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世界リセットなし。~死んだら別人生、それでも俺の歩いた道は残るVRMMO~  作者: ユミヒロ


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第133話 三台分の雑穀で、パンは増えなかった


【本文】

東河港を出た時、荷車は来た時より静かだった。

正確には、全員が静かだった。

三台とも荷台に雑穀袋を積んでいる。車輪が回るたび、軸が低く軋んだ。

先頭の御者台でゼンが振り返る。

「行きに通れた道が、帰りにも通れると思うなよ」

セトが槍を肩へ載せたまま聞き返した。「同じ道ですよね?」

「荷が違う。重さが違う。馬の疲れ方も違う。だから別の道だと思え」

言われてみれば当たり前だった。

でも、俺は少し嬉しくなった。

道は地図の線じゃない。

何を載せているかで変わる。

前の人生で十一年も道を見てきたのに、まだ知らない見方がある。

「また笑ってる」とセトが言った。

「面倒が増えたから」

「それで笑うの、やっぱ変ですよ」

護衛のロウが前を向いたまま口を挟む。「放っとけ。そういう奴は面倒がなくなると勝手に探しに行く」

「人を病気みたいに言わないでください」

「違うのか?」

否定しきれなかった。

Lv2になったからといって、急に体が軽くなったわけではない。

ただ、昨日より足の置き場所が分かる。

三台目の後ろを押す時、腰が遅れて痛くなることが減った。

一段上がったというより、今の体の説明書を一枚だけもらった感じだった。

午前のうちは順調だった。

問題が出たのは、行きにも渡った狭い石橋だった。

橋の手前で、ゼンが止まった。

「一台ずつ」

「行きもそうでしたよね」

俺が言うと、ゼンは橋板を顎で示した。

中央の一枚が、わずかに沈んでいる。

行きには気づかなかった。

いや、気づいていたとしても、空に近い荷車では問題にならなかったのかもしれない。

橋の向こうに、小屋から出てきた老人がいる。

杖をついているのに声だけは大きかった。

「そのまま入れるな! 二台目で割れるぞ!」

ゼンが舌打ちした。「昨日より悪いか」

「昨日の雨だ。水食ってる。荷が重いなら半分下ろせ」

セトが雑穀袋の山を見る。「半分……」

ロウが笑う。「護衛も荷役に転職だな」

「給金増えます?」

「ゼンに聞け」

「増えねえ!」

早かった。

結局、一台目の袋を何個も下ろした。

橋を空に近い状態で渡し、袋は人力で運ぶ。

俺は一袋を抱えようとして、途中でやめた。

重い。

Lv2でも重いものは重い。

セトが横から端を持つ。「二人で行きましょう」

「お願い」

前の人生なら一人で持てた、とは言わなかった。

言ったところで袋は軽くならない。

橋の真ん中で、足元の水音が聞こえた。

川は昨日より増えている。

もし白嶺街道が残っていた頃なら、こんな橋を穀物の主要路として数えることはなかっただろう。

今は違う。

この橋板一枚が、北の町のパンに繋がっている。

雑穀袋を向こう岸へ置く。

戻る。

また一袋。

途中でセトが言った。

「これ、町の人に見せたいですね」

「何を?」

「三台分の食料って聞くと、もっと格好よく運ばれてくると思うでしょ。実際はおっさんと転生四日目が橋で袋運んでる」

ロウが後ろから怒鳴った。「誰がおっさんだ!」

「ゼンさんです」

「俺を混ぜるな!」

老人が腹を抱えて笑っていた。

その老人にも、橋を使うなら補修用の木材代を少し置いていけと言われた。

ゼンは文句を言いながら払った。

「通行料ですか?」

俺が聞くと、老人は首を振る。

「橋代だ。取らんと次に渡れん」

同じようで、少し違うらしい。

ゼンは財布をしまいながらぼやいた。「ほらな。穀物の値段だけ見ても意味ねえんだよ」

その一言は覚えておいた。

橋を越えるだけで一時間以上かかった。

橋を越えたあとの宿場でも、三台分の雑穀は俺たちを楽にしてくれなかった。

むしろ逆だった。

宿の主人は、荷車を外へ置くなら自分は責任を持たないと言った。

ゼンは即答で中庭を借りた。

馬三頭を入れ、荷車を壁際へ寄せ、袋の上へ油布をかける。

その分、宿代は行きより高くなった。

「食料運んでるのに、俺らの飯まで高くなるんですね」

セトが煮込みを見ながら言う。

宿の主人が聞きつけた。「嫌なら干し肉食え。豆も塩も昨日より高い」

セトは煮込みを抱え込んだ。「いただきます」

俺は笑った。

町だけじゃない。

白嶺が閉じた影響は、こういう小さな宿場にも来ている。

夕食のあと、護衛は二交代で荷車を見張った。

俺も起きると言ったが、ロウに断られた。

「お前は荷役。寝ろ」

「戦えます」

「昨日空振りしてたろ」

「今日ならもう少し」

「そういう話じゃねえ。明日押す奴が寝不足でふらつく方が困る」

言い返せなかった。

前の人生では、自分ができるなら自分でやる癖がなかなか抜けなかった。

今はできないことが多い。

それが、役割を任せる練習になっている。

寝台へ入ったあとも、中庭から時々馬の鼻息が聞こえた。

雑穀三台を守る夜は、英雄の野営よりずっと地味だった。

でも、盗まれたら町の何日分かが消える。

そう思うと、地味な方が怖い。

朝、何事もなかった。

ロウは眠そうな顔で「何も起きないのが一番高い報酬だ」と言った。

セトが「名言っぽい」と言う。

ロウは「今考えた」と答えた。

たぶん二度と使わない。


昼は荷車の横で固いパンを食べた。

セトが自分のパンを見て言う。「北へ着いたら三つに戻りますかね」

「三台で?」

「夢くらい見せてくださいよ」

俺も少しだけ思っていた。

三台もある。

東丘から四袋だけ持ち帰った時とは見た目が違う。

これなら何か変わるんじゃないか。

でも、ゼンは笑わなかった。

「町に着いたらマルクに同じこと聞け。たぶん嫌な顔して教えてくれる」

「ゼンさんは教えてくれないんです?」

「俺は運ぶ側だ。何日持つかは倉庫屋の仕事」

役割を分ける言い方だった。

それも、前の人生では何度も助けられた考え方だ。

午後は魔物より泥に苦しめられた。

雨を吸った坂で二台目が止まり、馬が前へ出なくなった。

俺は反射で後ろへ回る。

「押します」

ゼンがすぐ止めた。「真後ろに立つな。滑ったら潰れる」

「あ」

忘れていた。

前の体なら避けられるつもりでいた。

今の俺は、その避ける一歩が遅い。

横へ回り、縄を後輪から木へ取る。

ロウが馬を落ち着かせ、セトが車輪の前へ石を置く。

一回目は動かなかった。

二回目、俺が左車輪の泥を掻き出す。

三回目でやっと上がった。

戦闘じゃない。

誰もレベルアップしない。

でも荷車が進んだ時、全員同時に息を吐いた。

一泊して、翌日の夕方。

北方の町が見えた。

門の前で最初に気づいたのは子供だった。

「食い物きた!」

声が広がるのが早い。

門番より先に、人が寄ってくる。

「麦か?」

「何台ある?」

「パン戻る?」

ゼンが御者台から怒鳴った。「雑穀だ! 触るな! 数える前に持っていく奴は泥棒扱いするぞ!」

人が少し離れた。

それでも視線は荷台から動かない。

俺は三台目を押しながら、妙な気分だった。

たった数日前まで、俺はこの町の誰にも知られていなかった。

今もほとんど知られていない。

でも荷車の中身だけは、全員が見ている。

第三倉庫の前には、マルクが立っていた。

腕を組み、笑っていない。

「三台、全部戻ったか」

ゼンが答える。「橋で一時間、坂で一時間。護衛二人、荷役二人、馬三頭。帰りは昨日より半日遅れた」

「盗難は」

「なし」

「破袋」

「一つ。縫った」

マルクはそこで初めて荷台へ近づいた。

一袋の口を開け、手を入れ、粒を見る。

嬉しそうな顔はしなかった。

俺は我慢できずに聞いた。

「これで、パン増えます?」

マルクがこっちを見る。

嫌な顔をした。

ゼンが後ろで笑った。

予告通りだ。

「増やさねえ」

「一個も?」

「明日も二個だ」

門の方から、荷車を追ってきた子供たちの声がする。

三台も持ってきたのに。

俺の顔に出たらしい。

マルクが鼻を鳴らした。

「その顔すると思ったよ。荷下ろししろ。理由はそのあとだ」

少し悔しかった。

でも、今度は相場も理由も知らないまま文句を言う側にはなりたくなかった。

俺は一袋目へ手をかけた。

荷下ろしの途中、一袋の縫い目がほどけた。

乾いた粒が床へぱらぱら落ちる。

俺とセトが同時に手を出し、逆に袋を傾けた。

「そっち上げて!」

「レンさんが上げてください!」

「今やってる!」

マルクが古い布を投げてよこした。

「喋る前に穴塞げ!」

三人で押さえ、こぼれた分を箒で集める。

土が混じった粒は別の桶へ。

全部は戻せない。

見ていた子供が一人、「それも食べるの?」と聞いた。

マルクは「馬だ」と答えた。

「馬ずるい」

何がずるいのか分からない。

セトが笑いそうになって、袋を押さえたまま肩を震わせた。

三台分の中の、ほんの一握り。

それでも落とした時は惜しい。

運ぶ前は『三台』としか見えていなかった荷物が、町へ着くと一粒ずつ食べ物に戻っていく。

俺は床に残った粒を指で拾った。

英雄だった頃なら見落としていたかもしれない。

今は、それを落としたままにする方が気になった。


Lv2になって最初に北へ持ち帰った成果は、パンを一個増やすには足りなかった。


第134話 高いのは雑穀より、空っぽの往路だった

【本文】

翌朝、第三倉庫の前には人が集まっていた。

配給を待つ列ではない。

昨日の三台を見た人たちが、何か変わると思って来たらしい。

俺もその一人だった。

働く側なのに、少し期待している。

倉庫の中では、昨日の雑穀が三つに分けられていた。

粉屋へ回す分。

病人や子供向けの粥に回す分。

それから、すぐ使わない分。

「最後の、それ残すんですか」

俺が聞くと、マルクは札を書きながら答えた。

「全部食ったら次の便が一日遅れただけで終わるだろ」

「でも外、増えると思ってますよ」

「思うのは自由だ」

「言い方」

横からリナの声がした。

粉屋の前掛けの上に厚い上着を着ている。今日はノアはいない。

マルクが顔をしかめる。「何しに来た」

「雑穀引き取り。あと、あんたが朝から人を怒らせる前に通訳」

「頼んでねえ」

「だから来たの」

この二人、仲が悪いのか長いのか、まだ分からない。

たぶん両方だ。

倉庫前で一人の男が声を上げた。

「三台来たんだろ! 何で券が二個のままなんだ!」

マルクが振り返る。

リナが先に腕を掴んだ。

「待って。あんたが喋ると話が増える」

「俺の倉庫だぞ」

「町のパンの話」

男の方へリナが出ていく。

「三台は来た。でも全部パンにしたら、次の便まで何も残らない。病人の粥もいる。粉にするにも時間かかる。今日は二個のまま」

「じゃあ何のために持ってきた!」

リナは少し考えてから答えた。

「一個に減らさないため」

男が黙った。

俺も黙った。

そういうことか。

三つへ戻す便じゃなかった。

二つを守る便だった。

粉屋では、昨日届いた雑穀の一部をもう挽き始めていた。

白い小麦粉とは色が違う。

少し灰色で、粒も粗い。

リナが粉を指先につけて舐める。

「パンだけにすると固い。小麦に混ぜるか、粥にする方がいいね」

「昨日は雑穀でもパンになるって子供に言った気がする」

「なるよ。おいしいとは言ってない」

現実的だ。

奥では粉屋の主人が、水の量を変えながら小さな生地を三つ作っていた。

一つは小麦多め。

一つは半々。

一つは雑穀多め。

焼き上がった端をちぎって渡される。

雑穀多めを食べた。

固い。

噛んでいるうちに味が出るけど、毎日これだけだと子供は嫌がりそうだ。

「顔に出てる」とリナ。

「おいしいです」

「遅い」

粉屋の主人は半々を採用した。

量を増やすためじゃない。

小麦の消費を少しだけ遅らせるため。

俺はそこで初めて、昨日の三台が『増やす』より『減る速度を遅くする』ための荷物でもあると実感した。

外へ出ると、さっき怒鳴っていた男がまだいた。

今度は声が小さい。

「子供が四人いるんだ。二個ずつじゃ、朝で終わる」

リナが少し困った顔になる。

男は悪い人じゃない。

腹が減る人数が多いだけだ。

配給係は余分に渡せない。

規則を曲げれば、次に並んだ家族へ説明できなくなる。

俺は何か言おうとして、やめた。

自分が白嶺を閉じたことを話しても、パンは増えない。

結局、粉屋の主人が昨日の失敗焼きの端を袋へ入れ、「商品じゃないからな」と男へ渡した。

配給ではない。

毎日できる方法でもない。

男は何度も頭を下げた。

そういう小さな例外まで、制度にして綺麗に説明しない方がいい気がした。


外にいた別の女が「じゃあ値段は?」と聞いた。

今度はマルクが出ていく。

リナが止める前に口を開いた。

「安くならん」

ほら、とリナが顔を押さえた。

「何でだよ!」

当然、怒鳴り声が返ってくる。

マルクも負けない。「東河港の仕入れが白嶺経由より高い! 二日かかる! 人も馬も飯を食う! 護衛もいる! 橋板に金も置いてきた! 帰りが重いから一日に進める距離も落ちる! どこを削れってんだ!」

説明は正しいのかもしれない。

でも怒鳴って言う必要はない。

リナが横で俺に小声で言った。「ね?」

「通訳いる」

「でしょ」

騒ぎは、倉庫の帳面を持ってきた若い事務係が間に入って少し落ち着いた。

俺は荷下ろしをしながら、昨日言われたことを思い出していた。

穀物の値段だけ見ても意味がない。

午前の仕事が終わる頃、ゼンが倉庫へ来た。

昨日の精算らしい。

机の上に銅貨と銀貨が並ぶ。

俺には詳しい価値がまだ分からない。

でも、項目は分かる。

御者の給金。

護衛の給金。

荷役の給金。

馬の飼料。

宿代。

橋の補修負担。

荷車の使用料。

破れた袋の補修。

港側の積み込み費。

「多いな」

俺が言うと、ゼンが笑った。「人が動くと金が動く。当たり前だ」

「雑穀そのものより高い?」

「そこまではいかねえ。でも近い」

マルクが帳面の端を指で叩く。「一番腹立つのは行きだ」

「行き?」

「三台とも、ほぼ空で東まで二日走った」

言われて、俺は止まった。

行きの荷台には空袋と買付用の箱が少しあっただけだ。

馬は食べた。

御者も働いた。

護衛も付いた。

宿にも泊まった。

でも、売る荷物は運んでいない。

「空気を運んでたってことですか」

ゼンが肩をすくめる。「かなり高い空気だな」

リナが粉袋を抱えながら入ってきた。「それ売れないの?」

「誰が買うんだよ」とマルク。

「レン。面倒そうなの好きなんでしょ」

急にこっちへ来た。

「空気はちょっと」

「じゃなくて、行きの荷物」

マルクが倉庫の奥を見る。

俺もつられて見る。

黒い炉晶箱。

毛織物の束。

白嶺が閉じる前なら南へ送るはずだった物が、そのまま積まれている。

「東で売れれば、行きの便も金になる」とゼンが言った。

「売れればね」とリナ。

マルクは腕を組む。「港は炉晶を使う。窯もあるし、鍛冶もある。毛織物だって北より人口多い町なら買う奴はいる。ただ、いくらで何箱買うかは知らん」

「何で今まで東へ出してなかったんです?」

俺が聞く。

「南の方が近くて高く売れたからだ」

分かりやすい。

近くて高く売れる道があるなら、わざわざ遠い方へ行かない。

その道がなくなった。

だから、今まで見向きもしなかった東が候補になる。

前の人生と逆だ。

あの時は道ができたから交易が始まった。

今は道が消えたから、別の交易を探している。

「じゃあ次、これ積んで行けばいい」

俺が炉晶箱を指した。

マルクはすぐ首を振る。「全部は積まん」

「何で」

「売れるって決まってねえからだよ。東まで運んで『いらねえ』って言われたら、倉庫代払って置いてくるか、また二日かけて持って帰るんだぞ」

「それは嫌だな」

「やっと普通の顔したな」

ゼンが笑った。

そこで、セトが倉庫へ入ってきた。

昨日の護衛報酬を受け取りに来たらしい。

話を聞いて、「じゃあ見本だけでよくないですか」と言った。

全員がセトを見る。

本人が少しひるんだ。

「え、変なこと言いました?」

ゼンが首を横に振る。「いや。一番若いのに一番普通だと思って」

「それ褒めてます?」

「半分」

最近、半分だけ褒める人が多い。

昼前、新しい配合のパンが最初に焼けた。

形はいつもより低く、色も少し濃い。

列の先頭にいた年配の女が一口かじり、顔をしかめた。

「まずい」

粉屋の主人が奥から怒鳴る。「聞こえてるぞ!」

女はもう一口食べた。

「でも腹には入る」

今度は誰も言い返さなかった。

その後ろにいた子供は、母親の分まで匂いを嗅いでから「昨日の方がいい」と正直に言った。

母親に頭を軽く叩かれている。

リナが俺へ小声で言う。「評判は最悪」

「続けるんですか」

「小麦だけ先になくなるよりはね。配合はまた変える」

一回で正解にはならない。

道と同じだ。

通して、食べて、文句が出て、次を直す。

俺は残った試食の端をもらった。

ノアの分も一つ包んでもらう。

「まずいって言うと思うよ」とリナ。

「じゃあ本人に言わせる」

「意地悪」

「研究です」

「何の」

答えは思いつかなかった。

やっぱり固かった。

でも昨日より、少しだけ香ばしい気もした。

気のせいかもしれない。


マルクは炉晶箱の方へ歩いた。

いくつか札を確かめる。

「標準品を二箱。毛織物を四束。まずこれで買い手と値段を見る」

「次の東便は?」

「三日後」

「俺、行けます」

言ってから、マルクがこっちを見た。

「誰も聞いてねえ」

「今のうちに言っとこうかなって」

「昨日帰ったばっかだぞ」

「明日と明後日休めば」

リナが呆れた顔をする。「その発想、転生しても治らないタイプ?」

たぶん。

でも、すぐ出ることだけが目的じゃない。

東で売れる物が分かれば、次の雑穀は少し安く運べるかもしれない。

少なくとも、二日間ずっと空気だけを運ばなくて済む。

倉庫の外では、今日もパン券の列ができている。

ノアが列の途中にいた。

俺を見つけて手を上げる。

「兄ちゃん! 三つになった?」

「二つ」

「えー!」

「減ってないから許して」

ノアは少し考えてから、「じゃあ次」と言った。

軽い。

でも、その「次」が妙に嬉しかった。

俺は倉庫の黒い炉晶箱を見る。

今まで南を向いていた荷札は、まだ外されていない。

次の便で、あれを東へ向ける。

海はまだ遠い。

川を使えるかどうかも分からない。

その前に、空っぽだった往路をどうにかする。

今のところ、俺たちが見つけた問題はそれだった。


第135話 南へ行けない荷物が、東を向いた

【本文】

次の東便まで三日ある。

一日目、俺は寝た。

正確には、寝かされた。

朝から第三倉庫へ行ったら、マルクに「帰れ」と言われた。

「何でです?」

「歩き方が昨日より遅え」

「普通です」

「新しい体になって何日だ。普通を語るのはもう少し先にしろ」

リナまで横から「休んだ方がいい」と言うので、仕方なく転生院へ戻った。

昼まで寝た。

起きたら腕の痛みが少し減っていた。

休むのも成長らしい。

前の人生では、こういう当たり前を覚えるまで何年かかったんだろう。

二日目。

第三倉庫の奥で、俺は炉晶箱を見比べていた。

黒い箱が三列。

札の色が少しずつ違う。

「何が違うんです?」

マルクが奥から答える。「純度と用途。青札は暖房や窯向け。黄は鍛冶。赤は高純度。扱いも値段も別」

赤札を見た瞬間、白嶺の西斜面が頭へ戻った。

岩へ熱を入れ、金具を壊し、道を割る炉晶破砕台車。

同じ石だった。

便利な石。

攻城にも使えた石。

俺は赤札の箱から手を離した。

マルクが見ていた。「それが一番高く売れるぞ」

「今回はやめません?」

「理由」

少し迷った。

前の人生の話を全部するつもりはない。

「高純度は使い道が広すぎる。買い手も決まってない試験便で持っていくには、揉め事まで一緒に積みそうです」

マルクはしばらく黙った。

「前の人生で何見た」

「道を壊すのに使いました」

それだけ言った。

マルクは追及しなかった。

赤札の箱を奥へ押し戻す。

「じゃあ青二、黄一。窯と鍛冶に売れるか見る。赤は買い手と用途聞いてからだ」

完全に売らないとは言わない。

でも最初から一番危ない物を選ばない。

それくらいでいい。

隣では、リナが毛織物を抱えていた。

「こっちは何束?」

「四」とマルク。

「五いける」

「荷台が嵩張る」

「炉晶は重いでしょ。上を毛で埋めた方がいい」

マルクが俺を見る。「ほら、こういうのを現場って言うんだ」

「俺まだ何も言ってない」

「言う前に負けてる」

悔しい。

荷車に積んでみる。

炉晶箱は重いので、車軸に近い低い位置。

毛織物は軽いが大きいので、その上と前後へ分ける。

俺が最初、炉晶箱を後ろ寄りに置いたら、ゼンにすぐ直された。

「坂で前輪浮かせたいのか」

「そこまで変わります?」

「三箱でも変わる。濡れた坂ならもっと変わる」

俺は箱を持ち直した。

Lv2になって少し楽にはなったけど、一人で格好つけるほどではない。

セトと二人で持つ。

「先輩、腰」

「分かってる」

「昨日より分かってる顔になりましたね」

「四日で成長してるから」

「昨日よりは、ですけどね」

「一日分でも成長」

「そういうことにしときます」

荷を積み終えたところで、荷車屋のロウがやってきた。

護衛のロウではない方だ。

俺は少し混乱した。

「ロウさん」

二人同時に振り返った。

最悪だ。

荷車屋のロウが笑う。「どっちだ」

「車輪の方」

護衛のロウが怒る。「俺も今日は車輪付いてる荷車の横にいるぞ」

「じゃあ帽子の方」

「俺も帽子ある」

セトが腹を抱えている。

どうでもいい時間が三分くらい続いた。

結局、荷車屋を「灰帽子ロウ」、護衛を「槍ロウ」と呼ぶことになった。

本人たちは両方嫌がった。

たぶん明日には誰も使わない。

灰帽子ロウは車軸を確認しながら、東河港までの便なら予備車輪を一つ追加しろと言った。

「行きが重くなるぞ」とゼン。

「帰りは穀物でさらに重い。壊れてから二日歩いて取りに戻るよりまし」

「予備の分、売り物減る」

「じゃあ壊せ」

「お前ほんと車輪しか見ねえな」

「仕事だからな」

揉めた末、予備車輪を載せた。

毛織物を一束減らした。

荷台の試し積みは、一回で終わらなかった。

倉庫の周りを一周させるだけで、三台目の後ろが妙に跳ねた。

ゼンが止める。

「降ろせ」

「何が悪いです?」

「お前が積んだ箱」

「見ただけで分かるんですか」

「乗ればもっと分かる」

俺も御者台の横へ乗せてもらった。

倉庫の角を曲がる。

小さな石を踏む。

後ろが一度、大きく振られた。

荷台から鈍い音がする。

「うわ」

ゼンが馬を止めた。「今ので箱一つ割れてたら、東へ売りに行く前に赤字だ」

戻って開けると、炉晶箱そのものは無事だった。

ただ、木枠の角が毛織物へ食い込んでいる。

リナが真顔で言った。「それ売り物」

「ごめんなさい」

「私のじゃないけど」

「余計怖い」

炉晶箱の間へ藁を詰め、縄を横だけでなく斜めにも取った。

毛織物は箱の角から離す。

予備車輪も立てず、荷台の外側へ固定する。

もう一周。

今度は音がしない。

ゼンが「まあいい」と言った。

褒める気はなさそうだ。

でも、前の人生で地形を読むのと少し似ていた。

荷台の中にも、崩れる場所と動かしたくない場所がある。

違うのは、敵が岩や魔物じゃなく、重さそのものなことだ。


こうやって積める量が減っていく。

安全にすれば荷が減る。

荷を増やせば壊れやすくなる。

地図に線一本引いただけでは、何も解決しない。

午後、東で売るための札を作った。

マルクが値段を書き、ゼンが運賃を入れ、リナが「この値段じゃ毛は売れない」と横から消した。

「何で分かる」

「粉屋になる前、冬は織物も運んでたから」

「初耳です」

俺が言うと、リナは肩をすくめた。「聞かれてないし」

人って、話に必要になった瞬間だけ過去が生えるわけじゃない。

俺が知らなかっただけだ。

結局、売値は一つに決めなかった。

東河港で三軒以上に聞く。

炉晶は窯・鍛冶・倉庫の暖房用で用途も聞く。

毛織物はまとめ買いと小口の両方を見る。

売れなければ、全部を安売りせず一部だけ置いて反応を見る。

「倉庫代も確認」とマルク。

「そこまで?」

「そこまでやって初めて、売れたじゃなくて続けられるか分かる」

まだ面倒が増える。

やっぱり少し楽しい。

夕方、ノアが母親を迎えに来た。

足の包帯は前より薄くなっている。

俺たちの荷車を見て、首を傾げた。

「食べ物じゃない」

「今度は売りに行く」

「何売るの?」

「炉晶と毛」

ノアは明らかに興味を失った。

「魚買ってきて」

「雑穀じゃなくて?」

「魚」

「町の食料問題より?」

「俺は魚」

ぶれない。

リナが後ろから「干し魚なら日持ちするから値段見てきて」と言った。

急に実務になった。

ノアが得意そうな顔をする。

「ほら」

「君の手柄ではない」

三日目の朝。

東門に、荷車が三台並んだ。

前回と同じ数。

でも、今回は空じゃない。

一台目に炉晶。

二台目に毛織物。

三台目に混載と予備車輪。

帰りに穀物を積むため、満載にはしていない。

ゼンが全体を見て言った。「売れなきゃ、この荷物と一緒に帰ってくるぞ」

「その時はパン二個のまま?」とセト。

マルクが倉庫前から答える。「一個に減らさない方法をまた考える」

冗談じゃない。

でも、嘘でもない。

俺は短槍を受け取った。

前回より、手の中の距離が少し分かる。

まだ剣みたいには扱えない。

それでいい。

門番が荷札を確認する。

「東河港?」

「はい」

「白嶺じゃなく」

「今は東です」

言ってから、不思議な感じがした。

第一人生の俺は、誰も行かない灰色の地図へ進んだ。

第二人生の俺は、みんなが使っていた太い道が消えたあと、荷物が向ける別の方向を探している。

似ているようで、少し違う。

出発して一時間。

最初の休憩で、東から来た小さな早馬便とすれ違った。

ゼンが呼び止め、港の様子を聞く。

使者は水を飲みながら言った。

「東湾からの穀物船、また遅れてる。港の在庫、前にお前らが来た時より薄いぞ」

ゼンの顔から笑いが消えた。

「何日」

「分からん。船員不足だって話もあるし、湾口が荒れてるって話もある」

一つじゃないらしい。

俺は荷台を見る。

せっかく空荷をやめた。

東で売る物も積んだ。

早馬便が去ったあと、しばらく誰も喋らなかった。

前回は「東に行けば雑穀がある」が希望だった。

今回は、その在庫さえ動いている。

ゼンが地図を開き、川沿いの印を指でなぞった。

「港で買えなきゃ、さらに東へ行く手もある。ただし荷車で追うのは馬鹿だ。距離が伸びすぎる」

「川なら?」

俺が聞く。

「上りの船が都合よく空いてればな。船頭が北向けをやる理由も要る」

「理由って?」

「金」

一語で終わった。

セトが「夢がない」とぼやく。

ゼンは地図を畳む。「飯を運ぶ話で、夢だけで馬は食えねえ」

その言い方も覚えておこうと思った。

海を見る前に、川を上る理由を作らないと船は来ない。

荷車と同じだ。

行きと帰り、両方に荷が要る。

でも、それを今日決める必要はない。

まず港へ着く。

売る。

買える量を見る。

一個ずつだ。


でも、帰りに買う雑穀そのものが減っているかもしれない。

セトがため息をつく。「問題、増えましたね」

「うん」

「嬉しそうに言わないでください」

今回は笑ってないつもりだった。

たぶん少しだけ笑っていた。

海へ出るなんて、まだ決めていない。

川運も試していない。

まずは東河港で、この荷物が売れるか。

そして、帰りに何を積めるか。

東へ向かう三台は、初めて空じゃなかった。

その代わり、帰りの荷物がある保証もなくなっていた。

第136話 売れたのに、儲かったとは言えなかった

【本文】

東河港に着いた時、最初に見えたのは穀物袋ではなかった。

空いた場所だった。

前回来た時、川沿いの倉庫前には雑穀袋が二列、その奥に小麦袋が積まれていた。

今日は一列しかない。

しかも端が途切れている。

ゼンが御者台から降りるなり、口の中で舌打ちした。

「早馬の話、盛ってなかったな」

セトが荷台から飛び降り、川沿いを見回した。「でも、ゼロじゃないですよね。あれ、雑穀じゃないですか?」

「あるのと買えるのは別だ」

槍ロウが短槍を担いだまま言った。「前回もそれ習っただろ」

俺は荷車の縄をほどきながら頷いた。

前回は、港に物があれば買えると思っていた。

今回は売る物まで持ってきた。

少しは進歩した気がする。

ただ、進歩すると問題の種類が変わる。

ゼンは穀物商へ向かう前に、俺たちへ指を一本立てた。

「先に売る。帰り荷を買う前に、行き荷が金になるか見る。売れもしねえ物を『往復便』って呼ぶなよ」

「夢がないですね」とセト。

「馬の餌代を夢で払えるなら好きにしろ」

このやり取りも二回目になってきた。

少し安心する。

最初に入ったのは、川沿いの焼物工房だった。

炉の煙突が三本。裏庭には素焼きの壺が山みたいに並んでいる。

工房主は青札の炉晶を見て、箱を開ける前に値段を聞いた。

ゼンが北で決めた希望額を言う。

工房主は鼻で笑った。

「その値段なら薪を買う」

「薪より火持ちする」とゼン。

「運んできた分を俺が払う義理はない」

いきなり正しい。

俺は黙っていた。

値切られるのは分かっていたけれど、ここまで早いと思わなかった。

工房主は炉晶を一片だけ試験炉へ入れた。

青い火が安定する。

しばらく眺めてから、希望額の七割を出した。

ゼンが首を振る。

「八割五分」

「七割二分」

「細かく下げんな」

「細かく上げてもいいぞ」

二人とも楽しそうではない。

でも怒ってもいない。

俺は横で聞きながら、戦闘より入りづらいと思った。

剣なら相手が来たら避ける。

商談は、来た言葉をどこまで避けていいのか分からない。

結局、一箱を八割で売った。

もう一箱は売らない。

「二箱まとめるなら七割八分」と言われたからだ。

ゼンは帰り道で売れるかもしれない箱を、二分の差で手放さなかった。

外へ出てから俺が聞く。

「二分って、そんなに大きいですか」

「一箱なら小さい。百箱ならでかい。あと最初に安く売ると、次もその値段になる」

「なるほど」

「分かった顔してるけど、たぶん半分しか分かってねえぞ」

「最近その言われ方多いんですよ」

次は鍛冶場だった。

黄札の炉晶を見せる。

鍛冶屋は値段より先に質を疑った。

「北の炉晶は火が強すぎるやつが混じる。刃を焼くには安定してないと困る」

ゼンが俺を見る。

俺は首を振った。

高純度の赤札は持ってきていない。

黄札一箱だけだ。

鍛冶屋は小片を割り、火床へ入れ、三度温度を変えた。

待っている間が長い。

セトが隣で小声を出す。

「これ、魔物出てきませんかね」

「出た方が早く終わるかも」

「護衛としては困ります」

槍ロウが後ろから二人の頭を軽く叩いた。

「商談中に魔物を願うな」

鍛冶屋は試験を終えると、北の希望額から一割引いた値を出した。

ゼンが少しだけ粘った。

最後は半割戻した。

黄札一箱は売れた。

俺は思わず嬉しくなった。

炉晶は二箱売れた。

荷台が軽くなった。

空いた場所へ穀物を積める。

「まだ喜ぶな」とゼンが言った。

「売れたじゃないですか」

「運賃引いてない」

一言で嬉しさが半分になった。

毛織物はもっと厳しかった。

一軒目は色で断られた。

「北の灰色は丈夫だが、港じゃ暗すぎる」

二軒目は厚さで値切られた。

「冬物だ。今買っても倉庫で寝る」

三軒目の衣料商は三束全部を広げ、端を引っ張り、匂いまで嗅いだ。

俺もつられて嗅いだら、店主に「お前は何を確認してる」と言われた。

「雰囲気です」

「なら邪魔だ」

正しい。

結局、毛織物は二束だけ売れた。

希望額の七割五分。

残り一束は、店の倉庫へ三日だけ置くことになった。

売れたら手数料を引いて精算。

売れなければ引き取る。

倉庫代は一日ごとにかかる。

「置いとくだけで金取るんですね」

俺が言うと、店主は真顔で返した。

「お前の荷物が寝てる場所で、俺の商品が寝られんからな」

また正しい。

今日は正しい人が多い。

昼過ぎ、港の食堂で精算した。

卓上に紙が三枚。

売上。

東までの運賃。

護衛、御者、馬、宿、橋、荷役、港の入場料。

毛織物一束の倉庫代。

さらに帰りに穀物を積めば、積み込み費と帰路の負担が増える。

俺は売上だけ見ていた時より、残る金を見て静かになった。

セトも同じらしい。

「売れたのに、あんまり増えてないですね」

ゼンが匙で豆を潰しながら言う。「だから売上と儲けは別だ」

「マルクさんみたいなこと言う」

「それ本人に言うな。増長する」

槍ロウが笑った。

俺は紙をもう一度見る。

それでも前回よりは違う。

行きが空荷ではなかった。

炉晶と毛織物の売上が、行きの費用のかなりを埋めている。

全部じゃない。

でも、空気を運んだ前回よりはましだ。

食堂の窓から川が見えた。

平たい船が一隻、上流へ向かっている。

荷台には樽が積まれている。

俺が見ていると、ゼンが気づいた。

「船の前に穀物商だ」

「見てただけです」

「お前の『見てただけ』は信用してねえ」

俺も最近そう思う。

穀物商へ行く。

前回と同じ男だった。

顔を覚えられていた。

「また来たか。今度は三台分ないぞ」

挨拶より先に言われた。

ゼンが聞く。「どれだけ出せる」

「雑穀なら一台半。小麦は出せん。先約で終わりだ」

三台の荷車がある。

一台半。

空いた荷台を見る。

せっかく売ったのに、積む物がない。

俺は笑わなかった。

今度は本当に。

穀物商が帳面を閉じる。

「東湾の船が来なきゃ、明日は一台分も怪しい」

「原因は?」

「知らん。船員不足、荒天、南の港へ回った、船主が値上げ待ち。みんな好きなこと言ってる」

噂ばかりだ。

一つだけ確かなのは、ここにある穀物が減っていること。

セトが空いた荷車を見て呟いた。

「行きは空じゃなくなったのに、帰りが空くんですか」

ゼンが嫌そうに笑った。

「物流は性格悪いな」

その言葉には少し同意した。

俺たちは雑穀一台半を押さえた。

全部は救えない。

でも、買える分を買わない理由もない。

残り一台半。

港には穀物以外の食べ物もある。

干し魚。

豆。

塩漬け肉。

樽詰めの根菜。

俺は市場の方を見る。

ノアの顔を思い出した。

魚買ってきて。

あいつはたぶん、町の食料政策なんて考えて言っていない。

でも今だけは、その適当なお願いが少し気になった。

穀物が足りないなら、穀物以外を見てもいい。

正解かどうかは、まだ分からない。

俺はゼンへ聞いた。

「市場、見てから帰りません?」

ゼンは俺の顔を見た。

「何買う気だ」

「まだ何も。魚とか」

「お前、昨日まで麦運んでたよな」

「今日は魚も食べ物です」

槍ロウが吹き出した。

セトは真面目に頷いた。

「魚は食べ物ですね」

「そこから確認すんな」とゼン。

俺たちは、一台半ぶん空いた荷車を連れて市場へ向かった。


第137話 穀物がない港で、魚だけは山ほどあった

【本文】

東河港の魚市場は、穀物倉庫よりうるさかった。

匂いも強い。

川魚、干し魚、塩漬け魚、貝、よく分からない細長いもの。

売り手の声が四方から飛んでくる。

「兄ちゃん、見るだけなら鼻つまんで帰りな!」

最初の店で言われた。

俺は何も触っていない。

ゼンが笑う。「港じゃ立ってるだけでも客だ」

「怖い場所ですね」

「魔物より値札が多いだけだ」

セトはもう干し魚を一枚試食していた。

「これうまいですよ」

「護衛が先に食うな」と槍ロウ。

「毒見です」

「塩辛い毒だな」

俺も一口もらった。

固い。

塩辛い。

でも、パン二個の町でこれがあれば助かる人はいる。

問題は量と値段だ。

最初に見た干し魚は高かった。

小さいのに雑穀より重さ当たりの値が高い。

保存が利く分、港の外からも買いに来るらしい。

「これ三台分買ったら、北の人に怒られません?」

俺が聞くと、ゼンはすぐ答えた。

「俺が先に怒る。金がなくなる」

やっぱり駄目だった。

ただ、端物は安かった。

形が崩れた干し魚。

大きさが揃っていないもの。

内臓を抜いた時に割れたもの。

味は変わらないが、見た目が悪い。

魚商の女は木箱を蹴った。

「食堂は揃ったやつ欲しがる。兵隊も配る時に揉める。家で煮るならこっちで十分」

「どれくらい持ちます?」

「乾かしたままなら一月以上。濡らすな。虫入れるな。あと猫に負けるな」

最後だけ急に難しくなった。

店の隅を見る。

太った猫が木箱の上で寝ていた。

「もう負けてません?」

「こいつは店主」

猫の方が偉かった。

端物の干し魚を小口で買う。

荷車の半分にもならない。

次は豆。

港の豆は北より少し高かったが、雑穀ほど在庫が減っていなかった。

食堂や船員向けに常に動くため、複数の小さな仕入れ先があるらしい。

ただし大量には出せない。

「二十袋なら」と豆商。

ゼンが首を振る。「十」

「何で減らす」

「帰り道の橋が豆の事情を知らねえからだ」

豆商は意味が分からない顔をした。

俺には分かった。

積める量と、通せる量は違う。

結局十二袋。

ゼンは交渉の途中で二袋増やした。

「十じゃなかったんですか」と俺が聞く。

「安くなった」

「橋は?」

「十二ならまだいける」

基準が頭の中にあるらしい。

俺にはまだ見えない。

次は根菜。

樽に入った蕪と固い芋。

日持ちはするが、嵩張る。

荷車一台に積むと重さより先に場所を取る。

セトが樽の横へ立った。

「これ、腹いっぱいになりますよ」

ゼンが聞く。「お前、一個で?」

「三個」

「荷車の話してる」

「俺の腹の話かと」

誰もしていない。

根菜は見送った。

北にも少量あるし、輸送効率が悪い。

代わりに、油粕を混ぜた家畜飼料を見つけた。

人間の食料ではない。

でも馬が食べる。

今まで東便の馬は北から飼料を積んできていた。

帰りの食料を増やしたいのに、馬の分まで北から持ってくるのは少し変だ。

ゼンが目を細める。

「値段は悪くないな」

「買います?」

「帰りで食わせる分だけ。荷物にして持ち帰るほどじゃねえ」

問題を一個解くと、別の小さい無駄が見える。

昼まで市場を歩いた。

一台半の空きは、全部は埋まらなかった。

雑穀一台半。

豆十二袋。

干し魚の端物六箱。

塩二樽。

北の粉屋へ試すための乾燥海藻が一袋。

セトが海藻を持ち上げた。「これ食べるんですか?」

魚商の女が怒鳴る。「食うよ!」

「どうやって?」

「知らないなら水で戻せ!」

説明が雑だ。

俺は少し笑った。

北で受け入れられるかは分からない。

ノアはたぶん嫌がる。

でも、これくらいは試してもいい。

全部を穀物に頼るよりは、食べられる物の種類が増える方が強い。

ただ、町全体を救う量ではない。

荷車一台半の雑穀が二台になったわけでもない。

荷台の隙間を、別の食べ物で埋めただけだ。

積み込みをしている時、港の端で怒鳴り声が上がった。

平たい船が岸へ寄せられている。

船員が三人、太い縄を杭へ巻いていた。

荷台には空樽が多い。

船の女船頭が、岸の荷役へ怒鳴る。

「その樽、転がすな! 割ったら中身より樽の方が高い!」

声が通る。

四十前後だろうか。日に焼けた顔に、短く切った髪。片方の袖を肘まで捲っている。

ゼンが「あれ、サラだ」と言った。

「知り合いです?」

「船の方な。下流と港を往復してる。口が悪い」

「この辺、口が悪い人多くないですか」

「お前の周りだけかもな」

聞こえたのか、船頭サラがこっちを見る。

「ゼン! その言い方だとあんたが上品みたいだろ!」

聞こえていた。

ゼンは手を上げただけで返さない。

俺は船を見た。

長さは荷車三台よりずっとある。

でも船底は浅い。

穀物なら、何台分載るんだろう。

サラが俺の視線に気づく。

「乗りたいのか?」

「まだ見てるだけです」

ゼンが横で咳をした。

信用されていない。

サラは空樽を下ろしながら言う。「見るなら金取らん。乗るなら取る」

「この船、どれくらい積めます?」

「何を」

「穀物」

「乾いた袋なら、今の水位で荷車六台か七台分。下りならもっと楽。上りは流れと風次第」

六、七台。

今の俺たちの荷車は三台。

一隻で倍以上。

胸が少し動いた。

サラはその顔を見て、嫌そうに目を細める。

「やめとけよ」

「まだ何も言ってません」

「船見て夢見る陸の奴、同じ顔するんだよ。『一気に運べる』って」

図星だった。

「違うんですか」

「運べるよ。運べるけど、船は道より自由じゃない」

サラは川を顎で示した。

「水が浅けりゃ載せられん。上りは遅い。船員が要る。岸に着ける場所が要る。荷を降ろす人間も倉庫も要る。朝出たいって言っても風が逆なら待つ。縄切れたら荷車みたいに道端へ止められない」

ゼンが横で笑う。

「俺が言う前に全部言いやがった」

「陸の連中は同じ質問するからな」

サラは最後の空樽を蹴って位置を直す。

「で、何で穀物?」

ゼンが北の事情を短く説明した。

白嶺街道が閉じた。

東から雑穀を運んだ。

港の在庫が減っている。

サラの顔から笑いが少し消える。

「下流の河岸なら大麦が少しある」

全員が黙った。

サラが続ける。

「少しだぞ。沿岸の農家から集めてる分。海の船待ちで港まで上げてない。契約も別だ」

ゼンが聞く。「売るか」

「私に聞くな。売るのは倉の親父。ただ、見に行くなら明朝下る。帰りは明後日。上りは空樽と塩を積む予定だった」

俺は船を見る。

下流へ行って、戻る。

往復する船。

「帰りに大麦を積めるなら?」

サラが肩をすくめた。

「金と水位と倉の親父が三人とも頷けばな」

三人いるのか。

問題が急に増えた。

でも、荷車とは違う問題だ。

面白い。

セトがこっちを見る。

「その顔してますよ」

「何の顔」

「面倒増えて嬉しい顔」

否定しなかった。

ただ、ゼンはすぐに首を振った。

「三台全部は動かさねえ。帰り荷は確保してる。北へ戻すのが先だ」

「じゃあ一人だけ見に行く?」

俺が言うと、ゼンは俺を見た。

「誰が」

「俺」

「荷役が勝手に消えるな」

「明後日戻るなら、荷車便の出発を一日ずらせば」

「北の町はその一日を待ってる」

言われて止まった。

そうだ。

俺が面白いから一日遅らせていい話じゃない。

雑穀一台半も、豆も、魚も、今は北へ運ぶ物だ。

船へ乗りたい気持ちはある。

でも先に戻す。

サラが俺たちを見比べて言った。

「荷だけ預ける手もあるぞ」

「荷?」

「売れ残った毛。下流の町は港より寒い。あと炉晶一箱残ってるだろ。試しに載せるなら、下り運賃は安くする。こっちは空樽ばっかりだからな」

行きの空荷をなくしたら、今度は船の空きが見つかった。

世界中、空っぽの場所を誰かが探しているみたいだ。

ゼンが腕を組む。

「荷だけなら、ありだな」

俺は残っている青札の炉晶箱を見る。

毛織物一束もある。

港で売れなかった物。

下流で売れる保証はない。

でも、船は明日出る。

俺たちが北へ戻っている間に、別の市場を試せる。

「一箱と一束だけ」とゼンが決めた。

サラが笑う。

「欲張らないな」

「初回で欲張る奴と仕事したくない」

「気が合うね。私は欲張るけど」

「合わねえよ」

俺は少し笑った。

川運を始めたわけじゃない。

まだ自分たちは船にも乗らない。

ただ、売れ残った二つの荷物だけが、俺たちより先に川を下る。

北へ戻る荷車には、雑穀と豆と干し魚。

川を下る船には、炉晶と毛織物。

一本だった流れが、少しだけ枝分かれした。

明日の朝。

俺たちは北へ向かう。

サラの船は東へ下る。

どっちが先に次の荷物を見つけるかは、まだ分からなかった。


第138話 船は荷車より運べる。でも、道より自由じゃなかった

【本文】

北へ戻るはずだった朝、サラが怒鳴り込んできた。

正確には、俺たちが泊まっていた宿の食堂へ入ってきた。

朝飯の薄い粥を食べているところだった。

「ゼン! 一時間だけ貸せ!」

ゼンは匙を止めた。「何を」

「そこの面倒好き」

指が俺を向いた。

「俺?」

「他にいるなら二人貸せ」

槍ロウが俺から少し離れた。

セトまで椅子を引いた。

ひどい。

ゼンは続きを聞く。「何があった」

「下流の倉の親父が、炉晶見本ないと値段つけんって言いやがった。箱ごと持ってくと重い。中身を割って見本にするにも、お前らの持ち物だ。勝手にやると揉める」

「一時間で戻るのか」

「港の下手まで。船を動かす。流れと積み方も見せる。戻りは岸道歩け」

俺はもう立ちかけていた。

ゼンに睨まれて座った。

「行っていいですか」

「お前、今『いいですか』って聞けるようになったんだな」

成長を別のところで褒められた。

ゼンは少し考えた。

「一時間。出発は遅らせん。セトも行け。荷の証人」

「俺も?」

「嫌ならレン一人で割らせるぞ」

セトはすぐ立った。

サラの船は、岸から見るより低かった。

乗り込むと水面が近い。

板一枚の向こうが川だと思うと、妙に落ち着かない。

「剣で落ちたことはありますけど、船からは初めてです」

俺が言うと、サラが縄を解きながら顔をしかめた。

「落ちる予定で話すな」

「前向きに」

「川は前向きな奴から流すぞ」

船員が二人、長い竿で岸を押した。

船が離れる。

荷車みたいな揺れはない。

代わりに、足元全体がゆっくり動く。

俺は一歩目で少しよろけた。

セトが笑う。

「Lv2、船ではLv1ですね」

「君も乗り慣れてないだろ」

「俺は今のところ立ってます」

腹立つ。

川の中央へ出ると、船は何もしなくても進んだ。

流れに乗っている。

速いわけではない。

でも、馬も引いていない。

炉晶箱と毛織物を載せているのに、水が運んでいる。

「すごいな」

思わず言う。

サラは舵を持ったまま鼻で笑った。

「下りだけ見て船を褒めるな。帰りに嫌いになる」

「上り、そんなに違うんですか」

「この水量なら倍以上かかる。風が悪けりゃ岸から引く」

「岸から?」

「人か獣で縄引くんだよ。浅瀬は竿。深いと帆。曲がりは舵。船は楽に見える仕事を全部水へ押し付けてるだけだ。水が嫌がったら人が働く」

言い方は雑だけど分かりやすい。

十分ほど下ったところで、サラが炉晶箱を開けた。

青札の標準品。

一片を布に包む。

下流の倉へ見せるための見本だ。

俺は箱を押さえた。

船が緩く曲がる。

その瞬間、右舷の縄が一度弾けた。

荷を固定していた短い縄だ。

炉晶箱が数センチ滑る。

反射で手を出す。

サラが怒鳴る。

「手で止めるな!」

俺は途中で引っ込めた。

第一人生の体なら、たぶん押さえた。

今やったら指を挟む。

セトが木片を蹴って箱の前へ入れた。

俺は反対側の縄を取る。

船員の一人が結び直す。

箱は止まった。

「悪い」とサラ。

「船でも荷崩れするんですね」

「船だからする。横へ揺れりゃ荷車と違う方向に動く」

また知らない重さの動きだ。

俺は切れた縄を見る。

古くなっていた。

サラはすぐ別の縄へ替えた。

「さっきの、手を出すの止めたな」

「怒鳴られたんで」

「違う。出した後に止めた。前なら挟んでた顔だ」

「会ったの今日ですよね」

「顔で分かる奴はいる」

雑な観察だった。

でも当たっている。

前世の俺は、自分で止められる物に手を出す癖が強かった。

今の体は、それを許さない。

少しずつ、先に道具を見るようになった。

港の下手にある小さな船着き場で降りた。

本当に一時間もかからない距離だった。

ただし帰りは歩き。

サラは見本を受け取り、俺たちへ手を振った。

「北へ戻ってろ。下流の値段は次の便で送る」

「大麦は?」

「倉の親父次第。二台分なら可能性ある。三台は期待すんな」

二台。

十分大きい。

でも、まだ可能性。

俺は頷いた。

「お願いします」

「お願いで船は動かん」

「金も払います」

「よし」

現実的だ。

岸道を歩いて港へ戻る。

セトが途中で笑い出した。

「何」

「レンさん、船乗ってる時ずっと足開いてましたよ」

「揺れるから」

「俺、普通でした」

「一回も箱押さえてない人は黙って」

「押さえようとして怒られてたじゃないですか」

その通りなので言い返せない。

港へ戻ると、ゼンは荷車の最終確認を終えていた。

「一時間十二分」

「すみません」

「十二分ぶん帰り押せ」

「給金は?」

「減らさないだけ感謝しろ」

優しくない。

でも待ってくれた。

北への帰路は、前回より重さの配分が違った。

雑穀一台半。

豆。

干し魚。

塩。

海藻。

飼料。

一種類で満杯ではない分、荷崩れの癖も違う。

干し魚の箱は軽いが滑る。

塩樽は重い。

豆袋は積みやすい。

海藻は邪魔なくせに軽すぎる。

セトが三台目を見て言った。

「荷車の中、食堂みたいですね」

槍ロウが返す。「食堂に炉晶積んでた前回よりましだ」

一日目は何も起きなかった。

二日目の昼、狭い石橋でまた荷を下ろす。

今度は前回より早かった。

誰が何を持つか迷わない。

俺は塩樽に手を出さず、豆袋を選ぶ。

自分で持てる重さが分かってきた。

橋の老人が俺を見て言う。

「前も来たな」

「覚えてるんですか」

「橋板よりうるさい連中は覚える」

たぶん褒めていない。

橋を越えたあと、視界の端に一瞬だけ表示が出た。

【荷重移動の補助精度が上がりました】

レベルはまだ2。

それでいい。

少しずつ今の体が追いついてくる。

夕方、林へ入ったところで灰狼の鳴き声がした。

前回と似た場所。

セトが槍を構える。

槍ロウが先へ出る。

俺は荷車の内側。

今度は言われる前にそこへ入った。

一匹だけだった。

狼は荷車へ近づかず、遠巻きにこちらを見ている。

ロウが「追うな」と言う。

俺も動かない。

前なら、経験値を考えたかもしれない。

今は荷物がある。

戦わなくて済むなら、その方がいい。

狼はしばらくして林へ消えた。

セトが槍を下ろす。

「何もしてないですね」

「何も起きないのが一番高い報酬らしいよ」

俺が言うと、槍ロウが振り返った。

「それ俺の名言」

「今使いました」

「使用料払え」

「今考えたって言ってたじゃないですか」

覚えていたらしい。

翌日の夕方、北方の町へ着いた。

門番が荷台を見て首を傾げる。

「麦じゃないのか」

「麦もある。あと魚と豆と塩と海藻」

「海藻って何だ」

俺も詳しくは知らない。

「水で戻すらしいです」

「誰が食い方知ってる」

「たぶんリナさんが何とかします」

勝手に仕事を増やした。

あとで怒られるかもしれない。

第三倉庫へ着く。

マルクは荷台を見て、雑穀が減ったことにまず顔をしかめた。

「一台半?」

「港になかった」とゼン。

「豆十二、干し魚六箱、塩二樽。あと変な草」

「海藻です」

「草だろ」

海の人に聞かれたら怒られる。

リナも来た。

干し魚を見るなり、最初に言った。

「ノアが喜ぶ」

「町より先に息子?」

「町の子供も喜ぶよ。うちのが一番うるさいだけ」

そして海藻を見て、本当に困った顔をした。

「これ、どう使うの」

「水で戻すらしいです」

「それしか聞いてないの?」

「はい」

「何で買ったの」

正論が戻ってきた。

粉屋の主人まで呼ばれ、結局、小鍋で少量を戻すことになった。

増えた。

思ったより増えた。

ノアが横で見ていて、露骨に嫌そうな顔をする。

「魚だけでよかった」

「君が魚って言ったせいで市場見たんだよ」

「海藻は頼んでない」

責任を切り分けるのが早い。

干し魚は評判が良かった。

雑穀ほど腹は膨れない。

でも粥へ少し入れると味が出る。

豆も使える。

塩は保存に回せる。

一台半空いた穴を全部埋めたわけではない。

それでも、パンだけ見ていた時より食べ物の選択肢は増えた。

マルクが帳面へ書き込む。

「次も同じ量買えるとは思うなよ」

「分かってます」

「魚も豆も港の在庫だ」

「分かってます」

「海藻はもう勝手に買うな」

「それは相談します」

リナが笑った。

その時、倉庫の外から馬の音がした。

東河港からの早馬だった。

ゼンが受け取った封書を開く。

サラからだ。

短い。

《青炉晶 一箱売却。毛織物 一束売却。下流倉、大麦二台分なら次の上り便へ積載可。ただし水位低下なら一台分。上り運賃は荷車より安いとは限らん。返事を寄越せ》

最後に小さく追記がある。

《船はでかい荷車じゃない。忘れるな》

ゼンが俺へ紙を渡した。

俺は二回読んだ。

大麦二台分。

まだ町を救う量じゃない。

しかも東河港まで船で上げたあと、そこから北へ荷車で運ぶ必要がある。

積み替えが一回増える。

船の運賃もかかる。

水位次第で量も変わる。

それでも、今までなかった二台分だ。

視界の端に、静かに表示が出た。

【Lv 3】

俺は一瞬、紙から目を離した。

「今?」

マルクが怪訝な顔をする。「何が」

「レベル上がりました」

「魚で?」

「たぶん違います」

リナが海藻の鍋を混ぜながら言う。「川じゃない?」

「乗ったの一時間だけです」

ノアが干し魚をかじる。「じゃあ海藻」

それは嫌だ。

理由は分からない。

狼を倒していない。

大きな発見もしていない。

売った。

買った。

船を少し見た。

荷を運んだ。

前よりできることが増えただけだ。

俺は腕を回した。

Lv2の時より急に強くなった感じはない。

ただ、足元の重心が少し安定している。

今なら船でも、最初の一歩くらいはよろけないかもしれない。

「次、どうします?」

セトが聞いた。

マルクはサラの手紙を取る。

ゼンは地図を開く。

リナは鍋の海藻を味見して、ものすごく微妙な顔をした。

誰も同じ方向を見ていない。

それが少し良かった。

海路はまだ遠い。

川運だって、たった二台分の候補が増えただけ。

でも、白嶺街道が閉じた翌日には一本しか見えなかった道が、今は少し増えている。

炭焼き道。

東河港への陸路。

川下の倉。

そして、その先の東湾。

俺は地図の端を見た。

まだ決めない。

まずは、この二台分を本当に川で上げられるか。

そこからだ。


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