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異世界における武力衝突  作者: キロール
第一章、ルーグ城砦の攻防
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第23話「攻防」(改定)

 ルーグ城砦で勇者が目覚めた頃、ブラウニング領の主要都市バテスでは静かな戦いが続けられていた。

 囮と時間稼ぎのため、敢えて捕まり尋問を受けている征四郎は、予想よりはるかに楽な状況に苦笑を禁じえないでいた。

 丁度尋問していたエルフの少年はその笑みを垣間見てしまい、背筋を震わせて早々に切り上げたいと切実に感じていた。

 当初こそ、舐められてはと怒声や罵声を浴びせかけ、暴力を振るい湧き起こる恐怖に抗っていたが、尋問に関わった者すべてが既に嫌気が差している。

 この尋問対象と同じ部屋に居るだけで、命を刈り取られそうな恐怖を、いや、一層得体の知れない本能的な恐怖に晒され続けたからだ。


 今、尋問している少年とてそうだ。

 勇者信仰が齎す害悪を諭され、仮初の平等が蔓延するこの大陸に、エルフやケンタウロスを頂点とした新たな枠組みを作り上げるという新しい理想。

それを正当な物であると信じる少年は、新たに立ち上げられた治安部隊の一員となった。

 その筈なのだが、今では尋問相手から感じる恐怖により、理想など最早如何でも良いという気持ちにすらなっていた。

 男の所作がいちいち怖かったし、男の服装からも恐怖を感じた。

 いや、男の纏う見たこともない服装はどうと言う事はなかったのだが、その服に付着した汚れから幾つもの視線を感じると仲間が語っていた事を不意に思い返して、少年は頭を振りながら何度目かになるか分からない質問を投げかけた。


「お、お前達が複数で潜伏しているのは分っているんだ! 他の連中に居場所を吐け!」


「単独では無い事など、馬鹿でも分かるだろう。大体、仲間内で捕まった奴が居たらアジトを変えるなど当然だろう。新しいアジトなんか知る物かね。」


 逆に落ち着きを払って答える征四郎からすれば、こんなものは尋問ですらなかったし、抜け出すのも容易い。

 連続して尋問されないので休養も小刻みに取れる、まだまだ余裕を失うような時期では無い。

 故に、再び微かに笑みすら浮かべて、おちょくるような答えを返す事が出来る。


 この様に正論を返したり、敢えて全く噛み合わない答えを返してはぐらかし時間を稼いでいる尋問対象であったが、その余裕は程なくして消える。

 少なくとも、治安部隊の少年少女らはそう判断した。

 街の少数種族であるオークを尋問係として雇い入れたからだ。

 そして、給金の良さに目が眩んだオークが尋問係として、少年の尋問の最中に他の少年等と共に入ってきた。

 オークの暴力は凄まじく、尋問対象の腹を殴れば今まで然程効いた様子もなかった男が身を九の字にして悶えた。

 頬を殴れば、椅子から吹き飛び口内を切ったのか口の端から血を流す。

 その凄惨な現場も、また少年等にはきつく感じていたが、それでも尋問対象は喋ることなく押し黙っている。


「こいつ…手強い…俺、本気、出す、あんた等邪魔、怪我する」


 たどたどしく言葉を紡ぐオーク、どうせここから逃げ出せる筈がないからと少年の一人が言えば、皆部屋の外へと出た。

 エルフの少年達がいなくなれば、オークは叫びながら、壁等をたたき始め。

 身を起こした征四郎が小さく息を吐き出して。


「随分早いな、アゾン。」


 そう部下に話しかけた。



 エルフとケンタウロスが支配階級にある王国とは言え、他種族が全く居ない訳では無い。

 ここブラウニング領の主要都市であるバテスにも、オークやダークエルフなど細々と暮らしている。

 その彼等には、一連の騒動は迷惑以外の何者でもないのだ。

 そこに、この騒動を調査する同族が紛れ込んでくれば、協力的になるのは自明の理である。

 無論、その種族特有のコミュニティに話をつけねばならないが。

 征四郎が育てた志願兵たちが、多種多様な種族からなるのは正に僥倖といえた。

 この街で何が起きているのか、事の変化がいつごろ起きたのか、それらの情報を容易に集める事が出来た。

 それに、征四郎が先に派遣していた間者とも連絡が取れた。

 彼によれば、一種の洗脳装置らしい鐘は、ある一定年齢層の若者に特に効果が発揮される音を出しているのだという。


 それを突き止めたのは、元からの住人であるレジスタンスたち。

 女王に対する反乱だけならばまだしも、城砦を攻めた領主に対して否を突き付ける者達は領民の中にも居たのだ。

 彼等の協力も得られるとなれば、思いの外作戦はスムーズに進みそうだ。

 後は、囮となった征四郎を助け出せるかが焦点となった。


 そこに来て、尋問係と言う名の拷問吏の募集である。

 志願兵達はこれが彼等の指揮官である少佐を尋問する為の要員であると気づき、アゾンを送り込んだのである。

 オークのコミュニティの長老格に頼み、言葉が不自由で従順な昔からこの街でひっそり暮らしていたオークとして紹介してもらった。

 治安部隊、等と言った所で経験もない、訓練も然程されていない少年等が相手だ、騙すのは簡単である。


 そして、潜り込みこうして現状の報告を行っているのだ。

 椅子などぶん投げながら、声を潜めて話す征四郎とアゾンの姿は滑稽にも見えるが当人達は真剣である。


「では、鐘の鳴り所も突き止めてあるのだな?」


「はい、ただ、駐屯軍の他に奇妙な連中が守っているとか。」


 その報告に一つ頷き、征四郎は指示を出す。

 郊外で待機している傭兵達に騒ぎを起こさせ、駐屯軍をひきつける事。

 次に、志願兵は鐘の鳴る場所、つまり都市西区画の聖堂に突入し、鐘を破壊する事。

 騒ぎが起きれば、征四郎自身もこの場を抜け出し、志願兵に合流する旨を伝えた。

 作戦の決行は二日後の朝。

 そこまで伝えれば、征四郎は自分から壁に向かって飛んでその場に蹲った。

 片手を挙げて、アゾンに行けと指示を出せばぐったりと気を失った振りをした。

 アゾンは外に居る少年等に尋問対象が気絶した旨を、ぼそぼそと告げやり指示を待った。

 ならば、今日はもう帰れと指示されてとぼとぼとした足取りで帰路に着いた。

 彼は館を出てからオークのコミュニティに戻るまで、その演技を続けていた。


 アゾンが戻り、少佐の決定を皆に伝えれば、それからの彼等の行動は早かった。

 郊外の傭兵達に騒ぎを起こす様に指示を出し、少数種族のコミュニティやレジスタンスたちと緊密に情報を交換し合い、作戦の決行に備えた。

 傭兵達も騒ぎを起こすことには同意し、どの程度引き付けられるかの概略を提示してきたので、それが作戦継続時間となった。

 凡そ1時間。

 数十名の傭兵が起こす騒ぎでは、駐屯軍を引き付けられてその時間が精々。

 それ以上は全滅すらありえるとの返答であったので、志願兵たちの頭脳として動くアルデラはその時間で了承した。


 一般的な兵士が守っているだけであれば、鐘を破壊し逃走するには十分な時間ではあったが。

 奇妙な連中と呼ばれる存在が、作戦の成功を危うくしていた。

 しかし、最早賽は投げられたのである。

 二日後の朝が来るまでに西区の聖堂周囲に潜り込み、事が起こるのを待つ段取りが組まれた。

 志願兵達の心中は、緊張と恐怖で張り裂けそうだった。

 それは、自動人形オートマータ達とて同じだ。

 上官である征四郎の指示は在ったとは言え、その征四郎自身は彼等のそばには居ない。

 それでも、ここまで来た以上はやり遂げるより他にはなかった。



 征四郎率いるルーグ城砦の志願兵達がブラウニング領主要都市バテスにて暗躍している頃。

 シャーラン王国の王都サンドラでも動きがあった。

 女王を後ろ盾として軍師の任を受けているレオナルトが与えられている執務室で日課である書類仕事をしていると、メイドのアレクサンドラが扉をノックした後入ってくる。


「軍師様、テクラより至急の報告が届きました。」


 レオナルトは、その報告に書類から視線を上げてアレクサンドラを見やる。

 このエルフとケンタウロスの国の王都では目立ちすぎるダークエルフのメイドは、ただのメイドではなかった。

 国よりレオナルトに与えられた戦力を総括する立場にある。

 銀色の髪を結い上げた褐色の肌のエルフは、均整の取れた体型を誇り美しい。

 だが、彼女の掌には戦に負け戦奴と身を落とした印が焼きついている。

 彼女等の命が繋がっているのは、戦いで発揮したその異能故に生かされている。

 その手腕を安全に使う為に施されたのが戦奴の印である。

 反逆など行えば、即座に印を焼き付けられた者全てが死に絶える効率的と呼称されるシステム。

 彼等は互いを人質としてレオナルトの祖国の為に働く駒だ。


「なんだ?」


 レオナルトは訝しげに首を傾ぐ。


 アレクサンドラは、自身も部下もぞんざいに扱う上司と言う名の暴君を見やる。

 年の頃は30前後のこの人間は、ある目的を持ってバルアド大陸に潜り込んだ。

 金色の髪に白い肌、そして整った顔立ちであり口は良く回る。

 これから報告する事に、如何どう対処するのかは分らないが、彼女の仕事が増えるだけだろう事は予測できていた。


「作戦遂行地域にて、治安部隊が敵を捕縛しました。問題は、捕まったのは人間の男だそうです。」


 その報告を聞けば、レオナルトは微かに双眸を細める。

 それは別の大陸から、つまりレオナルトと同じく何かしらの目的で潜り込んで来たか、異世界の存在である事を示すからだ。


 異世界より召喚を行った新たな勇者、の存在を思い出してレオナルトは問いかける。


「それは、二ヶ月前に呼んだ勇者か?」


「その勇者は城砦内部に閉じこもっていると、セルマ様より報告を頂いておりますが。」


「あの小娘は役に立たん。だが、勇者では無いと判断して動く必要がある。テクラとシーグリッドだったな、あの場に居るのは。連中に尋問させろ、喋らなければ殺してしまえ。問題になろうと、全ては反逆者の行いにすれば良い。」


 そう指示を飛ばして、レオナルトは再び種類に視線を落とす。

 もう用は済んだとばかりに片手を振れば、アレクサンドラに退出を命じた。

 一礼して、アレクサンドラが退出しようとすると先に扉がノックされた。

 脇に避けて、一礼していると城の侍女が部屋に入ってきて、女王がレオナルトを呼んでいる事を告げた。

 軍師は、苦笑を浮かべて立ち上がれば女王の元へと向かう。

 向かった先は、寝室であろう。


「俗物共が。昼間からお盛んな事だ。」


 主も侍女も消えた部屋にて、アレクサンドラは苦々しく言葉を零す。


 アレクサンドラはメイドの中では一番の長身である。

 ダークエルフと言う事も相俟って城内では嫌でも目立った。

 軍師が連れてきた一団の統括者でもある彼女を、表立って侮辱或いは突っかかってくる者はいなかったが、陰口や陰険な差別などは枚挙に暇がない。

 だが、それらも大陸を渡る前に受けていた屈辱に比べれば高々知れている。

 彼女は鉄面皮を崩さずに、部下の為に働くのみだった。


「何やらお困りですかな、アレクサンドラ殿。」


 そんな彼女に声を掛けてくるのは、老いたエルフの宮廷魔術師であるザカライアだ。

 宮廷魔術師でありながら、常に質素なローブと木製の杖と言う飾らない姿で飄々と闊歩している老魔術師は誰に対しても分け隔てがない。

 宮廷内のヒエラルキーとは別種の世界に生きているのか、女王にも意見して未だに今の地位にある稀有な人物である。

 女王メレディスも軍師レオナルトも排除できないだけの力を有しているのだが、最近は意見をする事もめっきり少なくなった。

 それが、老いから来る日和見的な考えに基づいている訳ではなく、諦観から来るのだと知っているのはアレクサンドラくらいなものだ。


 無表情を装っている筈のアレクサンドラの顔から、表情を読み取るのも部下以外ではこの老人くらいなもので、つい彼女も口を滑らせる事がある。

 それが他所に広まる事もないので、彼女としても助かっているが。


「そう見えますか、ザカライア様。」


 曖昧な物言いで明言は避けたが、否定もしなかった。

 それで凡そを察してか、ザカライアは真っ白い豊かな髭を撫でやりながら頷くのみ。

 それから、珍しく逡巡して後、言葉を紡いだ。


「いつまで、続くとお考えなのですかな、女王も軍師殿も。この爺の見立てではもう長くは無さそうと言うのが正直な所。」


「…それは?」


 普段の飄々とした話しぶりとは違い、些か重々しい語り口に驚きながらアレクサンドラは老いたエルフを見詰めた。

 他者に聞かれては、如何いかにこの老人とは言え地位、或いは命が危うい。

 それをアレクサンドラに告げるとは、如何なる意味があるのか。

 老エルフは、何かを思い出すかのように視線を遠くへと投げやりながら言葉を紡ぐ。


「……15年前に、この大陸でオドの流れが歪んだ事が在りましてな。それ以来、その歪みの元を気に掛けておりました。その歪みの元は異界から流れ着いた死に掛けの男で、僅かながら交流を持ちました。……現実では会った事ははありませんがな。」


「……。」


「軍師殿が来られた5年前からは、邂逅を試みた事はありませんが……。久々にその彼を占うと、大戦おおいくさの予兆と言う啓示が降りました。或いは、王家を終わらせる予兆でもあると。」


「ザカライア様、それは…っ」


 慌てて諌めようとしたアレクサンドラを片手で制して老人は続ける。


「彼は妖術師の弟子、地底に眠る神の信徒。戦奴の烙印を消す術を、持って居るかも知れませんな。荒地の妖術師は確か知っていた筈。」


 幾つもの情報を含有した言葉だったが、最後の一言はまるで豪雷のような大音声にアレクサンドラには聞こえた。

 勿論、老人は実際には声を潜めているのだが。


「……。」


 何故自分にそんな言葉を告げるのか。

 罠かも知れないし、何か他に意図があるのかと思考をかき乱されながら暫しアレクサンドラは口を閉ざす。

 下手な事を告げて、上司の耳にでも入れば首が飛ぶ、のみならず部下も全て死に絶えるのだから。


「……考える事ですな、まずはそこから思い出しなされ。」


 老いたエルフはそれ以上は口には出さずに、普段通りに飄々と歩き始めた。

 アレクサンドラは暫しその場で佇んでいたが、我に返ったように首を左右に振ればその場を歩き出す。

 部下達に上司の命を伝えるべく伝令を放つ為に。

 それが望まぬ任務の命であったとしても抗う術は無い……筈なのだ。

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