魔道具ってなんだ
「教官たち、来ないね」
「もう集合時間は二十分くらい過ぎてるんだが、、来そうもないな」
シオンは腕を組んだ。それからすぐに、腕を解いた。
「待てない」
「僕もだ。それに、この学院で特別とまで言われるクラスの僕たちの時間をわざわざ使わせるか、、?多分、早く優秀な騎士を育成するためのクラスだろ?ここは」ジークは紙を手に取った。「行こう」
エリナが壁際から二人を見た。他に10名ほどの学生がいるが、いない者もいる。僕たちのように先に出て行ったのか、時間にルーズなのか。
「貴方たちも行くの?」
「うん。エリナも一緒に行く?面白そうな依頼なんだ」
「教官待たないの?入学したとき、依頼はそれぞれ教官と一緒に受けるって言ってたけど」
「うーん、、、まあ迷ってはいるんだけどさ、野菜屋さんだし、他の依頼とは違って危険はないと思うんだよね。ここから近いし。とりあえず行ってみるよ」
「野菜屋が魔道具の研究ね、、、なんか怪しい気もするけど。でもま、ジークなら大丈夫よね」
バルドが柱から背を離した。
「俺はここでもう少し待つぜ。先に行ってこい」
「おっけー。あと、ティオ君。君はどう?一緒に来ない?」
「魔力、ですか?」ティオが言った。
「ああ、君がその斧を使っているところを俺はみていないが、ジークから聞いたよ。そこに込められている魔法を発動するには、相応の魔力が必要だろ?」
シオンは、ティオの斧を眺めた。
「そうなんですよね、、、こいつ、最後は強いんですけどそこまでが大変なんですよね。でも、僕の家にずっとあるし、僕が使わないと。でも、お陰で魔力量には自信があるので、分かりました。ついていきます。」
三人で研究棟の階段を降り、学院の正門を出た。
野菜屋への道中、王都の石畳を歩いてると後ろから声がかかった。
「おーい」
振り返ると、ブレイズが歩いてくる。穏やかな笑顔で、両手を後ろに組んでいる。
「ブレイズ殿でしたか」ジークが言った。
「私が君たちの担当になったようだね。、、嬉しいよ」ブレイズは静かに言った。「さあ、行こう。ダンさんとは顔馴染みでね、だからこの依頼の担当になったんだ」
「なんで学院にはいなかったんですか?、、待ってた方がよかったですか」シオンが言った。
「いや」ブレイズは首を振った。「私を待たずに動いた。動けた。それでいいんだ。待っていたら、この依頼は他の学生に取られていたかもしれない。そもそも私を待つ理由なんてないんだ。そこに気づき、自分で判断して動くことは、騎士でも探索者でも、大切なことだ」
三人は顔を見合わせた。
「歩きながらになるが、任務と依頼の違いを知っているか」ブレイズが言った。
「えーっと任務は騎士が受けて、、あれ、探索者もやるか。じゃあ依頼は、?」ティオが言った。
「任務は、騎士を指定して依頼されるものだ。王城や騎士団、あるいは貴族が特定の騎士に依頼する。これが任務だ」
「じゃあ、さっきの掲示板にあった、騎士団から、って言うのは任務ですか」ジークが言った。
「そうだな。あれは騎士学院にあてて、君たち特別クラスのために出してくださった任務だ。だが今回のダン=ロウの依頼は違う。これは探索者ギルドに対してオープンに送られたものだ。条件はあるようだが、特に指定はない。誰でも受けられる」
「なのに特別クラスの掲示板に貼ってあったんですね」シオンが言った。
「学院側が受注したんだ。と言うか、私が。この依頼は、特別クラスの学生に経験させる価値があると考えてね」
「野菜屋のおじさんの依頼が、ですか」シオンは少し首を傾けた。
「面白そうだしね」ブレイズは穏やかに、笑みを浮かべて言った。
王都の西の外れに近づくにつれ、露店の数が減り、代わりに住宅の密度が上がってきた。街の雰囲気が少し古くなる。この辺りは商人や職人が多く住む地区だ。
「ここらしい」ジークが紙の住所を確認しながら言った。
小さな建物だった。一階が野菜屋、二階は普通の家のようだ。店の入口に木の看板が下がっていて、野菜の絵が描かれている。窓から、色とりどりの野菜が見えた。扉を開けると、土と草の匂いがした。
店の奥から、男が出てきた。
五十代くらいだろうか。白髪混じりの頭で、日焼けした顔をしている。体格はがっしりしていて、手が大きかった。農作業で鍛えた手、なのかな?
「いらっしゃ、、、おや?」男はブレイズを見た。「騎士学院の方々ですか?」
「お、ダンさん?はい、え私ブレイズ=エリスと申します」ブレイズが前に立ち、店の中に入る。「依頼を拝見しましてね」
「早かったですね。どうぞ、こちらに」
男に案内されて、店の奥の部屋に入った。
部屋は野菜屋の奥とは思えない光景が広がっていた。棚に魔道具の部品が並んでいる。机の上に、分解された、おそらく魔道具であったであろうものがいくつか置かれていた。工具も揃っている。壁には細かい図面が貼られていた。
「失礼ですが」シオンが言った。「あなたが魔道具の研究を?」
「ははは」男が笑った。「そうですよね、驚きますよね。野菜を売りながら、趣味で魔道具をいじっているなんて。ああ、申し遅れました、私ダン=ロウといいます」
「ジーク=フルゲンといいます」
「シオン=フルゲンです」
「ティオ=ハルトです」
「フルゲン家の方々ですか」ダン=ロウは少し目を丸くした。「わざわざ来ていただいてありがとうございます」
「いえいえ、僕らもちょうど魔道具に興味がありましてね、面白そうだと感じたので」ジークは言った。「依頼書から見るに、魔力が足りなくて使えない魔道具がある、といったところでしょうか」
「ええ、そうなんです」ダン=ロウは机の引き出しから、小さな魔道具を取り出した。単眼鏡のような形をしている。「これです。生命情報を観測できる魔道具でして、私が少し手を加えて魔力を貯蔵できるようにしました。ただ、私の魔力量では足りなくて」
「何を見たいんですか」ティオが聞いた。
ダン=ロウは少し間を置いた。
「魔石です」
「魔石?」シオンが言った。「魔道具の核の?」
「ええ」ダン=ロウは頷いた。「、、、私はね、趣味で長年魔道具をいじってきました。分解して、中を調べて。そうしているうちに、魔石のことが気になってきたんです。こいつだけは、分解できない」
「なるほど、、、」ジークが言った。
「魔石は、ベルナでしか取れない石です。魔法を込めることで、魔道具の動力になる。それは皆さんもご存知でしょう」ダン=ロウは机の上に小さな石を置いた。透明がかった、薄く光る石だ。「しかしこれを、通常の魔眼系の魔道具で見ても、何も見えない。ただの石だ。でも、この単眼眼、、生命の情報を見ることの出来る魔道具を使ったとき、何かに反応したんです。でも、私の魔力じゃあ足りなかった」
ダン=ロウは苦い顔をした。
「一瞬だけ、何かが見えた気がしたんです。でもすぐに魔力が尽きて。恐らくですが、この魔石自体に何らかの魔法が掛けられてるんでしょう、情報を読み取ろうとすると、相当の魔力が必要になってしまう。、、それ以来ずっと、私は協力者を探していました」
ジークはブレイズを見た。ブレイズは穏やかな顔で、ダン=ロウと魔道具を見ていた。
「早速やってみましょうか」ジークは言った。
ダン=ロウは机を片付け、魔道具を部屋の中央に置いた。
「魔力を入れてもらうには、ここに手を当てていただければ」ダン=ロウはティオに言った。「できるだけ多く入れてもらえると助かります」
「わかりました」ティオは斧を壁に立てかけ、魔道具に両手を当てた。
ティオの手が、うっすらと光った。
魔力が、魔道具に流れ込んでいく。側面に、メモリのようなものが浮かぶ。
ダン=ロウがメモリを見ながら言った。
「、、、今まで来てくださった方々は、三割ほどが限界のようでした。でも貴方は、、」
「まだ入れますか」ティオが聞いた。
「もう十分なようです。ありがとうございます」ダン=ロウが言った。「では、これを使ってみてください」
ダン=ロウがジークに魔道具を手渡した。単眼鏡のような形で、片目に当てて覗き込む仕組みになっているらしい。
「魔石に向けて、覗き込むだけでいいですか」
「ええ」
ジークは眼鏡を外し、代わりにダン=ロウの魔道具を右目に当てた。机の上に置かれた魔石に向ける。ティオの魔力が、中で無規則に蠢いているのを感じる。確かに、この量の魔力を操るのは難しそうだ。、、、この世界に来るまで魔力を感じなかったからこそ、それ以外との線を引きやすい。
最初は何も見えなかった。
しかし数秒後、視界の中に何かが現れ始めた。
細い、糸のようなものだった。網目状に広がっている。それが、魔石の内部に張り巡らされていた。まるで血管のように。あるいは、神経のように。
「、、、何かある」ジークは小声で言った。
「見えますか」ダン=ロウが前のめりになった。「何が見えますか」
「細い、糸のようなもの、、、網目状に広がっている。これは、、、血管、いや、、、」
ジークはさらに集中して見た。糸は規則的に広がっているわけではない。複雑に絡み合いながら、しかし秩序のある形をしている。どこかで見たことがあるような、ないような。
「もしかして、なんですが。、、動いていますか」ダン=ロウが聞いた。
「、、、動いている」
確かに動いていた。わずかに、しかし確実に。脈打つように、糸が収縮と弛緩を繰り返している。
シオンが横から覗き込もうとした。ジークは少し顔を離して、シオンに目を譲った。
「うわ」シオンが覗き込んだ。「なんだこれ、、、生きてるみたいだ」
「見せてください」ティオが覗き込んだ。「、、、本当だ。なんかこう、、、鼓動してる感じがする」
ブレイズは受け取らなかった。ただ、静かに三人を見ていた。
ダン=ロウは机の端で、手帳に何かを書き始めていた。
「やはり、見えましたか」ダン=ロウは手帳から目を離さずに言った。「私が一瞬だけ見えたとき、同じものが見えました。血管のような、神経のような、、、」
「これは何なんですか」シオンが言った。
「それが、わからないんです」ダン=ロウは手帳を置いた。「ただの石なら、こんなものは見えないはずです。これが何なのか、私には判断できない」
ジークは魔石を手に取った。小さな石だ。軽い。透明がかった表面が、多くの光を反射している。この中に、あの網目状の構造が張り巡らされている。
脈打っている。
「魔石は」ジークは静かに言った。「生き物、、もしくはその一部だ」
部屋が静かになった。
ダン=ロウが手帳を持ったまま、固まっていた。シオンが魔石を見た。ティオが斧を見た。ブレイズは穏やかな顔のまま、ジークを見ていた。
ジークは魔石を机の上に戻した。
その石は、さっきと同じように光を放っている。ただの石のように。しかしもう、ただの石には見えなかった。




