第22話 奥から返事がした
次に穴へ入ったのは、二日後だった。
一日空けたのは慎重になったから――と言いたいところだけど、半分は違う。
エダンの兄に「毎日山へ行くなら、その前に薪を割れ」と言われたからだ。
俺が午前中いっぱい薪割りを手伝った話をすると、ミオは村外れで肩紐を直しながら笑った。
「ちゃんと働いたんだ。珍しいね」
「俺、いつも遊んでるみたいに言うのやめて。昨日は薪を割って、縄を点検して、靴底も直した。かなり真面目な一日だったよ」
横を歩いていたエダンが、背負い袋を持ち上げ直す。
「最後に兄貴へ『これで明日行っていい?』って聞いた時点で、全部そのためだったのばれてたけどな。兄貴、しばらく黙ってから『好きにしろ』って言ってたぞ」
「許可は出た」
「諦めただけだと思う」
ミオが小さく吹き出した。
今日は三人だけだ。
兄は炭焼きの仕事へ戻った。ただし、戻る予定の時刻を広場の板へ書かされ、遅れたら村から人を出すと言われた。
前なら面倒だと思ったかもしれない。
今は、ありがたい。
北東斜面へ入り、灰色の紐を追う。
岩壁の窪み。
狭い入口。
右曲がり。
小部屋。
二メートルの段差。
ここまで来ると、もう昨日までの「未知」ではない。
俺は先に降り、ミオの足場を見て、最後にエダンが降りてくるのを下から待った。
エダンは床へ着くなり天井を見上げた。
「思ったより低いな。レンが頭ぶつけたって聞いた時、もっと狭いの想像してた」
俺は少し前にある黒ずんだ岩を指した。
「そこ。油断して普通に立つと当たる。俺が一回、身体で高さ測ってるから間違いない」
「その測り方、二回目はいらないからな」
ミオは後ろで笑いながら、帰還メモへ一行書き足していた。
前回止まった場所まで進む。
砂の上には俺たちの古い靴跡が残っていた。
その横に、小さな四つ足の跡。
昨日より見やすい。
エダンがしゃがみ、ランプを低くする。
「これ、ネズミじゃないな。指が長い。テンか、もっと山の上にいるやつか……俺も自信ない」
ミオが地図を開いたまま聞いた。
「この辺の動物って、冬も岩の中を動く?」
「動くやつはいる。でも、この奥に餌があるかどうかは分からん。暖かい場所なら使うかもしれないけど、それも見ないと何とも言えないな」
俺はエダンの横へしゃがんだ。
足跡は奥へ向かっている。
前回、俺たちが止まった細い場所の先だ。
「じゃあ今日は、こいつの家へ挨拶しに行く感じ?」
エダンは真顔で俺を見る。
「噛まれて帰るのはやめろよ。兄貴に説明するの俺なんだから」
「そこ心配する?」
「レンが相手ならする」
信用の形が独特だ。
奥へ進む。
右側の黒い割れ目を避け、壁へ肩を寄せる。
一人ずつなら通れる。
十歩ほど進むと、空間が少しだけ広がった。
天井も高くなる。
俺が先にランプを上げた時、ミオが後ろから袖を引いた。
「レン、足元。そこだけ色が違う」
止まる。
薄い灰色の砂に、線が一本走っている。
自然な割れ目じゃない。
何かを引きずったような跡だ。
エダンが横からのぞき込み、すぐに眉を寄せた。
「これ、俺たちの縄じゃないぞ。太さが違う」
その言葉で、三人とも黙った。
ランプを近づける。
線の端に、黒い糸が引っかかっていた。
布だ。
俺は触らずに顔を上げた。
「人、来てる?」
ミオはすぐには答えなかった。
周りの砂、壁、天井を順番に見る。
「人が使った物はある。でも、いつかは分からない。昨日かもしれないし、もっと前かもしれない」
エダンが少し先へランプを向けた。
「靴跡は……あった。これ、俺らのじゃない」
大きい。
一人分。
奥へ向かっている。
帰りの跡は見えない。
胸の奥が、さっきまでとは違う理由でざわついた。
誰かが先にいる。
そう思った瞬間。
奥の暗がりから、小さな音がした。
石が転がる音。
そのあと。
「……誰かいるのか?」
声だった。
俺は反射で一歩出そうとして、止めた。
足元を確認してから、声を返す。
「いる! 三人いる! そっちは一人?」
少し間が空く。
咳が一つ聞こえた。
「今は一人。できれば、そっちから来てくれると助かる」
軽く言っている。
でも声が弱い。
ミオが俺の横へ来た。
いつもの確認する顔だった。
「動ける? 怪我してるなら、無理にこっちへ来ないで。場所だけ教えて」
暗がりの向こうで、男が少し笑った。
「ありがたい。左足が石の下。たぶん折れてる。あと、ランプがさっき死んだ。暗いの、こんなに長いと普通に嫌になるな」
エダンの表情が変わった。
俺も、もう奥を見てわくわくしているだけではいられなかった。
「名前は?」
俺が聞くと、男はまた少し間を置いた。
「ジン。プレイヤー。名前聞くってことは、助けに来てくれると思っていい?」
「そのつもり。だから勝手に動かないで。今からそっちまで行く」
自分で言ったあと、ミオを見る。
ミオはうなずいた。
エダンももう背負い袋から縄を出している。
道を見つけに来た。
その奥にいたのは、道じゃなかった。
帰れなくなっている人だった。




