↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界リセットなし。~死んだら別人生、それでも俺の歩いた道は残るVRMMO~  作者: ユミヒロ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
24/97

第24話 帰れるだけじゃ足りない

足を抜いたら終わりだと思っていた。

違った。

ジンの外套を開くと、脇腹の革鎧が割れていた。

崩れた石の角が当たったらしい。

傷そのものは大きく見えない。

でも血が止まっていない。

エダンの兄が布を当てながら、低い声で言った。

「村へ戻す。ここで出来ることは少ない。立たせるな。担いで出る」

ジンが何か言おうとしたけれど、兄は先に首を振った。

「歩けるかどうかを試す時間がもったいない。悪いが、今は俺の言う通りにしてくれ」

「……分かった。山の人に逆らうの、今日だけで懲りた」

冗談はまだ出る。

それが逆に怖かった。

板と外套で簡単な担架を作る。

広い場所なら四人で持てる。

でも、俺たちが通ってきた穴は狭い。

最初の難所で、担架のままでは曲がれなかった。

ミオが通路とジンを見比べ、唇を噛んだ。

「ここ、担架は無理。身体だけ先に通して、向こうでまた乗せるしかない」

俺はすぐに通路へ入ろうとした。

兄が肩をつかむ。

「焦るな。急いで引っかけたら、もっと時間を食う。お前は先へ行って、足場だけ空けろ。エダンは頭側。俺が腰を支える」

言われた通りに動く。

狭い通路が、昨日までよりずっと長い。

俺一人なら数十秒で抜ける場所を、何分もかける。

ジンが痛みに息を止めるたび、全員の手が止まる。

「悪い……ちょっと待って。今動くと、多分叫ぶだけじゃ済まない」

俺は前から声を返した。

「待つよ。こっちの石はどかした。急がなくていい、いや、急いでるけど、雑にはやらない」

自分でも変な言い方だと思った。

ジンが弱く笑う。

「その言い方、今すげえ助かる」

右曲がりを抜ける。

小部屋へ出る。

次は二メートルの段差。

ここでまた止まった。

元気な人間なら縄で上がれる。

怪我人を上げる方法は、帰還メモにない。

ミオは上を見たまま、早口になりそうなのを一度飲み込んだ。

「エダン、先に上がって。太縄を二本にして、胸と腰を別で支えたい。片方だけ引くと身体が曲がる。兄さん、下でジンの背中を押せる?」

兄が縄の位置を確かめる。

「やれる。レン、お前は上で引く側へ回れ。さっきみたいに自分の身体で全部受けるな。岩へ縄を回して使え」

「分かった。ジン、今から上げる。痛かったら言って。止めるから」

ジンは目を閉じたまま、少しだけ口角を上げた。

「さっきから、みんな俺より俺を大事にしてるな。何か申し訳なくなってきた」

ミオが縄を結びながら返した。

「申し訳なくなるのは外へ出てからでいい。今は遠慮される方が困る」

「強いなあ、地図の人」

「今は地図書いてないけどね」

その会話のあと、ジンが急に黙った。

顔色が変わった。

息が浅い。

俺が名前を呼ぶより先に、ジンの胸元へ淡い白い輪が浮かんだ。

見覚えはない。

でも名前だけは知っている。

《魂留め》

完全死亡の前にある、短い猶予。

ゲームの説明で読んだ時は、ただの仕組みに見えた。

今、目の前で出ると全然違う。

ジンが自分の胸元を見て、乾いた声で笑った。

「うわ。これ、本当に出るんだな」

誰も笑わなかった。

ジンは俺たちの顔を見て、少し困ったように眉を下げる。

「そんな顔するなよ。まだ消えてない。神殿か、ちゃんとした術師まで行ければ戻せる可能性あるんだろ?」

エダンの兄が一度だけ目を閉じた。

「町までは遠い。村にも、その術を使える人間はいない」

それでも兄は縄を握った。

「だから外へ出す。話はそれからだ」

上げる。

ゆっくり。

でも止まらない。

ジンの身体が段差を越える。

次は細い通路。

その次は入口。

俺は前へ出て、邪魔になる荷物を全部外へ投げた。

ランプも一つだけ残す。

槍も後回し。

ジンが薄く目を開ける。

「槍……」

「置いていく。あとで取りに来る」

「高かったんだけど」

「知るか。今それ気にする?」

俺が返すと、ジンは本当に少し笑った。

「いや、そう言われたかった。俺も今、自分で馬鹿だと思った」

細い入口の手前まで来た。

外の光が見える。

最初にここを見つけた時は、暗い穴の向こうへ入ることしか考えていなかった。

今は逆だ。

あの光まで、どうやって一人を戻すかしか考えられない。

ジンを横向きにする。

肩を通す。

腰。

怪我した足。

一つずつ。

外へ出た瞬間、冷たい風が顔に当たった。

誰かが息を吐いた。

でも終わりじゃない。

村まで下りる道がある。

俺たちには、ちゃんと帰れる道がある。

なのに今日は、その距離が長すぎた。

灰色の紐を一つ越える。

二つ目。

三つ目。

ジンはほとんど喋らなくなった。

途中で一度だけ目を開けて、空を見た。

「白いな」

俺は担架の前を持ったまま、上を見る。

雲が厚い。

山の上だけ、少し雪が光っている。

「白嶺だからね。名前通り」

「俺、山の向こう見たくて来たんだよ。結局、見れてないな」

返す言葉が見つからなかった。

ジンは俺の顔を見て、息を整えてから続けた。

「別に、遺言みたいに聞くなよ。魂迎えあるんだろ。次どこ行くか知らないけど……まあ、また山あったら登ると思う」

少し間が空く。

「それより、槍。ほんとに店売りするなよ」

今度はエダンまで笑った。

「そこ最後まで言うのかよ。分かった。俺が取りに戻る。兄貴もいるし、勝手に売らない」

「頼む。あれ、見た目で選んでちょっと高かったんだ」

兄が担架の後ろから呆れた声を出した。

「命より先に道具自慢するな」

「今それ言われると、すごい正論だな……」

ジンの声が小さくなる。

次の灰色の紐を越えたところで、白い輪が一度だけ強く光った。

そして消えた。

ジンの名前の横に、短い表示が出た。

《完全死亡》

足が止まりそうになった。

後ろから兄の声が飛ぶ。

「レン。止まるなら、担架を下ろしてからだ」

「……分かった」

四人で、ゆっくり地面へ下ろした。

誰もすぐには喋らなかった。

風の音だけがする。

魂迎えがある。

完全に消えるわけじゃない。

頭では知っている。

それでも、さっきまで冗談を言っていたジンは、もう返事をしなかった。

村へ戻ったのは、予定より一時間以上遅かった。

エダンの兄が先に広場へ出て事情を説明する。

俺とミオは、ジンの荷物をまとめた。

槍はあとでエダンたちが取りに戻してくれた。

本当に高そうだった。

その夜。

食堂の隅に、ジンの槍と袋が置かれていた。

町へ報告し、扱いが決まるまでは誰も触らないことになった。

俺はスープを前にしても、なかなか手が動かなかった。

ミオは向かいで地図を開いている。

でも洞窟の線を伸ばしてはいなかった。

俺が聞く。

「今日のこと、何書いてる?」

ミオは少し迷ってから、地図の余白を俺へ向けた。

《村から入口までの時間》

《入口から救助地点までの時間》

《負傷者を運ぶ場合は別》

《救命できる場所までの距離、未確認》

俺は最後の一行をしばらく見た。

「俺たち、帰れる道は作ってたんだよな」

ミオは鉛筆を置いた。

「うん。だから今日、外までは連れて帰れた。でも、それだけじゃ足りなかった」

エダンが隣の卓から椅子を引いてきた。

いつもなら勝手に会話へ入るのに、今日は一度俺たちの顔を見てから座った。

「次、穴へ行くなら、村から人呼ぶ方法も考えよう。入口に誰か残すとか、途中で合図できるようにするとか。あと、町までどれくらいで走れるかも知っといた方がいい」

俺はうなずいた。

穴の先がどこへつながっているか。

まだ知りたい。

風の向こうも見たい。

でも、今日初めて増えた問いは、それじゃなかった。

道を見つけたあと。

その道で、誰かをちゃんと帰せるのか。

そこまで出来て、やっと道なのかもしれない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。