第7話「人は見かけによらぬもの」
僕の心臓はばくばくと鳴っていた。
トンネルを抜けると、そこは美少女だった。
「ふんぬぅうっっ!!」
例えその子が、
「卑怯者め、いっそ一思いに!!」
頭のおかしい挙動で、
「転がせぇぇ……!!」
馬鹿のように車のドアに引っかかったまま、悔しげに顔を歪めていても。
同じくらい、不思議とその様子に既視感を覚えた。きっと服装のせいだろう。
僕の高校と同じ制服を着ていた。
「ブラボー……」
「……え」
どさり。痛い。地面とキスをしていた。コンクリートの砂利に手をついて、倒れ込んでいた身体を起こす。
そうだ、僕は猿彦さんに抱えられていたんだ。
頭上でぱちぱちと拍手の音が響く。見上げると、猿彦さんの頬に、つうっと一筋の涙が伝っていた。おいどうした、まだバグっているのか?
「ブラボー!! エクセレンッッッ!!」
まだバグっていた。
猿彦さんの姿をようやく拝めた。猿を彷彿とさせる暗い茶髪に薄い色のメッシュをしている。ポケットからじゃらじゃら下がる数珠的なものが、尻尾のように見えた。
ワイシャツを着崩し過ぎて気付かなかったが、学ランだ。僕の高校と似ている。
彼は僕をガン無視して熱く語り始める。
「立てば芍薬、刻めば彼岸、転がる姿は百合の花!! まさに現世の奇跡!! なんて美しいんだ、姉さん……あの凜とした佇まいからの天然石と呼ぶに相応しいオチ!! 今日も姉さんは現世イチ美しい……」
「姉さん!? ご姉弟ですか……?」
「いかにも。俺の存在において最も誇れる肩書きだ」
この人が義兄になるのすげー嫌だな、と僕は無意識のうちに考えていた。ダメだ。初対面の女子に、なんて失礼なことを考えているんだ。それに、僕はこの世を去る決心をした直後だぞ。
「姉さん、引っかかってるよ」
「くっっ……私のことはいい、先に!」
「そうだね、美しかった」
「先に行けぇ!! 猿彦ぉ!!」
「そうだね、引っかかってるよ」
姉弟の会話は絶妙に噛み合っていない。血の繋がりの薄さを感じた。いや、話を聞いてない点は逆に濃いかもしれない。
僕の一目惚れのような高鳴りは、一旦落ち着いた。辺りを見渡す余裕が出来た、主に心に。
街灯が時折、ちりちりと寂しく音を立てている。もうそこは田舎道でも何でもない、都会の路地裏だった。放置されたゴミ袋から、生乾きと腐臭の臭気がする。汚い東京の、見慣れた光景だ。
きったねえな、と改めて痛感する。俺はこの臭いが嫌いだ。さっさとここから立ち去りたい。もう全部済んだはずだ。
「鎮まれぃ!! 自決寸前の少年の前だぞ!」
「はっっ!」
「はっっ!」
墨のように黒い、桃太郎の形をした黒焦げが割って入る。姉弟はばっと勢いよくこちらを向いた。
俺は迷って、建前感覚で頭を下げる。
「私は温羅小鳥。好きに呼んでくれ。君が無事で何よりだ」
「……どうも。スミマセンね、俺の自殺に巻き込んだようで」
「いいや。私は君に、生きて欲しかった」
「関東が滅ぶから?」
「個人的事情と答えておこうか」
少し芝居がかった口調が、桃太郎によく似ている。影響でも受けたのだろう。
黒焦げのままの桃太郎は、軽く屈んで目線を合わせる。その後立ち上がると、俺に手を差し出した。
「我ら全国セイクリッドハート互助会、君の自決を止めに来た。よろしく、少年」
「……どうも」
「早速で悪いが、少年。お前さんの名前は?」
本当に早速だな。息つく暇も無しか。俺は久しぶりに声を出して名乗る。
「……犬飼獅子丸です」
桃太郎の背後で、姉弟の歓声が響き渡る。何がそんなに嬉しいんだ。
「お供が揃ったぞ!」
「良かったな、姉さん」
ははあ、なるほど。猿、鳥、と来て『犬』。……馬鹿にしてるのか?
日本昔ばなしに準えたお供3匹でも従えるつもりか。英雄ごっこと来た。
桃太郎は姉弟を振り返る。にっこりと満足そうな笑みだった。
そして、最後に俺を見下ろす。
「うん、肉体の名前はな。俺は”お前さん”の名前を聞いてんだよ」
特に言いたいことはない。先を譲るように見上げた先、桃太郎は肉厚に潰れた目を細めた。
「言い方を変えようか──お前さん、中に何人居る?」




