第24話「聖堂での戦い」(改定)
テクラとシーグリッドはテルハ大陸で生まれ、育ったエルフとデモニアである。
彼女等の生国であるデーサイル王国は小国ではあったが歴史が長く、それだけに種族同士の争いが齎す不幸に関し相応の見識を持っていたので、建前の上では種族は全て平等と言う事になっていた。
勿論、本音と建前が別、等と言う事はよくある話しではあったが、建前の上では平等となっている事は実に大きな利点であると彼女等は感じていた。
残念なのは、その感想を過去形で語らねばならない事である。
デーサイル王国は勇者の起こした一連の事件に関与した事はなかった。
最早昔語りの勇者の伝説を知らぬものは無かったが、当時のデーサイル王国では勇者が必要なほど大きな問題に見舞われたことはなかったし、利用する気も更々なかったのである。
それだけに、勇者が起こしたとされる一連の事件には懐疑的であった。
あれほど無理難題と思われた偉業を成し遂げた者が、何故に某国の王権を狙ったり、強盗まがいの行いをしたり、魔王などと言う存在に取って代わろうとするのだろうかと。
彼がその気になれば、そんな搦め手すら不要だったはずだ。
しかし、それはテルハ大陸の政情を考えれば、言葉に出来る話題ではなかった。
デーサイルは小国であり、他の国々は大きな力を有していた。
また、こう言っては冷たいかも知れないが勇者に義理も恩もデーサイルは持ち合わせていなかった。
故に、沈黙を美徳として300年前の騒動をやり過ごした。
それが、今になって諸国に対する不徳等と言う因縁を吹っかけられて、大国ラレンティアと争いになった。
300年前の沈黙を持ち出す以外に、ラレンティアにはデーサイルを攻める大義名分は見出せなかったのだろう。
勇者を責めるべき時に沈黙したのは、大罪人であるクレヴィ・アロと通じていたに違いない。
この様な妄言で戦を匂わせ、威圧的な外交を始めたラレンティアの目論見が、新たに発見された鉱山の奪取である事は明白だった。
100年がかりで地質を調査し、漸く掘り当てたレアメタル。
ミスリルの名で呼ばれる魔力を帯びた金属の産地を奪われては、国が傾く所の話では無い。
この鉱山は、大した産業も無くゆっくりと滅びに向かう国の命運を賭けて掘り当てたのだ。
鉱山を奪われれば、国は早々に潰えるだろう、しかし、争いになればやはり滅ぶ以外の道は無い。
切羽詰ってしまった外交大臣がラレンティアに対して「勇者事件の沈黙は、諸国に対する疑義を飲み込んだ物である」と発言した為に、ラレンティアが激しく反発し戦になった。
長く続いた歴史ある王国も、終焉には5年と掛からなかった。
その滅びたデーサイル王国の騎士団の一つ『翼』に所属していたテクラとシーグリッドは今は戦奴の身である。
戦死した騎士団長の娘であったアレクサンドラを頭に、ラレンティアのレオナルトと言う名の魔術師に連れられて5年前からバルアド大陸に潜りこんでいる。
デーサイルが滅んでから既に8年の月日が流れていた。
その二人が未だ夜が明けぬ街中を並びながら歩いていく、その先には目標が捕縛されている領主の館が見える。
他の大陸か、或いは異世界からの来訪者を尋問し、場合によっては殺す為に。
捕らえられた人間には他に仲間が居る筈だが、騒ぎらしい騒ぎは街中では起きていない。
だが、二人はこのブラウニング領の主要都市に、戦場の空気を感じ取っていた。
一見すれば、城砦襲撃以降は軍師レオナルトの思惑通りに事が進んだ街並みが見える。
恐るべき洗脳装置にて少年と呼ばれる年齢層の若者に種族の不満を焚き付け、此方の都合の良いように操るという目論みは、一応の成功を迎えてはいた。
だが、確実に彼女等は戦の匂いとも言うべき何かを感じ取っていた。
不意にテクラが口を開くが、それは感じ取っている空気についてではなく、この街並みから感じる感想だった。
「趣味が悪い。」
「言うな、ぼやいた所で我等の境遇は変わらん。」
一般的なシャーラン王国の軍装に身を包んだ二人の女は、厳しい言葉で語り合いながら油断なく進む。
茶色の皮製の胸当てに腰当て、それに篭手と足甲。
その上に草色のマントを羽織るのがシャーラン王国の兵士の標準装備である。
シーグリッドはデモニアではあったが、肌の色がエルフに似通っていた為、彼女等の頭目に比べれば目立たない。
エルフであるテクラならば尚更だ。
だが、それは姿見だけの話。
彼女らが他の駐屯軍や治安部隊とは一線を画す存在である事は誰の目から見ても明らかなほどに、纏う空気が違う。
まるで、今しがたまで戦場に居たかのような威圧感を感じさせるのだ。
正直潜入任務には向かない者達だが、彼女等の目的は聖堂の警護であるから問題は無い。
そこを拠点に、治安部隊の訓練を行ったり、城砦とブラウニング軍の動向を離れた場所から観察するのが目的だった。
「どう思う?」
「聖堂を部下にだけ任せるのは危ういな。」
「だが、捕縛された人間。一筋縄ではいかないだろう。」
「即座に殺す、と言う方向性でなければ時間は稼げるだろう。テクラ、お前は聖堂に戻れ。」
この街の空気、襲撃があるのならば敵が何処を狙うのか?
それを考えれば、戦力が偏るのは当然だ。
聖堂を守り抜けば、現状は変わらず、聖堂を…厳密には聖堂にある鐘を失えば、レオナルトの作戦は瓦解する。
ならば、何処に重きを置くかなど自明の理だ。
シーグリッドの言葉に頷きを返して、テクラは聖堂へと向かった。
街の西区へと向かうその背を見送るシーグリッドの背後の空は既にある程度明るくなっている。
夜明けは直ぐそこまで近づいてきていた。
聖堂の周囲で待機していた志願兵達。
夜が明け、太陽が微かに顔を見せ始めた頃合に駐屯軍の様子が慌しくなった事に気づく。
郊外の傭兵達が予定通りに騒ぎを起こしたのだと分れば、志願兵たちは一気に聖堂の鎮圧へと向かう。
一方、聖堂を守っていたテクラとシーグリッドの部下達は、異変を察知して厳戒態勢を取っていた。
皆、亡国の騎士であったエルフ達。
苦楽を共にし、今では戦奴に身を落とした5名の男女が襲撃に備えていた。
聖堂の正面より突入したマウロ、アゾン、イルメリ、イゴー、エスロー、カイサ、それにアルマを迎え撃つのは3名のエルフ、シャーラン王国の兵士の標準装備を身に纏った、それで居て普通の兵士とは全くの異質さを持った連中だった。
裏手から突入したキケ、ヴァーツラフ、イェレ、オーレクの4名とアルデラとラルスが遭遇したのは、やはり異質な二人の兵士。
あからさまに、他の兵士達とは印象を異にする連中相手ではあったが、志願兵達は恐れることなく襲い掛かった。
キケとイェレがそれぞれ二人に襲い掛かり、短刀や剣で切りかかるも素早く兵士達はその一撃を払い除けて、返す刃で切りかかってくる。
その一撃は避ける暇をキケとイェレに与えなかったが、割り込むようにオーレクとヴァーツラフがキケとイェレそれぞれに振るわれていた刃を弾いた。
1対1では、明らかに練度が違いすぎて勝負にはならなかっただろうが、2対1に持ち込めれば十分に勝機が見えてくる。
そして、何より戦っている志願兵4人は、自身が敵の一撃を凌ぐ度に強くなっていくのが分った。
敵が強敵であれば、あるほどにその体捌きや足運びを盗み見て、真似できる所は即座に真似た。
仲間がその一撃から守ってくれると言う信頼関係を、連帯感を叩き込まれた志願兵達の動きは徐々に洗練されていく。
戦いながら強さを増していくように感じる襲撃者の動きは、防衛側の戦奴達の思惑を超えていた。
彼等の経験では、ここまで他種族同士で連携を強め、信頼して戦う部隊など滅んだ祖国以外にはなかった筈である。
ましてや、三国に分かれて争っているバルアド大陸においては……。
だが、目の前の敵は経験こそ足らないが、その他にはかなりの水準で訓練を施された者達である。
ギルギ帝国と種族連合に属し、双方に分かれ戦っている筈の種族同士が連携しているのだ。
これを可能にした者は、余程の先駆者か、或いは端からその様なしがらみを無視できる者だけだ。
戦奴の一人であり、テクラやシーグリッドと付き合いの長いエルドレッドは、この事実を如何にか隊長各であるその二人や或いは頭目であるアレクサンドラに伝えようと思考を巡らせた。
だが、歴戦の兵である筈のエルドレッドですら手を打つ暇を与えぬほどの猛攻が既に始まっていた。
エルドレッドがコボルトのキケが繰り出す短刀を掻い潜れば、デモニアともダークエルフとも付かぬイェレの魔力を帯びた刃が迎え撃つ。
その一撃を避けながら、エルドレッドは仲間を盗み見れば、終わりが近い事を嫌でも悟らされた。
ドワーフのオーレクの指先が、仲間の胸倉を掴んで一気に聖堂の石畳に叩き付けた瞬間を垣間見たからだ。
あれでは、背を強かに打ち据えて捕らえられてしまうだろう。
だが、抵抗を諦めぬエルドレッドは手に持ったサーベルを振るい、仲間の窮地を救うべくドワーフのオーレクの、その胴と頭の境目すら曖昧なずんぐりとした体に切りかかった所で、その腕を掴まれた。
デモニアのヴァーツラフだ。
腕を引っ張られ肘が伸びきった所で、その腕を極められながら石畳に叩き付けられた。
嫌な音が腕から響き、激痛が襲ってきたがそれすら凌駕する一撃を全身に感じてエルドレッドの意識は闇に沈んだ。
正面側の攻防も同じような流れで推移したが、此方は裏口よりは楽に推移した。
元より2対1の図式が成り立つ人数配分であったし、更に志願兵側の方が一名多かったのだから。
防衛側の兵士の攻撃を凌ぐ度に襲撃した志願兵達の動きはよくなり、最終的には数の力でねじ伏せる。
こうして、聖堂の制圧を終えれば防衛していた恐るべき者達、全て昏倒しているこの者達を縛り上げて聖堂の礼拝室に転がした。
鐘の破壊に力が強いアゾンとオーレク、それに魔力の高いヴァーツラフが階段を上って行く、残された者達は安堵の息を吐いていたが、数分としないうちに新たな戦いが始まった。
テクラが遅ればせながら戻ってきたのだ。
既に作戦開始から30分が過ぎていた。
テクラの視界に飛び込んできたのは、聖堂の正面から入って直ぐの礼拝室に転がる部下達。
それを見下ろすように十名の何者かが佇んでいる姿だった。
遅かったかと、歯噛みしつつも無言のままにテクラはサーベルを抜いて、切先を地面すれすれに下げて走れば最も正面入り口の近くに居たアルマに切り上げた。
アルマは、殺気に気づいて振り向きざまに剣を抜き放ち迎え撃ったが、その一撃で剣は空中に投げ出されてしまう。
テクラは真っ直ぐにアルマの瞳を見据えながら、返す刃で真っ直ぐに刃を振り下ろす。
周囲の連中が、直ぐの反応して向かってくるのを感じたが、一人でも多く斃し、部下の無念を晴らすことだけが今のテクラの望みであった。
まずは一人と、無意識に思った矢先、信じられない事が起きた。
振り下ろした刃が、敵の女…つまりアルマの肩辺りで止まったのだ。
そして続いて脇腹に衝撃を感じて吹き飛んだ。
テクラのサーベルはその刀身をアルマの両掌で挟まれて、奪われた。
ここに征四郎が居れば、白刃取りを讃えた事だろう。
流れるようなミドルキックのおまけ付きだ。
「投降して下さい、貴方の仲間は生きてますよ。」
そう告げる少年と思しき姿は、テクラにすればこの場に似つかわしくはなかった。
少年こと征四郎付きの参謀の片割れであるラルス、彼だけが今のテクラの状態を正確に推し量っていた。
仲間を失ったと言う激情が、戦士をただの復讐者に変えてしまったのだと。
冷静さの欠いた敵は罠に嵌めるのは容易いが、交渉には不向きである。
落ち着かせようとそう言葉を紡いだ矢先に、階上で金属が破壊される音が響いた。
鐘が破壊されたのだと、その場に居る全員が悟った。
ここに至れば、テクラも敗北を認めざる得なかった。
だが、戦奴であるその身は敗北を素直に受け入れる訳には行かなかったのだ。
それは、この場に居ない他の仲間すら死に誘う結果を齎しかねないからだ。
「投降は出来ない……。」
告げて、無手のまま立ち上がり戦おうとするテクラに、正面入り口から新たに入ってきた人影が言葉を掛けた。
「いや、投降しろ、テクラ。印は……消えるんだ、無理に戦う必要は無い。」
その声を放った人物に、いやその声の主が久しぶりに告げた穏やかな声音にテクラは驚きに目を瞠りそちらを見た。
そこには、己の掌を掲げてみせるシーグリッドと見慣れぬ服装の男が立っていた。
そして、驚愕すべきことに掲げられた掌にはある筈の物がないことに気づいて、テクラはその場で膝を付いた。
シーグリッドの掌にある筈の、死を齎し強制的に戦場に駆り立てていたあの印が消えていたのだ。




