第79話 三つ目の上には、何も崩れていなかった
【本文】
三個目を探す日。
地下入口の前には、看板が三枚に増えていた。
《地下見学はできません》
《穴の前に立ち止まらないでください》
《通行する荷車を優先してください》
「増えたな」
俺が言うと、シンが四枚目の板へ何か書いていた。
「まだ増える」
「何それ」
「《入口係に地下の質問をしないでください》」
「そんな聞かれる?」
シンは炭筆を止めた。
「昨日だけで十一回。『宝ある?』が四回。『ボスいる?』が三回。『隠し職ある?』が二回。あと『古代王の墓?』と『入場料いくら?』」
「古代王、どこから出た」
「知らない」
ミオが横で地図袋を背負い直す。
「掲示板」
「何でもあるな、掲示板」
ユリウスが木札を机へ並べた。
今日の地下班。
俺。
ミオ。
エダン。
ガラン。
目的は一つ。
黒枠三。
昨日の二つ目から先へ進み、同じような構造があるか確かめる。
ただし、地上では先に位置を予測しておいた。
黒枠一から二までの距離。
下層広路の曲がり。
地上の街道。
ミオが昨夜ずっと合わせていたらしい。
「三つ目が同じくらいの間隔なら、この辺」
指したのは、街道の北寄り。
今の道で一番安定している区間だった。
崩れ跡なし。
浮き石なし。
水溜まりもほとんどない。
俺は地上を見てから聞いた。
「じゃあ三個目ないんじゃない?」
「それを見に行く」
正しい。
地下へ降りる。
点検口。
小部屋A。
階段B。
下層広路。
黒枠一。
黒枠二。
昨日までの白線が続いている。
二つ目の黒枠の上には、例の天井蓋候補。
今日は触らない。
その先へ。
初めて進む場所。
油皿の火は普通。
二十歩。
白線。
床の二本溝が、一度だけ左へ寄る。
「曲がってる?」
俺がしゃがむ。
ミオも見る。
「道そのものはほぼ直線。溝だけ寄ってる」
エダンが先を見る。
「何か避けた?」
ガランが壁を見ながら言う。
「避けたのか、寄せたのか、最初からこうなのか」
全部ありえる。
さらに二十歩。
右壁に浅い窪み。
人一人が立てるくらい。
中には何もない。
でも床に丸い穴が二つ。
ガランがしゃがむ。
「柱でも立ってたか」
「扉?」
俺が言う。
「すぐ扉にするな」
怒られた。
進む。
上から荷車の音がする。
昨日より近い。
ゴロゴロ。
一台。
少し間を置いて二台目。
シンが一台ずつ通しているんだろう。
俺は天井を見る。
「この辺、上の安定してるところ?」
ミオが歩数を数える。
「たぶん近い」
「じゃあ三つ目あったら面白いな」
「面白さで構造は変わらない」
「分かってる」
でも期待する。
白線をもう一本。
そこから十五歩。
床の溝が、また真ん中へ戻った。
ミオが紐を当てる。
「寄ってた区間、三十歩くらい」
「何か避けて、また戻った?」
「候補」
「便利な言葉だな」
エダンが笑う。
「レンも使うようになっただろ」
使っている。
前は「たぶんこれ」で進めた。今は「たぶんこれ」を地図へ残して、次の日に外れることも含めて面白くなっている。
床の端には、薄い白い筋が続いていた。
泥じゃない。乾いた粉みたいなものが石の低い場所だけに残っている。
ガランが指先で少しだけこする。
「水の跡かもしれんな」
「水ないよ」
「今はな」
三つ目へ着く前から、道の役目が一個じゃない気配だけは増えていた。
その先。
黒。
俺は止まった。
「ある」
三つ目。
床を横切る黒線。
左右の壁。
天井。
同じ四角い枠。
一つ目、二つ目とほとんど同じ。
エダンが息を吐く。
「本当にあったな」
ミオは何も言わず距離を測る。
ガランは枠の横を見る。
一分。
二分。
俺は待つ。
最近、待てる。
たぶん。
ガランが天井を見上げた。
「蓋がない」
俺も見る。
二つ目の黒枠にあった四角い継ぎ目。
ない。
普通の天井。
「じゃあ地上は?」
「今の予測なら、崩れてない」
ミオが答える。
俺たちは顔を見合わせた。
三つ目があった。
でも、その上に崩れはない。
仮説通り半分。
仮説外れ半分。
変な感じだ。
ちょっと嬉しい。
「全部、道を落とす仕組みじゃない」
俺が言う。
ミオがすぐ返す。
「少なくとも、三つ目に同じ天井構造は今のところ見えない」
「そう、それ」
もう訂正込みで会話している。
黒枠三の右側には、小さい部屋があった。
二つ目より広い。
人が三人入れる。
中に石台。
一つ。
壁に縦穴。
床に溝。
ここまでは似ている。
ただし。
床の溝が太い。
幅が俺の手のひら二枚分。
しかも、部屋の奥から黒枠と反対方向へ伸びている。
エダンがしゃがむ。
「水?」
底が少し丸い。
ガランが指を近づける。
触らない。
「流した跡には見える」
「何を?」
「知らん」
俺は溝を追う。
部屋の奥。
壁の下。
石が一枚だけ違う。
穴。
細長い。
そこから風が来ている。
冷たい。
人工風穴候補と似ている。
ミオが紙へ書く。
《黒枠三》
《天井蓋候補なし》
《側室あり》
《太い床溝→外部方向》
俺はその文字を見る。
「閉じる場所なのに、水も流す?」
「閉じる場所と決まってない」
ガランが言った。
「でも黒枠は動いてた可能性あるんでしょ」
「動く物があった可能性だ」
「同じじゃない?」
「全然違う」
職人は厳しい。
部屋を出る。
黒枠三の向こう。
通路はまだ続いている。
行きたい。
ものすごく。
砂器を見る。
残り十八分。
戻る時間を考えると、あと八分くらい。
俺は黒枠の向こうへ一歩出る。
二歩。
止まる。
「ここまで」
エダンが何も言わない。
ミオも。
ちょっとくらい驚いてほしい。
「何」
俺が聞くと、ミオは地図を閉じた。
「最近、自分で止まるから慣れた」
成長は慣れられるらしい。
帰る。
地上へ。
ユリウスが木札を受け取る。
四人。
四人帰還。
持ち物も全部。
「三つ目は?」
「あった」
シンまで顔を上げた。
俺は地図を開く。
黒枠一。
二。
三。
三だけ、上に崩れがない。
地上の予測位置へ行く。
街道。
普通。
ガランが石を一枚ずつ見る。
叩く。
コン。
コン。
コン。
全部ほぼ同じ。
浮きもない。
ガランはしばらく道を見てから言った。
「位置だけ、もう少し詰めるか」
もう一度全員で降りるほどではない。
ガランとエダンが黒枠三まで戻り、俺とミオは地上に残る。時間を決めて、下から小槌で三回だけ叩く。
待つ。
一分。
二分。
コン。
足の裏では分からない。
でも耳を近づけると、石の下から確かに小さい音がする。
コン。
ミオが三歩北へ動く。
コン。
「ここ」
白い小石を置く。
しばらくして二人が戻り、地下図と重ねる。ずれは数歩。
つまり、黒枠三は本当にこの普通の街道の真下にある。
崩れていないから場所が違う、という逃げ道もなくなった。
ミオが地下位置と合わせる。
「この辺で合ってる」
エダンが道の端を見る。
「崩れた跡もないな」
シンが通行机から言う。
「昔直したとかは?」
ガランが首を振る。
「少なくとも表面は周りと同じくらい古い」
俺は少し考える。
昨日まで。
黒枠。
天井蓋。
地上崩れ。
全部つながって見えた。
今日。
三つ目の黒枠。
天井蓋なし。
地上崩れなし。
太い溝。
一個増えたら、答えに近づくと思っていた。
逆だった。
「分からなくなったな」
俺が言う。
ガランが笑った。
「やっとまともな発見した顔だな」
「発見って普通、分かる方じゃない?」
「分からん物が増えたなら、それも発見だ」
悔しいけど、ちょっと好きな言い方だった。
ミオは地図の横へ書いた。
《黒枠=地上崩落機構、とは限らない》
その下。
《三地点、用途差の可能性》
三つ見つけた。
そしてやっと、
同じ物に見えた三つが、
同じ仕事をしていたとは限らないと分かった。
第80話 雨が降ったら、古い道が先に動いた
【本文】
雨は昼前から降り始めた。
最初は細かった。
白嶺では珍しくもない。
だから誰も気にしなかった。
三十分後。
入口前の串焼き屋が消えた。
一時間後。
見物人も消えた。
二時間後。
俺たちは地下入口の屋根から出られなくなった。
「すごいな」
俺が言う。
シンが机を奥へずらしながら答える。
「感想じゃなくて、そっち持って」
木札の箱。
濡らすと困る。
俺は抱えて屋根の奥へ移す。
「今日は地下やめる?」
エダンが外を見る。
街道の石を雨水が走っている。
「人は止めた方がいい」
ガランも頷いた。
「濡れた地下は別物だ」
残念。
でも正しい。
シンが通行札を返す。
《徒歩 注意》
《荷車 停止》
今日は地下より地上の方が忙しい。
南から来た商人が、布を頭にかぶって入口へ走ってきた。
「北へ薬草を持っていきたい。荷車一台だけ通せないか」
荷台には小箱が四つ。雨除けの布が二重に掛かっている。
シンが道を見る。
「荷車は無理です」
「今日中なんだ。薬草が駄目になる」
俺は口を開きかけた。
一台くらいなら。
でも、その言葉が出る前にエダンが荷台を覗く。
「箱だけなら人で運べる。旧側路の泥が浅いところ使えば、二往復で北の倉庫まで行ける」
商人が荷車と雨を見る。
「運び手は?」
「俺一人と、今空いてる二人。レンもいる」
勝手に入っていた。
でも地下へ行けないなら悪くない。
荷車を通すか、全部止めるか。二択じゃなかった。
箱だけ三人で運ぶ。
泥で靴はぐちゃぐちゃになったけど、薬草は濡れなかった。
戻るとシンが札へ一行足している。
《急ぎの小荷物は入口係へ相談》
俺が読む。
「また増えた」
「雨が増やした」
たぶんそうだ。
水が道の低い方へ流れる。
泥が溜まる。
屋根の端から滝みたいに落ちる。
パン屋のおばちゃんが桶を出している。
「何してるの?」
「雨水も水よ」
強い。
夕方までこのままかなと思った時だった。
地下入口から、音がした。
カン。
誰かが下にいるような音。
全員止まる。
もう一回。
カン。
俺は入口を見る。
「誰か入った?」
ユリウスが木札を数える。
全部ある。
「今日は誰も入れてない」
シンが立入札を見る。
動いてない。
エダンが縄を取る。
「水じゃない?」
三回目。
今度は、
ゴン。
低い。
ガランの顔が変わった。
「下で何か当たってる」
「行く?」
俺が聞く。
「確認だけ」
「誰」
「俺とレン」
珍しい組み合わせ。
ミオがすぐ言う。
「二人だけなら、B階段まで。水が流れてたら戻る」
ユリウスが木札を書く。
《雨天異音確認》
《レン・ガラン》
《B階段まで》
《十分》
油皿は使わない。
雨で気流が変わる可能性があるから、ランプだけ。
腰縄。
俺が先。
地下入口。
上の細い通路。
最初は普通。
三歩。
五歩。
水。
壁の端を細く流れている。
「昨日なかった」
「雨なんだから当たり前だ」
ガランが言う。
でも流れ方が変だ。
床の真ん中へ広がらない。
壁際の浅い溝を通っている。
前からあった溝。
ずっと用途不明だったやつ。
水がそこへ集まっている。
点検口候補の手前。
ゴン。
近い。
俺とガランが止まる。
水が穴へ落ちている。
小さな石が一緒に転がる。
それが下で何かに当たる音。
「誰かじゃない」
「誰かじゃなくて良かっただろ」
確かに。
でも水は多い。
点検口の向こうへも流れている。
ガランが言う。
「戻る」
「階段まで見ない?」
「十分の仕事は、原因確認だ。原因分かった」
「下が水浸しになるかも」
「だから人増やして見る」
また正しい。
戻る。
地上。
説明。
今度は四人。
俺。
ミオ。
エダン。
ガラン。
雨装備。
予備縄。
布。
小さい桶。
「桶?」
俺が聞く。
ガランが持つ。
「流れる量見る」
なるほど。
下へ。
水はさっきより増えていた。
でも床全面には広がっていない。
溝が拾っている。
小部屋A。
床の穴から水が落ちる。
階段B。
ここで俺は息を止めた。
下層広路の端。
水が流れている。
一本。
昨日まで湿っているだけだった浅い側溝。
今はちゃんと水路になっていた。
階段へ来た水の大半が、通路の右端へ入り、そのまま北側へ流れている。
「古い道、生きてる」
俺が言う。
ミオがすぐ地図を開く。
「機能してる部分がある、ね」
今日は訂正も優しい。
水を追う。
黒枠一。
側溝は枠を抜ける。
黒枠二。
ここで水が二つに分かれる。
一つはそのまま通路端。
もう一つは、昨日見つけた壁根元の風穴候補へ吸い込まれている。
白い泡が少し出る。
ミオがしゃがむ。
「外の斜面に出てるかも」
「昨日の穴」
エダンが言う。
ガランは水の量を見る。
「詰まってないなら助かってる」
「何が?」
「地下が」
昨日まで、防衛とか封鎖とか考えていた。
今はただ、排水している。
地味。
でも水が床を覆っていない理由は、たぶんこれだ。
黒枠二を越える。
三つ目まで。
そこで水の流れが変わった。
側溝が太くなる。
昨日、三つ目の側室で見つけた太い溝へ入っている。
「これだ」
俺は側室へ入る。
昨日は乾いていた太い溝。
今は水が流れている。
かなり速い。
部屋の奥。
細長い穴。
そこへ全部吸い込まれる。
音。
ゴオッ。
小さいけど、ちゃんと外へ抜けている音。
ガランが笑った。
「水路だな」
今度は言い切った。
俺が振り向く。
「確定?」
「今、水流してるだろ」
そりゃそうだ。
ミオが書く。
《黒枠三側室:排水機能確認》
初めて「候補」が一個減った。
ミオが溝の横へ炭で短い線を引く。
今の水面。
その指一本上にも線。
「ここまで来たら帰る」
「何で?」
「今の流量で床へ溢れるまで、指一本ちょっとだから」
基準ができる。
水は怖い。でも「怖くなったら戻る」より、「この線へ来たら戻る」の方が全員で同じ判断をできる。
ユリウスがいたら喜びそうだと思って、ちょっと嫌だった。
ちょっと気持ちいい。
エダンが奥の穴を見る。
「外、どこに出てる?」
「昨日の予測だと山の北斜面寄り」
ミオが答える。
俺は水へ木片を落としかける。
ガランに手を掴まれた。
「流すな」
「出口見るだけ」
「詰まったらどうする」
「こんな小さい木で?」
「そうやって古い水路は詰まる」
やめる。
学習。
その時だった。
水量が急に増えた。
ゴオッ。
側溝から一気に流れ込む。
エダンが後ろを見る。
「上、雨強くなった?」
たぶん。
水が側室の溝から少しだけ溢れる。
足元へ。
「戻る」
ガランが即答。
俺も今回は迷わない。
「戻る!」
ミオが地図を閉じる。
エダンが先に通路へ出る。
順番。
走らない。
でも速く。
黒枠三。
二。
一。
水は増えている。
階段の一段目にまで薄く流れ始めた。
上へ。
二十五段。
小部屋A。
点検口。
入口。
外へ出る。
雨音が一段大きくなっていた。
シンが木札を受け取るより先に聞く。
「下どう?」
「排水は動いてる。でも増えた」
「道落ちる?」
ガランが答える。
「今のところ地下の水は逃げてる。問題は上だ」
地上を見る。
古い崩れ跡の近く。
水が溜まり始めている。
シンが札を変える。
《全面停止》
誰も文句を言わなかった。
雨が強すぎる。
その後、一時間。
俺たちは地上の水を横へ逃がした。
溝を掘る。
石をどける。
桶で汲む。
パン屋のおばちゃんが、さっき集めた雨水を捨てる場所を間違えてシンに怒られていた。
「水は水じゃない!」
「さっき自分で水って言ってたじゃない!」
「今は多すぎるんです!」
言い合っている。
ちょっと笑う。
夕方。
雨が弱くなった。
地下の水位も下がった。
完全に乾いてはいない。
でも通路は残っている。
黒枠三の排水路も詰まっていない。
雨が弱くなってから、俺たちは北斜面も見に行った。
昨日まで乾いていた岩の隙間から、茶色い水が勢いよく出ている。
黒枠三の位置から伸ばした線と、ほぼ合う。
ミオが上流側と地下図を何度も見比べた。
「完全な直結証明まではできない。でも、位置と流量は合う」
俺は流れ出す水へ手を入れる。
冷たい。
山の中へ入った雨が、古い石の道を通って、また外へ出ている。
何百年なのか、もっと長いのか知らない。
それでも今日の雨を流している。
古い物を見つけたというより、まだ働いている物を見つけた気がした。
ガランが地図を見る。
「三つ目は、閉じるためだけじゃないな」
「一つ目も二つ目も?」
俺が聞く。
「分からん。ただ同じ黒枠があるからって、全部同じ役目とは限らん」
昨日の話と同じ。
でも今日は、水が証拠を持ってきた。
俺は地図の三つ目を見る。
黒枠。
側室。
太い排水溝。
外へ抜ける穴。
白嶺の地下は、
道を閉じるためだけに作られたんじゃない。
少なくとも、
道を残すための仕組みもあった。
その日の最後。
ミオが地図に一行足した。
《施設目的:通行維持と封鎖、両方の可能性》
俺はそれを見て、少し笑った。
答えが増えたんじゃない。
問いが、まともになってきた。
第81話 道の横には、外を見るための穴があった
【本文】
雨の翌朝。
白嶺は全部濡れていた。
空だけ妙に青い。
こういう日は、山が近く見える。
岩の線までくっきりしている。
シンは朝から街道を歩いていた。
浮き石。
泥。
水溜まり。
一本ずつ白い棒を立てている。
「何それ」
俺が聞く。
「避ける場所」
「札じゃないんだ」
「荷車から札読めないから」
なるほど。
白い棒の右を通る。
左を通る。
遠くからでも分かる。
昨日の雨で、入口の運用が一個変わった。
誰かに命令されたわけじゃない。
シンがやっている。
俺が少し見ていると、シンが棒を一本投げてよこした。
「見るなら手伝って」
やっぱり扱いは変わらない。
午前中は地下へ入らない。
水が落ち着くまで待つ。
その間に、昨日の排水出口を地上から探す。
黒枠三側室から伸びる水路。
地図上では、北斜面へ抜けるはず。
俺、ミオ、エダン。
ガランは今日は入口。
「肩休める日」
ミオに言われている。
本人は不満そう。
北斜面へ回る。
昨日、二つ目黒枠の人工風穴候補を見つけた場所より、さらに北。
足元が滑る。
泥。
濡れた草。
俺は一度滑った。
転ばなかった。
エダンが後ろから言う。
「今の見た?」
「見てない」
「絶対見た」
「転んでないから見てないのと同じ」
都合がいい。
斜面を下る。
ミオが地図と方角を合わせる。
「この辺」
何もない。
岩。
草。
雨水が何本も細く流れている。
俺は一つずつ見る。
自然の水。
自然の水。
また自然。
「全部同じに見える」
「流れの始まりを見る」
ミオが言う。
水がどこから出ているか。
上から来ているのか。
岩の中から出ているのか。
三本目。
岩の下から水が出ている。
俺はしゃがむ。
隙間。
石が四角い。
「これ」
エダンも来る。
三人で泥を少しだけどける。
穴。
手のひら二枚くらい。
中から水が流れている。
人工っぽい石枠。
昨日の黒枠三側室の排水路。
たぶん。
木片は流してないから証明はできない。
ミオが位置を取る。
「かなり合う」
俺は穴を覗く。
暗い。
入れない。
ちょっと残念。
その上。
岩壁に、妙な直線がある。
縦じゃない。
横。
細い。
長さは腕二本分くらい。
草で隠れている。
俺は手を伸ばしかける。
エダンが言う。
「崩すなよ」
「草どけるだけ」
「レンの『だけ』信用ない」
ひどい。
草を少し横へ寄せる。
隙間。
横長。
高さは指三本くらい。
奥が黒い。
「風穴?」
ミオが顔を近づける。
風はほとんどない。
俺も見る。
中に光が入らない。
でも石の上側が妙に平ら。
人工。
たぶん。
エダンが少し離れて岩壁全体を見る。
「これ、穴だけじゃないぞ」
「何」
「周り」
俺たちも下がる。
横長の隙間。
その左右。
岩が四角く削られている。
小さい部屋を岩の中へ埋めて、外側だけ隙間を残したみたいに見える。
俺の胸が速くなる。
「中、入れる道ある?」
ミオが地図を見る。
黒枠三。
側室。
排水路。
下層広路のさらに北側。
「地下から探した方が早いかも」
午前。
雨水が落ち着くまで待つ。
長い。
ものすごく長い。
俺は入口で装備を三回見直した。
四回目でユリウスに止められた。
「増えないぞ」
「何が」
「装備」
「分かってる」
「同じ袋を三回開けてた」
暇なんだよ。
昼。
ガランが地下を確認。
水量、昨日の十分の一以下。
油皿も安定。
入る。
今日の目的。
《黒枠三周辺の北側支路探索》
《地上横穴との接続確認》
《半刻》
俺、ミオ、エダン。
黒枠三。
側室。
排水溝。
昨日、水が流れていた跡が残っている。
湿っている。
その部屋の北壁。
昨日までは普通の壁だと思っていた。
ミオが地上位置から測る。
「この辺に、外の横穴があるなら」
壁を照らす。
石。
石。
石。
一枚だけ縦長。
下に細い隙間。
俺はしゃがむ。
「風、ない」
エダンが横を見る。
「こっちは?」
部屋の奥。
石台の後ろ。
狭い隙間。
人一人。
今まで見落としていた。
黒い。
でも道だ。
ミオが先にランプを入れる。
三歩。
右へ曲がる。
上り。
「階段」
俺の声が少し大きくなる。
エダンが後ろで笑う。
「好きだな、階段」
「道が増えるから」
「穴でも同じこと言ってる」
上る。
狭い。
一人ずつ。
七段。
十二段。
途中で天井が低くなる。
腰を曲げる。
最後。
小部屋。
本当に小さい。
三人入るとぎりぎり。
そして壁の正面に。
横長の隙間。
光。
外が見えた。
俺は動けなくなる。
白嶺の北側。
山道。
遠くの谷。
今使っている北側街道の入口。
全部見える。
遠い道に、小さい赤い点が動いていた。
俺は目を細める。
「人?」
ミオが隙間の横から見る。
「たぶん。赤い外套」
その後ろに、もっと小さい茶色。
「荷車もいる」
エダンが言った。
今の入口からなら、まだ見えない場所だ。
俺たちはしばらく赤い点を見る。
道の曲がりで一度消える。
また出る。
速くない。
普通に歩いている。
「ここで見えてから入口まで、どれくらい?」
俺が聞く。
ミオが砂器を見る。
「測る?」
「測ろう」
また一個、遊び方が増えた。
すごい。
「外の穴、これだ」
ミオが言う。
声も少し小さい。
横穴は、外から見ると草に隠れていた。
中から見ると違う。
広い。
横に長い。
首を少し動かせば、北側の道をかなり長く見渡せる。
エダンが窓みたいな隙間の下を見る。
石の縁が擦れている。
「何か置いてた?」
ミオが記録する。
俺は部屋を見る。
床。
丸穴が二つ。
壁。
細い金具の跡。
後ろ。
階段だけ。
生活する部屋じゃない。
寝るには狭い。
荷物を置くにも狭い。
外を見るには、ちょうどいい。
俺は言った。
「見張る場所?」
今度は誰もすぐ訂正しなかった。
ミオは外を見る。
少し考えてから、
「その用途が一番説明しやすい」
と言った。
ほぼ肯定。
ちょっと驚く。
エダンが北側街道を見る。
「ここからなら、人が来るのかなり前に分かるな」
「荷車も」
俺が言う。
「大軍じゃなくても」
言ってから止まる。
軍。
その言葉だけ、部屋の中に残った感じがした。
ミオがすぐ紙へ書く。
《北側監視所候補》
《用途未確定》
やっぱり候補。
でも今までより強い。
俺は外を見る。
道。
今は商人が一人歩いている。
昔も誰かがここから見たんだろうか。
通る人を。
荷車を。
何か別のものを。
その時、エダンが壁の端を指した。
「これ」
石に傷。
一本。
その下に二本。
さらに下に三本。
数えた跡?
ただの傷?
俺が近づく。
違う。
三本の横線の横に、小さい三角形みたいな刻み。
文字ではない。
読めない。
ミオが写す。
「見たことある?」
「ない」
エダンも首を振る。
俺も。
壁の別の場所。
同じ三角形。
今度は一個。
その下に長い線。
意味は分からない。
でも自然の傷じゃない。
誰かが付けた。
「持って帰れる?」
俺が言う。
ミオが俺を見る。
「壁を?」
「写しを」
「今やってる」
分かってた。
帰る時間。
今回は惜しい。
外が見える。
まだ見たい。
でも戻る。
階段。
側室。
黒枠三。
下層広路。
地上へ。
ユリウスへ木札。
三人。
三人帰還。
シンが白い棒を束ねながら聞く。
「何かあった?」
俺は地図を広げる。
排水出口。
その上。
北側斜面に開く横穴。
地下から上る小部屋。
「ここ、外を見るための場所っぽい」
シンが地図を見る。
「何を見る?」
それが分からない。
商人。
荷車。
旅人。
魔物。
敵。
何でも見える。
セドリックも来る。
ミオが説明する。
「北側街道をかなり長く見渡せます。常駐できる広さではありません。床穴、金具跡、人工刻みあり。監視用途が最も説明しやすいですが、軍事用途まではまだ確定できません」
セドリックが頷く。
「十分です」
珍しく短い。
ガランは写した三角形を見る。
「印か」
「知ってる?」
「知らん」
「何でも知らないな」
「お前もだろ」
そうだった。
夕方。
ミオが三つの黒枠と、今日の監視所候補を一枚へまとめた。
黒枠一。
黒枠二。
地上崩れと天井蓋候補。
黒枠三。
排水路。
その北側。
外を見る小部屋。
俺は黙って眺める。
道を通す。
水を逃がす。
必要なら閉じる。
外から来るものを見る。
一個ずつなら、普通の設備にも見える。
全部同じ山の中にあると、少し違う。
「これ、ただの地下道じゃないな」
俺が言う。
ミオはすぐには答えなかった。
地図を机へ置く。
「うん」
短い。
でも今回は、それで十分だった。
俺は北側監視所候補の小さい四角を見る。
軍事回廊。
その言葉は、まだ誰も書いていない。
でも。
道を通すだけの場所なら、
道の外から来るものを、
こんなに見えるようにする必要はない。
たぶん次に探すべきなのは、
四つ目の黒枠じゃなかった。
この山を作った人が、
何を怖がっていたのかだった。




