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世界リセットなし。~死んだら別人生、それでも俺の歩いた道は残るVRMMO~  作者: ユミヒロ


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第187話 霧の中では、白い帆も白布も消える


【本文】

朝、海だけが消えていた。

浜は見える。

桟橋跡も、高床板も、ロウナの魚棚も見える。

でも、その先が白い。

「昨日あんなに遠くまで見えたのに」

ティムが岬の方を見ながら言った。

「昨日だからでしょう」

「霧って、一晩でそんな偉くなる?」

「何と比べてるんです?」

答えは返ってこなかった。

ティムはもう白い海を見ていた。

今日は、昨日通せなかったわけではない大麦二袋を、もう一度北へ送る予定だった。

船は麦津側を朝のうちに出ている。

荷駄はネドとバースが赤崖の北側で待つ。

昨日なら、岬で帆を見つけてから合図を出せばよかった。

今日は岬そのものが半分見えない。

俺とティムは、それでも肩まで上がった。

「意味ある?」

登り始めてからティムが聞いた。

「確認です」

「何を?」

「見えないことを」

「下からでも分かってたよ」

「……戻ります?」

「ここまで来たから上まで行く」

それは俺も同じだった。

岬の肩へ着く。

昨日は灰岬の外まで見えた場所から、今日は足元の海しか見えない。

白い。

風は弱い。

霧だけが、海面を埋めている。

ティムが目を細めた。

「船って、霧の中だと急に出てくる?」

「たぶん」

「怖いな」

「昨日から“たぶん”増えましたね」

「レンもね」

それは否定できなかった。

後ろから、小石が一つ転がった。

振り向くとヨルがいた。

今日は紐ではなく、小さな籠を持っている。

「また罠?」

ティムが聞く。

ヨルは籠を持ち上げた。

「茸」

「罠じゃなかった」

「霧の日はこっち」

それだけ言って、ヨルは俺たちの横へ来た。

海を見る。

「見える?」

俺が聞く。

「見えない」

「船の音は?」

ヨルは少しだけ首を傾けた。

遠くで何かが鳴った。

木がぶつかるような、低い音。

ティムが身を乗り出す。

「今の船?」

ヨルは返事をしなかった。

もう一度、音がした。

今度は少し左から聞こえた気がする。

「左?」

俺が言うと、ヨルが眉を寄せた。

「分からん」

「さっきより近いよね?」

ティムが聞く。

「霧の日、音ずれる」

そこで終わった。

見えない。

音も当てにしきれない。

白布は、そもそも昨日ロウナへ返した。

あったとしても、この白さでは何も変わらない。

「走ってネドさん呼ぶ?」

ティムが言った。

俺はすぐ答えられなかった。

赤崖の北側までは、昨日の岬より遠い。

霧で石も濡れている。

荷駄を呼んでから船が来なければ、また動物を待たせる。

逆に船が先に来れば――。

白い海の向こうで、声がした。

「おーい!」

ティムが立ち上がる。

「来た!」

ヨルが俺の袖を掴んだ。

「下」

「え?」

「声、下から」

海じゃなかった。

浜だ。

俺たちは下りた。

下りは、上りより霧が濃かった。

ティムが前へ出かける。

俺は腕を掴んだ。

「走らないで」

「今度は分かってる」

「さっき走るって言ったでしょう」

「言ったけど、今は滑るの見えた」

足元の岩に薄い水が乗っている。

ティムは一度しゃがみ、靴底を親指で擦った。

「昨日よりぬるぬるする」

「霧でも濡れるんですね」

「それ、今日の発見?」

「地味ですけど」

俺も足を置く場所を一段低くした。

急いで呼びに行くための道で、呼ぶ前に転んだら意味がない。

昨日までなら、間に合わせることばかり考えていた気がする。

今日は、間に合わないまま終わる方がましなこともある。

ティムが振り返った。

「レン、遅いよ」

「走らないって言ったの誰です?」

「走ってない。急いで歩いてる」

「それを走るって言うんです」

そんな言い合いをしながら、浜まで下りた。

途中から、今度は本当に櫂の音が聞こえた。

ただ、姿は見えない。

浜へ着いた時、ダグが海を睨んでいた。

「船は?」

俺が聞く。

「いる」

「見えません」

「俺もな」

「いるんですか?」

ティムが聞く。

ダグは返事をせず、浜の端へ歩いた。

霧の中から、黒い船首がぬっと出た。

本当に急だった。

「うわ」

ティムが一歩下がる。

小舟が桟橋跡へ寄る。

大麦二袋。

荷扱いの男が袋を指で叩いた。

「降ろすか?」

俺は赤崖を見る。

荷駄はいない。

「まだ」

「また舟で待たせる?」

ティムが聞く。

船頭が先に言った。

「今日は長く待てん」

ダグも海面を見た。

「潮返る」

「どれくらいです?」

「四半刻」

短い。

ティムがもう赤崖側を見ている。

「今なら俺――」

「走らないで」

自分でも少し強く言った。

ティムが口を閉じる。

「霧で石濡れてます。呼べても、戻るまでに船が出ます」

「でも二袋だよ」

「二袋だから、今日は戻せます」

言ってから、俺も袋を見る。

ここまで来た。

昨日も同じ荷を動かした。

今日こそ通したい気持ちはある。

ダグが俺を見た。

「降ろすなら今だ」

「降ろして、荷駄来なかったら?」

「俺は帰る」

船頭が横で言う。

「俺も帰る」

荷だけ浜に残る。

屋根はない。

霧は雨ではないが、袋の表面はもう少し湿っている。

「戻してください」

俺が言うと、荷扱いの男が瞬きをした。

「麦津まで?」

「はい」

「ここまで来て?」

ティムが小さく言った。

「ここまで来たからです」

ティムはまだ何か言いたそうだった。

でも言わなかった。

荷は舟から一度も降りなかった。

四半刻も待たず、小舟は霧へ戻っていく。

船首が消え、帆が消え、最後に櫂の音だけ残った。

その音も、すぐ分からなくなった。

半刻近くして霧が少し上がった頃、赤崖からネドとバースが荷駄二頭を連れて下りてきた。

ネドが空の浜を見た。

「終わった?」

「帰ってもらいました」

「なんで」

「見えなくて、呼べませんでした」

ネドは荷駄の鼻先についた水滴を拭った。

「なら呼ばなくて正解だ」

ティムが振り向く。

「でも来てたんですよ、船」

「荷駄も来てる」

「じゃあ――」

「今な」

ネドはそれ以上言わなかった。

バースが赤崖の石を靴で擦る。

薄く濡れている。

「朝なら下ろさん」

「霧だけでも?」

俺が聞く。

「見えない、濡れる、戻りが読めない。三つ揃ったら嫌だ」

「二つなら?」

ティムが聞く。

バースはティムを見た。

「その日に聞け」

決まりは、まだなかった。

でも一つだけ分かった。

船が来た。

荷駄も来た。

荷もあった。

それでも便は成立しない日がある。

今日、通ったものは何もない。

けれど、誰も転ばなかった。

大麦も濡らさなかった。

俺は空の浜を見た。

失敗したのに、前より少しだけ道の形が見えた気がした。


第188話 来なかったんじゃない。帰らせた

【本文】

翌朝、ティムは記録板の一行を消していた。

《船、来ず》

木炭で書いた文字を布で擦りながら、首を傾げている。

「これ違うね」

「違います」

「じゃあ《荷駄、間に合わず》?」

「それも違います」

「難しいな」

少し考えてから、ティムは書いた。

《霧。中止》

「短すぎる?」

「そのくらいでいいです」

「昨日あんなに色々あったのに」

「色々あったからって、全部板に書いたら読めません」

「レン、最近ちょっと帳場の人みたいになってきた」

嫌な言い方だった。

板を取り上げようとしたら、ティムが背中へ隠した。

「褒めたのに」

「今のどこが?」

答えは返ってこない。

浜では、ダグが昨日の小舟の船底を見ていた。

ネドは荷駄の蹄を削っている。

バースは赤崖から落ちた小石を端へ寄せていた。

俺は三人を見た。

「昨日みたいな時、誰が中止を決めるか決めたいです」

誰も返事をしなかった。

ダグは船底を指でなぞる。

ネドは蹄刀を動かす。

バースは石を一つ蹴った。

ティムが小声で言った。

「聞こえてない?」

「聞こえてる」

三人がほぼ同時に言った。

ティムが俺を見る。

「怖い」

最初に手を止めたのはダグだった。

「船は俺が止める」

「勝手に?」

ティムが聞く。

「勝手に」

「荷主が行けって言っても?」

「底擦るなら帰る」

「レンが待ってって言っても?」

「帰る」

俺を見ずに言った。

ネドが蹄刀を置く。

「荷駄は俺」

「同じ?」

俺が聞く。

「こいつが嫌がる、腹おかしい、足場悪い。どれかでやめる」

「一つで?」

ティムが口を挟む。

「嫌がり方による」

「そういうの、書けないよ」

「書かなくていい」

ティムは記録板を見た。

少し悲しそうだった。

バースが最後に言う。

「赤崖は俺か、通す奴」

「通す奴?」

「毎回来るとは限らんだろ」

確かにそうだった。

「じゃあ、俺が全部決めなくていい?」

口にしてから、変な聞き方だと思った。

ダグが鼻で笑う。

「全部分かるのか」

「分かりません」

「なら決めるな」

きついけど、正しい。

ティムが板の端に小さく何か書いた。

覗くと、《分からない人は決めない》だった。

「それは消してください」

「いい言葉じゃん」

「誰のことか揉めます」

ネドが笑いかけて、蹄刀へ戻った。

ロウナが魚籠を抱えて通りかかった。

「今日は何の会議?」

「誰が帰っていいか」

ティムが答えた。

ロウナは歩みを止めない。

「帰りたい人から帰れば」

「そういう話じゃ――」

もう魚棚の向こうへ行ってしまった。

ハナも後から来た。

網を引きずっている。

「昨日の麦、戻ったんでしょ」

「はい」

「腐った?」

「濡れてません」

「じゃあよかったね」

「便は失敗ですけど」

ハナは網を杭へ掛けた。

「荷を駄目にしてまで成功させる便って何?」

返事が出なかった。

ティムが板を見る。

《霧。中止》

その横へ、小さく《荷、無事》と足した。

今度は消さなかった。

問題は銭だった。

昨日、小舟は鴎泊まで来て、何も降ろさず戻った。

船頭は働いている。

荷扱いの男も働いた。

大麦二袋は、麦津へ戻されている。

「昨日の運賃、なしにはならないですよね」

俺がダグへ聞く。

「船は動いた」

「ですよね」

「帰りも積んだ」

「それもですよね」

ティムが横から言う。

「むしろ往復?」

ダグがティムを見る。

「余計なこと言うな」

「でも戻ったし」

「聞こえてる」

今回は試験便だったから、失敗分も試験の費用として払うことにした。

船頭は銭を受け取ったあとも、少しだけ渋い顔をしていた。

「次も同じだと思うなよ」

「霧で戻ったら?」

「戻る。だが毎回、試験だからで済ませるなら俺は乗らん」

「じゃあ荷主に先に言う?」

ティムが聞く。

「誰に言うかはお前らで決めろ。俺は、帰る時に揉めるのが嫌なだけだ」

ダグが横で綱を巻き直しながら言った。

「先に揉めとけ」

「揉める前提なんですか」

「後で揉めるより安い」

ロウナが魚棚から顔だけ出した。

「それは本当」

「何かあったんです?」

ティムが聞く。

「聞くなら一銅貨」

「やめとく」

何があったのかは分からないまま終わった。

次から誰が払うかは、まだ決めない。

荷主の都合で遅れたのか、船が早かったのか、荷駄が来なかったのか、天気で止めたのか。

同じ“待った”でも中身が違う。

俺がそれを口にしかけると、ネドが先に言った。

「料金表作る顔してるぞ」

「どんな顔です?」

「面倒な顔」

「まだ作りません」

「まだ、な」

ティムが笑う。

「レン、“まだ”多いね」

「今すぐ全部決めたら、また外します」

「昨日みたいに?」

「昨日は決めてないから戻せたんです」

言ってから、それは大事かもしれないと思った。

昨日、白布の合図を正式な決まりにしていなかった。

だから霧の日に、無理に代わりの合図を探さず止められた。

バースが赤崖側から戻ってきた。

手袋が少し濡れている。

「上、もう乾いてる」

「今日は通せます?」

「今日はな」

「昨日みたいな霧なら?」

バースは一度、海を見た。

「降りる前に決める。降りてから悩むな」

「何時に?」

ティムが聞く。

「時刻じゃない」

「じゃあ何」

「待つ幅」

バースは赤崖の上を指した。

「船が来るかもしれん一刻の間だけ、上の曲がりで荷駄を待たせる。そこなら浜よりましだ」

ネドが顔を上げた。

「何頭」

「二頭まで」

「半刻なら」

「それ以上は?」

俺が聞く。

「帰す」

「船がその直後に来たら?」

バースが肩をすくめる。

「帰した後なら、次だ」

ティムが嫌そうな顔をした。

「あと一歩だったのに、ってならない?」

「なる」

「悔しくない?」

「悔しいから崖で転ぶのか」

ティムは黙った。

時間を当てるんじゃない。

来るかもしれない範囲だけ、人と荷駄を近づける。

来なければ戻す。

そして、戻す判断をした人を後から責めない。

それなら、昨日よりは試せる。

俺は記録板の端へ一行だけ足した。

《安全で止めた人を、失敗扱いしない》

ティムが横から覗く。

「それ、板に書くんだ」

「これは忘れたくないので」

「帳場の人っぽい」

今度は板で軽く肩を叩いた。


第189話 三刻目に来いをやめて、この間なら待つにした

【本文】

二日後、同じ大麦二袋がもう一度鴎泊へ向かった。

三回目だった。

袋に罪はないのに、少し顔馴染みに見える。

「名前つける?」

ティムが袋を見ながら言った。

「つけません」

「右が三郎、左が――」

「つけません」

「まだ何も言ってない」

「左もつけません」

荷扱いの男が笑った。

袋は笑わなかった。

今日は晴れていない。

海の上に低い雲が残っている。

岬の外は薄く霞んでいた。

でも、一昨日ほどの霧ではない。

赤崖の石も乾いている。

昨日決めたのは、時刻ではなく幅だった。

船は朝の三刻目から四刻目の間に鴎泊へ入れそうなら来る。

無理なら来ない。

ダグと船頭が海側で決める。

荷駄は、その間だけ赤崖の上の曲がりで待つ。

二頭まで。

半刻を越えたらネドかバースが戻す。

「で、船来たら誰が呼ぶ?」

ティムが聞いた。

「俺たち」

「岬見えなかったら?」

「浜で船を確認してから上へ行きます」

ティムが赤崖を見る。

「走る?」

「歩きます」

「間に合う?」

「間に合わなければ、船が帰ります」

「すごい割り切ったね」

「一昨日よりは」

言いながら、自分でも少し変だと思った。

前なら、間に合わせる方法を探したと思う。

今は、間に合わない時に何を壊さず終わらせるかも考えるようになった。

三刻目。

船はまだ来ない。

赤崖の上の曲がりには、ネドと荷駄二頭がいる。

バースは少し上で道の様子を見ている。

俺とティムは浜に残った。

「暇だね」

「まだ始まったばかりです」

「待機ってだいたい暇なんだよ」

ティムは石を一つ拾い、海へ投げた。

届かなかった。

浜の手前へ落ちた。

「今の、何がしたかったんです?」

「海まで行くと思った」

「全然でしたね」

「石が重かった」

「石なので」

二投目を拾おうとしたところで、ロウナが言った。

「魚棚に当てたら一銅貨」

ティムは手を離した。

「今の石は何もしてない」

「次の石に言ってる」

待つ時間は、そうやって過ぎた。

三刻目の半ば。

まだ来ない。

俺は赤崖を見る。

上の曲がりは浜から直接見えない。

ネドたちは待っているはずだ。

「一回見てくる?」

ティムが言う。

「見に行った間に船来たら?」

「じゃあ俺残る」

「俺が行ったら、船の荷札誰が確認します?」

「俺でもできるよ」

「値段は変えないで」

「まだ根に持ってる?」

「前に揉めたので」

ティムは口を尖らせた。

でも「できる」とは言い直さなかった。

その時、沖で櫂の音がした。

二人とも黙る。

霞の向こうから、小舟が出た。

茶色い帆。

上の黒い継ぎ当て。

「これ、昨日の?」

ティムが聞く。

「一昨日です」

「細かい」

荷の舟だった。

小舟が寄る。

ダグが最初に降りた。

「どれくらい待てる?」

俺が聞く。

船頭が答える。

「四半刻」

「昨日と同じ?」

ティムが聞く。

「潮が似てる」

ダグはもう綱を見ている。

俺は赤崖へ向かった。

走らない。

霧は薄いが、石は朝露で少し湿っている。

最初の曲がりを過ぎる。

昨日までなら、ここから北側へさらに呼びに行った。

今日は違う。

二つ目の曲がりに荷駄の耳が見えた。

ネドが座っていた。

膝の上で紐を直している。

「来ました」

「遅い」

「船が?」

「お前が」

「走らなかったので」

「それでいい」

言っていることが少し矛盾している。

荷駄を立たせる。

二頭とも荷はない。

待たせていたのは半刻より少し短い。

バースが上から下りてきた。

「船?」

「来ました」

「何分――」

バースが言いかけて、自分でやめた。

「まだいるか」

「四半刻待つそうです」

「なら下ろす」

それで話は終わった。

荷駄二頭が赤崖を下る。

俺は後ろにつく。

途中、右足が濡れた石で少し流れた。

前なら反射で上体を起こしたと思う。

今日は膝を曲げたまま、壁側へ肩を寄せる。

【Lv 3】

増えない。

でも転ばない。

それで十分だった。

浜へ戻ると、小舟はまだいた。

ティムが両手を上げた。

「間に合った!」

船頭が言う。

「まだ積んでない」

「そこは喜ばせてよ」

一袋目を直接、荷駄の背へ渡す。

二袋目も続ける。

前みたいに浜へ置かない。

見張りもいらない。

高床も使わない。

小舟が波で寄る。

俺は動きを待つ。

袋を止めようとしない。

ネドが腹帯を締める。

ティムは反対側を支える。

「手、そこじゃない」

ネドが言う。

「俺?」

「レン」

「俺か」

ティムが手を引っ込めかける。

「お前はそのまま」

「ややこしい!」

二袋とも載った。

船頭が綱を解く。

「今日は待った」

「どれくらいです?」

「四半刻より短い」

「銭は?」

船頭は少し考えた。

「今日は便のうち」

「次も?」

ティムが聞く。

「次は次」

ダグが船頭の背を軽く押した。

「行くぞ」

小舟が離れる。

荷駄も赤崖へ向かう。

今日は、誰も長く待っていない。

ゼロではない。

船は少し待った。

荷駄も上で待った。

俺たちは浜で待った。

ただ、待つ時間に終わりがあった。

ティムが歩きながら言う。

「これ成功?」

「二袋は通ります」

「じゃあ成功でよくない?」

「まだ赤崖あります」

「レンの成功、遠いな」

「近くすると危ないので」

赤崖の上の曲がりへ戻った時、知らない男が炭籠を背負って立っていた。

四十代くらい。髭に炭の粉が入っている。

男はネドを見る。

次に荷駄二頭を見る。

「朝、ここ使ってた?」

ネドが手綱を持ち替えた。

「半刻だけ」

「困る」

俺が足を止める。

「ここ、使うんですか?」

男は炭籠を地面へ下ろした。

「山から下ろした荷、ここで締め直す。二頭いたら置けん」

ティムが小声で言う。

「また場所」

男に聞こえたらしい。

「場所だよ。道ってだいたい場所だろ」

誰も反論できなかった。

ネドが荷駄を少し壁側へ寄せる。

炭の男も籠を持ち上げ直した。

狭い曲がりを、荷駄一頭、炭籠の男、もう一頭の順で抜ける。

「毎日ここです?」

俺が聞くと、男は歩きながら首を横に振った。

「炭焼けた日だけ。雨の次は来ん」

「何時ごろ?」

「山次第」

ティムが俺の顔を見る。

俺も同じ顔をしていたらしい。

男が振り向く。

「時刻聞くな。朝か昼だ」

また幅だった。

赤崖を抜けた先で、北側の荷駄へ二袋を渡した。

袋の口は乾いている。破れもない。

受取の男が一袋を持ち上げて顔をしかめた。

「これ、前にも来たやつか?」

「分かるんですか」

「紐が三回結び直してある」

ティムが嬉しそうに言う。

「やっぱ三郎――」

「つけません」

受取の男は何の話か分からない顔をした。

説明しなかった。

今日は二袋が通った。

時刻は当てなかった。

霧の向こうの船を見つけもしなかった。

来るかもしれない時間だけ、荷駄を近くへ置いた。

来なければ帰す線を決めた。

それで通った。

そして、次の問題はもうそこに立っていた。

俺たちが待つ場所は、俺たちだけの場所じゃなかった。


第190話 曲がり角は、空いている時間まで誰かの仕事場だった

【本文】

赤崖の上の曲がりへ行くと、昨日の炭の男が先にいた。

今日は炭籠を背負っていない。代わりに、細い縄を膝へ掛けて結び直している。

「昨日はすみませんでした」

俺が声を掛けると、男は縄から目を上げなかった。

「何が」

「ここ、待ち場所に使ってました」

「使ってたな」

「困るって」

「言ったな」

そこで会話が止まった。

ティムが俺の後ろで小さく息を吸う。たぶん、俺と同じく次の言葉を探している。

男の方は探していなかった。縄の端を歯で引いて、結び目を締める。

「あの」

ティムが先に口を開いた。

「毎日ここ使うんですか?」

「毎日炭焼けたら俺は金持ちだ」

「昨日も似たこと言われたな」

俺が言うと、ティムがこっちを見る。

「漁師のやつ?」

「それです」

男がようやく顔を上げた。

「何の話だ」

「こっちの話です」

説明しても何も増えないのでやめた。

男はモーグと名乗った。山の上にある三つの炭窯を、兄夫婦と回しているらしい。窯を開ける日は決まっていない。火の回り、木の乾き、雨で一日二日ずれる。

「朝か昼って、昨日言ってましたよね」

「だいたいな」

「もう少しだけ狭くできません?」

モーグは俺を見る。

「山に言え」

ティムが吹き出した。

「それ、ダグさんにも似たこと言われそう」

「海に言え、ですね」

「じゃあロバには?」

少し離れたところでネドが荷駄の蹄を見ていた。

こちらを向かずに言う。

「自分で言え」

ティムは黙った。

今日、ここへ荷を運んできたわけではない。待機場所そのものを見に来た。

曲がりは、山側が少し広がっている。荷駄一頭なら、通る人を避けても立てる。二頭だと途端に狭い。昨日はその二頭を置いた。

モーグは地面に縄を置き、炭籠を下ろす位置を靴先で示した。

「ここに籠を二つ。こっちで紐を締め直す。崖側は置かん。蹴ったら終わる」

「荷駄一頭なら?」

ネドが今度は近づいてきた。

モーグは曲がりを見た。ネドを見る。荷駄はいないのに、その大きさまで頭の中で置いているみたいだった。

「壁へ寄せりゃ一頭」

「荷付き?」

「麦なら。箱は嫌だ」

「なんで箱は?」

ティムが聞く。

モーグは足元の斜面を一度踏んだ。

「角が当たる」

ティムは自分の腰を壁へ寄せ、見えない箱を想像したらしい。

「ああ。人も嫌だ」

「人は避けろ」

「箱より雑」

誰も拾わなかった。

俺は曲がりの少し上へ歩いた。三十歩ほど先に、道がわずかに膨らんでいるところがある。草が生えていて、地面は柔らかい。

「こっちは?」

バースが後ろから来て、俺より先に草地へ片足を乗せた。

沈んだ。

「乾いてこれだ」

「雨だと?」

バースは返事をせず、踵を捻った。土がめくれた。

答えは見えた。

下側にも少し広い場所はある。けれどそこは赤崖へ入る直前で、荷駄が向きを変えにくい。

ネドが首を横に振った。

「待たせるなら上。一頭」

「二頭目は?」

「もっと北」

「どれくらい?」

「呼んで半刻」

ティムが顔をしかめた。

「待ち時間減らすために近くへ置いたのに、二頭目だけ遠くなるじゃん」

「二頭置く場所がない」

ネドはそれで終わりだった。

モーグが縄を肩へ掛けた。

「炭の日に二頭置かなきゃいい」

簡単に言う。

でも、それは俺たちの便を減らせという意味でもある。

「炭の日って、朝に分かります?」

俺が聞くと、モーグは少し考えた。

「窯開けるなら夜には分かる。俺はな」

「浜の人は?」

「知らん」

「知らせてもらうなら?」

「誰に」

「俺たちに」

モーグは、今度は完全に手を止めた。

「山から降りる前に、お前ら探すのか?」

違う。

俺はすぐ分かった。

また、元から仕事をしている人へ余計な仕事を足しかけている。

「……それはなしで」

「ならいい」

ティムが小声で言う。

「危なかったね」

「何がです?」

「また無料の人増やすところだった」

聞こえたらしい。モーグが鼻で笑った。

「無料なら俺も断る」

「有料なら?」

ティムが反射で聞く。

モーグは歩き出した。

「炭売る方が高い」

そのまま行ってしまった。

試すだけなら、空荷の一頭でできる。

ネドが連れてきていた荷駄を曲がりへ上げ、壁側へ寄せた。モーグはさっきの炭籠を背負い直す。中身は空だ。

「動くなよ」

誰に言ったのか分からず、俺とティムが同時に止まった。

ネドが呆れた顔をする。

「お前らじゃない」

荷駄の耳が一度だけ後ろを向いた。

モーグが炭籠を背負ったまま、山側からゆっくり抜ける。籠の縁が壁へ擦れ、ざり、と嫌な音がした。

荷駄が半歩だけ崖側へ逃げようとする。

ネドは引っ張らない。首の横へ手を置いて、その場へ戻す。

「今ので箱なら当たる」

モーグが言った。

「麦袋なら?」

「潰れて避ける」

「麦、偉いね」

ティムが感心する。

「袋が柔らかいだけです」

「分かってるよ」

たぶん半分くらいしか分かっていない顔だった。

一頭と空籠なら通れた。

ただ、荷駄が慣れていること、炭側が一人ずつ抜けること、崖側へ荷を置かないこと。その三つが崩れれば、同じ場所でも狭さは変わる。

今日決まったのは、たった一つだった。

炭運びがあるかもしれない朝に、二頭を曲がりへ置かない。

一頭なら、麦のような柔らかい荷に限って共存できるかもしれない。

“かもしれない”。

俺はその言葉を板へ書かなかった。

明日、実際に一頭置いてみればいい。


第191話 一頭だけ近くに置いたら、もう一頭が遠くなった

【本文】

翌朝の便は、大麦三袋だった。

二袋でも四袋でもなく三袋。こういう数が一番、試す側を困らせる。

荷駄一頭へ二袋は載せない。赤崖では幅と重さが増える。

だから二頭要る。

でも、曲がりで待たせるのは一頭だけ。

「もう一頭、どこ?」

ティムが朝から三回目に聞いた。

ネドが北側を顎で示す。

「上」

「上のどこ」

「上」

「広いなあ」

ネドは相手をしなかった。

一頭目は赤崖上の曲がり。空荷で待つ。

二頭目はさらに北、古い石積みの脇にいる。呼びに行けば往復で半刻近い。

船は朝三刻目から四刻目の間。昨日と同じく、来なければ戻る。

俺は浜側。ティムは今日は曲がりに残った。

「船来たら白布?」

ティムが出発前に聞く。

「白布は使いません」

「洗濯物だから?」

「それもあります」

「じゃあ何で呼ぶ?」

「俺が上がります」

ティムは少し残念そうだった。

「走らない?」

「走りません」

「聞いただけ」

朝の三刻目を少し過ぎたころ、小舟が入った。

今日は帆を見つける必要もなかった。浜まで来た船を確認してから動く。

大麦三袋。

船頭が袋の数を見て、俺を見る。

「一頭じゃないな」

「一頭は近くです」

「もう一頭は?」

「遠いです」

「なんで」

説明しようとしたら、ダグが先に言った。

「炭」

船頭はそれだけで分かったらしい。

「ああ」

俺の説明は一度も出番がなかった。

四半刻は待てる。

俺は赤崖を上がる。

曲がりに、一頭。

ティムは岩へ座って、何かを食べていた。

「来ました」

「知ってる」

「見えた?」

「いや。お腹減ったから、そろそろかなって」

何の役にも立たない。

荷駄の手綱を取る。

その時、上から鈴の音がした。

炭運びだった。

モーグが昨日とは違う若い男と下りてくる。背に炭籠。今日は本当に炭の日だった。

「一頭だな」

モーグが言う。

「一頭です」

「壁寄せろ」

ネドはいない。俺が手綱を短くして、荷駄の頭を山側へ向ける。

ティムが立ち上がった。

「俺、尻側?」

「蹴られないところで」

「それ、どこ」

モーグの連れが笑った。

「前でも後ろでも蹴るぞ」

ティムが一歩離れた。

「情報増やさないで」

荷駄を壁際へ寄せる。

モーグたちは炭籠を崖側へ置かず、背負ったまま一人ずつ通った。

狭い。

でも通れる。

二人目の炭籠が荷駄の腹横を抜ける時、荷駄が鼻を鳴らした。炭粉が舞う。

ティムがくしゃみをした。

一回。

二回。

三回目は出なかった。

「止まると気になる」

誰も聞いていなかった。

モーグが通り過ぎてから振り返る。

「箱なら無理だぞ」

「分かりました」

「二頭も」

「はい」

「ならいい」

それで炭側との話は終わった。

一頭目を浜へ下ろす。

一袋を直接載せる。

ここまでは早かった。

問題は残り二袋だ。

「二頭目呼んで!」

ティムが言う。

「誰が?」

聞くと、ティムが止まる。

俺は浜にいる。ティムも今、浜にいる。ネドは二頭目と一緒にもっと北だ。

近くへ一頭だけ置いた代わりに、二頭目を呼ぶ人が消えた。

ダグが小舟から言う。

「一袋先に上げろ」

「一頭目を戻す?」

「戻してる間に、誰か二頭目へ行け」

船頭が口を挟む。

「俺は待つのか?」

「四半刻までって言っただろ」

「もう半分使った」

話が一気に狭くなった。

ティムが俺を見る。

「俺、行く」

「走らないで」

「分かってる」

「本当に?」

「今日は分かってる」

少しだけ腹が立つ言い方だったが、頼むことにした。

ティムは赤崖を上がっていく。走らない。歩幅だけ少し大きい。

俺は一頭目に一袋を載せ、ネドの代わりに手綱を取る。

赤崖へ。

荷駄を動かす時、前へ引きすぎない。俺が先に行こうとすると、こいつは足を置く場所を失う。

半歩先。止まる。待つ。

【Lv 3】

変わらない。

今は変わらなくていい。

曲がりを越えたところで、上からネドと二頭目が来た。ティムも一緒だ。

「間に合う?」

ティムが聞く。

「たぶん」

「たぶんか」

ネドが俺と一頭目を見た。

「戻すぞ」

「このまま北へ行かせない?」

「三袋だろ。向こうで積み直す方が遅い」

俺には一瞬分からなかった。

ネドはもう一頭目の向きを変えている。

説明を待っている暇はない。

俺たちは二頭で浜へ戻った。

船頭は綱へ手を掛けていた。

「あと少しで出た」

「すみません」

「謝るなら早く積め」

二袋を一頭ずつへ。

三袋全部が赤崖を越えた時、船はもう沖へ出ていた。

三袋目を積む前、袋口の紐が一本切れかけているのを荷扱いの男が見つけた。

「これ、このままは嫌だな」

男が言う。

船頭は綱を持ったまま空を見た。

「あとどれくらい」

「結び直すだけ」

ティムがすぐ袋へ手を出す。

「俺やる」

「結べる?」

俺が聞く。

「荷袋の口くらい――」

言いながら一度結び、荷扱いの男に無言でほどかれた。

「駄目?」

男は別の結び方で締め直す。

「ほどく時に腹立つ」

「基準そこ?」

「毎回ほどく人間には大事だ」

俺も覚えようと手元を見る。

船頭がまた言う。

「俺は待ってるぞ」

「見てます」

「見てるなら早くしろ」

誰も悪くないのに、残り時間だけが減っていく。

結び直しはほんの数分だった。

でも、この数分があるから、二頭目を遠くへ置いた日の四半刻は急に短くなる。

便は成立した。

炭運びともぶつからなかった。

ただ、待ち時間は前回より増えた。

ティムが炭粉のついた鼻を袖で拭いた。さらに黒くなった。

「一頭にしたら解決したんじゃなかった?」

「曲がりは」

「曲がりはね」

二頭目が遠くなった。

呼ぶ人が要った。

一頭目を一度戻した。

場所を空けた代わりに、距離が増えた。

ネドが荷駄の背を撫でる。

「三袋の日は、面倒だな」

「二袋なら?」

「一頭」

「四袋なら?」

「二頭」

「三袋だけ?」

「嫌い」

ティムが真剣な顔で三袋を見る。

「真ん中って大変なんだね」

それは荷物だけの話ではない気がしたが、誰も続けなかった。


第192話 炭が来る朝は、麦を急がせない

【本文】

三袋の翌朝、鴎泊に荷は来なかった。

試験を休んだわけじゃない。

俺たちは炭窯のある側へ上がっていた。

「物流の人が炭焼き見学に来るとは思わなかった」

モーグの兄だという男が、窯口の土を掻きながら言った。名前はハルド。モーグよりよく喋る。たぶん、モーグより暇なのではなく、手を動かしたまま喋れるだけだ。

「見学じゃなくて、いつ道を使うか知りたくて」

俺が言うと、ハルドは鉄の棒を窯口へ差し込んだ。

「今日使うぞ」

「何刻くらいです?」

横でモーグが笑った。

俺は自分で気づいた。

「……聞くのやめます」

「覚えたな」

ティムが嬉しそうに頷く。

「成長してる」

「あなたに言われると複雑です」

窯の周りには、木の焦げる匂いと熱が残っている。

炭は全部を一度に下ろすわけではなかった。窯を開け、冷えた分から籠へ入れる。熱が残っていれば待つ。雨なら覆う。人が足りなければ次へ回す。

時刻表にできない理由が、見れば分かった。

ハルドが黒い塊を一つ摘まんだ。

「これ、触れる?」

ティムが手を出しかける。

モーグが棒でその手を軽く叩いた。

「やめとけ」

「熱い?」

「聞く前に触るな」

「聞いたから触ってない」

「今のは褒められん」

ティムは俺を見る。

「でも成長ではあるよね」

「昨日よりは」

「レンも“昨日より”で褒めるようになったね」

ハルドは俺たちの話を無視して、炭を割った。中心がまだ赤い。

今日は遅い。

そう思った時、モーグが言った。

「昨日みたいに早く下ろす日もある」

「何を見れば分かります?」

「俺らが籠出してるか」

「下から見えないですよね」

「見えんな」

終わった。

ティムが窯の煙を見上げる。

「煙で分からない?」

ハルドが鼻で笑った。

「分かったら便利だな」

「分からないの?」

「火の具合は分かる。下ろす時刻は、人の具合もある」

その時、奥から女性の声がした。

「ハルド! 昼までに薪割っといて!」

ハルドが窯を見たまま返す。

「今やってる!」

「炭見てるだけでしょ!」

「炭も仕事だ!」

モーグが俺たちへ小声で言う。

「だから時刻は読めん」

それは少し違う気もした。

炭の日を事前に知らせてもらう仕組みは作らなかった。

代わりに、俺たち側でやることを一つ減らした。

炭が下りる可能性の高い朝は、赤崖上へ二頭を先に置かない。

大麦二袋までなら一頭だけ。

三袋以上なら、船が浜へ来てから北側から下ろす。

待ち時間は増える。

でも、炭運びの仕事場は塞がない。

これを決まりにはしない。まず一度試す。

午後、その機会が来た。

麦津側から、大麦四袋を積んだ小舟が鴎泊へ入った。予定より遅い。

午前なら炭とぶつかった。

午後なら、モーグたちはもう下へ抜けているはずだった。

“はず”。

俺はその言葉を信用しすぎないようにしながら、赤崖へ上がる。

曲がりには誰もいない。

炭粉だけが地面に残っていた。

「空いてる」

ティムが言う。

「今日は」

俺が返す。

「それ、便利な言葉になってない?」

「便利です」

「認めた」

ネドはさらに北で二頭を待たせていた。

「船?」

「来ました。四袋」

「二頭だな」

「曲がり空いてます」

ネドはすぐ動かなかった。

「炭は?」

「通った跡あります」

「人は?」

「見てません」

「なら一回見る」

ネドは荷駄を置いたまま、俺と曲がりまで下りた。

空いている。

でも、炭籠を締めた縄の切れ端が一つ落ちている。

ネドが拾って脇へ置く。

「終わった後だな」

「分かるんです?」

「新しい粉。足跡が下向き」

俺には、言われてやっと分かった。

二頭を曲がりへ。

そこから浜へ。

今度は四袋だから、二頭とも必要だ。

小舟は待っていた。

船頭が俺たちを見る。

「遅い」

「炭を確認してました」

「俺は炭じゃない」

「知ってます」

ティムが横で吹き出した。

「今の会話、何?」

誰も答えなかった。

四袋を二頭へ積む。

二頭とも赤崖を上がる。

曲がりに着く直前、上から人の声がした。

モーグだった。

空の炭籠を背負って戻ってくる。

俺は一瞬止まった。

モーグも二頭を見て止まる。

「午後は来ないんじゃ?」

ティムが言う。

「誰が言った」

「誰も」

「じゃあ来る」

正しかった。

幸い、空籠だった。

モーグは崖側へ身体を寄せ、荷駄二頭を先に通した。

「下りは終わり?」

俺が聞く。

「今日は」

今度は俺が少し笑った。

モーグが怪訝な顔をする。

「何だ」

「便利な言葉だなって」

「知らん」

そのまま下りていった。

四袋は北側へ着いた。

炭運びの邪魔もしなかった。

待ち時間は前より長かった。

でも、今日はそれでいい。

赤崖の上でティムが記録板を出す。

「何て書く?」

「炭の朝は、先に二頭置かない」

「午後なら置く?」

俺は少し考えた。

「炭が終わったのを見てから」

「誰が見る?」

また一個増えた。

俺は笑いそうになって、やめた。

この道は、問題を解くと一つ静かになる。

その静かになった場所で、次の音が聞こえる。

曲がりを共用できるかどうかより、もっと大きなことが見え始めていた。

鴎泊の便は、海と山だけで動いているんじゃない。

炭を焼く人、網を干す人、荷駄を連れる人、船を出す人。

みんなの仕事の隙間を借りて、やっと一本になる。

そしてその夕方、北側の受取場で、いつもの男が大麦四袋を数えたあと、俺を呼び止めた。

「次、麦だけじゃなくても運べるか?」

「何を?」

男は倉の奥を見た。

「まだ決まってない。決まってから聞く」

「今聞いた意味あります?」

「ある。お前が嫌そうな顔するか見た」

ティムが横で言う。

「してた?」

男は首を横に振った。

「ちょっと嬉しそうだった」

「重い物でも?」

ティムが受取の男へ聞く。

「知らん。俺はまだ何も言ってない」

「濡れたら駄目な物?」

「だから決まってない」

「割れ物?」

男はティムを見た。

「お前、聞くの早いな」

「気になるから」

「気になったまま帰れ」

ティムは納得していない顔で俺を見る。

俺も気になっていた。

麦なら袋が壁へ少し触れても致命傷にはなりにくい。炉晶箱なら角が出る。魚なら時間が変わる。油なら転倒の意味が変わる。

同じ道でも、荷が変われば別の攻略になる。

でも今、候補を勝手に決めるのはやめた。

「決まったら聞かせてください」

俺が言うと、男はもう倉の奥へ歩いていた。

「決まったらな」

ティムが小声で言う。

「絶対、今日寝る前に予想するでしょ」

「しません」

「今もう三個くらい考えた顔してる」

それも否定しにくかった。

否定できなかった。


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