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世界リセットなし。~死んだら別人生、それでも俺の歩いた道は残るVRMMO~  作者: ユミヒロ


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第76話 階段の下は、道の方が広かった


【本文】


朝、地下入口へ行くと、見物人が昨日の倍いた。




正確に数えたのはシンだ。




「十二人。通る人は別」




通行机の横で、シンが木札を重ねながら言った。俺は入口の向こうを覗く。昨日見つけた階段は、ここからは見えない。それでも十二人は、穴を見るだけで何か分かるみたいな顔をしていた。




「地下要塞、今日入るんですか?」




知らないプレイヤーが聞いてきた。




「要塞じゃないです」




ミオが即座に答える。




「でも掲示板に――」




「掲示板を書いた人は地下へ入ってません」




声は普通なのに、終わった感じがした。質問した男は「なるほど」と言って一歩下がった。




俺はミオの横で小声になる。




「ちょっと怖かった」




「間違った名前が広がる方が嫌」




「俺より未知に厳しいよね」




「レンは名前がついたら次へ行くから」




否定しようとして、やめた。たぶん合っている。




今日、階段を降りるのは俺とミオとエダン。




ただし、昨日までより準備が一つ増えた。




小さな油皿。




ガランが持ってきた。




「火を見る」




「ランプあるじゃん」




「明かりを見るんじゃない。空気を見る」




ガランは油皿へ細い芯を立て、火をつけた。風のない地上では小さい炎がまっすぐ立っている。




「下で弱くなる、変な揺れ方する、消える。どれかあったら戻れ。理由を確かめようとすんな」




俺が聞く。




「消えたら、もう遅くない?」




「だから自分の息より先に火を見るんだよ」




そういうことか。




ユリウスは木札を確認した。




《B階段》


《最下段確認まで》


《三人》


《半刻》


《油皿・縄・白線・予備灯》


《黒色板には触れない》




最後の一行は昨日までなかった。




俺はユリウスを見る。




「俺が書いたんじゃないよね」




「俺が足した」




「分かってるって」




「分かってる人間は、あの板を見た時に『動くかな』って三回言わない」




二回だった気がする。




エダンが笑いを堪えている。




「何」




「いや。三回だった」




味方がいない。




地下へ降りる。




点検口候補を抜け、小部屋Aを通り、昨日の白線《B》へ。




階段。




石の段は幅が広かった。二人並べるくらいある。ただ、途中から右へ折れているので、下はまだ見えない。




ミオが油皿を見る。




炎は普通。




俺が先へ足を出す。




「レン」




「一段だけ」




「一段ずつ降りるのは当たり前」




言われた。




段数を数える。




一。


二。


三。




十段で右へ曲がる。




さらに九段。




今度は左。




壁へ手をつくと、上の通路より冷たい。




二十五段目で、段が終わった。




俺は止まった。




目の前にあるものが、一瞬、部屋に見えなかった。




広すぎたからだ。




ランプを上げる。




石床が左右へ伸びている。




俺たちが降りてきた階段は、広い通路の脇へ出ていた。




上の古い通路より、倍近い幅がある。




荷車どころか、二台すれ違えるかもしれない。




天井も高い。




俺が思わず言った。




「こっちが本物の道じゃん」




ミオがすぐ紙へ書く。




「何の本物?」




「広い方」




「じゃあ『下層広路』って仮に書く」




「それ、地味」




「仮名が格好いいと定着するから嫌」




昨日の『古代地下要塞』が効いている。




エダンは俺たちより少し先で床を見ていた。




「これ」




二本の溝。




まただ。




平行。




でも今まで見たものより深い。指の第一関節くらいまである。




俺がしゃがむ。




「車輪?」




エダンが首を振った。




「幅、広くない?」




確かに。




白嶺を通る今の荷車より少し広い。




ミオが紐を出して測る。




「上で見た古い平行溝より十三センチ広い」




「十三センチって大きい?」




「同じ物じゃない可能性を考えるくらいには」




断定しない。




俺も、もう慣れた。




油皿。




火はまだ普通。




通路の右側には、浅い溝が一本続いている。




水抜きらしい。




左の壁には一定間隔で四角い窪み。




人が入るほどではない。




ランプを置く棚?




何かの柱を立てる穴?




分からない。




俺たちは階段の出口へ《B1》と書いた。




そこから右へ二十歩。




白線。




さらに二十歩。




白線。




帰れる道を作る。




前なら、こんなことをしている時間に奥へ行きたかった。




今も行きたい。




でも白線が一つ増えるたびに、帰り道も一つ増える感じがする。




悪くない。




三つ目の白線の近くで、エダンが壁を叩いた。




コン。




「薄い?」




俺が聞く。




「いや。逆。すごく厚そう」




何で叩いた。




エダン自身も少し笑った。




「何となく」




人のこと言えないやつが増えている。




通路は緩く下っていた。




水抜きの溝には、ほんの少し湿り気がある。




でも水は流れていない。




臭いも強くない。




油皿の火も安定。




四つ目の白線。




そこで、壁が左右とも一度広がった。




小さな待避所みたいな空間。




右に石の台。


左にも石の台。




同じ高さ。




真ん中は何もない。




俺が台へ近づくと、ミオが言う。




「触る前に見る」




「今日は触ってないって」




「今日まだ」




言い方。




台の上は少し凹んでいる。




丸じゃない。




長方形。




エダンが別の台を見る。




「こっちも同じ」




ミオは両方描く。




俺はその間に立った。




正面。




通路の向こう。




暗い。




後ろ。




階段。




「ここ、何する場所だろ」




「分からない」




「二台置く?」




「何を?」




「分からない」




会話が一周した。




その時、上の方から低い音がした。




ゴロゴロ。




俺たちは同時に天井を見る。




石の粉が落ちたわけじゃない。




揺れもない。




また。




ゴロゴロ。




少し間を置いて。




ゴン。




エダンが先に気づいた。




「荷車」




地上。




白嶺街道を荷車が通っている。




音が天井越しに落ちてきた。




俺はその場で動けなくなった。




上の道。


下の道。




二つが重なっている。




ミオが慌てて紙へ何か書く。




「今の場所、上の待避所の近くかも」




「分かる?」




「歩数だけなら。あと地上の荷車の音」




俺は天井を見る。




普通の石。




何も見えない。




でもその向こうを、昨日まで俺たちが通していた荷車が走っている。




「地下の道が先?」




俺が言う。




ミオは答えなかった。




代わりに、紙へ一行。




《上層街道と重複の可能性》




それだけ。




さらに進む。




半刻の三分の二。




油皿。




普通。




あと一つだけ白線を増やして戻ろう。




そう決めた場所で、床の溝が消えた。




突然。




二本とも。




その代わり、床を横切る太い黒線がある。




黒い石ではない。




昨日見た黒い板と同じ色。




幅は手のひらくらい。




壁から壁まで。




俺は足を止めた。




ミオも。




エダンも。




床。




右壁。




左壁。




上。




縦に一本ずつ、同じ黒い線が続いている。




四角い枠。




何かが、ここを横切っていた跡みたいに。




俺の背中がぞくっとした。




「昨日の板と同じ?」




ミオはランプを近づける。




「材質は似て見える」




「ここにも閉じるやつがあった?」




「候補」




エダンが奥を見る。




黒い枠の向こうにも、同じ広い通路が続いている。




塞がれていない。




今は。




俺は一歩だけ枠の向こうへ出た。




油皿を見る。




火は普通。




振り返る。




階段までは、白線が五つ。




帰れる。




「今日はここまで」




自分から言った。




エダンが「おお」と言った。




「何その反応」




「いや。成長」




「俺、毎日成長してるから」




ミオが紙を閉じる。




「昨日も言ってた」




今度は言った気がする。




戻る。




階段へ。




二十五段。




小部屋A。




点検口。




入口。




顔を出すと、見物人は十六人になっていた。




増えてる。




シンが札を一枚追加している。




《穴の前に立ち止まらないでください》




完全に観光地の対策だ。




ユリウスが木札を受け取る。




三人。




三人帰還。




持ち物。




全部。




「何があった」




俺は下の広い道と、地上の荷車の音と、黒い枠の話をする。




ユリウスは最初に一個だけ聞いた。




「黒い枠、触ったか?」




「触ってない」




「越えたか?」




「一歩だけ」




「そこは書け」




「細かいな」




「一歩で死ぬ場所もある」




その言い方は嫌だった。




でも木札には書いた。




《黒枠を一歩越境。異常なし。以後未探索》




ミオが地図を広げる。




地上の白嶺街道。




その下に、今までの細い地下通路。




さらにその下。




太い線を一本。




今日見つけた広い道。




三本が重なる。




俺はそれを見ていた。




「白嶺って、道を上に作ったんじゃなくて」




言いかける。




ミオがこっちを見る。




俺は少し考えて、言い直した。




「道が何回も作られた山なのかもな」




誰も否定しなかった。




でも、誰も頷きもしなかった。




まだ一日目だ。




下の道は、


入口から五本分しか地図になっていない。


第77話 閉じる場所が、一つじゃなかった

【本文】


次の日、ガランが地下へ降りた。




肩はまだ完全じゃない。




本人は「もう上がる」と言っている。




実際、腕は前より動く。




でもミオが見て、




「右だけ動き遅い」




と言った。




ガランは嫌そうな顔をした。




「地図屋に身体まで測られたくない」




「見えたから」




「見えるな」




無茶を言う。




重い物は持たない。




槌も小さいのだけ。




今日の目的は昨日の黒い枠。




ガランに見てもらう。




地下班は四人。




俺、ミオ、エダン、ガラン。




入口にはユリウス。




シン。




それからセドリックがいる。




最近、セドリックは地下へ入りたがらなくなった。




怖いわけではないらしい。




「現場で増える情報量に対して、私が下で役立つ量が少ないと判断しました」




と言っていた。




難しい言い方だけど、つまり上にいた方が役に立つということらしい。




俺は嫌いじゃない。




木札を書く。




ガランが横から覗く。




「俺の持ち物に『小槌』って書く必要あるか?」




ユリウスが答える。




「戻った時に無ければ、地下に落ちていると分かる」




「盗まれたかもしれんぞ」




「その場合は地上で探せる」




ガランが俺を見る。




「こいつ面倒だな」




「今さら?」




ユリウスが聞いている。




下へ。




点検口。


小部屋A。


階段B。


二十五段。




広い下層道。




昨日の白線は全部残っていた。




最初の一本。




二本。




三本。




地上から荷車の音。




今日は二台。




一台目は軽い。




音だけで分かる気がする。




たぶん気のせい。




黒い枠へ着く。




ガランがしゃがむ。




床の黒線。




壁。




天井。




順番に見る。




小槌で叩かない。




手もつけない。




ずっと見る。




俺は待つ。




一分。




二分。




「長い」




小声で言うと、ミオがこっちを見る。




「レンが短い」




それもそうかもしれない。




ガランが壁の黒線の横へ顔を寄せた。




「石じゃないな」




「金属?」




「たぶん。腐食が少ない。鉄そのままじゃなさそうだ」




俺が聞く。




「動いた?」




「今は何もない」




「前は?」




「知らん」




「昨日の黒い板と同じ仕組み?」




ガランがようやくこっちを見る。




「質問を一回に一個にしろ」




怒られた。




ガランは天井の黒線を指す。




そのすぐ横。




石に細い溝が二本ある。




今まで気づかなかった。




「ここ、擦れてる」




ミオが近づく。




確かに、石の角だけ丸い。




「何かが上下した?」




俺が言う。




ガランは首を傾ける。




「上下か横か分からん。ただ、固定の飾りならこんな擦れ方はしない」




昨日より一つだけ進んだ。




動いていた何か。




通路を横切る黒い枠。




俺はその先を見る。




「奥も行く?」




ユリウスはいない。




止める声は地上。




エダンが砂器を見る。




「予定の半分残ってる」




ミオも油皿を見る。




火は普通。




ガランが言った。




「行く。ただし次に同じのがあったら、そこで止めろ」




「何で?」




「一個なら入口かもしれん。二個なら別の意味が出る」




職人の考え方は時々ずるい。




答えを言わないのに、気になる言い方をする。




進む。




黒枠一。




白線。




二十歩。




右に小さい横穴。




奥行き五歩くらい。




空。




床に四角い穴が二つ。




ガランが見たが、「今はいい」と通り過ぎた。




さらに二十歩。




壁に細い縦溝。




反対側にも。




でも黒い材質はない。




「跡だけ?」




ミオが書く。




進む。




地上の荷車音が遠くなる。




代わりに、水が一滴落ちる音。




一定じゃない。




三回聞こえて、その後はしばらく来ない。




俺はこういう音が気になる。




どこから落ちているか見たくなる。




でも今日は黒枠。




分かっている。




五本目の白線。




そこで。




またあった。




黒い枠。




一つ目とほとんど同じ。




床を横切る黒線。


左右の壁。


天井。




ただし、こっちは右壁の横に小部屋がある。




ガランが何も言わず入った。




俺も続く。




ミオが後ろから言う。




「人数」




「あ」




小部屋は狭い。




四人入ると邪魔。




俺とガランだけ。




ミオとエダンは入口。




中には石の台。




一つ。




横に丸穴。




床に細い溝。




壁に縦穴。




昨日の小部屋Aに似ている。




でも小さい。




ガランの顔が変わった。




嬉しそうではない。




困っている時の顔。




「似てる?」




俺が聞く。




「似てる」




「昨日の板を動かす部屋?」




「可能性はある」




「じゃあこれも?」




「可能性はある」




「何で全部可能性なの」




「壊して中を見れば早いぞ」




「それは駄目」




反射で答えた。




ガランが笑った。




「分かってきたな」




試された。




腹立つ。




ガランは壁の縦穴へ細い木棒を入れる。




途中で止まる。




抜く。




先に黒い粉。




「金属?」




「かもしれん」




また。




でも今度は俺も気にならない。




分からない物を分からないまま持ち帰るのも、最近少し面白くなってきた。




小部屋を出る。




ミオが一つ目と二つ目の距離を測る。




歩数。


地図。


地上の位置。




「だいたい同じ間隔じゃない」




俺が聞く。




「じゃあ規則じゃない?」




「まだ二個」




そりゃそうだ。




ガランは二つ目の黒枠を見上げた。




「今日はここで止める」




「予定まだある」




「言っただろ。二個目があったら止める」




「意味、出た?」




「出た。『一個だけじゃない』って意味が」




それだけ?




と思った。




でも確かに、昨日とは違う。




一枚の扉みたいなものがあった。




それなら入口でもいい。




境界でもいい。




でも同じ構造が、広い道の途中にもう一つある。




何かを区切っていた。




一個の大きな地下道を、


何個かに分けて閉じるために。




俺はそう考えた。




口に出しかける。




やめる。




ミオが先に紙へ書いた。




《黒枠二か所。区画分割機構の可能性》




俺は覗く。




「俺が今言おうとした」




「言ってない」




「顔で」




「顔では読めない」




今まで散々読んでたのに。




帰る。




一つ目の黒枠を通る。




階段。




上へ。




入口。




見物人は減っていた。




七人。




代わりに、屋台が一つ増えていた。




串焼き。




俺は地下から出た瞬間、匂いに負けた。




「何でここで売ってるの」




屋台の男が肉を返しながら言う。




「人が止まるから」




商売が早い。




シンが隣で嫌そうな顔をしている。




「煙、入口側に流すなって三回言った」




「風向きは俺の仕事じゃねえよ」




「台を二歩動かすのは仕事」




普通に揉めている。




地下の古代構造より、こっちの方が現実は強い。




ユリウスへ木札を返す。




四人。




四人帰還。




小槌。




ある。




油皿。




ある。




白線。




使った。




黒い枠。




二つ。




セドリックが地図を見る。




「区画分割、とありますね」




ミオが答える。




「可能性です」




「何のための区画でしょう」




「分かりません」




「火災?」




「候補」




「水?」




「候補」




「敵?」




一瞬。




誰も答えなかった。




セドリックが自分で言い直す。




「失礼。先走りました」




ガランは串焼きを一本買った。




さっきまで地下構造を見ていた顔で普通に肉を食っている。




俺が聞く。




「気にならない?」




「何が」




「何で閉じる場所が何個もあるか」




「気になる」




「じゃあ何でそんな普通に食えるの」




「腹減ってるからだ」




強い。




俺も買った。




熱い。




舌を焼いた。




ガランが笑う。




「地下で死なずに串で死ぬなよ」




「死なないよ」




「一歩で死ぬ場所もあるぞ」




ユリウスの真似だった。




似てない。




でも少し笑った。




その日の夕方、ミオが地上と地下の地図を重ねた。




透明な薄紙はないので、二枚を窓の光にかざす。




上の街道。




下層広路。




黒枠一。




黒枠二。




位置を合わせる。




俺とエダンも横から見る。




「ここ」




ミオが一つ目を指す。




地上では、待避所の少し南。




二つ目。




地上では、古い崩れ跡の近く。




俺が聞く。




「偶然?」




「まだ分からない」




またその言葉。




でもミオは紙を下ろさなかった。




二つ目の黒枠の真上には、


白嶺で最初に直した大きな崩れの端があった。




俺たちが来るずっと前から、


壊れていた場所。




地下の閉じる構造と、


地上の崩れ。




近い。




近すぎる。




でも、まだ二個。




ミオは地図の端に小さく書いた。




《三個目を見るまで、関連は保留》




俺はその文字を見る。




「明日だな」




エダンも見る。




「明日だな」




ミオだけがため息をついた。




「二人とも、その顔やめて」




俺とエダンは顔を見合わせた。




たぶん、


同じ顔だった。


第78話 崩れた場所の下には、閉じる仕組みがあった

【本文】


三個目を探しに行く前に、地上が止まった。




朝一番。




北から来た荷車が三台。




南から二台。




そのうち一台が、いつもより大きかった。




車輪も太い。




荷台には樽が六個。




中身は塩漬け肉らしい。




「重い?」




シンが荷引きへ聞く。




男が肩をすくめる。




「軽くはない」




「数字で」




「知らん」




シンの顔が嫌そうになる。




最近、ユリウスに似てきた。




「じゃあ一台ずつ。待避所で前の車が抜けてから入って」




「急いでる」




「道が落ちたらもっと遅い」




言うようになった。




荷引きは文句を言いながらも止まった。




俺は地下入口の横でそれを見ていた。




今日はすぐ降りない。




昨日の地図で、二つ目の黒枠と地上の崩れ跡が近かった。




三個目を探す前に、上の位置をもう一度確かめる。




ミオが歩数を取る。




エダンが地上の古い石を見ている。




ガランは荷車の車輪幅を測っていた。




何で。




「何してるの?」




「重い車ほど振動が違う」




「地下に関係ある?」




「あるかもしれんから見てる」




可能性が職人にも完全に移った。




大きい荷車が入る。




ゆっくり。




ゴロ。




ゴロ。




石床の上。




俺は足の裏で振動を感じる。




大したことはない。




でも古い崩れ跡の近くで、




ゴン。




少し低くなった。




ガランが手を上げる。




「止めろ」




シンが即座に通行札を返す。




《停止》




荷車が止まる。




「何だよ」




荷引きが不満そうに言う。




ガランは石床へしゃがんだ。




耳をつけるわけじゃない。




手のひらを置く。




別の石へ。




また。




「この一枚、浮いてる」




俺の背中が冷える。




第69話で見つけた音の違いと似ている。




ただし場所は違う。




今度は、昨日の二つ目の黒枠のほぼ真上。




ミオが地図を見る。




「たぶん二、三メートル以内」




「たぶんじゃ通行止めにできないだろ」




荷引きが言う。




シンがそっちを見る。




「落ちるかもしれない道を『たぶん大丈夫』で通す方が嫌です」




敬語。




でも強い。




荷引きが少し黙った。




俺は思わずシンを見る。




最初に村で会った時、外の町の話を聞いて目を輝かせていた少年と同じ顔だ。




同じなのに、今は荷車五台を止めている。




「迂回は?」




別の商人が聞く。




エダンが答える。




「人と手押しは旧側路。荷車は待機。昼までに判断する」




「誰が判断する?」




一瞬。




昔なら俺が口を出していたかもしれない。




エダンはガランを見る。




ガランは地下入口を見る。




最後にユリウス。




ユリウスが言った。




「地上構造はガラン。地下位置はミオ。通行再開は二人の情報を合わせて、入口担当が決める」




入口担当。




シン。




商人が少年を見る。




少し意外そうな顔。




シンも気づいた。




「何」




「いや。お前が決めるのかと思って」




「俺一人じゃ決めないです。でも開ける札を返すのは俺です」




短い。




でも逃げなかった。




俺は口を挟まなかった。




何となく。




地下へ。




今日は調査じゃない。




確認。




俺、ミオ、ガラン。




エダンは地上。




二つ目の黒枠まで。




そこから天井を見る。




ガランが小槌で、黒枠の横の石を軽く叩く。




コン。




少し離れる。




コン。




さらに地上で音が低かった方角へ。




二歩。




三歩。




そこで天井の端に、昨日は気づかなかった細い継ぎ目があった。




四角。




人が通れる大きさじゃない。




縦に長い。




ミオがランプを上げる。




「これ、穴?」




石で塞がっている。




でも周りと積み方が違う。




ガランが言った。




「蓋だな」




「上に何がある?」




「地上の石床。たぶん」




俺は天井を見上げる。




地上からは普通の道。




下から見ると、蓋。




ガランは触らずに周りを調べる。




右側に細い縦溝。




その横に黒い金属らしき細線。




二つ目の黒枠へつながっているようにも見える。




「これ、同じ仕組み?」




俺が聞く。




ガランはすぐ答えなかった。




小槌の柄を継ぎ目へ近づける。




押さない。




幅を見るだけ。




「同じ場所で作った可能性はある」




ミオが書く。




《黒枠二と天井蓋候補、構造連続の可能性》




俺は嫌な感じがした。




閉じる枠。




その上に、地上の道。




しかも古い崩れ跡が近い。




「もしこれが開いたら」




言いかける。




ガランが俺を見る。




「開けるなよ」




「開けないよ。想像」




「想像なら勝手にしろ」




上の石が落ちる?




下の道へ?




逆に、下から何か上がる?




分からない。




油皿の火は普通。




時間もある。




でもガランは一度上へ戻ると言った。




「何で?」




「地上と同時に見る」




上がる。




ミオが地下の位置へ白い小石を置く。




地上では、エダンがその真上候補へ縄を張っている。




ガランが歩数を数える。




ミオも。




俺は二人の後ろを歩く。




「ここ」




ほぼ同時だった。




地上。




古い崩れ跡の端。




さっき浮いていると言った石床から、四歩。




ガランが石を一枚見る。




長方形。




周りより少し色が違う。




泥で分かりにくい。




エダンが箒で表面を掃く。




線。




四角い枠。




地上にもあった。




俺の口が勝手に動く。




「蓋の上」




ミオが地下図と地上図を見比べる。




「位置は合う」




ガランが言う。




「まだ開けるな」




誰も開けようとしていない。




たぶん俺を見ている。




やめてほしい。




昼。




荷車はまだ止まっている。




商人たちは最初こそ不満そうだったが、屋台が来てから少し静かになった。




串焼き屋。




またいる。




今日はパン屋まで来た。




待機列にパンを売っている。




道が止まっているのに、町は勝手に商売を始める。




俺はパンを一個買った。




エダンも。




シンは机から離れない。




「食べる?」




俺が聞く。




「あとで」




「冷めるよ」




「札五枚返してから」




仕事する顔。




俺は半分だけ机へ置いた。




何も言わない。




地下へ戻る。




今度は三個目を探すためじゃない。




二つ目周辺の構造を、地上とつなげて見る。




黒枠。




天井蓋。




右壁の小部屋。




その三つ。




小部屋の床には細い溝があった。




昨日、見ただけで終わったもの。




ガランがその溝の向きを追う。




黒枠側へ。




途中で壁に消える。




壁の縦穴。




黒い粉がついた穴。




ガランがしゃがんだ。




長い。




すごく長い。




俺は待つ。




今度は急かさない。




やっとガランが立つ。




「仕組みがつながってたかもしれん」




ミオが聞く。




「黒枠と、天井の蓋が?」




「同時か、順番かは分からん。だが別々に作った感じじゃない」




俺の喉が乾く。




「何のため?」




「それを今から見るんだろ」




答えじゃない。




でも前へ進んだ。




俺たちは、二つ目の黒枠を越えずに周囲を探した。




壁。




床。




天井。




右の小部屋。




左。




左側には何もないと思っていた。




ランプを低くすると、壁の根元に細い空洞がある。




砂が吸い込まれている。




俺が白い粉を少し落とす。




流れる。




風。




下ではなく、斜め上へ。




「外につながってる?」




ミオが聞く。




「候補」




俺が先に言った。




少し嬉しい。




壁の根元は石で塞がれている。




ただ、一枚だけ薄い。




昨日までの点検口と似ている。




今日は開けない。




位置だけ地図に取る。




地上へ戻って、外側の斜面から探す。




四人。




俺。


ミオ。


エダン。


ガラン。




白嶺の北側斜面。




崩れ跡の横。




草。




石。




低い灌木。




何もない。




俺は斜面を下りる。




エダンが上から言う。




「一人で行くな!」




「見える範囲!」




「それ前も聞いた!」




成長してない部分もある。




十メートルほど下。




岩肌。




自然の割れ目。




その横に。




直線。




縦。




一本。




草をどける。




細い石の隙間。




風が出ている。




冷たい。




俺は上を見る。




「ここ!」




ミオが下りてくる。




エダンも。




ガランは上から「落ちるなよ!」と叫んでいる。




隙間は指二本くらい。




中は暗い。




ランプの光は入らない。




でも位置は合う。




地下二つ目黒枠の脇。




壁根元の風穴候補。




地上では、山腹の細い隙間。




ミオが地図へ点を打つ。




そこで俺は気づいた。




隙間の周りだけ、岩が不自然に平らだ。




自然に割れたんじゃない。




削った跡。




縦に何本も。




「これ、人が作ってる」




エダンが手で触る。




「たぶんな」




「何でこんな細い穴を外まで?」




誰も答えない。




ガランが上から叫ぶ。




「そこから石投げんなよ!」




誰も投げてない。




俺は穴へ耳を近づける。




何も聞こえない。




その時。




地上の街道で、荷車を動かす音がした。




ゴロ。




止めていた一台を、待機場所へ移したらしい。




音は山の中を通って、




ほんの少し遅れて、


この隙間からも聞こえた。




俺とミオが顔を見合わせる。




音が抜ける。




空気も抜ける。




地下道のための穴。




換気。




連絡。




排水。




何でもありえる。




ただ、自然の穴じゃない。




また一つ、


誰かが作った物が増えた。




午後遅く。




俺たちは結局、三個目の黒枠まで行かなかった。




地上の道を開ける方を先にした。




ガランが浮いていた石床の周りを木枠で支え、重い荷車は一台ずつ、石の真上を避けて通す線を決めた。




ミオが地下の黒枠位置を地上へ転記する。




シンが通行札へ書く。




《重荷車 左寄せ》


《一台ずつ》


《待避所確認後に進入》




最初の樽車。




ゆっくり。




通る。




ゴロ。




問題なし。




二台目。




問題なし。




三台目。




少し石が鳴った。




ガランが止めて確認。




大丈夫。




五台全部が抜けたのは、日が傾いてからだった。




最後の札を返したシンが、机に置いてあった半分のパンを見る。




「これ何」




「昼の」




「固い」




「だから言った」




シンはそれでも食べた。




一口。




二口。




「うまい?」




「固い」




それしか言わない。




ユリウスが今日の記録をまとめている。




地下へ入った人数。


地上で止めた荷車。


再開時刻。


木枠の位置。


黒枠二の推定地上位置。




俺は地図を見た。




黒枠一。


黒枠二。




二の真上近くに、古い崩れ跡。


さらに、地下の黒枠と天井蓋らしい構造がつながっている可能性。




俺は昨日の言葉を思い出す。




一個なら入口かもしれない。


二個なら別の意味が出る。




そして今日。




閉じる場所の上に、


地上を落とせるかもしれない構造がある。




「これさ」




俺が言う。




全員が地図を見る。




「昔の人、壊れたから塞いだんじゃなくて」




一度止まる。




まだ言い切らない方がいい。




ミオが待っている。




ガランも。




俺は言い直した。




「塞ぐ時に、壊せるように作ってた可能性ない?」




静かになった。




串焼き屋の呼び声だけ聞こえる。




ガランが最初に口を開いた。




「ある」




一言。




俺はそっちを見る。




「ただし」




やっぱり続く。




「その蓋が本当に落とすための物なら、だ。上げるためかもしれん。直すための点検口かもしれん。黒枠と連動していた証拠もまだない」




ミオが地図の横へ書く。




《意図封鎖構造の可能性:上昇》


《用途未確定》




セドリックが少し離れたところから紙を見る。




「もし意図的に閉じられる道だったなら、誰が、何のために、が次ですね」




俺は地下入口を見る。




昨日まで、


階段の先に何があるかだけ知りたかった。




今は違う。




道があった。


閉じる場所があった。


閉じる場所の上には、崩れと似た構造がある。




誰かが、


この山を通れるように作った。




そして同じ誰かか、


別の誰かが、




通れなくする方法まで作った。




俺は地図の黒枠二を指でなぞりかけて、やめた。




触らなくても、


明日見る場所は分かる。




三個目。




もし三個目の上にも、


地上の崩れがあったら。




その時はもう、


偶然とは言いにくい。

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