表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔女の国  作者: kiko
PR
7/9

二ヶ月の剣

翌日、ゼインに連れられて武器屋へ行った。


 店は王都の中心街から少し外れた場所にあった。石造りの重厚な構えで、入口に剣と盾の意匠が彫られている。中に入ると、壁一面に剣や斧や槍が並んでいた。淡灯の光が刃に反射して、店内がぼんやりと輝いていた。


「まず剣だな」ゼインは言った。「騎士学院では剣が基本になる。お前の体格に合ったものを選ぼう」


 司は並んだ剣を眺めた。大きいもの、細いもの、両刃のもの、片刃のもの。どれが自分に合うのか、見当もつかなかった。


 少しの間店内を散策していると、奥から栗色の髪を携えた、中年の男が出てきた。店主だろうか。彼は、司の体格を眺めた。それから無言でいくつかの剣を取り出し、順番に握らせた。司は言われるままに握った。重い。どれも重い。しかし七本目を握ったとき、何かが違った。重さは同じはずなのに、掌の中で、剣が落ち着いている感じがする、、


「それだ」ゼインが言った。


 店主も同じように頷いた。


 剣帯と、騎士学院指定の防具も揃えた。胸当て、篭手、脛当て。全て革と金属を組み合わせた実用的なものだった。騎士学院では国内とはいえ魔物が出る地域への遠征もあると聞いていたから、防具はしっかりしたものを選んだ。会計のとき、ゼインが財布を出した。司が申し訳なさそうな顔をすると、ゼインは「今日からお前は二人目の弟だ。遠慮するな」と言った。


 特訓は翌日から始まった。


 フルゲン家の裏手には、石畳の広い中庭があった。朝、司が降りていくとシオンがすでにそこにいる。木剣を二本持っている。


「ほい」


 投げてよこした木剣を、司は何とか受け取った。


「まずは、構えを見せてくれ」


 司は剣を両手で握り、なんとなく前に構えた。シオンは顔をしかめた。


「最悪だ」


「わかってるよ」


「厳しくいこう!」


 最初の一週間は、構えと足運びだけだった。剣を振ることすら許してもらえなかった。シオンは細かく、そして丁寧に教えた。足をどこに置くか。重心をどこに持つか。剣をどの角度で持つか。


 司は言われた通りにやった。言われた通りにできた。


「普通は、もっと時間かかるんだけどな」シオンは少し首を傾けた。「体が覚えるのが早い」


「そうなの?」


「俺が同じことを最初に教わったときは、一ヶ月かかった」


 司はそれには特に何も言わなかった。ただ、もう一度構えを取り直した。楽しい、という感情を感じた。


 二週間目に入ると、初めての打ち合いをした。


 シオンが木剣を振るい、司がそれを受けた。最初の一撃で、司の手がしびれた。力が全然違う。二年間鍛えてきた人間と、二週間の人間では、当然だった。しかし、見えた。シオンの剣がどこに来るか、振り上げた瞬間からわかった。受けることはできる。ただ、押し返せない。


 ーー何度やっても同じだった。


 俺の剣は当たらなかった。どこに来ても、ツカサはぎりぎりで受けるか、ずらすか、地面に逃がすかした。俺は何度も角度を変え、速度を変え、フェイントを入れた。それでも当たらなかった。


 打ち合いが終わるたびに、息が上がった。負けているわけではない。しかし勝ててもいない。それが、どうにも腑に落ちない。


 ーーある夜、二人で中庭に残って話した。


「ツカサはさ」シオンは木剣を地面に置きながら言った。「剣、好きか?」


「まだ、わからない」司は正直に答えた。「やったことなかったから」


「今は」


「嫌いじゃない」


「そっか」シオンは空を見上げた。「俺は好きだよ。掟とか、そういうのは置いといて、純粋に剣が好きだ。だから、お前みたいなやつに俺の剣が当たらないのは、悔しいというより、なんか不思議な感じがする」


「不思議?」


「うん。俺より絶対弱いのに、俺の剣が届かない。なんかこう、なんだ、、そう、幽霊と戦ってる感じ」


 司は少し笑った。


「幽霊か」


「褒めてないからな」


 シオンも笑った。夜の中庭に、二人の笑い声が小さく響いた。


 五日目の夕方、シオンはゼインに報告をした。ゼインは少し黙ってから、「俺もやるか」と言った。


 翌朝、ゼインが中庭に降りてきた。木剣を持っている。シオンは端に寄って腕を組んでいた。


「来い」


 ゼインの剣は、シオンとは違った。速い。そして、重い。シオンより格段に洗練されていた。最初の一撃を受けた瞬間、司の足が地面に沈むような感覚があった。膝が笑っている。


 でも、見える。


 ゼインは何度も仕掛けた。正面から、横から、上から。フェイントを何重にも入れた。剣先を変え、踏み込む角度を変えた。それでも司の木剣が、必ずどこかで受け止め、受け流した。完璧ではなかった。受けた衝撃で体が流れることもあった。一度、膝をついた。しかしゼインの剣は、司に届かなかった。


 十分ほどで、ゼインは木剣を下ろした。しばらく司を見ていた。何かを測るような目だ。


「足が流れてる」ゼインは言った。「受けるとき、重心が外に逃げている。そこを直すんだ」


「はい」


「それ以外は、悪くない」


 シオンが端から「めっちゃ褒めてんの、これ」と言った。ゼインは無視した。


 司は木剣を下ろし、少し間を置いてから口を開いた。


「一つ、聞いていいですか」


「何だ」


「なんでこんなに、、僕に、良くしてくれるんですか」


 ゼインは少し黙った。司はその沈黙の意味を測れなかった。答えたくないのか、考えているのか、それとも別の何かなのか。


 やがてゼインは、中庭の石畳を一瞥してから司を見た。


「お前は、この世界を変える気がする」


 司は何も言えなかった。この世界を変える。その言葉の重さが、じわりと胸に落ちてきた。大げさだと思った。自分はただ、魔女に会いたいだけだ。鳴井に言われたことの意味を、探しているだけだ。しかしゼインの目は、冗談を言っているときの目ではなかった。


「、、、僕が?買いかぶりすぎですよ」


「そうかもしれない」ゼインは静かに言った。「だが、少なくとも俺は、、そう感じる」


 それ以上は何も言わなかった。また構えを取り直す。


「続けるぞ」


 司は木剣を握り直した。


 そこへ、アリスが中庭に入ってきた。稽古着に着替えていた。背中に、両手斧を背負っていた。


「私もやるんだ〜」


「駄目だ」ゼインが即座に言った。


「なんでよ!」


「ツカサが死ぬ」


 アリスは少し口を尖らせた。司はアリスの背中の斧を見た。銀と白の刃に、金の装飾が施されている。刃渡りが広く、柄が長い。あれで斬られたら、木剣どころの話ではない。


「、、、いつかやるの?」アリスはゼインに聞いた。


「学院に入る前に、一度だけな」


「楽しみにしてる」アリスは司を見て、にっこりと笑った。


 司は愛想笑いを返した。全く笑えなかった。


 それから約二ヶ月が過ぎた。


 毎朝、夜明けとともに中庭に出た。シオンと剣と剣で打ち合い、昼はゼインと、夕方にまたシオンと打ち合った。筋肉がついてきた。食事の量が増えた。そして夜は泥のように眠った。


 一ヶ月が過ぎた頃、僕の件に変化が出始めた。


 受け流すことが、体に染み込んできた。力を力で受けるのではなく、流す。ずらす。地面に逃がす。相手の力をそのまま利用して、剣の軌道を変える。筋力では到底敵わない相手に対して、それが唯一有効な方法だった。シオンは何度も悔しそうな顔をした。


「お前に傷一つつけられない」シオンはある日の打ち合いの後、地面に座り込んで言った。「これ、俺が悪いのか?ツカサがすごいのか?」


「シオンは悪くないと思うけど」


「でも当たらないんだが」


「見えてるから」


「それがおかしいんだって言ってんだよ」


 司は隣に座った。二人して、夕暮れの中庭を見ていた。


「シオンは、俺より全然強い」司は言った。「力も、技術も。でも僕にはただ、剣がどこに来るかがわかる。それで、どこに剣を持っていけばいいのかも分かってきた。それだけだ」


「それだけって言うけど、それが一番大事なんだよ。剣において」シオンは呆れたように言った。「お前、本当に変なやつだな」


「すごいって言えよ」


「、、、すごい」


 二人で少し笑った。


 ゼインは一貫して厳しかった。間違いは即座に指摘し、正しければ何も言わなかった。何も言われない日が増えてきた頃、司は少し自信のようなものが生まれていることに気づいた。


 二ヶ月目に入ると、ゼインが剣の技術だけでなく、戦場での判断についても教えるようになった。


「剣は一対一だけじゃない」ゼインは言った。「学院の遠征では、複数の魔物と当たることもある。そのとき、何を護るかを常に考えるんだ」


「何を護るか」


「自分か、仲間か、依頼者か。俺たち騎士でも、全部は守れない。優先順位を決めろ」


 司はそれを聞きながら、頭の中で整理した。優先順位を決めること。それは剣とは別の話のようで、しかし繋がっているように感じる。


「お前は頭がいいんだな。常に反射的にものを思考している」ゼインはある日、珍しく自分から言った。「それは剣においても同じだ。体より先に頭が動いている。だから見える。体がそれに追いつけば、もっと変わる」


 司はその言葉を、しばらく反芻した。


 騎士学院の入学まで、三日となった朝。


 中庭に、アリスが両手斧を持って立っていた。ゼインとシオンが端に寄っている。


「やろうか」アリスは言った。穏やかな声だった。笑っていた。しかしその目は、笑っていない。


 司は木剣をもう一度、握り直した。


 アリスは構えなかった。ただ、斧を両手で持って、まっすぐ司を見た。足が地面に根を張るように静止していた。どこにも隙がなかった。というより、身体中全てが危険に見えた。どこを狙えばいいのかわからなかった。


 来る、と思った瞬間、アリスは動いていた。


 速かった。大きな斧なのに、速かった。上から振り下ろされる一撃は、まっすぐで迷いがなかった。重力をそのまま乗せたような、純粋な一撃だった。横に捌こうとしたら、間に合わない。力で受ければ、腕ごと持っていかれる。


 司は剣を地面に向けた。


 斧の刃が、司の剣の腹に当たった。司は剣ごと沈めるように、力を地面へ流した。斧が地面に叩きつけられた。石畳に亀裂が走った。乾いた、重い音が中庭に響いた。


 土埃が上がった。


 司は無事だった。


 しばらく、誰も動かなかった。アリスが斧を引き抜き、ゆっくりと立ち上がった。それから司を見て、小さく笑った。今度は目も笑っていた。


「生きてる!すごい!」


 ゼインは何も言わなかった。ただ、わずかに頷いた。


 シオンが小さく息を吐いた。


「、、、ほんとに、変なやつだな」


 司は亀裂の入った石畳を見下ろした。手が少し震えていた。怖かったのか、興奮していたのか、自分でもわからなかった。剣を握ったことすらなかった自分が、二ヶ月でここまで来た。それが誇らしいのか、まだ足りないのか、それもわからなかった。


 ただ一つだけ、わかったことがあった。


 ゼインの言葉が、頭の中で繰り返された。


 お前は、この世界を変える気がする。


 変えられるかどうか、まだわからない。しかし、やらなければならないことがある。死神を探すこと。魔女に会うこと。鳴井が自分をここへ送った理由を、見つけること。


「行けそうか」シオンが言った。


 司は顔を上げた。


「行きます」

 

 騎士学院、楽しみだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ