仲良くなろうね
春の涼しさはとうに消え、王都ーヴェルダンは夏の盛りを迎え始めた。石畳が昼の熱を蓄えて、夕方になっても足元から熱気が上がってくる。日差しが強く、外を歩くだけで汗が滲んだ。
ーーーーこの国にも、夏があるんだ。
日本とは地理的に全く違う場所にいるはずなのに、この暑さは知っている暑さだ。汗の感触も、肌に刺さる日差しも、どこか懐かしい。春も、秋も、冬も、きっとそうなのだろう。
僕はタイムマシンに乗ってここへ来た。タイムマシンは、ただ過去に戻る機械ではない、と言うことなのか。僕の記憶によると、このような大陸はない。
ーーー休日のヴェルダンは、平日より少し賑やかだった。露店が普段より多く出ていて、通りに人が溢れている。子供が走り回り、商人が声を張り上げる。
そんな夏の日に、ジークとシオン、そしてティオは、特にあてもなく歩いていた。
「おーい、どこ行くんだー」シオンが言った。
「考えてないよ。散歩だから」
「散歩かー」シオンは空を見上げた。「久しぶりだな、俺。何も考えないで歩くの」
「俺も」ティオは斧を背負い直しながら言った。「ずっと何かやってた気がします」
「いや、ほんとに暑すぎるな」シオンが額に浮いた汗を拭いながら言った。
「夏だから」ジークは言った。
「わかってるけど暑すぎるよ、今年は」
試験の一ヶ月、その後の依頼、依頼、依頼の日々。ずっと何かを考え続けていた。たまにはこういう日も悪くないだろう。
大通りを歩いていると、後ろから声がかかった。
「おい、そこの三人。待て」
振り返ると、セオドルグとエナが並んで歩いてきた。セオドルグは羅針盤を懐にしまいながら、額の汗を拭っている。エナはロッドを腰に下げて、静かにこちらを見ていた。
「私たちは、そこの武器屋防具屋に行ってたんだが、、君たちは?」セオドルグが言った。
「散歩してたんだ。最近疲れてるからさ、してみたんだけど暑すぎるね、今日」ジークが答えた。
「ああ、今日は今年一の猛暑だとか。私たちも、今日は依頼を受けないことにした」セオドルグは言った。「じゃ、混ぜてもらおうか」
「私も〜」エナが静かに言った。「特に行くところもなかったので!」
思いがけず五人になった。この二人とも、ティオとも、数ヶ月顔を合わせ、それなりに仲良くなってきた。
王都の西側に差し掛かったところで、前から知ってる二人が歩いてきた。今日はよく人に会うな。
ガストン=ボルドとクロス=ミストだった。ガストンはこの暑さにもかかわらず顔が明るい。彼はいつも首にマフラーを巻いているが、今日も巻いている。びっくりだ。クロスはその隣で、涼しい顔をしている。
「あーっ!」ガストンが大声を上げた。「クロスクロス!特別クラスの人たちだ!」
「どこ行くんすか、みなさん」クロスが聞いた。
「散歩してんの、俺たち」シオンが言った。
「散歩、、一緒っすね」クロスが即答した。
「俺らもしてたんだー、散歩」ガストンが言った。
「一緒に歩こうよ」ジークが言った。
七人になった。
「、、、そのマフラー、暑くないんですか。今日すごい暑さですけど」ティオがガストンに聞いた。
「暑い!でも外せないんだよね!これ魔道具だからさ、巻いてないと使えないんだ!俺これ巻いてないと外歩けないし!」
「大変ですね、でもそれ、いい魔道具ですもんね」
「そう!だから取れないんだよね!」
橋の上まで来ると、ルナ=ソアレが欄干に肘をついて川を見ていた。耳元に光るピアスが、夏の青い光を反射している。
「川って涼しいんだろうなと思って来たんですけど、意外とそうでもなかったんですよね」ルナはこちらに気づいて言った。「どこか涼しいところ知ってますか」
「探してるんだ、僕たちも」ジークが言った。
「あなたについて行ったら、すぐに見つかる気がする」
八人になった。
しばらく歩いていると、路地の奥に小さな店を見つけた。
木の看板に、雪のような、氷のような、冬を連想させるの絵が描かれている。扉の隙間から、涼しい空気が漏れ出ている。
「涼しいすね」クロスが言った。
「入ろう、早く」シオンが即答した。
扉を開けた。
中に入ると、外とは別世界だった。涼しい。さっきまで感じていた夏の暑さが、霧のように消えていった。冷却系の魔道具でも使っているのだろう。
そして、窓際の席に一人の少女が座っていた。
イズミ=アヤノだ。彼女は本を片手に抑え、視線を頁の上に落としている。
「イズミさん」ジークが声をかけた。
イズミが顔を上げた。
「あら」イズミはジークを見て、その後うしろの七人に視線を移した。「皆さんで?」
「散歩してたら涼しそうな店を見つけて。ほら、看板」シオンが言った。「一緒に座ってもいいですか?」
「ええ」イズミは本を閉じた。「丁度、読み終わったところでした」
九人で大きなテーブルに移った。
「いらっしゃいませ〜」席に座ると、すぐに店員が来た。若い女性で、どこか涼しげな笑顔をしている。
「いらっしゃいませ、万景亭へようこそ。当店は『それぞれの世界を楽しみながら』をモットーに、皆様お一人おひとりの心に映る景色をお届けしております。テーブルの魔石に触れると、お好みの景色が広がります。他の方に見せたいときは、見せたいと思いながら触れてください」
ーーー自分が見たい景色は、、、
魔石に触れた。
瞬間、視界が変わった。
足元が、アスファルトになった。石造りの建物が、コンクリートとガラスのビルに変わっていく。淡灯の代わりに、蛍光灯が灯り始める。遠くに見慣れた高架が見えた。人々が小さな板を片手に歩いている。どこかから電子音が聞こえた。エアコンの冷たい風が、肌に当たる感覚がした。
2042年の、ヴェルダンではない場所。
日本だ。
司は少し息を吸った。懐かしい、という感覚がある。しかし同時に、そこが遠い世界なのだとも感じた。無機質なビルの群れ。コンクリートの灰色。電子的なノイズ。この世界には絶対に存在しないはずの質感が、確かにそこにあった。
横を見ると、シオンが笑いながら何かを見ている。ガストンは「すご!すご!すご!」と声を上げながら景色を見ている。反対に、クロスは静かに景色を眺めている。
全員が、何か明るいもの、楽しいものを見ているような顔をしていた。
しかし僕だけが、無機質なビルの群れを見ている。
鳴井が、僕をタイムマシンに乗せた。死神を探せ、と言った。あいつは今、あの後、どうしているんだろう。
今日も暑かった。日本の夏と同じ暑さだ。この国も、日本も、全然違う場所にあるのに。
手を離した。これ以上見ていると、何かが壊れそうな気がした。ーーー景色が元に戻った。石畳と石造りの建物と、淡灯の光、この時代特有の温かい空気。
「どんな景色が見えましたか」ルナが聞いた。
「あー、なんかここ最近のことだったな、依頼とか」
ルナは少し頷いた。それ以上は聞かなかった。
イズミは魔石に触れなかった。ただ静かに、テーブルの上に手を置いている。
他の皆んなも魔石から手を離した。タイミングを見計らっていたのか、パンと、温かいスープと、焼いた肉が出てきた。
頼んでないのに、、、
食べながら、自然と会話が始まった。
「皆の魔道具、真名って聞いたっけ?」シオンが言った。
「そうそう教えるもんじゃないからね!教えてもいいけど!」ガストンが聞いた。
「そうだよなー、俺も出来れば言いたくないし、皆もそうだと思うけどさ、家で受け継いでるもんだからさー、軽くは言えないよな。でも俺言っちゃうよー、俺は/」
「共鳴のピアス」ルナが耳元のピアスを触った。
「全知の羅針盤だ」セオドルグが懐から羅針盤を出した。「大層な名だとは思うが、名前負けしないよう日々精進している」
「白光のロッド」エナが静かに言った。
「結びの符」イズミが静かに言った。
「俺のは衝撃吸収のマフラー!」ガストンは首元のマフラーを示した。「そのまんまだけどね!モフモフだよ!」
「俺のは霧すね」クロスは笑った。「真名はないんすよ。うちの家、あんまりそういうの気にしなくて」
「ジークは?」ルナが言った。
「僕のは特注品なので、まだ真名ないんだよね」
「シオンは?」ガストンが聞いた。
「俺が先に言いたかったんだよ!、、俺のは、絶死の剣盾」シオンは即答した。それから、パンをちぎりながら続けた。「盾で受けた攻撃を、制限時間内に相手へ返せなかったら自分にそのダメージが返ってくる。返せたら相手には十回攻撃を受けたら死ぬ呪いがかかる」
「、、、全部言うんですね」ルナが言った。
「仲良くなりたいからな」シオンは肩をすくめた。
「余程のことがない限り盾は使わないけどな」シオンは続けた。「盾を使う、ってことはそれだけやばい状況ってことだから。それに、殺しちゃうし」
「かーっこい!」ガストンが言った。「俺のマフラーとは大違いだ!」
「真名あるからいいじゃん」クロスが笑った。「俺なんか真名すらないし。あ、ジークもか」
「今度真名つけようよ。、、あ、ティオは?良かったらだけど」ジークが言った。
「俺のは、、、真名わからないんですよね」ティオは斧を見た。「家にずっとあったんですけど、使える人がずっといなかったみたいで」
「帰って聞いてみたら」シオンが言った。
「そうします」ティオは斧を撫でた。それからぽつりと言った。「なんか、皆さんの魔道具、真名かっこいいですよね。羨ましいな」
ジークはティオの斧を見た。一ヶ月間、魔法を一度も使わずに溜め込んで、最後の一撃で大氷結を出した斧だ。真名がないのではなく、まだ呼べる者がいないだけかもしれない。この斧には、他とは違う、格がある気がする。
「俺のマフラーもそこそこ歴史あるし!」ガストンが言った。「でも真名がやばいのよ!」
全員が少し笑った。
食べながら、話は続いた。出身の話、家の話、なぜ騎士学院に入ったかの話。九人それぞれが、自分のことを話した。
イズミは多くは語らなかった。ただ静かに聞いていて、時々頷いた。しかしその目はどこか遠くを見ているようだった。
店を出ると、夕暮れになっていた。外に出ると、まだ空気が熱かった。昼の熱が、石畳に残っている。
「まだ暑いな」シオンが言った。
「夏だから」
「さっきも言ってたな、それ」
「そうだよ?」
淡灯が一つずつ灯り始めた石畳を、九人で歩く。
「なんかいいですね、こういうの」エナが言った。
「そうだなー」シオンが言った。
「私、特別クラスなんて荷が重くて怖くて。正直皆さんのこともどこか別の世界の人なんだろうなーって思ってました。」
エナは薄暗くなり始めた空を見ながら言った。
「でも、今は皆さんのこと、ちょっと好きです」
「うんうん、俺も好きだよ、エナちゃん」シオンが言った。
セオドルグが横を向き、小さく笑った。
夕暮れの王都で、九人の影が長く伸びていた。




