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長生きしてね、桃太郎さん!  作者: 与太猫
第一章

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4話「刳膚剔骨」

「桃太郎さん、聞こえてるか!? 口上は言う通りにしたぞ!」


 猿を彷彿とさせる顔立ちの……猿彦さんと呼ぼう。僕の左肩甲骨に向かって声を荒げる。


「バッチリだ、猿彦! 次からもうちょい感情を入れてくれ!」

「二度と御免だ!」

「少年! どうだった? 俺の考えた桃太郎さん悲劇の真実は!」

「お供の人の名前が分かりました!」

「オーケイ! 全て終わったらもう一度聞いてくれ! 一考の余地有りだ!」


 何だか分からない。ずっと分からないが援軍が来た。

 猿彦さんはスパンと両手を合わせる。


「えーこれから乗る電車で酷い目に遭います。ご注意ください、ご注意ください」


 急に鼻に掛かったような声で喋り出した。何かに似てる……あの、よく聞く電車のアナウンスだ。

 おーいおじさんは、トンネルの淵まで来ていた。歯茎を見せて笑っていた。おーいおじさんの後ろから、賑やかな音が微かに聞こえる。カランカランピーヒョロロと、軽い鐘や笛の音がリズミカルに鳴っている。お囃子の音に似ていた。

 

「あの、今度は何をーー……はぁ!??」


 がしゃんと機械音が降り注ぐ。トンネルの中が急に、ホログラムのように電車内の景色に移り変わる。

 僕らは真ん中に立っている。

 座席に人は居ない。代わりに、目をまん丸に開けたおもちゃのような猿がずらりと座っていた。シンバルを持っていたり、ラッパを持っていたり、スプーンを持っていたり、ナイフを……持って、満面の笑顔で鎮座している。

 普通の電車と異なる点は、それだけじゃない。おーいおじさんの背後で、車両の扉が下から迫り上がってくる。

 トンネルを閉じ込めてしまった。


 今度は何が起きている……?


 僕はもう疲れてしまった。感情がぐちゃぐちゃだ。恐怖と焦りと理解の追いつかない頭ががんがんとする。

 しんどいから飛び込もうとしたのに、違うものに飛び込んでいた。

 電車が来たなら今がチャンスだろうか。人身事故を起こしても、いいのだろうか。


「あの、あのー……また電車が来たん、ですか?」

「いや、もう乗ってる」


 そうですね、乗ってます。

 ……飛び降りていいだろうか……。猿彦さんはそのまま僕を無視して続ける。


「俺ができる対抗策だ。おーいおじさんはマジでしつこい、ここで片付けた方がいい」


 早口で捲し立てられ、僕は言葉を詰まらせる。

 彼は大きく息を吸い込んだ。


「次はー活けづくり、活けづくりー」


 鼻につく声で、猿彦さんのアナウンスが流れ始める。座っていた猿たちの口がぱかっと開く。声を合わせてアナウンスを始めた。シャンシャンとシンバルがうるさく叩かれる。

 瞬間、おもちゃの猿たちが動き出す。おーいおじさんの元へと、何匹もの猿が飛び乗っていく。次第におーいおじさんは、姿さえ見えなくなっていた。猿に覆われている。


「お゛ぉーーーー……ィ……」


 おーいの声は、ゆっくりと小さくなっていく。ぶちゅりと挽肉を千切るような音が微かに聞こえてくる。

 がたんと足場が揺れた。電車が駅に到着した時のように。途端に猿が一斉に座席に戻り出す。

 おーいおじさんが居た場所には、活けられた魚のような肉片が広がっていた。


「……う、ぅう……!」


 酷い光景だ。白い背骨が覗いている。肉の合間から、黄色いぷつぷつとした斑点が浮き上がっていた。吐き気を催して、僕は口を押さえる。


「こ、この人……おーいって呼んで追いかけてきただけなのに! こんなことするんですか……!?」

「電車が停まりまーす、ご注意ください、ご注意くださーい」


 僕の訴えを無視してアナウンスが流れ続ける。鉄の臭気が充満していた。込み上げる吐き気と共に膝をつくと、猿彦さんは僕を見下ろす。


「おーいおじさんはまだ来るぞ」


 一言告げた。

 目の前の扉が開く。おーいおじさんが居た。居た。居た、居……、いち、に、さん……


「おーい」


 10人以上居た。恐ろしい速さでトンネルだった扉の中へと押し寄せてくる。朝ラッシュの勢いと速さで複数のおじさんが乗り込んでくる。


「う、うわぁぁぁぁあーーーー!!」

「吊り革にお捕まりくださーい! 次はー挽肉、挽肉ーー!」


 思わず絶叫する声に被せて、アナウンスはより強く響く。

 吊り革にお捕まる余裕は無い。僕はすぐ側の、座席の銀色の手すりに縋り付く。

 おもちゃの猿たちが動き出した。おーいおじさん達は、猿の隙間を俊敏に練り僕の方へ押し寄せてくる。

 指先が僕に届きそうになった瞬間、上から降ってきた猿のおもちゃに頭ごと潰された。一瞬にして血飛沫が僕に飛び散る。ぐろい、これはぐろい。僕もこうなる予定だったんだ。自分が求めたはずの、未来の姿がそこにあった。

 ぞわぞわと肌が粟立つ。恐怖に心が支配されていく。


「ひ、ひぃい……!!」

「おーい、おーい!! おーい! おーーい!!」


 おーいの圧は、猿の群生に負けない大きさで迫ってくる。

 空間が揺れる。電車のように、不規則に。おーいの指が僕の前髪を掠めた。その度に上から猿が降ってくる。

 潰れていくおーいおじさんは、見事に血塗れの挽肉と化していた。


 最後のおじさんの指が、僕の喉仏を引っ掻く。その場にだらりと崩れ落ちた。気持ちがわるい。船酔いしたような嫌悪感が噴き上がる。

 僕は、血の海に吐瀉物を撒き散らす。もう限界だった。


「ゔ、ぉええ…………」


 猿彦さんは合掌したままだ。

 猿のおもちゃとおじさんだったものたちの海の中、仁王立ちで佇んでいる。


「ご注意くださいって言ったのに」


 ぽつりと呟く。言ってたけれど。注意する時間が無さ過ぎる。


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