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世界リセットなし。~死んだら別人生、それでも俺の歩いた道は残るVRMMO~  作者: ユミヒロ


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第5話 半分の道

朝、食堂へ下りると、エダンの兄が昨日より元気に怒られていた。

「座ってろって言っただろ!」

女将の声が土間まで響く。

「足だぞ。手は動く」

「だから何で薪割ってんだ!」

「暇だから」

俺は階段の途中で止まった。

ミオも止まった。

二人で少し見ていた。

「似てるね」

ミオが言う。

「誰と誰が?」

「兄弟」

それは分かる。

エダンの兄は右足に厚く布を巻いたまま、椅子へ座らされた。

その横に、昨日救出した炭車の車輪だけが立てかけてある。

車体は森に置いてきた。

本人はかなり不満らしい。

「せめて車輪くらい回させてくれ」

「何のために?」

俺が聞くと、兄は真顔で答えた。

「回るか確認する」

「昨日回ってたよ」

「昨日と今日は違う」

何となく、この人とも話が合いそうで嫌だった。

朝飯の黒パンをちぎりながら、ミオが地図を机に置いた。

昨日の細い線。

町から東へ。

森を抜けて村へ。

途中、兄が指した地点で小さく印がついている。

「これ」

ミオが紙を指した。

「村の中に残ってた細い車輪跡。あれ、炭車?」

兄はパンを噛んだままうなずいた。

「俺のだな」

俺とミオは顔を見合わせた。

ひとつ消えた。

誰か知らない人間が村まで入り込んでいたわけじゃない。

「枝を払ったのも?」

「村から窯までは俺。炭車が通らんからな」

「その先は?」

「昨日言っただろ。知らん」

兄がパンを飲み込む。

「窯より向こうは、昔から獣が通る筋が少しあるだけだ。俺は触ってない」

エダンが椅子を引いた。

「じゃあ見に行こう」

「お前、仕事は?」

「兄貴が昨日サボった分もやった」

「俺はサボってない。遭難してた」

「もっと悪い」

女将が豆の皿を置く。

「食ってから喧嘩しな」

エダンは食べ始めた。

俺も食べた。

ミオは地図を見ていた。

「今日、行く?」

俺が聞く。

「どこまで?」

「兄さんが触ってないところまで」

「戻れるところまで」

「分かってる」

「昨日も言った」

「今日は分かってる」

「昨日もそう言った」

エダンが豆を噴きそうになった。

兄が俺を見る。

「町の人間って、朝からこんな感じなのか」

「この人だけです」

ミオが言った。

俺は抗議しようとしたが、女将がもう一皿置いた。

大盛り。

昨日より豆が多い。

話は後にした。

昼前。

俺たちは三人で、昨日の細道を戻った。

兄は当然のようについてこようとして、女将に入口で止められた。

「三歩で顔歪むやつが森へ行くな」

「三歩じゃない。五歩」

「増えてない」

正しい。

エダンが先頭に立った。

昨日より歩くのが速い。

兄が見つかったからなのか、単に慣れたのかは分からない。

村を出てしばらくは、炭車の跡がはっきり残っていた。

土に一本。

ところどころ二本。

片方の車輪が石を避けるたび、線が蛇みたいに揺れる。

「真っすぐ押せないの?」

ミオが聞く。

「兄貴に言って」

エダンは即答した。

やがて炭焼き窯。

昨日壊れた入口には、村の大人が二人来ていた。

もう支柱を入れている。

俺たちが半日かけた場所を、慣れた手つきで直していた。

少し悔しい。

「何その顔」

ミオが言う。

「別に」

「自分たちの救出工作の方が格好よかったと思ってる顔」

「そんな顔ある?」

「ある」

また二人に増える前に先へ行った。

兄が枝を払ったという区間は、窯の少し先で急に雑になった。

低い枝が残る。

棘が服へ引っかかる。

土の轍も薄くなる。

「ここ」

エダンが言った。

昨日、兄の指が止まった場所だった。

俺は枝を見る。

切り口がある。

でも、兄のやつとは違った。

兄は太い枝もまとめて斧で落としている。

こっちは細い枝だけ。

高さも少し上だ。

刃物の跡が小さい。

「これ、人が切ってるよな」

「うん」

ミオが触る。

「こっちは古い」

「どれくらい?」

「分からない」

「そこは分からないんだ」

ミオがこっちを見る。

「分からないものは分からない」

「安心した」

「何が?」

「何でも分かるわけじゃなくて」

「帰る?」

「すみません」

エダンが笑った。

その先は、道と呼ぶには細かった。

でも、一度知ってしまうと見失わない。

踏まれた草。

片側だけ泥の薄い石。

樹皮の擦れた木。

誰かが歩けば、森にも癖が残る。

俺はそれを拾うのがだんだん楽しくなっていた。

地図の矢印より遅い。

でも、自分で見つけた分だけ、次の一歩が自分のものになる感じがする。

倒木が見えた。

第1話で、俺たちがどうにか越えた場所。

町側と村側。

二つの細い筋が、そこでいったん途切れている。

「兄貴、ここまでは来てない」

エダンが言った。

「じゃあ反対側から誰か――」

「そこ踏まないで!」

声が飛んだ。

俺の足が止まる。

あと半歩。

靴の先に、小さな青い傘が三つ並んでいた。

茸だ。

「危な」

俺は足を引く。

倒木の向こうから、籠を背負った女が現れた。

三十歳くらいに見える。

腰に細い鎌。

手には土のついた布袋。

俺たちを見る。

エダンを見る。

もう一回見る。

「……誰?」

こっちの台詞だった。

ミオが先に答えた。

「ミオ。こっちはレン。エダン」

「まとめて紹介するんだ」

「面倒だから」

俺の時だけ時間かかったよな。

女はまだエダンを見ている。

「その子、どこから来たの?」

エダンが眉を寄せた。

「村」

「何の村?」

「こっち」

エダンが後ろを指す。

女も見る。

森しかない。

「こっちって?」

「歩けばある」

「……村が?」

「うん」

女はしばらく黙った。

それから倒木へ手をついた。

「嘘でしょ」

本気で知らなかったらしい。

女は町側から来ていた。

青笠茸という茸を採りに。

町の料理屋が買う。

薬にも少し使う。

雨の後だけ、この森の北側にまとまって出る。

「最初は獣の跡を追っただけ」

女は細い鎌を持ち上げた。

「顔に当たる枝だけ邪魔だから切ってたら、だんだん歩きやすくなって」

ミオがさっきの切り口を見る。

高さ。

細さ。

同じだった。

「どこまで?」

「ここまで」

女は倒木を叩いた。

「この向こう、藪でしょ?」

三人で顔を見合わせる。

「藪だった」

俺が言う。

「だった?」

「向こうからも枝を切ってる人がいた」

「誰?」

エダンが答えた。

「兄貴」

女がまた止まった。

何かすごい謎が解ける音はしなかった。

光も出ない。

通知もない。

ただ、町側から一人。

村側から一人。

別々の理由で枝を切っていた。

真ん中には獣の通る筋があった。

俺とミオが、たまたまその間を通った。

それだけだった。

「……何それ」

女が言った。

「俺も今そう思ってる」

ものすごい秘密があると思っていたわけじゃない。

でも、少しくらいは何かあると思っていた。

「じゃあ、この道」

エダンが足元を見る。

「誰が作ったんだ?」

誰も答えなかった。

その間に、俺は青い茸へ手を伸ばした。

女に手首を叩かれた。

「触るな」

「毒?」

「一本、銅貨三枚」

手を引いた。

「高っ」

「だから触るな」

毒より効いた。

エダンがしゃがみ込む。

「これが三枚?」

「町ならね」

「食える?」

「食える」

「うまい?」

女は少し考えた。

「値段ほどじゃない」

その答えは信用できる気がした。

ミオは地図を開いた。

女の目がすぐ変わった。

「待って」

「何?」

「それ、茸の場所まで書くの?」

ミオの鉛筆が止まる。

エダンも女を見る。

俺も見る。

さっきまでただの細道だった。

今、急に値段がついた。

一本銅貨三枚。

群生している。

女がここを歩く理由がある。

村から町へ近づく理由もできる。

地図に線を一本引くだけで、たぶん人の動きが変わる。

ミオは茸を見た。

女を見る。

地図を見る。

それから、紙を閉じた。

「今は書かない」

「道も?」

「それも今は」

女の顔から少し力が抜けた。

俺は聞いた。

「珍しいな」

「何が?」

「見つけたらすぐ描くのかと思ってた」

「描くのと、見せるのは別」

言ったあと、ミオ自身が少し考える顔をした。

たぶん今、初めて言葉にした。

俺は倒木へ腰をかけた。

女が慌てる。

「そこ、茸――」

「踏んでない」

確認してから座った。

今日は学習している。

少しだけ。

エダンは女に町のことを聞き始めた。

「ここからどれくらい?」

「空身なら半日かからない」

「店ある?」

「ある」

「武器屋は?」

「ある」

「でかい?」

「村を知らないから比べられない」

「人、多い?」

「多い」

第2話で俺たちにしたのと同じ質問だった。

でも今度は、答えが具体的に返ってくる。

エダンの目がどんどん明るくなった。

女も途中から面白くなったらしく、鍛冶屋、広場、川沿いの市場、焼いた魚の屋台まで話し始めた。

「魚?」

エダンが食いつく。

「川あるの?」

「あるよ」

「でかい?」

「でかい」

「魚も?」

「それは日による」

俺は隣で聞きながら、少し前の自分を思い出した。

ログインして三分で、地図の灰色へ行きたくなった。

エダンにとっては、町の方が灰色なんだ。

「行きたい?」

俺が聞く。

エダンはすぐには答えなかった。

珍しい。

森の向こうを見る。

町は見えない。

それでも、その方向はもう昨日までと違っていた。

「……見たい」

小さく言った。

それから慌てて付け足す。

「別に今すぐじゃないけど」

「今すぐの顔だった」

ミオが言う。

「違う」

「顔で分かる」

俺は思わずエダンを見る。

「お前もそっち側に行ったの?」

「何の話?」

ひどい。

帰りは四人になった。

籠の女も、村を見たいと言った。

「本当にあるなら」

「まだ疑ってたの?」

「森で知らない三人に村あるって言われて、全部信じる方が怖いでしょ」

正論だった。

倒木を越える。

昨日までなら、ここで道が二つに分かれていた。

今日は違う。

俺たちが向こうを知っている。

女はこっちを知っている。

エダンは両方を初めてつなげて歩いている。

途中、女が兄の切った枝を見て笑った。

「雑」

「兄貴に言って」

「言う」

「本当に言うんだ」

「言う」

兄貴、かわいそうだな。

村の屋根が見えたとき、女が本当に止まった。

「……あった」

エダンが得意そうにする。

「だから言っただろ」

お前が作った村ではない。

村へ入ると、今度は村人が女を見た。

女も村人を見る。

斧の男が来る。

「誰だ」

「町から」

その一言で、周りの空気が少し変わった。

大げさじゃない。

誰も叫ばない。

でも、手を止める人が増えた。

兄も椅子から立とうとして女将に押し戻された。

「町から?」

「青笠茸を採りに来ただけ」

女が籠を見せる。

兄は茸より先に女の鎌を見た。

「枝切ってたの、お前か」

「村側の雑なの、あんた?」

「雑じゃない。炭車が通ればいい」

「通ってないでしょ。壊れてたじゃん」

「見たのか?」

「今聞いた」

早い。

もう喧嘩している。

俺は食堂へ入った。

昨日と同じ机。

同じ豆煮込みを頼む。

今日は普通盛り。

銅貨二枚。

少しだけ勝った気がする。

ミオが向かいに座る。

地図はまだ閉じたままだった。

「書かないの?」

俺が聞く。

「書く」

「どっち?」

「自分用」

「見せるのは?」

ミオは答えなかった。

豆が来た。

俺は食べる。

外では、エダンが女に町の話をまだ聞いている。

兄は炭車の車輪を回している。

斧の男は誰かを呼びに行った。

朝まで、村から町へ行く道は「ない」ことになっていた。

今は細い一本がある。

いや。

昨日からあった。

俺たちが知らなかっただけだ。

ミオが閉じた地図の上へ、鉛筆を置いた。

そのまま、まだ開かなかった。

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