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第二十三話 天狗から河童、そして狼男

 小学三年生の時のことだ。


 居心地が悪くて女子便所に引っ越した花子さんがまだ棲みつく校舎では、今日も立たせて飛ばすジェット噴射オシッコの鍛錬に励むバカな男子が大勢いる俺のクラスの担任は、巨大な反り返った鼻を持つ天狗に出くわしたタカコ先生だ。

 今思えば、早とこ良い男を見つけて結婚でもしたかったのだろう。大して授業に熱心でもなく、なんとなくフワフワしていた印象が強い。


 そんなタカコ先生は大人にしては背が小さく、6年生に混じると埋れてしまい、妙にクネクネするクセがあって、膝くらいのヒラヒラするスカートを好み、マセた悪ガキの浩二にオッパイを掴まれキャーキャー騒ぐ先生で、その浩二の証言によるとペチャパイだそうだ。


 まるで、見た目が子供のようなタカコ先生が熱心に語るのは授業とは全然関係のない話題の時で、その日も一枚の写真を手に、大人気がないほど興奮しているのだろう、頬を火照らせた顔で子供相手に熱く喋り始めた。


「みんなーーー! これ見てーー! 見える? え……見えない? なら回すから、よーく見るのよ。それね〜、今年の6年生の卒業アルバムに使おうとしてた集合写真。そうよ、まだ10月だけど撮っちゃうの。そんなこといいから〜、ちゃんと見て。気付いた? えーーーー!! わかんない? なんで〜〜?」


 他の学校は知らないが、俺の通っていた小学校の卒業アルバム用の集合写真は、クラス毎に二宮金次郎銅像の周りに集まって撮るのだが、その二宮君が、タカコ先生の持ってきた写真には写っていない。


 後になって知ったが、二宮金次郎銅像は、お尻がスッポリと隠れるちょっと長めな上着を着ているバージョンが多いらしいが、うちの小学校に立つ二宮君は、腰までしかない短めの上着だったものだから、おかしなくだらない悪戯をする輩が後を絶たない。

 マジックで股間に毛が生えてるように描くだけならまだしも、ショウベン小僧のシンボルまでーーそれも極端にデカいのを描くバカがいたせいで、先生たちは見つけしだいに消す作業をしていたものだが、いつのまにかもっとデカいのが描かれたりしては更に消し、ある時は女になっていたりして、もう、股間だけが別色だ。

 それでも伝統なのか意地なのか、股間の色が違う二宮君との集合写真がお決まりだった。


 ちなみに、ショウベン小僧もいた。それも、俺が入学した当時から悲惨な姿を晒し続けていた。

 摘まんでいる物が無いのだ。完全に根元から折られ、更にはご丁寧にもそれがあった箇所には縦溝が彫られていた。どんなこだわりを持ったガキがいたのか知らないが、あれは簡単じゃない。


 そんな、男だか女だか解らないショウベン小僧よりは遥かにマシだった二宮君が、何故か写真にはいない。股間の色が変だとか、もっと恥ずかしい何かを描かれたのかーーくどいようだが、ショウベン小僧よりは絶対にマシなはずなのに、どっかに行ってしまっている。ところで、ショウベン小僧ってのはなんなんだ?



「これって心霊写真よ! テレビに出せるから」


 確かにタカコ先生の言う通りで、とっても不思議な写真であることには違いなく、子供たちも、「わーー、ほんとだーー」と驚いてはいるが、オバケが写っているのでも、誰かの首や腕が消えているのでもないせいだろう、なんとなくテンションがイマイチだ。



 そんな、何があったのか知らないが、写されるのを嫌った二宮君の事などすっかり忘れた頃だ。


「夜、校庭を二宮金次郎銅像が走ってた」


 誰が言い出したのかそんな噂が広がり、隣のクラスの男子が見ただの、私のお姉ちゃんが追いかけられただのと、大勢の目撃者とも言えない又聞きの子供が現れ大騒ぎだったが、例の天狗に出くわしたタカコ先生が、今度は別物に遭ったと興奮している。


「カッパよ、カッパ。緑色して頭にお皿がある、あのカッパ」


 天狗の次はカッパだ。それも、天狗に出くわしてから半年も経っていない。

 確かに、魑魅魍魎の類がガンガン棲みつくような、おどろおどろしい校舎には違いないが、天狗だのカッパだの、ちょびっと時代が違うんじゃないかと思われる代物に、何故この先生だけが出会うのか不明だが、マセた悪ガキの浩二が解説していた。


「うちの兄ちゃん言ってたけど、男に捨てられて変になってるんじゃないかって」



 ある日のことだ。

 朝の会で教壇に立ったタカコ先生が、いつも以上にクネクネだ。


「先生ね〜〜、きっと結婚しちゃうかも〜」


 嬉しかったのだろうが、それを聞かされるのは9歳の小学三年生だぞ。今思い出しても良く解らない人だ。



 数日後のことだ。

 俺は中学二年生の姉貴と二人で、もう6時には暗くなった校庭で見た。二つの影が走っているのを。


 電灯もない校庭の向こう側だったから、なんとなく動いている影としか解らないが、片方は背が小さく何かを背負っているようで、もう片方は随分と背が高い。

 それが、まばらに設置された電灯の下を通った時ーーまだ、俺たちからは遠いが背の高い方の身体全部が異様に目立つ緑色だ。


「ひっ……カッパ?!」


 だが、キツイ性格の姉貴は全然驚いてくれない。


「カッパ? お前、なに言ってんの? そんなのがどうして走る練習するの?」


 確かに足ヒレがあるだろうカッパが陸で走る練習は道理に適っているようでもあるが、変だ。ところが、もう片方の背の低い方にも見覚えがある。


「にっ、二宮金次郎だ!!」

「誰?」


 姉貴は、それこそどうでもいいと言うように、俺の手を強く引いてとっとと帰ろうとするが、カッパと二宮君が近づいてきて、先を走るカッパの頭部が姉貴に見えたようだ。


「うげっ……カッ、カッパ…………ってハゲだろ、ハゲ」



 それは6年生の体育を受け持つ男の先生だった。いつも目に突き刺さるほどに鮮やかな緑色のジャージに身を包み、独身で若いはずがザビエルハゲの男の先生だ。そんなカッパのような先生に続く二宮君も見えてきてた。


「あれって小学生? へ〜〜、陸上部ってあるんだ。でも、それにしちゃ〜、あの子ずいぶんお尻ばっか発達してんね」

「いや……俺の先生」

「げっ……あは……あはは」


 なんていう髪型なのか知らないが、あしがら山の金太郎のようなヘヤースタイルのタカコ先生は黒っぽいジャージを着て、いつものヒラヒラスカートやらを入れてるのだろうリュックを背負って走っている。そういえば、「最近、太っちゃって、走ろうかしら」と言っていたのを思い出したが、浩二などは、「オッパイなんもないくせしてデブなんだべか?」と不思議がっていたが、ジャージ姿のタカコ先生は、小学生三年生の俺の目から見ても、下のジャージだけがフィットしすぎるほどにフィットしていて、見ているこっちがイズい。



 その年のお正月だ。母方の婆ちゃんの家に行った時に痛快時代劇を観た俺は、思わず声が出るほど驚いた。

 内容は、何が面白いのかサッパリだったが、天狗のお面を被ったやつが出てきたのだ。鼻が真っ直ぐに顔面から離れるように直立していてデカいというか太い。そして、赤黒い顔。


「こっ、このお面、教頭先生に似てる……かも」



 タカコ先生は、俺が知っている限り結婚しなかったが、いつも着ていたヒラヒラスカートが三学期から短くなっていた。強烈に寒いのにだ。



 そのうち、今度は狼男と出会ったらしいが、俺は見つけた。もみあげから繋がったヒゲを生やして、ちょっと癖っ毛のせいなのか、あまり髪型にこだわらないワイルドな5年生を受け持つ男の先生を。



天狗から河童、そして狼男ーーー完

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