第26話「ジャスパーに巣食う者」(改定)
ジャスパーが攻撃を指示して以降、今までの緩慢さとは打って変わり、ブラウニング軍のルーグ城砦に対する攻撃は苛烈を極めた。
当初はセオリー通り絶え間なく歩兵が壁に張り付き、梯子を掛けて昇ろうとしていたが、クレヴィが城壁より打って出ると彼等が動きを止めてしまう。
如何に四方より攻めようと姿を見せるだけで、兵士の動きを止めてしまう存在が居る以上は、数に物を言わせた城攻めはできない。
それに業を煮やしたジャスパーが自陣の奥深くから前線に出張ってきた。
誘い出された、そう考えるのが妥当なのだが、実際は違う。
ジャスパー・ブラウニングを支配するモノはそうなる事は端から承知していた。
自身を囮にすれば勇者を引きずり出せるかも知れないと言う算段がジャスパーを乗っ取ったモノにはあった。
彼は嘗てそうしていたように、ブラウニング領より呼び寄せていた300の魔術師達に城壁を攻撃するように命じた。
城壁に数多の攻性魔術を叩きつければ、何れは壁は瓦解する。
空より小隕石を呼び寄せると言う儀式魔術『降り来る災厄』を用いれられたならば、事は簡単だったがあのような大魔術を行使できる者は殆ど居ない。
無い物を強請るより、出来うる方法で城壁を突破せねばならない。
そこで、四方に魔術師達を配置して、同時に城壁へ攻性魔術を叩き込む作戦を展開した。
クレヴィが眠りから醒めるまで、ずっと魔術師達を用いて密かに訓練を繰り返してきた。
即席ではあるが、嘗てテルハ大陸で城崩しと畏れられた戦法を何とか行使できる。
城壁を突破されるとなれば、勇者は必ずその前に前線に出た己を討ちに来る。
それが絶好のチャンスだ。
そのチャンスを生かして勇者クレヴィを確実に殺す算段は整えてある。
ただ死を与えるよりは、後悔と苦悶のうちに死す事を望むが相手はあのクレヴィである、殺せる時に殺さねば此方が再び死の淵に叩き落されるだろう。
その思いは彼等の共通認識であった。
一つの体に二つの死者の魂をねじ込まれ、元の魂を食らい尽くした怨念は、今となっては勇者を殺す為にのみ存在していた。
もう、何度目か分らないがクレヴィは門から外へと向かい、その姿を晒して敵の動きを止め、その間に自動人形達が城壁に張り付いた兵士達を打ち払うと言う作業を行っていた。
だが、不意に城壁に張り付こうとしていた兵士達が下りだしたと聞けば、クレヴィの脳裏に過ぎる物があった。
「魔術師達の配置はどうなっている!? 一方に固まっているだけならば良し! だが、四方に分かれていた場合は…っ」
城崩しが来ると伝えて、皆に分るだろうかと一瞬躊躇した。
この戦法はクレヴィが18歳の時に相対した狂王ラスムファが、諸国相手に行使していた戦法だ。
狂王は戦を繰り返し、民を省みず、ただ焼け野原ばかりを広げた男であった。
一体何が彼をそうさせたのかは分らなかったが、クレヴィは諸国の王達に担がれて半ば鉄砲玉のような役割を与えられてしまった。
そして、諸国の連合軍と狂王の軍が争う最中に狂王の本陣に奇襲を掛けて、ラスムファを打ち破ったのだ。
これがクレヴィ・アロの二十の難事の一つとして知られる狂王殺しである。
一瞬だけ、不意に思い出した過去に思考を取られたクレヴィはそれを後悔する嵌めに落ちいる。
城壁が四方からほぼ同時に轟音を立てたのだ。
それが城崩しの始まりである事をクレヴィは知っていた。
この音がまず城内の非戦闘員を精神的に追い込むのだ。
「レーギーナ!」
妻の名を呼ばわれば、レーギーナも心得たもので即座に防御の魔術の詠唱を始めた。
四方の城壁全体に防御の術を施すのはレーギーナならば不可能では無い。
だが、もし、一方だけ加わる力が違えば如何なるのか。
つまり四方のうち一方に魔術師を多めにに配置していた場合だ。
それが分るのは、もう二波程攻性魔術が叩き込まれた後結果が出る。
ジャスパーを支配するモノは狡猾であった。
300の魔術師を四方に均等には分けなかった。
西方にだけ120名、残り三方には60名づつ配置しており第三波まではそうと悟らせないように120名居る西方からの攻撃も60名のみに行わせていた。
それが、第四波目からは突如西方から先程までの倍の火力を叩き込まれたのだ。
防御の術を維持していたレーギーナに負荷が掛かるのは当然だ。
「クレヴィ、西方の攻撃が尋常ではありません。そちらに防御の力を多く裂かねばなりません……。さもなくば直ぐにでも突破されてしまいます。ただ……西方に防御の力を裂けば程なくして残り三方の壁が破壊されるでしょう。」
レーギーナはこんな時でも冷静に状況を説明した。
クレヴィは一言、分ったとのみ返す。
打って出るより他は無いかと覚悟を決めた矢先の事だった。
不意に敵の兵士達から歓声が上がった、そして響き渡る声。
「最早人質は無い! 正しき者の為に戦え!」
そう鼓舞する女の声に、自動人形達は思わず目を瞠った。
その声は彼女らが良く知る同族のアルマの物であったからだ。
響き渡る女の声、そしてそれを証明するブラウニング領の駐屯軍司令官の号令。
そして、ブラウニング領に残っていた二千名の兵士達のうち、その半数が戦場に現れた。
人質の解放、そしてここに来ての援軍。
これで大きく戦局は傾いた、筈であったが魔術師達は攻撃を止めなかった。
流石にレーギーナも防御の術を緩めてはいなかったが、まだ攻撃が続く事に…そしてそれが相変わらず計った様な同時攻撃である事に驚きを禁じえない。
「クレヴィ・アロ! 我はラスムファ、我はホフアト! 復讐の時は来たれり、未だに民草等と言う愚昧どもを守ると抜かしているのならば、我が元に来て戦え!」
響き渡った老人の声、多くの者には訳の分からない戯れ言。
だが、クレヴィには恐るべき事実である。
狂王と人形遣い双方の名を名乗るアレは何者だと。
ホフアト、魔術師にして音にて他者を操る術を編み出した人形遣い。
他者を操る等と言う下種な術を用いると、人は大抵下種な行いをするものだがホフアトは違った。
彼はただ人を何処まで操れるかにしか興味が無かった。
淫らな行いも、己の欲望を満たすと言う訳ではなく、人が何処までいうことを聞くかの試す為の実験でしかなかった。
自殺や愛する者を殺させると言う外道な行いも、実験の産物でしかなかった。
彼は下種ではなかったが、彼は倫理観と言うものを持ち合わせていなかったのだ。
実験の最終段階では、己は何も命じずに、意味深な言葉と数多の実験の末生み出した鐘の音で疑心暗鬼を煽り、互いを監視させて、最後には怒りを爆発させて、殺し合わせると言う遊びを行い、三つの街をゴーストタウンに変えた。
その行いには特別な意味など無かった、ただ遊びだったというしか説明が出来ない行いを、彼は淡々と繰り返した。
或いはこれも実験の確証が欲しかっただけなのかも知れない。
そして、ラレンティアと言う大国で、その遊びを行おうとして勇者の介入を招き、最後には勇者の剣で倒された恐るべき魔術師。
彼であれば、魔術師達を操り死ぬまで攻撃を繰り返させる事は容易いだろう。
狂王と人形遣い、突如現れた過去からの亡霊。
しかしクレヴィは今更ながらに納得していた。
戦い方や軍の運用は狂王の、そして人質の取り方が人形遣いのそれぞれの特色を持っていたと。
そして、ありがたい事に彼等の力は十全では無いということも感じ取っていた。
「良かろう、今一度引導を渡してやろう!」
十全の力を有していないとは言え、二人同時に相手するようなものだ。
難敵である事には変わりがない。
だが、やらねばならぬと意を決して、クレヴィはジャスパーの陣へと向かう。
ジャスパーと最早呼べぬその存在は、憤怒に燃える双眸を向けながらも冷静に計算を重ねていた。
そして、傍らの魔術師の少女へと視線を向ける。
「呼べるな?」
「ええ……」。」
返事を返した魔術師の少女ことセルマ。
恐るべき異大陸の亡霊の視線を震えて受け止めながら、彼女はレオナルトの顔を思い浮かべた。
愛する男の為ならば、この恐怖すら乗り切れると。
この少女、セルマ・フラムスティードはフラムスティード家の次女である。
王家以外では最大の領地を持つフラムスティード家だが、彼女の父は病に倒れ厳しい姉が全てを牛耳っていた。
事あるごとに現実を見ろ、確り勉強しろ、誇り高く生きろと口煩い姉に反発して出奔した所を女王の軍師と出会い、恋仲になった…と言うのが彼女の方から見た事実である。
レオナルトから見た事実は全く別のものであったが、セルマ自身は恥じる事はあるまい。
何故ならば、レオナルトはそんな相手を何人も抱えており、今まで上手くやってきていたのだから。
ともあれ、魔術の才能はあるということでこの計画の補佐役として抜擢され、今もある種の計画の要を担っていた。
新たな勇者を召喚した際には失敗したが、所詮あんな物は余興のうちだとジャスパーを支配するモノは考えていたし、セルマ自身も折角、軍師様の仲間になれたものをと哀れんでいた。
この事からも分るように、彼女自身は大した存在ではない。
その後ろ盾が面倒なのである。
さしものクレヴィも、まさか自身の敵が過去の怨念と恋の盲目が合わさった複合体とは夢にも思わなかっただろう。
そのグロテスクな複合体が、今、正に勇者に向けて牙を剥こうとしていた。




