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魔女の国  作者: kiko
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8/13

倒せない敵

騎士学院は、王都の北側に位置している。


 石造りの高い外壁に囲まれた広大な敷地で、正門をくぐると石畳の広場が広がっている。中央に旗竿があり、カルナの国旗が風に揺れている。建物は複数棟あり、訓練場、講義棟、宿舎が整然と並んでいる。淡灯が等間隔に設置され、朝の光の中でもぼんやりと光っていた。正門の脇には、騎士学院の紋章が刻まれた石碑が立っている。剣と盾を組み合わせた意匠で、その下に一行の文字が彫られていた。眼鏡を通して読むと、「誇りを以て剣を取れ」と読めた。


 司とシオンは正門の前で立ち止まった。


 人が、多い。


「、、、これ全員、志願者?」


「みたいだな」シオンが隣で言った。同じように、人の波を眺めている。


 奥の広場には若者がひしめいていた。剣を帯びている者、弓を携える者、豪奢な鎧を身に纏う者。様々な装備の人間が、あちこちで話し込んでいる。声が重なり合って、広場全体が低く、そして高く唸っているようだった。装備だけ見ても、育ちや経歴が透けて見えるようだった。高級な魔道具を身につけている者は騎士家の出だろう。くたびれた装備の者は、平民から這い上がってきた者、這がりたいと野望を抱く者かもしれない。


「定員は400人だったよな」司は言った。


「ああ」


「何人いるんだ、これ」


「さあ」シオンは少し目を細めて広場を見渡した。「2000人はいるんじゃないか」


 司は改めて周囲を見た。この中から最大400人が選ばれる。5人に1人だ。そして400人が入学しても、騎士に叙勲されるのは最大40人。入学した者の10人に1人しか、騎士にはなることができない。


 近くで、数人の志願者が話しているのが聞こえた。


「今年はフルゲンの次男が来るらしいぞ」


「まじかあ、兄貴が次席、姉が主席だろ。そいつも強いんだろうなあ」


「見てみたいな、どんなやつか。絶対合格するだろうけど」


「合格すれば、会えるなあ」


「ああ、合格して俺の顔見せてやるよ」


 シオンは聞こえていないふりをしていたが、耳が少し赤くなっているようだ。ーー司は何も言わなかった。


 別の方向から、また別の声が聞こえた。


「今年は粒揃い、とのこと」


「そうらしいな。でも数が多すぎる。例年より厳しく見る必要があるな」


「試験の内容聞いたか?」


「いや、聞いてない。が、普通の試験じゃないとは聞いた」


「普通じゃないって、なんだ」


「わからん。、、と、おい、お前ら志願者はあっちだ、あっち。あっち行け!」


 司はその会話を聞きながら、広場の奥に目をやった。


 講義棟の前に、教官らしき人間が一列に並んでいる。全員が騎士の正装を纏い、直立している。年齢も体格も様々だ。若い教官もいれば、中年の教官もいる。しかしその中に、一人だけ明らかに年齢の違う人物がいた。


 白髪だった。背筋が伸びている。穏やかな顔つきで、口元に薄い笑みを浮かべていた。体格は特別大きいわけではない。むしろ、年齢を重ねて少し小さくなったような印象さえある。しかしその佇まいが、周囲と明らかに違った。纏っているその空気が違う。ただ立っているだけなのに、その周囲だけこの世界の密度が高いような感覚がある。他の教官たちが、無意識にその人物から少し距離を取っているようにも見えた。


 やがて、一人の教官が前に出た。三十代半ばの、がっしりした体格の男だ。


「集まれ」


 低く、よく通る声だった。広場がすっと静かになった。2000人を超える人間が、一瞬で黙った。その静けさが、少し異様だった。


「騎士学院入学試験を始める。今年の志願者は2063人。定員は400人だ」


 ざわめきが起きた。教官は構わず続けた。


「まず、試験内容を説明する。、、志願者は10グループに分かれ、そして各グループに教官が一人割り当てられる。その教官を、魔物と見立てて倒すことが目標だ」


 ざわめきが大きくなった。後ろの方で「教官を?」という声が上がった。


「期間は一ヶ月。教官はそれぞれ指定された国内の場所に潜伏する。志願者は各自でその場所へ向かい、一ヶ月以内に教官を倒すことを目指す。王都に住む者は目的地に通うことも、現地で野営することも自由だ」


「倒せなかったら不合格ですか!」誰かが言った。


「質問ありがとう、それは最後に説明する」教官は続けた。「加えて、各志願者は試験開始時に日誌を受け取る。試験内容、担当教官、これからの一ヶ月の行動計画を記録し、一ヶ月後、試験終了日に提出すること。日誌の内容、そして担当教官の評価が採点の対象となる。以上が試験の概要だ」


 広場が再びざわめいた。驚きではなく、周囲の人間と情報を交換しあっているようだ。司は黙って聞いていた。日誌。一ヶ月の行動計画。採点の対象。


 その後、グループ分けが行われた。名前を呼ばれると、それぞれ指定された列に並ぶ。


 シオンは第三グループ、担当教官はヴィクト。


 司は第七グループ、担当教官はブレイズ。


 司はブレイズという名前を聞いた瞬間、白髪の老人を見た。老人は相変わらず穏やかな顔で立っていた。目が合うと、わずかに頷いた。笑みが少し深くなったような気がした。


 グループ分けが終わり、各教官が志願者たちに自分たちの潜伏場所の地図を配った。ブレイズは第七グループの前に立ち、一人ずつに地図を手渡した。司の番になると、ブレイズは地図を渡しながら、小さな声で言った。


「楽しみにしているよ」


 ーー何故、僕だけに言うんだ?ゼインたちの知り合いか?


 帰り道、シオンが口を開いた。


「ツカサ、ブレイズ殿だったな。彼のことは、、知ってるか?」


「知らない。教官の中で一番年上だとは思ったけど」


「まあ俺も詳しくは知らないんだけどさ、なんか兄さんが昔、その名前を出してたのを聞いたことがある。すごく強い人だって」


「ゼインさんが?」


「ああ。どのくらいすごいかは聞かなかったけど、あの感じだと結構だな」


 司はそれを聞きながら、ブレイズの顔を思い出した。穏やかな顔。薄い笑み。しかしあの空気の重さは、穏やかさとは別のものだった。


「シオンの担当のヴィクト殿は?」


「一緒になったやつの話だと、鎧強化と反射の魔道具だったな。正面から攻めると、こっちの攻撃が跳ね返ってくるらしい。俺の戦い方だと、ちょっとやりにくい」


「どうするつもりなの?」


「まだわからない」シオンは少し苦い顔をした。「まあ考えるよ。一ヶ月あるし」


 二人は石畳を歩きながら、しばらく黙っていた。王都の夕暮れが、建物の隙間から橙色に差し込んでいた。露店が店じまいを始め、淡灯が一つずつ灯り始めている。


「なあ、ツカサ」シオンが言った。


「なに?」


「アリス姉さんは試験なんて軽い軽いって言ってたよな」


「、、、言ってた。あれ嘘だな」


「教えてくれればよかったのに、あいつ!」


「言ったら面白くない、ってことだろうねきっと」


 シオンは少し笑った。それから、また黙った。彼も、どこかいつもの様子とは違う。


 家に戻ると、ゼインとアリスはすでに任務から帰っていた。今日も二人でどこかに行っていたらしい。


食堂のテーブルで、二人が顔を上げた。


「どうだった」ゼインが言った。


「試験内容が、ちょっと想像と違った」シオンが椅子を引きながら言った。


「どんな内容だ」


 シオンが説明した。教官を魔物に見立てて倒す、一ヶ月の試験。日誌の提出。グループ分け。


 ゼインは聞きながら、少し眉を動かした。アリスは途中から顔が曇り始めた。


「教官と戦うのか」ゼインは言った。「私が入学したときとは違う内容だ。今年は難しいようだな」


「兄さんのときはどんな試験だった?」シオンが聞いた。


「筆記と実技の二段階だった。実技は模擬戦だったが、相手は同じ志願者同士だ」


「私のときもそうだった」アリスは腕を組んだ。「教官相手は、きついよ。今の私でも倒せるかわからないやつが何人かいるからね。あの教官たちの中には。、、、それにしても、やっぱり面白い。」


「面白い?」シオンが言った。


「大丈夫、貴方たちのことは現時点で、最大限まで鍛えたから」アリスはにっこりと笑った。


 司は苦笑いを浮かべた。


「シオンの担当はヴィクトだったな」ゼインは言った。「鋼鉄化の使い手だ。正面から攻めるシオンには相性が悪い。攻撃が跳ね返ってくるから、力で押し切ろうとすると逆に自分が傷つくことになる」


「わかった」シオンは頷いた。「何かアドバイス欲しいな」


「そうだな、、。まあ、お前は結局正面から行くんだろう?それで押し切るしかないな」


「おっけー」


「ツカサの担当は誰だ?」ゼインが司を見た。


「ブレイズ殿でした」


 ゼインとアリスが、同時に動きを止めた。


 食堂がしんと静かになった。


「ブレイズ」ゼインは静かに繰り返した。「、、、あの方か」


「知ってるの?」シオンが聞いた。


「知っている」ゼインはゆっくりと言った。「第四騎士団の元団長だ。現在は引退して学院の教官を務めているが、等級は白銀。現役時代は、この国で五指に入る使い手だった、と私は思う」


「白銀って」シオンが言った。「兄さんは金剛だよね。その一つ上だ」


「ああ」ゼインは頷いた。「私が今の実力で正面からぶつかっても、勝てるかどうかはわからない。高齢で、全盛期ではないとはいえ、相当な騎士だ。正面から倒せる志願者は、というか騎士は、今年はいないだろうな」


 、、、そんな人に試験官やらせちゃ駄目でしょ。とは言わなかった。


「でも」アリスが口を開いた。「倒せなかったら不合格、ではないんでしょ?」


「そうですね。倒せは合格とは言っていませんでした」


「なら、大丈夫ね」アリスはテーブルに肘をついた。「、、、あと、ツカサ。一つ言っておくことがある」


「何ですか」


「ツカサは魔力がほとんどない。門番が言っていたのを聞いてたから、わかってたんだけど」アリスは真剣な顔になった。「戦闘用の魔道具は、一定以上の魔力がないと動かせない。てことは、ツカサには使えない。今ツカサがつけてる眼鏡とか、魔力消費の少ない魔道具なら使えるけど、戦闘に使えるようなものは無理だと思っておきなさい」


「わかりました」


「不利だとは思うけど」アリスは続けた。「それがツカサの条件だし、実力だから。その中でどうするかを考えるしかない」


「はい」


「兄さん」シオンが言った。「兄さんなら倒せないってことはないよな。ブレイズって人。」


「倒せないとは言っていない」ゼインは静かに言った。「ただ、正面から挑んで勝てる相手ではないということだ。彼は、、確か七十は超えているが、とはいえ、白銀の騎士だ。剣だけで挑めば一瞬で終わる」


 司は頷きながら、また彼の頭の中で何かが動き始めていた。


 倒す、のは難しい。


 正面から挑んでも無理。魔道具も使えない。


 ということは、倒さなくていいんだ。


 ということは、試験で見られているのは何だ。


 日誌。一ヶ月の行動記録。採点の対象。倒すまでの過程。


 、、、過程を見ている。


「ゼインさん」司は口を開いた。「一つ聞いていいですか。魔道具について」


「ああ、なんでも聞いてくれ」


「魔道具を動かすのに必要な魔力は、個人によって違いますか」


「ああ」ゼインは頷いた。「まず、魔力の保有量には個人差がある。出力にも個人差がある。それに、それぞれが持っている魔力が合う魔法にも、個人差がある。この三つの要素は、血筋に関係することが多い」


「魔道具を長時間使い続けると、魔力は消耗しますか」


「ああ、するな。魔道具は使用者の魔力を消費して稼働する。長時間、あるいは強力な魔法を使えば、当然それだけ消耗が激しくなる。」


「回復には時間がかかりますか」


「それも人によるが、消耗した魔力が戻るには一定の時間がかかる。激しく使えば、数日かかることもある」


「ありがとうございます」


 ゼインがわずかに目を細める。


「何か考えは浮かんだか?」


「少し」


「聞きたいな」とシオンが言う。


「ちょっと時間ちょうだい。まとめてくるから」


 ゼインは何も言わなかった。アリスがふうん、と言って頬杖をついた。シオンは司を横目で見ている。


「ツカサ」シオンが言った。「お前、楽しそうだな」


「そう見える?」


 司の顔には、笑みが浮かんでいた。


 その夜、司は与えられた部屋のテーブルに向かった。日誌を開き、羽ペンを取った。眼鏡を外す。


 まず、わかっていることを書き出した。


 担当教官、ブレイズ。白銀等級。元第四騎士団団長。七十二歳。魔道具は爆炎生成、焔爆発。武器は両手剣。潜伏場所は王都から馬で半日ほどの距離にある、森林。


 正面から倒すのは、現状不可能。


 だけど、試験が見ているのは、過程だ。そのために、日誌がある。一ヶ月の行動を記録して提出する。採点の対象になる。ということは、どう動いたかを見られている。倒せなかったとしても、どう考え、どう動いたかで合否が決まる。


 ーーーだったら。


 僕が使えるものは、、、片手剣。この目。戦略。そして、、、人を動かすこと。


 目標は、教官の魔力を極力減らすこと。魔法抜きの勝負に持ち込むためだ。


 そのためには、一人では足りない。


 第七グループには、自分以外に沢山志願者がいる。一グループあたり200人強。その中から、使える人間を選ぶ。そして、仲間に引き入れる。順序立てて攻撃を仕掛け、ブレイズの魔力を消耗させる。


 司は日誌に書き始めた。まず、明日から志願者たちの様子を見る。どんな魔道具、武器を持っているか。どんな戦い方をするか。どんな性格か。使える人間かどうかを見極める。それから声をかける。


 計画の骨格が、少しずつ形になってきた。


 そこで、ペンを止めた。


 最後に、僕自身が使う魔道具のことを、考える。何が1番有効か。それはまだ、誰にも言わない。言う必要がない。試験の最後、ブレイズに一矢報いるとき、初めて意味を持つものだ。


 司は日誌を閉じた。


 窓の外に、夜の王都が広がっていた。淡灯がいくつも光り、石畳を橙色に染めている。遠くで鐘の音がした。この鐘は、夜の十二時を告げる音だ。


 司は窓に額を当てた。ガラスが冷たかった。


 司は窓から離れ、ベッドに横になった。天井の石を見上げながら、頭の中で計画を繰り返した。何度も、何度も。確認するように。穴がないかを探すように。


 深い眠りが来るまで、司は思考し続けた。

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