客人
ーー某駐屯地にて、防衛用魔道具が異常振動を起こし、周辺の兵士に精神の変調をきたす事例が多発。原因究明と沈静化を求む。場所はベルナ国境付近。
ベルナ国境。
その文字を見て、依頼の紙をめくる手を止めた。
「気になるの?」
声がして振り返ると、イズミが立っていた。いつのまにか、隣で同じ紙を見ていたようだ。
「あれ、もしかしてイズミさんも、これを見てたんですか」
「ええ」イズミは静かに言った。「精神の変調、というところが気になって」
「何か心当たりが?」
イズミは少し間を置いた。
「私の国には、昔、心を蝕まれて途絶えてしまった一族の言い伝えがあります」どこか遠くを見て、「それを、少し思い出しただけです」と続けた。
イズミには、出会ったときから何故か好感を持っている。容姿からの感情では無く、安心感すら感じている。しかしそれと同時に、焦燥感とも形容できるものも、感じる。
二人で少し話していると、シオンが来た。
「今日はなにー?」
「これ見てよ」シオンの顔の前に突き出した。「ベルナの国境にある駐屯地で、魔道具が異常を起こしてるらしい」
「ベルナか」シオンは紙を覗き込んだ。「お前絶対受けるよな、これ」
「うん、シオンもね」
「おうけい!」
特別クラスの他学生も続々と集まり始めた。それぞれが今の自分に適した依頼を選んでいく。その過程で、チームを組む者も、独りを好む者もいる。
結局、この依頼を選んだのは五人だった。僕、シオン、ティオ、エナ、、、そしてイズミ。
「えっと、、ベルナがここでしょ、ここを通ってと、、あ、遠いんですね」ティオが地図を見ながら言った。「ここから数日はかかっちゃいますね」
「国境だからな。それだけこの大陸も広いし、カルナも広いってことだよな」シオンが言った。
そこへ、一人の女性が近づいてきた。
短い銀色の髪を左右に揺らし、軽装の鎧をスマートに着こなしている。年は三十代前半だろうか。鋭い琥珀色の目で、五人を順に見た。
「あなたたちが、この依頼を選んだ子たちね」女性は言った。「同行する教官のミラ=ヴァレンタインよ」
「お願いします!」
「はいよろしく。早速だけど、いい判断ね、この依頼を選んだの」ミラは微笑んだ。「魔道具の異常と、精神の変調。原因が繋がっているのか、何故それが起こっているのか。貴方たち特別クラスの学生なら、単に武力を得る依頼ではなく、経験、知識、思考力を重視すべきだわ」
「ありがとうございます!」
「じゃあ、明日の朝出発ね」ミラは続けた。「国境までは馬で数日。途中で野営もする。馬が走れない土地は夜通し歩くこともあるかもしれない。、、うふふ、楽しみね」
五人は顔を見合わせた。
「あの」ティオが言った。「夜歩くんですか。危険じゃないんですか?夜って」
「あら」ミラは笑顔で言った。「夜、こわいの?」
そう言うと、ティオの全身を上から下まで眺め見た。
ーーーあー、なるほどね。
翌朝、六人は王都ヴェルダンを発った。
街道を東へ、そして西へ折れながら、国境を目指す。ベルナは中央諸国の西寄りに位置している。ヴェルダンからは日本の地理で例えると、東京ー大阪間くらいの距離がある。ヴェルダンからは、いくつかの村を経由しながら向かうことになる。
馬につける補助魔道具は、学院からの貸出を受ける。これがあれば、馬たちは通常の二〜三倍の速さと体力を得ることができる。らしい、、、
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最初の日は、順調だった。整備された街道を進み、夕方には最初の村に着く。宿を取り、翌朝また出発する。これが旅かー、などと呑気に思えるほどの余裕があった。
二日目から、道が険しくなった。
街道を外れ、丘陵地帯に入る。木々が増え、視界が悪くなる。僕の相棒、と言うか学院から連れてきたコラダも、普段の軽快な足音は小さくなっている。ミラは先頭を進みながら、時々振り返って五人の様子を確認した。
「いいペースね、貴方たち」ミラが続けた。「このまま行きましょう」
その日の夕方、木々の間から魔物が現れた。日が見えなくなるにつれ、魔物の魔力は大きくなる。魔物に限らず僕たちの魔力も大きくなるらしいが、僕にはあまり関係のない話だ。
魔物は、狼のような姿をしている。四体。輪郭が曖昧で、身体に浮かぶ影が滲むように揺らめいている。そこに魔物特有の、生き物とも思えない不気味さがあった。シオンが剣に手をかけた。ティオは斧を右に構えた。
「貴方たち、霧喰狼の討伐は?」ミラが前に出た。
「、、、無いようね。じゃあ貴方たち、そこに立ってなさいな」
そう言葉を残した瞬間、ミラの姿が消えた。
いや、消えたように見えた。銀のマントが翻ったと思った瞬間、彼女は四体の魔物の中心に立っていた。マントがもう一度翻る。ミラの姿が、また別の場所に現れる。それを数回、数秒のうちに繰り返す。
四体の魔物が、同時に崩れ落ちた。
いつ斬ったのか、そもそも何が起こったのか、皆見えていないようだ。
「こんなの、あなたたちの訓練にすらならないわ」ミラは笑顔で、いつ抜いたかもわからない剣を鞘に収めた。「時間の無駄になっちゃうから、私が片付けたの。ごめんね」
魔物の死体を少し見て、
「さあ、行きましょう」とミラは何事もなかったように歩き出した。「まだ先は長いわ。貴方たちなら問題ないわよね」
五人は顔を見合わせて、慌ててついていった。金剛等級。上から二番目だが、あの歳での金剛は異例のものらしい。40歳未満で金剛等級になった騎士は、白銀にも必ず到達する。というジンクスもあるらしいし。その実力の一端を、見た気がした。
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三日目。道中、出会った魔物の討伐、他の依頼対象の植物、生物等の採取をしながら、皆と今回の依頼、これまでの依頼について話した。
今回の依頼は、魔道具の異常振動。兵士の精神の変調。人の心に触る魔法もあると聞くけど、実際に関わるのは皆初めてらしい。
魔道具の暴走、、、魔石は、生き物の一部だと分かった。ダン=ロウの魔道具で見た、あの脈打つ網目状の構造。もし魔道具が異常を起こしているなら、その動力である魔石に何かが起きているのかもしれない。
「何か気になっているようだけど?」隣を進むイズミが言った。
「依頼のこととは違うんだけどさ、魔物が魔法を使うってなんか変じゃない?、、、だってそもそも魔法は魔女が使うんだよね。で、魔物も魔法のような何かを使ってるんだよ。さっきの狼だってそうだし。魔女と魔物、この二つの存在は、単に両方とも魔法が使える生き物、ってことじゃないと思うんだよ。何か繋がりがあるんじゃないかな」
「では聞きますが」イズミはジークを見た。「貴方は、魔物がどこから来ると思いますか。ある日突然、湧いて出るとでも?」
、、、絶対何か知ってるじゃん、この人、、。
少しの間、イズミとの間で沈黙が流れた。間にいたティオがその空気に耐えかねたのか、おずおずと口を開いた。
「あの」
みんなが振り返った。
「僕の実家、このすぐ近くなんです」ティオは少し言いにくそうに言った。「国境の、ベルナ側に近いところにあるんです」
「そんな所にあるんだ。、、ああ、貴方ハルトだったわね」ミラが言った。
「はい」ティオは頷いた。「寄ってもいいですか?もしかしたら、解決のヒントがあるかもしれないので。うちは、代々ベルナの近くに住んでいて、魔道具のこともよく知っているから」
「いいわよ」ミラが言った。「ちょうど通り道だしね。それに、ハルト家に行けるなんて、貴重な経験だわ。ありがとね」
「いえいえ、俺も久しぶりに行きたいと思ってましたし、こちらこそ着いてきてくれて、ありがとうございます」
「ティオの実家か」シオンが言った。「ハルト家ってなんか聞いたことあるな」
「全然普通なんですよ、普通普通」ティオは少し目を逸らした。
ーーー明らかに普通じゃなさそうだな。国境付近は、今は戦争が起こっていないとはいえ、この時代だ。わざわざそんな場所に居を構えている時点で、普通ではない。
しばらくして国境が近づくにつれ、風景が変わってきた。
木々が減り、岩肌の目立つ荒れた土地になってきた。遠くに、ベルナとの領土を隔てる高く長い山脈が見えてきた。空気が乾いていて、埃っぽい。いつからか、人の姿も見えなくなった。
「この辺りは、ベルナとの緩衝地帯でしたよね」エナが続けた。「どちらの国にも属さない。だから人が少ないんですよね」
日が落ちかけた頃、荒れた土地の先に一軒の家が見えてきた。
「ーーーえ、うるさい?ティオん家?」前を歩くシオンが、声を上げた。
「はい。すごく」
少し盛り上がった丘の上に一つ、家が建っている。
石造りの、大きな家だ。しかし、ヴェルダンで見たどの建物とも違う。窓が極端に小さく、壁が異様に厚い。まるで要塞のようだ。周囲に他の家はなく、荒野の中にぽつんと建っている。そしてその周囲の地面だけ、何かに拒絶されたように、草の一本も生えていなかった。
違和感を感じた。
まるで、この一角だけ世界の理が違うようだ。
「、、、これ」ジークは思わず呟いた。
「ん、どうした?、、、ってなんか変な家だな」シオンが言った。
「いや」家を見つめたまま言った。「失礼だろ」
六人は、家の前まで歩いた。
重厚感のある扉の前に立つ。その脇の石壁に、何かが埋め込まれているのが目に入った。
小さな金属のプレートだ。表面は錆びているが、そこに一つのボタンがある。
鼓動が早くなっていくのを感じる。全身に力が入っていく。
なんだ、これ。ベルナの魔道具じゃない。この形状、この高さ。まるでーーインターホンじゃないか。
考えるより先に、指が動いていた。
ティオが扉を叩こうと手を伸ばすより早く、僕の指が、そのボタンをカチリと押し込んでいた。
ピーーーーンポーーーンンンンンーーーー。
耳に馴染んだ懐かしい音が、静かな荒野に響いた。
ーーーやばい。僕なんで押した!?
この世界に、こんな音が、こんな仕組みがあるはずがない。 魔道具でも、魔法でもない。こんなふざけた音はここに来てから聞いたことがない。これは――科学の音だ。
「――ッ!? ジーク、離れなさい!」ミラが剣に手をかけた。
「うお!?、、、今の何の音だ!」シオンが言った。
「あれ」ティオが首を傾げた。「鳴らし方よく分かりましたね。これ、うちのやつなんで、大丈夫ですよ教官」
何も言えなかった。指先が、まだボタンに触れていた。
ーーー瞬間、扉の向こうから、爆発するような笑い声が聞こえてきた。
「ぼわははは! 来たか! ティオ! 連絡もなしに!」
扉が勢いよく開いた。
中から、大柄な男が飛び出してきた。ティオによく似た顔立ちで、しかし体格は倍の倍ほどある。満面の笑みで、両手を広げている。その後ろから、次々と人が顔を出す。母親らしき女性、兄らしき青年、小さな子供たち。全員が笑顔だ。
「父さん」ティオが小さく言った。
「よく帰った! 客人も一緒か! こりゃあー今日は祭りだな!」父親はティオを抱き上げ、ぐるぐると回した。「ほら、入れ入れ! 飯食ってけ! たっぷりあるぞ!」
「うわ、ほんとやめて、やめてってば」
皆呆気に取られていた。
あの不気味な外観。魔力さえ避ける屋敷。その中から出てきたのは、これ以上ないほど陽気で温かい一家だった。
ティオが、少し気恥ずかしそうにこちらを振り返った。
「、、、こういう家なんです。うち」
中に入ると、外の異質さとは裏腹に、賑やかで温かい空間だった。
しかし、僕の目には別のものが映っていた。
石造りの壁に、剥き出しの配管が走っている。そして意味不明な数字が並ぶメーターのようなものが、壁に埋め込まれている。天井から下がる照明は、淡灯ではなかい。見知った、フィラメントの灯りだった。
この家は、おかしい。皆そう思っているだろう。
魔法でも、ベルナの魔道具でもない。もっと別の理屈で動いている。僕しか知らないはずの理屈。あの場所の、あるいはそれ以上の。
大きな肉が焼かれ、酒が並び、宴が始まった。家族総出で僕たちをもてなしてくれた。よほどティオが帰ってきたことが嬉しいようだ。
食事もだいぶ済み、お腹も膨れてきた頃、奥の椅子に座っていた老人が、ゆっくりと立ち上がった。
鋭い眼光を持つ、白髪の老人だった。しかしその顔には、家族と同じ陽気な笑みが浮かんでいる。
「わははは! いい音だったろう、さっきの!」老人は大きな声で言った。「驚いたか? この家の『始祖様』はな、とっにっかっく変わった御仁でよ。魔法なんて古臭いもんは信じねぇ、これからは『カガク』の時代だって言って、この屋敷中にヘンテコなカラクリを仕込んだのさ!」
老人は、僕たちの肩を次々と叩きながら、広間へと促した。
「この屋敷の理屈は簡単だ。魔法に頼らねぇ。ベルナの奴らが魔石の脈動に一喜一憂してる間、俺たちはこの鉄の管を通る水と熱で飯を食い、この『電気』ってやつで明かりを灯す。始祖様曰く、『他人の命を燃やす光より、自分で作った火の方が明るい』ってな!」
老人は壁のスイッチをパチリッと叩いた。フィラメントの灯りが、部屋をぱっと照らした。
「バッシュ=ハルトだ。ティオの祖父さんさ」老人は笑った。「ハルト家へよく来たな、客人たち」
その電気の灯りは、魔法ではない。魔道具ですらない。純粋な、電気。この時代に、あるはずのないもの。
「ティオ、お前も昔教えただろう?」バッシュが続けた。「この家がカルナの端っこにあるのはな、ベルナの汚れた空気をここで留めるだ。いつか世界中の魔法が爆発して、魔女たちの因果がひっくり返った時、最後に笑って肉を食ってるのは俺たちだ。それがハルトの役目よ」
ん、?魔法が爆発する?魔女の因果がひっくり返る?、、、まるで、未来を知っているかのような言い方だ。
宴は続いた。その最中、笑顔を作りながら、頭の中では別のことを考えていた。この家は何だ。この技術は何だ。なぜ、未来のーーいや、もしかしたらそれ以上の技術が、この過去の世界にある?
やがて、宴が一段落した頃。
バッシュがまた、ふと立ち上がった。そして、僕の前まで来た。
その顔には、まだ陽気な笑みが浮かんでいる。しかし、目だけが違った。爛々と光り、こちらを射抜くように見ている。
「ところでな、客人」バッシュは静かに言った。賑やかだった広間の音が、少しずつ引いていく。「一つ、聞いてもいいか」
「、、、何でしょう」ジークは言った。
バッシュは、ジークの顔を至近距離で覗き込んだ。
「さっきのインターホンな」バッシュは言った。「あれの押し方を知ってる奴なんて、ここ数百年、この家と、近くに住んでた奴ら以外には一人もいなかったんだよ」
背筋が、冷たくなる感覚があった。
広間が、静まり返っていた。あれほど陽気だった家族が、全員、口を閉じていた。
バッシュの笑みは、消えていなかった。しかしその奥の目は、笑っていなかった。
「なあ、客人」
低い声だった。
「あのインターホンを鳴らしたのはーーどこのどいつだ?」




