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鴉の影

 その夜、宿舎の一室に全員を集めた。


 扉を閉め、窓の外に人がいないことを確認してから、口を開いた。


「多分、、安置所の魔石は偽物だ」


 全員の顔が変わった。


「偽物?」


 シオンが眉を寄せた。


「少なくとも、防御結界の魔石じゃない。結界が作動しているように偽装する魔法と、また別の魔法が発動されてる。多分、兵士たちの精神をおかしくしてる原因だと思う」


「ちょっと待ってください」


 ティオが手を挙げた。


「そんなの、どうやって仕込んだんですかね、安置所には見張りがいるはずですけど」


「うーん」


 一度息を吸った。


「誰も見ていない間に入れ替わってるんだろうけど、だとしたら答えは一つしかない」


 部屋が静かになった。


「、、、内通者?」


 エナが小さく言った。


「うん。この駐屯地の中に、外の誰かと繋がってる人間がいる」


 沈黙が落ちた。


ーーー内通者がいるかなんて、実際は分からない。でもまあ、恐らくいるだろう。

 

「症状のこともある」


 続けた。


「兵士たちの症状はバラバラだった。悪夢を見る者、仲間を疑う者、塞ぎ込む者。同じ毒なら、同じ症状になるはずだ。でも違う。あの魔石は多分、毒じゃなくて増幅器なんだ。それぞれの心の中にあるものを、膨らませてる」


「それぞれの心の奥にあるマイナスな気持ちを、増幅させてるってことね。確かに、兵士たちは身体的に病を負っているわけじゃなさそうだったわね」


 ミラが壁に肩を寄せながら言った。


「はい」


「ふーーーーん?なるほどね。、、、貴方、やっぱり良いわねえ」


 ミラは腕を組んだ。僕の全身を下から上まで眺める。それから、少し考えるそぶりをして、口を開いた。


「私が表立って動くと、その内通者は警戒するわ。金剛の騎士が調査を始めた、ってね。証拠を消されるか、最悪、逃げられる。、、っていうかそもそも、この依頼は貴方達が引き受けたんだもの。貴方達が解決しないとね。それが学院の方針だし、私は引率しているだけだったんだわ。忘れてたわよ」


「あー、そう言えばそうでしたね。じゃあ、俺たちがやるしかないよな。結構重要な依頼だと思うけど」


 シオンが言った。


「重要、、そうね。結構ね」


 ミラは全員を見渡した。


「ただの学生っていう感じでいきましょう。王都から来た学生が、依頼を受けて来た。何も分からないけど、取り敢えず駐屯地の人たちと仲良くなろうとしてる。それだけなら、誰も警戒しない。その中で、一人一人に接していきなさい。その中で!もし怪しいと思う人がいたら、私に言いなさいな」


 僕が考えていた方針と同じだった。


「役割を分けよう」


 頭の中で駐屯地を、地図のように広げた。


「相手が誰か、もし使うなら、どんな魔道具を使うかすらも分からない以上、単独行動は危ない。基本は二人一組で動こう。シオンとイズミさんは、兵士たちと厨房まわりを。訓練に混ぜてもらったり、給仕を手伝ったりしながら、話を聞いてほしい。誰が最近、どのようにおかしいのか、食料の出入りに変なところはないか」


「おうけい」


「ええ、分かりました」


「ティオとエナさんは、駐屯医のガレン先生のところを。医療記録が見られたらいいね」


「任せてください」


「わかりました」


「お前はどうすんだ?ジーク」


シオンが聞く。


「ああ。僕は一人でいいかなって。ミラ教官も一人だし」


「一人で、ですか?」


 ティオが少し心配そうな顔をした。


「うん。いざとなったらミラ教官が助けてくれるからね」


 半分、本気だ。恐らくミラ教官がいれば、駐屯地のどこにいても死ぬことはないだろう。


「ま、ジークならいいでしょ」


 ミラが頷いた。


「一つだけ言っておくわ。内通者を見つけても、その場で問い詰めちゃだめよ。必ず私に報告すること。もしかしたら、相手はプロかもしれない。あなたたちはよくやってるけど、命だけは、まだかけちゃダメよ」


「はーい」


 会議が終わった。


ーーー翌日から、僕たちは駐屯地の日常に混ざった。


 シオンとイズミは朝の訓練に参加しするらしい。最初は遠巻きに見ていた兵士たちも、シオンが模擬戦で見事に三人抜きをやってのけると、一気に距離が縮まった。強い者は尊敬される。単純で、いい文化だと思う。


 その日の昼、訓練場から厨房へ移動する、長渡り廊下でのことだった。


 シオンは、隣を歩くイズミを意識しないように意識していた。


 二人一組。ジークがそう決めた。決めたのはジークだ。俺じゃない。俺じゃないんだが。


 なんで、よりによってこの組み合わせなんだ。


「シオン君」


「はい!?」


 声が裏返った。


 イズミが少し不思議そうにこちらを見た。


「、、、びっくりしたの?」


「いや、うん。ごめん。なに?」


「ジーク君のこと」


 イズミは前を向き直し、言った。


「私たちには二人一組って言ったのに、自分だけ一人で動いてるでしょう。いくらミラ教官が強いとは言っても、やっぱり心配」


「ああ、、、」


 シオンは頭の後ろで手を組んだ。


「まあ、あいつは強いからなあ」


「強い?」


「うん。俺より強いかは、わからないけど」


 頭の中であいつと闘ってみる。俺の剣が届かない。でも、10回中7回は勝てるんじゃないか?多分、うん。


「ただ、こういう狭い場所で戦うならーージークは負けないよ。誰が相手でも」


「狭い場所?」


 イズミが小さく繰り返した。


「そう。勝つかどうかは別だけど、負けない。あいつの剣は、そういう剣なんだ。廊下とか部屋の中とか、逃げ場のない場所ほど、あいつは強い。視界に映るもの、全部見えてるから」


「、、、ふふ」


 イズミが少し笑った。


「な、なに」


「シオン君、ジーク君の話をするとき、少し楽しそうね」


「そんなことないけど。むしろ、むかつくよ。あいつと戦うと」


「あるわよ」


 イズミはそれだけ言って、先を歩いていった。


 シオンは、少し赤くなった顔を掻いた。


 違うんだよなあ。楽しそうに見えたなら、それは。


 まあ、いいけど。


 五日目の夜、みんなで情報を持ち寄った。


「兵士のロディってやつと仲良くなったぜ」


 シオンが言った。


「あいつが言うには、最初におかしくなったのは夜勤の連中らしい。一日中、あの音を一番長く聞いてる奴らから順番に、って感じだったってさ」


「音を浴びた時間に比例してるのかな?」


「多分な。あと、古参のザックさんが言ってた。ここ最近、国境の向こうで変な連中を見たって噂があるらしい。黒ずくめの、商人みたいな連中」


「ふむ、、名前は分かった?」


ミラが聞いた。


「鴉商会って言ってたな」


 鴉商会。聞いたことないな。


「知ってますか?ミラ教官」


 ミラを見た。ミラは少し眉を寄せている。


「聞いたことはあるけど、あんまりいい噂じゃないわよ。えーと、主にベルナ国境付近で活動してる商会、、、なんだけど、裏では偽装と潜入を専門に、盗賊的な活動もしてる、、疑いがある。奪えないものはない、なんて言われてる。ただ、実態はほとんどわかってないわ。騎士団も何度か追ったけど、団員の構成人数、使ってる魔道具すら掴めなかった」


「偽装と潜入の専門、、、」


ーーー魔石のすり替え。誰にも見られずに。


「ティオとエナさんの方は?」


「はい。ガレン医師の記録を見せていただきました」


 エナが、手元にメモを広げた。


「心を病んで、自らを傷つけてしまった三人の兵士さんなんですけど、共通点がありました。三人とも、直前に同じような夢を見ていたそうです」


「同じ夢?」


「はい。真っ黒い鳥が、たくさん飛んでいる夢だと」


 部屋の空気が、少し冷えた気がした。


 黒い鳥。


「、、、鴉、か?」


 シオンが呟いた。


「偶然と言うことは出来ないように感じます。ガレン医師も気味悪がってました。というのも、三人が三人とも、聞いてもいないのに鳥の夢の話をしたそうです」


「うーん、、イズミさんは?」


「給仕のミーナさんから、面白い話を聞いたわ」


 イズミが静かに言った。


「最近、特定の食材だけが、無くなるんですって。香辛料と、干し肉と、酒。帳簿と実際の減りが合わない。誰かが少しずつ、盗んでいるのね」


「備蓄の横流し?」


「それだけなら、ただの窃盗ね。でも」


 イズミは僕を見た。


「香辛料と干し肉と酒。これ、長期の潜伏にも適している様なものよ。外に隠れてる誰かに、食料を送ってる。そう考えることもできるわ」


ーーー点と点が、線を描き、繋がり始めた。


 外に潜伏している集団。鴉商会。内通者は、食料を横流しできる立場の人間。


 厨房まわりの、誰か。


「厨房に出入りできるのは?」


「料理人のピムさん、給仕のミーナさん、あとは配達で数人ね」


 ピム。


 あの、にこにこした料理人の顔が浮かんだ。


 小柄で、ふくよかで、いつも笑っている中年の男。兵士たちからの評判もいい。飯が美味しいから。昨日、味見をさせてもらった。確かに、美味しかった。


 いや、まだ決めつけるのは早い。ミーナかもしれないし、配達の誰かかもしれない。でも、あいつ怪しいんだよなぁ、あのニコニコ笑顔。いかにも、な感じだもんね。


「明日、僕が厨房を見てみます」


「一人で?」


 ティオが言った。


「うん。二人で行くと、探ってるのがバレやすい。一人なら、ただの味見好きの学生だ」


 そう言って、その夜は解散した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 翌日の夕方を過ぎた頃、厨房に行った。


 夕食の仕込みの時間で、ピムは一人で大鍋に向かっていた。


「おや、学生さん。また味見ですか?毎日毎日、飽きもせずよく来るもんですな」


「はい。、、あれ?今日はミーナさんは」


「お使いに出てもらってますよ」


 ピムは笑った。


「さ、どうぞ」


 スープを受け取った。今日もうまかった。ここに来てから、僕はこの厨房を頻繁に訪れている。


 飲みながら、厨房の中をさりげなく見た。棚。樽。吊るされた干し肉。食材の帳簿。ピムの手の動き。


 そのときだった。


 ピムの手が、止まった。


 鍋をかき混ぜる手が、ぴたりと。


「、、、学生さんはね」


 ピムが、鍋を見つめたまま言った。


 声のトーンが、さっきと違った。


「鴉って、見たことありますか」


 スープを持つ手に、力が入った。


 なんで、今、その言葉が出てくる。


「、、、ありますよ。王都にもいますし」


「そうですか、そうですか」


 ピムはゆっくりと鍋をかき混ぜ始めた。


「鴉ってね、嫌われてるでしょう。汚い、不吉だ、五月蝿い。ゴミは漁るし、群れて騒ぐし」


 ことり、と音を立てて、ピムはお玉を置いた。


「なんなんでしょうねえ。彼らはただ、そこにいるだけなのにねえ」


 ピムがこちらを向いた。


 にこにこと、笑っていた。


 いつもと同じ笑顔だった。なのに、目の奥に、何もなかった。穴のような目だった。


「私たちはねえ」


 ピムは言った。


「鴉を、消したいんですよ」


 背中を、冷たいものが走った。


「この世界から、ねえ」


 その瞬間だった。


 砦全体が、揺れた。


 地響き。遠くから、何かが砕けるような音。悲鳴。走り回る足音。


 厨房の扉が、勢いよく開いた。


「おい! ジーク!」


 シオンだ。肩で息をしている。


「防御結界が破られた! 魔物が来るぞ!」


 振り返った。


「貴方、俺のこと疑っているんでしょう?毎日毎日毎日毎日、喧嘩売っているんでしょう?ええ、ええ。それ、買ってあげますよ。100倍でね」


 ピムは、もう、こちらを見ていなかった。


 鍋に向かって、静かにスープをかき混ぜていた。


 にこにこと、笑いながら。

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