あなたの推しは?
王立騎士学院第三講堂。
ーーー石造りの重厚な部屋で、長いテーブルを囲むように椅子が並んでいる。壁には歴代の首席卒業者の名が刻まれた石板が掲げられている。アリス=フルゲンの名もある。淡灯がいくつも吊り下げられ、柔らかい光が部屋全体を照らしている。
この講堂は、年に一度のみ開かれる。
十人の教官が、テーブルを囲んで座っている。それぞれの眼前には、分厚い日誌の束が積まれている。志願者たちが一ヶ月かけて書き続けた、試験の記録の束だ。
「今年は豊作だな。今までにないほど」
最初にそう言ったのは、第三グループ担当のドレイク=アランだった。白髪混じりの、四十代の男だ。脚を組みながら、手元の日誌をめくっている。
「同感だな」第五グループ担当教官、ヴィクト=ノートが頷いた。鎧強化と反射の魔道具を使う。体格がいい。「例年より試験への理解度が高い。グループを作って挑んできた志願者が多かった。日誌の内容も充実している。各々がよく思考したようだな」
「ほとんどのグループが、試験の意図を正しく読んでたわね」第二グループ担当教官のセイラ=マルティンが言った。「倒すことが目的ではなく、どう動くかを見られていると気づいている。まあ、当たり前に気づいて欲しいけど」
テーブルの端に座っているブレイズは、穏やかな顔で日誌をめくっている。老騎士は、他の教官たちが話し合う様子を静かに見ていた。
「ただ」ヴィクトが続けた。「際立っているグループが、二つあるよなあ?」
その言葉で、会議室の空気が変わった。教官たちが顔を上げ、ヴィクトを見た。
「一つは第一グループ。もう一つは第七グループだ」
第一グループの話になると、ヴィクトは少し間を置いた。
「シオン=フルゲン」ヴィクトは言った。「彼については、最早言う事はない」
「言ってよ」セイラが突っ込んだ。
「、、、彼は毎日来たんだ。毎回、限界寸前まで追い詰めたんだが、、彼を戦闘不能にすることは出来なかった。毎回、あと少しのところで逃げられるんだ」
ヴィクトは手元の記録を見た。びっしりと数字が並んでいる。シオンが挑んだ回数、負傷の記録、魔力消耗の推移。
「初日から、正面から来たんだ。彼と私の相性は、明らかに私に有利だ。彼の魔道具は剣と盾。魔法も恐らくだが、ただの強化魔法だ。そして、私の鋼鉄化は攻撃を反射する」
「無謀だな」ドレイクが言った。
「私もそう思っていた。最初の三日は。明日は来ないだろうと」ヴィクトは続けた。「しかし四日目から、気づいた。、、、こいつはバケモンだ」
講堂が静かになった。
「私が魔力を抑えているとはいえ、死なない程度に抑えてるとはいえ、三ヶ月は身体を動かせないほどの!負傷だったはずだ!なのにあいつは!くそ!」
「落ち着けよ、ヴィクト」ブレイズが言った。
「、、、馬だ」ヴィクトは言った。「操人形だ。あいつはあれを馬につけて、体が動かなくなる寸前に馬を呼んで逃げた。そして翌日、また来る」
ヴィクトの眼が、震えている。
「まいにちまいにちまいにちまいにちまいにちまいにちまいにちまいにちまいにちっ」
「十七日だ」ヴィクトは静かに言った。「毎日、気絶寸前まで戦い、馬で逃げ、翌日また来る。それを十七日繰り返した。それで十七日目ーー」
ヴィクトは一瞬、言葉を止めた。
「私の鋼鉄化が、間に合わなかった」
また沈黙が落ちた。
「魔力の消耗が限界を超えたんだ。鎧への供給が追いつかなかった。くそっ!、その瞬間を、、、彼は見逃さなかった」
「それで、降参か」ドレイクが聞いた。
「ああ」ヴィクトは頷いた。「言わざるを得なかった。彼の剣が、首に向かっていたんだ。あれ以上続けていたら、私は彼を殺してしまっていた」
「彼の日誌には?どこまで考えている?」別の教官が聞いた。
「いや」ヴィクトは首を振った。「恐らく、彼は最初から作戦など立てていない。ただ、毎日本気で来ただけだ。それだけで、十七日間私の魔力を削り続けた」
「誰かに使われていた可能性も無くはないが、、実際、お前を追い詰めたわけだ。金剛の騎士を」
「、、、もう、私の話は良いだろう。次の、、、第七の事を聞きたい」
「、、、私のグループは一人の志願者に動かされていた」ブレイズは穏やかに語り始めた。「最初の日、志願者たちがグループを作り始めた。これ自体は、他のグループでもあったことだ。だが、第七グループは、少し違う」
「何がっすか?」若い教官が聞いた。
「その流れを一人が作り出した。それも、単純な意図ではない。全ては最後に私を跪かせるための、計画、、らしい。この日誌によるとな」
手元の日誌をひらひらと振りながら、ブレイズは言った。
「ちょーっと見せて、ブレブレ!、、、ふーん、変装かあ、色々考える子なんだね、この子。文字多すぎ!」
「我々騎士の仕事ではないからな、考えもしない事だ、変装など」ブレイズは穏やかに笑った。「日誌には全てが書かれていた。なぜそうしたか。誰を護ったか。何を考えていたか。読んでいて、思わず笑ってしまった。、、、彼は、騎士ではない。だが、騎士よりも強くなるだろう」
「えっと他に、、、六人いるよね?この子たちはどう?」
「全員優秀だったな」ブレイズは言った。「エリナ=フラム、ティオ=ハルト、バルド=ゼイン、セオドルグ=ターナー、クロード=ベイン、エナ=クロル。それぞれが、一ヶ月間自分なりの戦略を立てて戦い抜いた。そして最終日、七人で私に挑んできた」
あの瞬間を思い出す。あの美しい氷華を。
「ティオ=ハルトのあの斧。あれ何処のだ?相当な代物だ」
「ふーん、なるほどなるほど、、。うん、多分恐らく絶対に、魔力蓄積タイプだね、うん。それで、貯めた分どかーんってね。貯めるのは大変だけど、良い魔道具だ」
「氷、、だったんですね。じゃあ、ブレイズさんにとってはまあ、良くないですね。運がいいんだな、彼は」
彼の魔道具に溜め込まれた魔力は、相当な量があった。それを貯める、また発動するためにはそれもまた相当な力量が必要だ。運じゃない。私の負けだ。
「いずれにせよ」ブレイズは続けた。「第七グループの七人は全員、合格だ。文句のつけようがない」
「同意する」ヴィクトが言った。「シオン=フルゲンも、当然合格だよな?」
そこから、また議論が始まった。
「首席はどうする?」ドレイクが言った。「今年は例年より難しい。首席級が何人かいる」
「そりゃあ、シオン=フルゲンだろう」ヴィクトが即座に言った。「教官を、この私を実際に降参させた。それだけで十分だ」
「いーや、ジーク=フルゲンだね。個人の実力じゃフルゲンに劣ってはいるけど、実際に戦争に投入してどっちが貢献度が高いかって言ったらまあ、フルゲンだ」セイラが言った。「一人でグループ全体を動かし、最終的に教官を追い詰めた。全部彼の考えた通りに一ヶ月が進んでいるんだよ?騎士としてだけでなく、指揮官としての資質を示している」
「ティオ=ハルトも好きだよ、僕は」別の教官が言った。「彼、すっっっごく強くなるよ」
「他のところにも優秀な志願者がいた」第四グループ担当のカルロが口を開いた。「俺殺しそうだったもん」
講堂が騒がしくなる。それぞれが自分のグループの志願者を推し始め、話が収拾つかなくなってきた。
しばらくして、ブレイズが静かに口を開いた。
「議論を一つに絞ろう」
室内が静かになった。
「誰が最も騎士であったか」
沈黙が落ちた。
ヴィクトが答えた。
「シオン=フルゲンだ」
誰も反論しなかった。
「まあ、そうだな」カルロが言った。「どうあっても勝てない相手に、挑む。15、6の子供に出来ることじゃない。天性のものだ」
「うーん、まあ首席なんてそんな重要じゃないしね。いいわよ、シオン君で」セイラが言った。
他の教官たちも、次々と頷いた。
「首席、シオン=フルゲンで異論ないか」
誰も何も言わなかった。
ブレイズが深く頷いた。
「では、決まりだ」
会議室に、静けさが戻った。
テーブルの上に積まれた日誌の束が、夜の白光に照らされていた。一ヶ月間、志願者たちが書き続けた記録。その一冊一冊に、それぞれの一ヶ月が詰まっている。
ブレイズは手元のジーク=フルゲンの日誌を、もう一度開いた。
最後のページに、一行だけ書かれていた。
ーーシオンは大丈夫かな?
ブレイズは、静かに笑った。




