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世界リセットなし。~死んだら別人生、それでも俺の歩いた道は残るVRMMO~  作者: ユミヒロ


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第328話 輪を見る人は、最初に「誰の樽だ」と聞いた


【本文】


午後になって、本当に輪を見る人が来た。


俺は半分、来ないと思っていた。


ハナが「来るかもしれない」と言った予定は、最近だと来ない方も普通にある。


だから港の端で網を畳んでいる時、短い槌を腰に差した女が坂を下りてきても、最初は樽の人だと分からなかった。


年はマルクより少し上に見える。


厚い前掛けの端に、木屑みたいな白い粉が付いていた。


「浮いた輪って、どれ」


挨拶より先だった。


ハナが日陰へ転がしておいた樽を靴先で示す。


「これ。返し樽。昨日の舟が置いてったやつ」


女はしゃがまなかった。


まず樽を一周する。


輪を見ると言われたから輪だけ見るのかと思ったら、底、口、側板、古い札の跡まで順番に見た。


ティムが早く見せたいのか、樽を少し回そうと手を掛けた。


「触らない」


女の声が飛ぶ。


ティムの手が止まった。


「まだ何もしてない」


「今からする手だった」


「みんな顔で判断しすぎじゃない?」


「お前が顔に出しすぎなんだよ」


俺が言うと、ティムは納得しないまま手を引っ込めた。


女は樽の下へ薄い木片を差し、勝手に転がらないようにしてからもう半周した。


輪が浮いている時に転がして、もし外れたら見る前より悪くなるらしい。


その説明も、女は後から一言だけした。


先に止めて、必要な分だけ理由を言う。


ティムが俺の横で小声を出す。


「職人っぽい」


「聞こえるぞ」


女が樽から目を離さず言った。


ティムが一歩だけ俺の後ろへ下がる。


「褒めました」


「褒め方が軽い」


女はそこで初めて顔を上げた。


「ノマ。で、誰の樽?」


ハナが古い札を指で押さえた。


「返し先がまだはっきりしない。茶帆の舟は昨日五つだけ持ってった。これは輪が浮いてたから残した」


「じゃあ、勝手には締めない方がいいね」


ハナが腕を組んだ。


「空で返すだけでも?」


「返す相手が『締めて』って言えばやる。言わないなら、今の状態を伝えて返す方が揉めない。輪一本でも、触ったら誰の仕事か残るから」


「面倒」


ティムが言う。


「物を長く使う方が、だいたい面倒なんだよ」


ノマは平然としていた。


ティムが首を傾げる。


「直しに来たんじゃないの?」


ノマは腰の槌を抜きかけて、また戻した。


「見に来た。直すのと見るのは別。よその樽を勝手に直して、あとで『そこまで要らなかった』って言われたら誰が払うの」


「マルク?」


「何で俺を見る」


少し離れた荷札台からマルクが返してきた。


ティムが笑う。


ノマは笑わなかった。


でも口元だけ少し動いた。


俺は樽の輪を見る。


昨日から浮いている上側の輪は、指一本が入るほどじゃない。


側板にぴったり付いている場所と、ほんの少し影ができている場所がある。


「これ、壊れてる?」


俺が聞くと、ノマはようやくしゃがんだ。


「壊れてる、でまとめると雑だね。乾いて木が少し痩せただけかもしれないし、輪がずれたのかもしれない。下も見ないと分からない」


短い槌で輪を叩く。


強くない。


コン。


少し場所をずらす。


カン。


またずらす。


俺には、二回目の方が高い音に聞こえた。


だから言った。


「そこ、緩い?」


ノマの手が止まる。


「逆」


「逆?」


「今のだけで決めるならね。音だけ聞いて真似しない方がいいよ」


ティムがすぐ俺を見る。


「今、職人になるの失敗した?」


「なってない」


「なる気はあった?」


「ちょっと」


「あるじゃん」


ノマが初めて笑った。


「そのくらいで樽屋が増えたら助かるけどね」


俺は少し恥ずかしくなって、口を閉じた。


ノマは輪の浮いたところを親指で押し、樽を少し転がして底側も見る。


底板の近くに細い擦れがある。


ひびに見えたけど、爪を当てたノマは首を横に振った。


「割れじゃない。今のところは」


「今のところ?」


「空で置いてあるのと、水や油を入れて重くするのじゃ話が違う。返すだけなら急いで締めなくていい。使うなら、その前にもう一回見る」


「雨に濡れたら?」


俺が聞く。


「外が少し濡れるくらいで急に直ると思わないこと。逆に、濡らせば締まるって水をぶっかけるのもやめる。何を入れる樽か分からないうちは余計なことしない」


また一個、やろうとしていない失敗を先に止められた。


俺が黙ると、ティムが横でにやつく。


「今、水かけようと思った?」


「思ってない」


「ちょっと思った顔」


「お前に言われたくない」


ハナがすぐ答える。


「じゃあ『空で返すまで使用なし』で分けとく」


「それが一番安い」


ノマは立ち上がって膝についた木粉を払った。


仕事は、そこでほとんど終わったらしい。


俺は少し迷ってから聞いた。


「ノマさん。樽の印って見る?」


「見るよ。見ないと自分とこの仕事か分からない時あるから」


「丸の中に、横線が二本あるやつ」


ティムが横から指で空中に丸を描いた。


「こう。丸、線、線」


「お前が描くと顔みたいだな」


「分かればいいだろ」


ノマはティムの指を見て、それから樽の側面を見た。


今ここにある樽には、その印はない。


俺もそれは確認している。


「黒く塗ってある?」


「うん。焼き印じゃない」


俺が答える。


ノマは少し考えた。


「見たことはある」


ティムの顔が一気に上がった。


「何の印?」


「そこまで早く聞くと、知らないって答えるよ」


ティムの顔がそのまま下がった。


俺は笑いそうになった。


ノマは腰の槌を指で軽く叩く。


「少なくとも、私らが樽を作った時に押す焼き印とは別物。胴の真ん中に塗るやつは、輪を替えたり板を直したりした後から足されることもある」


俺は昨日見た水樽を思い出した。


白い二枚帆の水樽。


茶色い一枚帆の中古水樽。


どちらにも、丸と二本線があった。


「じゃあ、樽を作った人の印じゃない?」


「少なくとも、そう決める材料にはならないね」


ノマはあっさり言った。


答えが一つ減った。


でも、昨日みたいに残念ではなかった。


減った場所の向こうに、別の形が見え始めていた。


第329話 丸と二本線は、船より樽を追っていた

【本文】


ノマは帰らなかった。


正確には、帰ろうとしたところでハナに止められた。


「待って。ついでにこっちも見て」


「ついでが増えると帰れないんだけど」


「見るだけ」


「その言い方、さっき私が使った」


ハナが倉の脇から小さめの樽を転がしてくる。


これは返し樽じゃない。


港で釘や縄切れをまとめて入れている、もう荷には使っていない古樽だ。


底の輪が赤錆びしている。


ティムが俺を見る。


「こっちにも丸二本あったら笑う」


「先に探すなよ」


「何で」


「見つけたい顔してるから」


「見つけたいよ」


隠す気がなかった。


ノマは古樽を一度見ただけで言った。


「これは輪替えない。物入れならそのまま。荷に戻すなら樽屋へ持ってきて」


「早い」


ティムが言う。


「見るだけって言ったでしょ」


ハナが肩をすくめた。


ノマは今度こそ帰るために前掛けの紐を締め直した。


俺はその横を歩きながら、さっきの続きを聞いた。


「丸と二本線、どこで見たことある?」


ノマは坂へ向かう足を止めない。


「南回りの樽で何度か。魚の塩漬け、油、水。中身はばらばらだった」


「同じ商人?」


「知らない」


ティムが反対側へ回り込む。


「同じ船?」


「もっと知らない」


「じゃあ何で覚えてるの」


「樽を直したから」


ノマは面倒そうに答えたけど、歩く速さは変えなかった。


「輪を替える時、塗った印が途中で切れることがある。板を替えたらもっと分かりやすい。古い塗りが残って、新しい板だけ白い」


俺は頭の中で樽を想像する。


丸の途中だけ消える。


横線の一本が板の境で途切れる。


「その後、また塗る?」


「頼まれたらね」


「誰に?」


「樽を持ってきた人」


「持ち主?」


「とは限らない」


今度は俺が止まった。


ノマが二歩進んでから振り返る。


「荷方だったり、浜の預かりだったり、次に使う商人だったり。空樽って、中身がなくなったら急に持ち主が分かりにくくなるんだよ」


ティムが眉を寄せる。


「じゃあ盗まれない?」


「盗まれる。間違って持ってかれる。戻ってこない。だから札も印も増える」


「雑だな」


「人が回してるからね」


ノマは坂の脇に積んであった空箱を避けながら続けた。


「前に直した樽なんか、底に焼き印二つ、胴に塗りが三つあった。中は魚臭いのに、持ってきたのは油屋。『これは誰のだ』って聞いたら、向こうも『今うちが使ってる』までしか分からなかった」


ティムが笑う。


「それで直したの?」


「直した。払う人だけは分かったから」


「そこなんだ」


「そこだよ。昔誰の樽だったかより、今日誰が修理代を払うかの方が私には大事」


俺は妙に納得した。


三十七歳の頭が、こういう時だけ先に頷く。


その言い方が妙に残った。


俺の中では、印はずっと誰か一人を示すものだった。


船の印。


商会の印。


樽屋の印。


どれか一つ。


でも、一つの樽に古い札と焼き印と塗り印が重なるなら、丸と二本線だけが一生同じ意味だとは限らない。


「ノマさんは、あの印を何だと思ってる?」


聞くと、ノマは少しだけ考えた。


「私らは『回し印』って呼ぶことがある」


「回し印」


俺は一度、口の中で繰り返した。


ノマが指を一本立てる。


「ただし、それも正式な呼び名じゃない。似た印をまとめてそう呼ぶだけ。丸二本がどこでも同じ意味だ、とは思わない方がいい」


ティムがすぐ食いつく。


「正式な名前?」


「違う。私らが勝手に呼んでるだけ」


「意味は?」


「空になった樽を、どこかでまた荷に回す時に付いてることが多い。少なくとも私はそういう樽でよく見る。でも、丸二本なら全部そうだって保証はしないよ」


「何のために塗る?」


「混ざるからじゃない?」


「じゃない?」


「私は塗る側じゃない。直す側」


ノマはあっさり境界を引いた。


「浜で樽が二十、三十って積まれたら、札が濡れたり取れたりする。そういう時、塗りが目印になることはある。でも、目印が『誰の』なのか、『どこへ』なのか、『まだ使える』なのかまでは、その浜の人間に聞かないと分からない」


そこをきっちり止める言い方だった。


「誰の印かは分からない?」


俺が聞く。


「分からない。南側でも何種類か似た塗りがあるし、上から塗り直すこともある。昔の印が残ったまま別の人が使ってる樽もある」


昨日の茶色い一枚帆の水樽。


前年に東の小さな泊まりで中古で買ったと言っていた。


もし、あの印が船ではなく樽の流れについていたなら。


白い二枚帆と茶色い一枚帆に同じ形があったことも、少しだけ自然になる。


「船を追ってたんじゃなくて、樽を追ってた?」


俺が口にすると、ティムが横から覗き込む。


「誰が?」


「俺が」


「怖い言い方するなよ」


ノマが鼻で笑った。


「追うなら勝手にしな。ただ、空樽は船よりよく持ち主が変わるよ」


「どこまで行く?」


ティムが聞く。


「知らない」


「またそれ」


「じゃあ、知ってることだけ言う。ここより南で何度か見た。北の奥では私は見た記憶がない。終わり」


ティムが口を尖らせる。


俺は逆に、そのくらいがよかった。


南で見た。


中身は魚、油、水とばらばら。


修理後に塗り直されることがある。


樽屋の製造印とは別。


樽を回す時に付いていることが多いと、ノマは経験で呼んでいる。


そこまで。


商会名はない。


港名もない。


正式な仕組みかどうかも分からない。


でも、昨日までより一段だけ進んだ。


ノマが坂の途中で振り返った。


「そうだ。さっきの浮いた樽、勝手に水入れて試すなよ」


ティムが俺を見る。


「俺じゃない」


「まだ何も言ってない」


「顔で分かった」


「お前が言うな」


ノマはそのやり取りを無視して坂を上がっていった。


港へ戻ると、ハナが輪の浮いた樽へ木札を掛けている。


『空返し。使用なし』


短い。


「修理しないんだ」


俺が言うと、ハナは紐を結びながら答えた。


「今直して誰が払うの。返す相手が決まってからでいい」


ノマと同じだった。


謎より先に、金の話になる。


三十七歳の俺には、その方が妙に納得できた。


ティムは納得していなかった。


「丸二本の方が面白い」


「樽代払うのは面白くないだろ」


「それは面白くない」


即答だった。


俺は古い札台の端へ、指で丸を描いた。


横線を二本。


すぐ手で消す。


残しておくほど確定した印じゃない。


でも、頭の中では位置が変わった。


白い船の横から。


いろんな船に積まれて動く、空樽の方へ。


第330話 北の塩場は、樽より先に朝の道を持ってきた

【本文】


夕方前、北から荷車が一台来た。


荷はほとんどない。


荷台の端に、空の麻袋が畳んであるだけだった。


馬の腹まで泥が乾いて白くなっている。


御者は港へ入るなり、海じゃなく樽置き場を見た。


「塩場返しの樽、一本あるって聞いた」


ハナが俺たちより先に動く。


「ある。こっち」


昨日残った二本のうち、輪が浮いていない方だ。


古い札をもう一度見てから、御者へ渡す。


御者も札を見る。


それだけで積まなかった。


樽底を持ち上げて、焼き印を確認する。


ティムが俺の脇で囁いた。


「みんな底見るようになってない?」


「前から見てたんだろ。俺たちが気にしてなかっただけ」


「成長したな」


「何が」


「底を見る目」


よく分からなかった。


御者は納得したらしく、空樽を横倒しにして荷台へ載せた。


一人で持ち上げようとしたから、俺とティムも手を出す。


空なのに思ったより重い。


ティムが持ち上げた瞬間、変な声を出した。


「うっ、空って軽くないの?」


「中身より軽い」


御者が笑う。


「それは知ってる」


「じゃあ持て」


三人で荷台へ押し上げた。


樽が転がらないよう麻袋を噛ませる。


御者は結び目を作りながらマルクを探した。


「港のまとめ役、いる?」


「まとめてないけど、いる」


マルクが荷札台から手を上げた。


御者が少し考える顔をした。


「どっちだよ」


「用件による」


「明日の朝、塩場から荷車を出したい」


俺とティムが同時にそっちを見た。


マルクは見なかった。


「何台」


「三台のつもり。積み終わらなきゃ二台」


「何積む」


「塩袋と干し藻。袋数はまだ決まってない」


「全部こっちへ?」


「二台は鴎泊まで。三台目を出すなら途中の倉へ落とすかもしれない」


マルクが眉を上げた。


「それも未定か」


「塩場の親方が、今日の乾き見てから決めるってさ」


決まっていないことが、本当に多い。


でも御者は困った顔をしていない。


決まっていないから、決まる前に必要な人だけ探しに来たらしい。


ティムが小声で言う。


「弱い予定だ」


俺は肘で黙らせた。


御者は話を続ける。


「今朝、北の浅い泥道が固かった。昼には戻った。明日も同じなら、日の出前に抜けたい」


マルクがようやく手を止めた。


「凍ってる間に通すのか」


「通せるなら。柔らかかったら出さない」


「荷を軽くする?」


「それも積んでから決める」


決まっていないことが多い。


でも、昨日までの『来るかもしれない』とは少し違う。


馬がいて、荷車が一台ここまで来ている。


塩場で三台を用意している。


明朝の路面を見て、出すかやめるか決める。


弱い予定でも、手触りがあった。


御者が俺たちを見る。


「この辺で、荷車の間を見ながら歩けるやつ、一人か二人借りられないか」


ティムの口が開く。


俺は先に服の袖を掴んだ。


「まだ」


「まだ何も言ってない」


「言う顔だった」


さっき自分が言われたやつだ。


ティムが嫌そうに俺の手を見る。


「離せ。俺にも成長させろ」


マルクがため息をついた。


「二人とも、まだ借りるって決めてない」


御者は笑った。


「元気なのは助かる」


「元気だけで荷車は通らん」


マルクは俺を見る。


「レン。朝凍った道、一回滑ったよな」


「うん」


「その一回で分かった顔するなよ」


「してない」


「ちょっとしてた」


ティムが言う。


「お前はどっちの味方だ」


「面白い方」


御者が声を出して笑った。


馬まで耳を動かした。


マルクは御者へ向き直る。


「必要なのは何だ。護衛か、押す人間か、道を見る人間か」


「まだそこも決め切れてない。今のところは、三台が離れすぎないように見る人間が欲しい。先頭の御者が北道に慣れてる。二台目が若い」


「戦う前提じゃない?」


「そのつもりはない。狼が出ない保証はしないけど、護衛隊を組む話じゃない」


そこも分けた。


マルクはすぐ返事をしなかった。


空樽を積んだ荷車の車輪を見る。


乾いた泥が厚い。


「明日の朝、道見てからもう一回来る?」


「いや、出すならそのまま来る。出さないなら人だけ知らせる」


「何時」


「暗いうち」


「雑だな」


「塩場の朝は鐘ないからな」


御者は荷車の泥を靴でこすった。


「今朝は車輪が沈まなかった。昼に同じ所を戻ったら、外側だけ指二本くらい入った。明日は冷え方が弱けりゃ最初からやめる」


「無理に出さない?」


俺が聞くと、御者は俺を見る。


「塩を早く出して荷車埋めたら、もっと遅くなるだろ」


当たり前の答えだった。


でも、少し安心した。


『朝しか通れない道』と聞くと、俺の中の子供っぽい部分が勝手に面白がる。


その面白さと、実際に荷車を埋める馬鹿さは別だ。


ティムが俺に囁く。


「起きられる?」


「お前よりは」


「俺、朝強いよ」


「この前、馬の餌袋の上で寝てた」


「あれは昼」


「もっと駄目だろ」


御者が綱を取り直す。


「じゃ、返事は明日でいい。道が柔らかかったら話ごとなし」


マルクが頷いた。


「それでいい」


御者は空樽を載せたまま北へ戻っていった。


塩場へ帰る荷車を、俺は少し長く見送った。


ティムが横から顔を出す。


「行きたい?」


「行きたい」


「早いな」


「お前もだろ」


「俺はもう三台の最後尾歩いてる」


「頭の中で先に行くな」


「レンに言われたくない」


その通りだった。


俺は笑って港へ戻る。


昼まで、丸と二本線の意味が気になっていた。


今も気になる。


でも、答えは少しだけ動いた。


船そのものより、樽が回る途中で付く印かもしれない。


その先はまだ分からない。


そして明日の朝は、そもそも荷車が出るかも分からない。


凍るのか。


泥のままなのか。


三台なのか、二台なのか。


俺たちが行くのか、行かないのか。


何も決まっていない。


なのに、久しぶりに寝る前から道の形を考えていた。


未知は、遠くの島だけにあるわけじゃない。


朝にならないと通れるか分からない道も、十分に面白かった。


第331話 三台の予定は、夜明け前に二台へ減った


【本文】


起きた時、外はまだ暗かった。寒いというより、空気が固い。布団から出した手を引っ込めたくなるくらいには冷えている。


「起きてる?」


戸の向こうからティムの声がした。


「今起きた」


「遅い」


「お前、昨日は馬の餌袋で寝てたって言われてただろ」


「昼寝と早起きは別の能力だから」


都合のいい能力だった。外へ出ると、ティムはもう靴紐を結び終えていた。珍しく本当に起きている。代わりに髪の後ろが一か所だけひどく跳ねていた。俺がそこを見ると、ティムが眉を寄せる。


「何」


「早起きはできても、髪までは起きてないなと思って」


「暗いからいい」


「明るくなるぞ」


「その頃には帽子かぶる」


対策が雑だ。港へ下りると、ハナが湯気の出る椀を二つ並べていた。薄い豆の汁に、昨日の硬いパンをちぎって沈めたものだった。


「食べるなら今。食べないなら持ってかない」


「食べる」


ティムが俺より先に座る。


「返事だけは速いね」


ハナは呆れた顔をしながら、ティムの椀へもう一切れパンを落とした。マルクは港口の方を見ていた。まだ荷車の音はしない。俺も一度だけ北の坂へ目をやる。昨日の話では、道が固ければそのまま来る。柔らかければ人だけ知らせる。


何も来なければ――たぶん、まだ決めている途中だ。ティムが熱い汁を一口すすって、すぐ顔をしかめた。


「熱っ」


「急いで飲むから」


「早く来たら置いてかれるだろ」


「まだ来てない」


「来てから慌てるのが一番格好悪い」


それは少し分かる。だから俺も椀を持ち上げたところで、北の坂から鈍い車輪音が聞こえた。一台。少し間を置いて、もう一台。


三台目の音は来なかった。ティムが椀を置く。


「二台」


マルクが横目で見る。


「数えるのは着いてからにしろ。坂の向こうにもう一台いるかもしれん」


その可能性はあった。でも北坂の上に姿を見せたのは、やっぱり二台だけだった。二台とも港までは下りてこず、坂上の平場で止まる。先頭には昨日の御者がいる。馬の鼻息が白い。二台目には、見覚えのない若い男が座っていた。俺たちが坂を上がる。北から来た荷車は、港へ下りる前にあの浅い泥道を通る。昨日、人を一人か二人借りたいと言っていたのは、その最後の区間のためだった。昨日の御者が綱を握ったままマルクへ声を飛ばした。


「二台だけ出した!」


「三台目は?」


「置いてきた。上の浅泥が弱い。途中倉の分は今日はなし」


話が一個、朝のうちに消えた。俺は荷台を見る。塩袋。干し藻の束。


昨日より少ないのかどうかは、昨日の予定袋数を知らないから分からない。御者が俺の視線に気づいた。


「軽くした。二台で無理に三台分運ぶ気はない」


「道、固かった?」


俺が聞くと、御者は靴の泥を見下ろした。


「塩場の前はな。こっちへ来る途中で一か所、表だけ硬いところがある。先に空荷で踏んで、車輪が指一本も沈まなかったから出した」


マルクが腕を組む。


「戻る頃には?」


「柔らかいだろうな。だから荷車は今日戻さないつもりだ」


ティムが俺を見る。俺も見返した。行きだけで終わらない話だった。御者は二台目を顎で示した。


「こっちがヨル。塩場の荷車はまだ三回目」


若い男――ヨルが少し嫌そうな顔をする。


「回数まで言わなくていいだろ、ガル」


昨日の御者はガルというらしい。


「言わないと、こいつらがお前を十年乗ってると思うかもしれん」


「思わないよ」


ティムが即答した。ヨルがティムを見る。


「何でだよ」


「顔」


「お前も若いだろ」


「俺は荷車乗らないから」


関係ない。ガルは笑いながら荷台を一度叩いた。


「人手は二人借りたい。昨日言った通り、護衛じゃない。レンは二台の間。後ろが詰めすぎてないか、前が止まった時に見える位置を歩いてくれ」


俺を名指しした後、ガルはティムを見る。


「お前は最後尾。二台目の後輪を見る。泥が付き始めたら声を出せ。押すのは言われてから」


ティムが一瞬だけ真面目な顔になる。


「見るだけ?」


「最初はな」


「俺、見るだけ得意じゃない」


「知ってる」


俺とマルクが同時に言った。ティムが二人を見比べる。


「何でそろうんだよ」


ハナが後ろで椀を片づけながら笑った。マルクは俺たち二人へ指を向けた。


「仕事は塩場側の判断が上。道が嫌だと言われたら戻る。荷車が止まっても勝手に押さない。今日は護衛ごっこするな」


「分かってる」


俺が言う。ティムも頷いたが、その直後に腰の短剣を触った。マルクが見逃さない。


「今触ったな」


「持ってる確認」


「抜く確認はいらんぞ」


「抜いてないって」


ガルが馬の手綱を取り直す。


「元気なのは本当に助かるんだけどな」


昨日と同じことを言われた。空が少しだけ薄くなる。二台の荷車が坂上の待ち位置を出た。先頭がガル。


二台目がヨル。その間を俺が歩き、ティムは最後尾につく。前回の四台便みたいな隊列じゃない。護衛でもない。


今日の仕事は、二台が同じ朝の道を無理なく抜けられるかを見ることだった。浅い泥道へ入る前に、一度振り返る。ヨルの荷車はまだ十分離れている。さらにその後ろで、ティムが俺へ大きく口を動かした。


たぶん「髪まだ跳ねてる」と言っている。聞こえない。俺は無視して前を向いた。夜明け前の道は、昨日と同じ形をしていた。


でも、同じ道だとは思わない方がいい。一回滑っただけで分かった顔をするな。昨日マルクに言われた言葉を、今度は自分から思い出していた。


第332話 二台目は、前の轍を信じすぎた


【本文】


坂上の待ち位置を出てしばらくは、普通の土道だった。普通と言っても、暗い。足元の凹みが見えにくいから、明るい時より歩幅が小さくなる。馬は俺たちより慣れているのか、鼻を鳴らしながら一定の速さで進んだ。ガルはほとんど振り返らない。


代わりに、ときどき右手だけを上げる。速度を落とす時。曲がる前。大きい石を避ける時。


俺は意味を全部知っているわけじゃない。だから勝手に解釈せず、前の荷車が実際にどう動くかを見る。後ろでは、ヨルの車輪音が一定に続いている。さらにその後ろにティムの足音。


声はほとんど聞こえない。二台の間にいると、前と後ろの会話を一度に聞けないのが少し落ち着かなかった。坂を越えたところで、ガルが初めて荷車を止めた。


「ここから」


短く言って、道の左側へ降りる。昨日、北の御者が話していた浅い泥道だった。表面が白っぽい。踏むと硬い。


でも石みたいには硬くない。ガルは靴の踵で二度押したあと、道の端ではなく真ん中寄りを指した。


「朝の皮が残ってる。先に俺が行く。レン、後ろが同じ轍へ入りすぎたら見ろ」


「同じ轍じゃ駄目?」


俺が聞くと、ガルはすぐには答えなかった。先頭荷車の右輪を見ている。


「乾いてる道なら、同じ轍の方が楽な時もある。今日は一台目が皮を割るかもしれん。割れたら、二台目にとってはそこが一番柔らかい」


言われて、やっと分かった。ゲームなら、一度安全に通れた場所は安全なままに見える。でもここでは、一台目が通った後に地形そのものが変わる。ガルの荷車が進む。


最初の数メートルは何も起きない。車輪が白い表面を薄く削るだけだ。俺は少し後ろを歩いた。一度、二度、振り返る。


ヨルはガルの轍へきれいに車輪を合わせている。


「ヨル!」


声を出すか迷った。まだ沈んでいない。俺が見ているだけなのか、止めるべきなのか。その一瞬の迷いより先に、後ろからティムの声が飛んだ。


「右! 泥ついてる!」


ヨルが反射で手綱を引く。馬が止まり、荷車が半歩遅れて止まった。俺もすぐ戻る。右後輪の外側に、濃い泥が付いていた。


沈んだと言っても、指一本くらいだ。でも左輪より明らかに深い。ガルが先頭を止めて歩いて戻ってくる。


「どこから?」


ティムが後ろから走ってきて、道を指した。


「三回転くらい前。最初は白いのだけだった。そこから黒くなった」


「三回転?」


ヨルが聞き返す。


「だいたい」


「だいたいかよ」


「車輪数えて歩いてないもん」


ティムらしい答えだった。ガルは怒らず、泥の付いた場所まで戻る。しゃがんで、ヨルの轍と自分の轍を見比べた。先頭の轍は表面が割れている。


その下が少し湿って黒い。ヨルは荷台から身を乗り出した。


「前と同じとこ通る方が固いと思った」


「俺も今までそう教えた」


ガルが言う。ヨルが顔を上げる。


「じゃあ合ってるじゃん」


「乾いた道ならな」


ガルは指で割れた表面を軽く押した。


「今日は上だけ固い。俺が割ったところへ、お前がもう一回重さを乗せてる」


ヨルは何か言い返しかけて、やめた。その代わり、俺を見る。


「間、近かった?」


「近くはない。たぶん」


「たぶん?」


「俺、距離ばっかり見てた。泥はティムが先に見た」


正直に言うと、ティムが少し胸を張った。


「最後尾、向いてるかもしれない」


ガルが横から言う。


「一回当てただけで仕事増やすな」


「増やす気ない」


即答だった。俺は右後輪を見る。完全に埋まったわけじゃない。今なら戻せる。


でも、どう戻すかは俺の仕事じゃない。


「これ、押す?」


ティムが聞いた。ガルは首を振る。


「まだ押さない。ヨル、まっすぐ半輪だけ戻せるか」


「やる」


「急に引くなよ」


ガルが馬の横へ回る。俺とティムは離れた。ヨルが手綱を短く持つ。馬が一歩下がる。


車輪が自分で作った浅い窪みから戻る時、泥がぬるっと剥がれた。半輪。そこで止まる。ガルは今度は轍の少し内側を靴で踏んだ。


「こっち。前の車輪跡にぴったり乗せるな。道の真ん中へ寄りすぎても駄目。硬いところを一本ずらす」


ヨルが頷く。


「どれくらい?」


「手の幅二つ分くらいから。沈んだらまた止める」


ぴったりした数字じゃない。道もぴったりしていないからだ。ヨルは荷車の向きを少しだけ変えた。今度は右輪が先頭の轍から外れる。


進む。一回転。二回転。三回転。


泥は付く。でもさっきほど黒くない。ティムが後ろから親指を上げた。ヨルがそれを見て、少しだけ肩の力を抜いた。


ガルは先頭へ戻りながら言う。


「距離はそのまま。開けすぎると、今度は止まったのが見えなくなる」


俺は頷いた。間隔を見る。轍を見る。前の荷車が地面をどう変えたかも見る。


見る場所が一つ増えた。次の場所でも同じ見方が通るとは限らない。道を抜けるまでに、ヨルの車輪はもう一度だけ浅く沈んだ。


今度はティムより先にヨル本人が気づいた。


「あ、重い」


そう言って自分で止める。ガルは振り返って、遠くから手を上げた。ヨルも手を上げ返す。何を言っているか俺には分からない。


でも荷車は動かない。俺は前へ歩いて確認しようとした。その時、ティムが後ろで言った。


「レン」


「何」


「さっきから振り返りすぎじゃない?」


「仕事だから」


「三歩に一回くらい見てる」


「そんな見てない」


「見てる。前見ないとお前が穴落ちるぞ」


言われて前を見る。ちょうど小さな石があった。踏んだ。痛くはない。


ティムが笑った。


「ほら」


腹が立つ。でも、さっき泥を先に見つけたのもティムだ。


「今日は一個当ててるからって調子乗るなよ」


「二個目」


「今のは石だろ」


「レンの石も見つけた」


「見つけなくていい」


ヨルが荷車の上で笑った。少しだけ、空が明るくなっていた。そして明るくなるほど、道の白さはゆっくり消えていった。


第333話 振り向いただけで、合図になっていた


【本文】


浅い泥道を抜けた後は、思ったより順調だった。順調だから楽、というわけではない。坂はある。凍った水たまりもある。


荷車の車輪が石を踏むたび、乾いた音が腹に響く。ただ、止まるほどのことは起きない。俺は二台の間を歩き続けた。前を見る。


後ろを見る。また前を見る。ティムに言われたので、振り返る回数は少し減らした。その代わり、一回見る時に長く見るようにした。


それが正しいのかは分からない。ヨルの荷車は、さっきより轍を選んでいる。前の車輪跡へぴったり合わせず、少しだけ外す。ガルの荷車が石を避ければ同じ側へ寄る。


でも、泥なら同じ場所へ入らない。やっていることが途中から変わる。決まりが一個じゃない。俺はそれが少し面白かった。


白嶺を越えた頃の俺なら、正しい道を一つ見つけたくなっていた気がする。今は、朝だけ固い泥道にそんなものがないと分かる。分かるというより、毎回違うと言われ続けて諦めてきた。それでも、鴎泊まであと少しというところで、二台目が急に近づいた。


最初は気のせいかと思った。後ろを見た時、ヨルの馬の頭が前より大きい。俺は歩く速さを少し上げた。また振り返る。


やっぱり近い。


「ヨル!」


声を出す。ヨルがすぐ手綱を引く。二台目が止まった。前のガルも車輪音が消えたことに気づいて止まる。


俺はヨルのところまで戻った。


「近い。何かあった?」


ヨルが変な顔をした。


「お前が詰めろってやっただろ」


「してない」


「した」


「いつ」


「さっき。二回振り向いて、こっち見て、前向いた」


「それだけ?」


「それだけって、それ合図だろ」


俺はティムを見る。ティムは荷車の後ろで、口元を押さえていた。笑っている。


「お前、笑うな」


「いや……だって」


ティムは一度息を整えてから、俺の真似をした。振り返る。目を細める。前を向く。


「これ、かなり『来い』っぽい」


「どこが」


ヨルが加勢する。


「そう見える。俺、最初は確認されてるだけかと思ったけど、二回目で『遅い』だと思った」


「俺は間を見てただけ」


「俺はお前の頭の中見えない」


それはそうだった。ガルが前から歩いて戻ってきた。


「何した」


ヨルが俺を指す。


「こいつが詰めろって」


「してない!」


俺の声が少し大きくなった。ガルは俺を見る。


「何した」


「振り返っただけ」


「何回」


「……二回」


ガルは少し考えた。


「ヨル。勝手に合図増やすな」


「でも」


「レン。勝手に合図っぽい動きするな」


「振り返るのも?」


「振り返るのはいい。意味がある時は声出せ。声届かないなら、手を上げて止まれ。何もないなら見て終わり」


説明は短かった。ティムが俺の後ろでぼそっと言う。


「見て終わり、得意じゃないの俺だけじゃなかったな」


「今のお前関係ないだろ」


「あるよ。仲間増えた」


増えていない。ヨルは少し気まずそうに手綱を直した。


「悪い。前に別の人と走った時、後ろ見て二回顎引いたら詰めろって合図だった」


ガルが眉を寄せる。


「誰だそれ」


「叔父貴」


「あいつの癖を世界の決まりにするな」


今度は俺が笑った。ヨルが睨む。


「お前も笑える側じゃないからな」


「分かってる」


本当に分かった。言葉だけじゃない。見ている場所。振り返る回数。


手を上げる高さ。こっちには意味がなくても、向こうは意味を拾う。でも、これを今すぐ『隊列の合図』に決める気にはならなかった。ガルだって、自分たちの間で統一しろとは言っていない。


今日の四人で、間違えないようにしただけだ。


「じゃあ次、俺が振り返っても詰めないで」


俺が言う。ヨルが頷く。


「声出せ」


「届かなかったら?」


「止まれ」


ガルが割り込む。


「相談は着いてからやれ。朝が終わる」


その一言で全員動いた。鴎泊へ下る最後の坂は、もう白くなかった。日が当たる場所から土の色が戻っている。車輪に付く泥も少し増えた。


でも二台とも沈まない。港が見えた時、ティムが後ろから叫んだ。


「二台、来たぞー!」


港にいたハナが顔を上げる。


「見れば分かる!」


「一応報告!」


「声で魚逃げる!」


「岸の魚まで?」


「知らない!」


朝から元気だった。二台は予定通り鴎泊へ入った。荷を下ろす。塩袋は倉へ。


干し藻は別の軒下へ。マルクは荷札を見ながら、ガルへ聞いた。


「三台目は結局なし?」


「今日はなし。途中倉の分は次。上の道が柔らかかった」


「二台は戻す?」


ガルは即答した。


「戻さない。もう朝の道じゃない」


俺は北の坂を見る。来る時は硬かった道が、今はもう違う。


「荷車ここ置くの?」


ティムが聞く。


「軒下借りたい。馬だけ連れて帰る。明日の朝、また固けりゃ取りに来る」


マルクが荷車二台を見る。港の通路を塞がない場所。屋根が届く場所。他の荷を出す邪魔にならない場所。


「西の倉壁なら二台入る。荷は全部下ろして、車止めは自分らで」


「助かる」


話はそれで決まった。正式な荷車置き場ができたわけじゃない。北塩場の荷車二台が、一晩だけ置かれる。ヨルが二台目から降りて、腰を伸ばした。


「腹減った」


ティムがすぐ反応する。


「俺も」


「お前ずっと歩いてただけだろ」


「歩くの腹減るぞ」


「俺は御者だぞ」


「座ってたじゃん」


「馬鹿、ずっと座ってる方が腰痛いんだよ」


「じゃあ交代する?」


「帰り荷車ない」


三人で少し笑った。ガルは笑わず、荷車の車止めを蹴って効きを確かめている。それを見て、俺も手を出しかけた。やめた。


車止めを置いたのはガルだ。見るだけにした。ティムが気づいて、にやっとする。


「成長した?」


「今のはお前が言うな」


「俺も触ってない」


「今はな」


朝の便は無事に終わった。二台で来た。一台は最初から出なかった。途中で二台目の轍が柔らかくなった。


俺の振り返りは勝手に合図へ変わった。どれも昨日の夜には決まっていなかった。そして、荷を届けても荷車は帰れない。明日の朝、道がまた固まるかどうかで、その続きが決まる。


俺は港の端から、軒下へ並んだ二台を見た。未知は、遠い場所に行くことだけじゃない。同じ道が明日も同じか分からない。それだけで、今日は十分に面白かった。


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