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異世界における武力衝突  作者: キロール
第一章、ルーグ城砦の攻防
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第17話「出立の前」(改定)

 訓練が開始されて二ヶ月の月日が流れた。

 少佐こと征四郎の訓練は徐々に苛烈さを増していったが、脱落者を出す事はなく今に至っている。

 十名の志願兵、彼等の能力が向上するにつれて食糧事情も劇的に改善されていった。

 残された食料を切り詰めて配給していたが、ある時を境に敵の補給物資を奪い取れるようになったからだ。

 杜撰な包囲網を突破して、補給物資を奪う事は、鍛えられた志願兵にとっては最早容易いことに変わっていた。

 そして、毒が混入されていないかの確認を怠る事がなければ、まずは問題がない状況まで改善したのだ。



 志願兵たちが身につけた技術は、征四郎とロズワグン=ナグが探り当てた旧文明の戦闘法と征四郎自身の経験を合わせた独自のものだ。

 周囲に擬態し、音を立てずに動き、卓越した白兵技術や弓矢で素早く無音のまま敵を殺し目的を遂行する。

 場合によっては、矢面に立って派手に暴れまわることも可能な技術を持つ兵士など、三国のどの軍勢にも存在しない。

 未だ訓練を継続中であり指導法を模索中であるにせよ、彼等は成果を上げつつあった。


 一方で征四郎は、バルトロメを始めとするスパイたちの存在を炙り出し、味方につけることに成功していた。

 当初の事情とは全く異なる様相を呈している今の事態に、彼等とて思う所は在ったのだ。

 皆、勇者の目覚めのために活動を行っては居たが、予定と異なる行動を起こし、女子供を巻き込みながら平然としているジャスパーに仕えている訳では無いのだ。

 そう当たりを付けた征四郎は、スパイ達を懐柔し、逆にこちら側の諜報員として活用する事に成功したのだ。

 既にブラウニング領に一人派遣して、現状がどうなっているのか、人質を如何扱っているのか等の情報を集めだしている。


 問題が一つ解決の糸口が見えてくると、更に問題が降って湧いてくる。

 この二ヶ月はその連続であった。

 近隣の村はやはり襲われて、ボロボロになった村人達が追い立てられるように城砦へと逃げ込んで来た。

 食糧の備蓄をすり潰す目的でもあるのか、痛めつけられているものの、村人は殆ど殺されることはなく命だけは助かっている状態だった。


 そして、練兵を開始して2ヶ月が過ぎたその日の夕刻に、近隣の村から村人が如何にか生きながらえ城砦にたどり着いた。

 この二ヶ月の間に、既に三つの村が襲われたことになる。

 保護している民の数は元から居る者達を合わせて600名を超えている。

 食糧事情は再び悪化していくのは、火を見るよりも明らかである。

 また、新たに流入してきた村人達と元から居た保護下の民との間に確執が芽生え始めている。

 人が増えたことで今では子供等を遊ばせるスペースの確保どころか、普段の居住にも制約が増えている。

 この厳しい状況を如何に対処するべきかが、レーギーナを始めとした上層部の火急の問題になっている。



 日が暮れ始めた地平、骨の壁を未だに越えることなく陣を敷いている敵を見やりながら征四郎は一人佇む。

 軍事面では敵の士気の低さにも助けられ、拮抗状態を保てているがそれ以外ではジリ貧が続く。

 大きく戦況を変える一手を打つには、あまりに此方の手勢が少ない。

 志願兵は、高度な訓練に付いて来ているがその数は圧倒的に少ない。

 攻勢を掛けるにも、今のままでは無駄死にするだけだ。

 それ故に人質解放作戦が必要なのだが、一ヶ月も待っていられる状況下ではなくなった。

 予測はできていたが、対処する方法がないと言うのは厳しいものである。


 春は既に過ぎ去っている。

 征四郎の生まれた国では、今の季節ならば雨が降り湿気が多い季節になるが、ここバルアド大陸では梅雨などなく、じりじりと気温が上昇を続ける毎日だ。

 食料の管理も難しくなるが、湿気が多い季節よりはマシと言う物か。

 征四郎を始めとした志願兵たちは、時折大型の獣を狩って持ってくるので、干し肉はそれなりの備蓄を保持し続けているが、やはり人の数が多すぎる。


 唯一の救いは、衛生状況の改善に取り組めたことだ。

 ドワーフの技師と相談し、レーギーナに許可を貰い噴水の機工を用いて、排泄物を流す水路を作り上げる事が出来た。

 これには、征四郎が志願兵に教えていた塹壕の掘り方も役立てくれた。

 夜陰に紛れて地面を掘り水路を作り、城壁の外へと流れるように掘り進めた。

 近場の川まで水路を作り上げる事に成功したのは、村の襲撃にブラウニング軍が人手を割いていたからであろう。


 征四郎が今までの行いを思い返しながら、先の事を悩んでいると足音が響いてくる。

 誰かがやってくるようだ。見張りかと思いきや、やってきたのはロズであった。

 その手には瓶が一つ。


「浮かぬ顔だな、決定打が浮かばぬか?」


 そう、つり目気味の双眸を細めて問いかけてくるロズの顔を眺めて、征四郎は小さく笑みを浮かべる。

 翡翠色の縦長の瞳は、心を落ち着かせてくれる。

 が、征四郎意外にはそうでは無いらしい。

 六郎などは少し淀んでいるように見えると言い難そうに告げていたのを思い出した。

 そこに怒りは感じないが、征四郎にはとてもそうは見えないのだがと、訝しく思うよりほかは無い。


「中々浮かばんね。」


 短く返して、征四郎は赤土色の双眸を細めて見せた。

 ロズにとっては懐かしき土の色であり、戦火を彷彿させる。

 そして、何より落ち着く色合い。

 しかし、ロズ以外の者にとってはそうでは無いらしく、レーギーナ等は、感情が読み取れぬ瞳であると零していた事を思い出す。

 そこに怒りを覚えることは無いが、哀れみにも似た思いは胸の中に湧き起こるのだ。


 この様に、一見すればバカップル全開と受け取れ兼ねない二人なのだが、傍はそうは見ていない。

 勿論、恋人関係か夫婦関係とは思われているが、そこに恋愛の甘さを想起させないのだ。

 二人の会話を聞けばそれもその筈で、基本的に戦の話と死人の話とこの先の展望と食糧事情が主であるのだから。

 常在戦場といえば軍人としては聞こえは良いが、戦場を離れる事が出来ない歪な魂とも言えるのだ。

 その二人であるから、気が合い行動を共にしているのだろう。


 その二人が、沈み行く夕日を眼にしながら、城壁の上に佇んでいる。

 妖術師と死霊術師、少佐と軍事顧問、男と女、そして生ある者を指揮する者と死者を指揮する者。

 その二人が佇む城壁に近づくものは居ない。

 良く知らぬ者達ならば畏れ、近しい者達からは気を使われて。

 この城砦に来てからは二人きりで過ごす時間などは殆ど持っていないからだ。


 だから、ロズことロズワグン=ナグは、征四郎の居る場所を探し出してやって来たのだ。

 この状況を打破するためには賭けに出るしかなく、場合によっては今生の別れが来るかも知れないのだから。

 だから、封を切ったコヌ産のワインを瓶ごと持ち出してきた。


「貴公、嘘はいかんな。余と貴公の仲ではないか。」


 そう笑って告げるロズを見やり、征四郎は肩を竦めて見せた。

 確かに妙手では無いが決定打がない訳では無い。

 それが決まれば戦の趨勢《すうせい》を決定付けるが、失敗すれば敗北はほぼ必至。

 それを実行するか否かを悩んでいた所に彼女がやって来たのだ。

 そう、一ヶ月も待てないのならば、今、人質を解放するべく動くしかないのだ。

 ぎりぎりまで訓練して、などと言う余裕は既に無いのだから。


 確かに、征四郎の思惑以上に志願兵は仕上がってきている。

 実戦のような物だって何度となくこなしてきている。

 だが、やる気のない兵から補給物資を奪うのと、監視体制に置かれた都市区画で敵兵と戦い、人質の安全を確保するのとでは難易度が格段に違う。

 正直に見積もれば成功率は五分以下だ。此方も間者を放っているが、正確な情報はまだ届いていないのだから。


 それでも、と征四郎は思う。

 それでも実行せねば敗北が確定的になっていく。

 敗北すれば、ここに居る連中全てが殺される恐れとてある。

 敵の思惑が何処にあるのかがはっきりしない以上は最悪も想定しなくてはいけない。

 で、あれば、動かざる得ない。


 視線を敵陣やロズから離して城壁内部へと移すと、新たに流れ込んできた村人達と元から居た者達が何やら言い争っているのが見えた。

 如何にも煩い村人が居るようで、配給が少ない、隠しているのではと言う邪推を口にしたようだ。

 ただでさえ、長引く篭城に苛立っているのに、そんな言葉を投げかけられては諍いが起こるのも当然だ。

 そこに、アゾンが…志願兵の一人で臆病であったオークが通りかかった。

 以前の彼であるならば、係わり合いを避けたであろう諍いの場にぬっと現れて、生傷の絶えない逞しい腕を双方にむけてかざした。

 多分、落ち着いてとか、いつものやんわりとした口調で言ったのだろう。

 征四郎から見れば、まだまだひよっこもいい所だが、訓練を受けていない者達からすれば、中々の威圧感を感じているようだ。

 考えてみれば、気性が穏やかながら毎日戦闘しているオークが仲裁に来れば、それは気炎も下るだろう。

 その光景が少し可笑しくて、征四郎は微かに笑い。


「…戦術的大胆さと軍事的賭けは別物だと言ったのは砂漠の狐だったかな。」


「敗北が迫るならば、軍事的賭けでも何もしないよりはマシとも言っていたな。」


 その言葉を発したのは、一体どの死者であったか。

 軍事研究を行っていたらしい死者は、世界を巻き込んだ戦争についての知識を与えてくれた。

 その戦争で活躍したらしい砂漠の狐の異名を取る将軍の言葉を征四郎は口にした。

 それに対してロズはその続きである部分を口にしたのだ。

 何もしないことこそが最悪の一手である。


「この賭けが成功すれば主導は我が手に落ちてくる、か。」


「心は決まったか?」


「ああ、連中に指示を出すとしよう。」


 見下ろす先には、アゾンだけではなくダークエルフのイルメリ…志願兵の中で人型では紅一点…もデモニアのヴァーツラフ…こめかみ辺りから左右に角が生えている双角と呼ばれる一族の若者…それに、コボルトのキケ…色々と如何でも良いことは良く知っている雑学コボルト…等も居るのが見える。

 彼等を示して、歩き出そうとする征四郎に、ロズは慌てたように声を掛けた。


「待て、待て!出陣前に一杯やらんか?景気付けだ。」


 そう告げて、酒瓶を示すロズをまじまじと見詰めてから、征四郎は一つ頷きを返した。

 今生の別れとなるかも知れないのだ。酒を酌み交わすくらいは許される筈さと嘯いて。


 言葉少なに飲むコヌのワインは度数が強く、中々にパンチの効いた味わいだった。

 それが空になってしまえば名残惜しいが、出陣の時間だ。

 では、行って来る、そう告げて征四郎は城壁から降りて行く。

 その背を見送りながらロズは、自身が存外に落ち着いていることを悟った。

 当然だ、征四郎に万が一が遭っても、己ならば再び会う事が出来る。

 だから、今は防衛のための骸骨兵の配置を考えねばと、征四郎らが離れている間の防衛に頭を悩ませ始めていた。

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