第8話 案内じゃない
「村って、こっちで合ってる?」
槍の男がもう一度聞いた。
俺はミオを見る。
ミオはエダンを見る。
エダンは赤い布を見る。
誰も答えない。
「え、違う?」
男の隣で、弓を背負った女が小声で言った。
「だから市場で聞けって言ったじゃん」
「聞いたよ。炭屋に」
「そのあと魚屋にも聞いてた」
「情報は多い方がいいだろ」
「温泉があるって言ったの、魚屋だからね」
「温泉?」
俺が反応した。
エダンも反応した。
「村にそんなのあるの?」
「ない」
エダンは即答した。
噂がまた一個増えていた。
男は気まずそうに槍の柄を持ち直した。
「俺、カイ」
「セナ」
女の方は短かった。
俺たちも名乗る。
ミオが赤い布を指した。
「これ、あなたたち?」
「俺」
カイが手を上げる。
「帰りに迷うと嫌だから」
「何枚?」
「五枚」
ミオの眉が少し動いた。
たぶん数を覚えた。
「外す?」
カイが聞く。
「今はそのままでいい」
意外だった。
「いいの?」
俺が聞く。
「帰り道の目印まで勝手に消す理由はないから」
それもそうか。
カイが少しほっとした顔になる。
「で、村は?」
またそこへ戻った。
エダンが口を開く。
閉じる。
今度は俺が先に言った。
「俺たち、村へ戻る」
「じゃあ一緒に――」
「案内はしない」
ミオが被せた。
カイが止まる。
「でも同じ方向?」
「同じ方向」
「ついて行くのは?」
ミオは少し考えた。
「止められない」
「それ、ほぼ案内じゃない?」
「違う」
「どこが?」
「責任」
カイはよく分からない顔をした。
俺も半分しか分からなかった。
でも、たぶん大事な半分だ。
五人と、籠の女で森を進んだ。
六人になると道が狭い。
今までなら俺とミオ、エダンが縦に並べば終わりだった場所で、後ろが詰まる。
最初の沢でカイが止まった。
「これ渡るの?」
「渡る」
俺が答える。
「橋は?」
「ない」
「市場で橋ないって聞いたけど、本当にないんだ」
「市場、そこだけ正しいな」
セナが靴紐を締め直した。
カイは槍を横にして、石へ足をかける。
一歩。
二歩。
三歩目で泥へ入った。
膝まで。
「深っ!」
俺は少し笑った。
「そこ、俺も入った」
「言えよ!」
「もう入ってたから」
「今後のために言え!」
もっともだった。
セナは俺たちのやり取りを見て、少し上流へ回った。
倒木の根を踏み、枝を掴み、一度も泥へ入らず渡る。
「そっちあったの?」
「今見つけた」
俺はちょっと悔しかった。
ミオが地図へ何か書いた。
「何書いた?」
「別ルート」
「俺の泥は?」
「前から書いてある」
消してほしい。
次の細い斜面で、今度はセナが止まった。
弓が岩に当たる。
体を横にしても、弦が引っかかる。
「装備で変わるんだ」
俺が言う。
「何が?」
「道」
空身。
炭袋。
槍。
弓。
同じ線なのに、難しい場所が少しずつ違う。
セナは弓を外し、先に手渡した。
カイが受け取る。
「落としたら?」
「殺す」
「ゲームで?」
「二回」
カイが両手で弓を抱えた。
急に大事そうに見える。
エダンが笑った。
その声を聞いて、俺は少しだけ安心した。
市場では、村の話が勝手に膨らむのが嫌そうだった。
今は普通に笑っている。
でも、村が見えたところで笑わなくなった。
畑。
柵。
煙。
見慣れた屋根。
その手前でエダンが止まる。
カイとセナも止まった。
「ここ?」
カイが聞く。
「うん」
エダンの声は小さい。
俺は、初めてここへ来たときのことを思い出した。
地図にない場所。
畑があって、人がいて、斧を持った男がいて。
あのとき俺は、面白いと思った。
今、後ろの二人もたぶん同じ顔をしている。
それが少しだけ複雑だった。
村の入口で、斧の男がこっちを見た。
俺。
ミオ。
エダン。
籠の女。
カイ。
セナ。
順番に見た。
「二人増えたな」
「増えました」
エダンが言った。
敬語になっている。
「何しに来た」
カイが一歩出た。
「秘境の村があるって聞いて」
空気が止まった。
斧の男が俺を見る。
俺は首を振る。
ミオも首を振る。
エダンは両手で顔を覆った。
「誰が秘境だ」
「市場の魚屋」
「魚屋に言え。ここは普通の村だ」
「温泉は?」
「ない」
カイが少しだけ残念そうだった。
そこへ女将が出てきた。
俺たちを見る。
知らない二人を見る。
「泊まり?」
セナが答える。
「できます?」
「床なら三枚。毛布は一枚」
昨日と同じだった。
俺はなぜか安心した。
秘境でも、新しい発見場所でもない。
泊まり代は三枚。
その横を、村の婆さんが通った。
カイの槍を見て、セナの弓を見て、俺たちを見る。
「町の人か」
「プレイヤーです」
カイが答える。
婆さんは分かっていない顔をした。
「塩、今いくらだ」
「え?」
「町の塩」
カイが俺を見る。
俺も知らない。
セナが答えた。
「小袋で四枚だったと思います」
「高いな」
婆さんはそれだけ言って行った。
次に鍛冶屋の親父が来た。
「鉄釘は?」
今度はセナが困る。
「分からないです」
「そうか」
帰った。
畑の男は二人を少し遠くから見ていた。
子どもはセナの弓を見たがって近づいた。
母親に襟を掴まれて戻された。
村の反応は、全然一つじゃなかった。
「町の人、来てもいい?」
エダンが斧の男へ聞いた。
男は顔をしかめた。
「なんで俺に聞く」
「だって」
「俺の村じゃない」
言われて、エダンが黙る。
俺も黙った。
そうだった。
誰か一人が決める話じゃない。
女将はもう客として二人を数えている。
婆さんは塩の値段を聞いた。
鍛冶屋は鉄釘。
畑の男はまだ警戒している。
子どもは弓が見たい。
全部、本音だと思う。
ミオが地図を出さないまま言った。
「今日は、地図を渡してません」
斧の男が頷く。
「なら今日はそれでいい」
「明日は?」
「明日考えろ」
雑だった。
でも、今はそれでよかった。
カイとセナは宿へ行った。
俺たちはエダンの家へ、留め輪を持っていく。
兄は寝床から半分起き上がっていた。
「お前、俺の金使ったな」
最初の一言がそれだった。
「炭車に使うやつ」
「いくら」
「二枚」
「高い」
「町はもっと色々高い」
「言い訳になってない」
怒りながら、留め輪は受け取った。
指で回して、端を見て、少しだけ笑う。
「ちょうど欲しかった」
「じゃあ怒るなよ」
「勝手に使った分は怒る」
兄弟だった。
夕方。
宿の前で、カイが薪を運んでいた。
「何してるの?」
俺が聞く。
「床代、一枚まけてもらった」
「労働で?」
「交渉した」
セナは井戸の横で、子ども二人に弓を見せていた。
矢は渡さない。
そこだけ妙に真面目だった。
エダンは兄の炭車を直している。
ミオは宿の壁際で、地図を開いた。
俺も隣へ座る。
「結局、来たな」
「うん」
「どうする?」
「何を?」
「地図」
ミオはしばらく線を見ていた。
町。
森。
沢。
細道。
村。
昨日まで三人で往復していた線に、今日は六人分の足跡がついた。
「まだ売らない」
「分かった」
「でも」
ミオが顔を上げる。
宿の前でカイが薪を落とした。
一本が足に当たったらしく、その場で跳ねている。
セナは見ているだけだった。
「もう私たちだけの道ではないね」
俺は答えなかった。
少しして、エダンが走ってきた。
手に直した留め輪を持っている。
「レン」
「何?」
「兄貴が聞いてる」
嫌な予感がした。
エダンは嬉しそうだった。
「炭車、あの道通せないかって」




