第16話「訓練開始」(改定)
あの後、征四郎はバルトロメと何事かを話し合い、今後のことを決めたようだった。
六郎は最後までは話に参加できず、見張りの交代のために城壁から離れたが、幾つかの秘密を共有する事になった。
例えば、バルトロメの生い立ち。
彼の老いたコボルトが何ゆえにスパイめいた活動をするに至ったか等の話だ。
そこには当然ながら重々しい物語が存在していた。バルトロメの半生は在る謎めいた一族に仕える事に終始していた。
一族の長に仕える護衛執事なる立ち居地に居たバルトロメは、主に差し向けられた暗殺者や悪意を向ける者達に素手で立ち向かい、これを打ち砕いてきた。
その半生に転機が訪れたのは、今から5年前の事だ。
5年前に、バルトロメを残して主や一族の者は炎の中に消えた。
突如、賊が現れ一族を襲ったのだと言う。
運悪くバルトロメはその現場居に居合わせておらず、主の為に戦う事も、死ぬ事もできず復讐を誓い生きてきたのだと言う。
その復讐相手の情報と引き換えに今回の仕事に挑み、少佐こと征四郎に見破られたと言う所だ。
そう語るバルトロメの口調はさばさばとした物で、一見すればある種の諦めが見て取れた。
だが、征四郎も六郎も先程の様子を知っているだけに、必ずしも諦めている訳では無いことに気づいていた。
その証拠に、彼はまだ黙っている事が在る。それは、内部に潜入しているスパイ達のことだ。
一人で全てを賄える筈は無い、数名は送り込んでいると言うのが征四郎の考えであったので、それを問いただすもバルトロメはその存在は肯定したが、名を明かす事は拒否した。
そして、征四郎もそれについてはそれ以上問う事はなく話は別の方向へと流れていった。
何ゆえ、バルトロメの仕えていた主が襲われたか等だが、それ以上は六郎は聞く事はできなかったのは、前述したとおりである。
一夜明けて、六郎が配給分の朝飯を受け取り、もそもそ食べているとエルフの剣士ロデリックが声を掛けてきた。
ロデリックは六郎を気に掛けて色々と話し掛けて来てくれる。
コミュニケーションをとる事が嫌いでは無い六郎にはありがたい話である。
「昨日は、少佐とコボルトの爺さんとずいぶんと話し込んでいたな。」
何処か少佐を警戒していた六郎が、話し込んでいるのを見掛けて意外に思った旨をロデリックは伝えて、配給の干し肉をもそもそと食べ始める。
味が濃い為、あまりがつがつと食べる者は見当たらない。
勿論、不味い訳でもなく、贅沢いえない状況でもあるのだが。
それに、少佐が煎じた草の根を煮詰めたお茶のような物で喉を潤す。
実はこのお茶のような物は好評なのだ。微かに甘みがありさっぱりしているし、栄養に偏りがなくなるらしい。
確かに篭城を開始してから二週間は経つのに体調を崩したものは今のところは居ない。
「話してみると、そんなに警戒しなくても良いかなとは思ってね。まあ、昨日は分りやすい物言いだったし。」
告げやれば、ロデリックも頷きを返して。衣装が違うと受ける印象も違うしなと笑った。
全くだと内心同意しながら六郎は干し肉に齧りついて咀嚼する。
この世界の料理に慣れていなかった六郎も、当初こそは顎が疲れ、痛みを覚えたりもしたが今では慣れた物だ。
二人で言葉少なに、しかしのんびりと朝食を食べているとスクートゥムがこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
この古い言葉で盾の意味する名を持つ自動人形の衛士も六郎を気遣ってくれている。
「相変わらず二人で食事か、仲が良いな。」
「変な言い方をするな、大体固まる連中は固定しちまってるだろう。」
ロデリックが不服そうに告げた。
そう、2週間も経てばそれぞれグループと言うものが自然と形成される。
その中でも一番雑多な種族が混じっているのが、志願兵たちのグループだ。
互いの自己紹介が終わってからできたグループであるから、出来立てほやほやではあるが。
「今日は少佐の訓示の後に訓練だそうだ。」
自然と志願兵たち視線が向かっていた六郎に気付いてか、スクートゥムはそう告げやり肩を竦める。
一体何を話すのやらと言う風情であるが、六郎は少し気になった。
如何にも、神土征四郎と言う人間は六郎が知識として知っている旧軍の士官とは趣を異にしている。
軍服も差異があり色々と違っていたし、身につけていた勲章も全く見知らぬものだ。
玩具にしては高級すぎるようにも感じた。それに、軍帽のマーク…確か帽章と言ったか。
あれも全く見知らぬものであった。
所謂、五芒星ではなくXに似た物であったのだ。
確り見た訳では無いが、FとIが交差しているようにも見えた。
その辺の答えも見えてくるかも知れないと、咀嚼を終えて干し肉を飲み込んだ六郎はスクートゥムを見やって。
「その訓示って部外者でも見れんのかな?」
と問いかけた。
日中、昨日告げた通りの時間に征四郎は皆の前に立っていた。
昨日、合格を伝えた志願兵たちの前に。
アルデアとラルス、それにアルマもエントランスに集まっている。
その光景を六郎やロデリック、スクートゥムの他にも数名が見守っていた。
その中にはバルトロメやロズワグン=ナグの姿もあった。
兵士達を前にした征四郎は、志願兵たちの知らない服装を身に纏っている。
昨日の夕刻からロズに渡されて袖を通している軍服だ。
それだけで、昨日とは違い随分と引き締まった印象を受ける。
「改めて、諸君等の志願を嬉しく思う。これからの訓練は意味が無いように思え、尚且つ辛いものである。だが私は、厳しい訓練こそが兵士を戦場から帰還させる唯一の物であると確信している。故に一切手は抜かない。」
そこで言葉を切って、一人一人の顔を覗き込みながら征四郎は言葉を続ける。
「まずは、相応の荷を背負い歩いて貰う。地下の遺跡に赴き水を汲み、戻るという行為を繰り返すのだ。地下水脈までは凡そ3キロ、起伏の激しい道筋を水瓶を背負い、帰りは水を貯めて戻ってくるのだ。往復で6キロ。それを本日は4往復してもらう。但し、水瓶に一定上の水量がない場合はカウントしない。以上だ、何か質問は?」
その言葉に志願兵たちは皆顔を見合わせている。
言うほどの厳しいものではないように感じたからだ。
勿論、体力的には過酷なのは明白であるが、こなせないほどでは無いと。
質問が上がらぬ様子に征四郎は一つ頷き。
「それでは、訓練を開始する…その前に、私から諸君等に話しておくべき事が在る。」
征四郎は、軍帽を一度かぶりなおしてから志願兵たちを見渡した。
「我々が行うべき作戦は、ここバルアド大陸の三国には馴染みがない戦い方をせねばならない。敵地深くに侵入し、人質を解放し、城砦守備を優位な方へと引き寄せる。場合によっては、敵地深くで反乱を煽り、補給路を断ったり、補給物資を奪うような行いも必要となる。これを不名誉な仕事となじる輩も居るだろう。だが、諸君等は、誰かに強制されて戦いの道を選んだのでは無い。」
征四郎はそこまでは静かな口調で告げていたが、不意に力を込めて言葉を紡ぎだす。
「自らの意思で戦いを選んだのだ! だから、決して戦いの是非を、戦いの意味を、戦いそのものを誰かの手に渡してはならない! 己の意思でやり遂げろ! 己の意思で、自身の中にある守るべきものを守るのだ!」
征四郎の言葉に志願兵たちは押し黙って静かに聴いていた。
彼等は己の中にある大事なものを守る為に戦うのだと昨日告げていた。
贖罪の為、未来の為、後悔せぬ為に。
征四郎はただそれを他者に委ねるなと告げたに過ぎない。
だと言うのに、この心を震わせる物は何なのか、傍から聞いている六郎ですらそうなのだから、当事者達の士気は如何程か。
「それでは、訓練を開始せよ。」
その言葉を聞けば、皆一様に征四郎に向かって昨日征四郎がして見せたように挙手敬礼を返した。
それは形こそ、それぞれちぐはぐなものであったが。
そのタイミングは皆一致していた。
それぞれ、種族に合った水瓶を、アルデアとラルスが手分けして手渡し、それを背負って地下の遺跡へと向かっていった。
ただ一人、アルマのみが所在無さ気に立っていたが、意を決して征四郎の前に向かえば。
「少佐、私は…」
「アルマ、このまま皆に面倒を見てもらって生きていくのならば、ただの衛士に戻るが良い。だが、私は君の能力は必ず私を補佐してくれるものと信じている。或いはそれ以上の何かを。だが、無理強いはするまい。選びたまえ。」
その言葉に、迷うように征四郎と地面を交互に見やりながらアルマは悩み。
そして、顔を上げて征四郎を真っ直ぐに見やった。
「私は、襲撃の際も、その前からも、皆の役に立っていません。私、私は…それが悔しい…です。悔しいです、少佐!」
「なれば、何とする?」
「や、やります!」
その言葉を聞けば、征四郎は軽く笑みを浮かべて、アルマの頭を軽く撫でやった。
そして、直ぐに笑みを引っ込めて、行けと告げれば、慌てたようにアルマは水瓶を背負って遺跡へと向かった。
その背を見送ってからアルデアがポツリと告げた。
「あのアルマが、やる気になったわ…。」
「君等がすぐに助けてしまうからいけないのだ。やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ。と告げたお偉いさんが昔居たのだろう?」
良く知らんが、その様に付け加えて笑う征四郎だが、六郎には聞いた事が在る言葉だった。
征四郎が告げた言葉は、六郎の知る歴史上の海軍提督の名言である。
それを知ってはいるけれど、如何にも人事な物言いに六郎は征四郎が異界の住人であると言う認識を抱いた。
少なくとも、六郎の世界と呼ぶべきか、六郎の知る歴史の住人では無いと。
「話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず。と続くそうですよ、少佐。」
それを確認するために六郎はそう声を掛けて、征四郎に近づいていった。
続く言葉を聞きながら、へぇ、そうなのかと感心している征四郎は、それが如何なる人物が発言した言葉かを聞いて舌を巻くのであった。
ともあれ、初めての訓練が開始されると、物事は加速度的に進んでいく。
そして、次の転機を迎える2ヵ月後まで話は飛ぶことになる…。




