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魔女の国  作者: kiko
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僕の選択私の想い

 ーーー王城の一室。


 淡灯が一つだけ灯り、石の壁を薄く照らしている。窓の外に王都の夜景が広がっているが、薄いカーテンが引かれていて見えない。テーブルを挟んで、二人が向かい合って座っている。


 エルナ王女は目を閉じていた。


 それはいつものことだ。彼女の目は、開いていても閉じていても、世界中の因果を観測し続ける。だが、目を閉じることで、外界の情報を遮断し、因果の流れだけに集中することができる。


 その様子を、ルドルフは黙って見ている。


 しばらくして、エルナが目を開いた。


「ヒノ=ツカサの因果は、今日も見えません」


「そうですか」ルドルフは静かに言った。「問題なく動いている、ということですね?」


「ええ」エルナは頷いた。「バルド=ゼインと他20名ほど、彼の周囲にいた者たちの因果も、霧がかかったように見えなくなりました。一ヶ月間の試験を経て、彼らもヒノ=ツカサの因果に巻き込まれたのでしょう」


「この世界への影響力が大きくなってきている」


「そうです。彼が動けば、周囲の因果も私の手から離れていく。だからこそ、彼を外に出す必要があります」


 ルドルフは少し間を置いた。


「しかし、直接命令を下すわけにはいかない」


「ええ」エルナは首を振った。「私が直接彼に関わりすぎると、私自身の因果が彼に巻き込まれてしまう。そうなると、私の因果が見えなくなる。最悪、この国の、そして世界の均衡を保つための観測ができなくなる」


「では、間接的に操りましょうか」


「そうですね」エルナは静かに言った。「彼は今、自身の選択によって、計画と策略をもって行動していると思っているでしょう」


「実際には」


「そうなるように整えただけです」エルナは空の光を見ながら言った。「騎士学院への入学。これは彼の目的が何であれ、いずれは行き着くでしょう。でも、いずれでは遅い。、、、王は、すぐにでも世界を手中に収めたいとのこと」


 ルドルフは黙って聞いている。


「彼には、多くの選択肢があるように見えているでしょう。しかし実際には、王の選択のうち一つを選び取っているに過ぎない。結果として、彼は王のために動いています」


「見事な誘導ですね」ルドルフは静かに言った。


「誘導ではありません」エルナは首を横に振った。「彼の興味と性質に合った環境を、整えただけです。彼が本当にそれを望んでいるかどうかは、彼自身が知っている。私はただ、その望みが実現しやすい道を、少し整えただけ」


「結果として、彼はこの国を出る」


「そうなればいいでしょう」エルナは目を細めた。「彼の動機は何でも構いません。魔女への興味でも、ベルナへの疑問でも、単純な好奇心でも。とにかく彼がこの国の外に出て、そこで彼の思う通りに動けば、それだけで十分です」


「、、、彼は、兵器、、ですか」


「、、彼の因果は誰にも見えない。私にも、東の魔女にも、西の粛清者たちにも。因果が見えない者が動けば、それだけで世界の均衡に変化が生まれます」エルナは静かに言った。「読めない手は、防げない」


 ルドルフは少し間を置いてから、言った。


「彼が外に出ることで、危険にさらされる可能性もあります」


「わかっています」エルナは静かに答えた。「だから、ブレイズをつけました。あの方なら、最悪の状況は防いでくださる」


「もし彼が気づき、反感の意を持ったら、どうしますか」


「何もしません」エルナは少し間を置いた。「彼は賢い。いずれ、自分が誘導されていたことに気づくでしょう。でも、それでも構いません」


「彼の思考すらも、操ればよいのでは?」


「私は彼を最大限この国の利益になる方向へ向かせますが、彼の意思は尊重します。だから、私の出来ることはしますが、彼の意に反することはしません」


 ルドルフは何も言わなかった。


 エルナはまた目を閉じた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 同じ頃、ダン=ロウの部屋は静寂を持っていた。


「魔石は生き物、、もしくはその一部だ」


 誰も何も言わなかった。


 ダンは手帳を持ったまま、固まっている。シオンが魔石を見た。ティオが斧を見た。ブレイズは穏やかな顔のまま、ジークを見ている。


 しばらくして、ダンが口を開いた。


「、、、そうか」


 小さな声だった。独り言のような声だった。


「やはり、そうか」


 ダン=ロウは手帳を机の上に置いた。それから、魔石を見た。長い間、ただ見ていた。


「、、、ありがとうございました」ダンはゆっくりと顔を上げた。「私の依頼は完璧に達成していただきました。ギルドには、そのように私から伝えておきます」


「何かわかったことはありますか?」ジークが言った。


「、、、少し、考えたいことができまして」ダンは静かに言った。「申し訳ないですが、今日はここまでと言うことにしていただけますか」


 ジークはダンを見た。その目が、さっきとは違う。何か、大きなものを抱え込んだような目だ。


「わかりました」ジークは言った。「、、また来てもいいですか」


「、、、ええ」ダンは小さく頷いた。「是非、また来てください」


 四人は店を出た。


 歩きながら、シオンがブレイズを見た。


「ブレイズ殿」


「うん」


「一つ、聞いていいですか?」


「どうぞ」


「魔石が生き物の一部だとしたら、それを作っているベルナは、、、」シオンは少し言葉を選んだ。「どうやってそれを手に入れているんでしょう」


 ブレイズは歩きながら、少し悩むそぶりを見せた。


「当然の疑問だね」


「何か知っていますか?」


「ま、結論はほとんど出ているよね」ブレイズは穏やかに言った。「私は怖くて言えないけど」


 足元には、夕方の光が斜めに差し込んでいる。道脇では、露店が店じまいを始めている。淡灯が一つずつ灯り始めていた。


「ジーク君」ブレイズが言った。


「はい」


「君は今、何を考えている」


 ブレイズは、ジークの顔を見た。


「魔石のことを、そして魔女をもっと知りたいと思っています。ベルナのことも。今日見たものが何なのかも、推測でしか考えることができないこの現状に、少し苛立ちも感じます」


「ふーむ。、、では、調べて見てはどうかな?」


「調べる、、、って依頼とかで、ですよね」


「そうだね。君たち学生や騎士、探索者ならそうだろう。でも、この国には、研究という活動がある。そして研究は、誰でもできる」ブレイズは言った。「なにも、学院の学生だけの特権ではない。ダンさんのように、他にも仕事をしながらでもできる。ただ、学院に所属していれば、最大限の助力が得られる。資料も、設備も、人脈も」


「だったら、学院にいる間に最大限したいですね、研究」ジークは言った。


「そうだな。君たちは学費ないし」ブレイズは頷いた。「研究しながら、依頼を受ける。その過程で様々な経験をする。知識と経験が積み重なれば、叙勲されるそのときまでには、君には武力に加えてその分野に対する知識、経験、人脈を得られるだろう」


「じゃあジークはさ、どんな依頼を受ける?」シオンが言った。


「、、、ベルナに関係する依頼がいいな。ベルナとの繋がりができるような。商会の護衛で向こうまで行けるものとかあったらいいな」


「護衛なら強くもなれそうだな」


「それなら俺もついて行きたいです!」


「これはまだ早いと思うけど、魔女にも会って見たいからさ、魔女教団につながる依頼もあればいいな」


「難しい依頼だな」ブレイズは静かに言った。「どちらも、カルナから出ることになる。そうなると、こことは戦闘用魔道具を持ってる人間の数が違う。騎士でも探索者でもない者たちと多く戦うことになる」


「でも、いずれは行かなければならないと思っています」


 ブレイズはジークを見た。穏やかなその目の奥に、何かを測るような光があった。


「急がなくていいんだ」ブレイズは言った。「まず国内で経験を積む。その中で、自然に繋がりができる。ベルナの商人と接触できる依頼もあるだろうし、魔女に関する情報が得られる依頼もあるだろう。焦らず、一つずつだ」


「わかりました」ジークは頷いた。


「シオン君はどうする」ブレイズがシオンを見た。


「俺も同じでいいです」シオンは即答した。「ジークが行くなら、俺もついていく」


「、、理由はそれだけか?」


「それだけです」


 ブレイズはティオを見た。


「ティオ君は」


「俺は、、」ティオは少し考えた。「俺は今日、自分の力を実感しました。他の人より優れている部分がある。だったら、それをもっとうまく使えるようになりたい。それが叶う間は、ジーク君について行きます」


「うん、、いいと思うよ」ブレイズは頷いた。


 四人はしばらく黙って歩いた。もう足元には、影は落ちてこない。


「ブレイズ殿」ジークが言った。


「うん」


「ダンさんは、大丈夫でしょうか」


「さあ」ブレイズは穏やかに言った。「しかし彼は長年、魔石と向き合ってきた。今日見えたものを、自分なりに整理するだろう」


 王都の夕暮れが、人々の姿を橙色に染めていく。


 ジークは歩きながら、今日見た魔石を思い出した。あの網目状の構造。脈打つような動き。、、、命を感じた。


 ベルナは、あれをどうやって手に入れているのか。


 まだわからない。しかしいずれ、わかる日が来るだろう。


「もし、魔石を製造するのに誰かの犠牲があるのなら。僕は、それを壊さなければいけない」


 ブレイズは歩きながら、ジークを見た。


「この国には君を制限するものは何もない」


 それだけだった。


 ジークは前を向き、歩みを早めた。

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