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世界リセットなし。~死んだら別人生、それでも俺の歩いた道は残るVRMMO~  作者: ユミヒロ


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第55話 穴の中に六人と、でかいのがいた


【本文】


穴へ入る前に、カイルは剣をしまった。




俺は思わず見た。




「抜いたばっかじゃん」




「入口が狭い」




それだけ言って、代わりに短い槍を巡回兵から受け取る。




なるほど。




俺も短剣を抜きかけて、やめた。




後ろでエダンが少し笑う。




「真似したな」




「学習したって言って」




ミオは入口脇の岩へ細い布を結んでいた。




白。


赤。


白。




三枚。




「何それ?」




「吹雪でも入口を見失わないように。近くまで戻れれば色で分かる」




カイルが一度だけ振り返る。




「赤は一枚にしろ。血と間違える」




ミオの手が止まった。




「あ……そっか」




すぐ白と黄色へ変える。




こういう時、北の人間の経験は短い言葉で出る。




俺たちが白嶺で何度も失敗して覚えたのと同じだ。




穴は最初の五メートルだけ低かった。




その先で天井が急に上がる。




ぬるい空気。




濡れた岩。




壁の一部に、薄い橙色の苔みたいなものが光っている。




俺が触ろうとすると、後ろからミオに手首を掴まれた。




「何で触るの」




「光ってるから」




「理由になってない」




カイルが前から言った。




「毒は聞いたことない。ただ、服につくと落ちにくい」




「じゃあ触っても――」




「触るな」




二人に止められた。




入口から聞こえていた金属音は、奥へ行くほどはっきりした。




カン。




カン。




一回。




間。




二回。




規則的じゃない。




誰かが必死に叩いている。




カイルが声を張った。




「北巡回隊だ! 聞こえるなら返事をしろ!」




一瞬、音が止まる。




それから。




「こっちだ!」




人の声。




生きてる。




さらに別の声。




「六人いる! 一人動けない!」




ミオがすぐ俺を見る。




六人。




さっきの人数と合う。




カイルは返事をせず、前だけを見る。




「距離は?」




「百歩くらい! でも来るな! でかいのがいる!」




その瞬間。




奥で低い音がした。




鳴き声というより、岩が擦れたみたいな音。




グゥゥ……。




俺の背中がぞわっとする。




エダンが槍を構え直した。




「足跡のやつか」




カイルが頷く。




「たぶんな」




たぶん。




ここでも断定しない。




俺たちは進んだ。




走らない。




床は濡れている。




ところどころ、石の間から湯気が出ている。




二十メートルほど先で、通路が二つに割れた。




右は狭い。




左は広い。




人の声は左。




でも、大きな足跡も左。




ミオがしゃがむ。




「新しい」




「分かる?」




「水がまだ溜まってない。縁が崩れてる」




カイルは右側を覗いた。




「こっち、風がある」




「逃げ道?」




俺が聞く。




「分からない。帰りに使えるかもしれないから覚えとけ」




ミオが地図へ短い線を足す。




俺は前を見る。




助けを待つ声がある。




でもカイルは、横道まで見る。




遅いようで、たぶん速い。




奥へ。




通路が急に広がった。




そこに、荷車があった。




横倒し。




片方の車輪が外れている。




荷袋が岩壁へ積み上げられ、その裏に人が固まっていた。




一人。




二人。




三人。




六人。




本当に全員いる。




一番手前の男が、短剣を逆手に持っていた。




俺たちを見ると、膝から力が抜けた。




「遅いぞ……」




カイルが答える。




「生きてるなら文句は後で聞く」




「相変わらずだな、隊長」




知り合いらしい。




俺が六人を見る。




一人だけ、荷車の横で寝ている。




右脚の上に折れた車軸が乗っていた。




二人が押さえている。




顔色が悪い。




ミオがすぐそっちへ行く。




「意識は?」




「ある……」




寝ている男が自分で答えた。




「足は痛い?」




「聞くなよ……めちゃくちゃ痛い」




それなら意識ははっきりしてる。




カイルは残り五人を見る。




「動けるやつ」




四人が手を上げた。




一人は左腕を布で吊っている。




「お前は?」




「肩やった。歩ける」




「分かった」




その間。




俺は、荷袋の向こうを見た。




広い空間。




地面の中央に、浅い湯だまりがある。




湯気。




橙色の光。




そして、その向こう。




大きな影。




最初は岩に見えた。




動いた。




四つ足。




背中が俺の胸くらいまである。




全長は三メートル近い。




毛は灰色。




でも肩から背中にかけて、毛じゃない黒い板みたいなものが重なっている。




頭が低い。




額から、短く太い角が二本。




熊とも牛とも違う。




ゲームの魔物図鑑で見た記憶がない。




「カイル」




俺が小さく呼ぶ。




「名前分かる?」




「灰背の熱角獣」




初めて聞く。




「強い?」




「普通はここまで大きくない」




嫌な答えだった。




熱角獣はこっちを見ていた。




襲ってはこない。




でも離れもしない。




湯だまりの端に前脚を置き、低い音を出している。




グゥゥ……。




輸送隊の男が小声で言った。




「俺たちが入った時からいる。最初に一回突っ込んできた。荷袋積んだら、そこからは来ない」




「怪我した?」




カイルが聞く。




「こっちはない。荷車が倒れたのは、こいつを避けた時。車軸が折れて、ノズの脚が挟まった」




なるほど。




魔物にやられた、ではない。




怖くて避けて事故った。




カイルが熱角獣を見たまま聞く。




「攻撃したか」




男は少し黙った。




「一発、弓を」




「当たった?」




「肩に」




よく見る。




右肩の黒い板の隙間。




矢の軸が短く残っていた。




ミオが俺の横に来た。




「痛くて動けないのかな」




「人の方? 獣の方?」




「両方」




たしかに。




熱角獣は怪我している。




こっちにも脚を挟まれた人がいる。




そして吹雪。




全員、ここから出たい。




ただし出口は一つ。




カイルが通路の入口を見る。




次に荷車。




荷袋。




湯だまり。




怪我人。




熱角獣。




何も言わない。




俺も考える。




戦う?




倒せるかもしれない。




でも狭い。




怪我人がいる。




六人を守りながらは無理だ。




俺が聞く。




「先に五人出す?」




カイルは首を横へ振った。




「動くと獣も動くかもしれない」




「じゃあ倒す?」




「それもまだ」




「何で?」




カイルが顎で湯だまりを指した。




「見ろ」




熱角獣の後ろ。




岩壁の窪み。




小さい影が二つ動いた。




俺は目を細める。




「子ども?」




エダンも気づいた。




「二頭いる」




親だ。




あの大きいのは、湯だまりを守っているんじゃない。




その奥を守ってる。




輸送隊が逃げ込んだ場所が、たまたま巣の前だった。




俺は短剣から手を離した。




カイルがそれを見た。




「優しいな」




「いや、子どもいるやつと戦うの、面倒そう」




「嘘が下手だな」




また言われた。




ミオが怪我人の脚を見る。




「先に車軸をどけたい。ここで長引く方が危ない」




カイルが頷く。




「やる。ただし獣側へ三人残す」




「誰?」




「俺、レン、エダン」




俺はちょっと嬉しくなった。




「戦う側?」




「違う。戦わせない側」




ちょっとだけ下がった。




作業が始まる。




ミオと巡回兵二人が怪我人の方。




残りの輸送隊員は荷袋を動かさない。




俺たち三人は熱角獣を見る。




距離は十五メートル。




近い。




熱角獣が鼻を鳴らす。




俺は動かない。




エダンも槍を下げたまま。




カイルは短槍を持っているが、穂先を床へ向けている。




後ろで木が軋む。




「上げるよ!」




ミオの声。




三人が車軸を少し持ち上げる。




怪我人が呻く。




その声で、熱角獣の頭が上がった。




一歩。




前へ。




俺の身体補助が勝手に重心を落とす。




でも抜かない。




カイルが低く言う。




「レン。目を見るな」




「何で?」




「挑発になる」




すぐ視線を肩へずらす。




熱角獣がもう一歩。




エダンが息を止めたのが分かった。




俺も息が浅い。




後ろでミオ。




「抜けた!」




怪我人の脚が車軸から外れる。




その瞬間。




熱角獣が走った。




速い。




大きさに合ってない。




俺は横へ跳びそうになった。




カイルが叫ぶ。




「動くな!」




無理だろ。




と思ったけど、止まった。




熱角獣は俺たちへまっすぐ来る。




十メートル。




七。




五。




カイルが短槍を上げる。




俺も短剣を抜く。




エダンの槍が前へ出る。




三メートル。




熱角獣が急に右へ逸れた。




荷袋へ体当たり。




ドン!




積んでいた袋が崩れる。




一袋。




二袋。




その奥から、小さな熱角獣が一頭飛び出した。




「え?」




子どもが三頭いた。




一頭が荷袋の陰に入り込んでいたらしい。




親は俺たちへ来たんじゃない。




子どもを回収しに来た。




小さいのが親の腹の下へ潜る。




親はそのまま湯だまり側へ戻った。




俺たち三人。




しばらく動けなかった。




エダンが最初に息を吐く。




「……危な」




俺も言う。




「今の、絶対死ぬと思った」




カイルは短槍を下ろした。




「だから動くなって言った」




「分かってたの?」




「いや」




「え?」




「突進の角度が途中で変だっただけだ」




こいつも全部分かってるわけじゃない。




それが少し安心した。




後ろでミオが怒っていた。




「三人とも! 今しゃべるの後! 運ぶよ!」




そうだった。




怪我人。




助けに来たんだった。




布と棒で簡易担架を作る。




動ける五人へ荷物を持たせる。




全部は持っていかない。




小麦袋も薬箱も残す。




カイルが選ぶ。




「薬だけ一箱。食料は二日分。私物は片手で持てる分」




輸送隊の一人が抗議した。




「小麦は町の――」




「人が帰らないと小麦も回収できない」




「でも」




「場所は分かった。吹雪が止んだら戻る」




男は荷袋を見た。




それから担架の仲間を見る。




黙って小麦から手を離した。




出口へ。




順番を決める。




ミオと巡回兵が先。




担架。




輸送隊。




俺とエダン。




最後にカイル。




「隊長が最後?」




俺が聞く。




「一番道知ってるやつが後ろにいる方が、戻る時は楽だ」




「先じゃないんだ」




「先頭はミオの印が見える」




ちゃんと見てた。




入口へ向かう。




途中。




俺は一度だけ振り返った。




熱角獣は追ってこない。




湯だまりの向こうで、子ども三頭を囲んでいる。




肩には矢。




俺はカイルへ小声で言った。




「矢、抜けないかな」




「今は無理だ」




「後で?」




「後で来る理由があるならな」




理由。




俺はちょっと笑った。




もうある気がする。




外へ出る。




吹雪はさらに強い。




黄色と白の布が風で鳴っている。




それでも入口が分かる。




ミオが結んだ印だ。




担架を雪へ置く。




怪我人が空を見て、笑った。




「外の方が寒いのに……外の方が安心するな」




俺は北の白い景色を見る。




六人全員、生きて出た。




でも終わってない。




谷側に、まだ二人。




橇を取りに戻った仲間もいる。




熱角獣の肩には矢が残っている。




置いてきた小麦と薬もある。




救助って、見つけたら終わりじゃない。




今日はそればっかりだ。


第56話 助けた人数より、帰れる人数

【本文】


温穴から出た瞬間、カイルは人数を数えた。




「一、二、三……十三」




俺も数える。




六人助けた。




七人で入った。




十三。




合ってる。




「よし」




カイルはそれだけ言った。




喜ばない。




いや、たぶん喜んでる。




ただ、それを今やらない。




「次、谷の二人」




温穴で助けた男が首を振った。




「谷側は崖だ。荷車ごと落ちた。見に行ったやつが戻ってきてない」




カイルがその男を見る。




「誰が見に行った」




名前が出る。




カイルが頭の中で何かを組み直した。




ミオが横で指を折る。




「じゃあ、十人のうち、ここ六。最初の横倒し荷車に二。谷側に二、じゃなくて……谷側の二人のうち一人は確認に行った人?」




男が頷く。




「そう。説明、ぐちゃぐちゃで悪い」




「大丈夫。さっきの時点では、それが一番分かる言い方だったんだと思う」




ミオの返し方が柔らかい。




焦ってる人に「話が違う」と言わない。




俺なら言いそうだ。




カイルが結論を出す。




「行方不明は二。谷側の御者と、見に行った護衛」




「助けに行く?」




俺が聞く。




カイルはすぐ答えない。




空を見る。




白い。




風。




さっきより悪い。




担架の男を見る。




歩ける五人も、もう限界に近い。




「行かない」




俺は聞き返した。




「今?」




「今は」




「でも二人――」




「この十三人を先に橇まで返す」




言葉が硬い。




俺は温穴を見る。




二人が生きてるかもしれない。




ここまで来た。




探せば。




カイルが俺を見る。




「レン」




「分かってる。救助される側が増えるな、でしょ」




「違う」




「え?」




「今ここにいる十三人を、見つけただけで助けたことにするな」




止まった。




カイルは担架の前へ回る。




「この吹雪で、入口から橇まで戻す。そこから見張り小屋まで戻す。町まで帰す。そこまでやって、六人を助けたになる」




俺は何も言えなくなった。




見つけた。




穴から出した。




俺の中では、もう半分終わった気になってた。




終わってない。




ミオが小さく頷いた。




「帰れる人数、か」




カイルが聞く。




「何?」




「さっきから、人数を減らしてるみたいに見えた。でも逆なんだね。最後に帰れる人数を増やしてる」




カイルは少しだけ考えた。




「そう言われると、格好よく聞こえるな」




「自分で言わないの?」




「言うと嘘っぽい」




俺は笑った。




ちょっと分かる。




隊列を作る。




今度は担架がある。




縄は四人ずつ。




担架の前後へ一人ずつ。




歩ける救助者を真ん中。




俺はまた後ろへの声確認。




「最後尾!」




「いる!」




このやり取り、今日は何回するんだろう。




三分。




また。




「最後尾!」




「寒い!」




さっきと同じ男だった。




ちょっと元気になってる。




吹雪の中を戻る。




温穴から離れると、すぐ入口が見えなくなった。




ミオの白と黄色の布も、十メートルで消える。




地図。




柱。




足跡。




全部、すぐ消える。




それでもミオは歩く。




一度止まる。




右を見る。




「こっち」




カイルが聞く。




「根拠」




「来る時、左に割れた黒岩があった。今右にある。あと傾斜」




「合ってる」




短い。




でもミオの肩が少しだけ上がった。




嬉しいんだと思う。




地図を作る人が、地図の外で認められた。




俺も何かしたい。




担架の後ろを持ってるから十分してるんだけど。




どうしても、もっと役に立ちたくなる。




途中。




雪の中で、エダンが急に止まった。




「足元」




みんな止まる。




雪の下。




細い割れ目。




来る時は気づかなかった。




吹雪で表面が変わっている。




棒を刺す。




深い。




カイルが列を左へずらす。




担架も一度下ろす。




たった三メートルの迂回。




でも、もし先頭が落ちたら全部止まる。




俺は思う。




今日、派手なことをほとんどしてない。




魔物を倒してない。




宝もない。




でもずっと緊張している。




ゲームとして、すごく面白い。




たぶん、こういうのが俺は好きなんだ。




橇を置いた場所へ近づく。




先に音がした。




馬。




鳴き声。




次に人の声。




「こっちだ!」




ダズ。




橇を持ってきたラグもいる。




靴紐を切って戻った二人も一緒だった。




「戻ってきたの?」




俺が聞くと、靴紐男が不満そうに言う。




「橇運ぶだけなら足いける。隊長に怒られる前に言うけど、無理はしてない」




カイルが本人を見る。




「痛み」




「ない」




「腫れ」




「少し」




「なら橇の後ろ。走るな」




怒らない。




ただ役割を変える。




橇へ怪我人を乗せる。




ここで、温穴組の五人が少し楽になる。




カイルは全員へ湯を回した。




俺にも来る。




一口。




ぬるい。




でもうまい。




そこへ。




遠くから音がした。




一回。




かすか。




「何?」




ミオが顔を上げる。




もう一度。




金属じゃない。




声。




人の声。




風で切れている。




「……おーい!」




俺が叫ぶ。




返事。




「こっちだ!」




谷側。




全員がそちらを見る。




カイルが目を閉じるみたいに一度だけ瞬いた。




「生きてる」




俺はすぐ言う。




「行こう」




今度はカイルも迷わなかった。




「四人で行く」




「四?」




「俺、レン、エダン、案内役のセグ。ミオはここ」




ミオが顔を上げる。




「私も行ける」




「行けるのは分かってる。だから残って」




「理由は?」




「十三人と橇が戻る時、道を知ってる人間が必要」




ミオは一瞬黙った。




俺はたぶん、嫌だろうなと思った。




一緒に来て、ここで残る。




でもミオは地図を出した。




「分かった。じゃあ、谷側へ行くならこの黒岩から南東。来る時に見えた低い尾根を越えないで。越えると沢へ落ちる」




言葉が速い。




悔しさを仕事にしている。




カイルが頷く。




「助かる」




俺はミオを見る。




「戻る」




「当たり前」




「絶対」




「レン、それ言うと不安になるからやめて」




やめた。




四人で谷側へ。




吹雪は少しだけ弱くなっていた。




ほんの少し。




声が聞こえる距離になっただけかもしれない。




俺が叫ぶ。




返事。




右。




下。




斜面を降りる。




途中から雪が腰近くまで深くなる。




セグが先に棒を刺す。




「崖、ここから」




白くて何も見えない。




でも足元の先がない。




俺の腹が冷える。




声は下から。




「上か!?」




「そう!」




カイルが腹ばいになる。




崖の縁から下を見る。




俺も横へ。




五メートルほど下。




岩棚。




壊れた荷車。




人が二人。




一人は立ってる。




もう一人は座ってる。




「二人ともいる!」




俺は叫んだ。




下の男が笑った。




「早く言えよ、寒いんだよ!」




「それ今言う?」




「今しか言うことねえ!」




ちょっと好きになった。




カイルが状況を聞く。




怪我。




一人は手首。




もう一人は大丈夫。




ただ、登れない。




荷車が落ちた時に雪壁を削り、足場がない。




俺は縄を見る。




一本。




もう一本。




白嶺で二メートル降りた時を思い出す。




今回は五メートル。




「俺、降りる」




カイルがすぐ返す。




「経験は?」




「白嶺で二メートル」




「半分以下だな」




「でもある」




エダンが横で言う。




「俺もやってる」




セグが崖を見る。




「俺はこの辺の岩知ってる。上で固定見る」




カイルは三人を見る。




少し考える。




「レンが降りる。エダンは補助。俺とセグで固定」




俺は驚いた。




「いいの?」




「やりたそうだから、じゃない」




「分かってる」




「白嶺で戻った経験があるからだ。違和感あったら一歩目で戻れ」




「うん」




縄を二本。




一本は腰。




一本は荷上げ。




岩へ布を当てる。




結び目を二系統。




白嶺でやったこと。




全部ここへ持ってきた。




俺は崖を下りる。




一歩。




二歩。




雪で岩が見えない。




足を置く前に蹴って確認。




三歩。




「左、そこ薄い!」




セグの声。




右へ。




下の男が見上げる。




「冒険者か?」




「たぶん」




「たぶんで降りてくんな!」




正しい。




岩棚へ着く。




二人とも顔が真っ赤だった。




手首を痛めた男へ縄をつける。




まず荷物を上げる。




次に本人。




上から引く。




俺は下で足を押す。




ゆっくり。




上がる。




次。




もう一人。




その時だった。




壊れた荷車の下から、何か光った。




橙。




石。




俺は一瞬だけ見る。




透明じゃない。




黒い岩の中に、火が閉じ込められたみたいな筋。




触りたい。




めちゃくちゃ触りたい。




でも今は救助。




俺は目を逸らす。




二人目を上げる。




最後に俺。




登る前。




もう一度だけ石を見る。




荷車から落ちた荷箱が割れている。




中に同じ石がいくつもある。




輸送品?




鉱石?




北のもの?




分からない。




上からカイルが叫ぶ。




「レン!」




「今行く!」




俺は石を拾わなかった。




自分でもちょっと驚いた。




登る。




全員上。




二人を連れて橇へ戻る。




そこで初めて、カイルが全員を数えた。




温穴六。




最初の荷車二。




谷側二。




輸送隊、十人。




全員いる。




カイルが息を吐いた。




たぶん今日初めて、ちゃんと息を吐いた。




俺は言う。




「助けた?」




カイルが俺を見る。




「まだ」




「やっぱり?」




「町まで帰る」




分かってた。




でも聞きたかった。




橇が動き出す。




吹雪の中。




助けた人数より、帰れる人数。




今日はその言葉を覚えた。




そして俺は、崖の下に置いてきた橙色の石のことを、ずっと考えていた。


第57話 町へ帰ったら、石が燃えていた

【本文】


町へ戻った時、誰も拍手しなかった。




代わりに、怒鳴られた。




「靴脱げ!」




巡回所の入口で、女が俺たちを止めた。




「床がびしょびしょになる!」




俺は足元を見る。




雪。




泥。




たしかにひどい。




「救助帰りなんだけど」




「救助帰りでも床は濡れる!」




正しい。




全員、入口で靴の雪を落とす。




怪我人が先。




温穴で脚を挟まれていたノズは、そのまま奥の治療室へ。




手首を痛めた男も続く。




残りは湯。




食事。




人数確認。




名前確認。




家族や雇い主へ伝言。




ここまで来て、やっと「帰った」になる。




俺は椅子へ座った瞬間、立てなくなった。




疲れた。




戦闘らしい戦闘はしてない。




なのに全身が重い。




エダンは湯気の出る椀を両手で持っている。




「冒険っていうより引っ越しだったな」




「引っ越しで吹雪の崖降りないだろ」




「荷物運びばっかだった」




「それはそう」




ミオは返事をしなかった。




机へ地図を広げ、濡れた端を布で押さえている。




俺は横から覗く。




「今やる?」




「今のうち。寝たら忘れる」




線が増えている。




東谷。




倒木。




逸れた轍。




見張り小屋。




温穴。




崖。




黒岩。




そして、途中に小さな丸。




「これ何?」




「靴紐切れた場所」




「そこまで?」




ミオは少し考える。




「地図には残さない。今は記録。あとで消すか決める」




「消すんだ」




「全部残したら、必要なものが見えなくなるから」




地図って、書くより消す方が難しいのかもしれない。




そこへカイルが来た。




外套を脱いでいる。




左肩に雪が固まっていた。




「全員確認した。輸送隊十人、救助側も帰着」




俺が聞く。




「今度こそ?」




「今度こそ」




やっとだ。




俺は椅子へ背中を預けた。




「助けた」




「助けたな」




カイルも否定しなかった。




ちょっと嬉しい。




でも、すぐに別の声がした。




「荷は?」




巡回所へ入ってきた男。




太い外套。




商人らしい。




救助された輸送隊の雇い主だった。




「小麦四十五袋。薬箱八。炉晶箱三。工具箱二。馬――」




カイルが手を上げる。




「人は全員生きてます」




男が止まる。




一瞬。




それから頷く。




「……そうか。それは、良かった」




本当にそう思っている顔だった。




でも、その次にはまた荷物へ戻る。




「回収はいつできる?」




生活だから仕方ない。




人が助かって終わりじゃない。




荷物が届かなければ困る人がいる。




カイルが地図を見る。




「吹雪が止んで道が確認できてから。明日は無理だと思ってください」




商人の顔が曇る。




「小麦は急ぐ。市場の在庫が――」




そこで俺は、朝の市場を思い出した。




穀物袋が少なかった。




根菜が多かった。




固いパン。




豆粉。




カイルが商人へ言う。




「分かってます。でも死者を出して回収したら、次の輸送がもっと遅れます」




商人は黙る。




怒ってはいない。




ただ困っている。




第52話の土地の時と同じだ。




悪い奴がいない問題は面倒だ。




俺はふと思い出す。




「炉晶って何?」




商人とカイルが同時に俺を見る。




「知らないのか」




商人が驚く。




「南ではあまり使わない?」




「名前は聞いたことあるような……たぶん」




実際、ゲーム内の素材名で見た気はする。




でも使ったことはない。




カイルが巡回所の壁際を指した。




小さな金属箱。




その上に、湯を沸かしている器があった。




火が見えない。




「その下」




近づく。




箱の中。




橙色の光。




俺は息を止めた。




崖の下で見た石と同じだ。




黒い石の中に、火みたいな筋。




「これ」




「炉晶」




カイルが答える。




「熱を溜める石。北では暖房、湯沸かし、鍛冶の補助に使う」




俺は箱を覗く。




「燃えてないのに熱い?」




「熱を入れて使う。質が悪いとすぐ抜ける。良いものは一晩持つ」




商人が口を挟む。




「東谷の分は鉱山から出たばかりの粗晶だ。町で選別して、使えるものだけ回す」




「崖の下に箱割れてた」




商人の顔が引きつった。




「何箱?」




「一箱は見た。全部は分からない」




「拾ってないのか?」




「救助中だったから」




言ったあと、自分でちょっと格好いいと思った。




ミオが横から言う。




「顔に出てるよ」




「何が」




「今の自分、ちょっと偉いと思ったでしょ」




「思ってない」




「嘘が下手だな」




カイルまで言った。




この北方、俺の嘘に厳しい。




商人は炉晶箱の前へ行き、金属の蓋を開けた。




中から一片取り出す。




布越し。




「触るなよ。蓄熱中だ」




「触らないって」




全員の視線が俺の手に集まる。




信用がない。




石は拳の半分くらい。




橙の筋は細い。




「これが良いやつ?」




「中くらい」




「崖のやつ、もっと光ってた」




商人の手が止まった。




「どれくらい」




俺は指で幅を作る。




「黒いところより橙が多い感じ。もっと透けてた」




「そんな粗晶は東谷じゃ出ない」




「でも箱に入ってた」




カイルが商人を見る。




「積荷表」




商人が革筒から紙を出す。




炉晶。




三箱。




産地名。




俺には読めるけど場所が分からない。




「これ、東谷の鉱山じゃない?」




「違う。もっと北東の支坑。東谷は中継だけだ」




ミオが地図へその地名を書き留める。




俺は崖の下を思い出す。




橙色。




光ってた。




ただ、それだけ。




まだ何も分からない。




高純度とか、価値が高いとか、勝手に決めない。




でも気になる。




めちゃくちゃ気になる。




カイルが俺の顔を見る。




「明日、取りに行きたい顔してる」




「吹雪止んだら」




「救助じゃないなら、俺は隊を出さない」




「じゃあ俺たちで」




「道が安全なら止めない」




話が早い。




ミオが咳払いした。




「その前に、温穴の熱角獣」




忘れてない。




肩の矢。




子ども三頭。




俺は商人へ聞く。




「熱角獣って、普通は人襲う?」




「繁殖期と巣の近くはな。普段は人を見ると逃げる」




カイルが補足する。




「温穴は冬の巣になりやすい。昔から巡回隊は近づかない」




「じゃあ輸送隊が入ったのが悪い?」




「悪い、で終わらせると次も同じことが起きる」




カイルは地図を指した。




「倒木で道を外れた。吹雪で避難場所が必要だった。温穴しか見えなかった。獣の巣だと知ってても、外で凍えるより入ったかもしれない」




そうか。




選択肢がなかった。




ミオが言う。




「なら、温穴を地図へ危険場所として載せる?」




「載せる。ただし『入るな』だけだと、吹雪の時に困る」




カイルが考える。




「入口近くに人用の退避区画を作れればいい。巣側と分ける」




俺は思わず笑った。




「また道作るの?」




「何が面白い」




「白嶺でも最初、そうだったから」




穴がある。




危険がある。




だから倒すんじゃなくて、使い方を変える。




俺たちが虫と人の道を分けたみたいに。




北でも同じことができるかもしれない。




ただ、一つ違う。




虫の時は、俺たちが勝手に始めた。




ここにはカイルがいる。




北の人がいる。




俺たちの場所じゃない。




俺は聞いた。




「俺たち、手伝っていい?」




カイルは少し驚いた顔をした。




「何で聞く」




「ここ、北の人の道だから」




口にしてから、ユリウスとの土地の話を思い出した。




誰の場所か。




誰が決めるか。




カイルは椅子へ座った。




「手伝うのに許可はいらない。勝手に決めるなら止める」




「分かりやすい」




「そっちの白嶺は違うのか」




「最近それで揉めてる」




「だろうな」




即答だった。




エダンが湯を飲みながら笑う。




「どこも同じだな」




その夜。




俺たちは巡回所の二階を借りた。




寝る前。




窓の外を見る。




吹雪はまだ続いている。




市場の灯りは少ない。




でも何軒かの煙突から煙が出ている。




炉晶の箱も、どこかで同じ橙色を光らせているんだろう。




南では見なかったもの。




北では当たり前のもの。




それが白嶺を越えれば、何か変わるかもしれない。




でも今は、まだ石一個。




その前に。




明日、吹雪が止んだら。




谷の荷物を回収する。




温穴へ戻る。




熱角獣の矢をどうするか考える。




俺は布団へ入った。




すぐ眠れると思った。




無理だった。




橙色の石。




でかい熱角獣。




北の町。




カイル。




全部が頭の中で回る。




今日一日で、やりたいことが増えすぎた。




白嶺の向こう側。




まだ一日目なのに。


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