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魔女の国  作者: kiko
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決意の夜

王都の石畳は、思っていた通り、歩きにくかった。


 司は足元を見ながら、それでいて周囲からも目が離せなかった。


 石だった。建物が、全部石だった。煉瓦を積み上げた壁、切り出した岩を組んだ外壁、漆喰で塗り固めた白い壁。どれも質感が違うのに、全部が同じ時代の色が見えた。2042年の街並みとは、何もかもが違う。あちらは強化ガラスと金属と、発光する広告、磁気浮上ラインの高架で出来た街だった。こちらには、そんなものはない。


 代わりに、別のものがあった。


「あれ」司は立ち止まった。「あの街灯、炎じゃないですよね」


 路地の角に立つ細長い柱の上に、球体が乗っていた。中でぼんやりと橙色の光が揺れているが、、、炎ではない。揺れ方が違う。呼吸するように、ゆっくりと点滅している。


「淡灯だ」シオンが言った。「魔道具の一つ。ベルナから輸入している」


「どうやって光ってるんですか」


「魔法を閉じ込めた石が入っていて、それが光を出す、、らしい。火を使わないから、風が吹いても消えない」


 司は淡灯を見上げた。2042年の街灯とやっていることは同じだが、仕組みが全く違う。電気ではなく、魔法。導線ではなく、石。


 歩きながら、次々と目に入るものがあった。


 露店の軒先に、小さな魔道具が置かれていた。箱型で、周囲だけがうっすらと白く霞んでいる。シオンに聞くと、冷却の魔道具で、中に入れたものを冷やし続けるらしい。原理は冷蔵庫と同じだ。ただし電気ではなく、魔法で動いている。


 鍛冶屋の前では、職人が腕に何かを巻き付けていた。革のベルトのようなもので、それをつけた腕で鉄を叩くと、普通では出ないような力が出ているように見えた。筋力増幅の魔道具だろう。


 通りを歩く人たちも、よく見ると様々だった。鎧を着た騎士らしき人間、商人らしき人間、行商人、子供ーーその中に、少し周囲とは異質な一団がいた。武装しているが騎士ではない。剣を帯びている者もいれば、弓を背負っている者、斧を担いでいる者もいる。装備がばらばらで、しかし全員がどこか戦い慣れた雰囲気を纏っている。


「あの人たちは」


「探索者だ」シオンが答えた。「騎士にはなれなかったが、国から資格をもらって任務をこなす連中。魔物の討伐とか、荷の護衛とか、遺跡の調査とか。いろいろやるんだ」


 司は探索者たちを見送った。魔道具を使いこなし、剣を持ち、この時代を生きている人たちだ。


 ふと、思った。


 自分は今、過去にいる。


 当たり前のことだったが、改めてそう思うと、足が少し重くなった。タイムマシンに乗せられて、気づいたら草地にいた。ゼインたちに会って、馬車に乗って、門をくぐった。それだけのことが起きたのに、どこかまだ実感が追いついていなかった。


 しかし今、目の前に石造りの街があり、魔封灯が光り、探索者が歩いている。


 鳴井が、タイムマシンに乗せた。


 死神を探せ、と言った。


「、、、すごいな」


 声に出たのは、それだけだった。


「何が」シオンが横を向いた。


「タイムマシン」


「タイムマシン?」


「あ、いや」司は首を振った。「独り言です」


 フルゲン家の別邸は、王都の中心部からやや外れた場所にあった。石造りの落ち着いた建物で、中は思ったより広かった。


「服、貸すよ」シオンは言った。「その格好は目立つ」


「助かります」


 シオンが持ってきたのは、白いシャツと濃い茶色のズボン、革のベルト、それから簡単なブーツだった。司はそれに着替えた。鏡を見ると、どこからどう見てもこの時代の人間だった。黒髪さえなければ。


「似合ってるじゃないか」シオンが言った。


「ありがとうございます」


「ため口でいい。同い年だろ」


「、、、わかった」


 シオンは少し満足そうな顔をした。


 一方、ゼインとアリスは王立騎士団本部にいた。


 探索者の依頼を取りまとめるギルドとは別の、騎士が任務の報告を行うための施設だ。石造りの重厚な建物で、中には書記官と、数人の騎士の姿があった。


 ゼインが沼地の調査結果を報告していると、部屋の隅に人影があることに気づいた。


 仮面をしていた。白い、表情のない仮面だ。騎士の鎧を纏っているが、その上に羽織るマントには近衛の紋章が入っていた。


 近衛騎士だ。、、、なぜここにいるのか。


 報告が終わると、仮面の近衛騎士が口を開いた。


「ご苦労だったな、フルゲンの」


 低い声だった。年齢は読めない。


「同行者について、聞かせてほしい」


 ゼインは簡潔に答えた。草地で出会ったこと。魔法のことを聞いてきたこと。上流の出と思われること。汚れのない服。黒髪。


 近衛騎士は黙って聞いていた。


「王女殿下が、その少年に関心を示している」近衛騎士は言った。「だが私はまだ、彼を計り知れていない。何か力はあるのか。目的を持っているのか。探ってほしい」


「試せ、ということですか」アリスが言った。


「そうだ。ただし、あくまで自然に。少年に気取られるな」


 ゼインはアリスと目を合わせた。アリスはわずかに肩をすくめた。


「了解しました」ゼインは言った。


 近衛騎士は頷き、それ以上は何も言わなかった。


 夜になった。


 四人は連れ立って、王都の料理屋に入った。石造りの店で、中は暖かく、肉の焼ける匂いが充満していた。吹き抜けの構造になっていて、一階のテーブル席から二階の回廊が見上げられる。


 司は出てきた料理を見て、少し目を丸くした。大きなパンと、煮込んだ肉と野菜の皿。骨付きの鳥肉。木のカップに注がれた飲み物。想像していたよりも豪勢な料理だ。


「食べていいの?」司は聞いた。


「当然」シオンが言った。「遠慮なんてするな」


 司はパンをちぎって口に入れた。素朴な味だった。しかしなぜか、妙においしかった。


 店内は賑わっていた。探索者らしき人間が多く、あちこちで笑い声と、また怒鳴り声が混ざり合っている。


 そのとき、ゼインは店の奥に目をやった。


 大柄な男がいた。ガタイがいい。頭が剃り上げられていて、顔が赤い。手元には空になった杯がいくつも並んでいた。探索者だろう、腰に剣を帯びている。目がすわっていた。


 ゼインは司を見た。それから男を見た。


探索者の大半は、騎士に対して劣等感に似た感情を持っている。


 ゼインが男の方へわずかに視線を向けた瞬間、男が立ち上がった。酔った足取りで、テーブルの間を縫いながらこちらへ向かってくる。周囲の客が少し距離を取った。


 男は司の前で止まった。


「あァ?」


 低い声だった。司を見下ろしている。司は男を見上げた。


「あァ? なんだてめえら。騎士様が庶民の店に来てやったってか。ーーおい、坊主。貴族か? 騎士三人引き連れて、いい御身分じゃねえか」


 司は何も言わなかった。


「無視してんのか、あァ?」


 男が右拳を振り上げた。大きな拳だった。振り下ろされれば、顔が潰れる。


 司は、その拳を見ていた。


 じっと、見ていた。


 動かなかった。避けようとしていないわけではない。目は拳を追っている。しかし足が、腰が、腕がーー何も動かなかった。見えているのに、身体がついてこない。


 拳が頬に届く寸前。


 ゼインの掌が、男の拳を包んだ。


 ぱん、と乾いた音がした。


 男はゼインを見た。ゼインは静かに男の目を見返した。


「落ち着け」低い声で言った。「座れ」


 男は数秒、ゼインを睨んでいた。それからふん、と鼻を鳴らして、よろよろと自分の席へ戻っていった。


 ゼインはちらりと二階を見上げた。


 吹き抜けの回廊に、仮面の人影があった。白い仮面が、一階を見下ろしていた。


 一瞥して、去った。


 王城の玉座の間は、夜でも明るかった。魔封灯が等間隔に並び、石の床を照らしている。


 玉座に平定王が座っていた。五十に差し掛かろうかという年齢で、顎鬚を整え、目が鋭い。王冠は被っていなかった。私的な謁見の場だからだ。


 その隣に、小柄な少女が立っていた。王女だ。亜麻色の髪を緩く結い、表情は穏やかだが、その目だけが何かを見続けているように、どこか遠くを見ている。


 白い仮面をつけたルドルフが、玉座の前に膝をつく。


「報告します」ルドルフは言った。「少年は、拳を前にして動きませんでした」


「動けなかったのか、動かなかったのか」アルデンが言った。


「動けなかった、と見ます。しかし、、、」ルドルフは少し間を置いた。「拳を、見ていました。視線が拳を追っていた。見えていたはずです」


 アルデンは顎鬚を撫でた。


「見えているのに動けない、か」


「身体が、頭に追いついていない。そういうことかと」


 しばらく、沈黙があった。


 王女が口を開いた。


「彼の因果は、今も見えません」


 静かな声だった。


「世界中の因果が見える私に、見えない。それだけで、十分です」


 平定王は娘を見た。それから前を向いた。


「使えるな」


 低く、言った。


「他国には、因果を読む者がいる。未来を見る者がいる。彼らが牽制し合うことで、今この世界は均衡を保っている。だがーー因果が見えない者が動けば、どうなる」


 ルドルフは黙って聞いていた。


「読めない手は、防げない。存在しないはずの手は、止められない」アルデンは玉座の肘掛けを拳で叩いた。「あの少年を、騎士学院へ入れる。シオン=フルゲンと共に」


「シオン=フルゲンは、、十六です」


「丁度いい。二人で入れ」


 ルドルフは頷いた。


「あの少年の身元は」


「作る」平定王は言った。「何処かの貴族の子でいい。黒髪は目立つが、それも使いようだ」


 エルナはその間、何も言わなかった。ただ、どこか遠くを見ていた。見えない誰かの、見えない因果を、それでも探すように。


 フルゲン家に戻ると、シオンはさっさと寝室へ消えた。司は与えられた部屋に入り、ベッドに腰を下ろした。


 天井を見上げた。


 静かだった。2042年の夜とは違う静けさだった。車の音も、磁気浮上ラインの音も、何もない。風と、遠くで犬が吠える声だけがある。


 司は目を閉じた。


 鳴井が、ごめん、と言った声を思い出した。死神を探せ、と言った声を。


 死神。聞いたこともない名だ。しかし鳴井は知っていた。


 探さなければならない。


 しかしどこに。どうやって。


 司はしばらく天井を見ていた。それから、静かに目を閉じた。今夜は考えても仕方がない。情報が足りなすぎる。


 まず、できることからだ。


 眠気が来るのを待ちながら、決意を固めた。

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