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世界リセットなし。~死んだら別人生、それでも俺の歩いた道は残るVRMMO~  作者: ユミヒロ


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20/97

第20話 一人分ずつ

穴へ入る日の朝、エダンが一番まともだった。

「最初に決めとくぞ。中で何かあったら、面白そうでも戻る。レンが『もうちょい』って言っても戻る。ミオが『記録だけ』って言っても戻る。俺が『平気そう』って言っても戻る」

広場の端で細縄を巻き直しながら、エダンは三人を順番に指さした。

「何で最後、自分まで信用してないの」

俺が笑うと、エダンは真顔のまま肩をすくめた。

「山で自分だけ信用するやつが一番危ないって、兄貴が言ってた。俺もたぶん、目の前に知らん穴があったら入りたくなるし」

「やっと仲間だ」

「そこ喜ぶところじゃない」

ミオは地図を丸めながら、俺たちのやり取りを見ていた。

「でも、エダンのルールでいこう。戻る条件を先に決めておいた方がいい。痛み、息苦しさ、縄が引っかかる、天井が落ちる音、ランプが消える。あと、誰か一人でも怖いと思ったら戻る」

俺は最後だけ聞き返した。

「怖い、でいいの?」

ミオは少し考えてから、うなずいた。

「理由を説明できるまで待ったら遅いこともあるでしょ。『何となく嫌』を一回は採用する。戻ってから考えればいい」

それは、かなり好きなルールだった。

ゲームの攻略なら、数字や状態異常が出るまで進みたくなる。

でもこの世界、数字が出る前に嫌な感じがすることがある。

俺たちは昼前に岩壁へ着いた。

天気は薄曇り。

風は昨日より弱い。

窪みの中は静かだった。

小さな隙間へランプを近づける。

炎は今日も、ほんの少し外側へ傾く。

中から空気が来ている。

俺は膝へ布を巻いた。

見た目はかなり情けない。

エダンがしゃがみ込んで、結び目を確かめる。

「レン、その布、ずれたら膝より足首守るぞ」

「おしゃれだから」

「山の穴で?」

「場所を選ばないタイプ」

ミオが横で吹き出した。

「動いたら結び直して。中で直す方が面倒だから」

笑いながら言うけど、手はちゃんと結び目を見ている。

俺の腰には細縄。

命綱ではない。

位置と距離を外へ伝えるための線だ。

エダンが入口で縄を持つ。

ミオはその横で、俺が進んだ距離を地図へ書く。

最初は俺だけ入る。

そこも決めた。

「じゃ、行く」

俺が腹ばいになると、エダンがすぐ声をかけてきた。

「待て。まだ何も起きてないのに、何でそんな嬉しそうなんだよ」

「顔見えないでしょ」

「声で分かる」

ミオまで同意した。

「今日は特に分かる。ちょっと落ち着いてから入って」

「二人とも親戚みたいになってない?」

文句を言いながら、俺は一度だけ深く息を吐いた。

それから中へ入った。

入口は狭い。

肩を少し斜めにしないと通らない。

昨日見た通り、二メートルくらいはほぼ真っすぐだ。

ランプは前に出せない。

片手で身体を支えながら、顔の横へ置く。

影が近い。

岩が鼻先から十センチの場所にある。

普通に怖い。

でも、嫌じゃない。

身体の補助が、立って歩こうとする時と全然違う動きを選んでくる。

肘。

膝。

つま先。

三点で支えて、もう一つを前へ出す。

最初は任せてみた。

動きは滑らか。

ただ、速すぎる。

俺はわざと一拍遅らせた。

右肘を置く前に岩のざらつきを触る。

左膝を出す前に、布が引っかかっていないか確かめる。

補助に逆らうというより、順番を自分へ戻す感じ。

後ろからミオの声が届いた。

「レン、今どれくらい?」

「三メートルちょい。まだ真っすぐ。天井は低いけど、息は平気。あと、膝の布は今のところ格好いいまま」

少し間があった。

「最後の情報はいらないけど、膝が痛くないなら記録する」

「そこは必要なんだ」

エダンの笑い声も聞こえた。

距離があるせいで、いつもより声が丸い。

もう一メートル進む。

そこで通路が右へ曲がった。

身体をひねる。

肩が岩へ当たる。

無理ではない。

でも、袋を背負ったままなら絶対通れない。

今日は入口に全部置いてきた。

正解だった。

「右へ曲がる。ここから外が見えない」

俺が声を張ると、ミオがすぐ返した。

「縄は動いてる。そこで一回止まって、引っかかってないか見て」

腰の縄へ手をやる。

少し張っている。

一度戻す。

する、と軽くなった。

「大丈夫。進む」

曲がった先は、少し広かった。

座れる。

たったそれだけで、ものすごく広く感じる。

俺は壁へ背中をつけた。

頭上は一メートルちょっと。

立てない。

でも膝を抱えて座れる。

ランプを置く。

橙色の光が、狭い空間を丸く照らした。

壁は全部岩。

足元には乾いた草が少し。

あのネズミが運んだのかもしれない。

奥に、さらに黒い場所がある。

俺はすぐ行かなかった。

まず声を出す。

「小さい部屋みたいになってる。俺一人なら座れる。二人は……仲が良ければいける」

外からエダンの声が返る。

「ミオと入れよ。俺は外でいい」

「何で急に投げるの」

「三人で詰まったら、誰が外から笑うんだよ」

役割がおかしい。

ミオの声が少し近づいた。

「奥は?」

「まだ見てない。先に足元確認する」

自分で言って、ちょっと驚いた。

前ならたぶん、もう奥へ顔を突っ込んでいた。

ランプを下へ向ける。

石。

乾いた草。

小さな糞。

たぶんネズミ。

端に山羊の毛みたいな白いものが一本挟まっている。

「山羊、ここまで来るのか?」

俺がつまもうとすると、ミオが外から止めた。

「待って。毛かどうか分からないし、無理に取らなくていい。見える位置だけ教えて」

「入口から六メートルくらい。小部屋の右下。白い細いもの。一本」

「了解。触らなくていい」

妙に本格的になってきた。

俺は奥へランプを向けた。

黒い場所は穴ではなく、段差だった。

床が途中で消えている。

「……下だ」

「何が?」

エダンの声。

俺は身を乗り出さず、ランプだけを前へ出した。

光が落ちる。

一メートル。

二メートル。

その先で岩に当たった。

深い穴ではない。

ただ、今いる場所から下へ二メートルくらい落ちて、そこからまた奥へ続いている。

「通路が下へ一段落ちてる。二メートルくらい。降りるだけならできそうだけど、戻る時に面倒だな」

俺が説明すると、ミオは少し黙った。

「今日はそこまでにしよう」

返事が早い。

でも理由を聞く前に、足元で小さな音がした。

こつ。

何かが動いた。

俺は反射で手をついた。

その石がずれた。

身体が前へ流れる。

視界の先に、二メートル下の床。

身体の補助が一気に腕へ力を入れる。

俺も同時に腰を引いた。

その瞬間、腰の縄が張った。

「レン!」

外から二人の声が重なった。

落ちてはいない。

片膝が段差の端から出ただけだ。

でも、心臓が一気に速くなる。

俺はそのまま動かなかった。

「大丈夫。落ちてない。石が一個ずれた。ちょっと待って、今は引かないで」

できるだけ普通の声で言う。

エダンが外から返した。

「引かない。縄だけ張っとく。自分で戻れるか?」

「戻れる。たぶん」

ミオがすぐ割って入る。

「『たぶん』なら先に足の位置を言って。右膝は?」

「床。左足も床。左手が壁。右手が……動かした石の横」

「じゃあ右手を信用しないで。左へ体重を寄せて、足から戻して」

説明が短い。

でも、何をすればいいか分かる。

俺はゆっくり左へ重心を移した。

補助が右腕で支えようとするのを抑える。

左足を後ろへ引く。

腰が戻る。

段差から膝が離れた。

「戻った」

外で、誰かが大きく息を吐く音がした。

たぶんエダン。

「今日、もう終わりな」

声がいつもより低い。

俺は段差をもう一度見た。

行けそうだ。

二メートルだけ。

その下にまだ続きがある。

ものすごく行きたい。

でも、さっき決めたルールが頭に浮かぶ。

誰か一人でも怖いと思ったら戻る。

今は俺自身が、少し怖い。

「うん。戻る」

口に出すと、悔しさより先に肩の力が抜けた。

後ろ向きで戻るのは、入る時よりずっと面倒だった。

曲がり角で膝の布がずれた。

外へ顔を出した瞬間、エダンが笑う。

「おしゃれ、足首まで落ちてるぞ」

「中で流行が変わった」

笑って返したけど、ミオはすぐ笑わなかった。

俺の両腕、膝、肩を順番に見る。

「本当にどこも痛くない?」

「右の手のひらだけ少し擦った。でも動く。肩も大丈夫」

手を開いて見せる。

それを確認してから、ミオはようやく息を吐いた。

「じゃあ笑う。さっきの顔、かなりひどかった」

「見えてないでしょ」

「声で分かるって、朝言われてた」

逃げ場がない。

昼飯は窪みの中で食べた。

俺はパンをかじりながら、今見た形を説明する。

ミオが地図へ線を引く。

入口から右曲がり。

小部屋。

二メートルの段差。

その先は未確認。

エダンは黙って聞いていたが、最後にパンを飲み込んでから口を開いた。

「次、俺も中まで行く。外で縄持つ役は兄貴か、誰かもう一人借りよう。三人だけで全部やる必要ないだろ」

俺は少し意外だった。

「エダン、入りたいんじゃん」

「入りたいよ。さっき言っただろ。俺だって知らん穴があったら気になる。でも、三人まとめて中に入るのは嫌だ」

ミオが地図から顔を上げた。

「それがいい。次は長い縄も要る。二メートル下へ降りるなら、戻る方法を先に作ってから」

俺は段差の先を思い出す。

暗かった。

でもランプの炎は、あそこで少し強く揺れた。

風は下から来ていた。

「じゃあ次は、降りる準備だけして来る?」

俺が聞くと、エダンは呆れた顔をした。

「準備だけって言って、本当に準備だけで帰る顔に見えると思う?」

「……見えない?」

ミオとエダンが同時に首を振った。

返事がそろうのは、こういう時だけでいい。


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