第二十二話 都市伝説
中学一年生の一時期に英会話の塾に通っていた。
確か、週一回程度の、今思えば、どれほど役立ったのか極めて怪しいのだが、中学校に入学してから初めて習う外国語の英語を教える中年男ーーまぎれも無く先生なのだが、その発音が、これってEnglishじゃねえよな、と12歳の子供ですら悩んでしまったカタカナ英語だったからあだ名があった、イットイズだ。
生徒の誰もが、「イットイズの英語って絶対に通じないよね」と陰口を言っていたのは入学当時くらいのもので、2ヶ月も経った頃には、あまりのバカバカしさに、話のネタにすらならなくなっていたのだが、クラスの女子の一人が夏休みに見たと言い出した。
「駅前でさ〜、イットイズの奴ったら、ガチ外人に話し掛けられたさ。道聞かれてたみたいなんだけどね、もう、真っ赤になっちゃって、シドロモドロのモロ日本語」
それがきっかけで、クラスの10人くらいが英会話塾に通い始め、俺もその中に混じっていたのだ。
塾の先生は20代半ばの独身で可愛らしい顔とアンバランスなダイナミックボディーの女の人で、男子生徒のオカズになっていたこともあって、週一回程度しか受講できないほどに人気だ。
カナダに留学していた経験のある桃子先生。その割にとってもウブで、ちょっとエッチな話が聞こえてくるだけで真っ赤になって俯いてしまうほどで、男子生徒はよく言っていたものだ。
「桃子先生のシックスの発音、なんかおかしくないか? ファイブまでは声もデカいのに、急にちっちゃい声でモジョモジョって聞き取れないよな」
「うんうん、絶対にアレ意識しちゃって言えないんだって。意外とエッチなんじゃね?」
そんな頃だ、通う中学校で都市伝説めいた噂が一気に広まり、従姉妹のところに来ただの、近所のオバさんの姪っ子の魂が連れて行かれただの、異様な盛り上がりを見せているのだが、メリーさんとか口裂け女のようにポピュラーなやつではなく、初めての聞いた時など、「なに? それって、どうなるの?」と、思わず聞き返したほどだ。
俺に教えてくれた物知りな女子ーー呪いの鉄棒に今日も飛び蹴りを食らわせてきた、毟られた肉付きの良いユカリ曰く、
「眠っている間にね〜、来るの。なにが来ると思う? ふっふっふ……枕返し。その名前の通り、眠ってる時に使ってる枕をひっくり返すだけなんだけど〜、それやられたらね、ヤバイくてさ〜〜」
眉を寄せて大真面目に、あえておどろおどろした声音で語ってくれたが、子供の頃から暑がりな俺は、布団に入ってから寝入るまでの間、頭の下にある枕が自分の体温で生温かくなるのがどうにも許せず、何度もその枕を自分でひっくり返す癖というか習慣があって、枕返しの話を聞いても、いい奴じゃねえの、と思ったりもしたが、ぬ〜べ〜に登場してたかもしれないと、なんとなくだが少しは思い出した。
ユカリが言うには、枕をひっくり返されら向こうの世界に魂が連れて行かれてしまい、二度と目覚めることが無いらしい。
だから最近、眠そうな同級生が多いのかと思い当たりはしたが、それでも俺は枕返しいらずの生活を続ける、ある日の塾でのことだ。
「なに? なんの話? 怖い話?」
桃子先生だ。
絶対に臆病で、ホラー映画なんか観ちまったら夜中にトイレに行けなくなるだろう桃子先生なのだが、自分は大人なのよ、と背伸びをしてみせる可愛いクセがあって、余裕を作った、ちょっと引きつった顔で聞いてきたのだ。
その問いに答えようとした女子を抑えて口を開いたのは、あの浩二だ。
なぜ浩二が? と尋ねるのが意味がないほど桃子先生を目当てに塾通いをしている浩二は、小学校の低学年の頃はマセた悪ガキだったのが、今では完全なエロガキに成長していて、桃子先生の写真を何枚も秘密裏に持っていて、オカズどころか主食にしていた。
そんな浩二が答えたのだ、まともな話など返す訳がない。
「ブツダンガエシって男の妖怪が女の人のとこに来るんだ。それが来た女の人は、もう、すっごいことになっちゃうんだって」
「ブツダンガエシ??」
ちょっと青ざめた顔でリピートしている。
「そうそう、ブツダンガエシ。でも女の人のところしか行かないらしいから女子がビビッてんだよね。俺も男子だからあんまり詳しくないんだ。桃子先生の女の友達ならけっこう詳しい人いるんじゃないかな? 聞いてみて、今度、俺にも教えてよ」
そんな会話を聞いていた塾生は、男子も女子も皆が中学一年生で、当然「???」ってな顔で、仏壇返しは枕返しの仲間なのかもしれないと思ったようだ。俺も。
今思うと、新たな都市伝説が生まれるのは、こんな感じなのかもしれない。だが、桃子先生がそれを誰に尋ねて、どんな反応を示され、そして本当の意味を知った時の表情と仕草を筆者も是非に知りたい。
都市伝説ーーー完




