表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔女の国  作者: kiko
PR
6/9

魔女に会いたいんです

王立図書館を出ると、すでに日が傾いていた。

司の知る景色とは全く異なる景色が、音が、声が聴こえる。


 帰路の途中、ゼイン、アリスと合流した。二人で何処かに行っていたらしい。ゼインが、「夕飯にしよう」と言った。


 四人はまた昨夜の料理屋へ向かった。石畳を踏みながら、司は昨夜と同じ道を辿っていることに気づいた。同じ淡灯が同じ場所で光っている。同じ露店が店じまいをしている。しかし昨夜とは少し違う気がした。昨夜は何もわからないまま歩いていた。今日は、少しだけわかっている。


 料理屋の中は昨夜より静かだった。夜の早い時間だからか、客がまだ少ない。四人は素早く、奥の席に落ち着いた。


 料理が来るのを待ちながら、ゼインが口を開いた。


「少し、聞いてもいいか」


「はい、、」


「お前のことだ」ゼインは静かに言った。「言いたくないなら言わなくていい、、。どこから来た。元いたところでは、何をしていた」


 司は、歯で細かくパンをちぎりながら、少し考えた。未来から来た、とは言えない。しかしそれ以外は、嘘をつく理由もない。


「僕は、日本という国から来ました」


 三人は顔を見合わせた。


「ニホン」ゼインが繰り返した。「聞いたことがない」


「島国なんです。この大陸からは、かなり離れた場所にある。だから、知らないのかも」


「島国か〜」アリスが少し首を傾けた。「この大陸の地図には載っていないな。シオン、知ってる?」


「知らない」シオンが即答した。「どんな国なんだ」


「普通の国だよ。この国にある、、魔道具とかはなくて、別の技術で栄えてる」司は言葉を選んだ。「魔女もいないし、、だから、魔法もない」


「魔法のない国か」ゼインは少し考えるような顔をした。「それは、この大陸とはずいぶん違うんだな」


「そうですね」


「その国で、何をしていた?」


「僕、学生でした。学校に通ってました」


「学校」アリスが言った。「騎士学院みたいな感じ?」


「多分もっと普通の。剣とか、そういうのは全くやらないんです。座って勉強するだけの」


「座って勉強するだけ」シオンが少し笑った。「それは楽そうだな」


「楽といえば楽だけど」


 ーー料理が来た。昨夜と同じ骨付きの肉と、パンと、スープ。司は木のカップを持ちながら、三人を見渡した。


「僕は、剣なんか触ったこともないし、魔法も見たことすらない。この世界のことも、本で読んだ知識しか分かってない」


「それで、よく私たちに着いてきたね。怖いよ、普通」アリスが穏やかに言った。


「良い人そうだったので」


「私?」


「、、、そうです」


 アリスはふうん、と言って肉を口に入れた。それ以上は聞いてこなかった。頰が少し紅潮している。


「ここに来て、したいことはあるか?」ゼインが言った。


「ーー魔女に会ってみたいです、魔法が見たい」


 三人が、それぞれ違う顔をした。ゼインは静かに、アリスは興味深そうに、シオンは昨日と同じように「また言ってる」という顔で。


「魔女に会って何がしたいんだ?」ゼインが聞いた。


「自分がしたいことも、すべき事も分からないんです。本で読んだだけじゃ、足りない気がして。だから、会いたい。今僕が1番興味がある人たちに」


ーーそして、護るべき人たちなのか知るために。


「本を読んだのか。文字は、、眼鏡か」


「はい。今日、図書館に行きました。大陸のことを一通り」


 ゼインは少し目を細めた。昨日今日来たばかりの人間が、翌日には図書館で大陸を調べている。司の真意を測っているような目だった。


「魔女に会うなら、ベルナが一番現実的だろう」ゼインは言った。


「ベルナ?」


「東には魔女がいる。だが、東側諸国とはいつ戦争になってもおかしくない緊張状態がもう数年続いている。入国は難しいし、入れたとしても何が起きるかわからない」


「西はどうですか?魔女はいるみたいですけど、、、」


「西はもっと難しい」アリスが続ける。「魔女だと判断されたらすぐに粛清。一般人は魔道具の使用も厳しく制限されてる。騎士団の戦闘用魔道具しか認められていないから、護身の手段がほとんどない。私たちも魔道具を持っていけない」


「じゃあ、ベルナなら魔女がいるっていうことですか?」


「確証はない」ゼインは言った。「ーーだが、魔道具を製造している国だ。中央諸国で魔法と最も深く関わっている。糸口くらいはあるかもしれない」


 司は木のカップを置いた。ベルナ。図書館で読んだ、機械国家。製造方法が非公開の、魔道具輸出国。


「僕は行けますか、ベルナに」


「今すぐは無理だな」ゼインは静かに言った。「お前には、身分がない」


ーー身分。確かに、僕は今、不法入国者だ。あっちなら。


「この大陸で国外に出られるのは、騎士、商人、それから紛争時に限り探索者だけだ。身元のはっきりしない人間が一人でベルナに向かっても、門前払い、、それどころか拘束される事だってある」


「商人になるのは難しいんですか」


「商人として外国に渡るには、大手商会への入会が必要になる。一朝一夕で入れるものじゃない。しかも、そもそもツカサには、商売の伝手も実績もない」ゼインは続けた。「それに、我々フルゲン家は騎士の家だ。商人としての立場を用意してやることができない」


「探索者はどうですか?」


「紛争時限定だ。今は紛争は起こってない。それに探索者の身分では、外交上の後ろ盾がない。何かあったときに守られない」


 司は三つの選択肢が一つずつ潰れていくのを、静かに聞いていた。


「だから、騎士学院に入るしかない」ゼインは言った。「騎士として叙勲されれば、カルナの騎士という身分が生まれる。ベルナとカルナは友好関係にあるから、騎士の身分があれば、入国の道も開ける。騎士になれなかったとしても、学院を経て探索者の資格を取る道もある。最悪それでも、今より可能性は高くなる」


「騎士学院」司は繰り返した。「それは、無理です」


「無理じゃない」


「剣を使ったことがないんですよ?格闘技もやったことがない。体を鍛えているわけでもない。そんな人間が騎士学院に入って、どうするんですか」


「まあ、確かに」シオンが頬杖をついた。「俺でさえ小さい頃から兄さん達に鍛えられてたのに、今から始めるのはきつそうだな」


「だよね」


「でも」


 アリスが口を開いた。


 三人が、アリスを見た。アリスは肉を食べながら、さりげない口調で言った。


「昨日のあのツルツルちゃんの拳、見えてたでしょ」


 司の手が止まった。


「料理屋で、あの探索者が振り上げた拳。避けようとはしてなかったけど、目は追ってた。ちゃんと見えてた」


 司は何も言わない。


「剣を握ったことがないのと、剣を扱う才能がないのは、別の話だと思うんだよね、私」


 アリスはそれだけ言って、また肉を口に入れた。


 テーブルに沈黙が落ちた。


 ゼインがアリスを見た。アリスは涼しい顔をしている。シオンは司を横目で見ている。


 司は木のカップを両手で包んだまま、テーブルの木目を見ている。


 拳は、見えていた。それは本当だ。振り上げられた瞬間から、軌道が読めた。どこに落ちてくるか、わかっていた。しかし身体が動かなかった。見えているのに、一歩も動けなかった。


「確かに、、見えてはいました」


 司は静かに言った。


「だけど、動けなかった」


「それは解決できる問題だ」ゼインが言った。「見えるなら、身体を鍛えればいい。逆に、どれだけ身体を鍛えても、見えない者には限界がある」


「そういうものですか」


「そういうものだ」


 司はしばらく黙っていた。


 騎士学院。剣。この時代で生きていくための、身分。魔女に会うための、道。


「シオンも入るんですか、騎士学院」


「俺は入らなきゃいけない立場だからな」シオンは少し苦そうな顔をした。「騎士家の次男は近衛騎士団に入団しなければならないっていう掟がある。ーーそのために俺は、学院に行く」


「好きでいくわけじゃないのか」


「好きか嫌いかで言えば、嫌いじゃないけど」シオンは肩をすくめた。「選んだわけじゃない、って感じかな」


 司はシオンを見た。選んだわけじゃない。しかし行く。それがこの時代の、この家の在り方なのだろう。


「一つ聞いていいですか」司はゼインを見た。


「何だ」


「騎士学院に入れば、本当にベルナに行けますか」


「保証はできない」ゼインは正直に言った。「しかし、今のツカサよりは格段に可能性が上がる」


 司は木のカップを置いた。


「、、、わかりました」


「入るのか」シオンが少し身を乗り出した。


「行きます」


 シオンが、ぱっと顔を明るくした。アリスは小さく笑った。ゼインは表情を変えなかったが、わずかに頷いた。


「ただ」司は続けた。「剣は本当に使ったことがないので、覚悟しておいてください」


「こっちの台詞だ」ゼインは静かに言った。


 シオンがまた笑った。今度は少し声に出して。


 まばらな光が、四人のテーブルを照らしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ