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世界リセットなし。~死んだら別人生、それでも俺の歩いた道は残るVRMMO~  作者: ユミヒロ


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第310話 番小屋の人は、荷より先に油を買いに来た


【本文】

朝の仕事が一段落した頃、北から一人の男が歩いてきた。

荷車はない。

背中に細い棒を一本、肩にはつぶれた革袋を下げている。

港へ着くなり、男は海を見た。

それから倉を見た。

最後に、自分の靴の裏を見た。

泥だらけだった。


「油、売れるか」


最初の一言がそれだった。

マルクは荷札をまとめていた手を止める。


「何の油だ」


「灯り。食うやつじゃない」


「それは見れば分かる」


男が持ち上げた小さな缶は、口の周りが黒く煤けていた。

ティムが俺の横で小声になる。


「火にかけたのかな」


「灯りって言ってたろ」


「いや、缶ごと」


「たぶん違う」


男がこっちを見る。

聞こえていたらしい。


「違う。これを火にかけたら俺が怒られる」


ティムは「ですよね」と素直に引いた。

俺は笑いそうになるのをこらえながら、空いていた板箱を端へ寄せた。

ちょうど油屋から戻した小樽を並べ直していたところだ。


男は倉の前まで来ると、背負っていた細い棒を壁へ立てかけた。

木の棒だと思っていたが、先だけ黒い鉄になっている。

長さは俺の肩より少し上。

途中に三本、浅い刻みが入っていた。


気になる。

かなり気になる。


でも、先に仕事だ。


マルクが油屋の方を顎で示した。


「灯り油なら、あっちに聞け。量は」


「この缶一つ。満杯じゃなくていい。半分より少し上」


「妙な頼み方するな」


「満杯にすると帰りが重い」


男は当たり前みたいに言った。


その言い方で、遠くから歩いてきた人だと分かった。

俺が板箱を動かして通り道を空けると、男は缶を持ったまま一歩よけた。


「そこ、滑るぞ」


俺が言う。


「見えてる」


「昨日、油が少し」


「それも見えてる」


男は靴先で板を軽く擦った。

灰を撒いて拭いた跡が、まだ色だけ残っている。


「滑る場所は色より先に足で分かる。……いや、今のは偉そうだったな。昨日そこで転んだなら、お前の方が詳しい」


「転んでないです」


「じゃあ、まだ俺の勝ちだ」


勝負だったらしい。


男は缶を足元へ置くと、指先へ息を吹きかけた。

手袋はしていない。

右手の人差し指だけ、布が一周巻いてある。


ティムがそこを見た。


「怪我?」


「ひび割れ」


「それ怪我じゃないの」


「冬は数に入れない」


「入れた方がいいと思う」


男は返事をせず、指を握ったり開いたりした。

たぶん毎年やっている動きだ。


港では、魚を洗う水の音がしていた。

沖で小舟が一艘、向きを変える。

誰かが倉の奥で空き箱を落として、短く悪態をついた。

男はそっちへ一度だけ顔を向けた。

知らない港に来た人の目だった。


「鴎泊、前からこんなに荷あったか」


「日によります」


俺が答えると、マルクが横から言った。


「今日は少ない方だ」


「これでか」


「昨日二台来た」


「じゃあ昨日来なくてよかった」


男は本気で言っていた。

混んだ港を見物したい人じゃないらしい。


油屋へ声をかけに行ったハナが戻ってくる。

男の缶を見て、すぐに言った。


「灯り油なら分けられるって。缶の中、一回見せてって」


「空だ」


「空でも。水入ってたら嫌だから」


「ああ。それはそうだ」


男は蓋を外し、缶を逆さにした。

一滴も出ない。

代わりに、古い煤の粒が二つ落ちた。

ティムが覗き込もうとして、ハナに額を押される。


「近い」


「見てるだけ」


「鼻まで入れなくていい」


男が笑った。


「元気だな、鴎泊は」


その地名の言い方が、少しだけ違った。

知ってはいるけど、住んでいる人の言い方じゃない。


俺は缶の下に布を敷きながら聞いた。


「どこから来たんですか」


男は俺ではなく、壁に立てかけた棒を先に見た。


「杉背」


手が止まった。

ティムの手も止まった。

ハナだけが止まらず、缶の口を布で拭いている。


男は俺たち二人を交互に見た。


「……何だ」


ティムが先に口を開く。


「いや、昨日その名前見たから」


「荷札で」


俺が続ける。


男の眉が少し上がった。


「杉背の?」


「『杉背 番小屋』って」


そこでマルクが入った。


「こいつらが勝手に開けたとかじゃないぞ。宛先違いで、そのまま上へ戻した」


「そうか」


男はそれだけ言った。

驚くでも、困るでもない。


俺の方が困った。


「番小屋、あるんですか」


「ある」


昨日まで分からなかったことが、あっさり一つ埋まった。


「今も使ってる?」


ティムが聞く。


男は少し考えたあと、自分の胸を親指で指した。


「俺が今朝そこから来た」


それは、かなり分かりやすい答えだった。


ハナが缶を持ち上げる。


「じゃあ、これも番小屋の?」


「下の方のな。灯りが切れそうなんだ」


下。


俺とティムがまた同時に顔を上げた。

男が先にため息をつく。


「その顔、まだ何かあるのか」


「今、『下』って」


「言った」


「番小屋、二つある?」


男は今度こそ笑った。


「二つどころじゃない、って言いたいところだが、杉背で今使ってるのは二つだ。下番と上番」


昨日見た荷札には、そこまで書いていなかった。


杉背。

番小屋。

それだけ。


俺はティムを見る。

ティムも同じことを考えている顔だった。


マルクが俺たちを見て言う。


「だから追わなくて正解だったろ」


「……はい」


悔しいが、その通りだった。


知らない地名は一つ増えたんじゃなかった。

その中に、さらに道が分かれていた。


第311話 番小屋は、人じゃなく道を見ていた

【本文】

油が入るまで、男は港の端で待つことになった。

名前はセドと言った。

杉背の下番小屋で、寒い時期だけ道を見ているらしい。


俺は「道番」と聞いて、最初に人を止める仕事を想像した。

ティムも同じだった。


「通行証とか見るの?」


セドは壁際へ立てかけた棒を取った。


「見ない」


「怪しい奴とか」


「見ない」


「盗賊とか」


「来たら見る。というか逃げる」


ティムが吹き出した。


「番ってそういう番じゃないの?」


「俺が見てるのは道だ」


セドは棒の鉄の先で、港の外れに残っていた朝の霜を軽く突いた。

もう昼前だ。

白さはほとんど消えていて、板の陰に薄く残っているだけだった。


「ここは海だから違うけどな。杉背は日が当たる場所と当たらない場所が、同じ道の中にある」


棒の先で擦る。

白い膜の下から、濡れた木が出た。


「朝、固く見えても、上だけ凍ってる時がある。荷車が乗ると割れて、その下が泥なら横へ逃げる」


第306話で見たやつだ。

俺は思わず近づいた。


「切通しで、一回ありました。右後輪が横に」


セドが俺を見る。


「戻したか」


「一回戻って、粗い方へ入り直した」


「ならいい」


褒めた感じはなかった。

当たり前の確認だった。

その方が少し嬉しい。


ティムが棒へ手を伸ばす。


「それで分かる?」


「全部は分からん」


セドは棒を横へ避けた。

ティムの手は空をつかむ。


「貸してくれないの」


「先に、何を知りたいか言え」


ティムは少し詰まった。


「……道が危ないか」


「広すぎる」


俺も考える。


「上だけ凍ってるか」


セドが俺を見る。


「それなら使える」


棒を渡された。


思ったより重くない。

先の鉄も短い。

武器には見えなかった。


「三本の線は?」


俺が聞く。


「俺の手の位置」


「測るやつじゃない?」


「違う。暗い時、握る場所を間違えないため」


ティムが笑った。


「レン、今すごい顔した」


「測る道具だと思うだろ」


「俺も思った。でもレンの方が期待してた」


否定できない。


セドが顎で地面を示す。


「そこの土、突いてみろ。板じゃなくて外」


港の横、荷車が踏んで固くなった土へ出る。

日陰にはまだ少し白さが残っている。


俺は棒を立てた。

鉄先を落とす。


こつ。


「固い」


「もう一回」


少し横へ。


こつ。


「同じ」


「もっと端」


草際へずらす。


ずぶ。


棒が思ったより深く入った。


「うわ」


ティムが笑う。


「全然違う」


「笑うならやれ」


棒を渡す。


ティムは一回目から力を入れすぎた。

先が泥へ入り、抜いた勢いで自分の靴へ泥を飛ばした。


「最悪」


「うまい」


俺が言う。


「何が」


「自分に当てるの」


「そこじゃない」


セドは笑わなかった。

でも、口の端が少しだけ動いた。


「音だけじゃない。入る深さと、抜いた時に何が付くかも見る」


俺は棒の先を見る。

ティムが刺したところには黒い泥が付いている。

最初の二か所はほとんど付いていなかった。


「これ、毎朝やるんですか」


「寒い日は。下番から上番まで全部歩くわけじゃない。担当の間だけだ」


「上番は?」


「上の奴が見る」


「誰?」


「さあな」


「知らないの?」


「顔は知ってる。名前を覚えるほど喋らん」


ティムが俺を見た。

俺も見る。


こういうところだ。

俺たちなら、同じ仕事をしていたら名前くらい聞くと思う。

でも、全員がそうじゃない。


セドは棒を受け取ると、鉄先の泥を草で拭った。


「もう一つ見る」


今度は荷車の轍の端へ歩く。

朝に誰かが通った跡が二本残っている。

片方は浅く、片方は少し沈んでいた。


セドは沈んだ方へ棒を入れ、今度は刺すより先に横へ押した。

土の表面だけが薄く割れた。

下はまだ柔らかい。


「車輪が真っすぐ入るなら通る。でも曲がりながらここへ乗ると、上が割れて横へ逃げやすい」


俺は轍を見る。

ただの泥の跡にしか見えなかったものが、さっきより少し違って見えた。


「毎回同じ場所?」


「同じ場所でも昨日と同じじゃない」


「雨で?」


「雨。霜。日。風。あと、前に何台通ったか」


ティムが指を折り始める。


「多い」


「だから全部当てようとするな」


セドはティムの指を見て言った。


「危ない場所を見つけて、荷場に返す。それで十分な日もある」


「外す日も?」


「ある」


「怒られる?」


「当たり前だ」


セドは妙にあっさり言った。


「でも、分からんのに分かったふりする方が後で面倒だ」


その言葉に、俺は昨日の『知らん』を思い出した。

三回聞いて、三回とも知らないと言った御者。

この辺の人は、知らないことを言い切らない。

俺にはそれが少し新鮮だった。


「番小屋って言っても、誰かを見張る場所じゃない。朝の道を見て、荷場に戻す。今日は上を使うな、とか、昼まで待て、とか」


「止める権限ある?」


俺が聞く。


「俺に?」


セドは変なものを見る顔をした。


「ない」


即答だった。


「じゃあ、危ないって言っても行く人いる?」


「いる」


「止めない?」


「止めたい時はある。でも俺が道を持ってるわけじゃない」


その言い方が、少し残った。


見る。

伝える。

決めるのは別の人だ。


第一人生の俺なら、たぶんそこに口を出したくなった。

危ないなら閉じればいい、と。

今は、それを決めるまでに誰の荷があり、誰の生活があり、どの道しか使えない人がいるのかを、少しだけ知っている。


ハナが油の入った缶を持ってきた。


「半分よりちょっと上。蓋、ちゃんと締めたけど横にしないでって」


セドは持ち上げ、重さを確かめた。


「これくらいでいい」


「満杯じゃなくて本当にいいんだ」


ティムが言う。


「帰りに上りがある」


「馬は?」


「俺が馬」


「嫌な仕事だ」


「冬だけだ」


「冬だけなら嫌じゃない?」


セドは少し考えた。


「春になると忘れる」


その答えに、ハナが笑った。


俺も笑った。


知らない土地の番小屋は、秘密を守る場所じゃなかった。

道が昨日と同じかどうかを、朝ごとに見直す場所だった。


それは派手じゃない。

でも、俺は妙に好きだった。


第312話 戻った荷札には、「上」が一文字増えていた

【本文】

午後、セドは油缶を肩の革袋へ入れた。

帰りは上の荷場を通るという。


俺は一瞬だけ、ついて行く理由を探した。

すぐやめた。

探さないと出てこない理由なら、たぶん仕事じゃない。


その代わり、別の仕事が来た。


「レン、ティム。空樽三つ、上へ返す」


マルクが港の端から呼ぶ。


ティムが俺を見る。


「理由、来たね」


「杉背じゃない。上の荷場まで」


「言ってないよ」


「顔が言った」


「最近それ、みんな使う」


空樽は三つ。

どれも昨日まで油が入っていたものじゃなく、塩漬け魚を入れていた古い樽だ。

中を洗って乾かしてある。


積む時、一つだけ蓋が外れた。

ティムが拾おうとして足で転がす。

樽の蓋は俺の方まで来た。


「わざと?」


「そんな器用じゃない」


「それは知ってる」


「そこ否定して」


セドはもう先に歩き始めていた。

俺たちの荷車より少し早い。

背中の棒が歩くたび左右へ揺れる。


上の荷場までの道は、昨日より乾いていた。

日向は泥が柔らかい。

日陰はまだ表面が少し硬い。


途中、細い坂で前の荷車が一度止まった。

何かと思ったら、道の真ん中に鶏が三羽いた。


「どいて」


ティムが言う。

もちろん鶏はどかない。


「話、通じてないぞ」


「レンが言って」


「俺なら通じると思うな」


御者が舌を鳴らすと、鶏はようやく道端へ走った。

一羽だけ逆へ走って、また戻る。


セドは先で待ちながら、こっちを見ていた。


「道見より難しい?」


ティムが聞く。


「鶏は明日の場所を覚えない」


何の比較なのか分からなかった。


坂を上がり切ると、風が少し冷たくなった。

俺は上着の襟を引く。

ティムは平気な顔をしていたが、鼻だけ赤い。


「寒くない?」


「寒いよ」


「平気そう」


「言っても暖かくならない」


「さっき冷たい手、人の首に入れたやつが言うな」


「それは暖かくなった」


「お前だけな」


そんな話をしているうちに、道は二つの轍が重なる広い場所へ出た。

セドはそこで一度だけ東を見る。

俺もつられて見た。

木の間に、細い道が斜めに入っている。


「あれ、杉背?」


「杉背へ行く分かれ」


セドが言う。


「ここから?」


「まだ先。名前を付けるなら、ここから東道」


それだけ言って、また歩き出した。

俺たちは曲がらない。

荷車はまっすぐ上の荷場へ向かう。


日向は泥が柔らかい。

日陰はまだ表面が少し硬い。


俺は前なら、どっちが速いかばかり見ていたと思う。

今は荷車の後輪を見る。

沈み方が違う。


御者が言った。


「左寄り。真ん中、昨日踏まれすぎてる」


俺とティムで後ろから合図する。

荷車は少しだけ左へずれた。


何も起きない。

それでいい。


上の荷場へ着くと、昨日より人が少なかった。

四台分の荷が抜けた後だからだろう。

空いた場所に縄が干してある。


セドは荷場の端で誰かと話していた。

俺たちは空樽を降ろす。


一つ目。

二つ目。

三つ目。


三つ目を転がしたところで、ティムが止まった。


「レン」


「何」


「昨日の」


荷場の柱の横。

細長い包みが立ててあった。


同じ布。

同じ長さ。


杉背の包みだ。


でも、昨日とは札が違う。

木札の上から、薄い板札がもう一枚重ねて結ばれている。


俺は近づいた。

触らない。


文字は昨日より一つ多かった。


杉背 上番。


その下に、小さく番小屋。


「上、増えてる」


ティムが言う。


「昨日はなかった」


「じゃあ、行き先分かった?」


「上番までは」


受取人の名前はない。

中身も分からない。

でも、昨日より一段だけ狭くなった。


荷場の男が空樽の数を数えながら言う。


「それ、昨日戻ってきたやつだろ。置き場間違いじゃなくて、札が足りなかったらしい」


俺が振り返る。


「誰の荷ですか」


「知らん。俺は樽見る係」


「中身は」


「知らんって。お前ら、荷を見るとすぐ中身聞くな」


ティムが小声で言う。


「昨日も言われた」


「俺も覚えてる」


荷場の男は二つ目の樽を叩いた。


「これ、まだ魚臭いぞ」


話が終わった。


俺は包みへ戻りそうになった視線を、樽へ戻す。

確かに臭う。

洗ったのに。


ティムが鼻を近づける。


「ほんとだ」


「お前、何でも鼻近づけるな」


「確認」


「顔から行くな」


セドがいつの間にか後ろへ来ていた。


「それ、上番になったのか」


俺が聞く。


「昨日の包み、知ってるんですか」


「今知った」


「上番の人に持っていく?」


「俺は下番」


あっさり断られた。


ティムが包みとセドを見比べる。


「途中まで同じじゃないの?」


「途中まではな。でも俺が持ったら、誰が受けたか分からなくなる」


「一緒に行く人なのに」


「だからって荷まで俺の仕事にはならん」


マルクがいなくても、同じ答えが返ってきた。

所有と仕事を分ける人は、鴎泊だけじゃないらしい。


荷場の奥から、東へ出る小さな荷車が一台引かれてきた。

荷は少ない。

薪束二つと、袋が一つ。


御者が細長い包みの札を見た。


「上番ならこっちだな」


それだけ言って、包みを荷台の横へ入れた。


俺たちは何もしない。

手伝う必要もない。


セドは自分の油缶を背負い直す。


「俺は途中で下へ入る」


「上番って、もっと高い?」


俺が聞く。


「少し。高いっていうより、日が当たらん」


「今日、凍ってる?」


「今から見に行く」


また、それだけだった。


荷車が動く。

セドも歩き出す。

上の荷場から、道が二つに分かれている。

俺たちが戻る道。

東へ回る道。


昨日まで、東の先はただの「どこか」だった。

今日は、杉背の下番と上番がある。


でも、俺の仕事は空樽を返して、鴎泊へ戻ることだ。


「帰るぞ」


御者が言う。


「はい」


俺はすぐ返した。


ティムが少し驚いた顔をする。


「何」


「いや。レンが一回で帰るって言った」


「俺を何だと思ってる」


「分かれ道を見たら曲がる人」


「今日は曲がらない人」


「明日は?」


「仕事があれば」


ティムが笑った。


それで十分だった。


帰り道、上の荷場が木の間に隠れる前に一度だけ振り返った。

東へ行った荷車はもう見えない。

セドも見えない。


ただ、山の陰に白い線が一本残っていた。

雪なのか、朝の霜が消えていないだけなのか、ここからじゃ分からない。


分からないものが、また一つ増えた。


前なら、すぐ確かめたかった。

今は、次に世界の方から近づいてくるかを待てる。


待っている間にも、道は動く。

荷も動く。

俺が見ていないところで、人も仕事をしている。


それが少し、面白かった。


第313話 上番へ届いた包みは、折れた鉄先の代わりだった

【本文】

翌朝、杉背の話は来なかった。


代わりに来たのは、魚の内臓を入れていた桶だった。


「朝から強いな」


ティムが鼻を押さえた。


ハナは桶の縁を持ち上げ、底に残っていた水を板の外へ流す。


「昨日から置いてあるんだから、今さらでしょ。そっちの蓋、重ねて」


「匂いは昨日より育ってる」


「育ててない」


俺は蓋を二枚重ねた。

三枚目を乗せたところで、下の一枚が少しずれた。


直す。


寒い朝は、木まで少し固く感じる。

港の板には白い霜が残っているけど、日の当たる側はもう濡れていた。


セドが昨日立てかけていた道見棒は、当然もうない。

杉背の東道もここからは見えない。


なのに、俺は港へ入ってくる荷車の横に、細長い物があると一回ずつ見てしまう。


ティムが気づいた。


「今日は何回?」


「何が」


「杉背っぽい物を見た回数」


「数えてない」


「今ので四回」


「数えてるの、お前じゃん」


ハナが桶をひっくり返したまま言う。


「二人とも暇なら、匂いの育った桶もう一個あるよ」


「俺、急に忙しくなった」


ティムが逃げた。


俺も逃げようとしたけど、ハナに目だけで止められた。


結局、桶を洗った。


午前の半ばになって、上の荷場から小さな荷車が一台来た。

昨日、東へ出た車とは違う。

荷台には空袋と、使い古した木箱が二つ。


特に見るものはない。


そう思った直後、荷台の横へ縄で括られた細い鉄が目に入った。


長さは俺の前腕くらい。

先が黒く、片側だけ少し潰れている。

根元には木のささくれが残っていた。


俺の視線に気づいた御者が、手綱を持ったまま言った。


「それ、売り物じゃないぞ」


「買う顔してました?」


「拾いたい顔」


最近、顔で色々決められる。


ティムが横から覗く。


「何それ。槍の先?」


「こんな短い槍あるか」


御者は笑って、荷台の横を指で叩いた。


「杉背の上番から下げてきた。道見る棒の先だとさ」


俺とティムが同時に黙った。


御者の方が怪訝な顔をした。


「何だよ」


「昨日、下番の人が似た棒持ってきたんです」


俺が言うと、御者は「ああ」と頷いた。


「セドだろ。あいつのはまだ生きてる。これは上のやつ」


上番。


俺は鉄先をもう一度見た。


先端が欠けているわけじゃない。

木へかぶせる筒の部分が縦に割れて、片側が開いていた。


「壊れた?」


ティムが聞く。


「木の方まで割れかけたらしい。昨日、新しい先と革巻きが届いたから交換したって」


「新しい先」


口に出したのは俺だった。


御者が少し考え、それから荷台の上で指を一本立てた。


「細長い包み。これくらいの」


昨日の包みと同じ長さだった。


俺とティムがまた顔を見合わせる。


「たぶんそれです」


「何でお前らが知ってるんだ」


「一回、間違って鴎泊まで来た」


「遠回りしたなあ」


御者は本気で気の毒そうに鉄先を見た。


包みの中身は、秘密でも武器でもなかった。

道を見る棒の交換部品。

それと革巻き。


昨日、俺たちは開けなかった。

今日、開けていないまま中身が分かった。


それがちょっと面白い。


「上番の人、これ毎日使うんですか」


俺が聞くと、御者は肩をすくめた。


「知らん。俺は今朝、古いのを下げろって渡されただけだ」


「上番の人って誰?」


ティムが続ける。


「名前は知らん」


「みんな名前知らないな」


「荷運びするのに全員の名前覚えてたら、冬になる前に頭がいっぱいになる」


御者はそう言って、馬の鼻先を撫でた。


馬は御者より先に俺たちへ興味をなくしていた。

足元の藁を一本ずつ拾っている。


マルクが荷札を持って来た。


「空袋は三。木箱二。鉄は荷じゃないな」


「戻し物。上の荷場で金具屋へ回すって」


「ならここで降ろすなよ」


「分かってる」


会話が短い。

俺が聞きたいことは、たぶんまだいくつもあった。


上番の小屋はどんな場所か。

誰がいるのか。

昨日の東便はどこまで行ったのか。


でも御者は空袋を渡しに来ただけだ。


マルクは俺の顔を見た。


「聞くなら、仕事の邪魔にならん数にしろ」


「今、一個だけ聞いていいですか」


御者が笑う。


「数えるのかよ」


俺は少し迷った。


「上番まで、昨日の荷車は普通に行けたんですか」


御者は馬具の革を直しながら答えた。


「昨日の昼はな。今朝は知らん。日陰はまた固いって話だった」


そこまでだった。


鉄先は荷車についたまま、また上の荷場へ戻る。

俺たちは追わない。


ティムが見送りながら言う。


「昨日の包み、開けたら一日早く分かったね」


「でも、うちの荷じゃなかった」


「一日待ったら分かった」


「そういうこと」


ハナが洗い終わった桶を立てる。


「一日待っても分からない物の方が多いけどね」


ティムが俺を見る。


「急に難しいこと言う」


「桶洗ってるだけだけど」


ハナは本当に桶しか見ていなかった。


俺は少し笑った。


分からない物を、すぐ開けなくてもいい。

世界の方で使われれば、戻ってくることもある。


昨日より一つだけ、杉背が現実の場所になった。

上番には、壊れた道見棒があった。

誰かがそれを使っていた。

新しい鉄先が必要になった。


それだけだ。


それだけなのに、地図の向こうが少し近くなった気がした。



第314話 道は止まっていなかった。でも、一台だけ動けなくなった

【本文】

昼前、上の荷場から人が走ってきた。


荷車じゃない。

荷もない。

若い男が一人、息を切らしている。


港へ入るなり膝へ手をつき、そのまま「水」と言った。


ハナが柄杓を渡す。


男は一気に飲もうとして咳き込んだ。


「ゆっくり」


ハナが言う。


「……急いでる」


「だからって肺に飲ませなくていい」


男は二口目からちゃんとゆっくり飲んだ。


俺とティムは、ちょうど縄束を倉の奥へ入れていた。

二人とも手を止めたけど、近づかなかった。


急いで来た人を見ると、何かあったと思う。

でも、勝手に事故の大きさを決めない方がいい。

最近、そういうのを少し覚えた。


マルクが男の前へ立つ。


「上からか」


男は頷いた。


「東道。荷車一台、影曲がりで外へ落ちた」


ティムが縄束を落としかけた。

俺が端を押さえる。


「落ちたって、崖?」


俺が聞くと、男はすぐ首を振った。


「違う。道から片輪だけ。肩までじゃない。浅い方」


それだけで空気が一段戻った。


人は。


「怪我は?」


マルクが先に聞く。


「ない。馬も立ってる。荷も落ちてない。ただ、戻せない」


事故ではある。

でも、今すぐ誰かを担いで戻る話じゃない。


男はもう一度水を飲んだ。


「上番から朝、影曲がりは昼まで待てって戻ってたらしい。荷場には話来てた」


「らしい?」


マルクの眉が少し上がる。


「俺が聞いた時には、もう一台出た後だった」


誰かが命令を無視した、という話ではなさそうだった。


話が届く前に出たのか。

聞いたけど行けると思ったのか。

そもそも別の人へだけ伝わっていたのか。


まだ分からない。


ティムが小声で言う。


「道、全部凍ってる?」


男は首を振った。


「上番の話だと、影の二十歩くらい。そこだけ朝の日が遅い」


二十歩。


俺の中で、杉背の道が急に狭くなった。

全部が危ないんじゃない。

たった二十歩。


その二十歩で、一台止まった。


マルクが聞く。


「何が要る」


「長い縄。あと板。上にある板じゃ短い。車輪を戻すのに、土の縁を崩したくないって」


男は港の倉を見た。


「ここ、長縄あるって聞いた」


マルクはすぐ倉へ入らなかった。


「誰が貸せって言ってる」


「上の荷場のガンツ。返すのは向こう。今日戻らなければ明日」


「長さは」


男が両手を広げる。


「……これの、六人分くらい」


「分からん」


「俺も言ってて分からん」


ティムが吹き出した。

男も少し笑った。


急いでいても、人は急いでいる言葉だけを喋るわけじゃない。


マルクは倉の奥へ入った。

俺たちもついていく。


長縄は三本あった。

一本は船を寄せる太い物。

一本は端が毛羽立っている。

もう一本は荷車用で、前に四台便でも使った長さに近い。


「これ」


俺が触ると、マルクが手を上げた。


「待て。貸せるか見る」


縄を床へ伸ばす。

途中に継ぎがないか。

濡れていないか。

端が傷んでいないか。


ティムが端を持ったまま後ろへ下がる。


「まだ?」


「まだ」


「ここまで?」


「もっと」


「港出るよ」


「出ろ」


本当に入口まで行った。


ハナが外から笑う。


「そのまま北まで行けば?」


「縄だけで?」


「ティムなら着くかも」


「褒めてないよね」


長さは足りた。


板は二枚。

港で荷台の下へ噛ませるために使っている厚い板だ。

持つとかなり重い。


俺とティムで一枚ずつ端を持つ。


「これ、走って持ってくの?」


ティムが言う。


走れる重さじゃない。


男が首を振った。


「上から空荷車来る。縄だけ先に欲しかったんだけど……板も借りられるなら載せる」


「最初からそうして」


ティムがぼそっと言う。


「俺は走れって言われたんだよ」


「かわいそう」


「急に優しいな」


「板持たなくていいなら」


優しさの理由が軽い。


少しして空荷車が一台来た。

荷台へ縄と板を載せる。


マルクは小さな木札へ炭で書いた。


長縄一本。

厚板二枚。

上荷場貸し。


大げさな契約じゃない。

返す物を忘れないための札だ。


男が荷台へ乗ろうとして、御者に「走ってきたなら歩け」と言われた。


「何で」


「馬が空荷だと思ってる」


「俺は荷じゃない」


「重さはある」


「ひどい」


ティムが俺の肩をつつく。


「この人、俺と合いそう」


「やめとけ。増える」


何が増えるのか自分でも分からないまま言った。


荷車が北へ出る。

俺たちは港に残る。


助けに行かない。

呼ばれていないからだ。


それでも、今度は待つだけじゃなかった。

俺たちが普段使っている縄と板が、知らない東道へ運ばれていく。


午後になっても、戻ってこなかった。


夕方近く。

上の荷場から別の荷車が入ってきた。


俺は反射的に車輪を見る。

四つとも道の上にある。


御者が笑った。


「そんな見るな。俺のじゃない」


「東の荷車、戻りました?」


「まだ。馬は外した。荷も軽いのだけ下ろしたって。車体は今日は置くかもしれん」


「縄は?」


マルクが聞く。


「使ってる。板も。返すの明日になるかも」


マルクは札板の「貸し」の横に、小さく丸を一つ付けた。


返っていない。

でも、どこにあるかは分かる。


ティムが俺へ言う。


「二十歩で一日止まるんだね」


「道全部じゃないのにな」


朝の霜を見た時、俺は広い範囲の危険を想像していた。

でも実際に荷車を止めたのは、日が遅い曲がりの短い区間だった。


ゲームなら、危険地帯って色が変わるかもしれない。

現実の道には色がつかない。


同じ土。

同じ轍。

少しだけ影。


その差を見つけるために、番小屋の人が毎朝歩く。


俺は港の入口から北を見た。


杉背は見えない。

東道も見えない。


でも今、そこに一台の荷車が止まっている。

昨日より、ずっと現実の場所になった。



第315話 分かれ道を曲がる理由は、好奇心じゃなく一本の縄だった

【本文】

翌朝、長縄は戻ってこなかった。


板も二枚とも戻ってこない。


マルクは札板を見て、「まだか」とも言わなかった。

返却予定は昨日から今日になっただけだ。


俺は何も言わず、魚箱の底へ敷く藁を替えた。


ティムが隣で藁を一本、口にくわえた。


ハナがすぐ抜いた。


「馬じゃない」


「考えてた」


「口で?」


「手、塞がってたから」


「考えるのに藁いらないでしょ」


ティムは反論せず、今度は耳へ挟んだ。


ハナは見なかったことにした。


朝の港は、昨日より暖かかった。

霜は倉の北側に薄く残るだけ。


東道の荷車がどうなったかは、まだ来ない。


気になる。


でも、昨日の俺なら「どうなったかな」と五回くらい口に出していた気がする。

今日は三回で止めた。


たぶん成長している。


Lvは上がっていない。


昼前、北から空荷車が一台来た。


荷台の上に、見覚えのある厚板が一枚。


「一枚だけ?」


ティムが言う。


御者が馬を止める。

昨日、空荷車で縄と板を運んだ男だった。


「一枚返す。もう一枚はまだ使ってる」


マルクが荷台を見る。


「縄は」


「東」


短い答えだった。


俺は板を降ろすのを手伝う。

端に泥が付いている。

昨日より、片面に細い擦れ跡が増えていた。


「車、上がったんですか」


俺が聞くと、御者は首を横へ振った。


「半分。片輪は道へ戻した。もう片方が沈んだ」


ティムが眉を寄せる。


「悪くなってない?」


「戻そうとして土の端が崩れた。だから一回やめた」


やめた。


無理に続けなかったらしい。


「馬は?」


「上の荷場へ戻した。荷もほとんど下ろした。車体だけ」


「今日、どうするんですか」


御者は板を降ろし終え、手の泥をズボンへ擦った。


「朝のうちに上番が見て、日が入ってからやるって。昨日より土が締まるかもしれん。だめなら車輪外す」


全部を一気に直す話じゃなかった。


ティムが荷台へ残った泥の跡を見ている。


「上番の人、来るの?」


「もう来てるだろ。俺が出た時、東道へ上がってった」


俺の中で、何かが前へ出た。


上番の人。

まだ名前も顔も知らない。


でも、それだけで行く理由にはならない。


俺は板の端を持ち直した。


御者が続ける。


「で、こっちが本題。上の荷場から、長縄もう一本借りられるかって」


マルクの顔が変わった。


「昨日の一本で足りないのか」


「車輪外すなら、車体を少し支えたいらしい。昨日のは引く方で使ってる」


「港の縄を二本出す気はない」


即答だった。


御者も怒らない。


「そう言うと思った。上で短いの継ぐ案も出てる」


マルクは倉を見る。

それから昨日使わなかった、毛羽立った長縄を見る。


「これは貸せない」


「分かる」


「船寄せの太縄も出さない」


「馬より太いぞ、あれ」


「比べるな」


話はそこで終わるかと思った。


でも御者は荷台の下から、別の縄を一本引き出した。


見覚えがある。

昨日、東へ持っていった長縄だった。


「え?」


俺が声を出す。


「東って言ったじゃん」


ティムも御者を見る。


御者が笑った。


「東に持ってく。今は戻しただけ。端が擦れてるから、ここで巻き直せるかって」


確かに一端だけ毛羽が立っている。

切れるほどじゃない。

でも、そのまま引くのは嫌な感じだ。


マルクが縄を持ち上げた。


「どこで擦った」


「板の角。俺が悪い」


「言うの早いな」


「見られた」


「誰に」


「上番のやつ。何も言わず、そこ指した」


ティムが小声で言う。


「ちょっと会ってみたい」


俺もそう思った。


でも、口には出さなかった。


縄の端は切らない。

毛羽立った部分を少し戻し、革を当てて巻き直すことになった。

専門的な修理じゃない。

擦れが広がらないよう、その場で保護するだけだ。


俺が革を押さえる。

ティムが巻く。


一周。

二周。


三周目でティムの巻きが斜めになった。


「戻して」


「これくらいいける」


マルクが横から言う。


「引いたら寄る」


ティムは黙って二周目まで戻した。


「今の聞いた?」


俺が言う。


「聞いたから戻してる」


「珍しい」


「革で口塞ぐ?」


「俺の分なくなるからやめて」


巻き直す。

今度はまっすぐ。


マルクが端を持ち、強く引いた。

ずれない。


「これなら持ってけ。ただし、昨日より強く引くな。傷んだらそこで止めろ」


「了解」


御者が縄を荷台へ積む。


それから俺たちを見た。


「ところで、上までこれ持ってくの手伝える奴いるか。荷車、途中までしか入れない」


俺とティムの目が同時に御者へ向いた。


御者が笑う。


「その顔。二人ともか」


マルクはすぐに頷かなかった。

港を見る。

荷札を見る。

午後に来る予定の小舟を確認する。


ハナが横から言う。


「昼の網糸、私とマルクでいけるよ。油樽は今日はなし」


マルクが俺たちを見る。


「上の荷場までなら二人いらん」


御者が首を振った。


「上じゃない。分かれから東。荷車止めてる手前まで。縄の反対持つ奴が一人ほしい」


空気が変わった。


俺は返事を急がなかった。

行きたい。

かなり行きたい。


でも、行きたいから仕事に見せるのは違う。


「何するんですか」


俺が聞く。


「縄運ぶ。着いたら、向こうの指示で端を持つ。車体には勝手に触るな。荷場の連中がやる。上番は道を見るだけだ」


役割がはっきりしている。


マルクが俺を見る。


「レン。行くか」


「行きます」


たぶん返事は速かった。


ティムが口を開く。


「俺は?」


「港」


「何で」


「二人いらんって今言った」


「聞いてたけど、確認」


ハナが笑った。


ティムは本気で悔しそうだった。


俺は少しだけ勝った気がした。


「顔」


ティムが言う。


「何」


「すごい出てる」


「何が」


「曲がる人の顔」


否定できなかった。


荷車は北へ向く。

俺は長縄の端を荷台へ固定するのを手伝い、その横を歩いた。


上の荷場までは、もう何度か通った道だ。


日向は柔らかい。

日陰は少し固い。

鶏はいなかった。


上の荷場へ着く。


昨日見た東道が、同じ場所から分かれている。


御者は止まらなかった。


「こっち」


馬の向きが変わる。


俺も曲がる。


昨日は見送った道へ。


好奇心だけでは曲がらなかった。

今日は、一本の縄が先へ続いている。


東道へ入った最初の一歩で、地面の硬さが少し変わった。


それが気のせいかどうかを確かめる前に、荷車の御者が前から言った。


「足元見ろ。最初の下り、見た目より滑るぞ」


「はい」


返事をして、俺は前を見た。


杉背は、まだ見えない。


でも初めて、道の向こう側へ自分の足で入った。

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