4話「刳膚剔骨」
「桃太郎さん、聞こえてるか!? 口上は言う通りにしたぞ!」
猿を彷彿とさせる顔立ちの……猿彦さんと呼ぼう。僕の左肩甲骨に向かって声を荒げる。
「バッチリだ、猿彦! 次からもうちょい感情を入れてくれ!」
「二度と御免だ!」
「少年! どうだった? 俺の考えた桃太郎さん悲劇の真実は!」
「お供の人の名前が分かりました!」
「オーケイ! 全て終わったらもう一度聞いてくれ! 一考の余地有りだ!」
何だか分からない。ずっと分からないが援軍が来た。
猿彦さんはスパンと両手を合わせる。
「えーこれから乗る電車で酷い目に遭います。ご注意ください、ご注意ください」
急に鼻に掛かったような声で喋り出した。何かに似てる……あの、よく聞く電車のアナウンスだ。
おーいおじさんは、トンネルの淵まで来ていた。歯茎を見せて笑っていた。おーいおじさんの後ろから、賑やかな音が微かに聞こえる。カランカランピーヒョロロと、軽い鐘や笛の音がリズミカルに鳴っている。お囃子の音に似ていた。
「あの、今度は何をーー……はぁ!??」
がしゃんと機械音が降り注ぐ。トンネルの中が急に、ホログラムのように電車内の景色に移り変わる。
僕らは真ん中に立っている。
座席に人は居ない。代わりに、目をまん丸に開けたおもちゃのような猿がずらりと座っていた。シンバルを持っていたり、ラッパを持っていたり、スプーンを持っていたり、ナイフを……持って、満面の笑顔で鎮座している。
普通の電車と異なる点は、それだけじゃない。おーいおじさんの背後で、車両の扉が下から迫り上がってくる。
トンネルを閉じ込めてしまった。
今度は何が起きている……?
僕はもう疲れてしまった。感情がぐちゃぐちゃだ。恐怖と焦りと理解の追いつかない頭ががんがんとする。
しんどいから飛び込もうとしたのに、違うものに飛び込んでいた。
電車が来たなら今がチャンスだろうか。人身事故を起こしても、いいのだろうか。
「あの、あのー……また電車が来たん、ですか?」
「いや、もう乗ってる」
そうですね、乗ってます。
……飛び降りていいだろうか……。猿彦さんはそのまま僕を無視して続ける。
「俺ができる対抗策だ。おーいおじさんはマジでしつこい、ここで片付けた方がいい」
早口で捲し立てられ、僕は言葉を詰まらせる。
彼は大きく息を吸い込んだ。
「次はー活けづくり、活けづくりー」
鼻につく声で、猿彦さんのアナウンスが流れ始める。座っていた猿たちの口がぱかっと開く。声を合わせてアナウンスを始めた。シャンシャンとシンバルがうるさく叩かれる。
瞬間、おもちゃの猿たちが動き出す。おーいおじさんの元へと、何匹もの猿が飛び乗っていく。次第におーいおじさんは、姿さえ見えなくなっていた。猿に覆われている。
「お゛ぉーーーー……ィ……」
おーいの声は、ゆっくりと小さくなっていく。ぶちゅりと挽肉を千切るような音が微かに聞こえてくる。
がたんと足場が揺れた。電車が駅に到着した時のように。途端に猿が一斉に座席に戻り出す。
おーいおじさんが居た場所には、活けられた魚のような肉片が広がっていた。
「……う、ぅう……!」
酷い光景だ。白い背骨が覗いている。肉の合間から、黄色いぷつぷつとした斑点が浮き上がっていた。吐き気を催して、僕は口を押さえる。
「こ、この人……おーいって呼んで追いかけてきただけなのに! こんなことするんですか……!?」
「電車が停まりまーす、ご注意ください、ご注意くださーい」
僕の訴えを無視してアナウンスが流れ続ける。鉄の臭気が充満していた。込み上げる吐き気と共に膝をつくと、猿彦さんは僕を見下ろす。
「おーいおじさんはまだ来るぞ」
一言告げた。
目の前の扉が開く。おーいおじさんが居た。居た。居た、居……、いち、に、さん……
「おーい」
10人以上居た。恐ろしい速さでトンネルだった扉の中へと押し寄せてくる。朝ラッシュの勢いと速さで複数のおじさんが乗り込んでくる。
「う、うわぁぁぁぁあーーーー!!」
「吊り革にお捕まりくださーい! 次はー挽肉、挽肉ーー!」
思わず絶叫する声に被せて、アナウンスはより強く響く。
吊り革にお捕まる余裕は無い。僕はすぐ側の、座席の銀色の手すりに縋り付く。
おもちゃの猿たちが動き出した。おーいおじさん達は、猿の隙間を俊敏に練り僕の方へ押し寄せてくる。
指先が僕に届きそうになった瞬間、上から降ってきた猿のおもちゃに頭ごと潰された。一瞬にして血飛沫が僕に飛び散る。ぐろい、これはぐろい。僕もこうなる予定だったんだ。自分が求めたはずの、未来の姿がそこにあった。
ぞわぞわと肌が粟立つ。恐怖に心が支配されていく。
「ひ、ひぃい……!!」
「おーい、おーい!! おーい! おーーい!!」
おーいの圧は、猿の群生に負けない大きさで迫ってくる。
空間が揺れる。電車のように、不規則に。おーいの指が僕の前髪を掠めた。その度に上から猿が降ってくる。
潰れていくおーいおじさんは、見事に血塗れの挽肉と化していた。
最後のおじさんの指が、僕の喉仏を引っ掻く。その場にだらりと崩れ落ちた。気持ちがわるい。船酔いしたような嫌悪感が噴き上がる。
僕は、血の海に吐瀉物を撒き散らす。もう限界だった。
「ゔ、ぉええ…………」
猿彦さんは合掌したままだ。
猿のおもちゃとおじさんだったものたちの海の中、仁王立ちで佇んでいる。
「ご注意くださいって言ったのに」
ぽつりと呟く。言ってたけれど。注意する時間が無さ過ぎる。




