狂王の思考、或いは予感は正しかった。


 征四郎が傍に近づいている事に気付いていない為、城壁へと向かい続けるゴーレム。

 この巨体には生半可な攻撃は効くまい。

 そう思案する征四郎に、また胸中で語りかけるものが在った。


(神土、貴様何を躊躇する? ここはドラゴンバスターしかあるまい。)


(ああ、それしかないな。)


 そう内心返事を返してから、今の声は戦死して同世代では一足先に出世した嘉山大尉のものに思えた。

 ……死者の語りかけが聞こえているのか。

 ロズとの付き合いの中、そんな予兆は無いでもなかったが、自身にそんな能力まであったのかと征四郎は肩を竦めて、そして右腕を見やる。

 ロズよりの贈り物がそこにあるのだ。


「って事はだ、連中にあの時の光景を見られてたのか?」


 それはなんて恥ずかしい、そうひっそりと気恥ずかしく思うと何を今更と呆れたような気配を胸中で感じた。

 その気配に軽く毒づきながら、征四郎はゴーレムの右足に目掛けて、右腕を向けて突貫する。

 背後からゴーレムの足元に潜りこめば、その右足が大地を踏みしめた瞬間に近づき、揺れる視界の中、拳が触れるか否かのタイミングでドラゴンバスターを発動した。

  ゴーレムの足音にも負けない轟音を奏でて、ドラゴンバスター……つまり魔力で補強された金属の杭を、石でできた巨体の足に打ち込んだ。

 杭が石で出来た足に接触する瞬間に、腰部と脚部の推進機構から循環魔力を噴射して、弾き飛ばされぬように備えると、凄まじい衝撃を右腕に感じて思わず呻いた。

 だが、カテナのおかげで肉体的には損傷は無い。

 まるで、熱したナイフでバターでも切るかのようにすんなりと杭は石に突き刺さり、杭が伸びきった事を示す金属音を、ガンッと響かせた。

 そして、一瞬の静寂の後に、耳を劈くような激しい爆発音を響かせたのだ。

 爆ぜる石の塊、その破片を避け、或いは払い除けながら征四郎がゴーレムの股を潜り大地を滑って退避すると、遅れてゴーレムが一層激しい轟音を立てて崩れ落ちた。

 二本の足でなければ支えきれないほどの質量である、倒れこめば大きく大地を揺るがす。

 倒れるゴーレムを背に、征四郎はドラゴンバスターの射出装置を見るために腕を持ち上げると、丁度伸びきっていた杭がガンッと金属音を響かせ自動で再装填された所であった。


「こいつは…日に何発も使えんな。」


 一発ぶち込んだだけで肩の付け根が痛みを訴え、魔力の消費で征四郎自身大分疲弊している。

 この兵装の使い所を考えながら息を整え、未だに城壁へと進んでいた筈の残りのゴーレムを見やる。

 と、征四郎が鍛えた、或いは助けた兵士達が一丸となって最後のゴーレムの相手をしているのが見えた。


 マウロやキケら素早い連中が囮となって、ゴーレムに攻撃を誘発させて足止めを行い。

 魔力がエンチャントされたロープを両足で絡めて転倒を狙ったり、純粋に攻撃を加えているがいま一つ有効打を打ててない。

 このままでは囮役が疲弊しかねない。

 そう判断して、そちらに向かおうとする征四郎だったが、片足のゴーレムが未だに足掻き、破壊された自身の右足の欠片を掴んで、城壁だか部下だかを狙って投擲しようとしていることに気付いた。


「石に戻れ。」


 短く呟き、投擲の阻止に動く。

 簡単には援軍に向かわせてはくれないらしい。



 東の陣から漸く城砦に戻ってきた志願兵や傭兵、それにデーサイル王国の生き残り混成軍は凄まじい光景を連続してみたことになる。

 勇者の武の本質と、征四郎の恐るべき兵器の一撃。

 だが、それらをもってしても尚動きを止めていない敵が城壁に向かっているのだ。

 一体だけでもこのゴーレムならば城壁を破壊して、城砦すら破壊するだろう。

 何としても止めねばならない。


「俺が奴の気を引き付ける、その間に何とか策を練ってくれ。」


 他の者が引き止める間もなくそう告げて、ゴブリンのマウロは飛び出した。

 それが、先程の失敗を引きずっての行動である事は誰の目にも明らかだった。


「まったく、もう!」


 コボルトのキケはそう怒りの言葉を口にしたが、直ぐに皆の方を向き。


「マウロだけじゃ大して足止めにもならない。僕も行くよ、素早い人は手伝ってくれると助かる。」


 それだけ言い添えて、マウロの後を追った。

 仕方ないとサンスやエルドレッドらも彼等の後を追う。

 標的は多ければ多いほど、動きを止められる筈である。


「ロープに魔力を込めて絡ませれば、倒せるかも。」


 そう提案したのは、イルメリだったが生憎とここにはロープは無い。

 だが、城砦に備蓄があったはずだ。


「俺とカイサで取って来る。中も戦っているようだから、二人で行ったほうが良いだろう。」


 エスローが口を開けば、今はそれしか方法は無いかと方針はそれに決まった。

 それまでは皆で時間稼ぎをするしかない。


 イェレが魔力付与《エンチャント》した矢をイゴーが撃ち、ゴーレムの牽制を行いつつ、その足元では素早く動ける者達がゴーレムに攻撃を加えながら翻弄するべく足掻いた。

 攻撃には迎撃する様には造られているようで、足を止めてマウロら囮に殴りかかる。

 何とか前提条件はクリア出来たようなので、ゴーレムの致死的な一撃を避けて時間を稼ぐ。

 当たれば終わりの死のロシアンルーレット。

 それでも、彼等には運も味方したようで、ゴーレムの囮になるべくその間に合流したアルマも、マウロら囮役に加わり、彼等の負担を少しでも軽くするべく奮戦した。

 薄氷を踏むような時間は長く感じられたが、程なくしてカイサとエスローが戻ってきた。

 その背にはロープと二人の人物を乗せて。


「サンス、何事か、その足運びは!」


 叱咤の言葉と共に、老いたコボルトがエスローの背から飛び降りて、囮達に混ざった。

 サンスは一瞬呆気に取られた顔をしたが、立ち止まる訳にもいかずに何とか動き続けて。


「師匠、壮健そうで何よりです!」


 と、振り下ろされた石の拳を避けつつ、揺れる視界の中、懸命に挨拶を返す。

 そして、戻ってきたカイサの背にはクラーラが乗っていることに気付き、また動きを止めかけた。


「馬鹿者! 足が止まっておるわ!」


 その様子を叱咤しつつ、このコボルトの老人はゴーレムの足に殴りかかったのである。

 流石に素手のそんな攻撃が効く筈がない、と思うのだが、ゴーレムはバルトロメを嫌がり、重点的に攻撃を始めた。


「効いてる、のか?」


 それは誰の呟きだったかは分らないが、今までこの場に居た者達よりも尚早い速度でゴーレムを翻弄しているのは、間違いなくこの老人である。

 その理由が、実の所老人の武が一部勇者クレヴィに届きかけている事に起因していた。

 その呼吸と足運び、そして体重を乗せた一撃に自ずと外気を宿らせて、殴っているのである。

 勇者が呼吸をもって内なる力を身体に巡らせるように、バルトロメは不完全ながら外に渦巻く見えない力を呼吸を用いて取り入れて、拳やけりを放つ際に放出しているのだ。

 サンスはそれが朧げながら察せられて、呆れたように息を吐き出してから、会わない数年のうちに更に高みに上っていた師にどやされない様にと気合を入れなおした。


 さて、ケンタウロス達が何故この二人を連れてきたのか。

 それは備蓄倉庫でロープを漁っていた二人に、敵がゴーレムであると知ったクラーラが助成を申し出た為だ。

 ゴーレムの作成、命なき物質に命を吹き込む魔術だが、生命には心臓があるようにゴーレムにもそれに当たる核がまず造られる。

 それを石であったり、粘土に埋め込むことにより人型に変形するのだ。

 その核を破壊すれば、ゴーレムは動きを止める。

 クラーラはその核を探り当てる事が出来るというのである。


 クラーラの一族は、遠くは大魔術師ジュアヌスに縁がある系譜なのだという。

 魔力的な物はデモニア内では水準しかないが、探知する力に秀で居るのだとも。

 その力を用いれば、ゴーレムの何処に核が在るのか分ると言うのである。

 これは正直に言えば、在り難い事だった。

 闇雲な攻撃では、自分たちではどうにも出来ないと混成軍の面々は考えていたのだから。

 探知には時間が掛かる可能性もあったので、ロープを用いた絡ませ作戦もそのまま続行した。


 クラーラが片目を覆う包帯を解き、左右の色が違う瞳でゴーレムを見据えその魔力の脈動を読み取ろうとする間にも、イェレが魔力付与《エンチャント》したロープでゴーレムの足を絡ませようとするも、敢え無く失敗してしまう。

 だが、その足掻きのおかげでゴーレムは余計に魔力を脈動させ、結果、核のあるところをクラーラが看破できた。


「見えた、腹部より僅かに上。」


 その声を聞けば、シーグリッドが自身の魔力を乗せたサーベルを投擲する。

 唸りを上げて回転するサーベルは寸分違わずにクラーラの伝えた位置に突き刺さったが、深さが足りないのかゴーレムが僅かに身動ぎしただけで終わった。

 それを見たバルトロメは、事もあろうにゴーレムの足を駆け上って、サーベルを打ち込むように拳を叩き付ける。

 外気とシーグリッドの魔力を纏ったサーベルの刃は折れることなく一層深く突き刺さった。

 さしものゴーレムも、核が傷付いたか悶絶し膝を付いた。

 だが、それでもしぶとくまだ動きを止めようとはしなかった。


「いい加減、くたばり、なさい!」


 アルマの振るった剣が、突き刺さるサーベルに叩き付けられると、刀身は核を貫いてゴーレムは起動を停止した。


 それと同時に、離れた二つの場所で轟音が響き渡る。

 征四郎が倒れたゴーレムに止めをさし、クレヴィが片腕のゴーレムを打ち倒した所であった。

 ジャスパーであった者もまた、その場に伏していた。

 呆気ない幕切れとも言えたが、勇者クレヴィの力を見誤った過去の怨霊に勝ち目は無かったのだ。

 彼が倒れれば、城砦を襲撃していた少数も勢いをなくし、打ち倒されていく。

 ルーグ城砦襲撃は、勇者を亡き者にしようという計画は、こうして失敗に終わったのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。