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世界リセットなし。~死んだら別人生、それでも俺の歩いた道は残るVRMMO~  作者: ユミヒロ


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第169話 三人の持ち主のうち、一人は南にいた



【本文】


旧塩倉の石積みを見た翌朝、俺はハナに同じことを三回聞いた。


「昨日の三軒、もう一度いいですか。ハナさんの家と、山の炭焼き側と、南へ出た家」


ハナは網から小さな貝殻を外しながら、こっちを見なかった。


「合ってるよ。だから三軒だって言ったろ」


「誰に話せばいいかを聞いてます」


「昨日より質問がましになったね」


褒められた気はしなかった。


ティムは隣で、朝飯にもらった焼き芋の皮をまだ剥いていた。半分食べたところで熱かったらしく、指先で転がしている。


ハナの家の持ち分は、ハナ本人だけで決められるわけではなかった。

兄が山向こうの集落にいて、古い塩倉跡を直すような話なら一応知らせる。

ただし、一日だけ荷を置く、杭を打たない、石積みを崩さない、ならハナが自分の持ち場については許せる。


「持ち場って?」


「昔の倉を三つに線引きしたわけじゃないよ。そんなきれいじゃない。海側の石積みをうちが多く直した。山側は炭焼きの家が屋根材を出した。南へ出た家は土地そのものを持ってるって言う。昔から揉める時だけ、みんなよく覚えてる」


「普段は?」


「草が生えてる」


それは昨日見た。


二軒目は、バースに聞いた。


赤崖を越えてきた時に会った炭運びの男だ。

午前の遅い時間、鈴の音と一緒に鴎泊へ下りてきた。今日は炭俵ではなく、割った薪を二頭の荷駄に積んでいる。


「俺に土地の話されても困るぞ」


バースは一頭の腹帯を締め直しながら言った。


「山側の家じゃないんですか」


「山側ではある。でも決めるのは伯母だ。俺が勝手に倉建てたら、最初に追い出されるの俺だぞ」


「伯母さんはどこに」


「今日なら上の炭場」


ティムが焼き芋の最後の一口を飲み込んだ。


「また登るの?」


「嫌ならここで待ってていいですよ」


「一人で待ったらハナさんに仕事振られる」


ハナが網の向こうから言った。


「分かってるじゃないか」


結局、二人で登った。


炭場にいたバースの伯母は、セラという小柄な女だった。

年齢は分からない。背中は少し曲がっているのに、俺より太い薪を片手で動かしていた。


事情を話すと、セラは薪を積む手を止めなかった。


「倉を建てたいのかい」


「まだです。まず一便だけ、麦袋を海から上げて、駄獣へ載せ替えられるか試したいです」


「なら倉はいらないだろ」


最初にそこを言われた。


「雨が来た時に置ける場所がなくて」


「雨の日に試さなきゃいい」


「船は潮で来ます。駄獣は山道です。両方が同じ時刻になるとは限らない」


セラの手が一度だけ止まった。


「どれくらい置く」


「分かりません。だから、それも測りたい」


「分からないものに土地を貸せって?」


言い方はきつい。でも、間違っていない。


俺は考えてから言い直した。


「一晩は置きません。日があるうちに撤収します。杭は打たない。石積みも動かさない。置くなら、地面から離します」


「何で」


「下から湿るからです」


「それだけ?」


潮。

雨。

鼠。

破れ。

人の通り道。


頭に浮かんだものを全部言いそうになって、やめた。


「まず湿気です。試してないので、他はまだ」


セラはようやく俺を見た。


「それなら話はできる」


許可ではない。

話ができる、だった。


条件は三つ。


古い塩倉の石積みには何も固定しない。

炭焼きの荷駄が通る道を塞がない。

試験で壊したものは、試験した側が直す。


ただし、セラが言えるのも山側の持ち分だけだった。


三軒目。

南へ出た家。


「今どこです」


俺が聞くと、セラは薪の樹皮を剥がしながら答えた。


「南浜。こっから手紙出して、早くて四日」


「四日」


「返事が早けりゃね」


北の食料事情を考えると、旧塩倉そのものを直す話は間に合わない。


帰り道、ティムが先に言った。


「三人そろうまで待ったら、麦が先に食べられそう」


「だから倉は今じゃないですね」


「じゃあ鴎泊なし?」


「倉なしで一便できるか見ます」


言うと、ティムが少し嫌そうな顔をした。


「それ、また俺が何か運ぶやつ?」


「たぶん」


「聞かなきゃよかった」


浜へ戻ると、ハナは朝と同じ場所で網を繕っていた。

網は少ししか進んでいないように見えたが、脇には外した古い糸が山になっていた。


俺はセラとの話を伝えた。


「南の家は四日。だから塩倉跡は触りません」


「そうしな」


「一便だけ、別の場所を使えませんか」


ハナの針が止まる。


「どこ」


俺は浜の上を見た。

壊れた小屋の横。

網を干している細長い石場がある。

旧塩倉ほど高くないが、普通の満潮なら水は届かない。


「網場の端。木を組んで、袋を地面から浮かせる。屋根は作らない。船と駄獣がずれた時だけ置く」


ハナは俺の指した場所を見て、それから広げた網を見た。


「網が先」


「空いてる時だけ」


「息子が魚持って帰ったら、網が増える」


「その日は使わない」


「雨降ったら?」


「覆いをかけます」


「風で飛んだら?」


「飛ばないようにします」


「誰が」


「俺が」


ハナはそこで笑った。

初めて、ちゃんと笑った気がした。


「お前がいない便を作ってたんじゃなかったのか」


痛いところだった。


「最初の一回だけです。成立したら、次は俺なしでできる形にします」


「最初からそう言えばいい」


ハナは網針を置き、石場の端まで歩いた。

靴の先で地面を二度叩く。


「ここからここまで。今日と明日だけ。釘は打つな。夕方には片づける。網が増えたら終わり」


「荷物は?」


「まだ置くな。先に台を作れ」


また順番を戻された。


でも、これで試せる。


旧塩倉を直す許可はない。

三軒目の返事もない。

正式な荷置場もない。


それでも、一日だけ。

地面から荷を離して待たせられる場所は借りられた。


北からその日の夕方に届いた紙には、食料の日数ではなく一行だけ追加されていた。


《配合変更、開始済み。病人用・種籾は未使用》


ぎりぎり、ではない。

でも、余裕があるわけでもない。


俺は紙の裏に書いた。


《鴎泊 恒久利用許可なし》

《仮置き 一日試験のみ可》


ティムが覗き込む。


「港って、船が入れればいいんじゃないんだね」


「俺も、最近知りました」


その横でハナが言った。


「最近知った奴が港作る話してるの、だいぶ怖いけどね」


それは北への報告には書かなかった。


第170話 倉庫を建てずに、一刻半だけ荷物を守る


【本文】


仮の荷台は、作り始めて十分で一度壊れた。


「早くない?」


ティムが地面へ落ちた横木を見た。


「まだ荷物も載せてません」


「それで壊れたんだよ」


正しい。


ハナから借りた太い板が二枚。

ダグの船から下ろした短い丸太が四本。

石場に転がっていた平たい石。


釘は使えない。

杭も打てない。

だから石を土台にして、丸太を横へ渡し、その上へ板を載せた。


一回目は、石の高さを揃えずに組んだ。

俺が端へ体重をかけた瞬間、板が跳ねた。


「麦袋だったら海まで飛んだ?」


ティムが聞く。


「そこまでは」


横木がころころ転がって、ハナの桶へ当たった。


カン。


ハナが振り返る。


「何壊した」


「何も!」


ティムが答えた。


「今から壊すなよ」


見なくても分かっているらしい。


二回目は石を選び直した。

高さを揃える。

丸太の転がる向きを変える。

板の端へ縄を回し、固定する相手は地面ではなく、互いの丸太にした。


今度は俺が乗っても動かない。

ティムも乗る。


「二人分」


「麦袋より軽いです」


「俺を袋と比べないで」


「袋の方が静かです」


言い返される前に、ハナが塩袋を一つ持ってきた。


「試すならこれ」


「いいんですか」


「濡らしたら買い取れ」


急に責任が重くなった。


塩袋は思ったより重い。

二人で台へ置く。

もう一つ。

さらに、砂を入れた古袋を二つ。


合計四つ。


板は沈まない。

石も動かない。


「麦三袋くらいなら」


俺が言うと、ハナがすぐ返した。


「塩と麦で重さ同じだと思うなよ」


「目安です」


「目安で船底こする奴、昨日見たろ」


ダグのことだろうか。

本人はいない。


覆いはもっと難しかった。

船で使う油布を一枚借りた。

四隅を高く張れば雨は流れる。

ただし杭を打てない。


壊れた小屋へ結ぶのも駄目。

古い塩倉の石積みも使わない。


結局、重い水樽を二つ置き、網場の木枠と荷台の丸太へ縄を回した。


「これ、風来たら樽ごと動かない?」


ティムが上を見上げる。


「水入ってます」


「半分しか」


「じゃあ満杯に」


「誰が汲むの」


二人で汲んだ。


海はすぐそこなのに、樽へ入れるのは真水だった。

当たり前だけど、二往復目で少し腹が立った。


昼前。

空は晴れていた。


だからハナが言った。


「ちょうどいいね」


「何がです」


「雨」


沖を見ると、南の海だけ色が暗い。


「降るんですか」


「たぶん」


「たぶんで塩袋置いてるんですけど」


「試験だろ」


人の塩で試験していることを急に思い出した。


四半刻もしないうちに、細かい雨が来た。

最初は、霧みたいな雨だった。


油布の表面に小さな粒が並ぶ。

流れる。


成功。


そう思った直後、中央が少したわんだ。

水が溜まる。


「あ」


ティムが見上げた。


「触らないで」


「まだ何も」


中央の水が増える。

油布が下がる。


このままなら、端から一気に落ちる。

しかも落ちる先が荷台だった。


俺は縄の一方を外し、角度を変えた。


「そっち持って」


ティムが水樽側の縄を引く。


「もっと」


「樽動く!」


「動かさないで!」


「どっち!」


ハナが網場から叫んだ。


「水を一回落とせ!」


言われて、二人とも止まった。


俺は油布の端を長い棒で持ち上げた。

溜まっていた水が、荷台とは反対側へ一気に流れる。


ばしゃっ。


ちょうど戻ってきたダグの靴へかかった。


ダグは濡れた足元を見た。

俺を見る。


「試験か」


「はい」


「俺でやるな」


それだけ言って船へ戻った。


ティムが口を押さえていた。

笑うなら見えないところでやってほしい。


雨は半刻でやんだ。


塩袋を触る。

上は乾いている。

底も乾いている。


台の下は濡れていた。

石の間を水が流れている。


「地面へ置いてたら」


俺が言うと、ハナが袋の下へ指を入れた。


「少なくとも底は湿ったね」


それで一つ分かった。


次に分かったのは、時間だった。


仮荷台を組むのに、慣れていない二人で四半刻以上。

覆いまで入れれば、もっとかかる。

片づけも同じくらい。


船が来てから作っていたら遅い。


「先に組むなら、船が来なかった時どうする?」


ハナが聞く。


「片づけます」


「毎回?」


「毎回」


「面倒だね」


俺もそう思う。


ただ、倉庫を建てるよりは軽い。

許可を三軒から取るより早い。

失敗したら、板と丸太を戻せば終わる。


午後、バースが鴎泊へ下りてきた。

荷駄は一頭だけだった。


「昨日の話、もう何か作ったのか」


「作って、壊して、作り直しました」


「早いな」


「壊れる方が?」


「そっちも」


バースに赤崖側から荷駄を下ろす時刻を聞いた。


「朝に上を出れば昼前。雨なら来ない。炭が多けりゃ遅れる。荷駄の足が悪けりゃもっと遅れる」


「船は満潮で来ます」


「海に合わせろって?」


「合わせられます?」


バースは一度、俺を見た。


「炭焼きは海の潮で仕事してない」


当たり前のことを言われた。


船側には潮がある。

山側には炭場の仕事がある。

荷駄には足がある。

人には昼飯がある。


全部を同じ時刻へ合わせる方が不自然だった。


「じゃあ、一刻半」


俺は言った。


「何が」


「荷を置ける時間です。一刻半守れれば、船と荷駄が少しずれてもいい」


ハナが横から口を挟んだ。


「一刻半を勝手に決めるな。今日は雨が半刻だっただけだよ」


「じゃあ次に測ります」


「次は荷物で?」


「少量で」


バースが荷駄の首を撫でながら言った。


「何袋」


「三袋」


「それなら一頭でも持てる」


「赤崖は二袋が安全って言ってませんでした?」


「覚えてたか」


「三袋なら二頭」


「一頭で三も行ける。俺なら二って言った」


「じゃあ二頭」


バースが笑った。


「慎重になったな」


「船底と麦袋が教えてくれました」


その日の夕方。

仮荷台は全部ばらした。


板二枚。

丸太四本。

縄。

油布。

水樽。


地面には何も残らない。


俺は板へ書いた。


《恒久倉 未許可》

《仮荷台 普通雨・半刻 乾燥維持》

《組立 事前必要》

《次試験 一刻半待機》


ティムが最後の行を見た。


「一刻半ずっと見てるの?」


「交代で」


「俺も?」


「若い方二人」


昨日ダグに言われた言葉を返した。


ティムは少し考えてから言った。


「その言葉、嫌いになった」


俺も、少しだけ分かる。


第171話 三袋の麦は、港でロバを待った


【本文】


麦は、船より先に決まった。


麦津で自由に売れると確認されていた三袋。

前の十二袋を出したあと、誰にも予約されず残っていた分だ。


北からの返事は短かった。


《三袋まで購入可》

《鴎泊経由は試験扱い》

《損失時、通常便の代替を優先》

《恒久設備費は不可》


最後の一行を見て、ティムが言った。


「倉庫、駄目だって」


「最初から頼んでません」


「先に断られたね」


少しだけ悔しい。


ダグは三袋と聞いて、船ではなく潮を見た。


「今日の午後なら入れる」


「鴎泊に?」


「小舟でな。船本体は外」


前回と同じだった。

安全な線を一回見つけただけで、次も船を入れていいことにはならない。


麦津から三袋を載せ、沿岸を北へ上がる。


俺はまた船へ乗った。

本人不在物流を作っている途中なのに、今回は乗った。

理由は簡単だった。

鴎泊で実貨物を扱う最初の一回だから。


ティムが袋を見て言った。


「三袋しかないと、妙に大事に見えるね」


「十二袋でも大事です」


「二十三袋の時、一袋減らしたじゃん」


「濡れてたからです」


「覚えてるよ。だから言ってる」


言い返しにくい。


海は静かだった。

静かだから楽、ではなかった。


鴎泊の外でダグは前回と同じ場所に錨を落とさず、少し北へずらした。


「前と違う」


俺が言うと、ダグが海を見たまま答える。


「前と同じ日に来てない」


それで終わりだった。


小舟へ三袋を移す。

一袋目。

二袋目。

三袋目。


俺とティムが乗ると、前回より明らかに重い。


「沈んだ?」


ティムが船縁を見る。


「そりゃ沈む」


「大丈夫?」


「その質問を船長にしろ」


ダグは小舟の喫水を見てから、袋一つを少し中央へ寄せた。


「お前ら、左右へ同時に立つな。片方動く時、片方止まれ」


「はい」


「返事だけ同時にするな」


俺とティムは顔を見た。


砂洲の切れ目は通れた。

前回より潮が高い。

ただし、流れが少し強い。


俺が櫂を入れる角度を深くしすぎて、小舟が一度だけ横を向きかけた。


「力入れすぎ!」


ティムが言う。


「分かってます!」


「分かってからやって!」


俺もそうしたい。


浜には、ハナがいた。


仮荷台はもう組んである。

昨日より早い。

ティムが朝のうちに丸太の位置へ小さな炭の印をつけていたからだ。


「役に立った」


俺が言うと、ティムが少し得意そうな顔をした。


「荷札より簡単でしょ」


「雨で消えます」


「今言う?」


三袋を台へ移す。


一袋ずつ。

袋の底を触る。

乾いている。


油布を張る。


ここまでは昨日の試験どおりだった。


問題は、荷駄だった。


来ない。


予定なら、バースが二頭を連れて昼過ぎに来るはずだった。


昼を過ぎる。


来ない。


ハナは網を直している。

ティムは三袋の横へ座り込んだ。


「半刻?」


「まだ半刻も経ってません」


「体感」


「体感で荷物は傷みません」


「俺が傷む」


パンを食べた。

硬かった。


食べ終わっても来ない。


一刻を過ぎた頃、俺は袋の底をもう一度触った。

乾いている。


油布の下は少し暑い。


「蒸れません?」


ハナが言う。


「晴れてる日にかけっぱなしなら、そっち気にした方がいいね」


雨対策だけ考えていた。


俺は海側の覆いを少し上げ、風が抜ける隙間を作った。


「雨来たら?」


ティムが聞く。


「下げます」


「俺ら、ずっといる前提じゃん」


そこも問題だった。


一刻半守れればいい。

でも一刻半、誰かが袋の横にいるなら、それは倉ではない。

人付きの屋根だ。


一刻半に入る前。

鈴が聞こえた。


ティムが立つ。


「来た!」


二頭。


先頭はバース。

ただし、歩き方が少し遅い。


「遅れた」


バースが開口一番に言った。


「見れば分かります」


「上で腹帯の革が裂けた。替えを取りに戻った」


「荷駄は大丈夫?」


「こっちは大丈夫。俺の昼飯がまだ」


ティムが自分の残ったパンを差し出しかけた。


バースは見た。


「それ、硬そうだな」


「硬いです」


「じゃあいい」


人は腹が減っても選ぶらしい。


積み替える。


一頭へ二袋。

もう一頭へ一袋。


一袋の方が軽すぎて、反対側へ石を少し載せて釣り合わせる。


「石も北へ行くの?」


ティムが聞く。


「赤崖越えたら捨てる」


バースが答えた。


「石だけ旅行短いね」


誰も返さなかった。


赤崖までは、前より早かった。

俺たちは道を知っている。

蜂の枝も避けた。


でも荷駄がいると、同じ道ではなかった。


狭い場所で人だけ先へ行けない。

荷が枝へ当たりそうなら止める。

ぬかるみの端を避ける。


赤崖の手前で、二袋を積んだ方の荷駄が止まった。


耳を後ろへ倒す。


「嫌がってる?」


俺が聞くと、バースは返事をせず、前へ回った。

鼻先を撫でる。

綱を少し緩める。


「押さないんですか」


「押したらもっと嫌がる」


しばらく待つ。


ティムも黙った。

海から風が上がってくる。


荷駄は一歩進んだ。

また止まる。


バースが自分で先へ歩く。

二歩。

三歩。


鈴が鳴る。


ようやく荷駄もついてきた。


赤崖は、一頭ずつ。


俺は海側に立たない。

前回教わった通り、山側へ寄る。


途中、二袋のうち上の一袋が少し外へずれた。


「止めて」


俺が言う。


バースがすぐ止めた。


縄を締め直す。


「先でやれない?」


ティムが聞く。


バースが首を振る。


「ずれた荷は、先へ行くほど直しにくくなる」


また一つ覚えた。


【Lv 3】


表示は変わらない。


でも、前回は自分の足だけ見て渡った赤崖で、今回は荷の重心を見ている。

同じ場所でも、やることが増えていた。


三袋は、赤崖を越えた。


分かれ道へ着いた頃には、日が傾き始めていた。


北へ引き継ぐ荷駄屋は、今日はもう来ない。


「ここで一晩?」


俺が聞くと、バースは道脇の小さな屋根を指した。


石壁が三方。

屋根だけある。

炭運びが雨宿りに使う場所らしい。


「昔の塩道は、こういうのが何個か残ってる。鍵はない」


「麦を置いて大丈夫?」


「俺なら人を一人残す」


また人が要る。


鴎泊の仮荷台で一刻半近く守れた。

赤崖も越えた。


でも今日中に北までは着かなかった。


海が短くなった分だけ、全部が短くなるわけじゃない。


俺は三袋の札へ追記した。


《鴎泊仮置き 一刻余》

《底面乾燥》

《晴天時 覆い内蒸れ注意》

《荷駄 二頭》

《腹帯破損により到着遅延》

《赤崖 荷ずれ一回・再固定》

《北方未着》


ティムが最後を読んだ。


「失敗?」


俺は三袋を見た。


海は越えた。

浜で雨にも濡れていない。

赤崖も越えた。


でも北には届いていない。


「途中です」


「最近、それ好きだね」


「便利なんです」


バースが屋根の下でようやく昼飯を食べながら言った。


「途中を失敗って言う奴は、山道向いてないぞ」


俺は笑った。


たぶん海も同じだ。


三袋の麦は、港でロバを待った。

そして今度は、北へ行く次のロバを待っている。


道は短くなった。

待ち時間は、まだ短くなっていなかった。


第172話 三袋は着いた。でも、近道の方が高かった


【本文】


朝、俺は鈴の音で目を覚ました。


北へ行く荷駄ではなかった。

バースが寝返りを打った時、首に下げた細い鈴が石壁へ当たっただけだった。


「……紛らわしい」


隣で毛布にくるまっていたティムが顔だけ出した。


「何が?」


「鈴」


「俺、鳴らしてないよ」


「バースさんです」


「じゃあ本人に言って」


本人はもう起きていた。

昨日の硬いパンの残りを、水で流し込んでいる。


「起きたなら袋見ろ」


挨拶より先に仕事が来た。


三袋は、昨夜と同じ場所にあった。

石壁が三方、屋根が一枚。鍵はない。

俺たちが交代で起きていたから、なくなっていないだけだ。


外袋を触る。

乾いている。

縄も切れていない。

荷札も残っている。


ティムが一袋の横へしゃがんだ。


「俺ら、一晩ここにいた意味あった?」


「盗まれなかった」


「誰も来なかったじゃん」


バースがパンを噛みながら言った。


「誰も来ないって分かったのは朝になったからだろ」


ティムは少し考えて、毛布へ戻りかけた。


「じゃあもう一回寝ても同じ?」


「北の荷駄が来たら置いてくぞ」


「起きます」


早かった。


北側の荷駄屋が来たのは、朝食を終えてからさらに半刻ほど後だった。


男は二頭を連れていた。

四十前後。背は高くないが、歩く時に上体がほとんど揺れない。


バースが片手を上げる。


「ネド。遅い」


ネドと呼ばれた男は、返事の代わりに一頭目の前脚を持ち上げた。

蹄の裏を見る。

小石を一つ取る。

それからやっと顔を上げた。


「これが歩けるか見てた」


「遅い理由を聞いたんじゃない」


「同じだ」


ティムが小声で俺に言った。


「この二人、会話短いね」


「聞こえてるぞ」


ネドが言った。


ティムは口を閉じた。


俺は三袋の荷札を見せた。


「北方倉までです。昨日、鴎泊から上げました」


ネドは札を読んだあと、袋より先に俺を見た。


「お前も行く?」


「最初の一回なので」


「じゃあ荷物四つだな」


「俺、袋扱いですか」


「歩ける袋は楽だ」


バースが吹き出した。

ティムまで笑っている。


俺だけ少し納得できないまま、積み替えを始めた。


三袋なら、二頭で余裕がある。

昨日と同じく、一頭へ二袋、もう一頭へ一袋。ただし今度は石を載せず、ネドが自分の道具袋を反対へ下げた。


「その方がいいんですか」


「捨てない物の方がいい」


「石も捨てるために載せたわけじゃないけどね」


ティムが言う。


バースが縄を締めながら顔を上げた。


「お前、昨日から石に肩入れするな」


「短い旅だったから」


誰も続けなかった。

ティムの冗談は、たまに本当に置いていかれる。


北側の道は、赤崖ほど怖くなかった。

怖くないだけで、楽ではない。


細い登りが続く。

木の根を避ける。

一度、前の荷駄が立ち止まり、道端の草を食べ始めた。


ネドは綱を引っ張らなかった。

首を軽く叩く。


「後で食え」


荷駄は聞いていないように見えた。

それでも少しして歩き出した。


俺が後ろから見ていると、ネドが振り返らずに言った。


「急がせると、帰りにもっと食う」


「覚えておきます」


「お前、荷駄屋になるのか」


「今のところ予定はないです」


「なら半分忘れろ」


全部覚えろと言う人と、半分忘れろと言う人がいる。

その違いも含めて覚えておくことにした。


昼を少し過ぎた頃、北方の外れが見えた。


見慣れた煙。

工房の屋根。

乾いた風。


たった三袋なのに、町が見えた瞬間、昨日の夜より少し肩が軽くなった。


倉へ着く。


ゼンは最初、俺ではなく袋を数えた。


「一、二、三」


「三です」


「見れば分かる」


「じゃあ数えなくても」


「数える」


マルクが帳面から顔を上げないまま言った。


「そいつにその話すると長いぞ」


「数える話が?」


「数えなかったせいで合わなくなった話」


ゼンがマルクを見る。


「今日するか?」


「しない。忙しい」


少し聞きたかった。


受入はすぐ終わった。

三袋とも外装異常なし。

荷札の途中記録も残っている。


配合変更後の粉へ混ぜる。

それで一日戻るほどの量ではない。

でも、病人用と種籾には触れないまま、一般側へ足せる。


「で」


マルクが言った。


嫌な『で』だった。


机へ板が二枚置かれる。

一枚は前の潮倉経由。

一枚は今回の鴎泊経由。


「早かった?」


ティムが先に聞いた。


マルクは指で日付を追った。


「前の二十三袋は、海を越えて潮倉で一晩。次の日に川と岸道で東河港。そこから北へ上がった」


「今回は?」


「麦津を出て、鴎泊。赤崖を越えて一晩。今日の昼過ぎに北」


俺は二枚を見比べる。


「一日くらい短い?」


「暦で見れば、そのくらい」


ティムが机を叩いた。


「近道じゃん」


マルクがもう一枚、紙を出した。


「袋あたりは高い」


「え」


「三袋しか運んでないからな」


小舟。

鴎泊までの沿岸費。

仮荷台の材料運び。

荷駄二組。

昨夜の見張り。


三袋で割ると、前の潮浜便より明らかに高い。


潮浜の買値を十とした時、前の便は北着で十三と半分を少し超えた。

今回の試験は、十五に近い。


「近いのに?」


ティムの声が少し裏返った。


「距離は値段じゃない」


マルクはあっさり言った。


「三袋のために船も荷駄も人も動かした。小さい便ほど一袋あたりは高くなる」


俺は紙を見る。


「十二袋なら?」


「同じにはならん。少なくとも船側の固定分は割れる。ただし赤崖がある。六頭並べて通す道じゃない」


「じゃあ、安くするなら量を増やしたい。でも量を増やすと崖が詰まる」


「そう」


ゼンが横から紙を取った。


「でも川の水位を見なくていい」


マルクが止まる。


ゼンは潮倉経由の紙を指で叩いた。


「こっちは川が低いと十八と五に分けた。もっと下がれば船が減る。鴎泊側はそこを通らない」


俺は二枚をもう一度見た。


安くない。

大量輸送にも向いていない。

人も要る。

荷駄も要る。

雨なら赤崖は危ない。


それでも、川が止まった時に残る。


「近道というより」


俺が言いかけると、マルクが先に続けた。


「別の道だな」


「それ、俺が言おうとした」


「遅い」


ティムが笑った。


ゼンは笑わなかった。

ただ、鴎泊の紙を捨てなかった。


「次、戻り荷は?」


「戻り?」


倉の奥を顎で指す。


標準炉晶の箱が一つ置いてある。

東浜塩場で、前に試し買いが成立した品だ。


「海側へ出すなら、潮倉まで戻すより鴎泊から落とせるか見たい」


俺は箱を見る。


三袋が北へ着いたばかりだった。


もう道の向きが逆になった。


「今日ですか」


ゼンは首を振った。


「今日は飯食え」


ティムが小さく拍手した。


「それ、今日一番いい指示」


マルクが帳面を閉じる。


「食ったら箱見ろ」


拍手が止まった。


三袋は着いた。

近道の方が高かった。


でも、安い道が止まった時に使える道は、それだけで意味がある。


たぶん次は、その道を逆から歩く。


第173話 帰り荷は、山を下る方が怖かった


【本文】


標準炉晶の箱は、麦袋より小さかった。


そして、ずっと扱いにくかった。


「四角いから楽だと思った?」


ゼンが聞く。


俺は箱の取っ手へ縄を通しながら答えた。


「少し」


「中身が動かない物は、箱ごと動く」


「先に言ってください」


「聞かれなかった」


北でもそれをやる人がいた。


箱は一つだけ。

東浜塩場から二箱目の注文が来たわけではない。

前回売れた一箱と同じ標準品を、海側へ下ろす輸送試験に使う。

売れなければ戻す。


マルクが札を結ぶ。


《標準炉晶 一箱》

《所有:ヴァン工房》

《試験移送》

《売却権限なし》

《破損時 開封せず停止》


俺は最後の行を指した。


「開けて確認もしない?」


「お前、炉晶の欠け方見て品質判定できる?」


「できません」


「じゃあ開けるな」


短かった。


ネドの荷駄を一頭借りた。

箱は片側へ下げる。

反対側には、同じくらいの重さの工具と水を載せる。


ティムが工具袋を持ち上げて顔をしかめた。


「帰り荷のために、帰り荷じゃない物増えてない?」


ネドが綱を結びながら言った。


「釣り合わない一箱よりましだ」


「二箱なら?」


「楽」


「じゃあ二箱売ればいいじゃん」


マルクが遠くから言った。


「注文取ってから言え」


ティムは聞こえなかったふりをした。


北から赤崖までは下りが多い。


昨日は三袋を上へ運んだ。

今日は箱を下へ運ぶ。

同じ道なのに、見える場所が違った。


上りでは荷駄の脚を見ていた。

下りでは、箱が前へ滑ろうとする。


ネドは最初の急坂で止まった。

縄を一本増やす。

箱の後ろから腹帯側へ回す。


「登る時より多い?」


俺が聞く。


「下りは荷が勝手に先へ行きたがる」


ティムが箱へ手を置いた。


「元気だね」


「触るな」


ネドと俺が同時に言った。


ティムが手を引く。


「返事だけ同時にするなって船長に言われたの、覚えてる?」


今は返さなかった。


赤崖の北側で、バースが待っていた。

昨日より早い。


「今日は間に合った」


俺が言うと、バースは箱を見た。


「麦じゃない」


「炉晶です」


「重さ」


答える。


バースは箱の角を指で押した。


「硬いな」


「箱なので」


「袋なら崖に当たっても袋が逃げる。これは崖が逃げない」


ティムが赤い岩壁を見た。


「言い方怖くない?」


「怖い場所で安心する言い方してどうする」


積み替える。


一頭。

一箱。

反対へ釣り合いの荷。


赤崖は一頭ずつしか通れない。


俺は前回と同じ山側へ寄った。

バースが先。

荷駄。

俺。

ティムは少し離れて最後。


最初の杭。

二本目。


三本目の手前で、箱の下側が岩へ近づいた。


「止めて」


俺が言うより少し早く、バースが綱を引いた。


荷駄が止まる。


箱と岩の隙間は、指二本くらい。


「当たった?」


ティムが後ろから聞く。


バースは答えない。

膝をつき、箱の角を見る。

縄を見る。


俺もしゃがもうとした。


「そこ立って」


「え」


「荷が山側へ振れたら押さえろ」


見る人より、押さえる人が必要らしい。


バースは縄を緩めず、箱の位置だけ少し上げた。

反対側の工具袋も動かす。


「これで」


「行けます?」


「行く」


安全かどうかを聞いたのに、答えは動詞だった。


一歩。


荷駄が進む。


箱の角が岩を抜けた。


ティムが息を吐いた。


「今、俺何もしてないのに疲れた」


「後ろから喋ってただけだろ」


「喋るのも体力使うんだよ」


バースが振り返った。


「じゃあ温存しろ」


静かになった。


赤崖を抜けたところで箱を下ろす。

外装確認。

傷はない。


【Lv 3】


表示も変わらない。


昨日は麦袋の重心を見た。

今日は箱の角を見た。


同じ道を覚えるだけじゃない。

通す荷物が変わるたびに、道の使い方が変わる。


鴎泊へ着いたのは昼を少し回った頃だった。


そして、仮荷台はなかった。


正確には、作れる場所がなかった。


網場の端から端まで、濡れた網が広げられている。

魚の鱗が光っている。

ハナの息子らしい若い男が、黙って網から小魚を外していた。


ティムが網を見て、それから俺を見る。


「今日、使う日じゃない?」


ハナが小屋の前から言った。


「昨日言ったろ。網が増えたら終わり」


「増えすぎじゃないですか」


「魚に言いな」


言えない。


俺は炉晶箱を見る。


船はまだ来ていない。

沿岸の小舟は満潮寄りに合わせて来る予定だ。


「どこか、半刻だけ置けません?」


ハナは網場を見た。

壊れた小屋を見る。

浜を見る。


すぐには答えなかった。


息子の方が先に言った。


「石二枚なら空いてる」


初めて声を聞いた。


ハナがそちらを見る。


「そこ、塩水上がらない?」


「今日はまだ」


「まだ、ね」


それから俺を見る。


「一箱。人付き。船来るまで」


「助かります」


「助けてない。邪魔にならない場所貸しただけ」


箱を石の上へ置く。

板を一枚敷く。

油布は上だけ。


ティムが若い男へ話しかけた。


「ハナさんの息子?」


男は網から小魚を外したまま頷いた。


「名前は?」


「ヨル」


「俺ティム」


「聞いてない」


ティムが俺を見る。


「遺伝だ」


ヨルの口元だけ少し動いた。

笑ったのかもしれない。


小舟は半刻遅れた。


潮が悪いのではなく、途中で漁網を避けたらしい。


待っている間、俺は三度箱を確認した。

三度目でハナに言われた。


「見ても軽くならないよ」


「分かってます」


「じゃあ座れば」


座る。


五分もしないうちに小舟が見えた。


また立つ。


ハナは何も言わなかった。


積み替えは麦袋より楽だった。

箱一つだからだ。

ただし、落とせば被害は麦一袋より大きい。


二人で持つ。

船縁を越える。

中央へ置く。

縄で固定。


船頭が札を見る。


「売っていい箱?」


「駄目です。東浜で指定先へ渡すだけ」


「じゃあ勝手に売らん」


「お願いします」


「頼まれなくても売らん」


言い方は雑でも、そこが大事だった。


小舟が離れる。


一箱だけ。


北から赤崖を下り、鴎泊を通り、海へ出た。


完全な帰り荷ではない。

東浜で受け取られ、状態確認されるまで終わりじゃない。


それでも、道は一方向じゃなくなった。


ティムが海を見ながら言った。


「これ、麦が上がってきて炉晶が下りてきたら、赤崖で会うよね」


俺も同じことを考えていた。


人二人が並べるかどうかの幅。

荷駄は一頭ずつ。


すれ違えない。


「時間、分けないと駄目かも」


ハナが網を引き寄せながら鼻で笑った。


「今度は山に時刻表作る気?」


俺は返事をしなかった。


作る気だった。


少なくとも、その時は。


第174話 正午に来いと言ったら、山も海も笑った


【本文】


翌朝、俺は板に大きく書いた。


《北行き荷 午前》

《南行き荷 午後》


ティムが横から読んだ。


「分かりやすい」


「でしょう」


「たぶん駄目だと思う」


「なんで」


「分かりやすすぎるから」


朝一番で腹が立った。


鴎泊の網場には、昨日より少ない網が干してあった。

ハナは針を動かしている。

ヨルは小舟の底を削っていた。


俺は板を見せた。


ハナは一行目を読んだ。

二行目を読んだ。


針を動かしたまま言った。


「海は?」


「満潮に合わせます」


「毎日午前に満潮?」


「……違います」


「終わり」


板を返された。


ティムが横で咳をした。

笑いを隠している。


昼前にバースが下りてきた。


今度は板を見せる前に聞いた。


「山側、午前を北行きに固定できます?」


バースは荷駄の背から炭俵を下ろしていた。


「誰が」


「バースさんたちが」


「炭窯を午前で止めろって?」


「毎日じゃなくて、便がある日だけ」


「便があるって誰がいつ知らせる」


「前日に」


「前日に荷駄の腹壊したら?」


「……別の荷駄」


バースが顔を上げた。


「お前、荷駄を倉庫の箱みたいに数えてないか」


何も言えない。


ティムが少し離れたところでヨルと網を畳んでいた。

こっちを見ずに言う。


「分かりやすすぎたね」


「聞こえてます」


バースが板を受け取った。


《北行き荷 午前》


その文字の横へ、炭の欠片で一本線を引く。


「午前じゃなくて、上が空いた後」


《南行き荷 午後》にも線を引く。


「午後じゃなくて、潮に間に合う前」


「それだと時刻じゃない」


「山も海も時刻で動いてない」


ハナが遠くから言った。


「人もね」


ヨルが小さく付け足した。


「魚も」


ティムが手を上げる。


「俺は昼飯で動きます」


今度は誰も拾わなかった。


板がほとんど役に立たなくなった。


でも、そこで捨てるのも違う気がした。


俺は地面へ置く。


「じゃあ、時間を合わせるんじゃなくて、ずれても止まらない形にした方がいい?」


バースが炭俵の縄をほどきながら言った。


「やっと山の話になったな」


「海の話でもあります」


ハナが返す。


「じゃあ両方の話」


俺が言うと、ティムが首を傾げた。


「それ、最初からじゃない?」


また腹が立った。

でも今回は正しい。


問題を分けた。


船は、潮に合わせる。

荷駄は、山の仕事に合わせる。


その二つを完全に一致させようとしない。


代わりに、ずれを受ける場所と時間を決める。


鴎泊側。

仮荷台が使える日だけ。

網場が空いているか、ハナかヨルが朝に判断。

荷は最大三袋相当から再試験。

人がいない状態では置かない。


赤崖北側。

三方石壁の屋根。

一晩置くなら荷主が事前に許可。

札が切れていたら先へ送らない。


「それ、昨日と同じじゃない?」


ティムが言う。


「昨日は、たまたま俺らがいました」


「次は?」


そこで止まった。


次も誰かがいるなら、仕組みじゃない。


バースが炭俵を一つ持ち上げる。


「北側はネドに聞け。あいつ、朝の便がない日でも上の道通る」


「毎日?」


「毎日じゃない」


「じゃあ」


「毎日じゃない奴を毎日いることにするな」


先に潰された。


ハナが網針を止めた。


「人を置かないなら、置ける荷を減らせば」


「減らす?」


「誰かが次に通るまで失くなって困らない物だけ」


麦は困る。

炉晶も困る。


「それ、何があります?」


「知らないよ。私はお前の荷主じゃない」


それもそうだった。


ヨルが小舟の底から顔を上げた。


「空箱」


全員がヨルを見る。


「空箱?」


「先に箱だけ置く。縄とか油布とか。なくなっても便が止まらない物」


俺は少し考えた。


荷を無人にする前に、道具を無人で置けるか試す。


仮荷台の板。

縄。

油布。

水樽は無理でも、組立時間を短くする道具は置ける。


「それなら」


言いかけたところで、浜の方から声がした。


「ハナ! 南から紙!」


漁の小舟だった。


男が一枚の紙を持って上がってくる。

油紙で包まれている。


ハナが受け取った。

俺を見る。


「例の三軒目」


南へ出た旧塩倉跡の権利者。


返事が来た。


ハナが紙を開く。

黙って読む。


ティムが少し近づいた。


「何て?」


ハナはまだ読んでいる。


「近い」


ティムが一歩戻った。


俺は待った。


ハナは最後まで読んでから、紙を俺へ渡した。


内容は、許可でも拒否でもなかった。


《旧塩倉の修理は認めない》

《固定設備の設置も認めない》

《夜間の無人保管は責任を負えないため認めない》


ここまでは、ほぼ拒否だった。


その下。


《日中の一時利用は、現地二者が同意し、利用者が破損・事故の責任を持つなら、二回まで異議なし》

《三回目以降は条件を決めたい》

《倉そのものを使う話は別》


ティムが俺の肩越しに読む。


「めちゃくちゃ細かい」


ハナが言った。


「土地の話だよ。細かくするだろ」


「でも二回は使える?」


「私とセラがいいって言えばね」


「ハナさんは?」


「その聞き方嫌い」


「じゃあ……網がない日なら?」


「それなら話は聞く」


許可ではない。

でも、昨日までより一歩だけ広い。


俺は板の裏へ書き足した。


《旧塩倉跡 恒久利用不可》

《日中仮置き 二回まで条件付き候補》

《無人夜間 不可》


バースが覗き込む。


「また字増えたな」


「増える紙が嫌いなんです」


「じゃあ道増やすな」


無茶を言う。


その日の午後、北から走り便が来た。


紙は二枚。


一枚目。


《麦津 乾き大麦六袋、明日午後まで売却可》


二枚目。


《東浜塩場 雨天見込みなら標準炉晶二箱まで試買希望》


ティムが二枚を左右に持った。


「上り六袋」


右手。


「下り二箱」


左手。


バースが赤崖の方を見た。


「同じ時刻に来たら、通れんぞ」


赤崖は一頭ずつ。

すれ違えない。


海は潮で動く。

山は仕事で動く。

荷主は売れる時に動く。


そして今度は、道の両側から荷物が来る。


俺は午前と午後を書いて線を引かれた板を見た。


分かりやすい時刻表は、もう使えない。


でも。


どっちを先に通すかは、決められる。


ティムが紙を持ったまま聞いた。


「で、どっち先?」


俺はすぐには答えなかった。


今度こそ、答える前に考える必要があった。


近道を見つけたと思ったら。

次は、その近道で渋滞が始まりそうだった。


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