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世界リセットなし。~死んだら別人生、それでも俺の歩いた道は残るVRMMO~  作者: ユミヒロ


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第70話 道を止めたら、町が詰まった

【本文】


ミオには、南側の積み替え場へ着く前に追いついた。




正確には、積み替え場の手前で地面にしゃがみ込み、荷車の轍を測っていた。




「ミオ!」




俺が呼ぶと、ミオは顔だけ上げた。




「何壊したの?」




「何で最初がそれなの」




「レンが走って来たから」




「俺じゃない。石床の下が空いてる」




ミオの手が止まった。




一秒。




二秒。




「触った?」




「触ってない」




「本当に?」




「エダンにも止められた」




そこでようやく信用された。




地図板を抱えて立ち上がる。




「戻ろう」




帰りは俺の方が少し遅かった。




走って来たぶん、普通に疲れていた。




白嶺の北入口へ戻ると、道より先に人の列が見えた。




荷車三台。




手押し車二台。




徒歩は数えるのをやめた。




列の先頭ではシンが板を持っていた。




《旧道区間 通行止め》




字が妙に大きい。




「お前が書いた?」




俺が聞くと、シンは板を持ったまま眉を寄せた。




「見れば分かるだろ」




「字、大きくなったね」




「昨日、小さいって怒られた」




鍋屋のおばちゃんだと思う。




シンは南向きの旅人へ札を渡し、次に荷車を指した。




「荷車は今の狭い道を使えない。北で待つか、積み替えて人で運ぶか。急ぐ荷だけ先に出して」




荷引きの男が不満そうに聞く。




「いつ直る?」




「分からない」




「昼には?」




「分からない」




「夕方」




「それも分からない」




男が俺を見る。




なぜか俺なら分かると思ったらしい。




俺は首を振った。




「俺も分からない」




男はため息をついた。




でも怒鳴らなかった。




最近、この道で「分からない」は少しだけ普通になった気がする。




石床の周りには縄が張られていた。




ガランが来ている。




片膝をついて、石の継ぎ目へ細い鉄棒を入れていた。




エダンはその横で通る人を止める。




「そこから中入るな。壁際も踏むな」




俺たちを見ると、ガランが顎だけ上げた。




「遅い」




「ミオ追いかけてた」




「女追いかけて道止めてたのか」




「言い方!」




ミオが俺の横を通り過ぎる。




「私は追いかけられてない。呼び戻された」




そこ大事らしい。




ガランは鉄棒を抜いた。




「下は空洞だ。しかも浅いところと深いところがある」




ミオがしゃがむ。




「水路?」




「水なら音が返る。ここは違う」




ガランが石を指で叩く。




コン。




少し横。




カン。




もう少し横。




コッ。




同じ石に見えるのに、音が違う。




「床じゃないの?」




俺が聞くと、ガランは嫌そうな顔をした。




「床だ。下から見れば天井かもしれん」




なるほど。




ちょっとわくわくした。




顔に出たらしい。




エダンが先に言う。




「今は道が止まってる方を考えろ」




「考えてるって」




「目が下向いてる」




ばれている。




ガランは縄の外から長い棒を伸ばした。




石の継ぎ目を押す。




動かない。




隣。




動かない。




三枚目。




ほんの少し沈んだ。




全員が止まる。




ガランが手を離す。




石は戻らない。




「ここから三枚、荷を通すな」




「三枚だけ?」




ミオが聞く。




「今分かるのは三枚だけだ。分からんところまで安全とは言ってない」




シンが後ろから声を上げた。




「それ、札に書く?」




ガランが振り返る。




「誰が読む」




「通る人」




「長い」




「じゃあ『踏むな』」




「それでいい」




シンが炭筆で板へ書き足す。




《縄の中 踏むな》




分かりやすい。




その時、列の後ろで何か落ちた。




木箱。




中から玉ねぎが三つ転がる。




一個が俺たちの方へ来た。




最初の荷車で玉ねぎが散った時の嫌な記憶が戻る。




俺は足で止めた。




「玉ねぎ、この道好きだな」




エダンが笑う。




「前のやつとは別だろ」




たぶん。




持ち主が走ってくる。




「悪い!」




玉ねぎを渡す。




その間にも、列は伸びていた。




道を止めるって、穴を見ることだけじゃない。




止まった人が増える。




荷物が増える。




待つ場所が要る。




水も要る。




シンがいつの間にか、徒歩と荷物待ちを分けていた。




エダンは荷車を北側の空き地へ回している。




俺たちが石を見ている間、別の人が道を止めた結果を片づけている。




少し前なら、俺はたぶん穴しか見ていなかった。




今もかなり見ているけど。




ガランが立ち上がった。




「一本、支え入れる」




「どこに?」




「端から石一枚だけ浮かす。下見て、梁があるなら止める」




「俺やる」




「お前は縄持て」




「地味」




「落ちない仕事が一番大事なんだよ」




それは最近よく聞く。




ガランが縄の外側から板を渡す。




板の先に鉄の爪。




石の端へ差す。




エダンが反対側を押さえる。




俺は腰縄。




ミオは石の動きを見る。




「一指だけ」




ガランが言う。




板を押す。




石がほんの少し上がる。




暗い線が見えた。




下。




本当に空いている。




俺は息を止めた。




「光」




ミオが小さな鏡板を出す。




外の光を隙間へ入れる。




灰色。




石。




壁みたいな平らな面。




その瞬間。




ゴッ。




足元で音がした。




ガランの立っていた石が沈んだ。




「ガラン!」




俺は縄を引いた。




遅い。




石が斜めになり、ガランの右足が消える。




身体ごと引かれる。




エダンが腕を掴む。




俺は腰縄を引く。




でも石の端がさらに欠けた。




ガランが落ちた。




完全には消えなかった。




腰縄が張る。




ドン、と下で何かにぶつかる音。




「ガラン!」




「引くな!」




下から怒鳴り声が返った。




生きてる。




俺の手に入っていた力が少し抜ける。




「引くなって何で!」




「肩が石に挟まってる! 上に引いたら腕持ってかれる!」




それは困る。




ミオがすぐ地面へ伏せた。




穴を覗く。




「見える。三メートルくらい。ガラン、左足つく?」




「つく。右もつく。肩だけ板の下だ」




エダンが縄を柱へ回す。




「レン、張ったまま。落とすな。でも引くな」




「分かってる」




分かってるけど、腕が震える。




ガランの重さ全部じゃない。




下に足がある。




それでも怖い。




ミオが穴の端を見回す。




「右側、広い。人一人降りられる」




「俺行く」




「待って」




ミオが俺を見る。




「二本目の縄」




そうだった。




一本で降りるな。




自分たちで決めた。




シンがもう縄を持って走ってきていた。




「これ!」




「早い」




「入口に置いてるって、レンたちが決めたんだろ」




そうだった。




俺たちが過去に決めたものに、今の俺が助けられる。




二本目を石柱へ。




エダンが結び目を確認する。




俺が降りる。




足元。




壁。




石。




穴は思ったより広かった。




下へ着く。




床がある。




土じゃない。




平らな石。




でも今は見ない。




ガラン。




右肩の上へ、落ちた薄い石板が乗っている。




完全に挟まれてはいない。




端だけ。




「これ、持ち上げる」




「一人でやるな」




「やらない。エダン降りて」




上でエダンが返す。




「今行く」




ミオは上に残る。




穴の縁と石の動きを見るため。




エダンが降りる。




二人で板の端へ短い棒を入れる。




ガランが下から言った。




「一気に上げるな。左へずらせ」




落ちた本人が指示している。




「ガラン、痛くない?」




「痛いに決まってるだろ。だから早くやれ」




元気そうだった。




棒を押す。




石板が少し浮く。




エダンが横へずらす。




ガランの肩が抜ける。




「よし」




「動く?」




ガランが右腕を少し上げた。




顔が歪む。




「動く。折れてはなさそうだ」




それだけで十分。




先にガランを上げる。




縄を胸と腰へ回す。




上から三人。




下から俺とエダン。




ゆっくり。




ガランが穴の外へ出た。




誰かが拍手しかけた。




ガランが怒鳴った。




「拍手してる暇あったら板持て!」




拍手は消えた。




いつものガランだった。




俺とエダンも上がる。




水場へ運ぶ。




肩を冷やす。




ガランは座ったまま、俺を見た。




「下、見たな」




「ちょっとだけ」




「どうだった」




俺は答えようとして、止まった。




ミオを見る。




ミオも見ていた。




下で俺が見たもの。




平らな床。




直角の壁。




壁の途中に、同じ間隔で並んだ四角い凹み。




自然の洞窟じゃない。




少なくとも、そう見えた。




「作ってある」




俺が言う。




ガランが頷く。




「俺も落ちながら見た」




「そんな余裕あった?」




「職人は壁見るんだよ」




変な職業病だ。




ミオはもう地図板へ一本線を引いている。




ただし線の先は短い。




穴の真下だけ。




「まだ施設とは書かない」




「書かないの?」




「見たのは床と壁と凹みだけ」




「十分それっぽいじゃん」




「それっぽいは地図記号にない」




相変わらずだった。




午後。




旧石床の上は完全に閉鎖した。




狭い今の街道側へ、人だけ流す。




荷車は待つ。




急ぐ荷は小分けして人が運ぶ。




鍋屋のおばちゃんは、待っている人へ勝手にスープを売り始めた。




「通行止め商売?」




俺が聞くと、おばちゃんは柄杓を振った。




「待つなら腹減るだろ」




強い。




夕方には、列は朝より短くなった。




シンの板は三枚に増えていた。




《人 通れる》


《荷車 待つ》


《縄の中 踏むな》




その横に、小さい字がある。




《ガラン 生きてる》




「これ何」




俺が指す。




シンが炭筆を置いた。




「聞く人多いから」




本人は水場で怒っている。




確かに生きてる。




夜になる前、ガランが肩を布で吊ったまま俺たちを呼んだ。




「明日、下を見る」




俺はすぐ頷いた。




ミオは聞く。




「ガランも?」




「俺は上だ」




「よかった」




「何だその言い方」




「また落ちると面倒」




ガランが何か言い返そうとして、肩が痛んだらしく顔をしかめた。




俺は笑わなかった。




ちょっとだけ。




エダンが縄をまとめる。




「明日は俺とレンとミオ。下は三人でいい」




「シンは?」




俺が聞く。




シンは通行札を重ねながら答えた。




「上」




迷いがなかった。




「人止めるやついなくなるだろ」




それもそうだ。




少し前なら、知らない穴が開いたら全員で覗きたかった。




今は誰かが上に残る。




誰かが列を見る。




誰かが怪我人を運ぶ。




誰かが下へ行く。




全部同じ白嶺だった。




俺は閉鎖した石床を見る。




穴の下には、人が作ったらしい空間がある。




それは気になる。




ものすごく気になる。




でも今日は、ガランを上へ戻した。




道も完全には止めなかった。




明日、ちゃんと準備して下りる。




昔の俺なら、たぶん今夜でも行った。




そう思った瞬間。




水場からガランの声が飛んだ。




「レン! 俺の小槌、下に落ちてる!」




俺は穴を見る。




「今取りに行く?」




「行くな! 明日でいい!」




じゃあ呼ばないでほしい。


第71話 床の下にも、道があった

【本文】


翌朝、一番最初に回収したのは古代の宝じゃなかった。




ガランの小槌だった。




穴の下へ降りる。




昨日落ちた石板の横。




灰色の床に、柄を上にして転がっている。




俺が拾う。




「普通」




上からガランの声が飛んだ。




「何がだ!」




「もっとすごい場所に落ちたから、光ってるかと思った」




「俺の槌を勝手に魔道具にするな!」




元気だった。




肩はまだ吊っているけど。




小槌を縄につけて上へ送る。




ガランが受け取る。




「傷ついてないな」




自分の肩より先に槌を見る。




ミオが俺の横で小声で言った。




「職人だね」




「昨日も言ってた」




「本人が証明してる」




今日は昨日より準備が多い。




入口の縄二本。


予備の縄一本。


板。


楔。


ランプ三つ。


炭筆。


ミオの地図板。


エダンの槍。


俺の短剣。


水。




それから、白い粉。




「何それ」




俺が聞くと、ミオが袋を持ち上げた。




「粉屋でもらった石灰。戻る方向につける」




「地図あるじゃん」




「地図が落ちるかもしれない」




「縁起悪い」




「昨日、人が落ちた場所で言う?」




何も言えない。




穴の下は、昨日より広く見えた。




昨日はガランしか見ていなかったからだ。




床。




本当に平らだ。




幅は、白嶺の今の古道より少し狭い。




でも人なら三人並べる。




壁は左右とも石。




積んだ石じゃないところもある。




岩を削って平らにしたような面。




そこに、四角い凹みが同じ高さで続いている。




俺は一つへ顔を近づけた。




「何入れる穴だろ」




エダンが横から覗く。




「灯り?」




「武器?」




「水?」




ミオが炭筆を動かす。




「四角い凹み」




俺たち二人で見る。




「そのまま?」




「分からないから」




強い。




床の端には細い溝がある。




水路ほど深くない。




昨日の雨水が少しだけ流れている。




自然にできた割れ目じゃない。




まっすぐ。




俺はしゃがむ。




「排水かな」




「候補」




「もう言い方覚えた」




「使って」




昨日の穴から北側へ十歩。




壁。




終わりかと思った。




エダンがランプを上げる。




壁の右下に隙間がある。




人は通れない。




風は来ている。




「埋まってる」




俺が言う。




エダンは壁へ触れずに横から見る。




「崩れた感じじゃないな」




「何で?」




「石の大きさが揃いすぎてる」




確かに。




四角い切石。




大きさがほぼ同じ。




隙間には灰色の固まったもの。




ガランが上から縄越しに叫ぶ。




「触るなよ!」




見えてないはずなのに。




「何で分かったの!」




「お前が黙ると大体触ろうとしてる!」




そんな癖あったかな。




ミオが頷いている。




あったらしい。




北側は一旦終わり。




南側へ行く。




昨日落ちた穴の真下を越える。




天井を見ると怖い。




上の石床の裏側。




太い石梁が何本も渡してある。




その上に床石。




俺たちが何度も荷車を通した場所だ。




一本。




二本。




三本。




四本。




五本目。




端が欠けている。




昨日沈んだのはこの上だ。




ミオが顔を上げたまま言う。




「荷車止めて正解」




俺も見上げる。




「これ、補強できる?」




エダンが答える。




「ガランに見せないと分からん」




俺は上へ向かって叫ぶ。




「ガラン!」




「聞こえてる!」




「梁一本欠けてる!」




「戻ったら絵描け!」




「ミオが描いてる!」




「ならお前は黙って見ろ!」




役割がない。




少し進む。




今度は左側に広い開口があった。




扉はない。




枠だけ。




中へランプを向ける。




部屋。




四角い。




奥行きは十歩くらい。




壁沿いに石の台が並んでいる。




台の上には何もない。




床に割れた陶器。




黒くなった布みたいなもの。




木はほとんど残っていない。




俺は入口で止まる。




「入る?」




ミオが先に床を見る。




エダンも天井を見る。




俺も見る。




三人とも同じことをした。




ちょっと笑う。




「何」




ミオが聞く。




「いや。前なら俺だけ先入ってたなって」




エダンが言う。




「今も一歩前だぞ」




足を見る。




本当だった。




半歩戻る。




部屋の床へ長棒を当てる。




固い。




入る。




石の台。




高さは腰くらい。




同じ形が六つ。




ミオが測る。




エダンは陶器を一つ拾った。




「壺?」




「候補」




俺が言う。




ミオがこっちを見る。




「覚えたね」




「成長してる」




「そこ?」




割れた器の内側には、白い粉が残っていた。




匂いはほとんどない。




触らない。




最近、触らないという技を覚えた。




たぶんレベルには出ない。




部屋の奥。




壁に丸い穴が二つ。




一つは塞がっている。




もう一つは空いていて、細い風が来る。




エダンが耳を寄せる。




「音する」




「水?」




「違う。遠い」




俺も聞く。




何か。




ゴン。




間。




ゴロ。




また間。




俺は顔を上げた。




「荷車?」




ミオも聞く。




上だ。




別の道を通している荷車の音。




この部屋は、今使っている通路の下か横にある。




世界が二重になったみたいだった。




上では普通に人が麦を運んでいる。




下では俺たちが、誰かが昔作った部屋に立っている。




ミオが地図へ線を足す。




「上の現道と重なる」




「どっちが先?」




「分からない」




「古い方が下じゃない?」




「順番と位置は別」




正しい。




でも夢がない。




「たまには『すごいね』って言わない?」




ミオは地図から顔を上げた。




「すごいね」




「言わせた感じする」




「すごいけど、地図は勝手に決めない」




そっちの方がミオらしかった。




部屋を出る。




さらに南へ。




通路は二十歩ほど続いて、少し曲がった。




そこで壁が変わった。




それまでの灰色石じゃない。




少し赤い。




新しいという意味じゃない。




周りより加工が粗い。




しかも積み方が違う。




通路を、端から端まで完全に塞いでいる。




俺は止まった。




エダンも止まる。




ミオがすぐ地図板を下げた。




「これ」




「うん」




誰も触らない。




学習している。




赤い石の壁。




下の方に、小さな隙間。




風は来ている。




向こうに空間がある。




でも自然崩落じゃない。




少なくとも、俺にはそう見えた。




石が揃っている。




横一列がまっすぐ。




上まで積んである。




ミオが言う。




「北側と似てる」




「北も塞がれてた」




エダンが壁の端を見る。




「こっちは後から詰めた感じする」




「分かる?」




「壁と噛んでない。横に置いてるだけ」




俺にはそこまで分からない。




でも、言われて見ると、元の壁に食い込んでいない。




通路の中へ、別の壁を置いた感じ。




ミオが記録する。




《赤色切石の閉塞》




《自然崩落に見えず》




《用途不明》




最後が大事。




俺は壁の前で腕を組んだ。




「開けたい」




エダンがすぐ言う。




「分かる」




ミオも言う。




「分かる」




二人とも止めると思ったのに。




俺は振り返る。




「じゃあ」




「今日は開けない」




ミオが続けた。




やっぱり。




「理由は?」




「上の道の位置がまだ全部分かってない。ここ崩して、上が落ちたら困る」




エダンも壁を見たまま言う。




「あと、塞いだ理由が分からん」




その一言で、少し温度が変わった。




崩れたから塞がったんじゃない。




誰かが塞いだかもしれない。




なら。




何で。




そこへ行く前に、上から三回音がした。




コン、コン、コン。




戻れの合図。




俺たちは同時に振り返る。




「何かあった?」




返事は聞こえない。




走らない。




でも急ぐ。




穴まで戻る。




上を見る。




シンの顔。




「何?」




俺が聞く。




「荷車五台になった」




危険じゃなかった。




一瞬力が抜ける。




シンが続ける。




「あと、南から役人みたいなの来た」




「役人?」




「服がきれい」




判断基準そこ?




上へ出る。




入口の列は昨日より整理されていた。




荷車は別。




徒歩は別。




水を飲む人も別。




シンが木札を何枚も使って流れを分けている。




昨日より上手い。




俺が下にいる間に。




「これ全部やったの?」




「エダンが朝決めたやつ。俺が回してるだけ」




「回してるだけで五台止めたの?」




「止めてない。二台は積み替えた。三台待ち」




俺は少し黙った。




昔のシンを知っている。




片方の靴もなくて。




一回死んで。




戻ってきて。




今は荷車五台と人の列を普通に捌いている。




本人はそんなこと考えてなさそうだった。




「何見てる」




「別に」




「気持ち悪い」




ひどい。




ガランへ地下の絵を見せる。




欠けた梁。


四角い部屋。


同じ間隔の凹み。


北側の切石壁。


南側の赤い閉塞壁。




ガランは肩を吊ったまま、ミオの絵を長く見た。




「こっちの赤い方」




指す。




「後から詰めた可能性ある」




エダンと同じ。




俺が聞く。




「じゃあ、元は道?」




「道かどうかは知らん。空間が続いてた可能性は高い」




「開けられる?」




ガランが俺を見る。




「お前はそれしか聞かんのか」




「気になるから」




「開けるだけなら何でも開く。戻せるか、安全か、開けていいかは別だ」




最後の一個。




開けていいか。




俺は少し引っかかった。




今までは、見つけたら進むか戻るかだった。




誰に開けていいか聞く、なんて考えたことがない。




その時。




南側から来たらしい男が近づいてきた。




服がきれい。




本当にきれいだった。




泥がついていない。




白嶺では珍しい。




男は俺、ミオ、エダン、ガランを順番に見た。




最後に俺で止まる。




「レン殿ですか」




「そうだけど」




男は少し姿勢を正した。




「南側の街道管理所から参りました。地下空間を発見されたと聞きまして」




早い。




まだ昨日落ちたばかりなのに。




情報の方が荷車より速い。




「発見っていうか、ガランが落ちた」




男が一瞬だけガランを見る。




ガランが嫌そうに顔を背けた。




男は咳払いした。




「いずれにせよ、今後の立ち入りと調査について、発見者のご意向を確認したい」




俺は聞き返した。




「俺の?」




「はい」




後ろで、鍋屋のおばちゃんが言った。




「レンに聞いたら今すぐ開けるよ」




俺は振り返る。




「開けないよ!」




ミオが小声で言う。




「『今日は』ね」




余計な補足をしないでほしい。


第72話 発見者なら、決めてください

【本文】


南側の街道管理所から来た男は、名前をセドリックと言った。




役人だった。




シンの服判定は合っていた。




ただ、白嶺へ入って十分もしないうちに、裾は普通に泥だらけになった。




少し安心した。




「発見者のご意向を」




セドリックがもう一度言う。




俺は地下の穴を見る。




その横を見る。




待っている荷車。




スープを飲んでいる旅人。




通行札を書いているシン。




肩を吊ったガラン。




地図を描き直しているミオ。




エダンは新しい通行板を立てている。




俺だけに聞くの、変じゃない?




そう思った。




でも最初に口から出たのは別の言葉だった。




「とりあえず今日は入れない」




セドリックが頷く。




「閉鎖ですね」




「今日だけ。梁が欠けてる。下もまだ見てない場所あるし」




「では明日以降は」




「まだ決めてない」




「誰が決めます?」




困った。




俺はミオを見る。




ミオは地図を描いている。




助けてくれない。




エダンを見る。




木札を立てている。




こっちも助けてくれない。




ガランは小槌を磨いている。




肩痛いくせに。




「みんなで?」




俺が言うと、セドリックが少し困った顔をした。




「みんな、というのは」




「使ってる人」




「範囲が広すぎます」




「だよね」




自分でも分かる。




鍋屋のおばちゃんがスープの鍋から口を挟んだ。




「じゃあ私も入るのかい」




「使ってるでしょ」




「私は鍋売ってるだけだよ」




「水場使ってる」




「なら桶も一票かい」




話が変になった。




セドリックが笑うのを我慢している。




ミオはまだ助けてくれない。




あとで覚えておく。




ガランが小槌を置いた。




「永久の話と今日の安全を混ぜるな」




全員がそっちを見る。




「今日、下へ誰を入れるかは安全の話だ。責任者を決めろ。地下が誰のもんか、誰が使うかは別の日に揉めろ」




分かりやすい。




セドリックもすぐ頷いた。




「では今日の調査責任者は」




また俺を見る。




何で。




俺が開けた道だから?




穴を見つけたから?




一番入りたそうだから?




最後だけなら合ってる。




「ガラン」




俺が言う。




ガランが顔を上げる。




「俺は下りんぞ」




「下の石、安全か決められるのガランでしょ」




「現場判断は上からでもできる。下りる奴の動きはお前が見ろ」




戻された。




ミオがやっと口を開いた。




「今日はガランが構造安全。レンが地下班。上はエダンとシン。記録は私」




セドリックがメモを取る。




「それなら理解できます」




俺も理解できる。




最初からそれでよかった。




地下へ降りる前に、シンが木札を一枚持ってきた。




《地下 立入禁止》




「早いね」




「また字が小さいって言われる前に書いた」




大きかった。




今日は俺、ミオ、エダンの三人。




昨日と同じ。




ただし一つ違う。




セドリックが「同行したい」と言った。




俺は反射で「いいよ」と言いかけた。




ガランが咳をした。




思い出す。




今日の安全。




「今日は三人だけ」




俺が言う。




セドリックは少し驚いた。




「私も記録を」




「ミオがする。見たいなら、上で聞いて」




言ったあと、自分で少し驚いた。




知らない穴へ行く人数を減らしたカイルの言い方に似ていた。




人数が多い方が安心とは限らない。




セドリックは反論しなかった。




「分かりました」




素直だった。




ちょっと申し訳ない。




でも連れて行かない。




下へ。




昨日の南側閉塞壁まで行く。




途中、欠けた梁の下には白い印をつけた。




通らない線。




四角い部屋は今日は入らない。




目的は一つ。




閉塞壁の周辺を見る。




近づく。




赤い石。




昨日と同じ。




でも今日は道具がある。




触る道具じゃない。




見る道具。




鏡。


細い棒。


糸。


小さな錘。




ミオが壁の隙間へ糸を垂らす。




風で少し揺れる。




向こうは空いている。




エダンは壁の左右を見る。




「ここだけ色違う」




「昨日も言ってた」




「上も見ろ」




ランプを上げる。




閉塞壁の上。




天井との間。




黒い線がある。




梁じゃない。




溝。




通路を横切るように、天井へ一本。




俺は少し離れて見る。




「何これ」




ミオが角度を変える。




「壁の横にもある」




左右。




縦の溝。




床にも浅い線。




閉塞壁の前だけ、四角く囲うように溝がある。




俺は黙る。




エダンが先に言った。




「これ、壁じゃなくて……何か動いてた?」




「候補」




ミオが言う。




俺は覚えたので何も言わない。




動いてた。




そう見える。




でも今あるのは赤い石の詰め物。




元の何かはない。




その時、足元に小さな金属片を見つけた。




黒い。




錆びている。




触らない。




棒で寄せる。




輪の一部みたいな形。




ミオが紙へ描く。




「金属片。用途不明」




「うん」




俺はちゃんと言えた。




少し進歩。




閉塞壁の左側。




石と元壁の間に、指一本くらいの空間がある。




そこへ鏡を差し込む。




光を入れる。




俺とミオとエダンが順番に覗く。




向こう側。




広い。




少なくとも壁のすぐ裏が土じゃない。




石床が続いている。




さらに。




正面に、大きな黒いものが見える。




平ら。




縦長。




「扉?」




俺が言う。




ミオは少し待った。




「扉みたいな板」




「そこまで慎重?」




「取っ手見えないから」




正しい。




エダンが別角度から見る。




「下、空いてる」




「何が?」




「黒い板の下。床との間」




ほんの少し。




向こう側へ空間が続く。




俺の胸が速くなる。




壁を開けたい。




ものすごく。




でも昨日のガランの言葉が残っている。




開けるだけなら何でも開く。




戻せるか。


安全か。


開けていいか。




三つ。




昔なら一個目しか考えてなかった。




「今日は開けない」




俺が言った。




エダンがこっちを見る。




「自分で言ったな」




「聞こえてる」




ミオが紙へ何か書く。




「何」




「レン、自制」




「地図に?」




「観測メモ」




「誰の制作?」




答えなかった。




帰ろうとした時だった。




エダンが壁じゃなく、反対側を見た。




「待って」




ランプを向ける。




通路の右壁。




昨日は普通の石壁だと思っていた場所。




煤みたいな黒い線が一本ある。




縦。




その下に、小さな四角い穴。




エダンがしゃがむ。




「これ、同じ高さにある」




何と。




俺は後ろを見る。




少し離れた壁にも穴。




さらに前にも。




一定間隔。




昨日見た四角い凹みとは形が違う。




もっと小さい。




拳くらい。




ミオが距離を測る。




「六歩。次も六歩」




俺たちは三つ目まで見る。




全部六歩くらい。




「灯り?」




俺が言う。




「かもしれない」




「合図?」




「かもしれない」




「武器?」




「それも分からない」




全部分からない。




でも一定間隔。




誰かが何かのために揃えた。




通路。


閉塞。


動いていたかもしれない溝。


一定間隔の穴。




ただの倉庫より、少し違って見え始めた。




まだ名前はつけない。




上へ戻る。




ガランへ見たものを話す。




ミオが絵を見せる。




セドリックは横で全部メモしている。




ガランは閉塞壁の溝の絵を見たところで、眉を寄せた。




「これ、戸袋かもしれんな」




「戸袋?」




「大きい板を横か下へ逃がす溝。今の赤石は後詰めだ」




俺は聞く。




「じゃあ元は扉?」




「候補だ」




ガランまで言うようになった。




ミオが少し嬉しそうだった。




「何で塞いだ?」




俺が聞く。




ガランは肩をすくめた。




「知らん」




セドリックが紙から顔を上げる。




「古い街道設備なら、南側にも記録があるかもしれません」




「調べられる?」




「戻れば」




「今日戻る?」




「そのつもりでしたが」




後ろを見る。




荷車三台。




まだ待っている。




セドリックの裾はもう泥だらけ。




「今日は泊まります」




白嶺は予定をよく変える。




昼過ぎ。




一人の旅人が俺のところへ来た。




知らない顔。




装備は新しい。




南から来たプレイヤーっぽい。




「レンさんですよね」




また殿じゃないだけまし。




「そう」




「白嶺を最初に開いた人ですよね?」




「三人で」




「今回も地下を見つけたって」




「ガランが落ちた」




「いや、そこじゃなくて」




最近そこを訂正される。




旅人は少し興奮していた。




「掲示板で見ました。白嶺の英雄が古代施設を見つけたって」




俺は固まった。




「英雄?」




「南じゃ、そう呼ぶ人いますよ」




後ろで鍋屋のおばちゃんが吹き出した。




エダンまで笑っている。




ミオは笑わない。




でも口元が動いている。




「何で笑うの」




おばちゃんが柄杓で鍋を混ぜながら言った。




「英雄さん、空桶返してきて」




水場に空桶が四つある。




俺は旅人を見る。




旅人は困った顔をした。




「……手伝いましょうか」




「大丈夫」




英雄は桶を二つずつ持った。




重い。




こういう時だけ、呼び名と仕事が合わない。




桶を戻す途中、シンの机の横を通る。




シンが新しい紙を見ていた。




「何それ」




「今日の人数」




「何人?」




「今で百十二」




「そんな来た?」




「レン、地下いたから知らないだろ」




シンは紙をめくる。




「荷車七。手押し四。南から七十一、北から四十一。戻った人は別」




俺は桶を持ったまま止まった。




百十二。




この道を一日で百人以上。




最初、俺たち三人で通った道。




ちょっと現実感がない。




シンが俺を見る。




「止めるなら早く決めて。夕方また荷車来る」




「俺が?」




「今日の話。地下の話じゃない」




ガランと同じことを言う。




今日の安全と、ずっと先の権利は別。




「旧道の上は止める。人は今の道。荷車は日暮れまで北で待ち。夜は通さない」




俺が言う。




シンはすぐ紙へ書いた。




「理由は?」




「梁が欠けてる。地下調査中」




「分かった」




一秒も迷わない。




それから俺の桶を見る。




「英雄、こぼしてる」




足元。




水がぽたぽた落ちていた。




「その呼び方やめて」




「俺が言ったんじゃない」




絶対ちょっと楽しんでいる。




夕方。




セドリックがまた俺のところへ来た。




今度は紙を一枚持っている。




「管理所として、地下区画の暫定調査権限を整理したいのですが」




「また難しい話?」




「簡単に言います。誰の許可があれば入れることにします?」




俺は口を開く。




閉じる。




発見者だから。




最初に歩いたから。




道を開いたから。




それだけなら、俺と言えば早い。




実際、今朝は俺が地下班を決めた。




でも俺がいない時は?




俺が北へ遊びに行ったら?




寝てたら?




死んだら?




最後だけ、この世界では普通にあり得る。




俺はシンを見る。




エダンを見る。




ミオを見る。




ガラン。


鍋屋。


荷車。


待ってる人。




「今日の安全なら、俺とガランで止める」




セドリックが書く。




「明日以降は?」




「明日、ここ使ってる人で話す」




「全員ですか」




「全員は無理」




「では代表を」




「それも明日決める」




セドリックは少し考えた。




「決めないことを決めた、と」




「それ、役人っぽい言い方だね」




「役人ですので」




初めて少し笑った。




そこへ、北側から声がした。




「通行者を登録する」




聞き覚えがある。




俺は振り返った。




荷車の横。




木札の束。




炭筆。




いつもの少し真面目すぎる顔。




ユリウス・セインが立っていた。




「何でいるの」




ユリウスは地下の立入禁止札を見る。




次に荷車の列。




最後に俺を見る。




「三日留守にしたら、また道が増えて地下まで開いたと聞いた」




「増やしたの俺じゃない」




「お前の周りでは、だいたい増える」




反論しづらい。




ユリウスはシンの人数表を一枚見せてもらう。




「百十二」




「今でね」




シンが答える。




ユリウスは頷いた。




それから俺へ言った。




「地下へ入る者も記録する」




「嫌だ」




反射で言った。




ユリウスは一秒黙った。




「まだ説明していない」




聞いたことがある。




俺も一秒黙る。




「……今回は必要かも」




ユリウスの眉が、ほんの少しだけ上がった。




勝たれた。




たぶん。


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