第6話「合縁奇縁」
「うぉわぁあおおおじさん!! 前、前!!」
「うぉわぁあおおしょうねん!! たす、けて!!」
同じ声量の叫び声で、僕たちは錯乱していた。息ぴったりだ。
軽自動車が急ブレーキのような高音を立てて、左右に車体をぐらぐら揺らす。僕の身体もおじさんの方へ吹っ飛びそうになった。今更になってシートベルトを閉める。猟奇的な視界が固定されただけだった。
おーいおじさんはべったり張り付いていた。血色の良い肉片から覗く、白く滑らかな肋骨や鎖骨が眩しい。強烈なサービスショットに吐き気を催す、降りてくれ。
フロントガラスを拳で叩く。ガン、一発。ガラスが揺れる。ガン、二発。ガラスが悲鳴を上げる。ガン、三発。ガラスにヒビが入り始める。
ガラスの強度が弱っていく度に、僕と自称桃太郎おじさんはヒィッと悲鳴を上げる。
「おーい、おーい、お゛ォォい、ごっ、ぢっだ、っよ、ォ、おおーーい」
分厚いフロントガラス越しに聞こえる、愉悦を孕む笑い声。時速100キロを超えた目まぐるしい向かい風を受けながら、控えめな髪がばたばたと揺れている。
これはもうダメだろう。邪魔された挙句こんなオチなんて! 僕の人生、最後までえぐいな……自棄になってきた……。
「降ろしてって言ったのに! 自分の最期ぐらい選びたかった!!」
「ちょっまぁ、少年おっちっつっっェンッッ、終わるの前提で言わなっあっ破片! やばい、ガラス! 割れる割れる割れちゃう!!」
「鬼を倒したその英雄、欲に溺れて堕落せし……」
「猿彦さん嘘でしょ!!?」
悲鳴や絶叫に混ざって、後部座席から仰々しい棒読みが聞こえてきた。
猿彦さんが現れた時に唱えていた、よく分からんアレだ。下を向いてる。カンペらしき何かを読み上げている。
己が死の間際の遺言がそれでいいのか、本当に。
「最期の時は合掌し、ただ救いを乞い願う。いつしか願いは受け継がれ──」
ガンガンガン、フロントガラスを叩く音は強さを増す。みし、みし、とガラスの縁が嫌な音を立てる。
思っていたのと違う死の瞬間を迎えようとしている。僕は目を閉じた。
「誰が呼んだか──拝み屋と」
「誰が呼んだか──拝み屋と」
猿彦さんと、別の誰かの声が重なる。鐘のように凛とした、美しい音色が紡ぐ。
瞬間。目の前のおーいおじさんの四肢が、胴体からぱっくりと割られる。
同じタイミングで、僕と桃太郎おじさんの距離がゆっくりと、しかし確実に離れていく。
気づいた時には、軽自動車は真っ二つに斬り裂かれていた。おーいおじさんは、額から股にかけて、胴体まで二つに割れている。
がごん、ごとん、重たく鈍い音がした。人間だった身体が、速度を落としコンクリートに転がって離れていく。
驚愕して遺体の行方を見守っていると、視界が上下にぶれた。身体を嫌な浮遊感が襲う。猿彦さんが、僕を抱えていた。
真っ二つの車体から離れた瞬間、轟音が耳元で弾け飛ぶ。映画の4DXの倍の音量はあった。軽自動車が爆発し、轟々と音を立てて燃え盛る。
「なっ……!?」
更に視線の先で、運転席側が炎の海を広げていた。
運転手の姿は輪郭しか残っていない。火だるまになったおじさんが乗っていた。
「おじさーーーーん!!」
「ぉア゛っづーーーーい!!」
渾身の力で叫ぶ。
それ以上の悲鳴を上げて、火だるまがごろんごろんと転がっていた。
「おじさんが! おじさんが……!」
「Shut up!!!!」
海外ドラマが原音で流れた。春彦さんがバグった。
違う、流暢な英語で黙れって言われた。あえて返そう、Why? なぜ?
トンネルを抜けた先に、彼女は居た。
雲は月を覆わない。無粋な真似は出来ないと、その少女を映し出す。惜しみ無く照らされた彼女は、ひたすらに──美しかった。
血に濡れた長い刀を、上段に霞の構えで止めている。
ピンクブロンドの長い髪。ひとつに束ねられたポニーテールが、熱風に揺れている。白いセーラー服の上に、紺色のカーディガンを纏っていた。その上にはエプロンをしていた。白いロゴは、おじさんと同じものだ。
長い睫毛に縁取られた鋭い目を光らせ、艶やかな唇を開く。
「全国セイクリッドハート互助会所属、温羅小鳥。桃太郎さんの願いによりお供する」
うらことりさんが、震えひとつない声で名を名乗る。
その姿はあまりに蠱惑的だ。見るもの全ての目を奪う。時間が止まったように思えた。
がつん。
彼女の後頭部に、勢いよくさっきの軽自動車の扉が吹っ飛んでくる。
セーラー服の後ろ襟が、扉の取手に引っかかった。その勢いのまま、彼女はごろん、ばたん、と前方に転がる。
「卑怯な! くっっっ……転がせぇッッッ!!」
悔しげに悲痛な叫び声が聞こえる。そのやかましさ、さながら雉の鳴き声の如し。
こうして僕は、初めてナマのくっころを目にしたのだった。




