第18話「解放へ」(改定)
征四郎の行動は、一度決断すれば早かった。
志願兵に招集を掛けて待機させる一方で、レーギーナに簡潔に出撃する旨を伝えた。
志願兵十名に加えて自動人形のアルマ、ラルス、アルデアの三名、それに征四郎の十四人は夜陰に紛れて城砦を後にした。
征四郎は、何処まで可能なのかを見極める為にブラウニング領に近い村の一つを解放する事に決めた。
解放と言っても野盗崩れのならず者が、多くて十数名居る程度であろうと当たりをつけての行動であったがこれは結果で言えば完全に誤っていた。
ともあれ、それを今は知らない征四郎はブラウニング軍の荷物運搬用の馬車を奪い、移動車両とした。
幌付き馬車であるが、十数名を乗せてもまだ広さに余裕があるほどに大きい。
馬と言う種は更に大きく力強くなっており、今でも荷を運んだり人を運んだりと活用されているが、その数は嘗て程では無い。
と言うのも、環境の変化と大型化に伴ない、馬は草食から雑食へと先祖帰りを果たし、気性も荒くなっていったからだ。
馬を躾けられる調教師の数に限りがあれば、自ずと数は制限されるものだ。
そんな状況であるから、馬車を用いるのは軍隊か権力者の移動用と相場が決まっていた。
ブラウニング軍の紋を付けた馬車であれば、道中見咎められる可能性も低い。
エルフのイゴーが御者台に座り、ケンタウロスのエスローとカイサが随伴役のように、馬車と併走して走る。
他の者は揺れる荷車に座り、これから実戦だと言う緊張と戦っていた。
征四郎はと言えば、アルデアやラルスと解放する予定の村の見取り図を広げて、何処から攻めるのかが効果的かを話し合っている。
アルマは周囲を警戒する為に、馬車の最後尾に座り後方を見張っていた。
御者台に掲げられたランプの明かりが道を照らす道中では、速度は然程出せるはずもない。
馬は躾けられており、イゴーでも操れるが、夜道であれば慎重にならざる得ない。
ガタガタと揺れる馬車は長時間座っていると尻が痛くなってくるが、それに不平を言う者はなかった。
皆、それ所では無い。
そんな状況が数時間も続き、そろそろ空が白み始めれば馬車の速度は徐々に上がる。
そして、御者台のイゴーと随伴するエスロー、カイサがその村を見つけたときには、既に日が昇り始めていた。
その村付近には十台以上の馬車が適当に並んでおり、征四郎もそれを確認した。
そして、村の現状を見て思わず盛大な溜息をついてしまった。
数多の兵士の死体が転がり、今尚死体が築かれている最中だったのだから。
征四郎達は、その場で直ぐに馬車を乗り捨てて茂みへと隠れた。
争いが続いているのならば、一方の紋章が描かれた馬車など乗っていられるはずは無い。
「…村人が追い出された後で、一体何処の連中が戦っているんだ。」
征四郎は一つ息を吐き出して呟けば、ゴブリンのマウロとダークエルフのイルメリ、そしてコボルトのキケに斥候を命じ情報の収集を開始した。
マウロは目立たぬように忍び足で争いが激化している場所から少し離れた区域を探索した。
そこに転がる死体の一方が、ブラウニング軍の物であることを確認できた。
そのエルフの死体の武具には記章が記されており、それがシャーラン王国の正式な物である事、そしてブラウニング領の兵士が持つ領主の旗も傍に落ちていることからそう判断した。
もう一方の死体は、デモニアの物であったが、ギルギ帝国に属していると分かる物は何も身につけていなかった。
ただ、独立混成軍である傭兵団の記章を身につけていた。
マウロにはそれが傭兵の物であるとしか判断できなかった。
イルメリは、建物の陰に隠れて移動して、争っている者意外の存在がないかを確認した。
事前にアルデラから聞いていた通りに……アルデラはこの村に住んでいた避難民から聞いた……殆どの家は荒らされてはいるが残っている村人は居ないように思えた。
ただ、一箇所だけブラウニング軍が攻めており、謎の集団が守っている建物だけは調べようがなかった。
守るといってもただの家屋、魔術師でも居れば直ぐに勝敗は決したのだろうが、今はブラウニング軍の波状攻撃を謎の集団が跳ね返しているといったところだ。
これ以上の長居は無用とイルメリはその場を後にした。
キケは戦場と化している村以外の様子をつぶさに観察した。
ブラウニング軍の物と思われる馬車が破壊されて、多くの兵士の死体が転がっている。
ケンタウロス兵が多いのは、随伴して駆けていたところを謎の集団に襲われたからだろう。
そもそも、少佐の考えではこの村には少数の兵しかいないはずだった。
それがこれほどの数を送り込んでいたとなると…、そう考えながら破壊された馬車を確認する。
補給物資を運搬していたようだ、そうなると謎の集団はブラウニング軍の補給路を断っていたと言う事になる。
馬車は一台だけだ。
それは、ここで補給車両を破壊したのは最近と言うことになる。
それが目障りになり一気に潰しにかかったと。
…キケは思う、考えてみれば可笑しな話だと。
城砦の者が補給物資を奪うのは、敢えて其のままにしておきながら、後方で補給路を断とうという動きには直ぐに反応をしている。
それが何を意味するのか、この結果を少佐に報告せねばと身を低く伏せながらキケは走った。
三名は無事に戻ってきたのは、半刻ほど過ぎてからだった。
彼等の話を統合すると、如何やらブラウニング軍と三国とは関係がない独立した混成軍、多分傭兵団が戦っているとの事だった。
ブラウニング軍の兵数は多く見積もって百人ほど。
対する傭兵達は三十名前後と、劣勢に陥っている様子だと伝えられた。
転がる死体は、生きている人数を倍するほど、つまり元は200対70前後の戦いだったと推定できる。
双方の疲弊具合から見て、夜通し戦っているようだとも伝えられた。
敵の敵は味方…と言う可能性はあるが、戦い終わって疲弊した方を襲えば楽に解放できる。
だが、征四郎はその考えを頭を左右に振りながら捨てた。
それでは、意味が無い。
「…まずはブラウニング軍をかき回し、傭兵が有利になるように動く。それを双方に気取られるなよ。」
志願兵とアルマに告げて、征四郎は作戦開始を告げた。
何故に傭兵達がブラウニング軍の補給路を脅かしたのかは分らないが、ブラウニング軍は今回の主敵である。
敵兵数を減らす事は、勝利へ貢献するのは間違いがない。
その判断の元、建物を包囲して波状攻撃を仕掛けるブラウニング軍を背後から、気取られぬように傭兵達の反撃に合わせて削っていく事になった。
幸い、村の内部での争いであれば遮蔽物は多く、身を隠しながら行動する事が出来た。
ケンタウロスであるエスローやカイサは隠れ難かったが、まだ誤魔化しが効く。
ただ、オークのアゾンはその体の大きさとブラウニング軍の構成種族では無いことから、非常に細心の注意を払う必要があった。
だが、アゾンは元から臆病な性格である。
征四郎に鍛えられた今、隠密活動を行うにはその臆病さは役に立っていた。
オークの巨体を器用に物陰に隠しながら、そそくさと移動する姿は滑稽に映るかも知れない。
だが、オークの戦士ならば行わない行動のおかげで、見つかることなく所定の位置にたどり着けた。
征四郎が志願兵たちに叩き込んだ事は、今の三国の軍隊では…いや、このバルアド大陸に存在する軍事的な組織、つまりは傭兵や自警団的な存在においても取り入れていない過酷な戦闘方法だ。
三国の訓練は非常に明確であり、各種族が持つ特性を徹底して伸ばす事を主軸にしている。
エルフならば弓の訓練、ケンタウロスならば突撃の訓練と凡そ固定的である。
エルフの射手は左右の両手の長さが違ったり、弦を引くほうの指先が常に曲がっていたりと言う過酷さはあったが、生まれた種族によりどのような戦いをするのかは決定していた。。
だが、志願兵達は違った。
征四郎は、まずは徹底的に基礎体力の向上だけを計り、体力が付いたと判断したら城砦外に出て昼夜問わず行進させた。
無論、当人も付いて回り怠けぬように、そして危険に目を光らせていた。
理不尽に理不尽を重ねながらも、大事に至らないように時には叱咤し、時には激励し、時には体を張った。
五日に渡る睡眠時間を削っての行進が終われば、次は格闘訓練である。
体の大きなアゾンであれ、小さなマウロやキケであれ、女であるイルメリやアルマに対してすら手加減なく、叩きのめした。
勝手の違うケンタウロスのエスローやカイサであっても、格闘の術は叩き込んだ。
或いは、己とは系統の違う体術を駆使するバルトロメに頼み込んで、格闘訓練を繰り返した。
そして、ロズの死霊術を頼りに隠密行動に関する知識を得れば、まずは自身が習得するべく試行錯誤を重ねて、成果が出れば惜しみなく実践して見せた。
志願兵達が叩き込まれたものは、隠密行動、格闘戦、武器を使った白兵戦、長時間の行軍、短い時間で如何に深く眠るか、そして如何に素早く目覚めるか等など。
それだけではなく、各人が持っている得意とする物を決して蔑ろにはせずに、伸ばすためにも尽力を尽くした。
イルメリの投げナイフの扱い、イゴーの弓の腕、エスローやカイサの突撃力、マウロやキケの素早さ、アゾンやドワーフのオレークが持つ純粋な筋力、ヴァーツラフの魔力とデモニアとダークエルフの相の子であるイェレの持つ魔力付与能力。
元からある長所を主軸としながらも、先程上げたとおりに格闘や白兵の技を惜しみなく伝え、鍛え上げた。
それらの訓練は、半ば洗脳でもあるが、そのおかげで、志願兵の精神は嫌でも鍛えられ、音も立てずに移動して静かに敵を殺せる兵士になりつつあった。
もう3ヶ月もあれば、征四郎が考えうる限りの兵士に育て上げられたかも知れない。
だが、それは無いもの強請りでしかない。
今は、彼等が耐え抜いた過酷な2ヶ月の成果を示す時だ。
異変に気づいたのは、建物を守る側…つまりは傭兵団『片目の狼』の実質的な指揮官であるサンスである。
この壮年のコボルトはブラウニング軍の攻勢が弱まった事を敏感に察知した。
生き残って居る仲間達に声を掛けて、建物内へと入る。
そこは嘗ての村長の家であり、今は数名の女子供が匿われていた。
その匿われている連中を世話しているのは、額にある角の跡からデモニアである事が分かる。
角落としと呼ばれる儀は、デモニアの身体特徴である角を切り落とす事で、種族間のしがらみを打ち消し、個人主義、或いは血族主義に生きる事の宣言である。
そして、そのデモニアの特徴はそれ以上に右目を覆うように巻かれた古びた包帯である。
「お嬢、連中の攻勢が弱まった。持ち応えられそうだ。」
「それは重畳、でも、何故?」
「さてな、三国の何処かの軍が来たのか、ゾスモの旦那が援軍でも派遣したか。ともあれ、もう一踏ん張りだ。」
力強くサンスは言葉を口にして、再び外へと向かった。
お嬢と呼ばれたデモニアのクラーラには、その意図が良く分った。
現状報告である一方で、匿っている者達を元気付ける為の言葉でもあったのだ。
サンスには5年前からずっと世話になりっぱなしだと、ひっそりと思い小さく息を吐き出す。
「戦いが終われば、軍が追って来ない地域まで逃げます、準備を。」
そして、子供を抱えて不安そうにしているエルフやドワーフの女性たちにそう声を掛けた。
サンスの言うとおり、状況が良くなっているのならば良いのだが…。
その一抹の不安は顔に出さず、クラーラは女子供を慰撫し、時に備えた。
一方で、遅まきながらブラウニング軍の指揮官の一人であるサイラスが状況に気づいたときには、最早どうしようもない所まで戦局は推移していた。
四隊に分けて波状攻撃を仕掛けていたはずが、サイラスの部隊はいつの間にか傭兵側に攻め込まれていた。
他の隊に救援を請うにも、その姿が見えない。
「くそ、他の連中はどうしたんだ!」
それに答えようとした副官が不意に押し黙った。
何処からか飛んで来たナイフが、その喉に刺さっていた。
「くそ!くそ!こうなったら逃げるしか…!」
そう思いはするが、サイラスはまだ逃げ出す指示を出せずに居た。
何処かで、他の隊の指揮官が見ているかもしれない。
ただ逃げ出せば、今後の評価に関わる。
変節したジャスパーに諾々と従ったのも、公然と反旗を翻す様な行いをサイラスが出来ないだけであった。
サイラスは評価や出世の優先などと言う組織に属する者を蝕む思考に重きを置きすぎていた。
だから、ただ従ったのだ。
彼には人質にとられるような家族など居なかったのだから。
何処かに仲間がいないかと、部下に指示も出せずにきょろきょろと周囲を見渡していると一人のエルフを見つけた。
随分と遠くで弓を構えていた。
「あんな所に…っ」
それが、サイラスの最後の言葉となった。
彼が見つけたエルフが、サイラスの額を射抜いたのだ。
嘗て、戦場で多くの命を奪ってきた弓使いが、再び戦場に舞い戻ってきた。
イゴーは、今日十名以上の命を奪ったが、そこには恐怖も悔恨もなかった。
そして、もう震える事のなくなった指先を一度見やってから、征四郎に報告した。
「最後の部隊の指揮官も沈黙しました。」
「良くやった。」
征四郎は、その報告を聞けば一つ頷き。
「ブラウニング軍の残党に告ぐ、武器を捨て投稿せよ!」
隠れるのを止めて、その身を晒しそう声を張り上げて建物の方へと歩いていく。
優勢だった物が短い時間で劣勢に変わっていた兵士達は、その声を聞けば慌てて武器を捨て降参の意を示した。
呆気に取られたのは傭兵達の方だ。
援軍の到来を予期できても、人間がやってくるとは想像だにしていなかったのだから。
「私はルーグ城砦で防衛に当たっている指揮官の一人だが、君等は何者か?」
征四郎は、傭兵達にそう語りかける。
他の志願兵は茂みや建物の陰に隠れながら、征四郎に何かあれば一斉に傭兵を攻撃しようと身構えていた。
目に見えぬ殺気は、傭兵達にも感じ取れるだろう。
未だに張り詰めた空気が場を支配していた。
サンスは、攻撃を控えるように仲間達に告げて征四郎の前に出た。
そして、暫し迷うように視線を彷徨わせてから意を決した。
「俺達は傭兵団『片目の狼』。ルーグ城砦が襲われ、三国の軍がいざこざで派遣できなくなったのを苛立った雇い主が俺たちを雇って派遣した。」
「それで、ブラウニング軍の補給路を断って援護しようと?」
「そうだ、連中は補給を軽視していると言う話も聞いたからな。飯がなくなれば包囲も解けるだろうと考えた。だが、連中は異様な速さで俺たちを討伐に来たって訳さ。」
征四郎は、その言葉に眉根を寄せた。
つまり、ブラウニング軍は包囲を脅かす事柄には瞬時に対応すると言う事か。
ルーグ城砦内部に物資が流れるのは良しとして?
ジャスパーにとって城砦を包囲しつつ、城砦内部の連中にも生きていてもらわねばなら無いと言う事か。
良く分らんなと、一瞬、征四郎が目を瞑るとその隙を突いてサンスが不意に殴りかかってきた。
不明部隊の指揮官と思しき男を捕らえようとしたのだろう。
不意を付いた一撃は、征四郎の顎を捉えて…撃ちぬくと同時に鈍い音が響いた。
「ぐっ!」
呻きを上げたのは、サンスのほうであった。
征四郎の指先が払い除ける様にサンスの腕を振り払うと、肩からぶらりと力なくサンスの腕は垂れ下がった。
脱臼させたのだ。
「急に何事だ、傭兵。それにしても、バルトロメの爺さんと似た技を使う。コボルトの嗜みか? あちらの方が腕は上だが……。」
そう告げながら、殴られた顎の辺りを軽く擦った。
全く当たっていない訳では無い。
その言葉を聞いて、建物の扉が音を立てて開いた。
「バルトロメを知っているの!?」
驚きの声を発しながら現れたのはクラーラ。
5年前に家族を失った一族の最後の生き残りである。
「知り合いか?」
問い掛けながら征四郎はサンスに視線を向ける。
「俺の…師だ…死んだものとばかり…」
痛みを堪えながら告げるコボルトに視線を向けて、征四郎はサンスの腕を再び掴めば、外した肩を嵌めなおした。
「主家の敵討ちの為に闇に潜ったそうだからな…。しかし、爺さんの知り合いじゃ無下にはできないな。」
告げて、片手を上げればアルマや志願兵たちが武器を下ろして姿を現した。
この僅かな人数で、戦局を変えてしまったというのか。
現れた僅かに十数名の彼等を見て投降したブラウニング軍の兵士も、残りの傭兵達も呆然と見ているだけであった。




