第40話 勝手に番号を振る男
夜のうちに雨が降った。
朝には止んでいたけど、村の屋根からはまだ水が落ちていた。
白嶺の上は雲に隠れている。
俺は宿を出て、いつものように街道入口へ向かった。
昨日残った雨除け屋根が、本当に残っているか見たかった。
残っていた。
しかも、増えていた。
「……何で二つになってるの?」
隣を歩いていたミオが、俺より先に足を止めた。
昨日は荷物の上に一つだけだった屋根が、今朝は二つ並んでいる。
片方の下には樽と布袋。
もう片方には人が七人。
鍋も二つになっていた。
女将が宣言通り増やしたらしい。
ただし、今一番目立っているのは鍋じゃない。
屋根の柱に、木札がぶら下がっている。
《一》
《二》
《三》
《四》
さらに地面には炭で線が引かれ、
《北行》
《南行》
《待》
と書かれていた。
「昨日こんなのなかったよね」
ミオが言う。
「なかった。俺、あったら絶対気づく」
「その自信はどこから来るの」
「新しいもの見るために毎日来てるから」
自分で言って、ちょっと嫌な趣味だと思った。
机の前にはサーラがいる。
その向かい。
見覚えのない男がしゃがんで、濡れた木札へ番号を書いていた。
年は二十代後半くらい。
黒に近い紺の髪を後ろで短く束ねている。
装備は派手じゃない。
革鎧。
細身の剣。
雨で泥だらけになった靴。
ただ、背負い袋から出ているものが変だった。
縄でも武器でもない。
板。
紙束。
木札。
炭筆。
俺はミオを見る。
「仲間?」
「何で私を見るの」
「地図系の匂いがする」
「紙を持ってる人を全部こっち側に入れないで」
男は俺たちに気づかなかった。
木札へ《五》と書き、その下に小さく何か記す。
サーラが腕を組んだ。
「だから、勝手に増やさないでって言ってるでしょ。今朝来たばかりなのに、もう机の上があなたの紙だらけ」
男は顔を上げずに返した。
「勝手に荷物を混ぜたのは俺じゃない。樽五つに持ち主が六人いて、布袋三つに名前が一個も書いてなかった。戻しただけだ」
「それは助かった。でも番号を振る話はしてない」
「番号が嫌なら別の印にする。鳥でも魚でもいい。持ち主が分かれば何でもいい」
「そういう話じゃないのよ」
話が噛み合ってない。
でも、サーラが本気で怒っているわけでもないのは分かった。
机の端には、昨日まで乱れていた通行記録がきれいに分けられている。
南から入る人。
北から入る人。
荷物。
待機。
俺は近づいた。
「何してるんです?」
男がようやくこっちを見た。
目が細い。
怒っているわけじゃないのに、ずっと何かを数えているみたいな顔だ。
「今は、誰の荷物か分からなくなるのを防いでる。その前は、通行表の時間が南と北で十五分ずれてたから直した。その前は、屋根の下で寝てた男を起こした」
俺は思わず屋根を見る。
「寝てたんだ」
サーラがため息をついた。
「夜明け前に北から来たらしい。雨で村まで行くのが嫌だから、荷物の横で寝たんだって」
男が続ける。
「荷物番としては役に立ってた。ただ、本人の荷物がどれか分からなかった」
「それは駄目だな」
「だから番号を振った」
話が一周した。
ミオが机の紙を覗いた。
「南と北の時間がずれてたって、どういうことです?」
男は一枚ずつ指した。
「南側の掲示は『昼から北→南』。北側は『昼過ぎから北→南』。言葉の差だけならいい。でも昨日、南では鐘二つを昼、北では羊飼いの食事を昼の目安にしてた。四半刻くらい違う」
「ヘルムさん……」
ミオが額を押さえた。
俺はちょっと笑った。
「羊飼いの昼飯に街道が合わせてたのか」
「笑えるうちに直した方がいい」
男は淡々と言った。
短い言い方なのに、嫌味っぽくない。
本気でそう思っているらしい。
エダンが村側から走ってきた。
手には焼いた芋が二つ。
「遅れた。兄貴が雨で崩れてないか南の斜面見て――何これ」
木札。
地面の線。
紙束。
順番に見る。
最後に男。
「誰?」
男が立ち上がった。
「ユリウス・セイン。プレイヤー。昨日、北側から来た」
俺も名乗る。
「レン。こっちがミオ。そっちがエダン」
「知ってる。地図の名前に三人とも書いてあった」
ミオが少しだけ顔をしかめた。
「地図の名前?」
「組合で見た。白嶺街道の限定公開地図。実査者欄」
そう言って、ユリウスはミオへ視線を向けた。
「よく作ったと思う。ただ、通れることと運用できることは別だな」
ミオの眉が動いた。
俺でも分かる。
褒めたあとに一番刺さるところを置いた。
「昨日から運用始めたばっかりです」
ミオが答えると、ユリウスはすぐ頷いた。
「だから今なら直せる。人が百人になってから変えるより楽だ」
エダンが焼き芋を一つ俺へ渡しながら、小声で言った。
「何か、ミオより面倒そうな人来たな」
ミオは聞こえていた。
「私はそこまでじゃないよ」
俺は芋を割る。
「今の返し、自信ない時のやつだろ」
「レンは黙って食べて」
会話をしている間にも、人が来る。
南から三人。
荷物二つ。
サーラが名前を書く。
ユリウスが荷物へ木札をつける。
三人のうち一人が嫌そうに札を見た。
「これ、絶対つけないと駄目なのか?」
ユリウスは炭筆を置いた。
「絶対じゃない。自分で持って、途中で誰にも預けないなら要らない。ただ、ここに置くなら印がないと他人の荷物と混ざる」
「番号で管理されるの嫌なんだけど」
「じゃあ名前でもいい。読める字で書いてくれ」
「字、苦手なんだよ」
「なら番号が一番楽だ」
男は黙った。
少しして、自分で《六》の札を荷物へ結んだ。
俺は笑いそうになったけど、我慢した。
ユリウスは勝った顔をしない。
もう次の紙を見ている。
その辺が、余計に面倒だ。
シンが来たのは、その少しあとだった。
昨日言っていた通り、仕事を探しに来たらしい。
「サーラさん、入口の説明とか荷物整理、今日だけでも手伝えません? 飯代くらいでいいんで」
サーラは答える前に、ユリウスを見る。
「ちょうどいい。こいつに番号の説明されるの、私もう疲れた」
「俺が雇う話じゃない」
ユリウスが言う。
「でも説明役は必要。初めて来た人に、低い穴で荷物外すことと、外縁で左へ寄らないことと、方向時間を最初に言えば事故は減る」
シンが少し笑った。
「それ、俺かなり向いてるかも。全部一回ずつ失敗した」
「死んだ場所の話まで毎回しなくていいからね」
ミオが釘を刺す。
シンは真面目な顔で頷いた。
「そこは客を見ます」
「商売にする気満々じゃん」
俺が言うと、シンは肩をすくめた。
「宿代が俺を現実的にしてる」
結局、サーラは組合の日雇い扱いで、シンに入口補助を頼むことにした。
午前中だけ。
銅貨十二枚と昼飯。
シンは金額を聞いた瞬間、一度だけ遠い目をした。
「前の俺、もっと稼いでたな……」
ユリウスが木札を渡す。
「前の自分と比べると仕事遅くなるぞ。今の手で出来ることからやればいい」
シンがユリウスを見る。
「初対面でそこ突く?」
「事情はサーラから聞いた」
「村、情報回るの早すぎない?」
サーラが鼻で笑った。
「完全死亡して別の身体で戻ってきた冒険者が、昨日から入口うろうろしてたら広まるわよ」
シンは諦めた顔で木札を受け取った。
昼前。
入口は昨日よりずっと落ち着いていた。
荷物は屋根ごとに分かれている。
待っている人も、北行と南行で座る場所が違う。
鍋は売れている。
革細工の男も来た。
旅道具の木箱も開いている。
俺は入口の横に座って、それを眺めていた。
楽しい。
何もなかった場所へ、昨日なかったものが増える。
しかも、俺たちが「店を作れ」と言ったわけじゃない。
俺が芋の皮を指で丸めていると、ユリウスが隣へ来た。
「一つ聞きたい」
「何?」
「今、白嶺の中に何人いる?」
俺は入口を見る。
「え?」
「南から入って、まだ出てない人。北から入って、まだどちらにも出てない人。合わせて何人?」
「通行記録見れば分かるんじゃない?」
「見て、すぐ分かる?」
机へ行く。
南側の記録。
名前。
入った時間。
予定。
出た人には線が引いてある。
でも、北側から入った人の記録はこっちにはない。
昨日の紙は夕方に一度だけ持ってきた。
今日の北側分はまだ届いていない。
俺は数え始める。
一。
二。
三。
途中で、荷物預かりの名前が混ざる。
「これ、人じゃない」
「だから分けた方がいいと言ってる」
ユリウスが横から言う。
「ちょっと待って。今数えるから」
ミオも来た。
三人で紙を見る。
南から入って、まだ戻ってないのが四人。
そのうち三人は北へ抜ける予定。
一人は往復。
「この人、ラドって誰?」
俺が名前を指した。
サーラが紙を覗く。
「昨日の夕方に入った布商人の手伝い。若い子。二人で入って、主人だけ戻ってきた……あれ?」
サーラの顔が変わった。
「主人は『北で別れた』って言ってた気がする」
ユリウスが聞く。
「北側の昨日の終了記録は?」
「昨日の夜、ヘルムから預かった分が……」
サーラが紙束を探す。
一枚。
二枚。
鍋の代金を書いた紙まで出てくる。
「これだ」
北側。
昨日の日付。
名前が並んでいる。
ラド。
ない。
サーラがもう一度見る。
「書き忘れかもしれない。ヘルム、全員きっちり書いてるわけじゃないし」
俺は白嶺の穴を見る。
さっきまで、ただの入口だった。
急に暗く見える。
ミオがラドの行を指でなぞった。
「入った時間、昨日の夕方。天気が崩れる前」
ユリウスが確認する。
「一緒に入った主人は、何時に戻った?」
「日暮れ前。ラドは北側で知り合いに会って残るって言った、と」
「その知り合いの名前は?」
「聞いてない」
サーラの声が少し小さくなる。
誰もすぐ「行こう」と言わなかった。
前なら俺が先に言っていたと思う。
でも今は、一個ずつ確かめないと余計に遅くなるのを知っている。
俺はユリウスを見る。
「これ、あんたが気づかなかったら、今日も誰も数えてなかった?」
ユリウスは少しだけ眉を寄せた。
「俺も、たまたま聞いただけだ。荷物の数を見て、人の数がないのが気になった」
ミオが地図を開く。
「北側に本当に出てないなら、探す。まずヘルムに確認したいけど、ここから伝言往復するより、中を通る方が早い」
エダンが兄を呼びに走る。
シンは入口説明の木札を置いた。
「俺も行く?」
サーラがすぐ首を振った。
「今日は入口にいて。ここを空にしたら、また誰が入ったか分からなくなる」
シンは一瞬だけ悔しそうな顔をした。
でも、すぐ頷いた。
「分かった。入る人、止めとく。北から来た人にはラドって名前も聞く」
ユリウスが紙を四つ折りにした。
「俺も行く」
俺は少し意外だった。
「管理する人って、机から動かないと思ってた」
ユリウスは俺を見る。
「記録が役に立つか、現場で確かめないと意味ないだろ」
気に入らない言い方だった。
でも、ちょっとだけ好きな言い方でもあった。
屋根の下では、番号札が風に揺れている。
一。
二。
三。
その横で、一人だけ数が合わなくなった。
白嶺街道に初めて増えたのは店でも宿でもなく、
「帰っていない人を数える」という仕事だった。
第41話 帰っていない一人
【本文】
入口へ入る前に、ユリウスは三回止まった。
一回目は、人数を確認するため。
俺。
ミオ。
エダン。
エダンの兄。
ユリウス。
五人。
二回目は、ラドの見た目を確認するため。
十九歳くらい。
茶色い髪。
灰色の上着。
布商人の手伝い。
細身。
三回目は、最後に見た場所を確認するため。
「主人の話だと、北側の岩棚を下りたあと、羊飼いの小屋へ向かう分岐で別れた」
サーラが言う。
「ラドは『知り合いがいるから今日は北へ残る』って。それで主人は南へ戻った」
ユリウスは紙へ書いた。
「知り合いの名前なし。宿泊先なし。北側到着記録なし」
俺はその横で縄を肩へかけた。
「もう行こう。中にいるなら昨日の夜からだ」
ユリウスが顔を上げる。
「行く。ただ、最後に一つ。見つけたら、誰が戻って知らせる?」
「見つけてから決めればよくない?」
「怪我して運べない時、全員そこに集まったら入口は『五人とも帰ってこない』になる」
言われて止まる。
兄が俺の肩から縄を一本取った。
「俺が一回戻る。場所が遠けりゃエダンと交代。最初から決めとけ」
ユリウスは頷いた。
「それでいい」
俺はちょっとムッとした。
「何か、正解もらったみたいな言い方するな」
「別に俺の正解じゃない。決まってることが大事だ」
ミオが俺の背負い袋を引いた。
「はいはい。二人とも中でやらないでね。声反響するから」
「まだ何もしてない」
「これからしそうだから言ってる」
エダンが笑った。
「ミオ、二人になって面倒増えたな」
「エダンも人数に入ってるよ」
「俺も?」
「全員」
誰も免除されなかった。
街道へ入る。
昨日の雨で、最初の岩は湿っていた。
泥区間は板が少し沈んでいる。
兄が先頭で止まる。
「昨日より水出てる。板の左、踏むな」
後ろへ伝える。
エダン。
俺。
ミオ。
ユリウス。
ユリウスは狭い場所が得意ではなかった。
最初の低い穴で、背負い袋が天井へ引っかかった。
「止まって」
俺が言う。
ユリウスは無理に引かない。
「どこ?」
「上。板が出てる。身体もう少し右」
俺が袋を押す。
抜けた。
ユリウスは向こう側へ出てから、自分の袋を見た。
「入口説明に『背中の高さ』も入れた方がいいな」
「今それ考える?」
「忘れるから今書く」
炭筆を出そうとする。
ミオが止めた。
「濡れてるし暗いから後で。まずラド」
「分かった」
本当にしまった。
俺は少し意外だった。
こういう人、全部自分で決めたがると思っていた。
違うらしい。
必要なら人の言うことも聞く。
ただし、聞いたことを忘れないように全部残したがる。
最初の待避空間。
誰もいない。
壁際に、昨日までなかった小さな炭の印がある。
《北→》
方向札を置くまでの仮印らしい。
ユリウスがそれを見た。
「誰が書いた?」
エダンが答える。
「昨日の商人じゃない? 北から来た人が迷ったって言ってたから」
「記録ないな」
「全部記録しなきゃ駄目?」
「駄目とは言ってない。誰が変えたか分からないと、間違ってても戻せない」
エダンは少し考えた。
「でも、誰かが勝手に直すから早いこともあるぞ。この村の細道とか、みんな勝手に石どかしたり板置いたりしてるし」
ユリウスは炭印を見る。
「その人たちが毎日使うなら、それで回る。初めて来る人が増えるなら、話が変わる」
二人とも間違ってない。
そういう会話が一番面倒だ。
俺は先へ進む。
水路。
四角い石。
低い穴。
外へ向かう分岐の少し手前で、ミオがしゃがんだ。
「待って」
床を見る。
泥の上に靴跡がある。
新しいか古いか、俺にはすぐ分からない。
ミオはランプを近づけた。
「昨日の雨のあとについた跡が混じってる。こっちは南向き。こっちは北向き」
ユリウスもしゃがむ。
「人数は?」
「そこまでは無理。重なってる」
俺は少し先を見る。
壁へ手をついた跡。
泥が高い位置までついている。
「これ、誰か滑った?」
エダンが寄る。
「そうかも。普通に歩いたらここまで手上げない」
兄が壁の下を見る。
「泥、削れてる。足も一回外してるな」
俺たちは進む。
二十歩くらい。
次の曲がり。
床に布が落ちていた。
細長い。
濡れている。
エダンが拾う。
「荷締め?」
ミオが色を見る。
「灰色。上着とは限らないけど」
ユリウスは触らずに言った。
「持って。戻った時、本人に確認する」
俺は少し笑う。
「何でも証拠にするんだな」
「何でもじゃない。今は一人探してるから」
曲がりの先。
広い待避空間。
誰もいない。
俺は声を出す。
「ラド! いたら返事して!」
反響。
少し遅れて、
「……おーい!」
聞こえた。
全員が止まる。
もう一度。
「こっち! 誰か!」
右だ。
本道じゃない。
救助経路の方。
俺が走りかけた。
兄が腕を掴む。
「床」
見る。
濡れている。
走ったら滑る。
「分かった」
早歩きに変える。
声が近い。
「ラド! 動ける?」
返事。
「歩けない! 足やった! 灯り消えた!」
生きてる。
それだけで身体が軽くなる。
救助経路へ入る。
板。
壁縄。
少し奥。
ラドは岩の横に座っていた。
灰色の上着。
茶色い髪。
右足を伸ばしている。
片方の靴が泥だらけ。
灯りは割れていた。
俺たちを見ると、目に見えて力が抜けた。
「昨日から?」
ミオが近づきながら聞く。
ラドは首を振った。
「違う。夜は北で泊まった。朝、南へ戻ろうとして……方向時間、昼からって知らなくて。中まで来て、向こうから人が来たから避けようとして、こっち入った」
「それで足を?」
兄がしゃがむ。
「段差踏み外した。最初は歩けると思ったんです。でも戻ったらまた人来るかもしれないし、ここ広いから待ってれば誰か通ると思って……」
ラドは口元を歪めた。
「誰も来なかった」
救助経路は通常通らない。
そこが裏目に出た。
ミオが足首を見る。
「腫れてる。折れてるかは分からないけど、立たせない方がいい」
兄が板を確認する。
「前にジン運んだ担架板、そのままある。布足せばいける」
エダンが壁際へ行く。
「縄もある。傷んでない」
俺はラドの隣にしゃがんだ。
「何で叫ばなかった?」
「叫んだよ。最初は。でも誰も来ないし、喉痛くなって……」
そう言って、ラドは割れた灯りを見る。
「火も消えたら、時間分からなくなった」
ユリウスは少し離れたところで、ラドを見ていた。
怒っているように見えた。
でもラドへじゃない。
何か別のものへ。
「入口で名前は書いた?」
ユリウスが聞く。
「南から入った時は。北へ出た時は、爺さん寝てて……机に紙あったけど、急いでたからそのまま」
ヘルム。
寝てたのか。
たぶん本当に寝ていた。
「今朝、北から入り直した時は?」
ラドは目をそらした。
「書いてない。昨日書いたからいいと思って」
ユリウスは目を閉じた。
一瞬だけ。
それから、かなり普通の声で言った。
「分かった。説教は帰ってからにする。今は足」
俺は横目で見る。
もっと怒ると思っていた。
意外だ。
担架を作る。
前にジンを運んだ時と同じ経路。
でも今回は本人が喋れる。
ラドは担架へ乗る時、申し訳なさそうに言った。
「俺一人で、こんな人数……」
兄が布を締める。
「一人だから来たんだ。五人怪我するまで待つ理由ないだろ」
ラドは黙った。
いい言い方だ。
俺が言うと軽くなるから、黙っておく。
戻る前。
ユリウスが俺へ言った。
「兄さん、入口へ戻って知らせる予定だったよな」
兄が頷く。
「場所分かった。生きてる。担架で運ぶ。俺が先に戻って、入口で通行止めてもらう。今こっちへ人来たら面倒だ」
「北側にも止める人が要る」
ミオが言う。
エダンが手を上げた。
「俺、北へ抜けてヘルムに言う。こっちから北の方が近い」
俺は地図を見る。
確かに。
二手に分かれる。
俺とミオとユリウスがラドのそば。
兄は南へ。
エダンは北へ。
ユリウスがラドへ聞く。
「寒くない?」
「ちょっと」
「布一枚足す。水飲んで。運び始めるまで十分くらい」
さっきまで紙の話しかしてなかった男が、急に細かい。
俺は聞いた。
「救助、慣れてる?」
ユリウスはラドの水袋を開けながら答えた。
「大人数の攻略で後ろやってた。戦うより、抜けた人数数える方が多かった」
「それ楽しい?」
「楽しくない時もある。でも一人足りないのに誰も気づかない方がもっと嫌だ」
さっき入口で聞かれた言葉を思い出す。
今、中に何人いる?
俺は答えられなかった。
ラドを運ぶ。
狭い場所は担架を一度下ろし、前と後ろで角度を変える。
ミオがラドへ声をかけ続ける。
「今、右が少し上がるよ。痛かったら我慢しないで言って。次の曲がりで一回止まるから」
ラドも、だんだん返事が増える。
「大丈夫です。……いや、今のは痛い。足、もう少し左に出来ます?」
「出来る。レン、前止めて」
「止めた」
短い言葉が必要なところだけ、短くなる。
それ以外は、誰が何をするかを口に出す。
前よりずっと運びやすい。
本道へ戻ったところで、南から兄が戻ってきた。
「入口止めた。サーラが治療できるやつ呼んでる。北側も?」
少しして、向こうからエダン。
「止めた。ヘルム起きてた」
「今日はね」
俺が言うと、エダンが笑った。
緊張が少し抜けた。
南へ向かう。
低い穴。
泥板。
狭い隙間。
ラドを通すたび、街道が「人が歩ける道」と「怪我人を運べる道」で全然違うことを思い出す。
入口が見えた時、ラドは目を閉じた。
「外、明るい……」
朝からずっと中にいたわけじゃない。
それでも、暗いところで一人になった時間は長かったはずだ。
外へ出る。
待っていた人たちから声が上がる。
サーラ。
シン。
女将。
商人。
知らない旅人。
鍋の匂い。
雨に濡れた土。
ラドの主人らしい男が走ってきた。
「お前、北にいるんじゃなかったのか!」
ラドは担架の上で情けない顔をする。
「朝戻ろうとして……」
主人は怒鳴りかけた。
でも足を見て、やめた。
「馬鹿。あとで全部聞く。先に治せ」
治療役へ引き渡す。
骨はたぶん折れていない。
強い捻挫。
そう聞いて、俺はやっと座った。
入口の椅子は全部埋まっていたから、濡れた丸太の上。
ユリウスが隣へ来る。
紙を一枚持っている。
俺は見る。
「もう書いてるの?」
「忘れる前に」
「ラド見つかったんだから、ちょっと休めば」
「休みながら書いてる」
確かに座っている。
紙には、
《南入場記録あり》
《北退出記録なし》
《北再入場記録なし》
《救助経路へ退避》
《灯り破損》
《単独待機》
《通行者から見えない》
と並んでいた。
俺は嫌な顔をした。
「人の事故が全部項目になると、ちょっと怖いな」
ユリウスは紙を見たまま答えた。
「ラドを項目にしてるんじゃない。次のやつが同じ場所で一晩待たなくていいように、穴を項目にしてる」
俺は少し黙る。
その言い方なら、分かる。
ミオが後ろから紙を覗いた。
「救助経路に人が逃げ込んだ時、本道から分からないのが一番大きいかも。入口の板も『通常通行不要』しか書いてない」
エダンも来る。
「中から助け呼ぶ方法もない。叫んでも曲がり二つで聞こえない」
シンが机から声をかける。
「笛なら売ってるぞ。旅道具の人が」
全員が木箱を見る。
旅道具の男が、すでに笛を持ち上げていた。
「あるよ。銅貨三枚」
女将が鍋の向こうから言う。
「こういう時だけ商売早いねえ」
男は胸を張った。
「需要が目の前で発生した」
ラドは治療されながら、それを聞いていた。
「俺が買います」
主人がすぐ言う。
「お前はまず宿代払え。笛は俺が買う」
「じゃあ給料から引いてください」
「怪我人が交渉すんな」
周りが少し笑った。
ユリウスも笑った。
ほんの少し。
俺はそれを見逃さなかった。
紙と番号だけの男じゃないらしい。
夕方。
通行は再開した。
でも入口の机には、新しい紙が一枚増えていた。
《入った人数》
《出た人数》
《現在確認中》
まだ北と南で完全には繋がっていない。
数字も、たまにずれる。
ヘルムが書き忘れたら終わる。
それでも昨日までは、「誰か帰ってないか」を誰も見ていなかった。
今日からは見る。
俺はその紙を見ながら思った。
道を見つけた時は、
通れれば終わりだと思っていた。
街道になった時は、
往復できれば十分だと思った。
違った。
人が増えると、
「帰ってきたか」まで道の一部になる。
そして、そのことに最初に気づいたのは、
俺でもミオでもエダンでもなかった。
第42話 道には帰りの印がいる
【本文】
翌朝。
白嶺街道の入口で、シンが笛を吹いた。
ピーッ。
思ったより高い。
鍋をかき混ぜていた女将が振り返る。
革細工の男が手を止める。
待っていた商人が二人、耳を塞ぐ。
俺は思わず顔をしかめた。
「それ、朝一番にやる音じゃないだろ」
シンも自分で驚いた顔をしている。
「もっと小さいと思った。洞穴なら絶対響くな、これ」
ユリウスが机の前から言う。
「響くならいい。三回が救助。二回が通行注意。一回は試験以外で使わない。入口の板にも書く」
シンが笛を指で回した。
「俺、これ配る係?」
「売るのは店。説明するのは入口。全員に持たせるかはまだ決めない」
「決めないの?」
俺が聞くと、ユリウスは普通に答えた。
「昨日一回事故があっただけで、全員強制にする理由はない。まず案内役と荷運びと単独通行者に持たせて、使えるか見る」
俺は少し拍子抜けした。
「もっと、全部番号つけて全部ルールにする人かと思ってた」
「必要ないものまで増やすと誰も守らなくなる」
「ちゃんとしてる」
「褒めてる?」
「たぶん」
ユリウスは嫌そうな顔をした。
少し人間らしくなってきた。
昨日の救助から、入口はさらに変わった。
シンが仕事として座っている。
朝の説明。
荷物の札。
初心者の持ち物確認。
銅貨十二枚だった日雇いは、今日も続いた。
サーラが組合へ話を通し、三日間だけ試すことになったらしい。
シン本人は、
「三日後にクビにならない仕事を探す」
と言っている。
その横ではラドが松葉杖で座っていた。
宿で寝てろと言われたらしいけど、昨日の自分の荷物を引き取りに来た。
右足は布で固められている。
「歩けないのに何しに来たの?」
俺が聞くと、ラドは荷物を指した。
「主人が『お前の荷物くらい自分で確認しろ』って。運ぶのはやってくれるけど、中身まで知らないから」
「厳しいな」
「昨日助けに来てもらった人数考えたら、怒鳴られないだけ優しいです」
昨日より顔色はいい。
シンが笛を一つ見せる。
「これ、お前のおかげで売れてるぞ」
「嬉しくないです」
「だよな」
二人で笑っている。
魂迎えしたばかりの男と、昨日救助されたばかりの男が入口で笛の話をしている。
なんだこの場所。
でも、こういうのは嫌いじゃない。
ミオが地図を持ってきた。
新しい紙が一枚挟まっている。
「昨日の救助経路、ここに印を足した。笛が聞こえる範囲を今日確認したい」
俺は少し驚く。
「音の地図?」
「地図っていうより運用メモ。曲がりでどれくらい消えるか分からないから、三人で距離を変えて試す」
エダンが兄と一緒に来た。
兄は太い木の棒を持っている。
「これ何?」
俺が聞くと、兄は地面へ置いた。
「札立てる柱。昨日の雨で紙が下向いて読めなかった。屋根の柱に全部ぶら下げると荷物出す時邪魔だから、別に立てる」
ユリウスがすぐ見に来た。
「高さ、もう少し下げられる?」
兄の眉が動く。
「何で」
「子供と背の低い人が読む時、今の高さだと見上げる。雨除けもつけたい」
兄は棒を見る。
「じゃあ自分で削れ」
「道具貸して」
「そこにある」
二人とも普通に作業を始めた。
俺はエダンを見る。
「仲良くなった?」
「兄貴、役に立つ面倒なやつ好きだから」
「本人の前で言うな」
兄から飛んできた。
聞こえていた。
午前。
笛の試験で街道へ入る。
今日は探索じゃない。
俺、ミオ、エダンの三人。
ユリウスは入口へ残った。
「来ないの?」
俺が聞くと、ユリウスは現在人数の紙を指した。
「昨日、全員中に入って入口が空いた。今日は外に一人残す。北側はヘルムに頼んでる」
「また羊飼いに仕事増やしてる」
「嫌がられた」
「だろうな」
「だから昼まで。午後は北から来る商人が交代する」
すでに交代まで決めていた。
俺はちょっと笑う。
「三日だけいる人の動きじゃないよね」
ユリウスは炭筆を削りながら答えた。
「三日で要らないと分かれば帰る。要るなら、その時考える」
先を決めすぎない。
そこだけは、俺と似ているのかもしれない。
洞穴へ入る。
最初の待避所。
俺が笛を三回。
ピーッ。
ピーッ。
ピーッ。
外のシンが一回だけ返す。
聞こえた合図。
もう少し奥。
二回目。
返事が小さい。
低い穴を越える。
三回目。
返事なし。
エダンが耳へ手を当てる。
「ここまで来ると入口は無理だな」
ミオが紙へ書く。
「じゃあ、救助経路と外縁の間に中継が必要。常に人を置くんじゃなくて、荷運びの先頭と最後が笛持つ方が現実的かな」
俺は壁を見る。
「この曲がり、音吸ってる気がする。向こうの待避所ならどう?」
試す。
待避所へ移動。
今度は、少しだけ返事が聞こえた。
「場所で全然違うな」
エダンが面白そうに言う。
「山の中で声の届く道も作るのか」
俺も楽しくなってきた。
「これ、探索っぽい」
ミオが笑う。
「運用試験を探索扱い出来るなら、レンは何でも遊べるね」
「そこ長所だと思ってる」
「今はね」
最後の言い方が気になる。
でも、先へ進む。
救助経路。
外縁。
北側。
ヘルムは机にいなかった。
代わりに、羊が一頭、机の横にいた。
紙を食べている。
「うわっ!」
エダンが走る。
羊は逃げない。
堂々と紙の端を噛んでいる。
ミオが慌てて紙を引く。
半分なくなった。
《北→南 昼以……》
そこで終わっている。
俺は笑った。
「ヘルムさんより強い管理者いるじゃん」
「笑ってる場合じゃない」
ミオが食べられた紙を見る。
エダンは羊の口から残りを取り返そうとしている。
無理だ。
羊は飲み込んだ。
ヘルムが少し離れた斜面から戻ってきた。
「何してる」
俺たち三人が同時に羊を見る。
ヘルムも見る。
「ああ。紙食ったか」
反応が軽い。
ミオが信じられない顔をする。
「食べますよ! 机の横に羊置いたら!」
「昨日は食わなかった」
「昨日食べなかったものは今日も食べないルールないです」
珍しくミオが強い。
ヘルムは少し考えた。
「じゃあ木に書け」
それで終わり。
エダンが腹を抱えて笑い出した。
俺も無理だった。
結局、南側で兄が作っていた札柱と同じものを、北側にも作ることになった。
紙は木板の中へ挟む。
羊の口が届かない高さ。
ユリウスがいたら、絶対何か書く。
《紙を食べる個体あり》とか。
午後。
南側へ戻る。
入口の雰囲気が少し変だった。
人が多い。
でも、いつもの待ち方じゃない。
みんな机の前へ集まっている。
ユリウスが紙を持って立っていた。
サーラもいる。
シンは笛を首から下げたまま、入口を見ている。
俺たちが出ると、ユリウスがすぐ聞いた。
「北側、何人いた?」
「ヘルムと羊。あと途中で北へ向かう二人とすれ違った」
「名前は?」
ミオが答える。
「一組目がドナとレック。北行。入口記録は南側にあるはず」
ユリウスが紙を見る。
ある。
二人。
線を引く。
「これで今、中にいる確認済みは六人。もう一組、北から南へ三人入った連絡が来てる」
俺は周りを見る。
「何かあった?」
サーラが説明する。
「雨雲がまた来てる。山の上だけだけど、昨日みたいに中の水が増えるかもしれない。北から来た商人が、外斜面で風も強くなってるって」
俺は白嶺を見る。
上が暗い。
さっきまで北側は晴れていた。
山の天気は早い。
ユリウスが言う。
「新しく入る人を一旦止めた」
待っている男の一人が不満そうに口を挟む。
「雨くらい昨日も降っただろ。通れるって地図に出てるんだから、自己責任で行かせてくれよ」
ユリウスはその男を見る。
「今、中に六人いる。水が増えるかどうか、外縁の風がどこまで上がるか、まだ確認出来てない。止めるのは一刻だけ。その間に中の六人が出るか、次の確認が来れば判断する」
「誰の権限で止めてるんだ?」
いい質問だ。
俺も知りたい。
ユリウスは少し間を置いた。
「正式な権限はない。組合のサーラと相談して、入口で待ってもらってるだけだ。どうしても入ると言うなら、拘束はしない」
サーラが続ける。
「ただし今入るなら、組合は安全確認済みとは扱わない。中で何かあった時も、救助側がすぐ入れるとは限らない。それを聞いた上で決めて」
男は白嶺を見る。
しばらく考える。
「……一刻なら待つ」
屋根の下へ戻った。
俺はユリウスを見る。
「止めるんだ」
「止める時もある」
「でも強制はしなかった」
「出来ないことを出来るみたいに言う方が危ない。俺はここの領主でも組合長でもない」
そういうところは意外と線を越えない。
ミオが天気を見る。
「中の六人、誰がどこまで行く予定か分かる?」
ユリウスが紙をめくる。
「南から北へ二人。荷運び三人は北から南。もう一人は往復の採集者。入った時間は全部ある」
「最後の採集者、遅くない?」
俺が言う。
ユリウスが時刻を見る。
「予定より半刻遅い」
空気が少し変わる。
昨日のことがあるからだ。
でも今回は、すぐ名前が出た。
《ファル》
採集者。
単独。
南から入り、洞穴内の水苔を採って南へ戻る予定。
シンが笛を握る。
「俺、入口で三回吹く?」
ユリウスは首を振った。
「まだ救助じゃない。一回だけ連絡の試験をする。返事なければ、待避所まで確認に行く」
俺はもう荷物を持っていた。
ミオが俺を見る。
「行く気だね」
「確認だけ」
「私も行く。水路の増え方見たい」
エダンは兄と相談する。
「俺も。昨日の雨でどこが変わるか、村側の目でも見ときたい」
ユリウスは三人を見る。
「俺は残る。中へ入ったら、また外が空く」
俺は笑った。
「紙の番?」
「帰ってくる人数の番」
言い直された。
笛を一回鳴らす。
返事なし。
俺たちは中へ入る。
最初の待避所。
もう一回。
遠くから、
ピーッ。
一回。
聞こえた。
三人とも止まる。
「いる」
ミオが息を吐いた。
少しして、ファルが向こうから歩いてきた。
背中の袋がぱんぱんだ。
俺たちを見ると、何とも言えない顔をした。
「迎え?」
「予定より遅いから確認」
俺が言うと、ファルは袋を叩いた。
「水苔、思ったより採れた。欲張った」
エダンが笑う。
「その理由、入口で言ったら怒られるぞ」
「誰に?」
「紙いっぱい持ってるやつ」
ファルは意味が分からない顔をした。
入口へ戻る。
ユリウスは怒らなかった。
時刻だけ聞いた。
「次から、予定変えるなら入口に戻れなくても、中の待避札へ炭で時間残せるようにしたいな」
ファルが聞く。
「そこまで要る?」
ユリウスはすぐ答えず、昨日救助したラドの方を一度見た。
「毎回は要らない。単独で脇道へ入る人だけでいいと思う。全員に増やすと面倒だから」
ファルは少し考えた。
「それなら書く。水苔の場所、脇だし」
話がまとまる。
雨は結局、強くならなかった。
一刻後。
通行は再開。
待っていた男が入口へ入る前、ユリウスへ言った。
「止められて損した気もするけど、何も起きなかったならまあいいか」
ユリウスは紙から顔を上げた。
「何も起きなかったのが一番安い」
男は鼻で笑った。
「商人みたいなこと言うな」
「商人じゃない」
「じゃあ何なんだよ」
ユリウスは少し考えた。
本当に、少し。
「まだ決めてない」
俺はそれを聞いて笑った。
やっぱり、そこは俺と似ている。
夕方。
入口の柱へ、新しい札がついた。
《救助笛 三回》
《注意 二回》
《単独脇道 時刻を残す》
《悪天候時 入口で確認》
その下に、
小さな木片が並ぶ。
入った組ごとに一枚。
戻ったら裏返す。
完璧じゃない。
北側と同時には揃わない。
書き忘れもある。
羊が食べるかもしれない。
でも、昨日よりは分かる。
今、誰が中にいるか。
誰がまだ帰っていないか。
俺は木片を一つ持ち上げた。
表に《十二》。
裏に《戻》。
「俺、番号で管理されるのあんまり好きじゃないんだけど」
ユリウスが机を片づけながら答える。
「俺も、人を番号だと思ってない。名前が長いから札が小さくなるだけだ」
「じゃあ大きい札作れば?」
「材料増える」
「そこは効率なんだ」
「全部気分で決めるよりマシだろ」
ミオが横から笑った。
「二人、思ったより相性悪くないね」
俺とユリウスが同時に言う。
「悪い」
ミオがさらに笑った。
エダンは屋根の柱にもたれながら、入口の周りを見ている。
鍋。
荷物。
修理道具。
旅道具。
机。
札。
笛。
雨除け。
「三日前、ここ何もなかったのにな」
誰に言うでもなく言った。
俺も見る。
道を見つけたのは俺たちだ。
でも、そのあと増えたものは俺たちだけのものじゃない。
勝手に飯を売る人。
勝手に道具を売る人。
勝手に屋根を残す人。
勝手に番号を振る人。
必要だから増えていく。
俺はユリウスへ聞いた。
「いつまでいるの?」
「あと二日。その間に、通行人数と待ち時間と事故の数を見る」
「それ見てどうする?」
「面白ければ残る」
俺はちょっと笑った。
「結局それなんだ」
ユリウスは初めて、はっきり笑った。
「何だと思ってた。ゲームだぞ」
その答えは、かなり気に入った。
ただし。
机の上に並んだ数字を見ると、
こいつが俺とは全然違う遊び方をすることも分かった。
俺は知らない道を見つけると進みたくなる。
ユリウスは人が通り始めた道を見ると、
何人が入って、何人が帰ったかを数えたくなる。
たぶん、どっちもこの世界では遊び方なんだろう。
白嶺街道に、
初めて「帰ってきたか」を見る人間が居つき始めた。




