第19話「作戦開始」(改定)
征四郎ら城砦から派兵された兵士達は僅かに十数名。
ブラウニング領の何処にどれだけ兵士の家族が囚われているかの事前情報がないままに始まった解放作戦。
無理でも行わねばならない状況下の中、練兵の仕上がりを確認する為に征四郎が取り決めた襲撃された村の解放。
それが思いもよらない副産物を与えてくれた。
一つは『片目の狼』と呼ばれる傭兵団の助力、一つは負傷したり投降したブラウニング軍の兵士からの情報。
元から士気の低いブラウニング軍の兵士達だ。
命を掛けて情報を死守しようとか、最後まで戦い通そうと言う意思に欠けていた。
いや、それ所か上司と言う重しが無くなった事で、ジャスパー・ブラウニングに対する鬱憤を爆発させたかのように状況を話し続けるものも居た。
その辺の情報の振り分けをラルスとアルデアに任せて、征四郎は解放した村オルセにて、サンスやクラーラと話し合い状況の確認を行っていた。
「ゾスモ?聞いた名だな。」
「種族連合の元評議会員であるオークのゾスモはそれなりの名は通っているからな。」
「違う、バルトロメの爺さんの口から聞いた。爺さんの雇い主だぞ、確か。」
「そんな…。私たちにはそんな話は一つも…。」
本来は敵の間者であるバルトロメだが、城壁での一件以来征四郎等に対して協力的になっていた。
仲間を売るような事、情報を漏らすことはなかったが、誰に雇われたかは聞いていた。
ゾスモ、勇者を崇める組織の一員で穏健派と言う話だったが…。
城砦を襲うと言う狂言を考え付いた組織で唯一反対を唱えていたと言う老いたオーク。
問題はバルトロメと、傍流とは言え主家の血筋の生き残りであるクラーラとその付き人サンスの存在を互いに伏せていた事だ。
「…特殊な家系と聞いていたが、どのような家系なんだ?」
言いたくなければ聞かないがと言い添えて、征四郎はクラーラに問いかける。
クラーラは僅かに悩むように隻眼を細めてから、一つ頷いて話し出した。
「種族連合に住まうデモニア、魔を封じた石を守ってきた一族。特殊と言えば特殊だけれど、それだけ。」
「ある種の者から見て、利用価値があると思うか?」
非常にストレートな物言いであるが、然程不快感を抱かずクラーラは答える。
「他の者と変わりなく。」
その言葉には、幾許の皮肉が込められている。
他者を利用しようと言う輩には、全てがその様に見えるだろうという隠れた意思表示のように征四郎には思え、一つ頷き微かに苦笑を浮かべた。
クラーラの家系が何故に襲われたのか、何故にゾスモはその家系の生き残りと言うべき者達を引き合わせずに居たのか。
この短い問答では何も分らなかった。
「魔封じの石は、5年前の事件で失われたのか?」
「なくなったみたい、拳大の水晶だから嫌でも目に付く筈。」
闇のルートに出回ったとしても、それなりに目立つ品だとクラーラは息を吐き出す。
征四郎は自身が何気なく問いかけた言葉に、引っ掛かりを覚える。
何かを封じていたわけでは無いが、そんな水晶の話を何処かで聞いたような。
バルトロメは言っていなかった…、だが、あの日に聞いた…。
「ああ、召喚の儀式魔術……。」
そこまで口にして、微かに眉根を寄せた。
繋がりは無いはずだ。
魔を封じていた物と、儀式魔術の力を封じていたのでは意味が違う。
意味は違うが……。
征四郎はかぶっていた軍帽を無意識に手で掴んで、弄び始める。
赤土色の双眸を壮年のコボルトに向けて問いかけた。
「バルトロメやあんたは、その石は見た事あるのか?」
「ない、その石に見える事ができるのはコウベク家の血筋のみだ。」
つまり、今ではクラーラのみのはずだ。
そして、バルトロメは魔封じの石が水晶とは知らない。
知っていれば、あの場で一石投じていたかも知れないと征四郎は小さく息を吐き出す。
「質問ばかりで悪いが、その石…魔術的な力を封じ込めておく事は可能か? 例えば、勇者を召喚する儀式魔術などを。」
「それは…封じていた物が外に出ていれば。」
「何を封じていたかは伝わっているのか?」
その言葉に、クラーラはゆっくりと頭を左右に振った。
家長のみが、封じられた存在を口伝で伝えられていたのだという。
征四郎は、その辺りがクラーラの一族襲撃の鍵を握っているように思えた。
今の所は、ただの感でしかないが。
結局、傭兵団『片目の狼』の殆どの者は、人質解放作戦に付き合ってもらうことになった。
ルーグ城砦の守備は、死霊術師と自動人形達に任せた方が、食料も減らず良いと話が纏まったからだ。
それに、傭兵は守りよりは攻めに転じているほうが動きやすい物だ。
一部の者は、保護した女子供を安全な場所へと移送し、一部はルーグ城砦へ伝令として走ってもらった。
そして、投降したエルフやケンタウロス達。
彼等もブラウニング領に一緒に来て貰う事にした。
乗り捨てられた十台前後の馬車を用いて、負傷兵としてブラウニング領に潜り込む為に。
本来、数は投降した者の方が若干とは言え多く、彼等と行動を共にするのは危険が付きまとう。
だが、今回はジャスパーの行動が裏目となり、どちらかと言えば進んで協力を申し出る者までいた。
家族を人質にとられ、逆らうべき任務を強いられた彼等。
遂に、家族を取り返すチャンスが巡ってきた彼等。
協力を申し出るのは自然な流れだったのだろう。
(何か引っ掛かる、話が美味すぎる……)
征四郎はそう思うのみで、彼等を受け入れた。
元から軍事的賭け、冒険に打って出たのだ。
今更尻込みなどしていられない、最大戦果か敗北かの二択だ。
征四郎は志願兵たちに命じて投降兵、傭兵双方の負傷者を手早く治療して、動ける者は馬車に乗りブラウニング領に向かって走り出した。
多少悪路が続いたが、直ぐに整備された街道へと出て。
連なって走る軍用の馬車は、街道を行くものに威圧感を与えただろうが、生憎とこの街道を使う者は稀だった。
今では悪名高くなってしまったブラウニングの領地に向かう者は殆ど無く、領から軍隊以外で出て来れた者も少ない。
そんな状況であるから、どんな光景が広がっているのかと身構える物も志願兵の中には居たようだが、領は一見すれば平穏そのものである。
だが、それでほっとする者は志願兵たちの中には一人も居なかった。
短い期間とは言え、今の時代には有り得ざる訓練法で訓練を受けた彼等は、危険に対して非常に敏感になっていた。
その感覚が伝えるのだ、まるで平穏とは程遠いと。
街に入る前から街道には時折、真っ黒な衣服に身を包んだ少年、少女等の一団がまるで衛兵のように見回りを行っていた。
負傷兵の陰に隠れながら、征四郎は少年達を観察した。
まるで、憲兵のようだった。
憲兵もピンキリだが、少年、少女等は威圧的ですらあり、キリに属すると言わざる得ない。
まるで、自分たちこそが正しく選ばれた存在であると言わんばかりの高圧さは、反吐が出るほどに嫌悪感を掻き立てる。
だと言うのに、剣の持ち方、槍や弓の持ち方がまるでなっていないのだ。
今回の戦いに参加して以来、敵より感じるちぐはぐさをここでも感じる。
現状を報告している御者台のエルフも、困惑したような雰囲気を発しながら受け答えをしていた。
黒尽くめの少年等が離れてから近場の負傷兵に、いつもこうなのかと問いかければ、答えは否だった。
前線に出ている間に何があったのか分らないとの事だ。
……それも少しばかり怪しい話なのだ、征四郎は疑り深くそう胸中で呟いた。
しかし、負傷兵の話が本当であり。、その異変の原因が何であるのかは街に近づいた際に分った。
またぞろ、黒尽くめの一団に馬車が止められて、御者が受け答えをしている時だった。
遠くで……多分目的地である街の方から……鐘の音が鳴り響いてきた。
時刻を告げる鐘かと潜伏しながら聞き流していた征四郎だが、外の変化には眼を瞠った。
その鐘が鳴り響くと、虚ろな瞳の少年、少女がその鐘の音に聞きほれて動きを止めているのだ。
御者台のエルフとの問答中にである。
そんな異様な状況を馬車の荷車から身を潜めて、征四郎や志願兵達は見詰めていた。
馬車が街に近づけば、まずは傭兵が降りて機が来るまで待機し身を隠す事になった。
街は異様な状況だ、全員で無作為に入り込むのは危険が大きすぎた。
そして街中に至り負傷兵を収容する建物に馬車が近づく頃には、征四郎を始めとした志願兵たちの姿はなかった。
走行中の馬車から飛び降りる位の芸当は、皆出来るのだ。
黒尽くめの少年、少女等にも、街の住人にも気づかれぬようにゆっくりと、時には大胆に進む。
ケンタウロスのエスローやカイサは一般市民の振りをし、堂々と歩き。
他の者は数名に別れて、影から影へと移動を繰り返した。
漸く、人気のない適当な空き家を見つければ、そこに入り込み、作戦の再確認を行う。
作戦は人質の解放。
つまり、今の街の様子から少年、少女等から市民の安全を守り、尚且つ怪しげな鐘の音で操られていそうな少年等の目を覚まさせる。
その為には、先に潜伏させた密偵からの報告も欲しい所だが、身を潜めている限り向こうから見つけるのは至難の業だろう。
それにしても、この街のありようは息が詰まりそうだ。
誰も彼もが信用できないと言った空気を感じさせる。
これも、まずは子供に的を絞って操った成果といえるのかもしれない。
つまり、大人が手を出し難い少年少女等を操る事で、当初は状況を甘く見ていた大人達にすら恐怖を植え付け、相互に監視する社会を形成しているのだと。
隣人が奇妙な動きを見せれば、それを密告して小銭を得る事が推奨されると言う訳だ。
疑心暗鬼が人の心に巣食えば、一致団結して現状を変えようという意思を弱める事が出来る。
そればかりか、自身の安寧を望むあまりに現状維持に腐心する者も出てくるだろう。
軍の半分以上が前線出でている今、一般市民が団結せねば現状がひっくり返る筈は無い。
「なんとも陰険な事を考えるものだ。」
うんざりしながら、征四郎は呟き、志願兵達と今後について話し合う。
正直、投降したエルフ、ケンタウロス達が自分たちの事を漏らさない保証は無い。
志願兵たちは、速やかに行動を開始するべきだと主張し、征四郎も頷きを返した。
「諸君等は、影から街を見て回れ。鐘の音の出所や、子供等以外の兵士達の様子などをつぶさに見て、対処せよ。私は…先に放った密偵の報告を得る為に、行動に移る。」
そう告げれば、征四郎は一つ笑った。




